鎮守府現代転移録   作:うみねこ06

3 / 4
未知との遭遇ぱーと1


第2話 道中1戦ルート

 「――結果、未確認飛行物体群は反転を開始。同0914時を持って中部作戦指揮所は敵対勢力の撃退を確認し、状況終了を宣言しました。以上です」

 

 

 顔を真っ青どころか、どす黒く変色させた空幕長が崩れ落ちるように座った。傍らの空自幹部に支えられ、なんとか座っているという惨状である。それを笑う気に、中央指揮所――事実上自衛隊軍令の中心であるこの場に出席している他の自衛官は誰もなれなかった。いや、なる余裕がなかった。誰も彼も、顔色というものが存在しないほど真っ白だった。

 

 

 「被害が甚大すぎる……」

 

 

 矢島統幕副長が他人とあまり変化のない顔色でつぶやくように絞り出した。彼の出身である陸自は目下のところ損害らしい損害はなかったが、空の犠牲は対岸の火事とするにはあまりにも犠牲が多すぎた。

 

 

 「確かなのか、その報告は」陸幕長が尋ねた。「我が国保有のF-15、その1割がものの十数分で失われたというのは……」

 

 「確かだ。残念ながら」辛うじて、といった具合で空幕長が口を開いた。「何度も確認させたが――被撃墜だけで24機。作戦後の喪失も含めれば、計28機……」

 

 「米軍が付いていながら――いや、米軍の損害はどうなのだ?」

 

 「我が国を上回ることだけは確実だ。どんなに少なくとも、首都圏の防空網は麻痺状態と言って良い」

 

 「なんということだ……」陸幕長が押し黙った。

 

 「犠牲もですが、問題は戦果もです」海幕長が手を上げた。顔がこわばっているのは空自の損害だけが原因ではない。「撃墜確実5機というのは、いったい……」

 

 「正確には、共同撃墜、だ。恥を晒すようで悪いが……」空幕長が呻くように言った。「うちのパイロットに聞いたところ、例の『プロペラ機』が明らかにこちらを援護するように行動した結果、やっと撃墜できたと。米軍も似た状態だったそうだ」

 

 「それで、日米合わせて総撃墜数は二十どころか十を少し超えただけ、か」陸幕長がうなだれた。「ほとんどがその『プロペラ機』の戦果らしいが――その出処は、現状どうなったのだ?」

 

 

 陸幕長の言葉に、視線が海上自衛官に集中した。海幕長が立ち上がった。

 

 

 「知っての通り、ニューヨーク炎上の一報が入った時点で、我々は付近を航行中だった<おうりゅう>を相模湾沖の新島に急行させ、場合によっては未確認艦艇の撃沈を許可した」海幕長が言った。「艦長は深町二佐。この間のリムパックで米空母<カール・ビンソン>を仕留めたあの男だ。だが、現時点で定時連絡はなく、あらゆる偵察情報が<おうりゅう>伏在海域で戦闘が行われている証拠はないと示している」

 

 「ある意味、幸運でしたな」陸幕長が憮然と言った。「下手にこちらが撃沈してしまえば、その方が問題だった」

 

 

 海幕長が力なく頷いた。空自に続く喪失――<おうりゅう>の轟沈、正確に言えばその疑いは、必要な犠牲と言うには大きすぎた。だが、仮に例の『プロペラ機』が友軍か、最低でも敵でなかった場合、<おうりゅう>の生存は問題でも有ったのだった。現状、空自には彼らを打ち破るすべがない。海自と陸自は分からないが――それはあくまでもまだ直接戦闘を行っていないからであって、そこに楽観を差し挟むほど陸海自衛隊はお気楽な集団ではなかった。

 

 

 「ともかく、情報を収集する必要がある」矢島がパンと手を叩いた。「東京湾沖は依然として膠着状態――この表現への異議は聞き受けない――として、他はどうなっているのか」

 

 「ご報告します」

 

 

 若く、泰然とした痩身の男が立ち上がった。舌禍癖があり、名ばかりの対外調整部署に飛ばされていた男だった。陸将補の階級章をつけている。

 

 

 「まずは我が国に関わりの深い地域から。米国ですが、ニューヨーク、サンフランシスコ両都市の救援作戦が失敗、作戦が無期限延期されたという情報が在日米軍経由で入りました」

 

 出席者からうめき声が漏れ出した。俄には信じがたい報告のはずであった。が、東京沖の空中戦でたった今地獄を見た男たちには、それを現実であると受け止められてしまっていた。本来ならば、油断と慢心を回避しているとも言えるのだが、現実が現実だけに全く慰めになっていない。

 

 

 「米軍の損害は」矢島が苛立たしげに訊ねた。

 

 「情報が錯綜し、在日米軍も詳細をつかめていないようです。複数の規模の異なる被害情報が入り、箝口令も敷けていないようですが……最低でも、米第2艦隊に現在所属していた艦艇は半壊したようです」

 

 「馬鹿な……」海幕長が背もたれに力なく寄りかかった。誰よりも米海軍の実力を知っていた男だった。

 

 「詳細情報は不明ですが、ノーフォークを緊急出港した艦艇がやられたとも、ノーフォーク軍港が直接攻撃を受けたとも。情報が錯綜しており確かなことは」

 

 「第3艦隊は。サンフランシスコの方はまだ情報がないのか」

 

 「直接サンフランシスコに関わる情報は」陸将補が含みのある言い方をした。怪訝そうな視線が集中してから、続ける。「ただ、第3艦隊司令部――ハワイとの通信が途絶しています」

 

 

 事前に軽くとは言え報告を受けていた矢島を除き、全員が絶句した。いや、その矢島にしても、顔色はすこぶる悪い。平常心を保っていられたのは、報告した陸将補くらいであった。

 

 

 「攻撃を受けたというのか。だが、そんな情報は」

 

 「ありません。ただ、米軍のネットワークに応答がなく、ハワイ側からの何らかの発信も傍受できません。また、これは非公式な情報ですが、外務省が在ホノルルの総領事館との連絡が取れていないと」

 

 「ここまであからさまでは、一連の現象と切り離して考えるのも困難、か」

 

 「引き続き部署横断で情報収集に当たります。何しろ、横紙破りは得意ですので」

 

 

 陸幕長が殺意すら籠もった瞳で陸将補を見つめ、その後諦めたように好きにしろとばかりに頭を振った。矢島がため息を吐いた。若く、有能な男なのだが、こういうところが問題なのだった。

 

 

 「東方の情勢はわかった」些か精神的な余裕を取り戻し始めた空幕長が口を開いた。「西――上海はどうだ? 今の所、那覇のCAP任務部隊や在沖米軍から交戦の報告はないが」

 

 「こちらも外務省筋になりますが、上海総領事館は犠牲者多数を出しながらも上海からの脱出に成功しました」陸将補が応じた。「上空では多数の戦闘機が撃ち落とされているのが見えたと。中国当局が、市民からあらゆる撮影可能機材の回収を始めたとのことですから、状況はこちらとあまり変わらないでしょう」

 

 「であれば問題は針路だ」海幕長が頭を振った。「北進を開始すれば、沖縄が危ない」

 

 「こちらも今のところは何とも。ただし、台湾空軍が未確認武装勢力と思われる偵察機らしき機体と交戦を開始したとの情報があります。精査を続けますが、今のところは南下の可能性が高いかと」

 

 「わかった。ありがとう陸将補。我々の常識が、ものの3時間で崩壊したことがよくわかったよ」矢島がしみじみと言った。「君の特殊戦略作戦室には、これからも最優先で情報を洗ってもらう。こうなった以上、人材は惜しい」

 

 「承知しております」陸将補が顔色一つ変えずに気をつけの姿勢をとった。「そうでなくては、何のために特佐などというよくわからない階級を捨てたかわかりませんから」

 

 「その意気で頼むよ、黒木陸将補」矢島が苦笑いをした。

 

 「さて、周辺情勢は理解してもらったと思う。以上を踏まえて、戦力の移動と反攻作戦の準備を――」

 

 「失礼します」

 

 

 指揮所の扉が静かに開いた。海将補の階級章を付けた壮年の男性が入ってくる。訝しげな視線を浴びつつ海幕長の側に近寄り、耳打ちした。

 

 

 「…………それは、本当なのだな? 立花海将補」

 

 「何度も確認させ、深町二佐とは私が直接話しました」立花が言った。「少なくとも、例の艦隊の中央付近から無線連絡してきたことだけは確かです。現在は再び通信が途絶しておりますが」

 

 「……わかった」

 

 「何事ですか、北野さん」

 

 

 矢島が海幕長を呼んだ。何度か口を開くのを躊躇してから、意を決したように喋りだす。

 

 

 「つい今しがた、<おうりゅう>艦長の深町二佐から連絡が入ったようです」

 

 

 海幕長の言葉が徐々に指揮所の中へ広がっていき、ざわめきという形で変換されていく。涼しい顔なのは、黒木陸将補くらいのものであった。

 

 

 「無事だったのか、<おうりゅう>は」陸幕長が驚きを隠す気も無く訊ねた。

 

 「ああ、多少は被害を受けたようだが、航行に支障はないし、死者も居ない」

 

 「先程までとは別の意味で信じられんな……何があった」

 

 「それが――」

 

 

 海幕長の説明が終わると同時に、今度はざわめきが消え去った。今度こそ、誰もが驚愕か緊張、そのどちらかの表情に変わっていた。

 

 

 「――官邸に、財前統幕長に連絡」矢島が重い声で命じた。

 

 「花森大臣に……いや、総理に伝える」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇   ◇   ◇   ◇   ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「よろしかったんですか? 返事も待たずに乗り込んでしまって」

 

 「よろしいさ。何しろ俺は報告したんであって、許可を求めたわけじゃない」

 

 「そんな、今時子供でもしないような言い訳を……」

 

 

 呆れ果てたような速水の物言いに、<おうりゅう>の真横へ展開されたゴムボートに乗り込みながら、深町がニヤリと笑った。

 

 

 「何だ、お菓子の家に潜り込めなかったのがそんなに残念か」

 

 「そりゃ、魅力的なんですがネ」

 

 

 速水がため息を吐いた。そのまま、視線を彼の上官から動かす。ある一点で焦点があった。

 

 

 「確かにお菓子の家ですよ、あれは。迷い込んだら逃げるのには苦労しそうです」

 

 

 速水がそう評し、深町がまったく同意見と頷いた軍艦がそこにあった。はっきりといって『異形』、そう表現して構わない艦である。

 

 まず、大きい。確かに、タンカー等々、より大きな船舶はあれ以外にも確かに存在するし、それが極端に稀というわけではない。しかしながら、旭日旗をたなびかせる軍艦としてはやはり大きかった。少なくとも、未だ護衛艦隊最大の船舶である改いずも型や、現在建造中の次期DDH――ひょっとすると隊史上初めてCVL表記になるんじゃないかと噂のそれよりも遥かに大きい。目測で4万トンか、下手するとそれ以上なのではないか、というのが深町や速水の見解だった。

 

 そして、更に特筆すべきなのは、艦の前方に備え付けられた巨砲である。具体的な口径は不明だが、全世界で間違いなくここ半世紀は製造されていない大きさの、文字通り戦艦サイズそのものの主砲が、三連装二基6門。この時点で、この艦が明らかに現代建艦思想から外れたところに位置しているのがわかる。

 

 だが、それだけならば、裏を返せば『時代遅れ』というだけのシルエットを、更に独特というか理解不能にしているのは、主砲の後ろの艦型だった。

 

 まず、一言で言ってまっ平らであった。全通甲板、と呼ぶには主砲が中心軸線上に存在しているからまた違うのだろうが、ともかくそのようなものが備えられている。その理由はともかく、意図は明確であった。何しろ、その平らな、まるで飛行甲板のような場所では、えらく型落ちしているように感じられるプロペラ機らしきものがタキシングしているのだ。つまり、まるで、どころかそのものである。

 

 

 「航空戦艦? 戦艦空母? ともかく、船乗りとしては興味深いですね。恒常的に乗りたくなるかは別として」

 

 「安心しろ。お前らの分までたっぷりと毒味してきてやる。欲しけりゃ乗っ取って帰ってくるさ」

 

 「お土産、期待していますよ」

 

 

 深町の冗談に軽く笑ってから、速水が表情を引き締めた。

 

 

 「……随員の件、今からでも考え直していただけませんか」

 

 「くどいぞ副長。もし相手が敵ならば、そのど真ん中に飛び込んでいくんだ。一人や二人増えたところで、犬死が増えるだけだ。それに」深町が、速水に応じるように顔を真剣なものに変えた。「そいつを引き合いに、絶望的な負け戦されちゃかなわん」

 

 

 速水が押し黙った。深町から事前に厳命を受けた、仮に敵対的行動がなされた場合、深町を置いて直ちに現海域を離脱、いかなる手段を用いても横須賀に帰投せよ、との命令が原因だった。

 

 戦艦大和を名乗る女性に同行を切り出され、混乱する深町たちに最低限の説明がなされた後。深町がひねり出した返答は、以下のようなものだった。

 

 1,艦に危険が及ぶ可能性があるため、艦長である自分がそちらの任意の軍艦に乗船する形で同行を行いたい。

 

 2,<おうりゅう>に関しては、そちらへの攻撃を行わない限りにおいて、如何なる行動も許容されたい

 

 3,以上について、本艦の独断では承諾しかねるから、然るべき上級司令部に報告と指示を仰ぐ時間的猶予を与えて欲しい。

 

 実際には、3,に関しては深町なりの海自への義理立てと時間稼ぎであったから(でなければ返答もろくに聞かずにゴムボートを出したりはしない)、1,と2,が交渉の争点、と深町は踏んでいたのだったが――拍子抜けするほどすんなりと、女性の二つ返事で決まってしまった。

 

 そうと決まれば、深町は行動の人であった。横須賀に一報を入れ、混乱している立花海将補に半ば一方的にこちらの行動を伝え、その押し問答の最中に電波状況の悪化から通信が途絶えると、ほうれんそうは尽くしたと称してゴムボートを出させたのである。どこかの陸将補とは別ベクトルで胃に優しくない人間であった。

 

 とは言え、深町も何も蛮勇と好奇心だけでこの挙に及んだわけではない。

 

 交渉不能な勢力と交渉可能な勢力が、あからさまにいがみ合っているのであれば、とりあえず交渉可能な方とパイプを繋ぐべきだ、という常識的な考えもそうであったし、それはそれとして、果たして本当に信の置ける勢力かどうかの見極めも兼ねていた。いくら深町が猪突猛進型の指揮官といえども、我々は異世界からやってきましたと開口一番に説明してくるような手合を盲信するかと言われればそうではないのだ。それに、通信の途絶と言えば聞こえは良いが、連絡をとりあうのを嫌った自称幽霊艦隊がジャミングを始めたという線も捨てきれない。つまり、現状では自称友軍艦隊とは自称に他ならなかったのである。何時でも逃げられる位置とは言え、<おうりゅう>も艦隊へ追随すると言って聞かない速水に、ならばもし自分に何かあったようなら、可能ならば魚雷を全門斉射して遁走しろ、と命令を発したのはそのためである。

 

 しばし、速水と深町が視線を交わす。速水が息を大きく吸い込み、目をつむった。どうやら、先に根負けしたのは彼だったらしい。

 

 

 「お考えが硬いのは了解しました」諦めたように息をつき、速水が微笑みながら敬礼した。「ただ、彼女の、戦艦大和の自己申告が正しければ、彼女らが例え味方であったとしても、行先は冗談抜きの伏魔殿です。お気をつけください。それから――自分はまだ艦長にはなりたくありませんので。ご武運を、艦長」

 

 「おぅ」深町が答礼した。「俺も、貴様にはまだ早いと思ってたんだ。安心しろ、副長」

 

 

 深町の指示で、急遽ゴムボートの操縦士となっていた一士がエンジンを吹かした。<おうりゅう>と、何時までも敬礼をやめない速水が急速に遠ざかっていく。その反面、先程までは常識的な大きさを保っていた軍艦――先程来話題に上がっていた、深町が乗船すべしと先方から連絡のあった艦艇が、代わりとばかりに近づいてきた。見れば、舷梯が降ろされている。出迎える準備は万端。そういうことだろう。

 

 ボートの針路を舷梯の先端へ向けさせる。逸る深町の気分を代弁してくれているのか、軍艦の異形が見えなくなり、ただただ大質量物の一部分しか視界に収まらなくなるのに、さしたる時間はかからなかった。

 

 深町が、舷梯の上から慣れた様子で駆け下りてくる人影を認めたのは、速度が抑えられていたとは言え大型艦のウェーキに苦労して、やっと舷梯にたどり着いた時だった。警戒し後ろ髪引かれたように残ろうとする部下を宥めすかし、<おうりゅう>に戻らせた頃には、会話に多少の難がある、程度の距離まで近づいていた。

 

 深町の眉が顰められた。速水の忠告を、どこか本気で聞いていなかったことに気づいたのだった。

 

 異形の船から出てきたのは、また異形――というと失礼だろうが、少なくとも軍艦から出てくるべき人影ではなかった。女性であることが、そうと感じた理由ではない。自衛隊を始め、軍事面でも世界的に女性の社会進出が進んでいるわけだし、そもそも大和を名乗る声も女性だったのだから、ある意味では想定の範囲内と言っていい。

 

 問題はその出で立ちであった。先に受けた説明から、てっきり海軍軍服か、そうでなくとも迷彩服を着た人間が出てくるかと思いきや、現実は想像の斜め上を行き、軍艦どころかおおよそ船乗りにはふさわしくない出で立ち――和服である。詳しくはないが、巫女服と呼んでも良い服装なのかもしれない。丈の短く、スカートのような下半身の衣装を袴と呼んで良いならば、と但書がつくが。

 

 いや、百歩譲ってそれは常識の範疇としよう。その手に弓を持ち、腰に軍刀らしきものを挿しているのも、古い時代にはままあったことだと理解できる。だが、左肩に担がれた、明らかに戦艦の主砲を模したと思われる謎の装飾具は一体なんなのか。

 

 

 「深町中佐ですね」

 

 

 深町が困惑仕切りに眺めている間に、女性はと言えばついに舷梯を降りきってしまっていた。深町の視線を怪訝そうにしつつも、見事な海自式の、いや海軍式と言うべきか、そんな敬礼をしていた。

 

 

 「戦闘航空母艦<伊勢>です。貴官の乗船を許可します」

 

 「潜水艦<おうりゅう>艦長、深町二佐です」深町が階級を強調しながら色気のある答礼をした。「何というか、この数秒間でお互いの価値観の違いがよく理解できた気がしますよ」

 

 「あはは、まぁ、否定できませんね」困ったように、軍艦<伊勢>であるらしい少女が笑った。「とは言え、それを少しでも埋めるための招待である、と大和から言付かっています。どうぞ、こちらへ」

 

 

 深町が頷いた。いざ目の辺りにしてしまうと、伏魔殿へ幽霊に導かれるというのは何とも不安極まりないな、と思っている。

 

 伏魔殿――戦闘航空母艦<伊勢>とやらの内部を進むのは、けれどもそんな事前の不安とは打って変わって、すんなりとしたものであった。艦橋は低めですから、という伊勢の言葉の通り、上下移動は殆どなかったし、それに何より、人とすれ違うということがない。

 

 

 「軍機でなければお教えいただきたいのだが」いい加減、不信感を高めた深町が訊ねた。「この艦に乗組員は何名いるのですか?」

 

 「いませんよ」伊勢が応え、半ば予期していたとは言え、深町の顔が険しいものとなった。「まぁ、私を数えれば定数1名、ということになりますけど」

 

 「つまり、これだけの巨艦を貴方が一人で?」

 

 「正確には違いますが、のようなものです」

 

 「コンピューター制御が発達しているんですな」深町がつぶやき、頭を振った。彼女たちの自称を思い出したのだった。「それか、霊力とか妖力とか魔力とか、その類か」

 

 「あえて名前をつけるんであれば、そうですかね」伊勢が本気で考え込んだように、口元に人差し指を当てんーと唸った。「自分自身を動かしてるだけだからなぁ……前の世界で、もうちょっと艦娘研究の論文でも読んでればよかったんですが」

 

 

 深町が首をすくめた。少なくとも、本人たちは幽霊だの何だのというのを本気で信じているらしい。煙に巻いていると思いたいのだが、残念ながらそんな様子は一切ない。こりゃ、骨が折れるぞ、と深町が微苦笑した。

 

 

 「ここが艦橋です」伊勢が、徐に扉を開いた。「といっても、そこまで広いものではありませんが」

 

 

 失礼します、と口に出しながら、深町が伊勢に続いて艦橋に入った。感嘆する。確かに、これほどの大型艦にしては狭いと言って良い艦橋であった。だが、そこから見通せる風景――プロペラ機が駐機している航空甲板に、前方の主砲二基というのは、結構な迫力がある。

 

 

 「航海艦橋兼戦闘指揮所兼航空艦橋です」伊勢が説明した。「空母のアイランドに主砲管制機能も付けたような場所ですね」

 

 「豪勢ですな」深町が率直な感想を言った。「混乱しそうなものですが」

 

 「結局、指揮するのは全部私ですから」何でもないように伊勢が言った。「むしろ、複数箇所を動くよりもやりやすかったりするんですよね」

 

 

 また聞き捨てならない言葉が聞こえ、深町がため息を吐いた。自身の能力云々によらず理解できない話というのは、ひどく疲れるものなんだなとげんなりしている。できれば知りたくない現実だった。

 

 

 「それで、ですが」伊勢が改まって口を開いた。「改めまして、戦闘航空母艦<伊勢>へようこそ。大和からも聞いたとは思いますが、本艦から我が艦隊の戦闘をご覧になられ、我々に敵意の無いことを理解頂ければ幸いです」

 

 「それは結果によるでしょうな」深町が白々しく言った。「ただし、現状最大限の便宜を図っていただいたことには感謝しています、あー」

 

 「伊勢、で結構ですよ」

 

 「……失礼ですが、階級をお聞きしても?」

 

 「大尉相当として扱われていますが、正式には無位無官ですよ。軍艦なので」

 

 「……では伊勢大尉と」

 

 「……まぁ、この状況でいきなり階級無しで呼ぶのも難しいですよね」

 

 

 伊勢が何度目かの苦笑いを浮かべたタイミングで、無線の呼び出し音声らしきものがなった。伊勢が何食わぬ様子でレシーバーを取る。退出は求められなかったので、深町が堂々と聞き耳を立てた。求められていないことまでする義理はまだないし、仮に出て行かせたいのであれば一言言うべきだった、と思っている。それで何事かあれば、そこまでの相手だったというわけだ。

 

 尤も、現実はそこまで劇的には進まない。どうも前者で済んだようである。深町を認めつつも、伊勢が会話を始めた。

 

 

 「あ、やまっちゃん、どしたー?」

 

 

 はっきり言って思わずずっこけそうになる。あんまりにも場にそぐわない緩い調子で伊勢が言った。

 

 

 『ど、どしたー、ではなく!』無線機越しに聞こえた声に深町は覚えがあった。自称<大和>である。『深町にさは、搭乗されたのですか?』

 

 「や、乗り込んだらこっちから連絡するって手はずだったじゃん。いくら提督に怒られたからって気をもみすぎだからね?」

 

 『しょ、しょうがないじゃないですかっ! あの時はいい案だと思ったんですからっ!』

 

 「やまちゃん、やまちゃん」

 

 『なんですか?』

 

 「ここ、私の艦橋。深町中佐もここ」

 

 

 無線機越しに悲鳴が聞こえてきた。こほん、と深町が咳払いをした。

 

 

 「すみません、身内の恥を晒したようで」全く言葉とは違う口調で、伊勢がにぃと笑った。

 

 『伊勢さんっ!?』

 

 「いや、仲がよろしいことは良きことかなと」深町が言った。それ以外どう言えと思っている。「ところで、提督、というのは」

 

 「えぇ。説明にあったとおり、我々の指揮官です」伊勢が言った。「そして現在、ニホン政府の最上位意思決定者でもあります」

 

 「小官も是非、お話してみたいものですな」深町が、打算半分興味半分と言った様子で申し出た。

 

 「残念ながら」伊勢が首を横に振った。「先程から敵――深海棲艦の影響圏に突入しました。近距離通信はともかく、本艦隊と鎮守府の通信は途絶しているのです」

 

 「確かに、それは残念だ」

 

 

 うなずきながら、深町が伊勢の様子を伺った。少なくとも、狸か狐であることは間違いない、と断じる。自分たちがジャミングを発していることに関する辻褄合わせ、と考えるのは、可能どころかむしろそうすべきだった。

 

 

 『<大和>より全艦隊へ』無線機が、おそらく全体への通達と思われる声を流した。やけにしょげかえっていた。『これより、敵艦隊へ突入します。各艦隊は第四警戒航行序列で進出。対空並びに対潜警戒厳となせ』

 

 『<武蔵>了解』

 

 『<アイオワ>ラジャー!』

 

 

 軍艦の名前の後に、それぞれ了解の応答が入った。深町がこめかみをもんだ。

 

 

 「全員女性なのですか」

 

 「そりゃあ、まぁ」伊勢が何とも答えづらそうに苦笑いした。「艦娘ですから」

 

 『<伊勢>さん、CAP機発艦初めてください』大和がいくらか気を取り直したような口調で命じてきた。『<飛鷹>直掩隊は収容開始。第二次攻撃の準備を』

 

 『了解!』

 

 「了解。<伊勢>艦上機隊、発艦初めます」

 

 

 伊勢が言い終わるのと、飛行甲板で動きが見え始めたのは同時であった。

 

 まず、エンジンだけ動いていた緑塗装のプロペラ機が、ゆっくりと飛行甲板の前方へ動いていく。なにやら一本、線が引かれたようになっている。深町が食い入るようにそこを見つめた。白い湯気が噴き出すその構造物に見覚えがあったのだった。

 

 

 「蒸気式カタパルト」深町がつぶやいた。「しかし、確か旧軍空母にカタパルトは」

 

 「えぇ、開発に失敗しましたから」伊勢があっけらかんと答えた。「艦娘になってからも開発は難航して、アイオワさんとかトレピちゃん、あぁ、<イントレピッド>の協力でやっと形になって、私もおこぼれに預かった感じですね」

 

 

 深町が唖然としている間にも、プロペラ機がカタパルトに近づいていき、ついにその上へと完全に載った。機首の下で、よく見えないが何かが動いている。カタパルトへと何かで固定しているらしいが、動き回る整備員は愚か、パイロットの姿すら見えないのでは、何が起きているか深町には全く理解できない。わかったのは、その時間を利用して、恐らく遮風柵らしきものがひとりでに起立したことくらいである。

 

 その瞬間、プロペラ機のエンジン音が一気に高まった。と深町が感じ取るやいなや、機体が前方へと飛び出すように進み始める。湯気が――蒸気が甲板から漏れ出し、一瞬後には、機体が飛行甲板から飛び立っていく。重力加速度に従い、危なっかしく二番砲塔すれすれくらいまで接近してから、機体の生み出す揚力がようやく働き始めたらしく、その後は順調に高度を稼いでいく。

 

 

 「本当に、空母機能があるんですな」次の機体が先のものと同じように動くのを見ながら、深町が感嘆した。

 

 「色物に近いことは認めますよ」伊勢が苦笑した。「実際、飛び立つ時のあれで二番砲塔に接触するんじゃないかって冷や冷や物らしくて……よっぽどじゃないと、爆装機積ませてくれないんですよね」

 

 

 せっかくえあしーばとる出来るのにとぼやく伊勢に、さもありなんと深町が頷いた。確かに大丈夫なのだろうが、万一を考えると積極的に取りたいリスクではないのもまた確かだった。

 

 ともあれ、蒸気力の化身によって緑色の機体たちは虚空へと次々に放り出されていき、気づけば最後の一機が飛び立っていった。これで発艦は終了したらしい。遮風柵が倒れるのと同時に、飛行甲板は平常を取り戻し始めた。上空では、二機編隊を組んだプロペラ機があたりを旋回している。

 

 

 「うちの烈風隊です」伊勢がちょっとタイミングが遅かったですが、と紹介してくれた。「私から飛び立たせるのには難がありますが、良い機体ですよ」

 

 「無人機というわけか」深町がつぶやいた。レシプロ戦闘機を無人改修とは何ともチグハグだな、とこの先あらゆる人間が思う感想を抱いている。

 

 「あー、いやー」伊勢が困ったように呻いた。「正確にはそうでもないと言いますか……これ、言っちゃって良いのかなぁ……」

 

 

 深町が眉をひそめた。言葉を濁された不信感によるものではない。何やらまたぞろ頭痛の種を聞かされそうな予感がしたのである。

 

 尤も、そんな細事に惑わされていたのも、深町の体に急激な力が働くまでのことだった。辛うじて立っていられるかくらいの横向きの力のことを、深町は慣性力と読んでいる。気づけば、床が右に傾いていた。取舵をとっているらしい。

 

 

 「発艦が終わりましたので、これより先行した艦隊へ向かいます」伊勢が説明したが、その体は身じろぎ一つ無い。深町が初めて、幽霊説を信じ始めた。「最大戦速を出しますから、そこの支えに捕まって頂ければと」

 

 

 深町が無言で掴まった。海自隊員として、いや船乗りとしての矜持はあったが、今の旋回速度や、<おうりゅう>に向かってきた魚雷の雷速を思い出し、何かを察したらしかった。頭の片隅で、どうせ無意味になるなら、<おうりゅう>は横須賀にとんぼ返りさせていればよかった、と思っている。

 

 次の瞬間、<伊勢>が急激な加速を開始した。深町から思わずうめき声が漏れる。はっきりと言えば、軍艦の加速ではない。どころか、その他多種多様な乗り物に比較することすら難しかった。仮に出来る人間がいるとすれば、それは宇宙飛行士くらいだろうか。

 

 

 「あ、あぁ、これは、どのくらい速度が出ているんです?」

 

 「120ノットです」伊勢がさらりととんでもない速度を答えた。「最大戦速ですから」

 

 

 深町ががくがくと頷いた。恐怖心ではなく、強烈な加速度についていけなかったのである。これでさっきの旋回をされたら吹き飛ばされるな、と深町が身震いをした。

 

 

 「私が深町中佐の搭乗艦に指定されたのはそのあたりが理由でして」伊勢が説明を続けた。「やまちゃ――<大和>や<アイオワ>みたいな肉弾戦ばりばりの戦艦ですと回避運動で人体が持ちませんし、かと言って<飛鷹>や<隼鷹>、つまり空母ですと後方待機ですから。観戦には私が適任なんですよ」

 

 

 黙したまま深町が頷いた。肉弾戦、という三文字に何やらとてつもなく嫌な予感を感じている。たまらず、艦橋の窓から外を眺める。

 

 深町の視界の先で、艦首が波濤を砕き、飛沫が上がっていた。深町が生唾を飲み込む。振る舞いにはおくびにも出さなかったが、緊張していたのだった。なにしろ、その先に、先行している<大和>たちが居るはずなのだ。それから、敵――深海棲艦、とやらも。

 

 

 「予定接敵時刻は、おおよそ30分後」伊勢が言った。「我が航空部隊による第一撃の後、砲雷撃戦に移る手はずとなっています。本艦は比較的安全な海域で戦闘する予定ですが、いざという場合は」

 

 「お手を煩わせるつもりはありませんよ。これでも船乗りだ」

 

 

 伊勢が楽しそうに笑った。とても好ましいものを見た、というふうに顔がほころんでいる。とは言え、深町にもそれを指摘する余裕は無い。慣れてきたとは言え、ちょっと意味がわからないレベルのスピードには未だに気が抜けなかったし、観客扱いだとは言え、何しろこれから戦闘なのだ。

 

 さて、お手並み拝見。深町が、水平線の向こう側を睨みつけながら思った。

 




ノリノリで書いてたら長くなりすぎたので分割。

次回、ボスマス突入。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。