鋼鉄の博愛主義者 作:ことり
「………………て」
ペチペチと頰が叩かれる感触がする。それに、子供の声も。瞳は閉じているがまぶたの裏が明るいということは、もう朝か。
起きなければならないのだが、どうにも体が起き上がろうとしてくれない。
起こしに来てくれたモーガンには悪いが、もう少しだけ眠らせてもらおう。
「ごめんなモーガン。パパもうちょっとだけ寝てたい」
「どういうこと? わたしモーガンじゃないよ? それにおじちゃんはわたしのパパじゃないし」
なるほど考えたな。普段の起こし方じゃ起こさないと分かったら、手を変えて来たか。
流石は天才だ。
だが、本当に悪いんだがとても眠たい。モーガンは部屋に帰らせて、もしくはペッパーを呼んでもう一眠りさせてもらおう。
「そんな事を言うのは、この口…………誰だ君は?」
モーガンを帰らせるために軽く体を起こして目を開いたのだが、口をついてでたのはその言葉だった。目の前にいたのは、モーガンではなく見知らぬヨーロッパ系の黒髪の少女。僕は彼女は誰だと思いながら視界の端に写りこんでいた緑色に注意を向け、呆然とした。
一体、ここはどこだ?
なぜ僕は僕の部屋ではなく、草原で目が覚めたのだ。
明らかな異常事態に、無理をして急いで立ち上がる。そして胸のリアクターに触れるとすぐにナノマシンが展開していき、数秒後には僕の体はスーツに覆われていた。
「F.R.I.D.A.Y.」
《はい、ボス》
「偵察機を出す。地形からこの場所の特定をしてくれ」
《了解しました》
「出来るだけ、早く」
《当たり前です。私を誰だと?》
スーツの背面部から、複数の小さいロボットが飛び出す。そのロボット達は青い軌跡を作りながら四方八方へと飛んでいった。
全く、F.R.I.D.A.Y.め。この尊大な態度は一体誰に似たのか……少なくとも僕はこのような性格になる様には作っていないが。
さて、なぜ目が覚めたら草原にいたのかだが、全く持って予想はついていない。とっさにF.R.Y.D.A.Y.に指示を出したはいいが、正直に言うと混乱は収まっていない。だが、とりあえずこの場所についての考察に対して、地形からのアプローチは開始した。次は、人からのアプローチを開始するしよう。
僕は頭部の装甲を解き、先程から呆然としている少女に向かい話しかけた。なるべく、落ち着いている様子で。
「お嬢ちゃん、名前は?」
「なにあのとびでたの! 鳥さんかなぁ? それとおじさんのその、赤いのなぁに? おじさんなんでここでおひるねしてたの? あとおじさんだぁれ?」
「待て待て、まずは僕の質問に答えてからだ。君の質問には、後で答えてあげるから」
すると少女はこくんと頷いた。中々に聞き分けの良い子だ。僕が家に帰った後でこの子に何かサプライズをしてあげても良いかもしれない。
「私はね、えっとね、アーリンって言うの!」
「そうか、それじゃあアーリン。ここが何処か、教えてくれないか?」
「んっとね、ここはね」
《ボス、場所の特定が完了しました。地形情報を既存の地図と照らし合わせた結果、ここはほぼ間違いなく……》
やけに早いな。この数秒の間で特定できるなど、予想だにしていなかった。この速度で判明するという事は、地球上の場所なのだろう。まあ、それはF.R.Y.D.A.Y.が起動した時点で分かっていた事だが……
とりあえず、想定しうる限りの最悪の事態でなくて良かった。もしここが地球外の何処かなのなら、ソーや傲慢な魔術師に頼らなくてはならなくなってしまっていた。
頭がズキリと痛んむ。なぜ僕は、あの魔術師が宇宙から地球に帰ることができると確信している。
少なくとも、地球上ならば
いや、違う。僕はこの目で奴がタイタンの惑星から帰ってくる所を見た。それは……何処で……
頭を振って、強引にその考えを中断する。ともかく今は目先の問題だ。F.R.Y.D.A.Y.に、早く答えを言うように指示を出す。
F.R.Y.D.A.Y.の答えは、アーリンの答えと同時に返ってきた。
「ニューヨークの北のほう!」
《ニューヨーク州北部です》
なるほどニューヨーク州北部か。それは良かった。それなら……
僕は頭部の装甲を再び展開させると、追加の偵察機を出した。
「F.R.Y.D.A.Y.、ここからアベンジャーズ本部までの道のりを出してくれ。念のため追加の偵察機を出し」
《存在しません》
「は?」
まて、今、F.R.Y.D.A.Y.はなんと言った? アベンジャーズ本部が、存在しないだと?
ありえない。
確かに破壊されはしたが、それでも本部の跡地らしき場所はあるはずだ。僕の聞き方が悪かったか?
「F.R.Y.D.A.Y.、ならアベンジャーズ本部跡地までの道のりを」
《繰り返し言いますが、存在しません》
ねーねー、誰とお話ししてるの? というアーリンを手で制して、F.R.Y.D.A.Y.の返答について考える。
アベンジャーズ本部跡地すらないという事は、そもそもニューヨーク州北部にアベンジャーズ本部が建てられていないという事だ。だが、そんな筈はない。なぜなら、僕自身が建てたのだから。
となると、残る可能性は……
「なあ、アーリン。今が何年か、分かるかな?」
「なんねん? わかんない!」
「F.R.Y.D.A.Y.、今このタイミングでの、年を調べてくれ。僕の年齢じゃ無いぞ? これも出来るだけ早くだが……この場所を導き出した時並みの速さは求めていない」
《了解ですボス。なる早ですね》
誰だF.R.Y.D.A.Y.にこんな言葉を教えた奴は。
《大船に乗ったつもりで待っていてください》
追加の偵察機も飛んでいき、残るは僕とアーリンだけになった。
アーリンは僕の前でぴょんぴょんと跳ねながら注意を引こうとしている。
「そうだ! おじちゃん寝る場所あるの?」
なんの脈絡もなく、アーリンはそう聞いてきた。寝る場所、か。この時代が僕が生まれ生きた時代なのならあるが、そうでないなら無い。
まあそれならそれで野宿すればいいだけなのだが。
「寝る場所か。まあ、無いと言ったらないし、あると言えばある」
「…………ええと、じゃあないの?」
アーリンは少し考えた後に結論を出した。見た感じの年はモーガンと同い年くらいにも関わらず、しっかりした子だな。
「ああ、そうだな。無いよ」
「なら、わたしの家にきて! じゃないと、
サーヴァント、という事は使用人か。一体誰のだ。それに殺されるとは、中々物騒な話じゃないか。
「あー、アーリン。そのサーヴァントって言うのは?」
「えっとね、さーゔぁんとっていうのはね、すっごい強くて、怖い存在なんだってお母さんが言ってた! 夜に町の外にでたら、さーゔぁんとに殺されるぞって」
なるほど、つまりは親が子を戒める為に使う方便のようなものか。子供が怯えるには十分すぎる存在だな。
空を見てみると、太陽が既に赤くなり始めている。僕は今の時間帯を朝だと思っていたが、どうやら夕方だったらしい。それでアーリンはその事を思い出したのか。
「そろそろ帰らなきゃ、お空が暗くなって夜になっちゃうの! だから、おじちゃんもおうちで隠れないと! それに、おじちゃんの色々も気になるし……だから、早く行こ!」
どうやらアーリンの中では僕が彼女の家に泊まる事は確定しているらしい。どう頑張っても親御さんに許可がもらえる未来が見えないが……
「ほら! 急がなくちゃ夜になっちゃうよ!」
アーリンが手を僕の手を引いてくる。僕はアーリンに付いていき、彼女の街で色々と情報を得ることにした。
今決めた。
そうすると、歩くよりも断然飛んだ方が早い。
「アーリン、こっちにおいで」
とてとてと寄ってきたアーリンを抱き上げると、おんぶをするように背中に乗せた。
「なにするの?」
「ちょっとだけ空を飛ぶだけだから安心してくれ」
その後ナノマシーンを展開してアーリンが落ちないように固定した。そして、生身の人間に害がない程度のスピードで飛び始めると、僕の背中の上から歓声のような悲鳴のような声が響く。
アーリンの住む街がどこにあるかは分からないが、子供が徒歩で来ることができる距離だ。そう遠くはないだろう。
それにしても、今さっき会ったばかりのかっこいいスーツを着た大人を家に呼び込むとは、この少女の安全管理が心配になってきた。
偏に彼女自身の優しさかもしれないが、それにしても危なすぎる。僕だったから良かったものの、怪しい人物だったらどうするつもりなんだろうか。そこの所を言及した方が良いかもしれない。だが、
「すごーい! お空を飛んでる! おじちゃんも鳥さんだったの?」
「あんまり喋るな、舌を噛むぞ?」
今はやめておこう。無邪気に楽しむ子供を邪魔するのは大人としてどうかと思うから。