鋼鉄の博愛主義者 作:ことり
書き溜めをしていない為、更新速度は他の方と比べ少々遅いと思います。どうか、ご了承ください。
空をかける青い軌跡を見る。今まで一度も見たことのないそれを、初めは14基のサーヴァントのうちのどれかがやった物だと思った。だが、記憶にある誰とも当てはまらない。強いて言うなら、キャスターのどちらかだろうが……
空をかける青い軌跡を見る。
たとえあれが何であろうと、報告しなければ。我らがマスターに。
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やはりと言うべきか、僕が目覚めた場所からアーリンの町はさほど遠い訳では無いらしく、移動を開始してからものの数分でたどり着くことができた。木造建築が並ぶ、古き良き町並だ。僕はスーツを解除して、アーリンの後を追うように街の中に入っていった。
「すごかった……あしたまた乗せてね!」
アーリンは無邪気にそう言ったが、正直言って僕の頭の中は別の事で一杯になっていた。ズバリ言うと、今日彼女の家に泊まる事ができるかどうかだ。今が一体いつなのかは、F.R.Y.D.A.Y.が調べてくれている。それよりも目先の問題の方が僕にとっては重要なのだ。
野宿は出来る限り避けたいが、最悪そうなる事を覚悟しておかなければならない。クソ、こうなるんだったら少しだけでも現金を持ち歩いておくべきだった。カードならあるが、今見ている街並みには、とてもではないがカードを使える店があるとは思えない。
「ほら! こっちだよ!」
僕の思考を遮るかのように、アーリンは僕の手を引いてどんどん進んでいく。僕は彼女に導かれながら歩いたが、その間至る所から刺さって来る視線が気になった。横目でチラリと見てみると、建物の影や家の中から物珍しげに僕の事を見ている人が沢山いるではないか。
そんなに余所者が珍しいのだろうか。確かにこの町は観光都市には見えないが、ここまでジロジロ見るほどには珍しくはないはずだ。
と、そんな事を考えていたらいつの間にか目的地に到着していたらしい。
アーリンがここだよ! と言って指差した家は、この町にある他の家と同じような、木造の2階建の一軒家だった。
「ただいまー!」
アーリンは勢いよくドアを開け、駆け足で家の中に入っていく。奥の部屋からは今日は早かったのね、と優しい女性の声が聞こえてきた。彼女の母親だろうか。僕も中に入っていいのか分からず手持ち無沙汰に待っていると、アーリンが母親を連れて玄関までやってきた。出てきた女性はなんというか、少々古い服に身を包んでいた。あまり裕福でないのか? いや、思い返せば彼女だけでなくアーリンや町にいた人達も似たような服を着ていた。やはり僕の仮説通り、この時代は僕が生きた時代とは違うのかもしれない。
タイムスリップならば経験した事がある。今回のこれピム粒子の暴走だろうか。だとすると少々面倒だ。
「このおじちゃんが、さっきママに話したおじちゃんだよ!」
と、アーリンが母親に僕を紹介した。アーリンの母親は、何が珍しいのか僕の事を足先から頭まで舐めるように見ると、すっと身を引いた。さて、歓迎されるか、排斥されるか……
「お疲れでしょうから、どうぞ中へ。もうすぐ旦那が帰ってきますので、そしたら夕ご飯を食べましょう。寝床は空き部屋がありますのでそこで」
予想に反して猛烈に歓迎された。いや、それにしては歓迎されすぎだ。何も言わずに夕食を用意してくれるだと? しかも寝床も? 僕にとって都合のいい展開すぎて、罠ではないかと警戒する。一体誰が仕掛けたのかと聞かれても答えられないが。
「ちょっと待て、なぜそんなに親切にしてくれる。僕は、あー、自分で言うのもなんだがかなり怪しい。こんな男をひょいひょい家にあげていいのか?」
アーリンの母親は何故か哀れむような目で僕を見て、こう続けた。
「アーリンから聞きました。東の草原で倒れていたんですよね?」
「……ああ、そうだよ」
「でしたら今は何も聞きません。今日はゆっくり疲れを癒してください」
……疑問点は未だ多いが、とりあえず家に上がることにした。家の中で詳しい話を聞けばいいだろうと思ったからだ。
結論から言うと、その考えは甘かった。なぜかこの家族が僕の事を避けるのだ。初めは質問責めをしてきたアーリンも、母親が止めた事によって何も聞きに来なくなった。父親が帰ってきてもそれは同じだ。
夕食に出た野菜のスープは美味しかったが、その美味しさが薄れる程度には重い雰囲気だった。
夕食後、アーリンの母親は半ば押し込めるように僕を寝室へと案内した。
一人になった寝室でベットに寝転ぶが、一向に眠れる気がしない。というか、寝る気がない。
「F.R.Y.D.A.Y.」
《はい、ボス》
「あの二人の会話を聞きたい。音声を拾ってくれ」
《了解しました》
聞こえて来た会話は、正直に言えば想像もしていないものだった。僕はてっきり、僕が誰なのかを話していると思っていたのだが……
『あの人、東の草原に倒れてたって言ってたな。かわいそうに』
『ええ、きっと隣町の生き残りよ。運良くサーヴァントの目を掻い潜ったんだわ』
『一体どれ程の地獄を見たのか……想像もできないな』
『彼、この後行くあてがあるのかしら?』
『分からない。詳しい事情は、明日彼が起きてから聞こう。今日は、休ませてやろう』
『ええ、そうね』
どうやら僕の正体は、あの二人の間では確定しているらしい。
二人の話を纏めるとこうだ。サーヴァントとやらに襲撃された隣町から逃げて来た男、それが僕。全く、訳がわからない。
そもそも、サーヴァントとはなんだ。アーリンの話からてっきり子を戒めるための偶像だと思っていたが、二人の話を聞いてからその考えは百八十度変わった。
実在し、実際に人を殺す存在。
分からない事が多すぎて、頭が混乱してくる。とにかく、明日僕の身に、隣町から逃げて来た男の身に何があったのか聞かれても困るので、それの対処法を考える事にした。
「でっち上げるか? いや、それでもいいが細かい事を聞かれるとマズイ。なら、あー」
《なんでもいいのですが、ボス。少々声が大きすぎるかと》
「ああ、わかった。少し声のボリュームを落とす事にしよう」
あの二人に隣町の知り合いがいたとして、同じ町に住んでいる人物がそれを知らないのは不自然な事なのだろうか。少なくとも、僕の時代ではそれは自然な事だが、ここでは分からない。だがもし、地域の絆が強い文化だったのならそれは不自然だ。となると、やはりでっち上げるのは悪手だろう。
「なあF.R.Y.D.A.Y.。心の旅路を見たことあるか?」
《あー、なるほど。いい案だと思います》
案の方針が決まった。なら後は設定のすり合わせだな。
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「おきて! 朝だよ! おきて! おきてったら! なんでまたおめめ閉じちゃうの!」
アーリンによって叩き起こされた僕は、洗面台で顔を洗ってからリビングへと向かった。何、基本的な方針は決めてあるのだ。これといってビクつくことはない。
演技の経験はないのが少々不安な所だが、まあ何とかなるだろう。
「おはようございます。昨夜は休めましたか?」
リビングへと入った僕に、アーリンの母親はそう問いてきた。
「ゆっくりと休む事ができましたよ。本当に有難い。ああそれと、昨晩言い忘れてたんですが……あの野菜のスープ、本当に美味しかった」
「口にあったなら良かったです。朝ご飯にもあのスープが出ますので、宜しかったらそちらも」
「そんな、朝ご飯まで頂くなんて」
「別に大丈夫ですよ、二人分も三人分も大して変わりません」
「なら、頂きましょう」
もう既に旦那の方は仕事に行っているようで、朝食卓を囲んでいたのは、僕とアーリン、そして彼女の母親の三人だった。
さて、僕の予想だともうそろそろのはずなんだが……
「あの、もし良かったらなんですけど、一体何があったのか教えてくれませんか?」
そら来た。面に出さず、唾を飲む。僕は、昨夜に決めていた台詞を口から出した。
「それが、あいにく殆ど何も覚えていなくて。ナイフやフォークの使い方なら覚えているんですが……」
「覚えてない、ですか。本当に些細な事でも構わないので、何かないですか?」
ふと引っかかった。僕が目覚める前は、一体どんな風だったのだろうか。草原ではなく、僕自身の方。
ストレンジが穴を開けて、ピーターが帰ってきて、消滅した人々も戻ってきて。
そうだ、僕はサノスと戦っていたのだ。
その結果は、サノスとの決戦の結果は一体どうなった。
ダメだ、頭に靄がかかったように思い出す事が出来ない。
僕は……
「……じちゃん?」
アーリンの呼びかけで僕の意識は再び食卓に戻った。いけない、ここでボロを出す訳にはいかないのだ。意識を逸らしたらダメだろう、僕。
「すみません、少し不謹慎でした……」
「大丈夫ですよ、このくらい」
「いえ、知り合いが隣町にいたもので……すみません」
彼女がこうまでなるほどに、僕の表情は酷かったのだろうか? だとしたら反省しなくては。今は、目の前の彼女に違和感を持たせない事が重要なのだから。
再び会話を始めようと、僕が口を開いた丁度その時。
外で爆音の声が鳴り響いた。
「この村の全住民に告ぐ! 昨夜怪しげな飛行物体がこの村に入ったとの報告があった!今この村にいる者は、即座に外に出ろ!」