今作品は今月に一度降った天気雨から発想を得て書いた作品です。読者の皆さんが読みやすいように配慮して書いたつもりですが、作者の力不足から拙い点やツッコミどころなどもあるかと思いますが、それらも含めて楽しんで読んで頂けるととても嬉しいです。
それでは、始めていきます。
「……雨、か」
6月のある日の朝。俺、
「……まあ、6月と言えば梅雨だし仕方ないけど、雨が降ると湿気で洗濯物が乾きづらくなるんだよな……」
寝癖混じりの頭をポリポリと掻きながら俺は少し憂鬱な気持ちでポツリと呟いた。雨自体は昔から嫌いじゃない。雨が降っていると世界は晴れの日とは違う色や景色を見せてくれるし、傘や
……一長一短、とはちょっと違うけど、良い事もあれば悪い事もあるという事を考えたらある意味合ってるのかな……。
寝起きでぼんやりとする頭でボーッとそんな事を考えていたが、その内に目覚ましのためにセットしていた携帯のアラームがけたたましく鳴り出し、俺はハッとしながら頭を横に振った。
「……いかんいかん、このままボーッとしてると大学に遅刻してしまう。この景色を見ながらただただ雨音を聞いていたいけど、まずは朝飯を食わないとだな」
そして、のそのそと布団から出た後、雨が降る街の様子にもう一度目を向けた時、ふと頭の中に雨が降る公園と土管の中で不安そうな表情を浮かべる一人の少女の姿が浮かんだ。
「……そういえばあの子と出会って、
そんな事を独り言ちた後、ジッと雨が降る街の景色を見ながらその子との出会いについて想起した。その子と出会ったのは、今から十年も前の事、今日のようにしとしとと雨が降っている日だった。その日は家の都合で両親と一緒に親戚の家まで来ていたのだが、その頃の俺は少し人見知りをするタイプだった事から、親戚達が仲良く話したり遊んだりしているのに混ざれずにいた。そして、その事をつまらなく感じた俺は、一人でフラリと家を出ると、傘を差して近所をあても無く歩き続けた。その後、近くに公園があるのを見つけ、何か無いかと思って公園内をくまなく歩き続けていたその時、土管がある方から啜り泣く声が聞こえ、何事かと思って近付いたところで俺はその子と出会ったのだった。
……まあ、あれからもう十年も経ってるわけだし、あの子も俺の事なんてすっかり忘れて家族や恋人、友達なんかと一緒にとても幸せな毎日を過ごしてるんだろうな。けど──。
「……もし会えるなら、もう一度会いたいかな。そして、もし本当に会えたなら、その時にはあのペンダントを見せながらあの日交わした
静かに降り注ぐ雨を見ながら俺はそんな事をポツリと独り言ちていたが、「……まあ、そんな事は流石に起こりえないよな」と半ば自嘲気味に言いながらすぐに窓から視線を外し、頭を朝の準備の方へと切り替えた。そして、そのまま机の方へ向かった後、俺は机の上に置いていた『琥珀のペンダント』を首に掛け、朝飯の準備をするために台所の方へと歩いていった。
その日の夕方、朝から降り続いていた雨も止み、空は綺麗な夕焼け空へ変わっていたが、俺は朝よりも更に憂鬱な気持ちで家に向けて歩いていた。
「……そんな素振り、まったく無かったはずなのにな……」
心の中にどんよりとした雲が広がっていくのを感じながら俺は憂鬱な気持ちでとぼとぼと歩いた。憂鬱な気持ちの理由は簡単だ、大学に入って初めて出来た彼女から突然別れ話を切り出されたからだ。彼女はその美貌から入学早々同級生から先輩に至るまで多くの男子学生の心を奪い、今まで彼女に告白をした男は何人もいたが、全員がきっぱりと断られていた事から、男子学生の中では彼女と付き合える奴がいれば、それは本当に幸せな奴だろうとすら言われていた。そして、例に漏れず彼女に恋心を抱いた俺は、友人から色々とアドバイスをもらったり自分磨きをしたりして、彼女に相応しい男になるように必死になって努力をし、大学二年の春に告白をした。その結果、彼女は俺の告白を受け入れ、俺は晴れて彼女と付き合う事になった。しかし、それから約二ヶ月後の今日、俺はその彼女から別れを切り出された。彼女曰く、俺の告白を受け入れたのは、俺と付き合えば本当に好きな相手であり入学式の日から狙っていた俺の友人の情報を雑談から引き出せる上、その友人に告白する上で邪魔になる他の男が言い寄ってこなくなるからだったが、思ったよりも情報を集められないし、そろそろ鬱陶しくなってきたから別れて欲しいと言われたのだった。正直、これだけならまだ俺もよくある事だと思えたが、彼女が好きになったという相手が誰なのかを聞いた瞬間、俺はそのショックからその場にへたり込んでしまい、そのまま別れる事をオーケーしてしまっていた。
「……はは、ほんと……力が抜けちまうよな……。アイツが好きになったのが、彼女への恋を応援してくれていた
そう、彼女が好きになった友人というのは、彼女と付き合えるまでずっと俺の事を応援してくれていた友人だったのだ。ソイツ──
「……結局、晶人に申し訳ない事をしちまったな……。本当なら今日もどこかに一緒に行くところをちょっと調子が悪いって嘘をついて帰ってきてるわけだし……」
そんな事を溜息交じりに呟いていたその時、ポケットの中に入れていた携帯が突然ブルブルと震えだし、俺はその震動に嫌な予感を覚えビクッと体を震わせた。そして、恐る恐る携帯を取りだして画面を確認すると、そこには晶人の名前が表示されていた。
……やっぱり、か……正直な事を言うなら今はアイツと話したいような気分じゃないんだよな……。
どんよりとした暗い気持ちで画面に表示されている名前を眺めていた時、俺の指は自然に通話を拒否するマークの方へとゆっくりと動いていた。けれど、大学で別れた時の晶人の心配そうな顔が浮かんだ時、俺の指はピタリと動きを止め、しばらく悩んだように画面上でジッとした後、そのまま通話を開始するマークを静かにタッチした。
「もしもし……」
『もしもし……今、大丈夫だったか?』
携帯から聞こえてきたどこか心配そうだが静かな怒りがこもった晶人の声を聞いた瞬間、俺は直ぐに通話を切りたくなったが、せっかくソイツが電話をしてくれたのに、すぐに切ってしまうのは流石に失礼だと感じ、切ってしまいたい気持ちをグッと堪えながらそれに答えた。
「あ、ああ……まだ調子はよくないけどな」
『……そうか。それで、ちょっと訊きづらい事を訊くが、彼女と別れたっていうのは本当なのか?』
「……本当だよ。もしかして彼女から聞いたのか?」
『ああ、調子が悪いって言って帰っていくお前の姿がどうにも変に思えたから、彼女なら何か知ってるかと思って訊きに行こうとしたんだ。そしたら、彼女の方から俺に今から少し話せないかって話し掛けてきたから、ちょうど良いと思ってそのまま着いていったんだよ』
「……それで、彼女から別れた事を聞いたのか」
『……まあな。ただ、彼女の第一声が俺への告白だったのは流石に面食らったよ。お前という奴がいながらいきなり別の男に告白をするなんて普通はありえねぇしな』
「…………」
『……ああ、ついでに言っておくと告白はもちろん断ったぜ。彼女、別れを告げた瞬間のお前の姿をスゴく酷い言葉で嘲笑っていたし、前にも言ったように俺は彼女みたいなのはタイプじゃないからな』
「……そっか」
そう返答をすると、ソイツは『お前……』と心配そうな声を上げた後、電話の向こうで少し黙り込んだ。そして、それに対して俺がどう言ったものかと悩んでいたその時、携帯からソイツの声で何やら呪文のような言葉が突然聞こえ始め、俺はそれにビクリと体を震わせた。
な、何なんだ……一体……?
そんな事を思いながらも俺はその声が止むのを静かに待ち、それが終わったのを確認してからソイツに話し掛けた。
「……お、おい……大丈夫か?」
『……ははっ、大丈夫だよ。ちょっとお前に幸せが訪れる
「ま、呪い……?」
『ああ、そうだ。今回の件は俺にも非があるからな』
「いや……お前は悪くないだろ? あくまでもお前は俺の事を応援してくれていただけで──」
『……あのさ、お前が付き合う前、彼女と会わせてもらった事があっただろ?』
「……ああ、あったな。実際に会ってみた方が人となりがよく分かるとかで……」
『……実はその時、言わない方が良いと思って言わなかったんだけど、彼女から『嫌なモノ』を感じてたんだよ』
「……そうだったのか」
『まあ、彼女の場合は『憑いてる』わけじゃなく元からあの性格だったみたいだけどな。ただ、気付いた時にしっかりと言っておけばこんな事にはならなかったとは思ってる。だから、これはその詫びみたいな物だよ』
「晶人……」
『……これでもお前には感謝してるんだぜ? あの入学式の日、俺が『あちら側』の住人と話していたのをハッキリと見たのに、お前は怖がったり気味悪がったりする事なくその事をしっかりと受け止め、俺とダチになってくれた。お前も知ってる通り、俺は他にも色々なダチがいるけど、俺が『視える』事や『力』の事を知ってるのは今はお前だけだし、受け止めてくれたのもお前だけだった。だから……こう言うのもちっとハズいけど、俺はお前に感謝してると同時にお前を
「……そっか」
『親友』の少し気恥ずかしそうな声にクスリと笑いながら答えた後、俺はついさっき言われたばかりの言葉を頭の中で繰り返しながら心の雲が晴れていくのを感じた。
……感謝してるのはこっちもだよ。本当にありがとな、晶人。
そんな事を思いながら晶人に対して感謝の気持ちを感じていると、電話の向こうから晶人のふぅと小さく息をつく声が聞こえ、それからすぐにいつも通りの落ち着いた声が聞こえてきた。
『お前に掛けた呪いがいつ効力を発揮するかやどんな幸せをもたらすかは正直俺にも分からない。だけど、この呪いは掛けた相手にとって今一番幸せだと思える事が訪れると言われてる奴だ』
「一番の幸せ……」
『ああ、そうだ。ただ……』
「ただ……?」
『呪いを掛け終えた瞬間、頭の中に『雨の公園』と『不思議な少女』の姿が浮かんだ。もしかしたら、この二つが何かのヒントになってるかもしれないぞ?』
「『雨の公園』と『不思議な少女』……」
それを聞いたその瞬間、朝に浮かんだ時は違ってとても嬉しそうな笑みを浮かべるあの子の姿が頭の中に浮かび、それに対して思わず「……もしかして」と呟いていると、電話から晶人の少し驚いたような声が聞こえてきた。
『……その様子だと何か思い当たる節があるみたいだな』
「あ、ああ……一応な」
『そうか……まあ、今は晴れてるから多分関係は無いと思うけど、雨の日で暇が出来た時にでも公園に行ってみても良いかもしれないな。普通の奴なら雨の日に出掛けようなんて気には無いだろうけど、雨が好きだというお前なら億劫がる事も無さそうだしな』
「……そうだな。晶人、わざわざ電話を掛けてくれて本当にありがとな」
『どういたしまして。んじゃ、そろそろ切るな』
「……ああ、分かった」
『……それじゃまた明日な、
「ああ、また明日な、
そして晶人との通話を終えた後、俺は電話をポケットにしまいながら静かに空を見上げた。空はさっきまでと変わらず綺麗なオレンジ色に染まっており、その鮮やかで明るい色に俺は心が癒されていくのを感じた。
……綺麗な夕焼けだな……こんな風に夕焼け空を眺めるのはいつ振りだろう?
そんな事を思いながら夕焼け空をボーッと眺めていたその時、手に何か冷たい物が当たり、その冷たさから俺は嫌な予感を覚えた。
「え……まさか──」
そう独り言ちた瞬間、ポツポツと雨が降り出したかと思うと、それはすぐにザーッという音を立てながら降り注ぐ少し強めの雨へと変わった。
「おいおい、天気雨とか嘘だろ……!?」
突然降り出した天気雨に俺はバッグの中に入れている折り畳み傘を取り出す事すら忘れて両手で頭を覆いながら急いで走り出した。そして、雨の冷たさで徐々に冷えていく体と一向に降り止む様子の無い雨に焦りを感じながら走り続けていたその時、目の端に公園らしき物が見えた。
「公園……もしかしたら
だいぶ冷えてしまった体を震わせながらコクリと頷いた後、俺はすぐに公園内へと入り、何か無いかと辺りを見回した。すると、少し離れたところに二段に重なった
「……ふぅ、これでようやく一息──」
そう言いながら外の光が少ししか入らない薄暗い土管の中に座り込もうとしたその時、「ひぅっ!?」という声が土管の中に響き渡り、俺はその声に思わず「わっ!?」という声を上げてしまった。
い、今の声は一体……?
驚きで心臓の鼓動が早くなる中、ポケットから携帯を取り出して懐中電灯のアプリを開いた後、目の前へ携帯のライトを向けた。するとそこにいたのは、こちらを怯えの色が浮かんだ目で見ながら体を震わせるセーラー服姿の長い黒髪の少女だった。
な、何だ……先客がいたのか。けど、女の子がどうしてこんな所に……?
少女の姿にそんな疑問が浮かぶと同時に、何故か妙な懐かしさのような物を覚えたが、その疑問を解消するよりも先に少女に自分が怪しい人物では無い事を説明する方が良いと感じ、俺は出来る限り優しい笑みを浮かべながら少女に声を掛けた。
「え、えっと……怖がらなくても良いよ。俺はちょっと雨宿りをしに来ただけだからさ」
「あ……貴方も雨宿り……をしにここへ……?」
「う、うん……だから、雨が止んだらさっさといなくなるつもりだよ。知らない男とこんなところで一緒なのは、君的には流石に不安だろうし……」
「い、いえ……そんな事は無いです。確かにさっきまでは不安でしたけど、それはどんな人が入ってきたのかが分からなかったからで、今はそんなに不安には思ってませんよ」
「……そっか、それなら良かった」
少女の言葉に俺はホッとしながら微笑んだ後、土管の外へ視線を向けると、さっきまで降り続いていた天気雨は既に止み、降り始める前の綺麗な夕焼け空が広がっていた。しかし、何故かまだ土管の外には出たくないという気持ちが心のどこかにあり、今出ていってしまったら一生後悔するような気がしていた。
……これって一体どういう事なんだろう……?
俺はそれを不思議に思っていたが、とりあえず少女に雨が止んだ事を伝えるのが先だと感じ、俺は再び少女の方へ顔を向けた。
「……雨、止んだみたいだけど、君はどうする?」
「え、えっと……私はもう少しここにいようかなと思っています。一応、カバンの中に折り畳み傘は入れてたので、またいつ雨が降っても問題は無いですから」
「そっか……」
「それに……こう言ったら変に思われるかもしれませんが、何というか……まだここを出たくない気がするんです。今ここを出てしまったら、その事を一生後悔する、そんな感じがするんです……」
「……え、君も?」
「君も……って事は、お兄さんもそうなんですか?」
「……ああ、とても不思議だけどね」
「ふふ、そうですね」
俺の言葉に少女がニコリと笑いながら答えているのを見ていた時、ふと少女の姿とあの子の姿が重なったような気がした。
……まあ、それは口には出さないけどな。この子だっていきなりそんな事を言われても困るだろうし。
そんな事を思いながら苦笑いを浮かべていたその時、「……くしゅんっ!」と少女が突然大きなくしゃみをしたかと思うと、少女の頭に突然金色の
え……み、耳……!?
突然現れた事に驚きながら耳をジッと見つめていると、少女は俺の顔をキョトンとした表情で見つめていたが、やがてハッとした表情で頭に生えている耳をサワサワと触り、顔面蒼白といった様子で声を震わせた。
「う、嘘……もしかしてさっきのくしゃみで気が緩んで……!?」
「あ、あの……」
「うぅ……嫌だ、怖がられたり変な目で見られたりするのは、もう嫌だよ……! 」
少女は俺の声が聞こえていない様子で涙声で独り言ちながら俯くと、ひっくひっくとしゃくり上げながら泣き始めたが、俺はそんな少女の姿をただ見ている事しか出来なかった。
……この耳、いきなり頭から生えてきた事やこの子の様子から察するに、たぶん
「……やっぱり放って置くわけにはいかないよな」
泣き続ける少女の姿を見ながら独り言ちた後、俺は少女の頭にポンと手を置き、頭を優しく撫でながら声を掛けた。
「……大丈夫、俺は君の事を怖がったり変な目で見たりしないよ」
「……本当、ですか……?」
「ああ、本当だ。だから、もう泣かなくても良いよ。出会ってからほんの数分しか経ってない俺が言うのもあれだけど、俺は君の味方だからさ」
「お兄さん……」
少女はゆっくりと顔を上げると、泣き腫らした目で俺の事をジッと見つめていたが、やがてとても安心した様子でニコリと笑った。
「……お兄さん、ありがとうございます」
「どういたしまして……と言っても大した事はしてないけどね」
「いえ……さっきのお兄さんの言葉は私にとって本当に嬉しかったです。小さい頃、同じような事になった時に、お兄さんみたいな事を言ってくれた人が一人だけいましたけど、それ以外の人は私のこの耳や尻尾を見て怖がったり気味悪がったりするだけでしたから……」
「そっか……ところで、その小さい頃に出会ったっていう人とは、今でも何か話をしたり遊んだりしてるのかな?」
「……いえ、その人とはそれ以来一度も会えてないです。何でもこの近くに住んでいるご親戚の家に遊びに来ていただけらしくて、住んでいる場所自体は他の場所だと言っていたので……それに、住所なんかもまったく聞いてませんし……」
「……そう、だったんだ……」
「はい……けど、その時にその人と私に
「共通点……?」
「はい、何でも私の名前を英語にすると、その人の苗字の読みとほぼ同じになるみたいで、その時に何だか不思議だねって二人で話していたんです」
「名前を……英語に……」
え……その約束って……。
少女の言葉に俺が驚く中、少女はどこか哀しそう笑みを浮かべながら少しだけ顔を俯かせた。
「まあでも……会ったのはもう
「でも……もし会えるとしたら、君はその人に会いたい?」
「……はい、会いたいです。会える可能性がとても低い事はもちろん分かっていますが、私はあの人にしっかりとした感謝の言葉を伝えたいんです」
「感謝の言葉……」
「はい……さっきお兄さんが見たように、私は周りの人からこの耳や尻尾の事を怖がれたり変な目で見られたりする事がとても嫌で、その度にとても哀しい気持ちになったり、その原因である耳や尻尾の事が嫌いになりそうになったりしていたんです。でも、そんな時にはあの日に掛けてもらった言葉を思い出すと同時に、勇気と元気を出すためにこう思うようにしてるんです。確かに周りの人からは受け入れられてないかもしれないけど、少なくとも家族以外で私の味方でいてくれてる人が一人はいるんだ、って」
「…………」
「……でも、会うなんてやっぱり無理ですよね。手がかりがあまりにも少ないですし、そもそも会えたところで私の事や約束の事を覚えているわけが──」
「……いや、覚えてるよ」
「……え?」
俺の言葉に少女が驚いた様子を見せた後、俺は首に掛けていた琥珀のペンダントを見せながらニコリと笑った。
「合言葉は君の名前でもあり、俺の苗字でもあるこの『Amber
「え……そ、それじゃあ……まさか……!」
「ああ、久しぶり……と言っても、俺も君だと分かったのはついさっきなんだけどね」
驚いた様子で俺を見ている琥珀ちゃんに対して頬をポリポリと掻きながら苦笑いを浮かべた後、琥珀ちゃんに会えた嬉しさを感じながらニコリと笑った。
「……まあ、俺も正直驚いてるよ。まさか十年も前に一度しか会ってない君とあの時と同じ場所で再会出来るなんて思ってもみなかったからさ」
「ユキ君……」
「でも、こうして会えて良かったよ。これでやっとあの日交わした約束を果たせたからね。琥珀ちゃん、十年も待たせて本当にゴメンね」
「ううん……謝らなくても良いよ、ユキ君。私は……こうしてまた会えただけでも嬉しいから」
「……そっか」
「うん。それに、こうしてまた会えた事やユキ君が約束を覚えていてくれた事で、ようやくしっかりとした感謝を告げられるからね」
「……あ、それってさっき言ってた……」
「そう。さっきも言ったけど、ユキ君の言葉のおかげで、私はどんなに辛くて悲しくても耐えてこられたから。だから……本当にありがとう、ユキ君」
「……どういたしまして」
満面の笑みを浮かべる琥珀ちゃんの姿に、安心感を覚えながら微笑んだ後、俺は首に掛けていた琥珀のペンダントを軽く抓んだ。
「……そういえば、話はちょっと変わるんだけど、この琥珀のペンダントってたしかお父さんからもらった物なんだったよね?」
「うん。あの日の朝、お父さんからそれと私が今ポケットに入れてる物の二つを渡されて、もしもこの先の人生で、この人なら大切にしてくれそうだと思った人がいたら、その人に片方を渡しなさいって言われた物だったの。それで、その時は大切にしてくれそうっていうのが、この琥珀のペンダントの事だと思ってたんだけど……」
「けどって……俺も渡された時にそう説明されたからずっとそうだと思ってたけど、違うの?」
首を傾げながら問い掛けると、琥珀ちゃんはどこか恥ずかしそうにもじもじとしながらコクンと頷いた。
「うん……実は、ね……その大切にしてくれそうっていうのは、私の事だったみたいなんだ……」
「え、それってつまり……」
「そう……お父さん的には、将来結婚したい相手が出来たら、渡しなさいって言ったつもりだったみたいなの。あの日、家に帰ってから琥珀のペンダントをユキ君に渡した事を言ったら、スゴく腰を抜かしちゃって、それで理由を聞いたら実はそういう事だったらしいの」
「そう、だったんだ……」
「……私のお父さん、出身が琥珀とか水晶がよく採れる地域だったらしくて、その影響で昔から石言葉や花言葉が好きで、琥珀の石言葉も私に昔話した事があったし、渡すのも私と同じ名前の石のペンダントだから、詳しく話さなくても大丈夫だと思ってたみたいなの。でも、そうだと気づかずに私がユキ君に渡しちゃったから、お父さんは本当に大慌てだったんだ。『相手はどんな奴なんだ、本当に良い奴なのか』って私の肩を掴みながら言うもんだから、私は何が何だか分からなくなって泣き始めて、お母さんはお父さんを止めながら私を泣き止ませようとして本当に大変だったんだよね」
「まあ、お父さんとしてはまだ小さい自分の娘がいきなり結婚をしたいと思う程の相手を見つけてきたわけだし、本当に驚くし慌てるよ。でも、そんな事になったのにお父さんは返してもらってきなさいとは言わなかったんだね」
「うん、ユキ君が私の姿を見ても怖がったり変な目で見なかったりしなかった事や私の味方でいてくれるって言ってた事を言ったら、お父さんは少し驚いてから『そっか』って安心したよう笑って、『こうなったのも俺の説明不足のせいだし、そう言ってくれる相手ならたぶん間違いは無いから、返してもらいなさいとは言わない。けど、もしもその相手とまた会えたその時には、しっかりと俺達に紹介をしてくれよ。その時まで琥珀がその相手の事が好きでいるかは分からないけど、妖狐に恋した人間としてはその相手にスゴく興味があるからな』って言ってくれてたんだ」
「そっか……まあ、そう言ってくれてるのは嬉しいけど、会いに行くのはちょっと怖いな」
「ふふっ、大丈夫だよ。私のお父さんはとっても優しいから。あ、でも……」
「ん……どうかした?」
そう訊くと、琥珀ちゃんはとても不安そうな顔をしながら上目遣いで静かに口を開いた。
「ユキ君、たぶん彼女さんとかいるよね? もしもいたとしたら、私と一緒に歩いてるところを誰かに見られるのはマズいと思ったんだけど……」
「……いないよ。というか、今日別れたばかりだったんだ」
「え……ど、どうして……?」
「……簡単に言えば、彼女にとって俺は色々と都合の良い男だったらしくて、俺を利用してある目的を達成しようとしてたんだけど、俺に利用価値が無くなったから、別れて欲しいって言われたんだ。つまり、本当に好きだったのは俺だけだったんだよ」
「そんな……そんなのってどう考えても酷すぎるよ……!」
「そうかもしれない。けど、そんな彼女の狙いに気づけなかった俺にだって非はあるさ。大学に通う男子学生の殆どから恋心を抱かれるような相手が、俺みたいな何も取り柄の無いような達なんかとは奴の告白を受けるのがそもそもおかしかったわけで──」
「そんな事無い……!!」
俺の言葉を遮りながら言うその琥珀ちゃんの言葉に驚いていると、琥珀ちゃんは目に涙を浮かべながら震える声で言葉を続けた。
「他の人は私のこの姿を怖がったり変な目で見たりしたけど、ユキ君は……昔も今も半人半妖の私を受け入れ、私の味方でいてくれるって言ってくれた。だから、ユキ君に何の取り柄も無いなんて事は無いよ! ユキ君はとても優しくてとても温かい人だよ!」
「琥珀ちゃん……」
「だから、お願い。もう自分の事を何の取り柄も無いなんて言わないで……私の大好きなユキ君を自分で否定するような事はもう言わないで……!」
目から涙をポロポロと流しながらも俺の目を真っ直ぐに見てそう語気を強めて言う琥珀ちゃんの姿に、俺は自分が琥珀ちゃんに掛けた言葉などが、どれだけ琥珀ちゃんの心の支えになっていたかが分かり、琥珀ちゃんに対して申し訳なさを感じると同時に、涙を流しながらここまで言ってくれる事に感謝を覚えていた。
……俺のためにここまで言ってくれる子をこれ以上泣かせるわけにはいかないよな。
そう思いながら俺は琥珀ちゃんの頭にポンと手を置き、ニコリと笑いながら話し掛けた。
「ありがとう、琥珀ちゃん。琥珀ちゃんのおかげで、少しだけでも自分に自信が持てそうだよ」
「ユキ君……えへへ、どういたしまして」
ついさっきまで泣いていた事で、琥珀ちゃんの目元は少しだけ赤く腫れていたが、はにかみながら笑うその顔はとても可愛らしく、そんな子と十年越しに再会出来た自分はとても幸せ者だと心から感じていた。
ありがとうな、晶人。お前のお呪いのおかげで、俺は今一番幸せだよ。
お呪いを掛けてくれた親友に対しての感謝を抱いた後、俺は琥珀のペンダントをチラリと見てから、ある事について訊くために琥珀ちゃんに話し掛けた。
「琥珀ちゃん、こうして再会出来てすぐに訊くのもあれかもしれないけど、琥珀ちゃんはどうしたい?」
「どうしたいって言うと……?」
「……あの日、君がくれたこのペンダントは、君のお父さんの言葉通りなら、君との婚約の印みたいな物だ。つまり、これを持っている俺と君は、両家の親の非公認ではあるけど、婚約者みたいな物になる。もちろん、それを知らずに受け取ったからと言って、これを突っ返すような真似を俺はしないけど、君はこの事をどう思っているかを訊きたいんだ。君が俺に好意を持ってくれているのは分かっているけど、もしも他に好きな人が出来るかもしれないなら、これは君に返した方が──」
「……ううん、返してもらわなくても大丈夫だよ。これまでもそうだったけど、これからもユキ君以外に好きになる人なんて出来る気がしない。それくらい、私はあの日からユキ君の事が大好きだから」
「琥珀ちゃん……」
「ユキ君はどう……かな? 好きだった人と別れたばかりのユキ君にこんな事を訊くのは、やっぱり酷いと思うし、どうかしてると思ってるけど、私はユキ君の気持ちを知りたいから」
「俺は……」
琥珀ちゃんの不安と期待が入り混じった視線を受けながら、俺は昔と今の自分の気持ちを織り交ぜながら考え始めた。そしてそれから数分後、俺は一つの結論を出し、琥珀ちゃんの目を真っ直ぐに見つめ返しながらそれを口に出した。
「……俺も琥珀ちゃんの事が好きだ。だけど、これは傷心中に琥珀ちゃんに再会出来たからとか優しい言葉を掛けてもらったからとかじゃない。自分では気づいてなかったけど、本当は君と同じであの日から君の事を想っていたんだ」
「ユキ君も……?」
「ああ。俺は君との出会いをこれまでは一つの思い出として考えていたけど、よく考えてみれば、小さい頃に交わした約束を今でもずっと覚えていた上、それを果たしたいなんて君の事を想っていなければたぶん思わないよ。あの頃はこの琥珀のペンダントに籠められた意味を知らなかったし、その一度しか会っていない名前しか知らない子との約束なんて本当なら果たしようが無い上にいつかは記憶の奥底にしまい込まれるだろうから。でも、俺はずっとその事を覚えていたし、約束を果たしたいと思い続けていた。それが君の事をあの日から想っていた何よりの証拠だと俺は思ってるよ」
「ユキ君……」
「だから、もう一度言わせてもらうよ。琥珀ちゃん、俺は君の事が好きだ。こんな俺で良ければ、俺と付き合ってくれ」
自分では気づいてなかったとはいえ、十年越しの想いを伝えたこの告白に、俺は前の彼女の時にした告白よりも自分が緊張している事を感じながら俺は琥珀ちゃんの返事を待った。すると、琥珀ちゃんは安心したようにクスリと笑うと、とても幸せそうな表情を浮かべながらコクリと頷いた。
「……はい。こちらこそよろしくお願いします」
「琥珀ちゃん……」
「……ふふっ、これで私達は恋人同士だね。と言っても、私達はお互いの事をまだあまり知らないままなんだけどね」
「……確かにそうだけど、それはこれからゆっくり知っていけば良いと思うよ。俺達にはこれまで過ごしてきた十年よりも長い時間があるんだからさ」
「……うん、そうだね」
そう言いながら笑い合った後、俺達は揃って土管の中から出た。すると、さっきまで綺麗なオレンジ色だった空は少しだけ暗くなっている事に気づき、ポケットの中に入れていた携帯を確認してみると、土管の中に入る前からおよそ一時間ほど経っていた。
「……もうそんな時間か。琥珀ちゃん、せっかくだから家まで送っていくよ」
「え……それはありがたいけど、本当に良いの?」
「ああ。もう少しで本当に暗くなるのに、君を一人で帰らせるわけには行かないからさ。それに……」
「それに?」
「もう少しだけでも良いから、琥珀ちゃん──いや、
「ユキ君……うん、私も!」
花が咲いたように嬉しそうに微笑む琥珀に対して微笑み返しながら頷いた後、俺達はどちらともなく手を握り、琥珀の家に向けて思い出の公園を出発した。そして、琥珀と話をする中で、俺はふと前の彼女の事を思い浮かべた。フラれたから言うわけでは無いが、前の彼女は自分の顔についてとても自信を持っていたため、晶人にフラれた事を恨んで、本来自分から別れを切り出したところを俺が手酷い別れ方をしたと周囲に言ってまわり、あたかも俺が全面的に悪いという状況を作り上げると思う。そして、俺と琥珀が付き合っている事を知ったら、琥珀にまで危害を加えようとするかもしれない。だが、たとえそんな事になったとしても、俺は絶対に琥珀を守り通す。それが彼氏としての俺の使命だと思うからだ。
「……それと、晶人にも話は通しておくか。というか、話しておかないと逆に怒られそうだし……」
晶人の怒り顔を思い浮かべながらポツリとそんな事を独り言ちていたその時、突然「……あ」と言いながら琥珀が立ち止まり、俺はそれに少し驚きながらも一緒に立ち止まった。
「琥珀、どうした?」
「あ、うん……私達が土管の中で再会する前、いきなり雨が降ってきたでしょ?」
「ああ。あの天気雨にはちょっと困ったけど、考えてみたらあの雨が俺達を再会させてくれたわけだよな」
「ふふ、そうだね」
「でも、それが一体──」
その瞬間、琥珀が言いたい事が分かったような気がし、俺はその考えにクスリと笑った。
「なるほど……あの雨は俺達的には『狐の嫁入り』ならぬ『妖狐の半人半妖の嫁入り』だったって事か」
「ふふ、正解。まあ、実際にはまだお嫁に来たわけでは無いから少し違うんだと思うけど、両家の親の非公認ではあっても、私達は一応婚約者同士になるわけだから、そう言ってみても良いかなって思ってね」
「……そうかもな」
琥珀の言葉に対して微笑みながら頷いた後、俺は星が少しずつ見え始めている空を見上げた。
「琥珀」
「うん?」
「これから一緒に頑張っていこうな」
「……うん!」
俺の言葉に琥珀がニコリと笑いながら頷いた後、俺達は再びゆっくりと歩き始めた。様々な困難が待つと同時に、それ以上の幸せが待つであろう人生の道を。
いかがでしたでしょうか。今作品は前書きでも書いたように天気雨から発想を得て書いた一話完結の作品ですが、もし読者の皆さんの中に今作品のキャラクター達による別作品が読みたいという声があれば、また別のテーマを元に書いてみるつもりなので、そういった方がいましたら、今作品の感想や作者のTwitterの方に書いて頂けるととてもありがたいです。
そして、他の感想や意見、評価などもお待ちしていますので、書いて頂けるととても嬉しいです。よろしくお願いします。
それでは、また別の作品で。