雨の中の登山は止めるべきだ。それが台風なら言うまでもない。雨の日というものは大人しく屋内にいるべきであり、私は自ら危険に足を踏み出していると言える。しかし、雨の日に外に出ると言う行為自体は、最早危険に思われていないように感じる。現代社会を回すために、その必要性が危険性を上回っているからかもしれない。
日本に限らず世界では雨はかつて畏れられ、神聖視されていた。生活に直結する農業に直接影響する事からその事は不思議ではない。日本では龍神やオカミノカミ等雨と関連する神話は数多く残っており、遡れば古代メソポタミアの時代にはアダドという神が存在し、主神の一柱として崇められていたという。
しかし今日では恐れていないとまでは言わないまでも、その雨に対する態度は大きく変わったと言えるだろう。その原因は何だろうか?
私は『幻想』というものが科学によって暴かれ、その意味を大きく失ってしまったからだと考える。私も学問を少々齧った身であるため、科学を批判するわけではないがその影響は大きいと見ている。というのも昔の人々は、当時理解不能だった現象たちに名前をつけ、
勿論現代でも理解不能なものは多くある。それらは仮定されていたり、そもそも信じられていなかったり、或いは未だに幻想の仕業にされていたりする。だがその意味は科学で解らない事を全てひっくるめて言っているに過ぎない。何かに置換しているわけではないのだ。
さて、これまでの話は語られ尽くされている事だろう。そこで私が次に提示する疑問はこの消えた『幻想』は何処に行ったのか? という事だ。
元々そんなものは無く、想像に過ぎなかったと言われるかもしれないが、それでも確かに、当時を生きる人々の近くに、これは潜んでおり、信じられていたのだ。逆説的に
何故なら私はかつて自分の事をただ理解不能なものとしてしか考えていなかった。私は
だが雨の日に出会った
その日もこんな雨だった、こんな台風の日だった、この山の中だった。だから、危険を冒してでも私は登る。
ある休日、登山をしていた時に、急加速した台風に見舞われ、鳴き声をあげるように風に振り回される木々の間に私はいた。
「.参ったな.」
本来の予定では台風が通過する前に山を越えるつもりだったが、そうもいかなくなった。雨の中を強行して登るか、下山する、或いは雨宿りして通り過ぎるのを待つか。
「雨宿りする場所を探すか……」
無理をして滑落でもしたらたまったものじゃない。まず助けは見込めないだろう。
字面通りの寄らば大樹の陰と行きたいところだが、風で揺られるているような小さい木ばかりだ、道を外れない程度に移動しよう。足元の土は降った雨を全て吸い込んだスポンジのようだった、踏めば足元が歪む。それでも進んでいくと足元に硬いつるつるとした感触を感じる。
「これは石畳……か?」
どうやら雨で土が流され、石畳が露出しているようで、見渡すと横にも道が続いていた。丁度良い、神社でもあるかもしれない、雨宿りさせてもらおう。滝のように麓に流されていく雨水を尻目に、道に慎重に足をのせていく。
少し進むと鳥居の向こうに水が溢れている手水舎と朽ちかけている本殿が見えてきた。普段の神社の印象とは対照的に、石畳や石の土台に雨が弾かれ、泣いているかのように騒々しい。それでも放置されていたであろう期間に反して比較的綺麗な感覚を起こさせる。
「お邪魔します」
別に普段神社に参拝する時に挨拶をするわけでは無いが、廃神社だからとズカズカと足を踏み入れるのなんとなく罰当たりな事に思ってしまう。手水舎で清められる訳でも無いので一言ぐらいかけておくのが心に優しい。そのまま本殿に向かい、屋根の下に入る。雨漏りはしているが外と比較すると幾分かはマシである。まあ自分は雨に濡れないのであまり問題では無いが少々気になってしまう。その上風が厳しいので更に内部へと足を踏み入れようと試みる。昔南京錠が付いていたのか、足元に鍵が転がっているけれどその役目はもう果てせないようで、扉の方が腐っており、壊れながらも扉は容易に開いた。
「…………ん……?」
何か違和感を覚える光景だ、いやそんな曖昧な言葉は止そう。
大量の、楽器と思われるもの、絵巻物、着物など様々なものが散乱し、中央に札が幾重にも貼られた内部が見えない檻が見える。
そしてなによりも
今自分が超常現象と遭遇している事は疑いようが無く、この檻にも何か異常なものが封じられていたであろう事は容易に想像できる。しかしその状況に気分が高揚している自分を発見した。自分のような
その刹那風が舞い込んでくる。隔絶されていたこの場所が突然現実に繋がったかのような感覚、何か隔絶されていた場所が繋がってきたような感覚、そんな中檻の扉に眼を向けると、美しい女性が手を合わせていた。
朱色の着物に藍色の長く纏められた髪、スラリとした体、そして人間で無いと五感に直接訴えかけてくる雰囲気。
触れたら崩れてしまいそうで、ただ見ることしか出来ずに立ち尽くしているところ、彼女が手を振った。
私が疑うかのように瞬きをすると、檻は消え失せ、私だけが取り残された。台風でさえ私を置き去りにしたのか外の雨があがっている。
「……これは驚いたな」
自身の口角が釣り上がるのを感じた。
更新は本当に不定期だと思います。