主人公の彼女 観月 朱音(みづき あかね)
主人公の親友 七塚 樹(ななつか いつき)
樹の彼女 天原 茉莉(あまばら まつり)
朱音と茉莉は親友同士
陽太と樹は親友同士
とりあえずこの辺だけあれば大丈夫かと思います。
少し詳しい登場人物紹介はあとがきで。
仲良しだって時には喧嘩をする。
それは当たり前の事であり、人間の数だけ違う思考をしているのだから意見の食い違いは仕方ないであろう。ぶつかり合う事だって長い付き合いを続けていくなら必要なのだ。
「茉莉が悪いんじゃん! 元はと言えば私が陽太の為にって、大事に焼いてたお肉取ったからぁ!」
「だから謝っているじゃない! ああ、もう! 胸は無駄に大きいくせに器は小さいのね!? そんなに怒ることないじゃない!」
「あーっ! 自分が貧乳だからって僻んでここぞとばかりに私の胸を貶めたぁ! 茉莉は胸が小さいのに態度は大きいんだね!」
「もう怒った! 朱音なんて知らないっ!」
「こっちこそ! 茉莉なんて知らないんだから!」
つーんとそっぽを向きながら不満を隠さない2人を見ながら、何やら妙な事になってしまったもんだと心の中でため息を吐く。
そもそものきっかけは朱音が焼肉を食べたいと言い出したからで──。
*******
「ねー陽太。私焼肉食べたい」
「おおそうか。涼子さんに頼んだらどうだ?」
昼休みの時間、いつものメンツで机をくっつけてご飯を食べていると、弁当箱に入っていたブロッコリーをしかめっ面で俺の弁当箱に入れてきた朱音がそんな事を言う。
「お母さんはお肉嫌いだから……って、ちょっとー! 私のところにブロッコリー入れないでよ!」
「いや、元はお前のだし……」
「クーリングオフ! 返品不可!」
「クーリングオフの使い方間違ってんぞ」
さらにわーわー喚く朱音の言葉を全て無視して、口にブロッコリーを突っ込む。コイツは甘やかすとどこまでもつけあがるのだ。一時期宿題の答えを見せていたら、テストでカンニングを要求された時に俺は決意した。
「むぐっ、むがぁーーーっ!」
「はいはい、口に物を入れたまま喋るな」
ついでに俺の弁当箱のミートボールも口に突っ込んでやる。するとどうだろう、肉でブロッコリーの味が多少緩和されたのか、すっかり大人しくなって咀嚼していた。単純な奴である。
「あはは、いつも仲よさそうだね」
「そういうお前らはどうなんだ?」
隣の朱音はあのブロッコリーで嫌いなものは最後だったのか、ニコニコ笑顔で弁当を食べ進めている。
「僕らは共依存みたいな関係かな。やっぱり強大な敵には助け合いが必要じゃないか」
「弁当の嫌いなものの話にそんな大層な言い方をされてもな」
嫌いなものが入っているとお互い無言で交換し合っている。普段はギャルとパシリくんなんて呼ばれているのに、こういうところを見てると関係は良好だなと安心する。
「陽太にはわからないかもしれないけど、嫌いな食べ物がある人にとってはそれは強大な敵と言っても過言ではないんだ」
うんうん、と朱音と茉莉が頷いている。あれ、俺だけ仲間はずれの状況? と、内心少しばかりショックを受けている俺に、更なる説明を重ねてきた。
「嫌いな食べ物ってのはね、不味いんだ。不味いと分かっている物を食べるのはとても勇気がいる。嫌いな食べ物なんてそう簡単に克服できるものじゃないだろう? だから僕ら嫌いな食べ物がある人は勇気を出してそれを食べるんだ。じゃあ勇気を出すって言われたら何を思い出す?」
「強大な敵を倒すヒーローの話!」
「そうだ! よくぞ言ってくれたね朱音ちゃん。わかるかい? 僕らはそれと同等の事をしているんだ。つまり、朱音ちゃんのように回避するのも賢明な判断というわけだよ。なんて言ったって、敵は強大だからね」
「あー、うん。よくわかった」
朱音と茉莉が拍手をしていた。よく見るとクラスの奴らも拍手をしている。もはやクラスで孤立状態になっていた。解せぬ。
「じゃあじゃあっ、明日からは陽太が私の嫌いなの食べてくれる?」
「強大な敵ってのは、強いんだよな?」
「え? うん、そうだね」
「古来より強い敵ってのは倒すとかなりの経験値が貰えるのが相場だな?」
「えーっと、私嫌な予感しかしない」
今日の朱音は冴えてるな。
「朱音には早く強くなってほしいから、俺は心を鬼にして嫌いな物を食べさせるとするよ。いや、樹の話を聞いてとても心苦しいのだが、これはお前の為なんだ。わかってくれ」
「えーっ! お願い陽太ー!」
「ああ任せろ! 俺も一緒に立ち向かってやるからな! 2人で力を合わせて強大敵を倒そう!」
「半分こ!?」
「俺は突っ込む係だ」
「樹君の馬鹿ー! 結局何も変わらないじゃない!」
「えっ、そこで僕に話を振る? うーんと、茉莉の意見は?」
「わたしたちはお互い納得して交換してるから、朱音は陽太と納得のいくまで話してね? 頑張って!」
「茉莉のそのいい笑顔がものすごくムカつくーっ!」
俺も負けじといい笑顔を作って朱音に笑いかける。どうだこの笑顔。
「陽太なんて……陽太なんて……っ! きらっ、嫌いじゃないけど嫌いよーーーっ!」
あっ、逃げた。
******
「待って、話が凄い逸れてる」
「戻ってきたと思ったらどうした。ほら、弁当箱」
昼休みももうすぐ終わりという頃、ガラッと扉を開けた朱音がそんな事を言う。逸れてるも何も嫌いな食べ物の話しかしてない気がする。
「あっ、ありがと……じゃなくて焼肉! 私は焼肉が食べたいの! 危ないなー。また話が逸れるところだったよ」
「なんだ、その話は終わっただろ?」
「何一つ終わってない! 私は焼肉が食べたくて……えーっと、とにかく焼肉が食べたいの!」
焼肉が食べたいことしか伝わってこない。
「朱音。俺はお前に言いたい事がひとつだけある」
「……なによ」
「却下だ」
「いーやーだー! だって、焼肉だよ? ね、陽太。考えを改めよう? お肉、陽太も好きでしょ?」
ここで「じゃあいいもん! 陽太抜きでやるからね!」なんて言わないあたりがナチュラルに俺抜きは有り得ないと思っている証だろう。だからこうして積極的に俺を説得しようとしている。実に彼氏冥利に尽きる事だ。
「ねえっ!? 樹君も茉莉も陽太を説得してよ!?」
「あー、僕の手助けはいらないと思うよ?」
「樹に同意。朱音、陽太の顔見てみ?」
「え?」
樹達に向いた顔が再びこちらを向くと、途端にぷくーっと頬が膨らむ。可愛い。
「からかってたの!?」
「ああ、もちろん」
朱音をからかうのはとても楽しい。いつでも子供のように引っかかるから飽きないのだ。
「もう怒った! さすがの私でも堪忍袋の緒が切れたんだから! 陽太なんて大きら……えっと、ほんの少しだけ嫌い!」
ふむ。
「そうだな。今週末の土曜日、俺の家を提供しよう。2人もいいか?」
「…………」
「大丈夫。自分たちの分の食材買っていくよ」
「わたしも大丈夫。お金も樹持ちだから」
「えっ、いやまあ……いいけど」
「うそ。一緒に買いに行こ?」
「後は朱音の分の食材とジュース代は俺が出そう。からかったお詫びだ」
「……………………」
「陽太の太っ腹!」
「樹とは違う!」
「ちょっ、茉莉。それはどういう……」
「言葉の綾だよ。気にしない気にしない」
「さらに今なら庭で焼肉と夜の花火をつけよう。……おや? 反応がないな。仕方ないか、なら焼肉は無しに──」
「直った! 機嫌直った! 私は最初っから焼肉やってくれるって思ってたから? だって私の陽太だもん。うん、これっぽっちも疑ってなかったんだからね!」
ちょろい。
「じゃあ金曜日の放課後、買いに行くか」
「うんっ!」
この弾けんばかりの笑顔も可愛い。怒った顔や焦った顔、朱音をからかっていると色々な表情を見る事が出来るから楽しいのだ。朱音も俺も結局得をしているのでこれはWIN-WINの関係だな。これからも続けていくとしよう。
「あー、授業かぁ……やだなぁ……」
キーンコーンと鳴ったチャイムを聞いて一気に肩を落としていた。
「金曜日の放課後まできちんと授業を受けたらお菓子も追加しよう」
「えっ、本当!? やったぁ! やる気出てきた!」
本当に、ちょろい。
それから金曜日の放課後までの朱音は教師も驚くほど真面目に授業を受けていた。
*********
「ふんふふーん」
語尾に音符マークがつきそうな程上機嫌な朱音と歩く帰り道。いつもより多めに金を持ってきて準備万端な俺と朱音は、スーパーへと向かっていた。激安スーパーである。
「街はずれの高級スーパーがよかったなー」
「馬鹿め。俺が死ぬぞ」
「じゃあやめる」
偉いぞ、と頭を撫でたらえへー、と破顔する。その笑顔でにやけてしまうのを必死に抑えつつ、少し早足で歩く。
「あっ、ちょっと速いよ! さては……陽太も明日の焼肉パーティが楽しみなんだね! わかるよー、私も楽しみだもん!」
俺の早足だと朱音はちょうど小走りぐらいの速度になる。揺れるサイドテールが眩しい。あっ、こら。スカート短いんだからそんなにはしゃがないの!
********
「ふー、ようやく着いたね」
「ああ、お前の寄り道の数々が無ければ1時間は早く着いたな」
あっちにふらふらこっちにふらふら。猫がいれば撫で、散歩中の犬がいたらこれまた撫で。可愛いですねーからこんな子娘に欲しいわーまでが大体ワンセット。高校生の娘息子がいる世代の人だとこの屈託のない笑顔にもれなくやられるのだ。末恐ろしい事で。
そんなこんなで振り回されつつ、それを俺も楽しみつつ、やって参りましたスーパー「ここのえ」。この街では有名な激安スーパーであり、何やらものすごい人脈を持っていると噂の店長九重さんが、日本全国から激安で仕入れて激安で売ってくれる個人スーパーである。一部の街の人からは人脈神と崇められていると聞いたことがある。そもそも個人経営なのに何故スーパーを経営出来るのだろうか。こんなそこそこ大きな。これも人脈のなせる業……?
「入り口で何してるの? 早く行こう?」
朱音がカゴを持っている逆の手で俺の手を引く。一回入って俺がいないからカゴを持って戻ってきたのか。やはりコイツには犬属性でもあるんじゃないか。朱音の前世は犬説を提唱しよう。
「はーやーくー!」
「わかったわかった。手がもげる」
朱音に手を引かれて店内に入ると、スーパーのひんやりとした空気のお出迎え。早速とばかりに野菜コーナーを通り過ぎて肉コーナーにいこうとする。
「待て待て待て」
「何?」
くっ、純粋な笑顔。しかし俺は騙されない。
「お前がそういう顔をする時は嫌なことがある時だ。さあ、野菜も買おうか」
「えー、いらないよ」
「そうか、じゃあ俺の独断で決めるとしよう。ブロッコリーとチンゲン菜と、後はトマトもいいな……おや、あそこにナスもある」
「わー待って待って! やっぱり野菜食べたくなってきたな! 私選んでもいい?」
「仕方ないな」
「よーし、じゃあキャベツとカボチャと、後は……ネギかなぁ」
「ネギは一本、あとは半玉ので大丈夫だからな」
後は母さんに頼まれたナスとトマト、レタスをカゴに入れると朱音の顔がカゴと俺を何回も往復していた。
「陽太……それ……」
「これは我が家の夜ご飯の分だ」
「なぁんだ!」
お待ちかねのお肉だよ! とスキップしそうな勢いの朱音に置いていかれないように、少し重くなったカゴを持ち直す。あ、カートカート。
「まずカルビは鉄板でしょー? 豚トロとホルモンにロースとバラ! あっ、焼き鳥もある! ラムは……今回はいいかな」
ぽいぽいぽいと入れられていく大量の肉でカゴがどんどん埋まっていく。
「2人分だぞ」
「わかってるよー。私は明日、無限の胃袋で挑むつもりだから! 陽太も結構食べるでしょ?」
「まあ……」
高校生の財布の中身なんてたかが知れてるのをコイツは忘れているのだろうか。いくら朱音の分も出すとはいえ、遠慮というものが無さすぎな気はする。いや、財布の中身が空になるのは問題ないのだが、マイナスになるまで入れるのはやめていただきたい。
俺の願いが届いたのか、あるいは丁度満足する量を入れたのか、朱音の肉を入れる手が止まった。これならギリギリ足りそうだ。
「腹八分目……明代さんにおねだり……あっ、そうだ! お菓子もだよねっ!」
「ああ、もちろん」
前半のつぶやきは聞こえなかった事にして、お菓子コーナーへと向かう朱音を追う。そういえばお菓子のことをすっかり忘れていた。秘密兵器、母さんからの支援金に手をつけるしかなくなった模様。ついでに頼まれたものを入れて、もう姿が見えなくなっている朱音を追った。
「うーん……」
駄菓子の前で仁王立ちしている女子高生がいた。いや、朱音なのだが。
「なんだ、悩んでいるのか」
「これとこれはもう決めたやつだよ」
仁王立ちを解いた朱音が持ってきたのは、ねりねりねりねとおいもスターのロングバージョン。
「おう……ねりねりねりね」
「ねりねりねりねを馬鹿にしちゃダメなんだから! 美味しいんだよ!」
「いや、それはわかるが。とてもわかるんだが。なんかこう……ビジュアル的に」
「じゃあ陽太も一緒に食べれば問題ないよね」
ねりねりねりねが3個増えた……何で?
「2人でねりねりするよりも4人でねりねりした方が楽しいかなって」
「よくわかった。他に欲しいお菓子は?」
そんなことを言われたら戻しなさいとは言えない俺である。あっ、10円ガムをバラバラと入れるのはやめるんだ! 奥に入って会計の時に店員が迷惑するだろうが!
「みんなで食べようねー」
「そうだな」
結局袋のお菓子やアイスなどもカゴに詰めて、さすがの量に俺の財布がヤバいことになってしまうんじゃないかと思う。
「さて、お待ちかねの花火選びターイム!」
「……………………ふっ」
「どしたの?」
母さんからの支援金も無くなりそうだ。
「いや、好きなもの選べ。けど打ち上げはダメだぞ。苦情くるから」
「わかったー! やっぱりこのファミリーセットと、あえて爆竹……? こっちも捨てがたいなー迷うなー!」
花火コーナーで迷ってる朱音とそれを眺めている俺を交互に見て、おほほと上品に笑いながら通り過ぎていくマダム。あのマダムには俺たちはどういう風に映ったのか非常に気になるところである。
「終わった!」
「お、おう。これまた大量だな」
「だって4人でしょ? やっぱりいっぱい無いとみんな楽しめないかなーって」
「そうだな。その通りだ、朱音」
「えへへ、そうでしょ? 私、気が利いてるよね?」
俺の財布に気を遣ってほしかった。
とは口が裂けても言えない。彼氏の威厳にかけて。レジで会計してもらった商品を次々と朱音にエコバッグに食材を詰めてもらっている間に少し小さめの声で店員には対応してもらった。あの店員は色々と察してくれたようで、頭が上がらない思いだ。10円ガムが色々なところから出てきて本当に申し訳なく思う。
「あっ、陽太だ」
「おお、樹に茉莉。今から買い物?」
「そうだよ。陽太たちは……結構買ったね」
「あ、そうそう。これ、みんなで作ろうね。ちゃんと全員分買ったんだよ!」
取り出したるはねりねりねりね。全員分を強調していたが金を出したのは俺である。ほら、2人の表情を見て。何か察した顔をしているから。
「あとはねー、じゃーん! 花火!」
「へぇ……花火じゃないか。楽しそうだね」
「そうでしょう! 楽しそうなのたくさん選んだからね!」
「線香花火はある?」
「もちろん! 茉莉、私を誰だと思ってるの」
「それじゃあ僕たちもそろそろ買いに行かないと日が暮れちゃうし、見たところアイスも入ってるじゃないか。溶けちゃうよ? というかそれ……全部陽太持ちなんでしょ? 大丈夫?」
「ふっ、このぐらい大した負担ではない」
だから俺を憐れみの目で見るのはやめてくれ。憐れむなら俺じゃなくすっからかんになった財布を憐れんでやってくれ。僕は全部わかってますよみたいな視線を送るのをやめるんだ。
「今度花火代とか渡すね」
去り際に朱音に聞こえないようにボソッと呟いて茉莉と一緒にスーパーに入っていった樹に俺は敬意を表したい。奴はイケメンだ。
「早く帰ってアイス食べようよー。溶けちゃうよ? 樹くんも言ってたでしょ? 早く早くー!」
「ええい急かすなっ! 袋が破けたらどうするんだ」
ただでさえ重い物を2袋も持っているんだ。やはりお菓子やアイス類だけでも持たせるべきだったか……いや、でも彼女に荷物を持たせる彼氏というのは客観的にどうだろうか。
「私、少し持つ?」
「いや、大丈夫だ」
「いいからいいから。ねっ、こうしたら陽太も楽でしょ?」
1つの袋を半分ずつ持って帰り道を歩く。なるほど、これなら客観的に見ても悪くはなさそうだ。むしろ仲の良さをアピール出来ている気がする。
「朱音は頭がいいな」
「えへー、そうでしょうそうでしょう。もっと褒めてもいいんだよ?」
「朱音は馬鹿だが頭が柔らかいからな」
「褒めてないよそれぇ!?」
「俺には無いものを持ってるから助かっているって事だ」
「え、そう? そうかなぁ……」
てれてれと頬を染めている朱音を見て、いつか悪い男に騙されてしまうんじゃないかと心配になる。俺がもっとしっかり見ていてやらないといけなさそうだ。朱音の笑顔は誰にも渡さん。
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そして迎えた土曜日の夕方。俺は庭で焼肉の準備をしつつ、みんなが来るのを待つ。そうだな、火起こしもしてしまおうか。
「陽太ー! これ出来たわよ」
「ああ、ありがとう! そこ置いといて!」
野菜や肉の下準備をしてくれている母さんにお礼を言いつつ、木炭をバーナーで炙る。我が家では焚き付けを使わず、高火力バーナーで一気に火をつけてしまうのだ。焚き付けで中々火が炭に移らず何回も焚き付けを入れて、汗をかくまでうちわで扇いでようやく……なんて事も少なくないが、バーナーだとそんな心配もない。
「陽太ー、きたよー! あ、明代さんこんにちはー!」
「はいこんにちは。もうすぐ準備終わるからお茶でも飲んで待ってて?」
「わかりました! 陽太、頑張って」
「おう」
今日の朱音はショートパンツとニーハイに、Tシャツと薄手のカーディガンか。俺としては絶対領域が眩しくてとても眼福なんだが。
「焼肉の時にする格好じゃないと思う」
「私も家出てから気付いたんだけど、もう後戻りは出来ないかなって思ったから……ねぇ、ちゃんと似合ってる?」
「ああ、最高だ」
「本当に……? えへへ、嬉しい」
なので。
「母さん、俺の部屋からジャージ持ってきて。ちょっと暑いかもしれないけど上から着せるから」
「はいはい。朱音ちゃんもそれで大丈夫?」
「はいっ!」
網を敷いたり椅子を用意するなど、諸々の準備を終えた辺りで朱音が戻ってきて、樹からあと少しというメッセージが来た。
「着てきた!」
「おう、おかえり」
だぼだぼのジャージ上下に包まれた朱音は腕まくりをして気合を入れると、肉を焼き始めた。
「朱音……」
「ちっ、違うよっ!? 別にお腹すいたとかじゃなくてね? 茉莉たちが来てもすぐ食べ始められるようにしようと思ったの!」
「そうか、でもその説明は俺よりもあいつらにしたほうが良いと思うが」
あいつら? と朱音が振り向くと、両手に荷物を抱えた樹と茉莉がいた。
「あー、あはは……」
「わたし、朱音がそんな子だとは思ってなかった」
「友達も待てないのかな? 朱音ちゃんは」
「え、あの、だってぇ……」
「あんまりいじめてやるな」
「……陽太ぁ!」
ぱぁっ、と朱音の顔が輝いた。
「朱音をいじめるのは俺の特権だ」
「……陽太?」
「そうだね、じゃあ明代さんに渡してくるよ」
「じゃあわたしお肉焼こうかなー」
「え? あれ……? みんな?」
「あ、椅子とかは俺が立てておくよ」
「みんなぁーーーーっ!?」
朱音がやり切れない思いを爆発させたかのように、叫んでいた。どうしてでしょうね。
********
「私、焼く係やるっ!」
茉莉からトングを渡してもらい、元気よく宣言した朱音だが、その意図が読めない。いつもなら俺に焼いてもらって食べる係に徹するのだが。
「……陽太に一番いいお肉焼いてあげるね?」
肉のパックとトングを持った朱音がやってきて、そう耳打ちしてくる。なるほど、そういうことか。どういう風の吹き回しかはわからないが、普段はしない事をしたくなるような出来事があったらしい。この調子で家の手伝いとかもうちょっとしてほしい涼子さんの役にも立ってほしい。
「ああ、ありがとう」
「うんっ」
にこにこと笑う朱音の機嫌は今日はすこぶる良好である。焼けた肉を自分の分を後回しにしてみんなに配るあたりにそれが現れている。普段なら、熱でもあるのか!? と詰め寄るところだが、今日ばかりは遠慮しておく。
「やっぱり外で焼肉ってのはいいね」
「そうだな、都合の良いことに雲1つない青空だしな」
そう、樹と天気の話をしていた時である。丁度俺と樹が上を向いていて、朱音が空になったパックを片付けにいくタイミングが重なったその間であった。
「追加のお肉持ってきた……え、あれ? ここで焼いてたお肉は?」
「あ、わたし食べたかも」
明らかにいつもとは違う雰囲気を纏った朱音が問いかけると、茉莉がそれに答える。あ、爆発する。
「朱音……」
止めようと一歩踏み出したが、朱音の爆発の方が早かった。
「茉莉のばかばかばかぁ! 私が陽太の為に大事にじっくり焼いてたお肉なんだよ!? 食べたかもじゃないよ!」
「……なにそれ。先に言っておけば済む事じゃない?」
「いっぱい設営してくれて、いっぱい買ってくれた陽太の為にってぇ!」
「……わかった。ごめんって」
「何その気持ちのこもってない謝り方!? 誠意も何も感じられないよ!」
そんな感じでヒートアップしていき、冒頭のように仲違いした状態なのだが。介入する暇もなく、マシンガンのような言葉の応酬にただただ見守るしかなかった。
「一旦、茉莉連れ出すね?」
「よろしく。俺は朱音を宥める」
「じゃあ、機嫌直ったら連絡し合おうか」
「了解」
俺は怒る朱音の元へ、樹は今にも殴りかかってきそうな茉莉を引きずってどこか落ち着ける場所を探しに行った。
「……さて、朱音」
「今回ばかりは私悪くないもん! 茉莉が全部悪くて、私は陽太の為にって!」
「そうだな、俺の為に焼いてくれたんだよな。それは嬉しいが、こうなってしまったのはちょっと違う気がする」
「だって……」
「朱音」
用意していた丸イスに座って朱音を呼ぶ。もっとごねるかと思ったが、割と素直に来てくれた。俺の膝の上に座った朱音を抱きしめて、諭すように話しかける。
「確かに、大切に焼いてた肉を取られたらいい気分はしないな」
「うん」
「でも、茉莉はそうだと知らなかったわけだ。茉莉も言ってたが、周知しておけば問題なかったよな?」
「……うん」
「朱音も、わかってるだろう?」
「わかってる」
「じゃあ、朱音も言い過ぎだったな」
「……うん。言い過ぎた」
「仲直り、しような? 俺も一緒に謝るし、みんなで花火するんだろう?」
「あっ……うん! でも、ちょっと待って……」
俺の胸に顔を埋め、きつく抱きしめて朱音はしばらくの間泣いていた。ひたすら頭を撫でて、泣き止むのを待っていた。
「おっ、樹たち戻って来るってよ」
朱音が泣き止んで少し経ってから樹からの連絡が届いた。機嫌を直したから家に戻って来るとのことだ。どんな手段を用いたのかは知らないが、樹はいざという時は頼りになる男である。
********
「……言い過ぎた。ごめんなさい」
「私も、ごめんね」
「俺も謝ろう。朱音の機嫌が良くて俺も浮かれてたようだ。すまない」
「じゃあ僕は……茉莉の蛮行を止められなくてごめんね?」
4人がそれぞれ謝ったところで、後腐れなし! とばかりに朱音がねりねりねりねを取り出す。すっかり忘れていたねりねりねりね。
「あははっ、朱音らしいよ」
「じゃあ茉莉、水貰ってこよ?」
「うん」
ねりねりねりねで完全復活する絆というのもいいものであると思う。
「久し振りに食べたけど、やっぱり美味しいね」
「そうだな、確かに美味い。さて、そろそろ……あれだな」
「花火!? 花火だね!」
さっきまでの涙や空気は何処へやら。無かったかのような振る舞いを見せる朱音に茉莉も苦笑いだ。後に引き摺らない事は朱音の長所でもある。
「……うん、やっぱり暗いところでの花火はいいな」
「でしょう? 私を褒めてもいいんだよ?」
「良くやった」
「えへー」
撫でてやる。うーりうりうり。
「わっ、ちょっ。やめてよ、陽太!」
ほっぺをグリグリしてたら逃げられた。何がいけなかったのだろう。花火を8本持ちしていた所為だろうか。
「競争だよ」
「今日の俺は無敵だからな」
手持ち花火など、色々な花火を堪能したらシメはやっぱりこの花火でしょう。
「線香花火って、苦手なんだよね」
「わたし結構得意かも」
そう、線香花火である。火はついたが速攻で落ちた樹は不貞腐れている。敗北者は俺の線香花火の勇姿をとくと見ているがいい。
「これは俺の勝ちっぽいな」
いい大きさで推移しているのに対し、朱音と茉莉は小さめで落ちそうな雰囲気がとてもする。あ、ほら。茉莉が脱落した。
「あー、行けそうだと思ったんだけどなぁ」
「負けないんだからっ!」
がんばれー、がんばれーと線香花火に念を送る朱音が可愛くて負けてあげようかとも思ったが、しかしこれは非情な勝負の世界。しっかりと勝たせてもらお……あれ?
「あっ……やったぁ! 勝った!」
切れないと思ってたんだが。やはり少し雑念が入ったのが仇となったか。結構本気だったので中々の悔しさである。
「ブイっ!」
こちらにピースして笑う朱音の笑顔は、月明かりに照らされて綺麗だった。……仕方ない、この笑顔に免じて今日のところは諦めてやろうかな。
あれ、朱音にジャージ着て帰られたんだが。
登場人物
紫藤 陽太(しどう ようた)
本作の主人公。
身長178cm、一人称「俺」
両親との3人暮らし。母親の名前は「明代」
庭付きの一軒家
観月 朱音(みづき あかね)
本作のヒロイン。主人公の彼女
身長158cm、巨乳、一人称「私」
ハーフアップのサイドテール(左)、黒髪
母親の名前は「涼子」
七塚 樹(ななつか いつき)
主人公の親友。茉莉の彼氏。
身長163cm、フチなし眼鏡、一人称「僕」
天原 茉莉(あまばら まつり)
ヒロインの親友。樹の彼女。
身長168cm、貧乳、茶髪ロング、一人称「わたし」