バグ多きこの世界で生き残れたら上等だと思う【旧名:昔だからこそ】 作:翠晶 秋
「……起きてますか?」
「セーリャか」
ノブが回され、俺が買ったパジャマを身に纏ったセーリャが部屋に入ってきた。
「似合ってるじゃん」
「ありがとうございます。ごめんなさい、服が無いことに全く気づきませんでした」
「良いって。お金はしばらくここら辺で稼げば良いし、装備も整えていこう……それで、用件は?」
セーリャは、少し迷ったように視線を泳がせた後、
「少し、お話しませんか?」
そう、笑みを浮かべたのだった。
◇
「ここなら誰も聞きませんよね」
春から夏へと変わりかけてはいるものの、夜は涼しい。
心地よいひんやりした空気を吸って、思いっきり吐いてみた。
「……まず、ごめんなさい。明日は戦いを控えているのに、連れ出してしまって」
「いいよ。俺も少し眠れなかったところなんだ。興奮冷めやらぬってかんじ」
「そうですか。……それじゃあ。少し、
「……ん」
セーリャが手元に視線を落とす。
「えっと……天空族の呪いに巻き込んでごめんなさい。あの時、意地悪な言い方をしなければ、この指輪を受け取ることも、指に通すことも無かったはず。私の、島から出たいという身勝手な理由で、騙してしまってすみませんでした。ほんの少ししかまだ一緒にいないですけど、なんとなく。なんとなく、あなたが悪い人では無いっていうのがわかってきた気がします。まだ、言えないことや、隠しておきたいことはたくさんありますが……私は、あなたについて行きます。あなたへしてしまった事の罪滅ぼしのために。そして、天空族の悲願を達成するために」
……セーリャの行動は、たしかに俺がゲームをプレイして何度も見てきたものとは違った。
そこにどんな意味があったのかはわからない。だけど、進行が早すぎるとは思ったんだ。
この世界は謎だらけだ。平然と過ごしているが、気がついたらゲームの世界でした、なんてことが普通あるか?
それに、覇王を倒したところで向こうに帰れる保証はないし。何より、シナリオが変わっている。
大蜘蛛のボスなんて、俺は知らない。
ワイバーンで移動したことでかなりの時短だったから、本来ならアリスが単独で撃破しているであろうボスと戦うハメになった……のだと思っていたんだけど。
序盤に、その移動方法は死ぬほどやっていたのだ。
そして、どのセーブデータでも、俺は序盤の街でこのイベントに遭遇していない。
どれだけ短縮しても、ことが終わった後なのだ。
シナリオが変わっている。少なくとも、俺というプレイヤーがゲームよりも自由に動くことができるから。
「俺も、独り言言うわ」
「はい」
「俺は……」
異世界人。言って良いのだろうか。
「最初に言った通り、覇王を倒すつもりでいる。それは、この指輪をはめる前から決めてた事だ。セーリャは薄々感づいてはいると思うけど……俺は、未来を知っている。セーリャの名前や魔法の歴史を知っていたように、どの魔物にどの攻撃が最適で、どうすれば勝てるのか、知ってる。……つもりでいたけど」
「…………」
「大蜘蛛は、知らなかった」
セーリャが目を見開き、こちらを見上げる。
その目には、驚きが宿っていた。
俺が知っているのは、バグやフリーズで何度もやり直したところだけ。
終盤に行くにつれて、その知識は初見に近しいものとなる。
俺が知っているのは、あくまで「ゲーム側が指定したシナリオ」のみ。
もはや異世界といってもいいこの世界では、あまり意味を成さないだろう。
「同じような魔物は知ってるけど、アリスがやっていたことや、呪いをかける大蜘蛛が付近にいることなんて知らなかった。だから、この先……何が起こるかわからない。俺の知らない未来になっても、どうしようもない……けど、とにかくやるしかない。俺は早く覇王を倒して……」
「───故郷に、帰りたい」
「お手伝いしますよ」
「っ、今のは独り言だから」
「なんでも良いです。たとえ、空から落ちてきた素性の知れない人でも……私が、惚れた人ですから」
「でもそれは指輪の影響で……」
「多分、この指ごと指輪を切り落としても私はテロさんが好きですよ。第一印象は最悪でしたけど!アルラウネと戦ってるところを見て惚れちゃいました」
セーリャが指のラインをなぞりながら答える。
ぐろい。
「……ま、複雑だよな」
「……はい」
「明日は頑張ろう。相棒」
「……相棒、ですか」
突き合わせた拳を寂しそうに見つめるセーリャ。
こうなったのは俺の責任。俺が、物語をちゃんとした方向に進めなきゃ。
だから、今はまだ結論が出ない。
せめて、もう少し。
◇
「聖水よし。薬草よし。スキルのクールタイムよし。勇気と覚悟。……よし」
「ふぅ……目にもの見せましょう」
早朝。
みんな見送られるとか恥ずかしいので早朝に起きた俺たちは、玄関先で荷物の確認をしていた。
洞窟まで距離はさほどないらしいから食料は詰めてない。主に戦闘アイテムの類だ。
「あ、危なくなったら逃げてよね。私のせいで貴方達まで呪いにかかったら嫌なんだから」
「セーリャはともかく、俺は男だから呪いはかけられないと思う。どんな種類かは知らないけど、呪いはある一定の条件を満たしたものにしかかからない。条件の範囲が狭ければ狭いほど呪いは協力になる。逆に、広ければ広いほど……ってな」
中盤、呪いを扱うモンスターの占領された街があった。
その前のボスは魔法を使うやつで、最もその相手に効く戦術が、セーリャ含め回復魔法を持った者でパーティを埋め、互いに回復をかけながら魔法使いの魔力が尽きるまでゾンビ戦法するというものだったのだが……。
呪いのボスは、「回復魔法」を呪いに指定していた。
ボスを倒してそのまま進んだら、もれなく全員呪いにかかるってわけだ。
つまり……少なくとも、「若い女性限定」の呪いだと考えられる。
急激に生気を奪われるほどの呪いともなれば範囲も狭いはず。
ということを二人に伝えてみれば、
「なんでそんなに物知りなんですか……」
「あなたさえいれば呪いに掛からなくてもよかったかもって思ってしまったわ」
と反応をいただいた。
まぁこの辺りはかなりマイナーな情報だ。俺も攻略本でやっと知った感じだし。
……とにかく。
「俺が前衛。セーリャは回復の準備で、合図に合わせて回復をしてくれればいい」
「はい」
「あ、あの、私は何をすればいいのかしら?」
「魔法を使うと消耗が激しいんだろ?だったら、後ろで応援でもしててくれ」
赤髪の女の子が後ろでチアガールしてるだけで男は通常の三倍のパワーを得るのだ。
あ、ぽんぽんがねぇ。あのよくわかんねぇ材質のわさーってなるやつ。
「応援……がんばれがんばれっ……こうかしら?」
「まさか本当にやるとは」
「!?」
「はい、はい!もう、締まりませんね!!早くいきますよ!日没までには、この街を救いましょう!」
ぽかぽかと肩を叩くアリスと、急かして俺の手を引くセーリャ。
今からボスの潜む洞窟へ行くとは思えないメンバーだが……。
ま、このゲーム何回やってるんだって話ですよ。性格には、ここらの攻略を、だけど。
街の門を出て丘を越え、森の中へと進みゆく。
蜘蛛の巣が多くなってきたな……やっぱり蜘蛛がボスだからか?
うーむ。見れば見るほど心当たりがない。完全新規のマップ、シナリオと思っていいかな、これは。
「雰囲気がそれっぽくなって来ましたね」
「この先に洞窟があるはずよ。私が攻めた時は子分の蜘蛛は散らし尽くしたのだけれど、時期が開いているから、もしかしたら元に戻ってるかも……」
「相手にとって不足なし。このナイフで全て刺し貫いてやる」
「え,ナイフ?」
無論俺が腕輪から取り出したのはナイフ。まともな剣なんか買えるわけないだろ。
「まぁ大丈夫だ。俺には剣術スキル3がある」
「頼りないわね」
「蜘蛛の糸も掴む気持ちでいろ」
「蜘蛛の糸……?」
「あれ、俺今日プレミ多くない?」
出直そうかしら。しくしく。
……じゃなくて。
「まぁ、多分大丈夫だ。セーリャも攻撃できないことはないし、俺には……まぁ、必殺技みたいのがある」
「……そう?その内容は教えてくれないの?」
「必殺技だからな」
「そう。わかったわ。蜘蛛の糸、も、掴む気持ちでいるわね」
ヤメテ……ミスを掘り返すのはヤメテ……。
とはいえ、何とかなると思う。所詮は序盤の街のボスよ。
技量でなんとかしよう。カバーはできる。慢心じゃない。自信だ。
「……あ、見えてきましたよ?」
「案外早かったな」
「洞窟の構造自体は複雑じゃないわ。数が多いだけね」
「だから、殲滅力のある魔法が輝いたというわけか」
子分の蜘蛛なら防御力もそこまでないだろうし。
「じゃ、行きますか」
「はい」「えぇ」
この世界では二度目のダンジョンに、足を踏み入れる。
洞窟タイプのダンジョン。名付けて「怒れる大蜘蛛の穴」といったところか。
しばらくは通路のようだ。縦に三人、先陣はもちろん俺。
「キシュ。キシュシャ」
「でた雑魚」
剣術スキルで投擲。蜘蛛の察知範囲の外から蜘蛛の背中にシュウーッ。
背後攻撃&先制攻撃で確定クリティカル頂きました。
ドロップなし。まぁこんなもんだろ。
「すごい手際ね」
「ほんと謎な人です……何も教えてくれないんですよ?」
「ひどいわね。付き合いは長いのよね」
「そこまで」
「じゃあ当たり前だと思うのだけれど」
いやここにきてセーリャの俺に対する評価が酷いな!?
俺に関することは結構教えたつもりだし付き合いも三日間くらいだしごめん付き合いはそこまでだったわ1日1日が濃密すぎて忘れてた。
と、んなこと言ってる間に次の雑魚!!こんどはこっちに気付いてる。クリティカルは狙えない。
「剣術スキル……【ため斬り】ッ!」
別に叫ばなくても使えるけどね。
吸い込まれたナイフは蜘蛛の体を粉砕。あっという間に粒子にした。
「剣術スキルのため斬りは下手したら普通の剣より強いから。なんなら俺の戦法はヒットアンドヒットだからスキルのクールタイムもため斬りを貯める時間も確保できるしな」
「ちゃんとアウェイしてください」
剣術スキルって便利よな。
なにかと使えるし、武器スキルにしてはナイフはもちろん片刃剣、両刃剣、どっちにも使えて幅が広い。
あとは素手スキルもあればかなりコンボを組めるんだけど、それはスキルツリーを解放してから。
その後も数々の子蜘蛛を倒し、アリスの案内もあって迷うこともなく。
かなり
「んじゃいくか」
「待って待って待って」
む。
なによアリス。
「こ、こんなムードのない戦いがあるかしら……」
「ま、しょうがねぇ。俺とセーリャに常識は通用しねえよ」
「わ、私もですか!?」
「お前常識知らずじゃん」
「じょ……ッ」
ショックを受けてるセーリャをよそに、アリスの肩をとんと叩く。
頭はダメだ、セクハラになるから。
「まー大丈夫だ。無理なら逃げて新しい戦法や武器を得てから挑む。勝ったら御の字。それくらい気軽に行こうぜ」
「で、でも、私のせいで……」
「アリスのせいじゃない。ぜんぶ蜘蛛の野郎が悪いんだ。俺たちは正義のヒーローだぜ」
「私は何もできてない……」
「道案内、敵の装甲の硬さの調査、洞窟のマッピング。行ったのは誰だ?」
「…………」
「十分役に立ってるよ。アリスは強いんだから」
「…………」
「ほら行くぞセーリャ。常識はまた後で学べばいいだろうに」
私は常識知らず……と呟きながら膝を抱えているセーリャの首根っこを掴み、俺は足を踏み出した。
「大丈夫だって。街もお前も、救ってやるよ」
「…………ありが、とう……」
そうして、俺は蜘蛛の目の前に躍り出た。
「て、テロ!」
「ん?」
「が、がんばれ、がんばれ……っ」
「……ぷっ、ははは!!隙があったらお前も攻撃すんだよ!!がんばれはお互いにだ!!」
「……えぇ!!」
「キシャアアアアアア!!!!」
思わぬギフトを受け取り、ボス戦へと突入することになった。