わたしはどこへゆく   作:konoyo

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更新が遅くなったのには大陸棚くらい深い訳が……、ってそんなに深くないって?そうですね、はい。

それでは、プロローグよりも長くなってしまった本編をどうぞ!


003話 迫る恐怖も───

 

“ミーナです。『赤信号みんなで渡れば怖くない』とか言いますけど、良い子も悪い子も真似してはいけません。でも、やはり誰かと一緒にいるということは、それくらい大きなことだということではありますけどね。でも、やっぱり赤信号は───。”

 

 

 

 

 

ゲートを抜けて、草原の中を走るキリトを追いかけながらふと疑問に思ったことを聞いてみる。

 

 

「そういえば、私たちってどこに向かってるの?」

 

「……あー言ってなかったっけ?」

 

 

そう、私たちはレベリングをするための拠点に向かっている。でも、はじまりの街周辺はこの後、他の人に狩り尽くされ、リポップ待ちとなるためレベリングの効率は良くない。

だから、遠くへ移動してからレベリングを始めるということにはなっている。

 

 

「この先の深い森の中の小径(こみち)を抜けた先に《ホルンカ》っていう村がある。とりあえず、今はそこに向かう」

 

「わかった。じゃあ案内よろしくね」

 

「おう、任せとけ」

 

 

走りながら二人でパーティーを組む設定をして、足を止めずに会話を続ける。そして、ホルンカについて聞いたことをまとめるとこうだ。

 

・小さいけど《圏内》だから、そこにいればモンスターに襲われることはなく、また、宿屋と武器屋、道具屋があり、充分に狩りの拠点に使える。

 

・周辺の森のモンスターは、危険なスキル(麻痺毒とか装備破壊とか)を使うことはない。

 

・三層くらいまでのしばらくの間、使うことができる《アニールブレード》という片手用直剣が報酬のクエストがある。

 

 

最後の件については、彼は自分のためだけにに受けるんだけど、悪いが手伝ってくれないか?と短剣を使う私に断りを入れていたが、別にそんなことくらいなら、全然手伝うのにと笑いながら返した。

キリトが強くなるなら、更に頼もしくなるから逆に願ったり叶ったりだしね。

 

 

しばらく走ると森が見えてきた。流石に森の中では慎重になってモンスターとの戦闘を極力避けつつ、できるだけの速さは維持したまま小径を駆け抜けた。

そして、まだ夕陽がギリギリ残っているときに《ホルンカの村》に到着した。

 

 

少しの民家や商店が並ぶ村を眺めることはせず、キリトについて行く。流石に他のプレイヤーはいないようだ。他の人は全てNPCのタグがついている。

 

 

「まずは、武器屋に行って装備を整えよう」

 

「……わかった。じゃあ行こう」

 

 

まぁ、行こうと言っても場所がわからないからキリトの後を追わないといけないんだけどね。

 

 

武器屋に着いてからはキリトはストレージにある素材アイテムを全て売り払い、茶革のハーフコートを買っていた。

私には買うお金がなかったため、武器はそのまま短剣を使うことにして、他の装備は初期装備のままにした。

防御力に不安はあるけど、まぁソロというわけでもないから大丈夫だろう。

ちなみに、素材アイテムは一応取っておいた。

 

 

武器屋を出て、隣の道具屋では回復ポーションと解毒ポーションをありったけ買った。

デスゲームと化したこの世界ではヒットポイントが文字通り命である。回復ポーションなんて特に多くても困らないだろう。

 

 

店を出て、私たちは村の奥にある一軒の民家に向かった。

そこでクエストを受けるらしい。

 

 

民家に入ると、台所で鍋をかき回しているおかみさんのNPCがいた。

いつも思うけど、RPGゲームって勇者とかはよく不法侵入が許されるよね。しかも、そこで器物損壊したりもするし……。勇者ってなんぞや?といつも思っちゃうんだよね。

せめて、ドアをノックしたりできないかな?なんてことを考えているとNPCが振り向いて言った。

 

 

「こんばんは、旅の剣士さん。お疲れでしょう、食事を差し上げたいけれど、今は何もないの。出せるのは、一杯のお水くらいのもの」

 

「それでいいですよ」

「いいえ、お構いなく」

 

 

ここでキリトは、あ…と声を漏らしているがどうしてだろう?

気づくとNPCは、カップに水差しから水をつぐと、キリトの前のテーブルに置いた。

そして、おかみさんは再び鍋に向き直った。

 

 

………あーそういうことね。キリトの言わんとしたことがわかった。

気まずそうにカップを見つめているキリトに、別に私が悪いんだから気にしないでと声をかけておく。

 

 

しばらくすると隣の部屋から、こんこん、と子どもが咳き込む声がした。それを聞いて、おかみさんは哀しそうに肩を落とす。

 

 

「ねぇ、キリト?まだクエスト始まらないの?」

 

「待ってろ、あと少しで──」

 

 

キリトが言い終わるよりも前に、おかみさんの頭上に、金色のクエスチョンマークが点灯した。

これがクエスト発生の印らしい。

キリトがすかさず声をかける。

 

 

「何かお困りですか?」

 

 

彼がそう聞くと、おかみさんは振り向いて話し始めた。

 

 

「旅の剣士さん、実は私の娘が重症にかかってしまって……」

 

 

長々としたセリフを、おかみさんが身振り手振りを交えて話した。

曰く、娘の治療のための薬となる素材を取ってきてくれたら、お礼に先祖伝来の長剣をくれるとのこと。

それが、さっきキリトが言っていたアニールブレードなのだろう。

 

 

おかみさんが、ゆっくりとした口調で話してくれたため、気になってしまったのが、『先祖伝来の長剣』と言っていたことだ。

そこに私は、先祖伝来のものを絶ってでも、娘を助けたいという強い意志を感じる。

NPCなんだけどね。

 

 

やっぱり、ここがデスゲームでなければ、素直に楽しめたのに……。と思ってしまう。

 

 

視界左に表示されたクエストログのタスクが更新された。

こうして、私たちの初クエストは始まったのである。

 

 

家を出る前にキリトは、任せておいて下さい!と叫びながら威勢よく立ち上がった。

なので私が、え、それも言わなきゃいけないの?と聞いたのも無理はないと思う。

まぁ、気分的な問題らしいけどね。

 

 

とにかく、私たちはクエストをクリアするために家を出た。

直後、鐘の音が空に響き渡った。

 

 

「あぁ、これは午後七時を知らせる鐘だよ」

 

「あ、そうなんだ」

 

 

現実世界は、今頃どうなっているのだろう。

全国、いや世界的な大ニュースとなっていることは間違いない。

私の部屋に入られる人は数少ないから、まだ、誰も私のナーヴギアを外そうとすることはないだろう。

仕事熱心な両親は、まだこの時間でも仕事をしているだろうから、まだ事件のことすら知らないのかもしれない。

たとえ、知ったとしても……、いや、なんでもないや。

 

「……ごめんな、母さん。心配かけて……。ごめんな、スグ。お前が嫌ってたVRゲームで、こんなことになって……」

 

無意識に声に出してしまったのだろう。隣のキリトも、現実世界のことを心配している。

この状況だし、現実世界のことを聞くのも無粋だろうからリアルのことを聞いたりせずに、ただ前を向いて私とキリトは村の門を潜り抜けた。

 

 

 

 

 

♢♦︎♢♦︎♢♦︎

 

 

 

 

 

夜の森の中は、やっぱり不気味だな。

でも、現実世界よりも少しは明るい?気がする。それもゲームだから、流石に真っ暗で仲間やモンスターが見えないということをなくしているからだろう。

この森の中を一人で行くとなると、かなりの勇気がいるよ。いや、本当に。

森の中を進みながら、気を紛らわせるために話しかけてみる。

 

 

「そういえば、キリトって《スキルスロット》に何入れてるの?」

 

「……えーと、俺は《片手用直剣(ワンハンドソード)》を入れてるよ。あともう一つのスロットは、まだ空けてるけどな。そういうそっちはどうなんだ?」

 

「私は《短剣(ダガー)》だけだよ。二つ目はどうしようかなって悩んでるんだ。だってこういうのって、じっくり考えて選びたいじゃん?」

 

「まぁ、そうだよな。俺もまだ保留ってところだし……っと、いよいよお出ましだな」

 

 

話を切り上げて、影に隠れながら短剣を構える。

やや色の濃い赤のカラー・カーソルが表示されたモンスターの名前は、《リトルネペント》と言うらしい。

というか、リトルとか言うくせに私とあまり変わらない大きさなんですけど?

自走捕食植物でこのサイズは、ちょっとキツくないですかね?

 

 

まぁとにかく、敵の観察をしてみる。

リトルネペントのレベルは3。

油断したら、レベル1の私たちはやられてしまうだろう。

根のようなものを足として移動している。そして、胴体らしきところと根の間には(むち)のようにしなるツルが二本伸び、先端には葉が付いている。更に、上の方に視線を動かすと大きな口がある。

正直言って、普通に気持ち悪い。そんなモンスターだ。

そんなことを考えていると、キリトが話しかけてきた。

 

 

「いいか、今回のクエストは花つきのネペントからドロップする《リトルネペントの胚珠》を手に入れることが目的だ。でも、それはなかなかドロップしないが、普通のネペントを倒していれば出現率が上がるから、どんどん倒して行くぞ。……あっ、でも丸い実がついてるやつは気をつけてくれ。実を破壊すると、周りのネペントが集まって来るからな。流石にそうなると倒すのが厳しいから……」

 

「うん、わかった。それじゃあ、行こう!」

 

「おう!でも、最初は俺が行くからな。攻撃パターンも全て見せるようにするから」

 

「わかった。頑張ってね!」

 

 

そう言って、キリトは背中の剣を抜きながら走った。

ネペントはキリトに気づいたようで、ツルで威嚇している。

「シュウウウウ!」という声を上げながら、ネペントが右のツルで突くように攻撃した。

キリトは左に跳んで回避。そのままネペントの側面に回り込み、剣を胴体と根の間の部分に叩き込む。

ネペントのHPバーが二割ほど削れる。

 

 

ネペントは再び怒りの声を上げ、ウツボの部分を膨らませた。更に膨らみ続けて……、止まった。

瞬間、キリトは右に大きくジャンプした。

ぶしゅっ!という音と共に、薄緑色の液体が発射され、キリトの元いたところは白い蒸気を上げている。

うへぇ、やっぱこのモンスター嫌いだ。気持ち悪ぃ。

 

 

着地したキリトは、そのまま剣を振りかぶり、再度同じところに叩き込む。

悲鳴を上げながら仰け反ったネペントの口の周りに、黄色いエフェクトがくるくるとしている。おそらく、気絶(スタン)しているのだろう。

そのチャンスを彼が逃すわけもなく、剣を右に大きく引く、そして発光。ソードスキルが発動し、薄水色の光と共に地面を蹴る。そして、再び同じところへ打ち込む。

 

 

すかぁぁん!と乾いた音を響かせ、ネペントは真っ二つとなった。残っていたゲージが全て赤く染まり、一気に削られる。

直後、ネペントは小さな爆発と共にポリゴン片となって消滅した。

 

 

はっきり言ってすごい。

これがβテスターの実力か、と思い知らされた。

 

 

「やっぱすごいね、キリト」

 

「……ありがとう。それじゃあ次はミーナがやってみようか。もちろん、危なくなったら助けるから」

 

「うん、わかった。任せっきりにしちゃうのも悪いからね」

 

 

そう言って、周りを見渡すと……、あっ、いた!一匹だけだ。

見つけたことを伝えて、一緒に近寄る。

花はついてないけど、倒すことには変わりない。

 

 

キリトに合図を送ってから短剣を抜きながら走る。

ネペントもこっちに気がついた。右のツタを振りかぶって横薙ぎに払ってくる。

これは、さっき見ることができなかったパターンだけど咄嗟(とっさ)に足を止めて、後ろへ跳び退き回避する。

 

 

ネペントは威嚇を続けている。

正直近づけるかが不安だ。さっきみたいにツルを横に払われると避けにくい。でも、さっきのを見たところ、しゃがみこむなりスライディングするなりして避けられそうだ。

しかも、私の場合は短剣なため間合いが遠いと攻撃できない。だから、懐まで潜り込んで弱点を狙わないと隙も生まれない。

正直、武器セレクトミスったかも……。

 

 

でも、今はこの短剣でやつを仕留めないと。

気合いを入れ直して、もう一度ダッシュで近寄る。

ネペントは左のツルをそのまま、真っ直ぐ突き出してきた。

右に跳んで回避。そして、一気に近寄って短剣を茎の部分に突き刺す。引き抜き、次は叩き込む。

 

 

次はの攻撃に備えて一度離れる。

ゲージは三割くらい削った。

ウツボの部分が膨らみ始めた!タイミングを見計らって………今だ!思いっきり横に跳ぶ。

よし!避けた。そして、今がチャンス!

もう一度同じところに短剣を突き刺す。引き抜く。次は切り裂く。

……来た!気絶してる!

私は再び、短剣を左に引く。一瞬のタメを作って………、来た!ソードスキル!

薄水色の光が短剣を包み込む。

 

「……はぁああああああ───ッ!」

地面を蹴って、懐まで潜り込んで……、同じところに放つ!そして、さっきまでは硬かった茎からの手応えは一瞬で消え去り──。

 

 

スパァァン!という音と共にリトルネペントはポリゴン片となり、爆散した。

 

 

 

 

 

 

 

………ハアァァァァ

緊張やら恐怖やらが遅れて、どっと疲れとなって襲って来た。そして、その場に座り込む。

いや、緊張はしていたし、怖かったのも確かだけど、さっきまではそれよりも興奮が上回っていたのだろうか?

 

 

 

はぁ、やっぱりゲーマーとしての(さが)としてこういうのは、デスゲームでもなのかね?

それとも、もしものことがあった時に、後ろで見てくれているということに対する安心感なのか……。

まぁ、どちらにせよ良い意味で緊張やら恐怖やらが和らいでくれるのならいっか。

 

 

「おつかれ、ミーナ」

 

「…ハァ………うん、ありがとう」

 

「それにしても、よく一人で倒せたな」

 

「いやいや、キリトだって私よりも短い時間で倒せてたじゃん」

 

「でも、俺だって一応元βテスターだぜ?リトルネペントだって何十匹も倒したことがあるし……。ミーナって下手したら他の元テスターよりも強いかもな」

 

「え、それホント!?そう言われると嬉しいなぁ」

 

「まぁ、とにかく今は花つきのネペントを見つけて倒そうぜ」

 

「うん、任せて!」

 

 

そう言って、深い森の奥へと再び走り始めた。

 

 

 

 

 

♢♦︎♢♦︎♢♦︎

 

 

 

 

 

十五分程が経ち、今まで合わせて十匹以上はポリゴン片へと変えてきた。しかし、肝心な花つきのネペントは出てきてない。

あー、早くでないかなー。と思っていた時に隣で軽やかなファンファーレが鳴った。

驚きながらも、音のした方を見ると金色のライトエフェクトに包まれたキリトの姿が。

 

 

「あー、もしかしてレベルアップ?おめでとう!」

 

「あぁ、ありがとう」

 

 

そう言ってキリトは、剣を鞘に収めて、メインメニュー・ウインドウを出す。

あー、ステ振りかな?じゃあ私は、周りを見張りますかね。

と考えてキリトの背後を警戒してると、丁度その方向から、パンパンという、乾いた音が聞こえた。

 

「「…………!!」」

 

私は短剣を構え直し、空いた手でキリトを守るように広げる。

キリトも大きく飛び退き、剣の柄に手をかけている。

 

 

静かに音のした方を見ていると、ガサゴソと音を立てながら人が現れた。見るからにプレイヤーだ。

キリトよりも少し背の高い男。年代は同じくらいの少年か。防具は革鎧と円形盾(バックラー)。武器はキリトと同じの初期装備。でも、構えてるわけではない。

 

 

あー、キリトのレベルアップに拍手したのか。

そう気づいた私は、短剣を鞘に収めてホッと安堵のため息を漏らした。

 

 

「……ご、ごめん、脅かして。最初に声を掛けるべきだった」

 

「…………いや、俺こそ……過剰反応してごめん」

 

「……………わ、私もごめんね?剣を向けちゃって」

 

 

ぱっと見、真面目そうな顔立ちの少年は、右手の指を右眼のあたりに持っていった。すぐにバツの悪そうに手を下ろしたので気づいた。

あ、この人は、現実世界では眼鏡をかけてたんだろうな、と。私も走ってた時に同じようなことあったもん。絶対そうだ。

そして、話をしているうちにわかったことは彼も、キリトと同じように《元βテスター》だということだ。

まず、ここに辿り着くことさえ難しいということ。そして、「僕も一番乗りだと思ってた」と言ったこと。

そして───、

 

 

「君たちもやってるんだろ、《森の秘薬》クエ。あれは、片手剣使いの必須クエだからね」

 

「……見た目はイマイチだけどな、あれ」

 

 

キリトが補足すると、少年は朗らかに笑い、そして、一呼吸置いてから口を開いた。

 

 

「せっかくだから、クエ、協力してやらない?」

 

「「………」」

 

 

これに関しては、私よりもキリトの方が知識量的に適任かなと思ったので、私は押し黙っていようと思ってたのに……、何を悩んでるのかね?効率良さそうだけど。

と思ってると少年が更に言葉を重ねた。

 

 

「人数が多い方が効率が良いだろ?それに、パーティーは組まなくてもいいよ。ここで先にやってたのは君たちなんだから、最初のキーアイテム二つはもちろん譲る。確率ブーストかかったまま狩りを続ければ、きっとすぐに三匹目も出るだろうから、そこまで付き合って貰えれば……」

 

「あ……ああ、そうか……じゃあ、悪いけど、それで……、ミーナも良いよな?」

 

「あ、私は別に良いよ。そっちに任せるから」

 

「よかった、じゃあ、しばらく宜しく。僕は《コペル》」

 

「……よろしく。俺は《キリト》。んで、こっちは───」

 

「《ミーナ》です。よろしくね」

 

 

何とか話はまとまり、名乗ると、コペルは軽く首を傾げた。何やらキリトについて引っかかっていたみたいだけど、キリトがどうにか誤魔化していた。

はて?βテストの時に何かあったのかね?

真相はわからないまま、私たちは三人でリトルネペントを狩り続けた。

 

 

 

 

 

♢♦︎♢♦︎♢♦︎

 

 

 

 

 

私たちのレベルは3まで上がり、リトルネペントのカラー・カーソルの色も、いわゆる普通の赤となった。

武器の消耗も激しくなってきたため、一度諦めて村まで帰ろうか。などと話していた時に、それは現れた。

 

 

何回も見てきた、モンスターの湧出(ポップ)が十メートル程離れたところで始まった。

正直、私も帰るつもりだった。

でも、そのネペントはいつものとは違った。

そう、真っ赤な花が咲いていたのである。

 

 

これには私たちも声を上げて喜びそうだった。

え、違う?私だけ?そんなことないでしょ?だって二人とも声上げそうだったじゃん。今は堪えて、剣を振りかざしてるけど、声上げそうだったじゃん。叫びそうだったじゃん。

 

 

まぁいっか、とりあえずさっさと倒しちゃお………って、ちょっと待て!

 

 

無意識のうちに走り始めていた足にブレーキをかけて、同時に右手で隣の二人を止めた。

抗議の視線を向けて来る二人に、ジェスチャーで《花つき》の奥を指す。

その先には危険な《実つき》がいた。

私は指示を仰いだ。

 

 

「……どうする?一旦、二匹が離れるのを待ってみる?」

 

「……いや、………でも」

 

 

キリトは何やら葛藤しているみたいだ。もしかして、《花つき》はレアすぎて、すぐに《実つき》に成長してしまう。とかあるのだろうか?

そう考えているとコペルが言った。

 

 

「──行こう。僕が《実つき》のタゲを取るから、二人で速攻で《花つき》を倒してくれ」

 

「……………解った」

「……わかったよ」

 

 

コペルが先に駆け抜ける。

近くにいた花つきが反応したが、コペルは更に奥の実つきの方へ、そして私たちは、コペルの方を向いて隙だらけの花つきの茎を狙って攻撃した。

こっちに気づき、ウツボを膨らませ始めた。

私たちは、腐蝕液(ふしょくえき)を吐き出す前にソードスキルを使い、再度、茎を攻撃。切断。

いつもと違う悲鳴を上げ、爆散。

 

 

キリトは、足元にころころとやってきた《リトルネペントの胚珠》を拾い上げ、ポーチに入れている。

その間に私は、コペルの援護に向かった。

 

 

───が、しかし、私は足を止めてしまう。

向かう先には、コペルが顔をこっちに向けながら剣と円盾(バックラー)でネペントの攻撃をうまくあしらっている。

そう、こっちに視線を向けながら。

 

 

キリトも追いついたが、彼もまた足を止めてしまう。

なぜ、私たちは足を止めてしまった?

なぜ、コペルはこっちを見ている?

なぜ、なぜ、なぜ…………、コペルの眼は私たちに何を訴えかけている?

疑念?同情?哀れみ?悲しみ?何だ?

 

 

「ごめん、キリト、ミーナ」

 

 

気づいた時には、コペルが短くそう言って、視線をモンスターに戻すと、右手の剣を大きく頭上に振りかぶった。

瞬間、発光。刀身が薄青く輝く。

ソードスキルだ。

 

「いや……だめだろ、それ……」

 

隣でキリトが呟く。

まずい。何かがまずい!

そして、気づいた時には───

 

 

パアァァン!

と、凄まじい破裂音が森の中に響き渡った。

 

 

 

 

「な……………なんで……………」

「え……………そんな……………」

 

 

鼻につく異様な臭気。そして、何かが近づいて来る音。数はわからない。しかし、音がするのは全方位。少ない……なんてことは絶対にないだろう。そして───

 

 

「……ごめん」

 

 

この一時間程を、共に戦ってきた元βテスターの声。

 

 

彼は剣を左腰の鞘に戻し、近くの(やぶ)へと向かい。アバターが見えなくなり、……………カラー・カーソルも消えた。

 

「《隠蔽(ハイディング)》スキル……………そうか……………俺たちを殺そうと………」

 

隣でそう呟いたキリトの言葉を聞きながら、私は短剣を構える。

なぜか、私は思っていたよりも冷静だ。それは、隣に誰かがいるからだろうか。となると、一人でいたら、もう潰れてしまっていたのかもしれない。

でも、ほんの少しの確率でも生きていられるのなら、まだ生きていたい。

まだ、やり残していることが多いから。

周囲を警戒している私の隣でキリトは口を開いた。

 

「……コペル。知らなかったんだな、お前。たぶん、《隠蔽》スキルを取るのは初めてなんだろ。あれは便利なスキルだけど、でも、万能じゃないんだ。視覚以外の感覚を持っているモンスターには、効果が薄いんだよ。たとえば、リトルネペントみたいに」

 

その言葉を聞いて私も覚悟はできた。

 

「キリト………」

 

「あぁ………」

 

私たちは、コペルのいる方を背に向けて走り出した。

武器の消耗が激しいため二発……、いや、できれば一発で仕留める。そうでないと武器消失(アームロスト)で死んでしまう。

 

 

モンスターが目の前までやってきた。

一発で決めるんだ。

腕を左後ろに下げる。

発光。

思いっきり地面を踏み込む。

ソードスキルによるアシストに加えて、思いっきり腕を振るう。

狙うは……、弱点の茎!ただ一点!

 

「いいいいいいやぁあああああああああ──ッ!」

 

瞬間、ポリゴンは四散する。

 

 

まだまだ、次だ!

震える身体を騙して走る。走る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

遥か後方で、モンスターの叫び声と攻撃音、そして少年が何かを叫ぶ声が聞こえた気がする。

気にしない。気にしてはならない。

全神経を前に集中しなくてはならない。

集中をきらせば、私が─────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

目の前の敵を全て倒し終わった時、さっきよりも更に遠くから、カシャアァァン!と今まで聞いたことのない、どこか儚げな破裂音が聞こえた。

 

 

反射的に振り向くと、そこには七匹のネペントたちが次の標的(ターゲット)を求めてこっちに向かっていた。

 

 

それにしても、この七匹の中に《花つき》が二匹もいるなんて……、こんなに(かな)しいことはあるだろうか。

 

「………お疲れ」

「………お疲れさん」

 

隣のキリトとネトゲを《ログアウト》していった者に対する挨拶を口にして、それぞれの剣を構える。

 

 

ネペントたちも、それぞれがバラバラの攻撃モーションでこっちにやって来る。

キリトは、右側のウツボを膨らませている二匹の方へ。

それに合わせて私は、縦横無尽にツタを動かす左側のネペントたちへと刃を向けた。

そして、二人で三十秒もせずに全てを片付け、戦闘は終わった。

 

 

 

 

 

♢♦︎♢♦︎♢♦︎

 

 

 

 

 

コペルが消滅したであろう場所には、彼の装備が落ちていた。どれもボロボロになってしまっている。

 

 

キリトはコペルのものであった剣を、周りで一番大きな樹の根元に突き立てた。

そして私は、花つきからドロップした胚珠をその根元に置く。

 

「コペルの分も取ったからね……」

 

そう言って、私たちは踵を返して村のある方へ歩き始めた。

 

 

歩きながら考える。

コペルはこの世界の現実を認識して、プレイヤーとして行動していたのではないかと私は思う。他のプレイヤーを騙して、奪ってでも自分が生きるために、と。

 

 

そんな彼だからこそ、私たちは怒りや憎しみを覚えることなく、コペルというプレイヤーを弔ったのだろう。

 

 

それに比べて私たちは、この世界の現実を受け止めきれてない。

第一に、《はじまりの街》に残るのが普通だろう。

第二に、私たちは、リスクも伴うようなことがあると、簡単に命を天秤にかけることができるのである。さっきの《花つき》と《実つき》が近くにいたのも待てば良かったのだ。

こりゃー、私も早死にしちゃうかもね。

 

 

でも、強くなりたいという気持ちは、以前よりも増している。

そう、全ては先生を止めるために。

 

 

 

 

 

♢♦︎♢♦︎♢♦︎

 

 

 

 

 

あれだけ乱獲したからか、帰りはモンスターとエンカウントすることなく、私たちはホルンカの村に帰り着いた。

 

 

時刻は夜九時。あのチュートリアルから三時間経っているためか、村の広場には数名のプレイヤーがいた。

キリトとも話しはあれっきりしてないため、そして、気分もあまり良くないため、そのまま黙ってキリトの背を追いかける。

 

 

村の奥まで進み、目的の家のノッカーを鳴らしてからドアを開けると、相変わらずおかみさんがかまどで何かを煮ていた。

私たちは《リトルネペントの胚珠》を取り出して渡す。

 

 

すると、おかみさんは急に二十歳くらい若返って見えるほどに顔を輝かせて、胚珠を受け取ると、お礼の言葉を何回も言った。

 

 

その後、胚珠を鍋に入れたおかみさん改め若奥さんは、部屋の隅に置いてあった赤鞘の長剣を私たちに、再度のお礼と共に差し出した。

 

「「……ありがとう(ございます)」」

 

ひと言だけ呟き、私たちは受け取った。

 

 

「ねぇ、キリト?私は長剣は使わないから、これ君にあげるよ」

 

「……え、でも………」

 

「いーから、いーからさ、ね?」

 

「……わかった。……ありがたく使わせてもらうよ」

 

「うん、………ちょっと疲れちゃったし、少しここで休もう?」

 

「……そうだな」

 

 

そう言って、私たちはクエストを受けた時のように椅子を借りて座る。

若奥さんは、相変わらずかまどの鍋をことことしてるなぁ……。

 

 

何分かした時、若奥さんは急に立ち上がり、木製のカップに鍋の中身をおたまでそっと注いだ。

そして、そのカップを大事そうに奥の部屋へと向かった。

 

 

少し気になったので私たちは立ち上がり、奥さんの後を追った。

部屋は寝室だった。そしてそこには、七、八歳くらいの少女が横たわっていた。

少女の顔色は悪く、痩せ細っているのが月明かりだけでもわかる。

 

 

もちろん、彼女はNPCだ。名前は《Agatha》とある。アガサ、かな?

アガサを優しく起き上がらせた母親は、言った。

 

「アガサ。ほら、旅の剣士さまが、森から薬を取ってきてくださったのよ。これを飲めば、きっと良くなるわ」

 

アガサは、うん、と可愛らしい声で頷くと、薬を全て飲み干した。

正直、ああいう薬を一気に飲み干すのは、私には無理だなぁとか思いつつ見ていると、こっちを見て、にこりと笑った。

 

 

「ありがとう、お兄ちゃん、お姉ちゃん」

 

「……………あ…………」

 

 

隣でそんな声を漏らしている彼にも色々とあったのだろう。私は、ちょっと外の空気を吸ってくるね、とだけ言って外に出た。

 

 

ドアを開けて、そのまますぐ横の家の壁に身を預ける。

あー、会いたいな。

もう、二年くらいかな。久し振りに会いたい。

母さんに、父さんに、そして─────

 

「………うっ……く…………っ!!」

 

 

 

 

 

 

家の奥の方から微かに「どうしたの、お兄ちゃん?」と聞くアガサの声と、静かにすすり泣く声が聞こえてくるのは気のせいではない気がする。

 

 

 

 

 

 

 

 

そう、決して私が泣いてるわけではないのである……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

P.S.植物って気絶するんですね。




ここまで読んでいただきありがとうございます。

この話は第8巻アーリー・アンド・レイトより、『はじまりの日』の物語です。確かアニメにはなってない?気がするところですが、時系列でいうとチュートリアルの次はこれですね。

※前書きを短くしている分こっちは少し長めにさせていただきます。

こっちはオリ主を軸に書いてますが、原作の方では、キリトを軸に書かれてあるので、そっちも是非読み返してみてください。

クラインと別れてからの走るシーンは、こっちではオリ主がいるので少しは緩和されてるかな?と思います。(正直、原作のあのシーンは好きだから残したかったけどね)

次の話はボス攻略会議です。やっと、ヒロインの登場ですね。

ということで、誤字、脱字等ありましたらご報告ください!

評価、感想の方も何卒よろしくお願いします!

ここから先は余談とおまけ

余談
大陸棚くらい深い訳とは、FEの新作ゲームである風花雪月をやっていたら、案の定ハマってしまったという訳です。いや、あれ面白すぎるって、しゃーない。あ、ちなみに私は金鹿の学級(ヒルシュクラッセ)を最初に進めてます。風花雪月で書いて……みるのはキツいし、まだこれが全然進んでないので当分はないですね。

おまけ
ミーナ→キリト
強い仲間。βテスターってすげー
ミーナ→コペル
眼鏡の位置を直す動作をしちゃうのわかる!同士!
キリト→ミーナ
元テスターよりも強くないか……?しかも、左利き(レフティー)なのかよ……(直接的に左利きって言ってないことをおまけで補足していく)
キリト→コペル
防御はうまいな
コペル→キリト
反応速度が尋常じゃないくらい速いな。犠牲になってもらうけど、ごめん
コペル→ミーナ
観察力とか集中力がすごいな。犠(ry

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