ジョーラの仲良くしてやろう大作戦が失敗に終わった少しあと。鼻唄をうたいつつ廊下を歩いていた僕の目の前を、ドフラミンゴとはまた違う大きな人間がふさいだ。
「コラソン」
赤い頭巾のようなものに、趣味の悪いハート柄のシャツ。規格外の足の長さに合うよう作られているズボンと、烏のような羽を撒き散らす不愉快なコート。
全体的にもさっとした印象を受けるこの男に廊下で出会ってしまって、僕は一瞬身構えた。
子供嫌いの代名詞みたいなこいつは、ここにいる子供すら手加減なしにぶっ飛ばす。その長い手足で投げられた暁には、生きていられる自信はない。…我が弟は生きていたようだけど。
コラソンの足元にも身長が及ばない僕を見ているのかいないのか、少し動きを止めてサングラスの奥の瞳をさまよわせたあと、僕に何をするでもなく歩き出す。珍しい。
「蹴らないんだ?」
「……」
「子供好きになった? …なわけないか」
喋れないらしいコラソンに質問を投げ掛けて答えが返ってくるなんて思ってないしあり得ない。けれど僕が話しかけるのは、べつに答えなんかいらない会話を僕が欲していたからか。
とにかく鬱陶しそうにすらしないコラソンがなんだか面白くて、前々から気になってたことを聞いてみることにした。ああもちろん、アンサーはないけどね?
「コラソンってさぁ、違和感の塊だよね。喋れないのに、喉に何の異常もないんでしょ? 精神的なやつなの?」
「……」
「ああ悪い、バカにしてる訳じゃないよ。……コラソンが“本当に喋れないなら”ね」
「…」
「何も疑ってないよ、本当。ただ、ちょっと都合が良すぎないかなぁって。だってさぁーーー…っぎゃ」
質問攻め(回答なし)をずっとしていたら、とうとう我慢の限界でも来たのだろうか。コラソンに鳩尾を鋭く蹴りあげられた。壁に叩きつけられて、息が止まる。何すんの、なんてかすれ気味の頼りない自分の声は、例えるなら秋のすきま風。
必死に酸素を肺に取り入れて「ひどっ」と軽く睨んだ。気分を害したのは悪かったけど、子供だよ、子供。…あ、子供嫌いだっけ。あちゃー。
ずるずると壁から床に情けなく落ちた僕の前に、荒々しい字で書かれた一枚のメモが差し出された。
『お前みたいな生意気なガキがいちばん嫌いだ』
「…生意気なガキ? 察しのいい、の間違いじゃなくて?」
コラソンの長い腕がふりかぶられる。叩かれると察した瞬間に、僕はぎゅっと目を瞑るでもなく、なぜか唐突に、思い出したようなさらりとした態度で、さらに重ねて質問をした。
「そういえばコラソン、子供嫌いのクセにローを庇ったんだって?」
「…!!」
ぴたり。まるで魔法にでもかかったかのような硬直のしかたに笑い声すら出ない。叩かれるよりこっちの方が恐怖。
けれど僕は一瞬、サングラスの奥に狼狽えるような瞳があるのを見逃さなかった。こいつの弱味はここだ。壁に追い込まれて完全な暴力だったところから形勢逆転。ねえ、と呼び掛けてはコラソンの頭巾のよくわからないハートの装飾部分をひっ掴んだ。バランスを崩したコラソンの手が僕の顔の横、壁につかれて、俗にいう壁ドンとかいうものになる。
はは、全然ときめかない。
「実は子供好きだったりする? それともショタコン? あぁ、もしかしてローみたいのが好み?」
『黙れ クソガキ』
「いーやーだー。ねぇ、答えてよコラソン。じゃないと可愛い可愛いローがひどいことされちゃうよ? ねぇねぇ、なんでローを庇ったの?」
『理由なんかない』
「えー、なにそれコラソン。それじゃあまるで」
ここで、コラソンとここまで密着したことが意味を為す。そ、と口元をコラソンの耳に寄せて、囁いた。
「“正義の味方”みたいじゃん」
するりと壁とコラソンの間から抜け出して笑う。「なーんてね」。信じてないし、疑ってもない。正直なところ「どうでもいい」が本音なんだけど、意外にも気分が悪くなったらしいコラソンは、もう紙すら見せずに歩き出した。そこまで機嫌を損ねるとは思わなくて慌てて追いかける。ドフラミンゴにチクられたら串刺しの刑だ。
「ごめんってコラソン! 政府関係者だなんて疑ってないよ」
「……」
「ちょっとからかっただけ! 珍しいことするからさ…。…僕が政府関係者大っ嫌いなの、知ってるでしょ? コラソンをあんなやつらと一緒にしてないから安心して」
機嫌直してよ、と笑いかけるけど、答えはない。これはしくじったかなぁ…。
僕が串刺しの刑にされたとき、きっとあのバカ弟は笑うだろうと考えて、ーーーああもうやめ。忌々しい。
実の弟なのに忌々しくて胸くそ悪いのは、あいつを見ると自分を鏡にうつして見たような気持ちになるからだ。生きることに執着がなくて、やることえげつなくて、うじうじしてて、目付きが悪い。ガキらしくない。…それが自分にとっても似てて、ムカつく。
いつもご飯を食べる部屋にだんだんと近付いてきた。ドフラミンゴはきっともう席について僕らを待ってる。そんで、僕の席はドフラミンゴの向かい側。となりにはバカローがいて、反対側にはベビー5。うん、サイアク。
「ねーぇコラソン、今日コラソンの横でご飯食べていい?」
「!?」
甘えるような声で聞くと、目玉が飛び出そうなほど驚かれた。…いや、そんな顔しなくても。ショックだぞ僕は。
だめ? と首をかしげるとまたメモが差し出される。いちいち読むの面倒だな、これ…。
『何を企んでる』
「たくら、えぇ…そんなに? …べつに簡単な理由だよ、ローの横でご飯食べる気分じゃないからってだけ」
素直に言ったのに、これたぶん信用されてないな? 逆に距離をとられた。どういうことだ。
ドフラミンゴの近くでもいいんだけど、彼はすぐ僕を膝上に乗せようとするし、それで彼の食事が妨害されるのは僕が望まない。だから好きでも嫌いでもない、コラソンが適役ってわけだ。…他の幹部たちが却下されたのは、ちょっといろいろあるから。そこは今はいいだろう。
「ほら、じゃあ決定! …早くいこうコラソン、ドフラミンゴに怒られる」
「!? …!!?」
慌てたコラソンが転けないように手をひっ掴んで走らせた。ドフラミンゴよりずっと色の白いそれを握りながら、部屋に入ったときドフラミンゴが言うであろう台詞を想像してドアを開けた。