「遅かったなコラソン、…クレイオ? …なんだ、珍しいな? フフフ、仲良くなったのか?」
「まーねー」
ドアを開けると案の定、僕ら以外の家族がみんな揃っていた。待ちきれない、とばかりにフォークを掴んだバッファローが早く座れだのなんだのと言うもんだから、先に椅子へ向かったコラソンに約束通り近付き、今日一の笑顔で腕を広げた。
「コラソン、席空いてないから乗せて」
「!!?」
「はーやーくー。ご飯冷めちゃう」
目ェ見開きすぎだって。ショックだなぁ。
「ドフラミンゴの横でコラソンの膝の上。僕にとって最高のロケーションなんだけど?」
「…フッフッフ! クレイオ。今日はどうした?」
ファミリー全員が僕のことを怪訝そうな顔で見つめる中、ドフラミンゴが実に愉しそうに僕に笑いかけた。
そりゃあ僕とコラソンは子供嫌いの彼に対し僕がちょっかいをかけたりするし嫌味を言うし嫉妬してるもんだから、お世辞にも仲がいいなんて言える関係性じゃないのは分かっている。だからコラソンもこんなアホみたいな顔してるんだろうし。
その僕とコラソンーーとくに彼はドフラミンゴの実弟だから、それが仲良くなったと聞けば気分はいいだろう。
だから僕は無邪気な子供を装って「何もないよ?」と笑い返す。
何もないことはないだろうし、僕が無邪気とは真反対に位置するような人間だってことはドフラミンゴも知っているはず。けど何も言わずに笑い続けるその人は、やっぱりどこまでも不気味だ。
困っているコラソンをみかねてか、ジョーラがコラソンとドフラミンゴの間に椅子を持ってこようとする。ーーーちょっと。
「やめて」
持ってこられた椅子をおもいきり押し返した。メキ、なんて音がするくらい。
このババア、余計なことばっかしやがる。うざったい。
「ドフラミンゴとコラソンは隣。…兄弟なんだから、当たり前でしょ? それを僕が間に入るなんて失礼なことできないよ。てか、させないで」
僕はドフラミンゴに我が儘を言うのが好きだ。コラソンを煽るのも困らせるのも好き。けどそれには越えてはいけない線というものがあって、ドフラミンゴに対する我が儘でいえば、例えば人を殺すことに関しての我が儘なら許してもらえる。むしろ喜ばれる。誰かを殺して。お願い。そう言えば、翌日にはそいつは肉塊になっている。だがしかし、彼の「家族」に対する気持ちには我が儘を言ってはいけない。コラソンの膝の上、セーフ。ドフラミンゴとコラソンの間、アウト。
彼の家族愛ってのはもうほんと、彼の能力をそのまま表したかのようにしつこくて、絡み付いてきて、そして恐ろしい。特に実の家族なんかには、ファミリー以上の愛が送られる。
それが僕は妬ましいのだけど、でも我が儘は言わない。だってドフラミンゴが好きだから。
だからドフラミンゴの大好きなコラソンも、妬ましくて、大好きだ。
「んーじゃあいいや、ごめんねコラソン、困らせて。僕はいつもの席で食べるよ、うんーーーって、わっ!?」
だからあきらめて、仕方ねぇチクショウ、クソガキとクソガキの間で食べるかーーなんて内心舌打ちをしていたら、脇の下にスッと手が入り、軽い調子で僕を宙に浮かせた。感じなくなった重力に一瞬恐怖を感じたが、すとんと下ろされたその温かさにすぐに笑顔になる。
「おれの膝の上のロケーションはどうだ?」
「あは、最高!」
「フッフッフ!!」
上品な香水の香りと体温、僕をすっぽり包み込んでしまう体格にくらくらする。ああ、クソガキの言う通り、これが恋なんだろうか。知らないし認めたところで叶える気もないけど、度々こうされると開き直るのもありかなぁなんて思う。チョロイ僕。
目の前にはじっとりとした目で僕を見つめる弟がいるけど、うん、気にしない。遠慮なくドフラミンゴに寄りかかって、ナイフとフォークを器用に使って食べ進める。ドフラミンゴはフィレ肉とかいうのの焼いたやつが好きらしい。大好物はロブスターだったはずだけど、基本好き嫌いなく食べるこの人の食卓にはなんだって並ぶ。
「アヒージョがあるぞ、バゲットにつけて食べるか? クレイオ」
「ありがとうディアマンテ。でも僕、パンは苦手だから」
「ウハハハハ! そうだったな! ローもだったか?」
「…パンはきらいだ」
僕は好き嫌いなく食べる方だが、ひとつだけ、どうしても苦手なものがある。それはパンだ。
パンはすべてと重ねられる。それは、僕の弱さが残っているから、勝手に重ねているだけなんだろうけど。
だってパンはーーー「人と似ている」。
乾燥するとボロボロになって、腐ると青くなる。食べると呑み込みづらくて吐き気がするそれは、とても、とても、まるで人間のようで。
じっと僕を見つめる視線に気がついた。…ロー。
(…見んな、ばか)
声は出なかった。吐き気と目眩と、…あとなに? ドン引かれてることへの悲しみ? 笑える。
頑張って口元を歪めるけど、どうだろう。性格悪そうに笑えてるだろうか。泣きそうな顔なんかになってないだろうか。怖くて視線が外せない。
僕が生き延びる為にしたことは、とても人道的なんて言えることじゃないのは知っている。けど僕らをこんな目に遭わせた人たちこそ、非人道的だ。生きたい、という執念と、それでも消えてしまえたらどんなに楽かという思いがごっちゃになって、僕はもう、前が見えない。
それを異常だと思うなら、それはきっと“マトモ”だ。そして僕はもう、“マトモ”じゃない。
この場所は狂っている。知っている。だからこそここは、僕に相応しい。ーーーでも。
(…僕にドン引きしてるお前には相応しくないよ)
だってそれはマトモだ。人混みの中で生きていける人間の普通の思考回路をしてる。
ローはここにいるべきじゃない。ドフラミンゴは自分の右腕になる、と自信を持って言っていたけど、それでもドフラミンゴ。ローはまだ普通だ。
ここにいるべきじゃない。さもなくば死ね。そう思っている僕は、やっぱり最低なやつらしい。少しでも昔みたいな「ねーさま」になってみたかったけど、やっぱりダメだ。
僕には、珀鉛病のお前に、無闇に「生きろ」なんて望めない。