“黒”の紅茶《完結》   作:山中 一

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十一話

 視界一杯に焦熱地獄が広がっていた。

 天高く上る火炎の渦。

 耳朶を叩くのは、苦痛と怨嗟の声。

 

 このような光景を、フィオレは知らない。

 気がつくと、彼女は灼熱の世界に放り出されていたのだ。

 見たことのない街が、猛火の中で朽ち果てていく。足元には身元が分からない真っ黒な人型が転がり、そして、今尚多くの人々がこの炎の中で命を失っていく。

 この絶望的な状況にあって、フィオレは声を出すこともできず、ただ眺めていることしかできなかった。

 そう、おそらくこれは夢。フィオレではなく、アーチャーの過去を覗き見ているのだろう。

 サーヴァントと霊的に繋がっているマスターは、時として契約したサーヴァントの記憶を夢の中で追体験すると聞いたことがある。

 フィオレはその話を聞いたとき、楽しみだと思ったのだ。

 神話の英雄と契約した者ならば、神代の景色を夢で見ることができる。

 それは、本来であれば絶対に見ることのできない景色であり、知ることのできない光景なのだ。神話上の戦いも、伝え聞くものであれば覚悟はできるだろうし、フィオレはこの現象に関して、映画を見るような感覚だろうと考えていたこともある。

 いずれにしても、アーチャーの過去に踏み入るには覚悟が足りなかったという他ない。

 

 ――――これが、アーチャーの過去?

 

 この空間に絶望以外の色はない。

 空はコールタールのように粘ついた暗雲に覆われ、地上は炎と死に埋め尽くされている。

 この世界にある怨嗟は、フィオレが知るあらゆる呪詛よりも強烈だ。

 夢と分かっていながら、フィオレは胸が引き裂かれるような思いに囚われた。

 いったい、この街で何があったのだろうか。

 自然災害か戦争か。ある日突然、この街の住人たちに突如として災厄が降りかかったのである。街に溢れる怨嗟の声は、逃げ遅れた人々から発せられているのか。

 炎の弾ける音、熱風が吹き渡る音。あらゆる音に、憎しみが宿っているように思えてしまう。ここにいるだけで死を選びたくなるような絶望の海を、一人の少年が懸命に泳いでいる。

 耳を塞ぎ、目を閉じて、助けを求める声を無視し、差し出された手を振り払う。誰が彼を責められるだろうか。この状況下で、十ほどの少年が他者を助ける余裕などない。少しでも他所に意識を割けば、瞬く間に炎と煙に巻かれて死んでしまう。

 そして、少年はついに一度も歩みを止めることなく日の出を迎えた。

 

 

 気がつけば焼け野原に仰向けに寝そべっていた。

 炎の気配はとうに遠のき、空は重厚な雨雲に覆われているのが見える。

 もうすぐ、雨が降るのだろう。それでいい。雨が降れば、この地獄も綺麗さっぱり洗い流されるかもしれないから。

 周囲には、焼け焦げた人の遺体が転がっている。真っ黒になってずいぶんと縮んでしまったそれらは、もはや人としての原形を留めていない。

 この人たちがこんな姿になってしまったのに、どうして自分は生きていられるのだろう。きっと、単に運がよかっただけなのだろう。

 ああ、でもここまでだ。

 息をするだけでも苦しい。体力は限界を迎え、身体の感覚は失われている。

 それでも、空に手を伸ばした。

 何かを意識したわけではなかった。

 ただ、空が遠いなあ、と他人事のように思っただけ。

 その行為で、なけなしの体力を使いきってしまったのか、急速に襲い掛かってくる眠気に抵抗することもできずに少年は暗闇に落ちる。

 その刹那。

 固い地面に投げ出されるはずの手を、力強く握る手があった。

 

 

 その顔を覚えている。

 

 

 目に涙を溜めて、生きている人間を見つけ出せたと、心の底から喜んでいる男の顔を。

 

 

 

 

 

 □

 

 

 

 

 目覚めは最悪。

 今までにないほどの悪夢だった。

 ベッドから身体を起こしたフィオレは、内心の動揺を隠し切れず、ため息をついた。

 夢で見たのは、アーチャーの過去で間違いない。

 焼け野原になった街で、もはや助かる見込みのない少年は何者かに命を救われたのだ。そして、その果てに、少年は今のアーチャーへと姿を変えていく。

 フィオレの中で、アーチャーに関する情報が結びついていく。

 アーチャーは記憶がないと言っている――――ただし、それを証明する手段は令呪以外にはない。

 そして、夢でアーチャーの過去を追体験できたということは、少なくともあの夢の辺りに関しては記憶が戻っていると考えられる。

 ならば、何故それを自分に伝えないのか。 

 アーチャーとの信頼関係は確かに築けているはずだ。少なくとも、フィオレは彼に全幅の信頼を置いている。

 だが、その一方でアーチャーは自分のことをひた隠しにしている。

 投影魔術を扱う魔術師だったということくらいしか、今のフィオレにはアーチャーの生前を知ることのできる情報がない。

 フィオレは心に寒風が吹き込むような感覚を味わった。

 裏切られた、とは違う。信頼されていないのではないか、という不安か。そう思うと、極めて曖昧模糊とした、とらえどころのない憤りが湧き上がってくる。

「でも、あれほどの災厄に見舞われたのであれば、それを人に言いたくないのもわかりますけど」

 フィオレが見た光景は、アーチャーが実際に体験した現実なのだ。

 あれは、彼のスタート地点に違いない。彼は、地獄からの生還者だ。その苦しみを、語れと強要するのは気が引ける。

 理性的にも感情的にもあの少年には同情できるし、あの災厄を心苦しくも思える。だから、アーチャーのトラウマを抉るようなことはしたくないし、できない。

 そうして理性的に考えれば、アーチャーが過去を語らないということにも、一応の説得力を持たせることができる。

 アーチャーが過去を語らないのは、フィオレの力不足ではなく、あくまでも彼の心理的な要因によるものだと信じることができる。

 そうしてフィオレが感情を抑え、アーチャーの過去に思いを巡らせていると、徐々にアーチャーの過去をもっと知りたいという興味が芽生えてきた。

 語らせてはいけないと、頭では分かっているのに、絶望の果てに救われた彼が、どのようにして英霊にまで昇り詰めたのかを知りたい。

 極めて珍しい、現代の英霊(・・・・・)である彼が、その人生に何を見たのか。

 それが、フィオレには気になって仕方がなかったのだ。

 

 

 

 フィオレに呼び出されたアーチャーは、何故、フィオレがこうも不機嫌さを醸し出しているのか皆目見当がつかなかった。

 何か不手際でもしてしまっただろうか。

 考えられることと言えば、ホムンクルスを逃がしたことくらいだが、あの件に関してはすでに決着している。今さらフィオレが蒸し返すとは思えない。

「私に何か用があるのではなかったのかね?」

 分からないことを考えても仕方がないので、単刀直入に尋ねることにした。

 尋ねられたフィオレは、困ったような顔をする。そして、ため息をついた。

「アーチャー。あなたの記憶について、聞きたいことがあります」

 それを聞いて、アーチャーはなるほどと納得した。

「君は、私の過去を見たのか」

 問いではない。それは、確信だった。案の定、フィオレは頷いた。

「申し訳ありませんでした。決して、盗み見るつもりはなかったのです」

「分かっている。これといって自慢できる過去も持ち合わせていないのでね。見られたところで、どうということもないが。君が言いたいのは、そういうことではないな」

「はい」

 フィオレの不機嫌の理由は、おそらくアーチャーが自分の過去を彼女に語らなかったことだろう。

 アーチャーは、フィオレに対して自分の記憶が定かではないと言い張ってきたのだ。それが、夢を介して過去を見られた。彼女は今、何故真実を告げなかったのかと憤っているのだ。

「フィオレ。君はいったい何を見た?」

「燃える街を。それと、幼い頃のあなたです」

「なるほど……」

 それはまた、懐かしい光景だ。

 アーチャーのスタートライン。冬木の聖杯によって、すべてを失ったあの日、アーチャーは一生を賭けて追い求める夢を見たのだ。

 アーチャーを英霊にまで押し上げた、強迫観念とも言うべき強烈な夢。

「そして、あなたは現代、もしくは未来の英霊ですね」

「…………」

 フィオレの言葉にアーチャーは口を噤む。

「俄かには信じられませんでしたが、当時のあなたの服装……どう考えても現代のものとしか思えませんから。わたしがあなたを召喚できた理由までは分かりませんが、英霊は時間軸に縛られない存在です。わたしには分からない理由があって、ケイローンではなく、あなたが召喚されたのでしょう。それは、深く考えても詮無いことです。わたしが確認したいのは、記憶の有無。何故、わたしに今まで黙っていたのかということです」

 アーチャーは腕を組んでフィオレを見る。

 一切の虚言は許さないという意思を感じる。フィオレはアーチャーの夢を見てしまったことを後悔する一方で、記憶が戻ったことを報告しなかったのを責めている。

「一つ、弁明させてもらうと、私は記憶を完全に取り戻したわけではない。召喚の影響で記憶が混乱していたのは事実で、思い出せたこともそう多くはない」

「それは、本当ですか?」

「ああ」

 アーチャーは頷いた。

「生前の記憶は、未だに鮮明になっていない。それでも色褪せないものは確かにある。君が見たのも、その一つだ」

「あれは……いったい、なんだったのですか?」

 フィオレは逡巡しつつ、尋ねた。

「とある魔術の儀式が失敗した結果だよ。七人の魔術師と七騎のサーヴァントによる命を賭けたゲームだ」

「え……そ、それは、まさか……」

「そう、聖杯戦争だ。幼い頃の私は、冬木で行われた第四次聖杯戦争に巻き込まれ、家族とそれ以前の記憶を失った。私を救ってくれたのは、その聖杯戦争に参加していた魔術師の一人なのだよ」

 フィオレは、それを聞いて顔色を失った。

「聖杯、戦争が、あのような結末を迎えたのですか?」

「ああ」

「まさか……そんな……」

 フィオレからすれば、聖杯は万能の願望機という認識でしかなかった。実際に、秘されていた聖杯をその目で見たときに、それが齎す奇跡を信じることもできた。だが、アーチャーが経験した聖杯戦争は奇跡などとは口が裂けても言えない災厄そのものだ。

 扱い方を間違えた聖杯が、世界にどのような災いを振り撒くのか、如実に物語っていた。

「しかし、アーチャー。あなたは、今第四次聖杯戦争と言いましたか?」

「ああ、そう言ったが」

「それはありえません。だって、冬木の聖杯戦争は第三次を以て終結しています。ここに、冬木の大聖杯があるのですから」

 冬木市で行われた聖杯戦争は第三次までである。それ以後は起こるはずがない。今の冬木に聖杯はなく、ダーニックが聖杯を確保してルーマニアまで移送したからだ。

 現在、冬木の聖杯で聖杯大戦が行われている以上、冬木で聖杯戦争が起こるはずがない。

 だが、フィオレの問いにアーチャーは苦笑する。

「それは、この世界での話だろう。我々英霊に、世界の違いは関係がない。私が存在した世界ではダーニックが冬木の聖杯を確保することがなかった。ただ、それだけのことだろう」

「つまり、あなたは完全な並行世界の住人ということですか」

 確かに、英霊ともなればそのようなことも起きるだろう。

 だが、その一方で、自分と縁も所縁もないアーチャーが、何故ケイローンの触媒に優先して呼ばれたのか分からないままだ。未来や並行世界の英雄がサーヴァントとして呼び出されることなど基本的にありえない。未来の英雄が持つであろう触媒を用意するくらいしかないが、そんなものはあてずっぽうに過ぎない。触媒を使わなかった場合であっても、過去の英雄の方が優先して呼ばれるはずだ。それは、今と過去の繋がりのほうが、無限に分岐する未来よりも深いからだ。

「どうして、あなたはわたしに召喚されたのですか?」

「君が触媒を用意したからだろう」

「しかし、わたしはあなたを呼ぶような触媒は持っていませんが……」

 フィオレの言葉は不意に打ち切られた。

 フィオレの目は、アーチャーの手に吊り下げられたルビーのペンダントに引き付けられていた。

「それは……」 

 フィオレは慌てて自分の首から提げているペンダントを取り出す。

「同じ、ペンダント……?」

 似ているどころではない。まったく同一のペンダントがそこにはあった。

「私の辿った歴史では、そのペンダントの持ち主は私の命の恩人なのだ。私はそのペンダントを命の恩人が残してくれたものと思い、生涯、肌身離さず持ち歩いた」

「そして、そのペンダントを、この世界でわたしが入手していた? それが、あなたを呼ぶ触媒になったということですか?」

「おそらくはそういうことなのだろう」

 それは、幾重にも積み重なった偶然が収束した必然だ。

 たまたま目に入った宝石を譲り受け、たまたま儀式場まで持っていった。そして、それがアーチャーの所有する物と同一のペンダントだった。始まりは偶然だった。しかし、ペンダントを儀式場に持ち込んだ時点で、アーチャーが召喚される確率は必然にまで跳ね上がっていた。

「一つ、君に尋ねたいことがあるのだが、いいかね?」

「はい、なんでしょう?」

「聖杯についてだ。君は、聖杯をその目で見たことがあると言っていたが、どのようなものだった?」

「どのようなものというと……」

 ユグドミレニアの陣営の中で、大聖杯を見たことがあるのはダーニックとフィオレだけだ。フィオレはアーチャーが召喚されるよりも前に、次期当主ということで見ることを許可されたのである。

「今まで見たことも感じたこともない、膨大な魔力を蓄えていました。ええ、あの聖杯が完成すれば、世界を改変することも可能だと信じられるほどでした。それが、どうしました?」

「いいや。なんでもない。それほど近くで見て問題ないと判じられるのであれば、この聖杯は問題ないということだろう」

「あなたの世界の聖杯は問題があったのですね」

「そういうことだ。しかし、この聖杯は半世紀の間ダーニックが調査し続けていたのだ。もとより、その点に不安はなかったが、フィオレの口から確認できたのはありがたい」

「もしも、あなたの知る聖杯と同じだった場合は、どうしましたか?」

「無論、破壊する以外にはないだろう。夢で破壊された冬木の街を見ただろう。あれは、悪に汚染された聖杯の一部が流れ出た結果だ。この世界の聖杯が同じ物であれば、当然破壊以外に破滅を回避する手段はない」

「悪に汚染された聖杯」

 フィオレはその言葉を繰り返す。

 聖杯は基本的に無色の魔力を貯蔵している。それは善にも悪にも変質しうるということでもある。用途が固定されていない、純粋無垢なエネルギーだからこそ、あらゆる願いに対応できるのだから。

 アーチャーの世界の聖杯は、何かしらの理由で無色な魔力が悪の願いに染まってしまっていたのだろう。世界を改変できるほどの魔力が、悪の指向性を持って解き放たれれば、当然世界は崩壊する。

「今後もフィオレは私の夢を見ることになるだろう。私自身の記憶が磨耗している以上、ノイズ混じりの映像になるだろうがな」

「そうですか。分かりました」

 記憶の磨耗。

 おそらくそれは恒常的なものではないのだろう。何かしらの切っ掛けがあれば、取り戻すことができるかもしれない。

 それに、その言葉に嘘はないはずだ。

 夢で記憶を覗けるフィオレに言葉で嘘をついたところで、意味がない。その都度思い出したのだと言い訳を並べる意味もないし、何よりも並行世界の未来から召喚された英霊だということがすでに分かっている。これ以上、アーチャーが隠すことはないはずだ。

「それでは、最後にアーチャー。あなたの真名を教えてください」

「シロウだ。エミヤシロウ」

「エミヤシロウ……なるほど、確かに日本人らしい名ですね」

 ファーストネームとファミリーネームの順が異なるのは有名な話。エミヤが姓でシロウが名ということだ。

 今まで分からなかったアーチャーの来歴の一部と真名が判明したことで、フィオレは機嫌を直した。

 名前の交換は信頼関係を創出する。

「ところで、フィオレ。私の件はダーニックに報告するのか?」

 アーチャーに尋ねられて、フィオレは暫し悩んだ。

 サーヴァントの真名開示は、彼らを召喚する前から各マスターとの間で交わされていた約束だった。強制力はないものの、真名を秘すべき聖杯戦争に於いて真名を開示しないのは不信感を生み出すため、組織を維持する上で必要な約束だった。

 しかし、セイバーの真名を秘す特例が認められ、アーチャーもまた記憶の混乱を理由に真名を秘している。その現状を、敢えて変える必要性はあるか。

「そうですね。アーチャーはしばらくは今のまま、正体不明のサーヴァントでいてもらいましょうか」

「いいのかね?」

「ええ。叔父様ではありませんが、漏れる口は少ないほどいいので。敵にとっても正体不明のサーヴァントです。未来の英霊だと分かるよりは、謎の英霊のほうが疑心暗鬼を深められるでしょう」

「なるほど。了解した」

 アーチャーは頷いて、フィオレの方針を受け入れた。

 アーチャーの正体は公表しても問題はないのだ。

 並行世界の、それも未来の時間軸上に誕生する英霊がこの時代の資料に現れるはずがないのだ。よって、彼の正体を知ったところで、有効な対抗策が採れるはずがない。

 しかし、同時にそうと分かってしまうと、相手はそれ以上の詮索をする必要がなくなる。

 僅かでも相手を梃子摺らせ、疑心暗鬼に持ち込むには正体不明というのは都合がいいのである。

 だが、そうした戦略上の理由に隠れて、アーチャーの真名を知っているのは自分だけでいいという欲が僅かばかり思考を誘導したことも否めないのであった。

 アーチャーが退出した直後、フィオレは自分の思考に介入した我欲を自覚し、ため息をついた。




Cパート

 テーブルを挟んで二人の少女がにらみ合っている。
「イリヤさん。いいえ、クロさん。諦めなサイ。あなたは、もう終わりデース」
 金剛は自らの最高の布陣で勝負に挑んでいた。
 今、彼女の場には最高の性能を誇るモンスターカード『大和』が鎮座している。
「ふふ、『波動砲』を装備し、『近代化改修』まで施したワタシの『大和』を倒すことは不可能デース。守備表示のモンスターカードから、バーニング・ラーヴ!」
 金剛が誇る最強のカード『大和』。攻撃力、防御力共に4000を超え、『波動砲』を装備することで、攻撃力を+1000し、飛行能力を付加する。クロの手持ちのカードに、コレを打ち破るカードはない。
 そして、金剛の左目に宿る神代の力『千年愛(ミレニアム・ラブ)』は、相手の心を読む力。
 数多の敵の手札をこの目で見破り、対処してきた。たとえ、相手が自分と同じ能力持ちであっても、これならば先読みができる。
「な……!」
 だが、金剛は唖然とした。カードが見えないのだ。クロの心の中に、クロではない別人がいる!
「人の心を覗き見するなんて、淑女のすることではありませんわ」
「クロ、そんなヤツ、ぶっとばしなさい」
「クロ、頑張って」
 イリヤ(クロ)の仲間たちの心が、クロの中に入り込み、金剛の読心術を妨げているのだ。
 クロはにやりと笑う。それは勝利を確信したものの笑みだ。
「今よ、もう一人のわたし(クロ)
「了解。わたしは、『ランサー』を生贄に、『バーサーカー』を召喚するわ!」
 現れたのはクロのデッキで最強のモンスターカード。攻撃力、防御力共に5000と極めて高い。
「このカードは、レベル7以下のモンスターの攻撃や能力を無効化する。何体モンスターを取り揃えても無駄よ。さらに、装備カード『射殺す百頭』で、攻撃力を+2000し、敵のターンを九回スキップする!」
「What!?」
 金剛の悲鳴が上がる。
「やっちゃえ、バーサーカー!」
 バーサーカーが大和に襲い掛かる。
「ト、トラップカード『海軍の支援を要求する』を発動デース。これで、攻撃を宣言したモンスターカードは破壊され、……ッ!?」
「ダメよ。バーサーカーは十二回殺されないと墓地には行かないし、同じ手で墓地に行くことは二度とない! わたしのターン。やっちゃえ、バーサーカー!」
 『大和』轟沈!
「Nooooooooooooooo!」
「わたしのターン。やっちゃえ、バーサーカー!」
 『比叡』轟沈!
「ひえぇええええええええ!」
「わたしのターン。やっちゃえ、バーサーカー!」
 『長門』轟沈!
「わたしのターン……」
「もう止めて! クロ!」 
 そこに飛び込んできたのは美遊だった。
「放して!」
「とっくに金剛さんのライフはゼロよ!」
 見れば金剛は、放心状態のままで轟沈している。
 金剛のライフがゼロになり、デュエルは終わったのだ。
 奪われた士郎の魂は解放され、少女たちは平穏な日常へ戻っていったのであった。

 

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