そして、外でフィオレたちを出迎えたのは見上げんばかりの
「キャスター。裏切ったというのは本当でしたか」
「う、裏切った!?」
フィオレの呟きにバーサーカーに担がれた状態のカウレスは驚いて視線をフィオレに向けた。
「貴様、恥を知れキャスター! 何の理由があって我々を裏切ったのだ!」
青筋を浮かべたゴルドが吼える。
絶望的な状況に自棄になっているようにも見えるがその問いにキャスターは、
「理由か。この宝具を使ってみたかったというのが理由と言えば理由か。このアダムによって救済された世界を見ることが僕の夢であり、そのために聖杯大戦に参加したのだからね」
「何?」
「この宝具は生きた魔術師を炉心として使用する必要があってね。ホムンクルスを逃がしてしまったことだし、どうしたものかと思っていたのだが、都合よく“赤”の陣営から声がかかったものだから、そちらに移籍したというわけだ。納得したかな」
キャスターの言葉に、フィオレたちは絶句した。
“黒”のキャスターであるアヴィケブロンの宝具は巨大なゴーレムであることは伝えられていた。
特徴として、歴史上完成することがなかった宝具であるために、この世の材料を用いて一から作成する必要があったということも聞いている。
材料は人の手による加工を受けたことのない天然の木と土と石であり、それらを集めるためにダーニックは資産の実に三割をつぎ込んだ。
フィオレが知っているのはこれとさらに炉心が必要であるということだけであった。
目の前で稼動しているゴーレムの能力も知らなければ、炉心に何を使うのかも聞かされていなかったので、炉心が魔術師であると聞いて愕然とした。
魔術師ならば誰でもいいというわけでもないだろう。
キャスターは宝具の完成度を極限まで高めたかったはずであり、そのためには良質の魔術師を生け贄にする必要があった。しかし、“黒”の陣営にいてはそのような魔術師は手に入らない。マスターとして参加する魔術師ですら、一流と呼べるのはダーニックとフィオレ、そして二人に次ぐゴルドやロシェが限界である。全体的に衰退した一族の寄せ集めであるユグドミレニアではキャスターの希望に沿う形で魔術師を用意することはできないのである。
要するにキャスターとしては宝具を発動する材料と環境が整っていれば、どちらの陣営に属しているかは関わりのない話だったということである。
しかしながら疑問も残る。
ダーニックが用意できたのは、あくまでも「物」として扱われる材料である。一流の魔術師など金では買えない貴重品であり、そのような人材がいれば、人手不足のユグドミレニアは、生け贄として消費するくらいならマスターとして参加させる。
しかし、あれが動いている以上は、魔術師の誰かが生け贄にされていなければおかしい。
「まさか、ロシェを炉心にしたのですか!?」
諸々の条件を満たしているのは、キャスターの元マスターであるロシェだけであった。
すでにマスターではないのだから切り捨てても実害はなく、それでいてキャスターを心酔しているために彼の言うとおりに行動してしまうだろう。どの時点で裏切りに気付いたかは推測することもできないが、そのときにはすでに手遅れになっていたはずである。
「彼が僕に向けてくれた感情は実に心地よいものだった。けれど、これは僕が叶えるべき願いであり、民族の悲願だ。僕を非難したければするがいい。君たちにはその権利がある。だが、だからといって
A+ランクの対軍宝具『
踏みしめる大地は活性化し、次々と木々が生え、実を付ける。成った果実は熟して地に落ち、新たな木として成長する。大気には甘い香りが満ち満ちて一呼吸で不可思議な陶酔感を味わうことができる。
ゴーレムが生み出すのは
彼が信仰する宗教に伝わる、人類が追放された祝福に満ちた大地。ゴーレムは、そこにいるだけで楽園を形成する。
周囲を異界化する能力を持つ自立式固有結界。
それが、“黒”のキャスターの宝具にして至宝たる『
キャスターの合図で、ゴーレムが黒曜石に近い輝きを放つ石剣を振り上げる。
脆弱な“黒”のバーサーカーでは太刀打ちできない。逃げるにもゴーレムの巨体から放たれる一撃からは絶対に逃げ切れない。
誰もが死を覚悟したそのとき、夜闇を斬り裂く一筋の魔弾がキャスターに襲い掛かった。
衝撃波を撒き散らし、疾駆する魔弾の先には無防備な“黒”のキャスターがいる。防壁を張ったところで遅い。即製の魔術では、この一矢から逃れることはできず、ひき肉となって消失するのみである。
解き放たれた猟犬がキャスターの頭蓋を砕き、肉体を細切れにしようかというまさにそのとき、攻撃態勢に入っていたはずのゴーレムが即興で優先順位を切り替えて、手に持つ石剣で迎撃したのである。予期せぬ反撃にも、魔弾は負けることはなく、石剣と拮抗を演じた後、その守りを突き破って直進する。しかし、僅かな遅れが必殺の機を失わせた。ゴーレムは端から石剣を犠牲にするつもりであったと見えて、幅広の剣を楯にするや背を大きく逸らして魔弾の進路から主を遠ざけていたのである。結果、目標を仕損じた魔弾は夜の闇に消えていく。
「アーチャー。君の攻撃は最優先で警戒すべき対象だ。今このとき、攻撃してくるのは君以外にいないだろうからね」
遠距離狙撃以外にマスターを守る術がないのだから、“黒”のアーチャーがこのタイミングで攻撃してくることは予想の範囲内であった。分かってさえいれば、防御するのも容易い。少しでも時間を稼げば、その攻撃範囲外にまで脱出することはできる。
しかし、時間が欲しかったのはアーチャーも同じである。
“赤”のバーサーカーの一撃で多くの木々がなぎ倒され、半ば平原と化したイデアル森林を低空飛行する“黒”のライダーは、ヒポグリフに鞭打って逸早くフィオレたちの下に駆けつけた。
“赤”のアサシンとの戦いで消耗しているヒポグリフは、かなり辛そうにしているものの主の意思を受けて懸命に翼を羽ばたかせている。
「あぶねー! でも間に合った!」
ヒポグリフの背には“黒”のセイバーも跨っている。
「セイバー! 遅い、何をしていた!」
「すまないマスター。この失態は、あのゴーレムを討つことで返上する」
ヒポグリフから飛び降りたセイバーは、宝剣を抜き放ちゴーレムを見据えながら言う。己のマスターとその仲間を庇うように立つ威風堂々たる姿に、ゴルドはそれ以上叱責を続けなかった。
「言ったからには果たせ、セイバー」
「承知」
ドン、と地を蹴って竜殺しの英雄は巨人に挑む。
空を飛ぶライダーは、真っ直ぐに巨人に挑みかかるセイバーに対して無謀だとは思わなかった。俯瞰していて、あの巨人の危険性はよく分かる。単騎突撃して勝てる相手ではない。しかし、ライダーにはどうしてもあの“黒”のセイバーが敗北するという未来絵図が見えなかった。
竜殺しの大英雄が、石ころの寄せ集めに遅れを取るなどありえないからである。
『マスター聞こえる?』
『ええ、聞こえるわ』
『その分なら、全然平気みたいだね』
『わたしの工房はキャスターの攻撃を受けていないから、何の問題もなく稼動しているわ』
ライダーのマスターであるセレニケがこの場にいないことをいぶかしみながら、彼女であれば自分の工房に引き篭もってもおかしくないかと考え直す。自分が空中要塞に向かったときからずっと、同じ部屋で戦局を見守っていたらしい。
『なら、そっちは問題ないか』
『そうね。こちらは気にしなくてもいいわ。とりあえず、今は裏切り者の始末だけを考えなさい』
『そうだね。それはもちろんそうするよ』
『ああ、それとライダー。怪我だけはしないでね』
最後にそう言って、セレニケは念話を打ち切った。
「はあ、やれやれだなぁ」
ライダーは頭を掻く。マスターに心配されたというのに、その顔には喜悦の類は一切ない。それも当然だろう。セレニケがライダーの心配をしているのは事実だが、それはライダーのためではないのである。ただ、ライダーを傷つけ、穢し、犯すのは自分でなければならないという歪んだ所有願望の発露である。
彼女に指示されるまでもなく、“黒”のキャスターは討伐するが、その後でセレニケと顔を合わせるのは気が引ける。
「とりあえずは安全第一だね」
自分が傷つかないようにするということではなく、外に脱出したマスターたちを安全圏まで離脱させなければならないということである。
ついでに、分かっている範囲で今の状況をフィオレたちに伝えておこうとライダーはヒポグリフを降下させた。
□
黒曜石の巨大な剣と黄昏色の魔力を放つ大剣が激突する。
衝撃で木々が消し飛び、火薬の爆発めいた轟音が雨となって森林を揺らす。
「ぐ……!」
顔を顰めて“黒”のセイバーは後ずさる。
近接戦闘能力では間違いなく“黒”の陣営で最強のセイバーが、僅かに押し負けた。
巨体から繰り出される攻撃は、すべてが宝具の一撃に匹敵する猛威である。防御宝具とAランクの『耐久』によって防御面でも隙のないセイバーであっても、そう何発も喰らってはただではすまない。
しかし、それだけならばセイバーの持ち前の技量と膂力でどうにでもなる範囲でしかない。
真に厄介なのは、――――。
「ふむ、さすがに易々とはいかないなセイバー」
“黒”のキャスターはゴーレムの肩の上で呟く。
セイバーの宝剣は、ゴーレムの黒曜石の剣と打ち合って砕けることはなく、それどころか逆に砕き返すほどに頑丈である。
だが、いくら砕かれたところで問題にはならない。
事実、ゴーレムが今持っている剣も、少し前にアーチャーの狙撃で破壊されたはずのものだからである。
そう、このゴーレム――――『
「いつまでも肩に乗っていては、戦いにくいか。ならば、中で観戦するとしよう」
戦うのはあくまでもゴーレム。そして自立式であるこのゴーレムにはキャスターがいちいち指示を出す必要すらない。たとえ、キャスターが討伐されたとしても、自ら活動に必要なエネルギーを調達して世界を創り変えることであろう。
キャスターを取り込むように溶けた石が盛り上がりキャスターを内部に引き込んでいく。
ゴーレムはサーヴァントのようなものであり、キャスターはそのマスターである。キャスターを守るために、ゴーレムは彼を自らの身体の内側に格納したのである。
「世界を塗り潰す宝具とは、……天草四郎の前に大層な物を出してきましたね」
遅れて駆けつけたルーラーは、規格外の宝具を前に顔を歪める。しかし、考えていても仕方がない。ルーラーは旗を掲げてセイバーに加勢する。二対一と数的優位には立てた。しかし、それでもまだ足りない。
まるで暴風雨に等身大の人間が挑んでいるかのようだ。
受け止めるにはあまりにも重いゴーレムの攻撃を、セイバーは正面から受け止め、捌き、返す刀で反撃を加える。そこにルーラーの刺突が加わって、ゴーレムは体勢を崩した。
まさしく、その瞬間を狙っていたといわんばかりに、彼方へ消えた魔弾が帰ってくる。
音速の六倍を上回る速度で牙を剥く
ぐらり、と揺れる巨体にルーラーもセイバーも一瞬勝利を幻視した。
「ッ」
しかし、現実は甘くない。
もはや、それを現実と呼んでいいのかどうかも怪しいが、確かに目の前の巨人は実在する。腹部を貫かれ、辛うじて上半身と下半身が繋がっている状態でありながら、最も近くにいたセイバーに剣を振り下ろしたのである。セイバーは飛び退いて剣を躱し、そして見た。ゴーレムの腹部の穴が瞬く間に塞がっていく様を。
「そこまで強力な再生能力が!?」
「いえ、違います。あれは、大地からの祝福です!」
沈痛な面持ちで口に出したルーラーは、大地から両足を通してゴーレムに魔力が供給されているのを感じていた。
楽園で傷つくものなど存在しない。故に、楽園にある限り、あのゴーレムは極めて高い不死性を得る。
まだ、楽園はミレニア城塞の周囲を侵食する程度であるが、時間とともにその範囲は広がっていく。楽園の面積が大きくなればなるほど、ゴーレムは力を増し、最後にはここに揃ったサーヴァントが死力を尽くしても手の施しようがないというところまで強化されてしまうに違いない。
「どうすれば倒せる?」
「あのゴーレムはサーヴァントと同じく霊核に依存して活動しています。つまり心臓と頭が弱点らしい弱点と言えるでしょう」
ゴーレムの心臓に当たる部分には炉心がある。かつてロシェ・フレイン・ユグドミレニアという少年だったものであり、魔力の流れから炉心が基点になっているのは分かる。そしてそれと同時に頭にも霊核があり、どちらかを破壊しても即死に至らせることはできない。
そして、即死しなければ大地からの祝福によって強力な再生能力が発動し、せっかく与えたダメージが零になってしまう。しかも、その再生能力は時間と共に上昇している。ゴーレムを倒すには、速攻で方をつけなければならないという時間的制約まであるのだ。
「つまり、あのゴーレムを倒すには、大地からの祝福を断った上で心臓と頭を同時に破壊しなければなりません」
ルーラーは自分で言葉にしていて心が折れそうになる。
巨大なゴーレムはA+ランクの対軍宝具であり、急速にこちらの攻撃から学習して戦闘経験を積み上げていく戦士でもある。そのような相手に、同時に三箇所を攻撃しなければならないとなると、それは至難の業となる。
ただの斬撃では通らない。
強大な攻撃系宝具の解放が必要である。
「なるほど。道筋は見えたな」
「道筋って、極めて困難ですよ。第一、あなたの宝具でもどちらか一方を破壊することしかできないのではないですか?」
「そうかもしれない。アーチャーの宝具も警戒されていて確実に当たるとはいえない。ルーラーの言うとおり、難しい戦いだ」
調律された自然災害とも言うべきキャスターの宝具は着実に“黒”のサーヴァントたちを追い詰めている。時間とともに勝率は低下していき、やがては手も足も出なくなるだろう。
「時間は俺が稼ぐ。手早く、対処法を考えてくれ」
「な、……正気ですか、セイバー!?」
単騎であのゴーレムを相手取り、時間稼ぎに徹すると言うのである。それは、いかな大英雄といえど無謀ではないか。
だが、“黒”のセイバーは大剣の柄を握り締めて、ゴーレムの前に立つ。
「ファヴニールに比べれば、大したことはない」
「セイバー……分かりました。そう時間はかけませんので、何とか凌いでください」
ルーラーは一旦後方に跳躍し、セイバーは逆にゴーレムに立ち向かう。
ゴーレムが叩き付ける石剣の横を、セイバーは巧みな剣術で受け流す。セイバーを仕留め損ねた石剣は、セイバーから二メートルほど逸れたところに叩きつけられて、土砂を巻き上げる。
もちろん、ただ一撃逸らされた程度で止まるはずもない。怒涛の連続攻撃はもはやセイバーを狙うという次元の話ではなく、セイバーが佇む一帯を纏めて耕すかのように石剣を振り下ろす。地響きは留まることなく、木々は千切れ飛び、大地は崩れて砂となる。
ゴーレムはセイバーがどうなったのかを確かめるために攻撃を止め、いつでも剣を振り下ろせる体勢で地面を睥睨する。
風に流れる粉塵。視界が良好になったところで、セイバーの姿がないことに気がついた。
掘り返された土に埋もれているのか、あるいはすでに消滅したか。
答えはどちらも否である。
竜殺しの英雄は、この程度の攻撃ではびくともしない。それどころか、攻撃そのものを受けてすらいなかった。
荒れ狂う破壊の猛威の中で、セイバーは自分の剣をゴーレムの石剣の腹に突き立て、それを取っ手として石剣の腹にぶら下がっていたのである。
ゴーレムの動きが止まったこの瞬間、セイバーは石剣を蹴り、剣を抜いてゴーレムの頭を目掛けて跳んだ。
「『
黄昏の剣気が刀身から溢れ出し、至近からゴーレムの頭を土くれに変える。
ゴーレムの頭を砕いてもなお止まらぬ魔力の波は、森の木々を抉り地面に扇形の破壊痕を刻み込む。
頭を潰されて、踏鞴を踏んだゴーレムは、しかし、倒れることなく空中のセイバーを剣を持っていないほうの腕を振るって弾き飛ばす。このときにはすでに頭が半ば再生していた。
地面に叩きつけられたセイバーは、身体についた埃を払って追撃に対処するべく剣を構えなおす。
「やはり、頭を潰した程度では効果なしか」
ゴーレムの頭は再生した。
今はセイバーの剣技も宝具の解放も通用する。どちらかと言えば、まだセイバーのほうが全体として上回っている。それは、数多の戦闘を乗り越えた経験がものを言っているからであろう。
『やはり、僕のアダムでも大英雄を相手にするのは時間がかかるな』
どこからかキャスターの声がする。
『悪く思わないでくれ、とは言えないが、合理的に判断はさせてもらう』
ただ殴り合うだけの戦い方をしていたゴーレムは、ここで戦い方を変えた。標的をセイバーから別の何かに変更したのか、地面を蹴って跳躍し、セイバーを飛び越えた。
「何?」
巨人の脚力はかなりのものである。一歩が大きいため、追いつくのも難しい。逃げるのか、と一瞬思ったが、そうではなかった。ゴーレムはミレニア城塞に組み付くと、石剣の切先を真下に向けて、思い切り突き立てた。
□
“黒”のキャスターが取った行動は、ルーラーにとっては奇妙なものであり、首をかしげる行為であったが、しかし、“黒”の陣営にとっては大きな意味のある行動であった。
キャスターが砕いたのはミレニア城塞の外壁ではない。その目的はその奥に隠される貯水槽を並べた部屋であった。
『アーチャー! すぐにキャスターを遠ざけて!』
フィオレの指示はあまりにも遅かった。
すでにキャスターは目的を達しており、城塞に拘る必要もない。
アーチャーから放たれた矢が砲弾のような勢いでゴーレムを襲うが、ゴーレムは石剣で矢を払い除け、二の矢を城壁から飛び降りることで躱す。そして、バックステップをしながら三の矢を手の甲で受ける。そこに、空から飛来した
崩れかけた右腕は、瞬時に再生を果たす。追撃をかけるセイバーは、心なしか動きが鈍っているように見える。
「魔力供給に難ありか。やってくれる」
聖杯大戦を勝ち抜くために“黒”の陣営が用意した秘策。ホムンクルスを用いた潤沢な魔力供給によって、サーヴァントはマスターの能力に関わらず全力を出すことができていた。しかし、そのキャスターが貯水槽を破壊したことで、魔力供給量が減少した。実質マスターからの供給量だけでサーヴァントの維持と宝具の解放をしなければならなくなったのである。
『アーチャー!?』
『私は問題ない。だが、このままではセイバーが持たんぞ』
アーチャーの魔力消費量は、セイバーに比べれば軽い。フィオレにかける負担も少ないが、セイバーは大英雄に相応しい燃費である。竜の心臓を持っているから、まだましではあるが、それでもゴルドにかかる負担を思えば、宝具の連続使用は封印しなければ自滅する恐れがある。
「アーチャー。あのゴーレムを止めるには頭と心臓を同時に破壊しなければなりません。セイバーと協力して、同時に破壊は可能ですか?」
「やれと言うのならやるが、楽観視はできん。それに再生のほうはどうする?」
「それは、……」
アーチャーの矢ならば、ゴーレムを貫通するほどの威力を出すことは可能であるが、それが当たるかどうかは別の話である。防御される可能性が否定できない以上は、極めて危険な賭けとなる。おまけに貫いたとして再生されては元も子もない。
「ルーラー。ゴーレムの再生能力は、あの足元の木々によるもので正しいか?」
「木々、というよりもあの両足が踏みしめる大地そのものから力を吸い上げているような状況です。あの領域が広がるほど、ゴーレムの力は増していきます」
「なるほど。では、領域そのものをどうにかできれば、ゴーレムは丸裸も同然というわけだな」
「それはそうですが、そんなことは……」
楽園は今でも拡大している。
すべてを焼き払うには、対城宝具クラスの広範囲攻撃を連発する必要があるだろう。楽園を破壊するというのは、現実的な案ではない。
「いや、可能だ。私が奥の手を使う」
「え……」
ルーラーが驚いたように顔を上げる。
気にせず、アーチャーは、フィオレに念話を飛ばした。
『マスター、少々多めに魔力を持っていくことになるが余裕はあるかね?』
『はい、大丈夫です。しかし、アーチャー。相手の侵食能力を考えれば、上書きされる可能性もあるのではありませんか?』
『その前に倒すさ』
『でしたら何も言いません。全力でお願いしますね』
念話を終えて、マスターの許可を取った。
ホムンクルスを用いた魔力供給に問題が発生したために、マスターにかかる負担が大きくなる。フィオレは一度や二度の宝具の発動にも耐えられないような貧弱な魔術師ではないが、念のために確認だけはしておいたほうがいいと判断したのである。
「ルーラー。私はゴーレムの地形効果を何とかする。ただ、私がゴーレムを攻撃する余裕を持てるかどうかは不透明だ。攻撃手段の確保はできないか?」
「あのゴーレムに通用するだけの一撃を持つサーヴァントと言われても……」
ルーラーの奥の手をここで使うわけにもいかない。セイバーとアーチャー以外に対軍宝具を持つサーヴァントは“黒”の陣営にはいない。
“黒”の陣営にいなければ、“赤”の陣営を利用すればいい。
閃くものがあった。
ルーラーは旗を空に突き出して、声を張って叫んだ。
「“赤”のセイバー。我が真名ジャンヌ・ダルクの名に於いて参陣を要求します! 声が聞こえない場所にいるわけでもないでしょう、来なさい!」
ルーラーの感知能力はすでに“赤”のセイバーが近くにいることを見抜いていた。
隠れる意味もないと、あっさりと現れた“赤”のセイバーは兜を外してふてぶてしく笑っていた。
「来てやったぞルーラー。それで、オレに何をさせたいんだ?」
「あの巨人を倒すのに協力してください。あなたの宝具で頭か心臓のどちらかを破壊できますか?」
「あん?」
“赤”のセイバーはゴーレムに視線を向けて、それから頷いた。
「あの木偶人形をぶっ飛ばす程度、造作もねえな」
「ではお願いします。“黒”のセイバーと呼吸を合わせて、同時に攻撃してください。“黒”のアーチャーが楽園を何とかしますので、その隙を突いてください!」
“黒”のアーチャーと聞いて“赤”のセイバーはルーラーの傍らにたつアーチャーを威嚇するように睨み付けた。
「てめえかよ」
「さっきぶりだな、セイバー。色々と言いたいことはあるだろうが、後回しにしてくれないか」
「ああ、はいはい。そうだな」
驚いたことに“赤”のセイバーは“黒”のアーチャーから視線を外してあっさりと鉾を収める。
『“黒”のセイバー。あなたはそれで構いませんか?』
『ああ、俺はいつでもいける』
ルーラーに問われた“黒”のセイバーはゴーレムと打ち合いながら答えた。
これで準備は整った。
これでいける、とルーラーは直感する。
「おい、ルーラー」
「何ですか?」
“赤”のセイバーに声をかけられてルーラーは眉を顰めた。
「ルーラーは各サーヴァントに使える令呪を持ってるんだよな?」
「え、はい。そうですが……」
「なら、それくれ。オレの分全部」
「はあッ!?」
ルーラーはあまりに傲岸な“赤”のセイバーの要求に唖然とした。
「ダメに決まっているでしょう。この令呪を移譲するなんて」
「協力者にタダ働きなんてさせねえよな。聖女様がよぉ」
「ぐく……ですが、二画はダメです。せめて一画」
「よし、決定だな。アーチャー、さっさと鬱陶しい楽園を何とかしろ」
“黒”のアーチャーは、嘆息して言う。
「君たちで一分、持たせてくれ。すぐに準備する」
「しくじんなよ!」
“赤”のセイバーは、『
「アーチャー、頼みます」
ルーラーも“赤”のセイバーに続く。
“黒”のセイバーにさらに二騎が加わって、ゴーレムとの戦いは佳境を迎えた。
猛烈なゴーレムの攻撃を、二騎のセイバーが宝剣と邪剣で見事に弾き、ルーラーが伸びきった肘を強かに打つ。
体格差はまさしく人と羽虫だが、英雄たちの攻撃は蚊に刺された程度と馬鹿にすることはできない。
三騎の前衛が死力を尽くしてゴーレムを受け止める中、“黒”のアーチャーは目を瞑り、魔術回路を回転させる。
“黒”のアーチャーが有するたった一つの魔術にして切り札。
最後の一言まで明確に、ゴーレムの動きに気を払うこともなく、粛々と自らの役割をやり遂げる。
「
「
「
「
「
「
「
静かに“黒”のアーチャーは謳い上げる。
雑念は一切なく、自らの内側に沈み込んでいくかのような感覚を覚えて、人生の結晶を完成させる。
そして、押し広げられる炎を壁と共に、世界が切り替わる――――。
□
『バカな……』
“黒”のキャスターにとっても、そしてゴーレムに立ち向かっていた三騎にとってもそれは想定外の光景であった。
夜の闇は取り払われた。
生命に満ち溢れた世界は一転し、地平線まで続く不毛の大地が足元に広がっている。
空には雲に代わって巨大な歯車が当たり前のように浮かんでおり、視界を覆わんばかりに茂っていた木々は消え去り、その代わりとばかりに地面に突き立つ数多の刀剣が、悲しげに鈍く光を放っている。
「固有結界……それが、“黒”のアーチャーの能力」
ルーラーはおぞましい魔力を放つ魔剣聖剣の山々に息を呑む。名のある武器もあれば、無名の武器もある。如何なる能力なのか、この世界には古今東西の刀剣が満ち満ちている。
「なんだ、こりゃあ……」
“赤”のセイバーは呆然と周囲を見回す。どことなく見覚えがあるような剣も含まれている。無数の剣を操るサーヴァントは、本当に無限とも思える物量を有する剣使いだったのである。これだけ多くの宝具を所持しているからこそ、使い捨てるような戦い方も可能となるのだろう。
『まさかとは思ったが、君は魔術師だったのか』
「キャスターを名乗れるほどではないがね」
『固有結界など、大魔術師でもそうそう到達できない極みの一つだろうに』
ぎしり、とゴーレムの身体が揺れる。
世界そのものを塗り替え、異なる位相に引きずり込む大魔術によってゴーレムは大地との繋がりを断たれ、その力を半減させた。今となっては、ただの石と土の塊に過ぎない。当然ながら、大地との接触によって得ていた再生能力もまた皆無となった。
『アダムを甘く見るなよ、アーチャー!』
“黒”のキャスターは決して諦めない。
無数の宝具に対して、生涯をかけて追い求めた究極のゴーレムで挑むことに臆するような気持ちは起こらない。英雄豪傑なんのその、キャスター自身はひ弱でも、このゴーレムは大英雄を凌駕する。世界を救済し、受難の民族を導く救世主がこのような不毛の大地を認めるはずがない。
切り離された大地から、少しずつパスを通そうとする。
侵食力の戦いだ。
ゴーレムの侵食力とアーチャーの維持力がゴーレムの足元を基点にぶつかり合う。ゴーレムの足元からは少しずつ、木の芽が生えてくる。
成長速度は今までに比べれば明らかに遅い。それでも、アーチャーが危惧したとおり、固有結界を侵食し始めている。
「セイバー、急いで!」
ルーラーは叫び、二騎のセイバーに宝具の解放を促す。
「王剣よ!」
赤雷が弾け、憎悪の剣が魔力を吹き荒れさせる。
同時に、“黒”のセイバーが宝剣を振り上げた。
黄昏の帳が落ち、赤い極光が眩く剣の墓場を照らしていく。
最後の仕上げとばかりに、アーチャーはゴーレムの足元に突き立つ剣を一斉に爆破した。両足首が砕け、膝をついて前のめりにゴーレムは倒れ込む。
手を伸ばし、体勢を立て直そうともがくゴーレムに、二騎のセイバーは容赦なくその輝きを叩き付ける。
「『
「『
赤雷は一直線にゴーレムの頭部を蹴散らし、時を同じくして黄昏の剣気が炉心を砕く。再生力を失った状態で、霊核を完全に砕かれたゴーレムは、ただの土と石の塊に戻って崩壊していく。
前傾姿勢のまま倒れるゴーレムは人の形を留めることもできず空中で崩れて土砂となる。
落ちる土砂の中を、ルーラーは駆ける。土津波を潜り抜け、跳んだ先には土の中から顔を出した“黒”のキャスターがいた。
ルーラーは旗を突き出し、キャスターの胸を突く。
「ぐ、が……!」
キャスターは跳ね飛ばされ、ルーラーと共に土砂から弾き出される。
ルーラーは難なく地面に着地して、胸を突かれたキャスターは為す術なく錐揉みして落下した。
アーチャーの固有結界は消滅し、世界は再び夜闇に包まれる。
ゴーレムが消えたことで、楽園も枯れ果てた。
ゴーレムが現れる前の世界へと回帰したのである。
自分のゴーレムが掘り返した土の感触を背中に感じながらキャスターは仰向けで横たわる。
心臓を潰されたキャスターは、もう戦えない。残りの魔力が失われれば、現界を維持できず聖杯に魂を回収されることであろう。
「僕の負けか」
呟くキャスターを取り囲む四騎のサーヴァント。怒りや恨みを叩きつけられる覚悟はあったが、彼らの表情からはそういった感情は読み取れない。
人との関わりが少なかったキャスターが、感情の機微を感じられないだけかもしれないが。
「何か言い残すことでもあるかね?」
“黒”のアーチャーの言葉に、キャスターは小さく首を振った。
「今更言うべきことはない。僕は望みを叶え、君は裏切り者を処分した。それ以外に言うことはないだろう」
悪びれることなく、キャスターはそう言って身体を魔力の塵に変えていった。
キャスターを見送って、ルーラーは手を組んだ。
敵であり、裏切り者ではあるが、その信念は本物であった。彼なりに世界の救済を思い、何にも変えがたい願いのために命を賭けたのである。
他のサーヴァントはどうか知らない。
“黒”の陣営としては言いたいことはいくらでもあるだろう。しかし、誰もキャスターに雑言を投げかけることもなく、ルーラーは静かに祈りを捧げていた。