“黒”の紅茶《完結》   作:山中 一

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『バーサーカー』の所持品
何スロット→アロンダイト
スパさん→グラディウス
フランちゃん→メイス
バサクレス→腰布みたいな鎧?

どうして身一つで召喚されているのか。宝具でないにしても棍棒くらい持たせてあげても良かったのではないか。
ところでFate/Labyrinthとは一体……? 私、気になります。


三十五話

“そうですか。分かりました。気をつけて帰ってきてください”

 フィオレはアーチャーから“黒”のアサシンとの契約が締結されたことを聞いて、胸を撫で下ろした。

「本当にこれでよかったの、カウレス?」

「何だよ。今更だな姉さん」

「だって、相手はあのアサシンよ」

 アサシンそのものは、脅威ではない。戦力としては利用できるが、“黒”の陣営にとって必須かというとそう断言できるものではない。もちろん、サーヴァントというのは替えの利かない戦力なので、一騎でも味方になってくれれば御の字である。

 とはいえ、“黒”のアサシンはセレニケと“黒”のバーサーカーを殺した相手である。それを仲間として引き入れるのには、少なからぬ抵抗があるのも事実だった。

「バーサーカーを殺されたことと、アサシンを戦力に加えることは別の次元の話だろ。私情を交えて好機を逃すべきじゃない」

「それは、そうですけど……」

 カウレスの割り切りのよさに、フィオレは言葉を失った。

 カウレスとバーサーカーの間に溝があったという事実はない。言葉こそ通じなかったが、二人の間には確かな信頼関係が結ばれていた。

 バーサーカーの消滅後、カウレスが酷く消沈していたのを知っているだけに、アサシンを引き入れるべきだと進言してきたときは驚いたものだ。

 カウレスは理性と感情を完全に区別している。

「これは聖杯戦争だからな、弱いサーヴァントが消えるのは当たり前なんだ。あいつが真正面から戦えないくらいに弱いってことを俺は知ってたし、理解して召喚した。だから、バーサーカーが負けたのはアサシンの所為というよりも、俺の采配が悪かったってことだ」

「そんなはずはないでしょう。アサシンの宝具なんて、それこそルーラーでなければ防げない代物です。それを予見しろというほうがどうかしてるわ」

「かもしれない。けど、満足に思考できないバーサーカーの代わりに考えるのが俺の仕事だった。それをミスって死なせたんだから、責任は俺にあるだろ」

 カウレスは、そこで責任を論ずる不毛さに気付いて口を噤んだ。

 自分に責任があるのは疑いようもない事実だ。それを他人に言ってどうする。姉から同情を引いたところで、バーサーカーが帰ってくるわけでもない。悲劇のヒロインぶって不幸自慢するのは、格好がつかない。

「とにかく、“黒”のアサシンを味方にするのは、別にアサシンを許すってことじゃない。欠員補充以外の理由はないよ」

 恨む恨まないで言えば、カウレスはアサシンを恨んでいる。けれど、それがどうした。大局にたった視点に、自分の感情がどれだけ重要なのだろうか。今は“黒”の陣営が生き残ることを第一義とするべきである。

「ずいぶんと甘い契約内容だったように思うけど」

「時間がないんだろ? 相手が余計な抵抗をするような内容だったら無駄骨だよ。俺たちに利益があればいい」

 契約内容は期限付きの同盟に近い。“赤”の陣営との戦いが決着するまで、六導玲霞とアサシンには“黒”の陣営へのあらゆる敵対行動が禁止される代わりに、“黒”の陣営は玲霞とアサシンの安全を保証する。

 もちろん、契約の抜け道も存在する。

 例えば、“赤”のセイバーやルーラーはこの契約の範囲に含まれていない。アサシンが暴走し、玲霞の命を無視して活動を始めるような事態になった場合、彼女たちが手を下すということも可能である。

「それじゃあ、後は」

「大聖杯を取りに行く。それだけだな」

 “黒”のセイバー、“黒”のアーチャー、“黒”のライダー、“黒”のアサシン、そしてルーラーと“赤”のセイバー。こちらの戦力は、計六騎と聖杯大戦が始まってから顔ぶれの入れ替わりがあっただけで数自体は変わっていない。“黒”のバーサーカーを失ったのが悔やまれるが、考えても意味のないことである。

「今晩は落ち着いて休めるわね」

「俺はもう昼夜逆転している感じがするなぁ」

 “赤”の陣営との戦いが本格化してから、夜型の生活が強まった。カウレスは調べ物に駆り出されていたので、徹夜続きであり、朝日を拝むことにも慣れてしまっていた。

「わたしは、アサシンのマスターと面会します。あなたはしっかりと休養を取りなさい」

「そうさせてもらうよ。後、ちゃんと気をつけろよ、姉さん」

 カウレスはそう言って、部屋を辞した。

 そろそろ、アーチャーがアサシンとそのマスターを伴って城塞に帰ってくる頃合だ。恐らくはルーラーにも小言を言われるだろう。だが、とにもかくにも障害の一つは乗り越えた。飛行機の都合もついたことだし、後は策を練るだけである。

 

 

 

 □

 

 

 

 六導玲霞はとても美しい女性だった。顔立ちも身体つきも、人種が異なるフィオレですら羨むほどである。ルーラーのような「聖」に属する美しさではなく、どこか危険で退廃的な「俗」の領域にある美しさであった。

 フィオレよりも僅かに年上の女性だが、妙に包容力を感じさせるのはどういうことだろうか。

「始めまして、“黒”のアサシンのマスター。“黒”のアーチャーのマスターのフィオレ・フォルヴェッジ・ユグドミレニアと申します」

「ご丁寧にありがとうございます。“黒”のアサシンのマスターの六導玲霞です」

 玲霞はフィオレの前に座っており、フィオレの背後には“黒”のアーチャーが控えて、不慮の事態に備えている。そして、ルーラーが玲霞の後ろに立ち、様子を窺っているという構図だ。

 アーチャーとルーラーで玲霞と霊体化しているアサシンを挟む。『気配遮断』も今は禁じているので、アサシンが玲霞の隣を漂っているのが分かる。

「ずいぶんと落ち着いているのですね。ここは先ほどまで敵対していた陣営の本拠地ですのに」

「契約してしまいましたし、わたしはもう運を天に任せることしかできませんから」

 玲霞はそう言って微笑む。

 肝が据わっているのか諦観しているのか、まだよく分からない。

「でも驚きました。聖杯戦争、でしたか。そんな物騒な戦いにあなたのような女の子が参加しているだなんて」

「あなただって同じようなものでしょう。それに、魔術師ですらない一般人がマスターになることのほうがよほど異質です」

 フィオレの言葉にも玲霞は感情の動きを見せることはなく、淡々と「それは、そうですね」と言葉を紡いだ。空恐ろしいほど、玲霞は冷静だった。まったく緊張している様子もなく、流れに身を任せている。

 確かに契約を受け入れていて、彼女の身体には魔術が打ち込まれている。

 “赤”の陣営との決着が付く前に“黒”の陣営を裏切るようなことをすれば、玲霞の神経系は激しく痛み、肉体を崩壊に導くことだろう。その説明もきちんとしている。自分では理解できない呪いが身体の中に打ち込まれていて、どうしてこのように平然としていられるのだろうか。

「あなたはどうしてアサシンのマスターを続けているのですか?」

 フィオレはふと、胸に湧き上がった疑問を口にした。

 魔術とは無縁の彼女が相良豹馬と関わりを持ってしまったことからなし崩し的にアサシンのマスターとなったことは分かる。だが、命懸けの戦場に単身乗り込む必要はなかったはずだ。令呪でアサシンに自害を命じれば、元の日常に戻れた。

 フィオレの問いに、玲霞は静かに答えた。

「母親が子どもを助けることに理由が要りますか?」

「母親……?」

「はい。もちろん、実の母親ではありませんが。……あの娘はわたしにとって我が子も同然なのです。わたしの人生に、意味を与えてくれた。だから、わたしは精一杯あの娘の夢のために尽くしたいと思っただけです」

「そう、ですか……」

 母性というべきだろうか。このマスターは自分の精神的支柱としてアサシンを定義付けている。

 フィオレはその精神性に圧倒された。

 玲霞には自分のためにという発想がない。サーヴァントに人格を認めるだけでない。我が子として扱うなど、マスターとサーヴァント関係が破綻していると言っても過言ではない。聖杯戦争の本義に則るのなら、マスターがサーヴァントに入れ込みすぎるのは問題がある。

 だが、彼女は魔術師ではない。

 魔術師ではないから、魔術師とは異なる価値観でサーヴァントと契約している。

「アサシンが多くの人を殺傷したことを、どのように考えていますか?」

「特に、どうとも。悲しいことですが、しかたのないことです。だって、ああしなければあの娘が消えてしまいますからね」

 玲霞は淡い微笑を湛えたままである。

 そこにはただアサシンへの慈愛だけがあった。

 罪を罪と理解しながら、人道と母性を天秤にかけて後者を取った。気が狂っているわけではない。六導玲霞はどこまでも冷静である。

 これが本当に一般人なのか。何か、自分の知らない世界に暮らす存在と相対しているかのような気分になる。ぞくり、とフィオレの背筋が粟立った。触れてはいけない、見てはいけない世界にいる人間だと、直感したのである。フィオレの深層心理が、この六導玲霞という女性を恐れている。

 フィオレはそのような自分の心の震えには目を向けず、努めて淡々と会話を続けた。

「分かりました。あなたの罪を裁く者がいるかもしれませんが、我々には関わりのないことですね。この要塞の中で自由に過ごしていただいて構いません。ただし、最低限の監視は付けさせていただきます」

「はい。……ありがとうございます」

 玲霞は頭を下げた。それから、フィオレが呼んだホムンクルスに案内されて、宛がわれた部屋に向かっていった。

「ずいぶんと甘い対応だな、フィオレ」

 玲霞が出て行った後で、アーチャーが苦言を呈した。

「そうですか?」

「ああ。そもそも、彼女たちと対等に契約しようという発想そのものが甘い」

「そうかもしれませんね」

 玲霞は魔術師ではないのだから、魔術契約を律儀に結ぶ必要はなかった。一方的に相手を縛るような契約でも、何も問題はなかった。カウレスも当初はそのように提案していた。しかし、フィオレは最終的に信義を取った。理由としては、契約さえ結べば裏切りのリスクはほぼ皆無となるのだから、信頼関係が崩れることにこそ注意すべきというものと、生真面目なルーラーへの配慮の二点を挙げたが、それもよくよく考えればさして重要ではない。

「……とにかく、その話は終わりです。済んだことですし、契約内容に関わらずこちらに実害はありません」

「それもそうだがな」

 アーチャーは呆れたとばかりに肺腑の底から息を吐き出した。

「何か問題でも?」

「いいや。君らしいと思っただけだよ」

 ニヒルな笑みを浮かべたアーチャーは、そのまま霊体化して消えた。

 含むところがありそうなアーチャーの態度にフィオレはムッとして唇をへの字にした。

 

 

 

 □

 

 

 

 “赤”のアーチャーは『虚栄の空中庭園(ハンギングガーデンズ・オブ・バビロン)』に無事帰還した。

 “黒”のアーチャーとの遭遇戦では危うい場面もあったが、何とか乗りきり、無傷での生還を果たしたのである。

「アーチャー。“黒”のアサシンはどのようなサーヴァントか分かりましたか?」

 出迎えた四郎がアーチャーに尋ねた。

「いいや。戦闘はあったが、姿は見なかったな」

「そうですか」

 四郎はこれといって落胆するわけでもなく、相変わらずの飄々とした態度のまま言葉を続ける。

「ところで、“黒”のバーサーカーを討ったのはあなたですか?」

「“黒”のバーサーカー? いや、わたしではないな。死んだのか」

「はい。あなたではないとすると、“黒”のアサシンによるものですか」

 霊器盤を持つ四郎はどこにいても現存するサーヴァントのクラスを知ることができる。“赤”のアーチャーを斥候に送り出してから消滅したのは“黒”のバーサーカーだけである。

「そうだ。どうやら、向こうは“黒”のアサシンを味方に引き入れたようだぞ。マスターに接触を図ったようだった」

「そうですか。では、後方撹乱ももう期待できませんね」

 四郎としては、可能な限り“黒”のアサシンにはもう少し暴れてほしかったところだがしかたない。

 アサシンがどれほどの能力を持っているのか、いまいち分からないが直接的な戦闘能力で“赤”のサーヴァントたちを凌駕するとは考えられない。アサシンらしい、トリッキーな戦いをするのであろう。

 ここは“赤”のアサシンが支配する領域である。“黒”のアサシンがどれだけ高度な『気配遮断』を持っていたとしても、決して好き勝手に動き回ることはできない。姿を隠せないアサシンなど、敵ではない。油断はしないが、過剰に不安視する必要もないだろう。

「ありがとうございました。“黒”のアサシンの問題が片付いたので、向こうも本腰を入れてこちらに攻め込む準備に入るでしょう。敵が現れるまで、どうぞ御緩りとお過ごしください」

「まあ、いいさ。わたしは好きにさせてもらう」

 必要以上に馴れ合わないという態度は終始変わらず、そのまま振り向きもしないでアーチャーは四郎の前から姿を消した。

「これでようやく役者が揃ったってわけか」

「そうなりますね、ライダー」

 四郎の傍に実体化したライダーは、退屈そうな表情を隠しもせず、首を鳴らしていた。

「あなたの相手は、恐らくはアーチャーになるでしょうが」

「だろうな。向こうで俺を傷付けられるのは、アイツくらいのもんだろうからな」

「可能ですか?」

「誰にモノを言ってんだ?」

 僅かな敵意。

 物怖じせずに四郎は薄く笑う。

「失礼しました。ですが、あのアーチャーはなかなか特異な人物ですからね。私にも真名以外に大した情報がありません。無論、神秘の薄れた未来の英雄程度に神代を駆け抜けたあなたが敗れるとは思っていませんよ」

「ふん……前回仕留め切れなかったのは俺の落ち度だ。言い訳はしねえ」

 ヘラクレスに並んで古代ギリシャの大英雄として名が上がるアキレウスは、“黒”のアーチャーをはるかに上回る戦士であることは間違いない。それは、誰の目から見ても明らかであり、“赤”のライダー自身も自覚している。だからこそ、そんな“黒”のアーチャーを、自分の間合いで倒せなかったことに関してはそれなりに思うところがあった。

「まあ、今のあなたはいちいち魔力を気にする必要もありませんし、心配はしていませんよ。いずれにしても、次が最後の戦いです」

「分かってるよ。サーヴァントの勤めくらいきっちりやるさ。こう見えて色々と学んできたんだが、終ぞ手加減の仕方にだけは縁がなくてな」

「そうですか。それでは、大英雄の戦いぶりに期待させていただきますね」

 そう言い残して、四郎は庭園の奥に消えていった。

 言われるまでもない、と“赤”のライダーは鼻を鳴らす。

 “黒”のアーチャーは倒すべき敵である。“赤”と“黒”という形式に拠らず、自分の猛攻を凌いで見せたというだけで刃を合わせるに足るだけの実力者だ。一戦士として、力を競える相手がいるというのは喜ばしい。しかし、それでも大英雄を自負する自分が、己の間合いで弓兵を倒せなかったのは恥に思わざるを得ない。

 相手が上手かったというのもある。しかし、それは自分の力で十分に叩き潰せる程度のものであるはずだ。振り返ってみても、あのとき仕留められなかった理由はない。“黒”のアーチャーは防戦に秀でた剣術で“赤”のライダーの猛攻を辛うじて凌いでいたが、途中で“赤”のバーサーカーが余計な横槍を入れなければ間違いなくあの牙城を切り崩して勝利していただろう。希望的観測でもなく、厳然たる事実として。結果が伴わなかったので、たらればの話をしても意味がないのは分かっているが、“黒”のアーチャーが戦士として自分に劣るのは確実である。ならば、なぜ攻め落とせなかったのか。

 弓兵如きが、と侮る気持ちがあったかもしれない。

 マスターの魔力供給が、ライダーが全力を出すに値するだけの量に届いていなかった、ということもあるかもしれない。

 考えればいくらでも原因と思えるものは出てくるが、どれも決定的ではない。となれば、恐らくは考える必要もないくらいに些細なことで乗り切られたのであろう。戦場では時としてそういった運の要素も絡んでくる。運も何もなく、神々の気分で勝敗がひっくり返ることもあった自分の時代に比べれば、憤るほどの問題はない。

 肉体的・精神的問題、能力、準備、意思そういった諸条件が組み合わさって出た結果だ。そこに言い訳を並べ立てても意味がない。

 大切なのは、倒せなかったという事実を事実として受け止めることだ。

 相手は格下、自分は強い、勝てるはずだった。そのような思考は、命のやり取りの場に持ち込むべきではない。

“ヤツは最善を尽くし、俺はどこかで侮っていた、か。油断も慢心もなかったはずだがな”

 敵は死力を尽くしてこの“赤”のライダー(アキレウス)から生き残った。

 それは正しく賞賛すべきことであろう。その上で、自分は“黒”のアーチャーを圧倒する。やるべきことは至極単純で、悩む必要もない。

「おやおや、ライダー殿。このようなところで何をされているのですか?」

 やってきたのは“赤”のキャスターである。

 騒がしいヤツが来た、とライダーは顔を顰めた。

「別に、何でもいいだろ」

「ふむ。我らがマスターと言葉を交わし、思うところでもありましたかな?」

「話通じてるか?」

 しかも、四郎と会話をしていたことまで筒抜けだ。どこかで盗み見ていたか、あるいは四郎との間にやり取りがあったか。

「まあいい。別にアイツと話をしたからといって、何が変わるわけでもねえ。自分のすることを確認しただけだ」

「左様ですか」

 肩透かしを食らった風でもなく、キャスターは頷いた。

「そうだ、一つ聞かせてもらおうか」

 ライダーはそこで、思いついたようにキャスターに尋ねた。

「お前らは今、何をしている? “黒”の連中を迎撃する準備ってわけにも見えないが」

「ああ、なるほど。それなら簡単ですよ。我らがマスターの夢を実現するための調整に入ったところです」

「お前もそれに駆り出されていると」

「ええ。我輩、魔術は使えなくとも魔術師のサーヴァントとして奇跡を織り成す業を有しております。それで、マスターの支援に当たるというのが、まあ我輩のサーヴァントとしての唯一の仕事になりますかな」

「唯一な……」

 『キャスター』のクラスに呼ばれながら魔術の素養が一切ないという稀有なサーヴァントであるキャスター(シェイクスピア)は、魔術が使えない代わりに魔術とはまた異なる形で奇跡を起こす能力を付与されている。作家系サーヴァントの面目躍如といったところであろうか。戦闘能力が皆無のこのサーヴァントは通常の聖杯戦争では序盤で脱落すること必至でありながら、天草四郎時貞の計画にはなくてはならない歯車としてここにいる。

 むしろ、役割が与えられていることに驚きを禁じえないライダーだが、今の状況は戦うことだけがサーヴァントの仕事ではない、というところにまで聖杯大戦そのものが路線変更をしてしまっている。

「ところで、キャスター。お前はどうしてそこまでしてアイツに協力してるんだ?」

 話を聞く限り、このキャスターは初めから四郎の計画を知っていた。どのような過程を経てキャスターが四郎と共謀していたかは想像の域を出ないが、何を考えているのかも分からないキャスターが積極的に四郎に協力するからには彼の琴線に触れる何かがあったとしか思えない。

「マスターに協力する理由ですか。そのようなものは簡単ですよ。ただ、見てみたい。それだけです」

「何?」

「我輩、かつて人間の一生を『人生は、二度繰り返される物語のように退屈である』などと評しましたが、マスターの計画はそんな人間の在り方を根本から覆す一大エンターテインメントです。その過程も含めて、我輩のインスピレーションを刺激するすばらしいものだと思うのです」

「てことは、あれの善悪も正否も興味ねえってわけか」

「『物事によいも悪いもない。考え方によって良くも悪くもなる』。ましてや人類がこれまで成し遂げたことのない不老不死。まったく新しい概念に正しいも悪いもないでしょう。まあ、『戦いを交えるに当たっては、その唯一の目的が平和にあることを忘れてはならない』というように、彼の信念はまさしく人類を思ってのことであり、それ以外の要素をこの戦争に持ち込んではいませんな。そういう意味では正しいと言えるのかもしれません」

「要するにお前は人類がどうなろうが劇的ならば構わねえってわけだ。その先のことも深く考えてはいないと」

「その先のことはマスターが熟考を重ねておいででしょう。なにせ、我輩が生まれてから死ぬまでに流れた時間よりも長い時をこの現世で費やしておられるのですからな。マスターは救うことにしか興味がないようですが、その後は女帝殿がどうにかするでしょう。『弱いものを救い上げるだけでは十分ではない。その後も支えてやらなければ』。お二人は上手いこと役割を分担されておられる。ははは、まさしくベストカップル、いやベストパートナーですな。成功の暁には愛の詩でも贈呈しましょうか」

「そりゃあいい。花束と一緒に送りつけてやれ。顔真っ赤にして喜ぶだろうよ」

 にやり、と笑ったライダーは、キャスターが立っている方向とは正反対のほうに視線を向ける。ライダーから十メートルほど離れたところに、黒いドレスの女が立っていた。霊体化を解き、実体化した“赤”のアサシンであった。

 日頃の悠然かつ酷薄とした表情は一転し、頬をひくつかせてあからさまに不機嫌な様子である。

「おや、女帝殿。いらしたのですか」

「ああ、いたとも。ところで、二人揃ってなかなか愉快な話をしていたようだなぁ」

 ビリビリとアサシンは身体に電気を走らせている。

「ライダー殿。我輩、執筆作業がありますので失礼致します。締め切りに追われるのも我が宿命。致し方ありませんな」

「ん、あ、おい」

 ライダーが呼び止めるも空しく、キャスターは消えた。

 ほとんどの危険から逃れることのできる『自己保存』のスキルを持つキャスターに危険を察知された時点で如何に“赤”のアサシンであろうとも彼を害するのは難しい。怒りの矛先は、当たり前のようにギリシャの英雄に向けられる。

「たく、そらないわな、女帝さんよ」

「痛い目に遭う覚悟はあるのだろうな?」

 肩を竦めるライダーに対して、女帝はすでに臨戦態勢である。目が本気だ。

「ちなみにその理由は?」

「我が庭園で無駄口を叩いた罪というのはどうだ?」

「冗談」

 ライダーはトン、と地を軽く蹴り、アサシンはそこに雷を打ち込んだ。ライダーの反応はアサシンが魔術を紡ぐよりも速く、雷は床を焦がしただけだった。

「照れ隠しに雷なんて、おっかなくて茶化せもしねえぜ」

 二度目の雷撃もライダーは軽々と避けて霊体化する。

 消える間際にライダーが残したにやけた笑みにアサシンは歯軋りしてから、しばらくライダーが消えた空間を睨んでいたが、やがて取り合うだけ無意味と自分に言い聞かせて、ライダーとキャスターの会話を苦々しく思いながら去っていった。

 




ステイナイトを久々に起動しようとしたらトロイの木馬がどうとかでて、ウィルスバスターが頑張ったらファイルが消えた。

とりあえずオデュッセウス表出ろ。

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