“黒”の紅茶《完結》   作:山中 一

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アブソリュート・デュオ。
まったく知らなかったけど、久しぶりにいい闇墜ちがあると聞いてそこだけ見てしまった。なんで闇墜ちしたのかはよく知らんけど、とりあえずいいね。


四十話

 “赤”のアサシンに敵の迎撃を命じられた“赤”のアーチャーであったが、さてどうしたものかと攻撃を躊躇していた。

 理由は簡単で、敵が目視できないからである。

 “黒”の陣営と戦い始めてから今まで見たことのない光景である。黄色い霧が敵の移動手段を覆い隠している。

「いや、もしかしたらあれが“黒”のアサシンかもしれんな」

 アーチャーは呟く。

 以前、一度“黒”のアサシンの宝具を目の当たりにしているはずなのだが、どういうわけかアーチャーはその詳細を記憶していなかった。“黒”のバーサーカーが消滅したとき、“黒”のアーチャーと戦っていたこともあるが、それでも“黒”のアサシンの戦闘について何も得るものがなかったというのはありえない。

 あの霧を恐らく自分は以前に目の当たりにしている。

 スキルか宝具か、情報を隠匿する能力によってアーチャーの記憶から失われているだけであろう。

 そんな霧の中に単身踏み込んでいった“赤”のライダーであるが、善戦しているらしい。砕け散った鉄くずが、霧から地上に降り落ちている。

 あのペレウスの息子があの程度の障害で攻略されるほど生ぬるい英雄であるはずもない。その点に関して、アーチャーは“赤”のライダーの実力に全幅の信頼を置いている。

「勘任せの射であろうと外したと思われるのは癪だからな」

 アーチャーは自慢の弓に矢を番えて空に向かって放つ。

 天には月もなければ太陽もない。しかし、彼女を庇護する弓神は、新月にも関わらず敵に死を振り撒いてくれる。

「アーチャーを仕留めても悪く思うな、ライダー。――――『訴状の矢文(ポイボス・カタストロフェ)』!」

 霧に隠れて姿が見えないのであれば、霧の中を丸ごと射抜いてしまえばいい。

 攻撃範囲を極限まで拡大した結果、密度そのものがかなり小さくなってしまったが“黒”の陣営の移動手段が航空機であることを考えれば、一矢でも十分に撃墜することが可能である。

 天高く、成層圏から降り注ぐ流星の矢。

 数え切れない数の矢が霧を引き裂き、内部でいくつかの炎が上がる。

 射抜いたと確信し、次いで炎上した機体が霧から落ちて黒海に沈んでいく。さて、これでどれくらい敵に打撃を与えられただろうか。

 霧が消えていないということは、“黒”のアサシンはまだ健在ということなのだろうが。

 これは、少し面倒だ。

 アーチャーは淡々と二の矢を番えた。

 実質魔力量は無限大。

 迎撃しろというのなら、何度でも宝具を発動する用意があった。

 

 

 

 □

 

 

 

 “赤”のアーチャーの広範囲攻撃に肝を冷やした“黒”の陣営であったが、彼らの乗る飛行機には幸いなことに影響は皆無であった。

 偶然ではない。

 “赤”のアーチャーは、“黒”のアサシンが発生させた霧に絞って宝具を発動させた。空から射抜くという性質上、その射線は斜めになる。よって、霧のさらに後方に控える航空機には届かなかったのである。

 霧は、“黒”のアーチャーと“赤”のライダーが戦うためのリングであり、敵の目を誤魔化し、如何にもその中に潜んでいると思わせるための巨大なデコイなのである。

 ジャンボジェットの速度は平均して時速九〇〇キロメートルほどだが、今の時点ではその三分の一程度の速度しか出ていない。

 失速もギリギリの状況。空中庭園が発する魔術的な影響が機体を押し戻そうとしているためである。

 それでも、空中庭園の鈍足に追いつくには十分だ。

 この分なら後十分ほどで敵地に到着できる。

『ライダー。準備はいいですか?』

 ルーラーからの念話が入る。これは、“黒”のアーチャーが“赤”のライダーを固有結界に引きずり込んだことを意味している。

 計画の第二段階を始動するときが来たのである。

『おーけーさ。今すぐにでも出撃可能だよ』

 旅客機の中で召喚したヒポグリフが犬のようにお座りしている。生前からの相棒である彼の首を優しくなでて、ライダーはその背中にひらりと飛び乗った。

『アーチャーが三基の防衛機構を破壊してくれました。ライダーには、最低でも後五基を破壊していただきたいのです』

『ふっひゃー、そりゃブラックだ。でも、いいさ。なんたって僕はシャルルマーニュ十二勇士だからね』

 ライダーはヒポグリフに命じてドアを蹴破らせて外に躍り出る。

 夜風が気持ちいい。

 死ぬかもしれないと思うと、生きた心地がしない。理性はすっかり取り戻されている。槍と魔導書、角笛、槍だけでは心許ないとアーチャーから託された宝剣、そして、ヒポグリフ。これが、ライダーのすべてである。サーヴァントとしては宝具の数が多いが、一つひとつの神秘性は低いほうというのが悩みの種である。

 自他共に認める弱小英霊が、最強クラスの“赤”のアサシン(大魔術師)に挑むのはそれだけで心胆震え上がる暴挙である。しかし、今のライダーには勝機がある。万に一つとかそのような低確率ではない。相手が魔術に頼る限り、EXランクの魔法スレスレの秘儀だろうが固有結界だろうが攻略する術があるのである。

『ご武運を』 

 ルーラーはそう言い残して念話を切った。

 下は果てしなく続く雲の海。空は光り輝く星の天蓋。空を行くジャンボジェットはさながら海を行く船のようで、旅をするには絶好のロケーション。――――まったく、これが命懸けのクルーズでなければ尚よかったのだが、などという馬鹿な考えが浮かびもした。

 今のライダーには理性がある。

 理性があるときは、決まって戦争が恐ろしい。震え上がって、今にも吐いてしまいそうになる。

「弱気になるな。そうさ、僕は僕。理性があろうとなかろうと、やりたいようにやって結果を出すもんさ!」

 ライダーはヒポグリフを駆り、雲海の中に飛び込んだ。

 神獣たるグリフォンには一歩及ばないものの、幻獣の格を有するヒポグリフは人類の科学で可能な飛行速度を優に上回る高速飛行を可能とする。

 時速三〇〇キロメートルで鈍足飛行しているジャンボジェットを瞬く間に置き去りにして、ライダーは雲の下から空中庭園を強襲した。

 雲から跳び出したライダーは、一直線に『十と一の黒棺(ティアムトゥム・ウームー)』を構成するプレートの一基に突貫する。

「“黒”のライダー、アストルフォ。我が一槍、馳走仕るッ!」

 いつになく凛々しい声音で叫ぶライダーは、その一撃で一基を砕き、岩塊に変えてしまった。

「う、ぐうぅぅぅぅぅッ」

 ライダーは痛みに顔を歪める。

 ヒポグリフの突進は、Aランク宝具の一撃に匹敵する破壊力がある。だが、突撃である以上、その反動を自分も受けることになるのは自明の理。相手が人型ならばまだしも、魔術的な加護を施されたプレートともなれば話は別になる。

「まだまだァッ!」

 今の段階で一番危険な目にあっているのは、ライダーではない。最悪の敵を単独で引き受けた“黒”のアーチャーに笑われることがないように、そして地上で見送ってくれた友のために格好悪い姿は見せられない。

 ヒポグリフは奮闘し、二基目のプレートを打ち砕く。アーチャーが破壊した分と合わせれば合計五基。防衛能力はこれで半減したと言っていい。

 しかし、ライダーが一方的に攻撃を加えることができたのはそこまでだった。

 ここから先は、敵の反撃が来る。

 もちろん、相手は“赤”のアサシン。いいようにされて腸が煮えくり返っている。

「一度墜ちたことをもう忘れたか。いや、忘れているのだろうな。何せ貴様は理性のない弱小騎士。蛮行や愚行を重ねても反省するという発想がないのだろう」

 プレートが動き出す。

 Aランクの『対魔力』を容易く貫く最高威力の魔力弾が生成される。“赤”のアサシンにとってライダーは羽虫に過ぎない。これまでの増長は、七千メートル下への墜落死によって償わせよう。

「全砲門一斉解放。羽虫如きには過ぎた一撃だが、心して味わうがいい」

 常人がその笑みを直視すればそれだけで失禁するであろう。蕩けるような笑みの中に凶悪な嗜虐性を滲ませた女帝は、それこそ蝿を追い払うかのような気安さで手を振った。それが引き金となり、災厄の魔術砲が一斉に火を吹いた。

 

 雷撃であり火炎であり竜巻であった。

 六種の魔術が合成されたかのような強大な魔力砲は、翼を舞い散らせて天かけるヒポグリフを狙い過たず呑み込んだ。

 ルーラーを除くあらゆる生物はこの光の中では存在し得ない。圧倒的な輝きの中に消えた“黒”のライダーは、抵抗することもできず、愛馬と共に聖杯の糧となる、――――そんな未来を女帝は幻視していたのかもしれない。

 他の“黒”のサーヴァントであれば、間違いなくそうなっていただろう。

 『キャスター』のクラスが聖杯戦争で不利とされるのは、単に『対魔力』を備えたクラスに不利だからである。が、しかし“赤”のアサシンにそのような常識は通じない。彼女は独力で、ただの魔術で以て最高ランクの『対魔力』を打ち破る。

 規格外の『対魔力』を持つルーラーでもなければ、跡形も残さず消えるのは道理である。

 だが、ここに一つの例外が立ちふさがった。

 ガラスが砕けるような音と共に、魔術の暴風が消し飛んだ。中から現れた“黒”のライダーは依然として健在である。

「いやったー! 決まったぜぇ!」

 握り拳を上げて喜ぶライダー。ヒポグリフも嘶きで喜びを露にする。彼らの周囲を舞うのは無数の紙片。一枚一枚に内包された魔力は、一流の魔術師であっても目を剥く濃度である。

「どぉりゃあああああああああ!」

 ライダーは余勢を駆ってさらにもう一基のプレートを破壊した。

「い、いででで……ちょっと、調子乗りすぎたかな」

 そして、少しだけ後悔する。額が割れて血が噴き出した。ヒポグリフと『虚栄の空中庭園(ハンギングガーデンズ・オブ・バビロン)』の神秘はほぼ拮抗している。グリフォンに比べて格が落ちるヒポグリフと、オリジナルの『バビロンの空中庭園(ハンギングガーデンズ・オブ・バビロン)』に比べて格が落ちる『虚栄の空中庭園(ハンギングガーデンズ・オブ・バビロン)』。結果として互いに勝利の目がある状況が生まれている。

「う、ひあ」

 光がライダーに襲い掛かる。

 けれど、それも無為に終わる。アサシンの断続的な光の雨が、尽くライダーに触れては消えるを繰り返す。

「ヒポグリフ、後もう少しだ。頑張るぞ!」

 ライダーがヒポグリフに語りかけ、さらに加速を促した。

「いいぞ、来いよ。全部、海に落としてやる! 出力上げるよ――――『破却宣言(キャッサー・デ・ロジェスティラ)』!」

 

 

 

 □

 

 

 

 何と忌々しい。

 飛び回る“黒”のライダーに、自分の魔術がまったく通用しないという現実に、“赤”のアサシンは歯噛みした。

 生き残ったサーヴァントの中では間違いなく最弱に分類されるであろう“黒”のライダーが、女帝たる“赤”のアサシンを手玉に取っているのだから、腹立たしいにも程があるというものだ。

 だが、攻撃が効かないということは厳然たる事実であり、それは受け入れなければならない。受け入れた上で、どのように対応するか。

「“黒”のライダーはアストルフォであったな。とすれば、魔術破りの魔導書を宝具としていてもおかしくはないか」

 弱い英雄であるアストルフォが、多くの武勇譚を残せたのは彼が多くの宝具に縁があったからでもある。ヒポグリフは彼の代名詞であるが、それ以外にも魔法の槍やハルピュイアを追い払った角笛などが有名所であり、実際にこの聖杯大戦でも持ち込んでいるのが確認されている。 

 宝具の豊富さを売りにしている『ライダー』のクラスということもあり、女王ロジェスティラに与えられたという魔術破りの魔導書を所持しているのは至極当然と言えた。

 魔術破りの魔導書は、言ってみれば“黒”のライダーにEXランクの『対魔力』を与えたのと同じ効果を発揮している。魔術は効かないので、アサシンの攻撃は大半が無効化される。だが、その一方で魔術以外の攻撃ならば問題なく通るということも間違いない。

 魔術の戦いというのは、剣と楯との戦いではなく、コンピュータウィルスとファイアウォールとの戦いに近い。

 通るものは通るし通らないものは通らない。通らない以上は別の抜け道を探さなければならない。

『ランサー。飛び回っている不埒者を撃ち落せ』

 魔術がダメなら物理をぶつける。

 サーヴァントに対して通常の物理攻撃は意味を成さないが、神秘が僅かにでも含まれていれば普通に通る。魔力で強化されたナイフでも当たりさえすればサーヴァントに傷を与えることができるのだ。

 魔術破りも物理にまで対応しているわけではない。

 そこで、“赤”のアサシンが選んだのは、最強の槍。

 太陽神の息子にして古代インド最高の戦士、“赤”のランサーであった。

『了解した。と言いたいところだが、少し遅かったらしい』

 基本的に唯々諾々と従う“赤”のランサーが、ここで“黒”のライダーの撃墜に待ったをかけた。

 予想外の返答に、アサシンは言葉を失った。それから、どういうことかと問い返す。

『気付いていないのか? まあ、あのライダーに気を取られすぎていたということだろう。“黒”のサーヴァントはすでにこの城に侵入を果たしているぞ』

『なんだと!?』

 魔術で宮殿内をサーチすると、“赤”のランサーが言ったとおり、“赤”のサーヴァント以外のサーヴァントの反応があった。

 数は二。

 表には“黒”のアーチャーと“黒”のライダーがいるから、恐らくは“黒”のセイバーと“黒”のアサシンに違いない。“赤”のランサーの近くにいるのが“黒”のセイバーで“赤”のアーチャーの傍で霧を発生させているのが“黒”のアサシンであろう。

『いつの間に……!』

 してやられたと、女帝は臍を噛む。

 敵のライダーに気を取られている間に、敵の侵入を許すとは。許容し難い失態である。さらに、防衛機構が落とされる。見れば、“黒”のライダーは全身が傷つき満身創痍といった有様ではないか。アサシンの防衛機構と心中でもするつもりなのだろうか。

 いや、問題はあの弱小サーヴァントではない。

 霧が晴れた雲の上からやってくるジャンボジェット。その屋根の上に、真白な旗を掲げた聖女が佇んでいる。

「ルーラー……!」

 思うようにいかない戦況に、“赤”のアサシンはいよいよ頬を引き攣らせるのであった。

 

 

 □

 

 

 “赤”のアサシンが“黒”のサーヴァントの侵入に勘付く少し前のことである。

 戦場を遠目に見て、ルーラーはごくりと生唾を飲んだ。

 このような高所にやってきたのは、フランスからルーマニアに入るあのとき以来である。中世の常識に縛られているルーラーとしてはこのような鉄の塊が空を飛ぶというのが未だに信じられず、正直に言えばサーヴァントと戦うよりもジャンボジェットに命運を託すほうが恐ろしいくらいであった。

 しかし、それも機内から外を眺めている間のことである。

 自分でもどうかと思うが、一度外に出てみれば何と言うこともなかった。激しい気流が吹き抜けるジャンボジェットの頭まで歩き、旗を掲げる。

 最前線で戦う“黒”のライダーと位相を異にする場所で死闘を繰り広げているであろう“黒”のアーチャーの勝利を願うと同時に、これからの戦いにおける勝利を祈る。

 七色の光がライダーを飲み込んだ。

 「あ」とルーラーは思わず口を覆う。けれど、彼の言ったとおりであった。魔術は“黒”のライダーには通らない。

 激しい魔力の渦を笑い飛ばして天翔けるライダーに、ルーラーは元気付けられたような気がした。

 そして、“黒”のライダーが“赤”のアサシンの意識と防衛機構そのものを引き付けているこの瞬間を狙い、ルーラーは計画の第三段階を実行する。

 腕を天に掲げたルーラー。その腕には未だ消費されていない令呪が宿っている。

「令呪を以て告げます。“黒”のアサシン。敵地に乗り込んでください!」

 令呪による空間跳躍。

 ルーラーはこの負けられない戦いで、令呪も含めて戦力に数えることにした。そこで問題となるのが、神代の大魔術師である“赤”のアサシンである。

 令呪とは当然ながら現代の魔術師が考案したシステムに拠るものであり、理論としては現代の契約魔術に分類される。あまりに魔力が膨大なのでサーヴァントすらも従えられるが、根っこが魔術ならば魔術師が干渉できても不思議ではない。

 実際、強化、改良を施した令呪で聖杯戦争に臨む魔術師も少ないながら例はある。

 あの聖杯に固執する天草四郎のサーヴァントが、聖杯のシステムに触れないはずがない。令呪を無効化される可能性があったために、序盤では使えなかった。

 しかし、その懸念も“黒”のライダーが“赤”のアサシンを思い切り引き付けている間は払拭できる。

 如何に大魔術師とはいえ、あれだけの大魔術を連続行使している間に霧の奥に潜むルーラーの令呪を知覚するのは容易なことではないからである。

 時を同じくして、ゴルドがルーラーと同じ方法で、“黒”のセイバーを空中庭園に送り込んでいるはずである。

 そうして、多くの困難を乗り越えて彼と彼女は戦場に降り立った。

 

 

 鋭い眼光に激烈な闘志を織り交ぜて、黄昏の剣は太陽の槍と相見えた。幾度目かになる邂逅。これが、正真正銘最後の戦いになると予感して、互いに武器を構えた。

 

 

 闇に潜む暗殺者はこれと狙いを定めた被害者に忍び寄る。すでにそこは彼女の巣の中であり、被害者である以上は、加害者に勝つことなどできはしない。

 

 

 戦いは第二段階へ移行した。

 空の戦はこれにて終了。これから先は、空中庭園に舞台を移し、各々雌雄を決する大一番の幕が開く。


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