“黒”の紅茶《完結》   作:山中 一

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四十五話

 フィオレとカウレスは、“黒”のライダーの先導で先を進む。

 これまでにいくつかの魔術が発動して一行を迎撃したが、すべてライダーに触れる前に霧散した。ありとあらゆるトラップは、『破却宣言(キャッサー・デ・ロジェスティラ)』を前にして意味を成さず、尽く砕けて消えていく。

 迷宮というものは、入り組んだ構造と罠で侵入者を叩き潰すのが基本なのだが、“黒”のライダーには迎撃機構がまったくと言っていいほど機能していない。ミレニア城塞の廊下を歩いているときと、至って同じ感覚で道を進む。

 それでも、竜牙兵のような物理攻撃までは打ち消せない。敵が出てくればライダーをフィオレが支援する形で突き進むしかない。

 無論、カウレスは戦力外通告済みであった。

「なんか、長いな道が。大した罠はないけどさ、こうも何もないと面白みがない」

「ライダー。今のあなたは理性があるのですから、その点心配していませんが、本当に無茶はしないでくださいね」

「大丈夫大丈夫。そんなおっかないこと今の僕にはできない――――」

 笑顔を浮かべていたライダーは、そこで言葉を切って身を固まらせた。

 何かに驚いて、身体を硬直させた、などというわけではなくとてつもなく膨大な魔力の奔流を警戒してのことであった。

 ――――この近くで、誰かが特大の宝具を解放した。

 ライダーでは想像もできないほどの大宝具である。

 そして、どうやらこの先にある扉の向こうにその莫大な魔力の源があるらしい。

「ライダー。これは、もしかして……」

「ああ。たぶんだけど、セイバーとランサーが戦ってるんだ」

 カウレスの問いにライダーは答える。

 こちらの切り札にして最強のサーヴァント“黒”のセイバーは、敵の切り札である“赤”のランサーとの戦いに集中しているはずである。この空中庭園全体を揺るがすほどの宝具の激突は、対軍宝具以上の規模かつAランクオーバーの最高位宝具が激突して初めて生じるものである。

 地響きに庭園が振動し、三人は息を潜めて決着を待った。

 全身が震えるほどの緊張感がその場を満たした。

 仮に、セイバーが敗北したら、ランサーを押さえるのはここにいる“黒”のライダーということになる。

“本当に、それ笑えないなー……”

 自他共に認める弱小英雄アストルフォ。実際のステータス云々の問題ではなく、そもそも武勇というよりも持ち前の幸運と多種多様な宝具で生き残ってきた策士というほうが近い。

 その宝具ですら、Aランクを超える神秘を持つものを今のライダーは所持していない。グリフォンを連れて来られれば、あるいはAランクを超えたかもしれないが、今更言っても詮ないことである。第一、それら持ってきていない様々な宝具のすべてを動員できる英霊アストルフォであっても、恐らくはサーヴァントカルナには到底及ばない。

 要するに突っかかるだけ無駄であり、下手をすれば一撃で殺される。

 地響きが止んでからも、しばらく三人は身動きが取れなかった。一歩動けば死ぬかもしれない。そんな恐怖感が漂っていた。

「行きましょう」

 そのような中で決断したのはフィオレだった。

「大丈夫かい?」

「今更後には退けません。いざとなったら頼りますので、よろしくお願いします」

「う、うん。まあ、それは当然なんだけど」

 勝てるかどうかは別にして、“赤”のランサーがこちらに武器を向ければ、ライダーは応戦しなければならない。恐ろしくはあるが、サーヴァントの務めは果たす。尻尾巻いて逃げ出すのは、格好がつかない。弱くとも、誇り高いのがアストルフォだ。

「よし、行くよ」

 魔術破りの紙片に先導させて、ライダーたちは前に進む。行き当たった扉の前でごくり、と生唾を飲み、意を決して扉を押し開けた。

 

 

 まず初めに感じたのは強烈な熱気であった。

 ただの人間であれば、全身の皮膚が焼け爛れていただろう。フィオレとカウレスは咄嗟に魔術で身を守ったが、この熱そのものが一般の生命に対して致命的であった。

 次に遅れて鼻を突く臭いに顔を顰める。

 化学物質の臭いに近い。

 石材が融解し、蒸発した際に生じる悪臭である。この広大な部屋で行われた激烈な戦闘が、三人の想像を絶するものだったということが、それだけで分かる。

 床のあらゆる場所から白い蒸気が出ていて、視界を塞ぐ。可燃物がなかったから火の海にならなかったものの、もしもこれがイデアル森林だったらと思うとぞっとする。

「セイバー……」

 カウレスが呟いた。

 白い煙の中に、見覚えのあるサーヴァントが倒れていた。視界が悪いために状態がよく分からないが、見るからに重傷だった。ピクリとも動かない。完全に倒れてしまったのか。この空間に刻み込まれた傷跡を見れば、彼が敵の超宝具を受けたことは明らかで、だとするのなら治癒を施す必要がある。だが、それが分かっていたのに駆け寄りたくても駆け寄るわけにはいかなかった。“黒”のセイバーが倒れているということは、つまり――――。

「お前は、“黒”のライダーか」

 陽炎の先に佇む人影――――“赤”のランサーがライダーに問いかけてきた。

 激しい戦いの後だというのに、その顔には疲れた様子は一切ない。そもそも無表情なのか、戦いを制した喜びを表してもいなかった。ライダーは内心で舌打ちをする。あのサーヴァントには付け入る隙がまったくない。狙われたら最後、逃亡すら許してはもらえまい。

 以前見たときと異なるのは、荘厳な黄金の鎧を身に纏っていないことである。身体中に赤黒い染みがついているが、これは出血の跡であろう。

「ああ、そうだ。僕が、“黒”のライダーであってる」

 ライダーは緊張しつつ、弱みを見せないように努めて構える。宝剣を抜くベきか、それともこの曲がってはいるが、使い慣れた槍で立ち向かうべきか。無理を押してヒポグリフを呼ぶしかない状況だが、果たしてどのタイミングで投入するか。

 ライダーは常にはないほど冷静に戦況を分析する。

 今までは感覚で決定していたことも、理性を得た今ではしっかりと思案しなければ方向性をさだめることができない。

 結果として、勝率は限りなく零というところに行き着くわけだが、逃げることもできない以上は武器を手に取り挑むしかない。

 ランサーはセイバーを相手に全力を出し、宝具を解放した直後である。黄金の鎧もなく、少なからぬ消耗がある――――と信じたい。

『二人とも、僕が合図をしたらあの扉に走るんだ』

『ライダー!?』

 フィオレとカウレスを庇うように立つライダーが念話で告げたことに、カウレスは驚いた。妥当な判断だ、と思う一方で無茶にも程があるとも思う。ライダーではひっくり返ってもあのサーヴァントには届かない。

『フィオレ、君の礼装ならマスターを連れても十分な速度が出せるでしょ。僕が時間を稼ぐから、その隙を突くんだ。一回しかチャンスは作れないから、絶対に無駄にしないでくれ』

『し、しかしライダー。あなたは……?』

『サーヴァントの務めを果たすよ。怖いけど、まあ覚悟はしてたしね』

『ライダー……』

 “赤”のランサーはあまりにも強大なサーヴァントである。霊格、実力、宝具、ありとあらゆる点で“黒”のライダーを凌駕して余りある。“黒”のセイバーに打ち勝ったという時点で、ライダーに勝ち目がないことは明白ではないか。あのランサーに挑みかかることは、死ぬことと同義である。

 セイバーは“黒”の陣営で最強のサーヴァントであった。

 少しネクラで真面目すぎるところがあったが、誠実な人となりは信用に値する。ライダーの知る剣使い(セイバー)は、ちょっと困った人格だったので、ああいった人物もいるのだと面白く思ったものだ。

 色々と頭の中で考えてみたが、やはりこう表現するのが一番適しているように思う。

 ――――仲間がやられて、腹が立つ。

 敵は確かに強大だ。

 挑めば死ぬ。それは分かる。そして、挑まなくても死ぬ。間違いない。ならば挑むしかないが、やけくそになって挑むのではない。死を覚悟して、それでも仲間の仇を取らねばならぬと奮闘するのだ。結果として届かないかもしれない。むしろ、その可能性が極めて高いが、それでも尻尾を巻いて逃げ出すのは筋が通らない。

 ライダーの戦意を感じ取ったのか、ランサーはライダーを鋭く睨み付ける。

 その一挙手一投足を見落とさないように、しっかりと見つめて、いざ、

「待て、ライダー」

「う……?」

 唐突にランサーに呼び止められて拍子抜けした。

 ある意味では機先を制されたとも言える。しかし、敵には戦略的な目的があったわけではなく、ただライダーに用事があったから呼び止めたという程度だろう。

「な、何さ。人がこれから真剣に戦おうとしてたってのに!」

「そうか。それはすまない。オレも向かってくるのであれば、いつでも相手にするが、その前にお前の後ろにいる二人の魔術師のことだ」

 ランサーの視線が、ライダーが庇うフィオレとカウレスに向けられた。

「なんだよ。僕たちのマスターに何か用があるのか? ことと次第によっちゃ、覚悟してもらうよ?」

 ライダーが挑発的なことを言う。

 時に煽て、時に挑発し相手の精神的間隙を突いて戦いを有利に運ぶのが、ライダーの常套手段だった。

 しかし、そんなライダーの挑発にはランサーは一切反応を示さなかった。相変わらず、表情の読めない顔つきのまま、

「その二人については見逃すようセイバーから頼まれている。魔術師、そこの扉を進むがいい」

 意外に過ぎる言葉に、三人の思考が停止した。

「なんだって? セイバーと約束した? 俺たちを逃がすって?」

 カウレスがランサーに問い返した。高潔な武人であると聞いている“赤”のランサーが、姦計を弄するとも思えないが、この場を守るサーヴァントとしての務めに反しているような気がする。それはどうなのだろうか。

「セイバーには、オレのエゴに付き合ってもらう代わりにライダーとアーチャーのマスターがここに来たときには手を出さないと誓ったのだ」

 セイバーがランサーに何かしらの交渉をしていたというのだ。その情報は、まだフィオレとカウレスの元には届いていない。届いていたとしても信用はできなかっただろう。こちらのセイバーはすぐそこで倒れている。消滅してはいないが、それでも戦える状態かどうかは分からない。動かない敵との口約束を履行する意味がそもそもないのだ。ここで、四人纏めて倒してしまうほうがずっといい。

 だが、それでもランサーはセイバーとの誓いを守ってフィオレとカウレスを見逃すと言うのだ。

 そこで、ライダーがおずおずと尋ねる。

「あのー、ちなみにその中に僕は入っているのかな?」

「サーヴァントについては約束の中には入っていない。故に、ここで通すのは魔術師二人と考えるのが筋だろう」

「ああ、やっぱりそうなるよね」

 できれば、自分はマスターの手荷物的な感じで一括りにしておいて欲しかった。

 サーヴァントと魔術師では扱いが違うのは当たり前。ライダーが“黒”の中で最も戦闘能力に劣るサーヴァントとはいっても見逃す理由を探すほうが難しいか。

 いずれにしても、セイバーの敵討ちはしなければならないので、二人が見逃されるのならそれでいい。

 しかし、ライダーの言葉を聞いたランサーは少し悩んだように押し黙った後で頷いてこう答えた。

「だが、まあいいだろう。“黒”のライダー。お前もマスターたちと進めばいい」

「は……いや、君正気? 何言ってるか分かってる?」

「少なくともオレは正気のつもりだ。お前の宝具は威力こそ脅威ではないが、厄介な能力を秘めているということを知っている。一対一なら負けはないが、――――さすがに、セイバーを相手にしているときにお前まで相手にするのは分が悪いからな」

「え……?」

 慌てて、ライダーは倒れていたセイバーを見た。

 うつ伏せで倒れていたセイバーが動き始めていた。ゆっくりと、たっぷり十秒近くかけて、セイバーは身を起こし、さらに十秒をかけて立ち上がった。

「セイバー、君ってヤツは……!」

 ライダーは息を呑んだ。

 何故、セイバーはここまでになって生きていられるのかと。

 痛々しいとしかいえない状況。肉体の限界をとうに超え、様々な箇所の肉が焼け落ちていた。外見でこれだ。内側はもっと酷いことになっているに違いない。気管や肺が焼け爛れているかもしれない。骨や筋肉も使い物にならない部分があるだろう。立ち上がることなど、決してできないはずなのに、“黒”のセイバーは立ち上がったのである。

 ゴルドが遠隔での治癒魔術を使っているのか、一部の傷は修復を始めている。しかし、そんなものは文字通りの焼け石に水である。セイバーの自己治癒力がどれだけ高くとも、回復に専念し、高額の霊薬をつぎ込んだとして完治には数日かかる。

 ほぼ傷らしい傷のない“赤”のランサーと立っているだけで命をすり減らす“黒”のセイバー。最早、勝敗は誰の目から見ても明らかだった。

「すまないな、“赤”のランサー。……情けない、ことに……少し、寝てしまったらしい」

 情けないなどということがあろうか。

 神すら焼き殺す宝具をその身に浴びて、生きていること自体が奇跡だというのに。

 A+ランクの対軍宝具を残りの令呪二画で強化し、さらにそこにB+ランク分のダメージ数値を削減する防御宝具とAランクの『耐久』を合わせたのである。むしろ、それだけの神秘を重ねて重傷を負ってしまったことがランサーの宝具の凄まじさを物語っていると言ってもいい。本来ならば、最上位宝具ですら軽症で留めるだけの力を注いでいたのである。

「せ、セイバー!」

 ライダーの呼びかけに、セイバーは視線をライダーに向けることで応えた。

「後は、任せる。……行け」

 声は掠れて、サーヴァントの聴力でなければ聞き取れないほどの小ささだ。やはり、息をすることも億劫になるほどのダメージを受けている。加勢に行くべきだ、と理性は思う。けれど、ここで手を出したら、セイバーにもランサーにも失礼だ、と本能が警鐘を鳴らした。

「分かった。セイバー」

 ライダーは、本能の声を優先した。 

 カウレスとフィオレを連れて、ライダーは扉の奥へ進みだす。最後に、一度だけ振り返り、

「死ぬなよ、セイバー!」

 大声で、盛大なエールを送って去っていった。

 

 

 

 “黒”のセイバーは肉が焦げ付いたような臭いを纏いながらも、精妙かつ威風堂々たる立ち居振る舞いにはまったくの変化がない。

 大剣を握る両腕は、自らの筋肉の動きだけで血を噴き出すほどだが、それでもその大剣は“赤”のランサーを両断しようと鈍く刃を輝かせており、彼の腕は正しくこちらの命を狙うであろう。

 何故動くのか。

 セイバーは、しっかりとした足取りでランサーに大きな一歩を踏み込んだ。

 剣と槍が互いに火花を散らす。

 どこまでも、底の見えない戦士だと“黒”のセイバーは思う。

 一歩進み命を削り、剣を振るって命を削り、槍を受けてまた命が削れていく。竜の心臓は懸命に全身に血を循環させ、肉体を維持しようとしているが、それを上回るペースで命が零れ落ちていく。

 喉は枯れ果て、気勢を上げることもできずただ剣を振るう。

 “赤”のランサーは戦い方を変える必要性に迫られた。

 セイバーと異なり、ランサーは肉体的に余裕がある。魔力は充溢しており、戦闘に支障のある怪我は一つも負っていない。しかし、それでもセイバーを攻め崩せないのは、黄金の鎧の有無にあった。

 ランサーの槍がセイバーの肩を撃つ。

 岩も鉄も粘土細工のように貫く豪槍が僅かにめり込むだけで弾かれる。『悪竜の血鎧(アーマー・オブ・ファヴニール)』はセイバーの肉体そのものである。そのため、彼がどれだけ重傷を負ったところで機能を失うことはない。 

 セイバーの動きは鈍く、キレも失われているが、それでも侮れないのは自らの防御力を頼みにした超近接戦闘である。

 これだけの怪我をしながら勇猛果敢に攻めかかってくるか。

 “赤”のランサーは表情こそ変えないものの、内心は喜悦に震えていた。

 セイバーの剣の切先が、ランサーの胸を裂く。

 横一文字に血が流れ出た。

 これが、ランサーが攻めきれない理由の一つ。

 黄金の鎧を失った今のランサーは、大剣の一太刀が致命傷になりかねない。『耐久』はCと低く、これまでのような「打ち合い」に興じることはできないのである。

 セイバーはそれを理解しているからこそ、そこに活路を求めて踏み込んでいる。

 ランサーは距離を取ろうと跳躍するが、セイバーがそこに喰らい付く。後方に跳ぶのと前方に跳ぶのでは、やはり飛距離などで違いが出る。

「ここまで来て押し切られるわけにはいかん」

 黄金の槍に炎が宿る。『魔力放出(炎)』が、穂先を燃やし、ジェット噴射の如き威力で大気を焦がしつつ、セイバーの身体を強かに撃つ。咄嗟に左手を楯にしたセイバーであったが、ランサーの槍はそのまま左の前膊を刺し貫いた。

「ッ――――ぐ、ごおおおあああッ」

 返す刀でセイバーは大剣を突きこむ。セイバーの剣の切先は、ランサーの無防備な左肩を抉った。互いに武器を抜き、回転、同時に振り抜いて空中で火花を散らす。

「なるほど、お前の攻撃はすべてが捨て身か。これは、生半な手は通じんな」

 セイバーは自分の生存を度外視している。ランサーの攻撃を頑丈な肉体で受けて、それでもなお前進し、ランサーの首を取るつもりでいる。となれば、防御力で劣るランサーは、セイバーの接近を許さないように戦うか、自らもかなりのリスクを背負って刃を振るうか判断しなければならない。

「ならば、こちらも命を懸けよう」

 宣言と共に再び槍に炎が収斂する。『魔力放出(炎)』での刺突――――ではない。この魔力の動き、炎の煌きは宝具の真名解放である。

 それが対人宝具ならばまだ分かる。個人を殺害することに特化した対人宝具ならば、至近距離で放ったところで問題はないだろう。だが、ランサーの宝具は対軍の規模に留まらない対国宝具。おまけに本来は飛び道具として発動すべきものを、至近距離で放つというのだから、それは自分を巻き込む暴挙である。しかし、そうでもしなければ、この剣士は止まらない。

 ランサーの宝具の輝きを見て取って、セイバーもまた刀身を黄昏色に輝かせた。もはや無想の域に達したセイバーは、考えるまでもなく真名解放を選択した。

「『梵天よ、我を呪え(ブラフマーストラ・クンダーラ)』!」

「『幻想大剣・天魔失墜(バルムンク)』!」

 彼我の距離はほぼ零。殲滅宝具の接射は幾度目かの激突の果てに赤と黄昏が混ざり合った巨大な星を形成する。星の色は僅かに赤が優勢か。無理もない。セイバーには最早、宝具を支える力がないのだから。

 打ち勝ったのは、太陽であった。黄昏は消え、太陽の渦が一直線に決闘場を駆け抜ける。紅蓮を纏った槍が、遙か後方で炸裂して、庭園の壁に大穴を穿った。

「なるほど、こういう結末か」

 光が消えた後で、“赤”のランサーは呟いた。

 口の端から血の雫が流れ出る。

 胸に視線を遣れば、セイバーの『幻想大剣・天魔失墜(バルムンク)』が突き立っていた。最後の最後で押し負けたその瞬間に、身体を砕かれながらもセイバーはランサーに向けて大剣を投じたのであった。 

 ランサーは宝具を発動した直後で手元に得物がなく、セイバーは余波に巻き込まれながらも黄昏の波動の影響で直撃だけは回避した。両者の距離が近かったことも大きい。もしも、彼我の距離があと二十メートル離れていたのなら、セイバーは広がる火炎に呑まれて剣を投じるまでもなく消失していただろう。

 ランサーは、胸に刺さった剣の柄に手を伸ばす。美しくも妖しい輝きの宝剣は、ランサーが触れる前に砕け散り、大気に溶けていく。

 剣の持ち主は、直線状に焼け爛れた地面から僅かに外れたところで座り込んでいた。頭を垂れ、剣を投じた姿勢のまま力を使い果たしたかのような姿であった。左腕は太陽に焼かれて失われていた。

 ランサーはゆっくりと、宿敵と見定めた男の傍まで歩み寄った。

「どうやら、俺は、貴公に及ばなかった、よう、だな」

 白い前髪の間から垣間見える瞳は、無念と喜びを綯い交ぜにしたかのような色を浮かべている。

 乗り越えるべき壁を見つけた喜びと、乗り越えられなかった悔しさ。この男が抱いている心情を、カルナは手に取るように理解できた。

 乗り越えるべき壁だと認識していたのはカルナも同じ。命を消費して互いにひたすら武をぶつけ合う鮮烈な一瞬を思えば、それが失われることが空しくて仕方がない。

「今回は天秤がこちらに傾いただけだ。お前の刃はオレに確かに届いていたぞ」

 ランサーの言葉にセイバーはどのような思いを抱いたのだろうか。ランサーの角度では俯くセイバーの顔は窺えない。

 問い質したいと思わなくもなかったが、勝者が敗者の思いを掘り返すのは愚行以外の何物でもない。今は静かに、この強敵を見送ることがランサーのするべきことであった。

 セイバーの身体が透けていく。

 当然だ。

 脱落した以上、サーヴァントはこの世には残れない。輝かしい黄昏も、絶対的な太陽も、消えるときは何も遺さず消滅する。今回は、黄昏が先に潰えた。ただ、それだけのことであった。

「さらばだ、セイバー。お前ほどの英雄と戦えたことを誇りに思う」

 いよいよセイバーが消滅するその間際、ランサーは心からの賛辞と共にセイバーを送り出す。

「――――感謝する、ランサー」

 最期にそんな残響を残してセイバーは消失した。

 後に残されたのは、太陽英雄と竜殺しが繰り広げた激烈な死闘の痕を色濃く残す空間、そして、この胸の痛みだけである。

「ごふ、……」

 ランサーの口から再び血が零れ落ちた。

 セイバーの最期の一撃が重かった。それだけ強大な敵だったということだ。あれほどの英雄を相手にして、勝利を掴み取れたことは奇跡に等しいとランサーは分析する。

 治癒魔術を使えるマスターがいないランサーは、自己治癒力で傷を癒すしかない。

 この傷を完全に癒すとなると非常に骨が折れる。

 ランサーは戦いの余韻を心に刻み込むようにして、目を瞑り、その場に腰掛けたのであった。




カルナ攻略法
とりあえずシャクティを使わせる。→何とかしてシャクティを乗り切る。→防御力の下がった(それ以外は問題なし)カルナを何とかして仕留める。
この手に限る。

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