「ああ、ごめんね。それ、私のなんだ……」
私は栗毛の女の子に声をかける。
なんだか、ゆるい感じの雰囲気の子だなぁ。どっかで見た気もするのだが、思い出せぬ……。
「ふぇっ、こっこれ、お兄さんのなんですか?」
私が声をかけると彼女は頬を紅潮させて、ワタワタとした様子で私とボコのストラップを見比べた。
おっ、お兄さんって、そんな……。確かに男装はしてるけど、はっきり言われると少し傷つく……。
「あははっ、こんな格好をしてるから、気づけなかったのは無理はないけどね、私は
私は恥を忍んで性別を告げた――つもりだった――。
「ええっ、大洗女子学園って共学になったんですかぁ!」
なんでだよっ! えっ? 私が男の可能性のほうがこの学校が共学になっていた可能性よりも高いの?
「ごめん、言い方が悪かったね。私の性別は――女なんだ……。ははっ……」
断腸の思いで声を絞り出す。やっぱり髪を伸ばそうかなぁ……。
「えっ、えっ? ええーっ、ごめんなさい。ごめんなさい。私、てっきり――俳優さんか何かかと……。その……、ええーっと……」
頭をペコペコ下げて、アワアワと謝罪する栗毛の彼女。ははっ、小動物みたいで可愛いなぁ。
「玲香だ。仙道玲香、普通科2年生。男に間違えられるのはよくあるから気にしないでいいよ」
「えっと、その、仙道さんですね。ごめんなさい。普通科、2年A組の西住みほです。本当に私その、仙道さんのことを……」
彼女は顔を茹でダコみたいに真っ赤にして涙目で謝罪を続ける。そうか、そうか、同級生だったか。
しかし、同級生で知らない顔なんて、ほとんど居ないはずなんだが……。もしかして、転校生か?
ん? 西住みほって名前……。ていうか西住って……。ええーっ!?
「西住みほさんって、まさか、えっと、西住流の?」
私は中学時代に対戦した隊長の顔をもう一度、思い出してみた。確かに――似ている……。もっと、その、凛々しい感じだった気もするが……。
「あっ、その、はい。そうです……」
暗くなったその顔を見て私は自分の発言が軽率だったと悟った。
彼女が戦車道のないこの学校に黒森峰から転校して居る意味を考えればすぐに予測がついたじゃないか。
おそらく、去年の全国大会の決勝であった、あの事件がきっかけで前の学校に居られなくなったのだろう。
軽々しく西住流の話題を出すなんて私はなんて無責任だったんだろうか。うわぁ、どうしよー。
「あげようか? そのストラップ。好きなんでしょ? ボコ――」
気まずくなってしまって、私は話題を変える。物で釣って単純に機嫌が治るとは思わないが……。
「うわぁ! ほっ本当に良いんですか! こっこれ、限定品ですよねっ!」
訂正しよう。簡単に治った。
目をキラキラさせて、途端に笑顔になった。
「構わないよ。ボコ好きな友達いないし、私は同じモノをまだ持ってるから。お近づきの印に……」
私は何気なく『友達』という言葉を使った。しかし、その言葉は西住さんには衝撃的だったみたいだ。
「ふぇぇっ! わっ私と友達!?」
うわっ、びっくりした。そんな変なこと言ったかな?
というか、友達になろうって、そんなオーバーリアクション取ること? まぁ、転校して来てあまり友達が出来なくて不安なのかもしれないが……。
「ははっ、さっきも言ったけど周りに誰もボコのこと話せる子が居なくてさ、西住さんさえ、良かったら友達になってほしい。そしたら、一緒にボコの話とかグッズを見せ合ったり出来るだろ?」
私は右手を差し出してゆっくりと声をかけた。
西住さんは、ハッとした表情になって両手で私の右手を握ってくれた。柔らかいな……、それに小さい……、こんな可愛らしい手で生まれたかったぞ。
「えへへ、私、転校してきたばかりなんだけど、全然クラスメイトと友達になれなくて……。だから、仙道さんが友達になってくれるって言ってくれてとっても嬉しい!」
西住さんは、はにかみながら上目遣いで私を見つめる。まさか、初めての友人とは……。
新学期始まってそれなりに経っているんだけどなぁ。お嬢様だから、シャイなのか?
「そっか、でも、西住さんは可愛いからすぐに沢山友達が出来ると思う。うん、その顔なら間違いない」
グイッと顔を近づけて西住さんの顔を見つめる。羨ましいくらい可愛らしい。同じ女なのにこんなに違うかね……。
「あっあのう、せっ仙道さん。近いよぉ……。それに、可愛いなんて……」
「えっ? 近い? ごめん、つい顔をよく見たくってさ。ははっ」
いかん、いかん。つい羨ましくて、じぃーっと見ちゃったよ。
私は笑って誤魔化しながら顔を離した。
「ところでさ、西住さんは何でまた放課後にこんなところに居るんだ?」
ずっと気になっていることを質問してみた。2年生が生徒会室付近に用事ってあまりないと思うんだけどな……。
「ええーっと、そうだった。職員室に転校後に必要な書類を今日届けなきゃいけなくて、迷っちゃったんだ」
「えっ? 職員室? ああ、ちょっとわかりにくい所にあるよね。普通科の先生の職員室はこっちなんだ。案内するよ」
私は西住さんを職員室に連れて行くことにした。そして、少しあとに後悔する――生徒会室で着替えてから案内すれば良かったと……。
職員室までの道のり、周囲の視線が痛かった――。
「ここが職員室だ。まっ、そんなに来ることはないと思うけどね。生徒たちのための運営は基本的に私たち生徒会がやってるからさ」
西住さんを職員室に連れて行った私はそう説明した。ていうか、生徒会の仕事多すぎ……。会長や小山先輩が居なくなったらどうしよう――。河嶋先輩は……、まぁあれとして……。
「へぇー、仙道さんって生徒会に入ってるんだぁ。だから頼りがいがある感じなんだねー」
西住さんは感心したような表情で私を見ている。そんなに、大層なことじゃあないんだけどな。私は下っ端だし……。
「玲香……。玲香って呼んでくれ。名前で……、呼んでほしいんだ……」
よく男に間違えられる反動で、私は苗字より名前で呼んでほしいと友達に頼んでいる。
うん、無駄な努力なのはわかっているよ。
「なっ名前で? 良いの? 本当に!? すごーい、本当に友達みたーい! じゃあ、玲香さんって呼ぶね!」
すごいテンションで西住さんは喜んでいた。そんなに喜ぶことかね?
「ああ、よろしく頼む。私もみほって呼ぶよ。その方が(西住流を意識しなくて)いいだろ?」
私は西住さんに名前で呼ぶ了承を取ろうとした。
「うっうん。名前の方がいいかな。なんか、ドキドキするね! えへへ」
「そうかなぁ?」
何故かまたまた真っ赤な顔になる西住さんが不思議だったが、あんまり引き止めても悪いのでスルーすることにした。
「じゃあさ、本当は一緒に出かけたりしたかったんだけど、今日は生徒会の仕事が残っているからここで……。連絡先とか交換出来たら嬉しいんだけど……」
「生徒会って大変なんだねー。れっ連絡先? えっと、携帯電話は……」
ガサゴソと携帯を探し出してもらい、西住さんとメアドと番号を交換した。本当にこういうのに慣れてなさそうだなぁ。
「じゃあ、また。今度美味しい店とか紹介するよ。気をつけて帰ってね」
私は手を振って西住さんとお別れした。ふぅ、余計なことを言ったフォローは出来たから良かったよ。
西住さんが平穏な学園艦生活を送れるように力を貸そう。私の想像どおりなら彼女の心には大きな傷があるだろうから……。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「仙道ちゃーんお疲れー」
私が着替え終わったのを確認すると会長が声をかけてきた。
まったく撮影中よりも往復するときの視線がキツかったんだけど。写メも何枚か撮られたし。
「もう、あれっきりにしてくださいよ。本当に恥ずかしかったんですから」
私は河嶋先輩の処理する書類を半分手元に置いた。
「まぁまぁ、いいじゃない。仙道ちゃんって、間違いなく大洗女子学園で1番男前なんだから。自信持ちなー」
「そんな自信欲しくありませんって」
いつもの調子でイジってくる会長にツッコミを入れながら、私は仕事を開始しようとした。
「そうそう、頑張ってくれちゃってる仙道ちゃんにー、朗報があるんだー」
思い出したように会長が声を出した。
朗報? なんだろう。干しいも半額セールでも始まったのかな?
「今学期から必修選択科目で戦車道を復活すっから。もちろん仙道ちゃんは取るよね?」
「はっ? せっ戦車道を復活! かっ会長、それは本当ですか!」
ガタッと立ち上がり、会長の元に近づく。
信じられない! 高校で戦車道は諦めていたのに……。本当に嬉しい! ちょっと、涙が出てきたよ。
「本当だよー。どう、仙道ちゃん、嬉しいっしょっ。ずっとそのためにリハビリしてたんだもんねー」
にかっと小悪魔のような笑みを浮かべて会長は笑った。いや、この笑顔も今は天使の微笑みにすら見えるよ。
「とっても嬉しいですよ! 諦めてましたから! よしっ、どうせなら全国大会に出ましょう! 任せてください、私が必ずや1回戦くらいは善戦出来るように鍛えて――」
「それじゃ、足りないんだよねー。どーせ、やるなら、優勝しなきゃ」
喜びの舞を踊っている私の耳にとんでもない発言が飛び込んできた……。
へっ? 優勝?
「いや、会長。ご存知ないかもしれませんが、優勝というのはですねぇ」
「私たちは絶対に優勝しなきゃいけないんだ。だからさ、仙道ちゃん、あの子を誘ってよ。さっき親しそうに話してたでしょ、西住ちゃんと……」
ニマニマといつもの笑顔で私を見つめて命令を下す会長。
あっ、やっぱりこの人、天使なんかじゃない。悪魔だったわ……。