イギリス編はこれで終了です。
大洗と聖グロの連合軍の戦いをご覧ください。
「すみません、聖グロリアーナのみなさん、あのシンディって人のあまりの言動に我慢が出来ませんでした」
「よろしくてよ。わたくしも、少しだけ不快感をおぼえましたから。貴女方と同じ車両に乗るのも興味深いですわ」
ダージリンさんは凛々しい顔つきで、少しだけプレッシャーが増しているように見えた。
やはり腹に据えかねるモノがあるのだろう。
「ごめんね、玲香さん。お姉ちゃんをあの人が悪く言ったから、代わりに怒ってくれてたんでしょ?」
「みほも気付いていたのか?」
「うん、完全には聞き取れなかったけど……、お姉ちゃんが悪く言われているのは何となく……」
「ああ、まほさんだけじゃない。あれはつまり、日本の高校戦車道のライバルたちを軽んじるような言い草だ。許せるはずがない!」
私は腹が立っていた。でも、よく考えてみると、あんなすごい設備で鍛えてる人に喧嘩を売ったのは無謀とも思っていた。
「ダージリン様、役割分担はどうしますか?」
「ペコ、貴女は当然、装填手をおやりなさい。あとは……、ローズヒップ! こちらへ!」
「お呼びになられましたかー! ダージリン様ぁぁぁぁっ!」
アリシアさんの説明中も勝手にどこかに行ったりしていた、ローズヒップさんが走ってダージリンさんの元にやってきた。
うん、この子はよく躾けられた子犬だと思おう、ちゃんと呼ばれて来てくれるんだからエライじゃないか。
「操縦手はこの、ローズヒップが務めます。よろしいですわね」
ダージリンさんが確認をするように、私と西住さんを見た。そりゃあ、私たちはお世辞にも言えないほど2人揃って操縦が下手くそだから文句はないけど……。
「なるほど、ローズヒップの実力をご存じないのね。彼女は我が校の誇るクルセイダー隊の隊長ですのよ。操縦の技術はわたくしが保証します」
まぁ、ダージリンさんがそう仰るのなら……、問題ないか。
「玲香様ー、ご一緒に頑張ろうであらせられますわー!」
ローズヒップさんは私の手を掴みブンブン振って、すごく元気だった。
聖グロリアーナってお嬢様学校――だよな……。
「じゃあ、砲手は私がやろう。あれ? 砲手で思い出したけど、アッサムさんは来てないんですね」
「ええ、アッサムは時差ボケで体調を崩しましたの。けして、わたくしがローズヒップの面倒を押し付けたからではありませんわよ」
「本当ですか? オレンジペコさん」
「ご想像にお任せしますわ」
気まずそうに目をそらすオレンジペコさんを見て、私は全てを察した。アッサムさん、イギリスまで来てお気の毒に……。
「じゃあ、ダージリンさんとみほで車長か通信手を……」
「そうねぇ、でしたら、みほさん。貴女が車長をおやりなさい」
意外にもダージリンさんは、西住さんに車長をやるように促した。性格的に車長以外のポジションに甘んじるタイプじゃないと思ってたのになー。
「ふぇっ? ええーっ、無理ですよー。私は先輩のダージリンさんがやるものかと思っていました」
西住さんは性格的に当然、この反応である。
まぁ、でも他校の先輩だし、やり辛いところもあるよなー。
「みほさん、貴女を車長に推す理由は2つありますわ。1つは日本の高校戦車道の強さを示すには優勝校の隊長がリーダーをすべきだと言うこと。そしてもう1つは、他の車両との通信は当然英語です。ならば、完璧に会話の出来るわたくしが通信手を務めるほかありませんの」
ぐうの音も出ない正論を語るダージリンさん。
なるほどねぇ、言われてみればそのとおりだなー。
「わかりました。車長を頑張ってみます! 皆さん、よろしくお願いします!」
西住さんはキリッとした凛々しい隊長モードの顔つきになった。
よく考えたら、すごい話だよなー。
高校の全国大会の優勝校の隊長とベスト4の隊長が同じ車両なんて……。
しかも、グロリアーナってウチが唯一負けたところだし……。
「役割が決まったようね! じゃあ付いてきてちょうだい。殲滅戦を始めるわ!」
ということで、役割が決まった私たちはアリシアさんに連れられて訓練場の中に足を踏み入れた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「これは……、どういうことなのですか? アリシアさん……」
私はアリシアさんの趣向に疑問をもった……。これでは、あまりにも私たちが……。
「あら、ごめんなさい。不愉快にさせちゃったかしら? でも、さすがにあたしもシンディも何のハンデもなく、高校生と戦うほど大人気なくないわ。こっちは2両、貴女方は5両のチームに入ってもらいます。他の4両は2軍の選手だけど……、勝てば1軍に上がれるって条件を出したから必死で戦ってくれるはずよ」
そう、我々が参加する殲滅戦の練習はハンデつきだったのだ。
こちらが5両に対して、向こうはアリシアさんとシンディさんの2両のみ。
フラッグ戦ならまだしも、殲滅戦でこれは……。しかも、全部同じ性能の車両なのにっ……。
「これで、日本の戦車道ごっこしてるガキには十分だっていってんのよ! 文句は勝ってから言いなさい!(英語です)」
シンディさんは厳しい顔つきでそんなことを言う。なんか、逸見さんとかアリサさんが可愛く見えるくらいのヒールキャラだ。
「私たちの練習にもなるから、今回はこれでお願いね。決して貴女たちを侮っているわけじゃないから……。それじゃあ、よろしく――」
アリシアさんはニコッと笑っていたが……、「よろしく」と言った瞬間、目つきが冷たい感じに変化した。やはり、ただの感じのいい人じゃなかったか。
そして、5対2の殲滅戦が開始された。
「こちらの方が数が多いですので、1両に対して複数で翻弄して撃破を狙いましょう」
西住さんはそのような作戦を立てた。まぁ、普段と違って数の有利が使えるんだから、それを利用しない手はないよなー。
「わたくしも、それがよろしいとおもいますわ。他の車両ともコミュニケーションを取っておきましょう」
『あー、日本の高校生が記念に練習に参加してるんでしょ、安心してあなたたちは後ろで見物してれば良いから(英語です)』
『そうそう、私ら1軍に昇格がかかってんだー。だから君らには悪いけど構ってらんないから(英語です)』
「――ということらしいですわ」
ダージリンさんは他の車両からの厳しい言葉を伝えた。あらら、味方からまったく相手にされないなんてなー。
「そうですか。でしたら、私たちに出来ることをしましょう。後方からスキを見つけて援護に徹します。ローズヒップさん、シンディさんの車両を狙っている2両の後ろについてください。なるべくジグザグに動いて的を絞らせないように」
「おっ任せくださいですわー!」
マチルダは走り出す。かつて練習試合で見た優雅な操縦とは程遠い荒っぽい動きであったが、スピード感があり、シャープな洗練された操縦でもあった。
これ、車両が快速のクルセイダーだったら相当の脅威なんじゃ……。センスは冷泉さん並か……。
西住さんが立てた作戦と同じ作戦なのか、4両の車両は2両ずつに別れてシンディさんとアリシアさんの車両をそれぞれが狙っている。
さて、シンディさんのところに先に2両が到着したな。同じ車両で1対2というのは、結構辛いところもあると思うんだけど……。
「これは想像以上だな……。撃ち合いなら、単純に数が少ない方が不利なはずだが……」
そう、目の前で繰り広げられるのは単純な砲撃戦。しかし、ダメージを与えて確実に撃破しているのはシンディさんの車両だった。
自らは装甲の厚いところで砲撃を受け、もしくは避け、そして相手の弱点を確実に狙う。
単純だけど、理にかなった動きを冷静に、数の不利をものともせずに撃破する姿は機械のようでもあった。
「
ダージリンさんは流石にイギリスの戦車道に詳しいみたいだ。
「無駄なく弱点ねぇ。だったらみほも負けてないな」
「ええーっ、あんなにきれいには無理だよぉ」
西住さんは謙遜しているが、私はシンディさんよりも西住さんが劣っているとは思えなかった。
「ダージリン様、やはり1対1は避けてアリシア様のところに向かう方がよろしいのでしょうか?」
オレンジペコさんが不安そうな声でダージリンさんに質問する。
「ペコ、今は車長はみほさんよ。わたくしたちは車長の指示に従います」
ダージリンさんは諭すように答えた。ふむ、西住さんはどう判断するかな。
「シンディさんの撃破を目指しましょう。リスクは高いですが、撃破出来れば3対1という状況が作ることが可能かもしれません」
西住さんは意志を固めて声を出した。よしっ、そうこなくっちゃな! そもそも、シンディさんに腹が立ってるし……。
「ローズヒップさん、右にフェイントを入れてから、左から回り込みます。玲香さん、フェイントの瞬間に当てなくてもいいので、なるべく狙いを定めて砲撃をお願いします。オレンジペコさん、砲撃後の装填、大変だと思いますが早めにお願いします」
日本高校生チームはシンディさんの車両めがけてタイマン勝負を挑んだ。
威嚇で射撃をすると、挑発に乗ってくれて正確な砲撃がこちらを襲う。しかし、やはりローズヒップさんの操縦は大したもので、シャープな動きで回避しつつ左側から相手の側面に回り込む。
そして、この強い遠心力のかかる状況にもかかわらず、オレンジペコさんは手慣れた動きで素早い装填を行った。
2人ともいずれ敵になると考えると恐ろしいなー。
「さて、と。みほ、狙うのは
慣れないマチルダでも、撃った瞬間に感じられた手応え……。
シンディのマチルダから、白旗が上がる。
我々は英国の名門大学、ボービントン大学の1軍選手の車両を撃破する快挙を達成した。
「素晴らしい砲撃でしたわ。玲香さん。やはり、聖グロリアーナに欲しい逸材……」
「むぅー、ダージリンさん。玲香さんは渡さないよ……」
西住さんからメラメラと炎が立ち昇る。思わぬ圧力に対して、ダージリンさんは……。
「じょ、冗談ですわ。みほさん、そのような怖い顔もなさるのですね……」
若干、ドン引きしていた。
さあて、残りは1両。こちらは3両だ。普通なら有利なんだけど、相手はエースで島田流の家元の従姉妹だ。簡単な相手ではない。
こちらの2両がようやく、アリシアさんの車両の前にたどり着く。
「「えっ?」」
私たちが気付いたときには2両から白旗が上がっていた。
アリシアさんの車両はまるですり抜けるように迅速に2両の死線を通りすぎただけに見えた。
一切の無駄のない、最小限に研ぎ澄まされた動き。個人技の究極系とも呼べる戦車捌きだった。
一発で仕留めるのは当然のこと、それを動きながら、最速でやってのける――。とんでもないものを見せてもらった……。
「アリシア様は英国では究極の
すっかりと、解説役におさまっているダージリンさんが汗をひとすじ流しながら、少しだけ興奮気味に語っている。
まさに、個が多を打ち破ることを前提とした殲滅戦に特化した動きだ……。
これがニンジャ戦法とも言われた島田流の真髄なのか……。
「みほさん、どうします? 技術勝負になると結果は見えていますわ」
ダージリンさんは西住さんに作戦を尋ねる。さすがに西住さんでも、あのアリシアさんには――。
「相手が無駄のない動きをするのなら、ある程度の攻撃箇所は読めます。まずは相手の一撃を耐えてから、装填時間内に決着をつけます。ローズヒップさん、誤って曲がり損ねた感じを出した瞬間に全速力で真っ直ぐに――。その後、背後に回り込んでください。玲香さん、停車時間はかなり短いですが、一撃で仕留めてください。チャンスは一度きりです」
「わっかりましたわー! ぶっ飛ばしてさしあげますわー!」
「任せてくれ!」
マチルダとマチルダが交錯しようとする。
ここで、ローズヒップさんは絶妙な戦車の操縦で乗っている私たちが錯覚するくらいの演技を披露する。上手いな、本当に……。
これなら、さすがに釣られ――なかった。
こちらの狙いを見透かしたように、砲撃は無かったのである。
それでも、予定は変えられず、背後に回り込もうとマチルダは動く。
作戦は読まれたかもしれないが、この速度でこの角度なら、相手の砲撃よりも早く当てられることができるはずだ!
と、思ってたのも束の間、相手のマチルダは後進しながら逆にこちらの背後に回り込もうと動く。なんでもありか、このっ!
私も必死で食らいついて、砲撃し――。
「はぁ、あんなの反則じゃん」
「うん。すごいね、大学生って……」
「完敗ですわね。いい勉強にはなりましたわ」
「戦車とはあんなにも自由自在に動けるものなのですね、ダージリン様」
「うぇっ? いつの間に動けなくなりましたのー!」
気付いたときには、こちらの車両は白旗判定が出ていた……。はぁ、久しぶりに完敗したなー。
しかも5対2の殲滅戦で負けちゃったし……。
相手はイギリス代表候補とも言われてる大学生。
私たちが負けて当然なのかもしれないが、悔しくて仕方がなかった。いつかリベンジしたいなー。世界大会かー。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「うふふふ、シンディったら、本当に撃破されてるじゃない」
アリシアはニコニコ笑いながら、気まずそうにしているシンディを見ていた。
「くっ……、まさか装甲の厚いところを当てられて撃破されるなんて(英語です)」
「そこがスキでしたからね。わたくしたちは、敢えて不合理な動きをしましたのよ。他の車両からダメージを与えられて弱くなっている点があるなら、そこを狙わない手はありませんことよ(英語です)」
ダージリンさんは流暢な英語で、こちらの狙いをシンディさんに伝えた。
効率のいい動きに長けているなら、それを利用する。西住さんらしい、采配だった。
「くっ……、完敗だ……。これで許してくれ(英語です)」
シンディさんは土下座した。ちょっと、そこまでしなくても。
「アリシアさんから、日本では、これが謝罪のポーズだと聞いた。あと、ハラキリも……。日本の戦車道のレベルも上がっていると認識を改めよう(英語です)」
「ちょっと、アリシアさん。なんてこと教えてるんですか!」
「あら、冗談を言ったつもりだったんだけど。ふふっ、まぁ、面白いから良いじゃない!」
あっ、結構この人っていい人そうだけど、お腹の中黒いかもしれない。敵に回すと信じられないくらい強かったし。
「あの、アリシアさん。とても強かったです。全然敵わなくて、でも、すごく勉強になりました」
西住さんが珍しく積極的に話しかけている。よほど、感じるところがあったのだろう。
そりゃあ、1対1でまほさんにも勝ったのに、サシ勝負で完敗したんだもんなー。本人は自覚してないかもしれないが、悔しい感情もあるのかもしれない。
「いいえ、貴女方はお世辞なしで強いわ。あたしの車両に砲弾を当てた高校生なんて初めてよ。それに、みほさん、貴女がもしも乗りなれた車両で急造チームじゃなかったら、あたしも危なかったかもしれないわ! ううん、貴女たち全員がこの先、世界で戦えるだけの才能を持っている。あたしはこの戦いでそう思ったの」
アリシアさんから贈られたのは称賛だった。
私たちが……、世界で? ははっ、全然想像できないや。
「では、日本の高校のみなさん、またお会いしましょう。貴女たちと再会出来ることを祈ってるわ。あと、これを貴女たちに……」
練習試合のあと、色々とイギリス式の鍛錬方法を教わった私たちは遂にお開きとなった。
アリシアさんは大学のロゴが入ったティーセットを私たちに渡してきた。
「貴女たちをライバルだと認めるわ。いつか、公式戦で戦える日を待ってるわね」
そう言って、アリシアさんは手を振って去っていった。いやー、すごい人だった。本当に……。
「この紅茶を渡すスタイルって、英国式なんですね。ダージリンさん」
「ええ、あちらの伝統を我が校で取り入れたの。ボービントン大学から紅茶をいただけるなんて名誉なことですわ」
ダージリンさんは嬉しそうにしていた。
聖グロリアーナの面々はもう1つ大学を見に行く予定らしいので、お別れして、私たちはロンドンに戻った。
「みほ、世界って広いんだなー。でも、それを知ったら、俄然やる気が出てきたよ」
「うん、今日は負けちゃって残念だったけど、頑張ろうって思えたよ。アリシアさんもいい人だったし」
私と西住さんは世界の大きさの片鱗を知って、その余韻に浸っていた。
そして、結構な時間が経ったあとに、みんなへのお土産を買い忘れたことに気が付いて、ダッシュでお店に向かった。
あー、こんな時にしっかり者の秋山さんや五十鈴さんが居ればなー。冷静な冷泉さんなら、とっくの昔にツッコミを入れてただろうなー。武部さんは言うまでもなく、モテグッズを探そうと叫んでいるだろう。
こんな時に思い出すのは大洗の仲間たち――。
少しだけ、故郷の仲間が恋しくなったころ、私と西住さんの二人きりの旅行は幕を閉じたのだった。
とても楽しかったし、忘れられない経験ができました。
素敵なご褒美をありがとうございます――会長……。
劇場版に入る前のプロローグ的な感じで入れてみたイギリス編はいかがでしたでしょうか?
オリジナルキャラを出したかったのと、ダージリンさんとみほを同じ車両に入れるっていうシチュエーションができて満足してます。
次回からはいよいよ劇場版の話に突入します。
もちろん、オリキャラのアリシアも絡ませますので、その点も注目してください。