さて、突撃を敢行した玲香の運命は?
それでは、よろしくお願いします!
「しまった、遅かったか……。しかし、びっくりするくらい素直に真っ直ぐに突っ込んで行くんだな……。なるほど、こういうところが、問題ってわけか……」
次々とマチルダとチャーチルの2台の砲撃によって撃破される知波単の九七式……。結構な惨劇だ……。
あれだけ上手いのに勿体ない。
「会長、やっぱり、少しだけ砲手頼みます。私はちょっとだけ、外に顔出しますから」
そう言い残して、私はキューポラから顔を出してどうにか撃破を逃れた西さんに声をかけた。
「やぁ、西さん。独断専行で動いた上にずいぶんな惨状じゃないですか。西さんは隊長でしょ? なんで、こんなことが起こったかわかりますか?」
私は敢えてキツイ口調で西さんに質問した。
「くっ、面目次第もありません。突撃をする場面を見誤ったとしか……」
「違いますよ。突撃のやり方を誤った……。まぁ、人それぞれやり方ってあると思いますが、私の突撃は死にたがりの戦術じゃあないです。生存本能を覚醒させて、集中力を増し、ギリギリで挑む駆け引き――。そして、研ぎ澄まされた感覚による必殺です。つまり、殺られる前に必ず殺すっていう気概が足りないのですよ。美しく散るとか考えてちゃ、ただの的になるだけです」
「玲香副隊長……。貴女は……」
西さんは困ったような顔で私を見た。ふむ、迷ってるんだろうな、この人は……。このままで良いのかどうか。
「私はこの場面でフラッグ車を逃がすつもりはないですよ。今から私はマチルダとチャーチル目がけて――突撃をします! 小山先輩!」
小山先輩に声をかけて私はバンカー目がけて突っ込んで行った。そう簡単に逃してたまるかぁ!
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
《ダージリンサイド》
正直、優勝した大洗女子学園の力を見誤っていましたわ。
バンカーに追い詰められ絶体絶命の窮地に立たされてしまい、困ってしまいましたの。
茶柱が立っていたので素敵な出会いがあると出ましたのに、なかなかのどうして、砲弾の雨ばかりしか来ないのでしょうか?
と、思っていましたら、知波単学園の車両がこちらに真っ直ぐに突撃を仕掛けて参りましたの。なるほど、面白くなりましたわ。
「スコーンが勝手に割れましたね」
「あとは、美味しくいただきますか――」
アッサムの砲撃が確実に九七式を撃破します。
ルクリリも上手くやっていますし、カチューシャもこちらに近づいている。この場から離れられそうですわね。
そう思っていましたが、忘れていましたわ。素敵な出逢いの予感を……。
玲香さん、貴女はやって来るのですね。確かに貴女がこのチャンスを黙って見過ごすなどあり得ません……。
ああ、玲香さん、貴女のその凛々しい顔つき――。やはり、そそりますわ……。
また、わたくしを悦ばせてくださることを期待してしまいます。
カチューシャとの合流の前にひと仕事増えましたね……。
「アッサム、ヘッツァーは知波単の車両とは一味違うわよ。集中して必ず当てなさい」
「データによると、このあと左にフェイント後、右から回り込みます――おそらく、チャーチル狙いと見せかけて、マチルダを先に撃破するつもりでしょう」
アッサムのデータ通り、ヘッツァーは左にフェイントを入れて、右に……。
ふふっ、やはり貴女はあの時から更に成長していましたか……。
「まさか、あそこから、正直に左から来るなんて――」
アッサムの砲弾は見事に逆をつかれて回避されてしまい、ヘッツァーはチャーチルに肉薄する。
ルクリリのフォローも間に合わない……。まさか、こんな早い段階で敗北するなんて――。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「よしっ、上手くアッサムさんのデータを裏切ってやったぞ。こっちの先読みをしてるって知ってるなら、それを逆手にとればいい! やっぱり窮地って勘が冴える。フラッグ車を撃破だ! 今だ!」
私は完全に撃破したと思ってた。
この距離で会長は外さない。だから――。
「……」
えっ、なんでこの至近距離であり得ない場所に砲弾が飛んでいったの?
「全速力で回避! 撤退してください! バックしながら、曲がって、なんでもいいから早く逃げてください!」
私は青ざめた表情で逃げを指示した。こんなところで撃破されたら、どや顔で突撃について語った私がバカみたいじゃん。
いつの間にか、カチューシャさんたちもこっちに到着してるし……。
くっそー、会長め、面倒だからって河嶋先輩に砲手やらせたな。
私は涙目でチャーチルとマチルダの凶弾を掻い潜り、プラウダの車両の接近を肌でビリビリと感じ取りながら戦線を離脱した。
ダージリンさんが撤退とカチューシャさんとの合流を優先してくれて助かったー。でも、河嶋先輩と会長は許さん。
「どういうことですか? 会長が撃っていれば試合は終わってましたよ」
「まぁまぁ、仙道ちゃん。たまには河嶋だって撃ちたい日もあるさー」
悪びれもせずにニヤニヤと笑う会長。あれ? 敵って基本的に戦車の外にいるもんじゃないの?
「そんな勝ちを溝に捨てるような話を聞きたくないのですが……」
「おいっ! 玲香! どういう意味だ!」
「えっ? 聞きたいのですか?」
「もう、玲香、落ち着きなよ。エキシビションなんだよ。大洗の応援をしてくれた人に楽しんでもらう企画なんだから、早く終わってもつまらないでしょう?」
はぁ、そういうことか。こっちが最速で優勢になった瞬間、会長が非協力的になったのは……。
「会長の狙いは分かりました。でも、この先は無しです。河嶋先輩が砲手なんて、相手に失礼ですから」
「お前、最近、遠慮が無くなってきたな……」
「すみません。言い過ぎました。とにかく、ここからは遊び無しですからね」
河嶋先輩に謝罪して、私は気を取り直して戦いに集中することにした。
あー、西さん呆れてるんだろうなー。「イキリ副隊長さん、ちーっす」とか言われないか心配だよ……。
すごく気まずい……。
『山を下ります。下りましたら敵の戦力の分散に努めてください』
西住さんは冷静に次の指示を送る。かなり戦力に差が出来ちゃったな。
ふぅ、結局、遭遇戦になったか。まぁ、私たちらしいよなー。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
《西サイド》
我が校の伝統の突撃。しかし、私は悩んでいる。果たしてこのままで良いのかどうか。
マチルダ撃破に盛り上がった仲間たちは、今こそ突撃を敢行すべきだと進言した。
確かに聖グロは追い込まれている。これは好機である。
西住隊長からの指示がないことに一抹の不安は覚えるが、この機を逃すわけには行かない。
勇猛な仲間たちに続き私も吶喊――。
しかし、どういうわけか、仲間たちは次々と撃破されてしまい、私も窮地に立たされる。
そんな中、ヘッツァーがこちらに駆け寄ってきた。
車長は先ほど挨拶をした、大洗女子学園の副隊長、仙道玲香さん。私と同じ2年生という彼女は男性と見紛うほど精悍な顔立ちで、挨拶をしたとき私は、その、少しだけ目を奪われてしまった――。
そんな彼女から送られたのは厳しい言葉だった。
彼女の『この惨状をどう思うのか?』という質問に対して、私は『突撃の場面が悪い』と返してしまう。本当は突撃という作戦が良くないのではという、疑問を圧し殺しながら……。
突撃の否定だけはどうしてもできない――それが知波単の魂そのものなのだ。それだけは私には無理なことだった……。
玲香副隊長は我が校の突撃を否定するだろう。なんせ、好機を台無しにしたのだ。辛いが覚悟を決めよう。私はそう思い、息を飲んだ。
しかし、返ってきた彼女の言葉は突撃の否定ではなかった。
突撃のやり方が誤っているという目から鱗が落ちるような持論であった。
私は突撃とは、命を散らす覚悟で不退転の意志で吶喊することだと思っていた。
しかし、彼女の精神は真逆であった。死地に近づいても尚、生きたいという気持ちを研ぎ澄ませて、相手よりも先に必殺の一撃を当てるために集中して挑む境地――。
これこそ、突撃を武器にする真髄だと語ったのだ。
そして、玲香副隊長は勇敢に1両でマチルダとチャーチルに突撃を敢行した。
私も後に続きたかったのだが、思考が追いつかなくて動けなかった。これも初めての体験だった。
洗練された、まるでその空間を支配するような動き……。彼女の言う生存本能があのような先読みを可能としているのだろうか?
そして最後のあの動き……。チャーチルに行くと見せかけて、マチルダへ向かうという見事な陽動だと私は思った。しかし、実際はチャーチルにヘッツァーは向かっていた。
玲香副隊長はギリギリで生きようと、その全身を使って敵どころか私まで騙されるくらいの動きを披露したのだ。
その見事な手腕に私は完全に目を奪われ、気持ちまで引き込まれてしまっていた。
なぜか、チャーチルに砲弾が当たらないという現象が起こっていたが、関係ない。
彼女は私の迷いを完成形を見せることで、晴らしてくれたのだ。戦いが終わったらお礼を言いに行きたい。そして――出来るのなら――。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
カチューシャさんもダージリンさんも有利だからって油断なんてしてくれない。
こちらの狙いが戦力の分散ということを見抜いて、各個撃破の対象になろうなんて愚は起こさずに、固まって行動しているのだ。
まー、あの決勝戦を見てたら、バラけるのは避けたいって考えるよね。なんせ、指示出してるのはカチューシャさんだもん。
そうこうしているうちに、ウサギさんチームまで撃破されてしまい、私たち大洗勢も油断できない状況であった。
そんな中、アリクイさんチームは初撃破できたみたいで、なんかお礼を言われた。うん、恨まれるくらい鍛えて良かったよ。
大会が終わっても努力していたし、慢心してたウサギさんチームとの差が出たな。
しかし、それでもこちらの不利は明らかだ。目の前ではアヒルさんチーム、アリクイさんチーム、そして西さんの九七式が追い詰められていた。
こちらもカモさんチームと応戦中で、私はそろそろ後退しないとまずいと思っていた。
『そろそろ後退するよー』
戦況の見極めを任せていた、ナカジマ先輩の指示で後退を我々は開始する。
しかし、そんな中でアヒルさんチームと西さんがもたついているのが気になった。
「小山先輩、何かトラブルかもしれません。いつでも出られるようにして下さい」
私は嫌な予感がして、小山先輩に進軍してきてるプラウダの戦車の軍勢とマチルダの方を意識するように話しかけた。
「玲香、あそこに飛び込めなんて言わないよね?」
「やっぱり、西さんが飛び出したか! さっきよりも、真っ直ぐじゃないだけマシだけど、あれは無謀だ! 助けますよ、小山先輩! 河嶋先輩、装填マッハでお願いします!」
「まったく、お人好しめ!」
西さんはさっき私がやっていたのと同じように不規則に動きながら突撃をしていたが、相手はノンナさんのIS-2を含む多勢……。これでは、やられるのは時間の問題……。
「え? 西さん、すごっ……」
なんと、西さんの九七式が至近距離からのIS-2の砲撃を躱した……。あれは、さっき私がやった、2重のフェイント? 小山先輩とかなり練習して、やっと実践できたのに、1回見せただけで真似たんだ……。
もしかして、西さんの練度は西住姉妹にも劣らないんじゃ……。
「小山先輩、目標はIS-2の側面ですっ!」
とりあえず、西さんの作ってくれたチャンスは活かす!
私はこの好機を逃さず、IS-2の側面に回り込み、これを撃破した――。
よし、これで厄介なノンナさんは倒せたぞ……。
しかし、未だに敵の数は多く、長く留まるのは危険な状況だった。
「西さん! 逃げますよっ!」
私は砲手席に会長を無理やり投げてから顔を出す。
「玲香副隊長……先ほどはありがとうございます。しかし、敵に背中を見せるのは……」
ふむ、嫌だって言うのか。だったら仕方ないな。
「わかった、じゃあ敵の中を突っ切って抜け出そう! 私についてきて!」
口論する時間はないので、手短に話して、私たちは敵陣の中に切り込んで行った。
いきなりの行動に面食らい、しかも、同士討ちもあり得る状況なので砲撃は止み、割と無傷で私たちはT-34とマチルダの間をすり抜けることに成功した。ノンナさんを撃破してたのはラッキーだったな。
途中、撃破出来そうだから、砲撃の指示を出したら、ありえない角度に砲弾が飛んでいった。会長……、どんだけ働きたく無いんですか?
それにしても、準決勝、決勝といい、安全策とはいえ、なんで私たちは無謀なことばかりするんだろう?
まぁ、無事に逃げ出せて良かった……。
「いやぁ、玲香副隊長の勇猛果敢な動きには感服しました。新しい突撃の境地が開けそうです!」
西さんは凛々しく、晴れやかに微笑みながら私にそう話しかけた。うーん、ちょっと無謀なところもあるけど、これはこれでアリなのかなー。
「確かに、生き延びなければと思えば、感覚が研ぎ澄まされて、相手の砲撃がいつどこに飛んで来るのか、なんとなく分かるようになりました。なるほど、皆さんの強さの秘訣がわかった気がします」
さらっと恐ろしいことが出来るようになったと宣言する西さん。
えっと、私の変なアドバイスで強力なライバルを作り出してしまった感じですかね?
エキシビションマッチは最終局面へと向かっていた――。
今回のエキシビションマッチは主には西さんの強化イベントです。
厳しいことを言う玲香ですが、自分も結構な無茶をする人なのを棚に上げてます。
次回、エキシビションマッチが決着!
是非ともご覧になってください!