それではよろしくお願いします!
「……んっ、あっ、玲香さん。起きてたんだ……」
「ああ、すまなかったな。起こしちゃったか。もう少しみほの寝顔を見てたかったのに……」
「むぅー、そんな恥ずかしいこと言わないでよー」
「おはよう、みほ」
「うん、おはよう。玲香さん……んっ」
いつものように、西住さんの反応を楽しんで、頭を撫でながら軽くキスをする。
「んじゃ、今日は私が当番だから」
そして、私は朝食の準備を始めた。
私たちは基本的に日替わりで食事の準備をすることに決めている。
「あむあむ、このパン美味しいねー」
「おっ、本当に美味しい。新しく出来たパン屋さんで買ってみたんだー。今度からここで買おうか?」
「うん、そうしよっ」
雑談をしながら朝食を終えた私たちは学校へ行く支度をする。
今日からしばらく特例で全国を回る。身だしなみには注意しないとな。
「とりあえず、どこの学園艦から行こうかな?」
「うーん、昨日優花里さんにも相談したんだけど、やっぱり黒森峰は外せないって。私もお姉ちゃんやエリ、逸見さんは特に欠かせない戦力だと思うし」
まぁ、まほさんは最強の一角だろうし、逸見さんだってそれに次ぐ強さだ。
私も当然、代表チームの構想の中にこの二人は入っていた。
「あとは、プラウダ、グロリアーナ、サンダース辺りは当然行くべきだよなー。カチューシャさんやダージリンさん、ケイさんの力は絶対に必要だろう」
「そうだねー。そう考えると行かなきゃいけない場所ってたくさんあるよね」
「そうなんだよ。まぁ、時間はあるから、焦らずに行こう。あっ、でもみほは色々あったから、黒森峰には私だけで行こうか?」
自然に西住さんが黒森峰の話を切り出したから失念してたが、これは問題だということに気がついた。
「ううん、もう逃げないって決めたから。私は大洗女子学園の隊長として、黒森峰女学園に行くよ。それに、玲香さんが一緒なら怖くないよ」
西住さんははっきりとした声でそう言った。うーむ、以前の西住さんとかなり変わったな。
まぁ、逸見さんくらいならあしらえるし、いざとなれば私が守ればいいか。
「そうか……、じゃあ一緒に行こう。今、まほさんにメールしたら、さっき日本に帰国したばかりみたいで、あっちで合流しようって話になった。とりあえず、まほさんと会おう」
「うん、わかった」
ということで、私たちの最初の目的地は黒森峰女学園ということになった。
代表チームに入ってくれるかわからないけど、とにかく話はしよう。
しかし、まほさんは居なかったらしいけど、逸見さんはアメリカ代表と戦ったんだよなー。どんな感じだったんだろう?
その辺の話も聞いてみたいよなー。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「ようこそ、黒森峰へ。玲香、みほ、よく来てくれたな。世界ユース大会か、開催するということは少しだけエリカから聞いてはいるが、私も日本に帰ってきたばかりだ。まずは詳しい話を聞かせてもらおう」
ヘリコプターから降りると、帰国したばかりのまほさんが迎えてくれた。
ドイツに行ってたみたいだけど、前に会ったときよりオーラというか、存在感が増したように見える。
「そうですね、最初からお話しましょう。実は――」
私と西住さんはユース大会開催に伴って代表者の選定を監督である蝶野さんより任されたという話をした。
「なるほど。それで、私とエリカに声をかけに来たというわけか」
まほさんが納得したように頷いた。代表にはやっぱりまほさんが居ないと始まらない。
リーダーシップで言えば私はもちろん、西住さんだって敵わないと思うし……。
「うん、お姉ちゃんは強いから……」
「みほ……、お前が思うほど私は強くなどない。しかし、西住流に後退はない。代表の話を聞いて引き下がるつもりはない」
キリッとした表情でまほさんが代表チーム入りを承諾してくれた。
よし、これで5両目だな。参加車両はティーガーⅠっと……。
「それでは、早速エリカを勧誘しに行こうと思うのですが……、まほさんから声をかけてもらえませんか?」
「ああ、エリカには当然声をかけよう。しかし、先ほど電話で話したのだが、元気がなさそうに聞こえた。とにかく、今から学校へ行く。みほは大丈夫なのか?」
「えっと、うん。私はもう平気。玲香さんもいるし……」
「そうか……。ならついて来い」
ということで、私たちはどうやら傷心中らしい逸見さんの元に行くために黒森峰女学園へ足を踏み入れた。
私は三度目、西住さんは二年生になって初めてである。
「うわぁ、みほさんじゃないですか! 黒森峰に来てくれたんですね!」
逸見さんと待ち合わせている隊長室までの道中で赤星さんとばったり出会った。
彼女はとても西住さんが来たことを喜んでいた。すれ違う子たちも西住さんに挨拶してたし、どうやらそんなにここで悪い印象を持たれているわけじゃないらしい。
まぁ、10連覇を逃したときの3年生が卒業しているのが大きいみたいだが……。
前に赤星さんから聞いた話によると、最後の大会ということもあり、冷静さを欠いて感情的にあたっている連中も居たらしい。
赤星さんとしばらく雑談をして、私たちは逸見さんの様子をそれとなく聞いてみた。
「あまり、良くはないですね……。エリカさん、隊長なら勝てた……と、自分ばかり責めてましたから。私たちが不甲斐ないのもあるのに……」
赤星さん曰く、まほさんのように指揮が出来なかったことが余程ショックだったらしい。
「エリカさん……」
西住さんも心配そうな顔をしていた。
「ですから、みほさんに元気付けて欲しいんです! きっとエリカさんのやる気もそれで回復します!」
赤星さんは西住さんの両肩を掴んで、まっすぐに彼女を見つめて懇願した。
西住さんは困惑していたが、真顔に戻り答えた。
「うん、力になれるかわからないけど、話してみるね」
ルクレールでも、全国大会でも大学選抜チームとの戦いでも、まほさんとは話していたが、逸見さんとは全くコミュニケーションが取れてなかった西住さんが、話すとはっきりと言った。
西住さんの中で確実に何かが変わっていると私は思った。まほさんも意外そうな顔をしていた。
「みほは、エリカのこと避けてたんじゃないのか?」
私は率直に話を聞いてみた。
「あっ、うーん、ええーっと、そうだね。やっぱり、エリカさんとは色々あって、勝手に飛び出したから気まずかったの。だから、エリカさんが気を使って何度も声をかけてくれたのに怖くて返事が出来なかった……」
「副隊長? あっ、元副隊長でしたね」とか、「急造チームでチームワークぅ」とかを気を使って声をかけてくれたと解釈しているのは天然なのか嫌味なのか……。
おそらく前者だが、逸見さんが聞いていたら「何よっ、それって嫌味ぃ?」とか言って怒りそうだな。
「しかし、それだけエリカと話すのが怖かったお前が、どうして話す気に?」
まほさんも不思議そうに気になること質問する。
「んーっとね、今日黒森峰に行くって考えたとき、こう考えることにしたの。よく考えたらエリカさんはお母さんより怖くないって。前に実家でお母さんと話せたから、それに比べれば怖くないかなって思えるようになったんだ」
「「あー」」
私とまほさんは声を揃えて納得してしまった。
確かに一度家元という猛獣と触れ合ったら、逸見さんなんてよく吠える小型犬くらいに見えるかもしれないなー。
ということで私たちは逸見さんの待つ隊長室に入った。
「たっ隊長、申し訳ありません。私は……」
「エリカ、私の留守を守ってくれて感謝する」
逸見さんがまほさんに対して謝罪の言葉を述べたが、まほさんはそれには反応せずに彼女を労った。
「守ってなどいません。私は隊長のように出来ませんでした。何も出来ずに無惨に敗北したのです……。私は隊長のあとを継ぐ自信がなくなりました……」
逸見さんは泣き出しそうな顔でうなだれていた。普段の気丈な彼女からは想像もできない様子だ。
「エリカ、お前は強い。私のようになろうと思わなくても良いんだ。エリカにはエリカの道がある」
「そんな道なんて、ありませんよっ! 私は、私はずっと、隊長に憧れて……、隊長のようになりたくて……」
逸見さんは目に涙をためて主張した。まほさんは、気付いてないはずないが、逸見さんの戦車道はまほさんへの憧れそのものだ……。
逸見さんとまほさんと両方と戦うとよく分かる。逸見さんがどれだけまほさんの背中を追ってきたかが……。
「エリカ……」
まほさんは想像以上の逸見さんの態度にかける言葉を失ったようだ。
「エリカさん、あのっ……」
そんな中、西住さんが逸見さんに話かけた。この場面で話かけるなんて私は驚いたが、逸見さんはもっと驚いていた。
「……っ。何よっ……。私を笑いに来たの!? 現副隊長は元副隊長の足元にも及ばないって!」
逸見さんはすごい目つきで西住さんを睨みつけた!
「違うよ、私はその、私も自分の戦車道が見つけられるまでとても悩んだし、負けて辛いのも分かるから……」
「分かんないわよ! あんたなんかに! 私がどんな手を使っても、どんなに努力してでも欲しかったモノを持ってる、あんたになんかっ! それなのに、自信なさげで、勝手に逃げ出して行ったあんたに、私のことがわかってたまるかぁぁぁ!」
逸見さんは乱暴に西住さんの胸ぐらを掴んで、大声で叫んだ。
そうか、これが逸見さんの怒りの理由か……。私は逸見さんを西住さんから引きはがしながらそう思った。
西住さんは認めないだろうし、彼女だって血の滲むような努力をしているのは知っているから、私もあまりこういう評価はしたくないのだが……。西住みほは――天才だ。
戦車道において、才能という面で考えると島田愛里寿と並んで西住さんは間違いなく群を抜いている。
もちろん、逸見さんだって才能は豊かなんだろうと思う。
だけど、彼女はどう考えても私たち側。
努力した分だけしか強くなれないんだ。
私は中学時代の決勝戦だけで西住さんとの才能の差を感じ、大洗での最初の模擬戦でそれを確信した。
だから、私は西住さんのライバルになる道を捨てたのだ。支える存在に、彼女とは別のベクトルで戦える人間になろうと考えることにした。
逸見さんは西住さんとの付き合いが私より長い。
聡明な逸見さんだから、西住さんとの才能の差をおそらくすぐに感じ取ったに違いない。
でも先輩で憧れの対象であるまほさんとは違い、同期の西住さんには負けたくなかった。才能を認めても私とは違ってずっと張り合っていたのだろう。
だからこそ西住さんが許せないって部分があるのかもしれない。
西住さんはそんな逸見さんにどう声をかけるのだろうか?
そう思っていると、西住さんは、普段の彼女からは想像も出来ないことを言い出した。
「――エリカさんにはエリカさんの強さがあるよ。ねぇ、今から戦車で勝負をしない? 私とエリカさんで……」
「――なっ! なんで、私があなたとっ!?」
「今回は手を抜かないよ。本気で戦う。私からエリカさんに挑戦状を送るよ。私の知ってるエリカさんだったら、逃げないよね?」
西住さんが挑発するようなことを言う。こんな彼女は見たことがない。
「にっ逃げるわけないでしょっ! いいわ! 何が言いたいのか分からないけど、むしゃくしゃしてるの! 勝負してやろうじゃない!」
「うん、ありがとう。お姉ちゃん、悪いんだけど、Ⅱ号戦車を2両借りれるかな? 私とエリカさんが車長で、お姉ちゃんと玲香さんはそれを手伝う感じで……」
本当に勝負するつもりだな。Ⅱ号戦車でタイマンなんてタンカスロンみたいだ……。
「ん? ああ……、それは構わないが。私も口は出さない。じゃあ、私とエリカが組んで……」
「いや、私がエリカと組みましょう。構わないだろ? みほ、エリカ」
私はこの戦いは逸見さんの側で見たかった。私と同じ持たざる者があらがう姿を目に焼き付けたいからだ。
「私はいいよ。玲香さんがそうしたいなら……」
「別に構わないけど……」
二人はそう答えた。なんか、代表チームに誘う話からかなり脱線しているような気がするが、成り行きだから仕方ない。
というわけで、黒森峰の演習場を借りて、Ⅱ号戦車を使った西住さんと逸見さんの一騎討ちが始まった。
どういうわけか、仲間集めのはずなのに、みほVSエリカになってしまいました。
こんな感じでしばらく学園艦を回っていく感じになります。
次回もよろしくお願いします!