それでは、よろしくお願いします。
《梓視点》
西住隊長と玲香先輩がユース代表になったと聞いたとき、私は嬉しかった。
自慢の尊敬できる先輩だし、憧れの人たちだから、誇らしいと思った。
でも、アヒルさんチームやレオポンさんチームも代表入りして、最終的には私たち以外の全てのチームが代表に入ってしまった。
わかっている、私たちはどこかお気楽で頑張っているんだけど、本気になりきれないでいた。
戦車道は大好きだし、のめり込んでいるけれど、廃校の問題が解決したから、そんなに頑張らなくても良いかなという雰囲気がチームの中にあった。
その結果、気付かない間に他のチームと差が出てしまっていた。
そして今、その差が顕著に表れてしまって私たちは置いていかれることになったのだった。
「先輩たちはみんなすごいからしょうがないよ」
桂利奈は諦めたようにそう言った。
「そうそう、負けたら廃校とかじゃないんだしぃ。楽しむくらいでいいじゃなぁい」
優季も桂利奈に同調する
「応援に行かなきゃ。テレビとか先輩たち出ちゃったりしてー。どうしよう」
「あやが気にする必要はないじゃん」
あやに対してあゆみがツッコミを入れる。
「…………」
紗希は興味が無さそうな表情だ。
みんなは現状のままで仕方ないと思っていた。私はそれならと、現状を受け入れようとした。
だけど――。
「あれ? みんなどうしたの? こんな早朝に……」
何となく、朝早く登校してみたら、M3リーが練習場を動き回っていて驚いた。
私は急いで駆け寄ってみんなに声をかけた。
「梓が代表になれなくて悔しがってたから、みんなで集まって練習しようと思ったの。こっそり上手くなって梓を驚かそうと思ったのに、もうバレちゃった」
あゆみが照れくさそうに事情を話した。
「みんな……」
「トライアウト出るんでしょ? 私たちも代表になろう」
「目指せ有名人!」
「あやはバカだなぁ」
「ひどーい」
この日から私たちは猛特訓を開始した。
先輩! 私たちは必ず追いついて見せます!
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「ウサギさんチームが西さんを倒してから風向きが変わりましたね。西住殿」
「うん、みんなが愛里寿ちゃん以外にも警戒しなきゃいけなくなったから……」
西住さんの言うとおり、互いが互いを牽制して、攻めあぐねていた。
「しかし、合格の条件は愛里寿の車両に当てること。しかも、人数が多い方が愛里寿にスキは生じやすい。互いに同士討ちするなんて合理的じゃない」
私は足の引っ張りあいをすることが無意味だと口に出した。
「レイーチカはバカなのね。ホント、びっくりしちゃうわ」
いきなりカチューシャさんが辛辣なことを言ってくる。えっと、私って変なこと言ったかな?
「レイーチカはこういうとき、どんなのが怖いのかって解っていないわ。お利口さんな行動をする子よりも、何をするのか読めない子の方がよっぽど怖いのよ。わざと理屈の合わないことをする――これによって周りは消極的になって自分のペースで仕掛け易くなるわ」
「カチューシャの言うとおりだ。今、この場はM3リーのチームが支配していると言ってもいい」
まほさんはカチューシャさんに同調した。
うーん、そんなにウサギさんチームはそんなに考えて動くタイプだったっけ?
「梓さんは頭がいい子だよ、玲香さん。決勝戦だって、実戦の中で自分たちが思いついた作戦を実行して成功させているんだから」
「そうだったな。なるほど、ウサギさんチームを過小評価してたみたいだ。彼女たちに申し訳ないよ」
私は失礼なことを思っていたので、反省した。
そして、思ったとおりウサギさんチームはアヒルさんチームに向かって行った。
阪口さんの操縦は今までにないキレがあり、気迫がこもっていた。
被弾をしたら、失格だというのに大胆に接近して砲撃を命中させようと積極的に攻めていた。
当たり前だが、それだけで簡単に打ち取れるほど、愛里寿さんのパーシングは甘くない。
巧みな指示で戦車を操り、決定的に場面を作らせない。
やはり、勝つのは難しいのか……。
そう私が思っていたが、ここで彼女らは驚くべき動きをする。
黒森峰との決勝であんこうチームが、そして、大学選抜戦で私たちがやったようなドリフトから側面に回り込む砲撃を、意表をつくバック走行でやろうとしたのだ。
急にバックで側面に回り込もうとしたM3リーにさすがの愛里寿も面食らったのか、反応が明らかに遅れたのである。
「よしっ! 頑張れ!」
私はつい大声を上げて応援してしまった。
プラウダ戦のときに敵の車両の前に飛び出した勇気を見せた彼女には驚かされたっけ。まさか、もう一度、こんなに彼女らに驚かされるなんて私は思ってもみなかった。
しかし、ウサギさんチームの牙はアヒルさんチームの喉元に届かなかった。
バック走行で側面に回り込むという荒業は失敗してしまい、その場でスピンしてコントロールを失ってしまったのだ。
そして、愛里寿はもちろんそれを見逃さずにウサギさんチームは狙撃されて失格となってしまった。
惜しかった……。本当に……。
「澤ちゃーん。残念だったねー。あと、プラウダ高校、KV2チーム合格ー」
えっ? 今なんて……。あれ? なんで、あんな場所にKV-2が?
「さすがプラウダの精鋭ね。ずっとエンジンを切って冬眠中のクマみたいにじっと動かずに、島田流の子が意識をM3リーに集中するまで我慢するなんて、よくやったわ」
なんと、KV-2はずっと木々の隙間をは狙撃ポイントに決めて、エンジンまで切って機を窺っていたのだ。
というわけで、トライアウト合格第一号はプラウダ高校のニーナさんとアリーナさんたちが操るKV-2となった。
残りの三両もあのタイミングは好機だと思ったんだろうけど、お互いに牽制してたみたいだから出遅れたな。
まさか、あれだけ見事に気配を消して仕留めるとは……。これが実戦用の砲弾ならKV-2はパーシングを撃破している。
まぁ、愛里寿さんだって実戦ならもっとKV-2を警戒するだろうけど……。
「これは意外な展開になったな。一番不利だと思われたKV-2がトップ合格とは……。残るは2枠で争うのが……」
「赤星殿のパンター、ルクリリ殿のマチルダ、そしてヤイカ殿の7TPですね……」
息を呑んで私たちは結末を見守る。おそらくここからは展開が早いはずだ。
なぜなら、乱入した車両も半分以上が居なくなったのだ。
パーシングの実力を考えると全両を討ち取る可能性すらある。
思ったとおり、ここから大きな動きがあった。
なんと、ヤイカさんとルクリリさんが手を組んだのだ。
彼女らはお互いに即興のコンビネーションで、愛里寿さんの気をそらすために威嚇射撃を断続的に行った。
そして、残ったパンターにも二両は容赦なく砲撃を行う。
なるほど、合格枠が残り二両なら協調するというのは一つの手だな……。
「こんなときに他人を信じるなんてよくやるわね。私だったら、絶対に信じないわ」
逸見さんはルクリリさんたちの協調に否定的な意見を出した。
「確かに安易な協調は背中から撃たれる恐れがあるな」
まほさんも頷いて、逸見さんに同調した。
ああ、そう考えるとそんな気がしてきた……。
二人の予想は的中して、決定的なタイミングでヤイカさんの7TPは急にルクリリさんのマチルダの裏に回り込み盾に使おうとしたのだ。
なるほど、マチルダを盾にして装填時間内にパーシングを仕留めるつもりか……。
これは次の合格者はヤイカさんか……。
と、思ったのも束の間……。
なんと、マチルダは盾にされることを読んでいたかの如く方向を急転換させて、パーシングの砲撃を避けて、砲弾は7TPに当たったのである。
「ボンプル高校、7TP失格ー」
そして、最初から決めていたかのようにきれいにパーシングの側面に肉薄して、砲撃を当てることに成功する。
「何かルクリリさん叫んでる気がするな……」
私はキューポラから顔を出したルクリリさんの様子を見ながらそう言った。
「私の読唇術によると、『馬鹿め三度も引っ掛かるか』とルクリリ殿は仰ってますねー」
秋山さんの謎スキルによってセリフはわかったけど、どういうこと?
「聖グロリアーナ女学院マチルダ、合格ー。黒森峰女学園、パンター合格ー」
えっ、赤星さんいつの間に……。何をしたんだ?
「見事だったな、小梅は特別なことなどしていない。実力でパーシングの車体に砲弾をかすらせた。当てれば良いのだから、そのルールにずっと集中していたのだ」
まほさんは赤星さんについて説明する。
「あの子は黒森峰の中等部から基本的な練習をずっと積み重ねてきたの。派手な強さはないけど、だからこそ基本に忠実な小梅は強いわ」
逸見さんは赤星さんの強みを語った。
こうしてトライアウトは終了して、合格車両はプラウダのKV-2、グロリアーナのマチルダ、黒森峰のパンターに決まった。
終わってみると強豪校からだけしか出てないけど、トライアウトの様子は好評で、各高校にはいい刺激になったみたいだ。
特にヤイカさんの活躍は評判が高く、タンカスロンに興味を持つ高校が増えたようだ。
ウサギさんチームは残念だったけど、西住さんが澤さんたちをベタ褒めしたので、彼女たちは涙を流して喜んでいた。
そして、この一週間後――代表チーム全員が集まる強化合宿が開始されたのである。
結局、気付いたら強豪校ばかりになってしまいました。
いろいろ考えたのですが、この構成がバランスが良かったので……。
ウサギさんチームは最後まで迷ったのですが、残念な結果になってしまいました。
次回から合宿編、そしてそれが終わればユース大会が始まります。