合宿編はこれで終わりです。
今回もカオスでお見苦しい点は多いと思いますが、世界大会前の息抜きだと思ってください。
それではよろしくお願いします!
合宿二日目の朝、西住まほさん、カチューシャさん、ダージリンさん、ケイさん、そして島田愛里寿さんが合宿場から退場した。
島田流の家元、島田千代さんが扮するナイト・ザ・シマダによって連れ去られる形となって……。
傍から見れば茶番なのだが、世界ユース大会が迫る中、せっかく集まったメンバーの内、とくに要となっている人たちを取られた私たちはたまったもんじゃない。
そして、その後も5両ずつ適当に呼ばれて殲滅戦をさせられたが、私たちは全敗した。
唯一、あんこうチームが戦った最後の試合のときだけ、残り一両まで追いつめたのだが、最後の一両が異様に強くて結局負けてしまった。
ちなみに我々のヘッツァーは黒いM3リーに撃破されてしまった。まったく歯が立たなくて一瞬で撃破されてしまったのだ。
私たちがそんな不安を抱える中、西住流の家元、いやマスク・ド・ニシズミコーチの話はまだ続いた。
「これでわかりましたね。弱くて、どうにもならない戦車乗りがあなたたちです。しかし、ブラックマスク・ジャパンは10両しかいません。本来はもっといる予定でしたが、西住流に伝わる地獄の特訓についてこれずに脱落してしまった……」
厳しい言葉をミリタリールックのタイガーマスクいや、マスクドコーチが私たちにかける。
西住流の地獄の特訓ってめっちゃ怖そうなんだけど……。
「お母さん、まさかあれを……」
西住さんは顔を青くしてそう呟いた……。
「あのオバサン、ホントにムカつくわね。そろそろ、私がひとこと言ってやろうかしら……」
「エリカさん、本当に黙って……。頼むから……」
逸見さんの怖いもの知らずのつぶやきに、見かねた赤星さんが忠告した。
なんで、この人はマスクドコーチの正体に気付かないんだ? 黒森峰に通ってるんだよね?
「蝶野、この子たちに地獄の特訓メニュー《羅生門》を課しますよ。あなたも昔、行ったあれです」
「ちょっと待ってください、コーチ! 今のこの時期に《羅生門》は……、本当に誰もチームに残らない可能性があります!」
あの大雑把な蝶野さんが本気で止めている。《羅生門》って、そんなにヤバい特訓なのか?
「しかし、強くなれます。高校時代、あなたは一人だけ特訓をやり遂げて見事に全国大会で15両撃破して勝利に導いたではないですか」
「――わかりました。コーチがそう仰るのなら……」
いや、わからないでください蝶野さん。絶対にそれはヤバいやつです。
その証拠に西住さんがさっきから震えが止まってない。
そして、私の不安は見事に的中したのである。
「まずは体力作りです。今日からはこのニシズミスーツを着用すること――」
なんか出てきた……。何あの? ゾ○スーツみたいなやつ……、いや、あんこう踊りの衣装に近いか?
とにかく身体のラインがくっきり出そうだ。
「ニシズミスーツは戦車道をする上で必要な筋肉に負荷がかかるように作られた科学の結晶です。その上、特殊なカーボンでコーティングされていますので多少の衝撃には耐えられるように出来てます」
多少の衝撃には耐えられるって、一体これから我々は何をさせられるのか……。
私たちはマスクドコーチの迫力に負けて、言うことを聞いてニシズミスーツを着用した。
「くっ、動きにくいぞ……。ていうか、戦車道に必要な筋肉って何だよっ……」
普段から基礎体力作りを怠ってない私たちだったが、ニシズミスーツはズシッとした重みがあり、体の至るところに負荷がかかるので、歩くだけで疲れた。
「みほは、コレを着たことあるのか?」
「ううん、こんなの知らないよ……。でも、《羅生門》は……」
西住さんは頭を振って恐怖に満ちた表情をした。
そして、地獄の日々が始まった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
行進間で10連続当てなきゃ休憩できま10とか、時間が経つにつれて増えてくる戦車から逃走して、撃破されずに逃げ切るとか(逃げ切れなかったらやり直し)、字面にすると愉快かもしれないが恐ろしい特訓をナイター設備が整った鍛錬場で早朝から深夜まで連日行ったのだ。
その間、寝るときと入浴以外はずっとニシズミスーツを着せられて、私たちは気力と体力を削られながら合宿に挑んでいた。
すでに河嶋先輩はゾンビみたいな動きになっていて、小山先輩もやつれていた。会長は干しいもを食べる量が減っている。
というか、こんな無茶な特訓にまともに付いていっているのはあんこうチームだけだった。
コーチの手先となって、こっちに攻撃をしたり、特訓の手伝いをしているのはブラックマスクのみなさん。
黒いウサギはやっぱりウサギさんチームで、この子たちは恐ろしいほどパワーアップしており、代表チームの車両を片っ端から撃破しまくっていた。
澤さんにこっそり聞いたところ、どうやら、彼女たちは一週間、これと同じ特訓メニューをやり遂げたらしい。
その結果、戦車に乗ると敵を撃破することしか考えられなくなってしまったそうだ。それって、人間としてはいい事なのかな?
とにかく、一週間経った現在、代表チームのみんなはボロボロで、ミカさんすら、普通に喋ってカンテレを弾かなくなった始末だ。
「もうだめだ……、体中が痛いし、こんなので強くなれる気がしない……」
「そんなことないよ、玲香さんの指示は早く伝わるようになってるし、強くなってる」
深夜にようやく練習が終わり、私は西住さんに愚痴をこぼした。彼女は特訓で強くなったと言ってくれた。
「えっ? 本当に?」
私は西住さんのこのセリフで少しだけ気力を回復した。
「うん、それにみんなも、とても強くなった。だけど、このままじゃ……」
「潰れされちゃうっていうことか……。そうだよな、これを乗り越えたからって代表チームに残れる保証もないんだから……」
私も薄々、みんなの限界を感じ取っていた。
「戦って勝つしかないだろう……。いい加減、眠らないと私は事故を起こすぞ」
目元に大きな隈が出来た冷泉さんがフラフラになりながらそう言った。
「そうですね、このまま潰されるより、タイマンであの方たちをやっつける可能性にかけた方がよろしいかと存じます」
「そうだよー。こんなの遠距離恋愛よりも辛いもん」
「武部殿って遠距離恋愛したことあるのですかー?」
あんこうチームはマスクドコーチにもう一度、代表チームの座を賭けて勝負を挑むことに決めたらしい。
私たちはマスクドコーチに談判するために彼女のところに行った。
彼女はまだグラウンドで何やら私たちのパーソナルデータの管理を行っていた。
なんか、一人ひとりの能力が数値化されてるみたいだな……。
「――代表チームの座を賭けて決闘? 先日、あんなにコテンパンにされたのにですか? 西住みほ、あなた方だけは特別です。代表チームに残留を認めます。それでもリスクを背負いますか? あなたが負ければ、その場で本当に代表チームは解散しますよ?」
マスクドコーチは西住さんに揺さぶりをかける。
「お母さん、私はそれでも構いま――」
「待て、みほっ! 勝負を先にするのは我々だっ!」
振り返ると、貴族みたいな衣装にレイピアを握ったまほさんやカチューシャさんたちが5人揃って、島田流の家元、いや、ナイト・ザ・シマダに引き連れられてこちらにやってきた。
そして5人は左手の手袋をマスクドコーチに投げつける。
「これは彼女たちからの挑戦状です。彼女らには島田流に伝わる秘伝の特訓を課してパワーアップしてもらいました。西住流のショボい特訓をして強くなったような連中では敵わないでしょう」
「若作りの方法で勝負するわけじゃないことはお分かりですか? 安っぽい挑発ですね」
よくわからないが、この二人からビシビシ敵愾心を感じる。
「あら、羨ましいのですか? 別にあなたと違って特別なことはしてませんが」
「別に羨ましくなど……、私だって娘と姉妹に見えるって言われたことありますし……」
マスクドコーチがそういうと、まほさんにめっちゃ睨まれた。
「私だって、愛里寿と姉妹に……」
「お母様、流石にそれは無理……」
このあとなんやかんやあってマスクドコーチが手袋を拾い、決闘が成立した。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
翌日、私たちは久しぶりに昼過ぎまで休憩を与えられた。
そして、まほさん率いる退場組が試合を始めた。
ちなみに、あの貴族みたいな衣装はシマダスーツと言って、人間の潜在能力を覚醒させるとか、何とかいう怪しげなモノだった。
前回は完敗したけど、大丈夫なのかな? 本当に……。
「圧巻だな……。まほさんたち、こんなに強くなっているのか……」
「ありゃりゃ、これはすごいねー」
すべてを焼き尽くすマグマのごとく猛攻を続けるまほさん。
今までにない、巧みな個人技で敵を翻弄するカチューシャさん。
二対一という場面でも躊躇いなく撃破に勤しむケイさん。
以前よりも倍速で紅茶を飲み干すダージリンさん。
味方を守るためにフォローに徹する愛里寿さん。
この五人は一週間前に言われた弱点を克服しただけでなく、さらに洗練された動きを身につけて帰ってきた。
島田流の秘伝の特訓って、何をやったんだろう? 1年くらい修行したあとみたいになっているんだけど……。
そして、まほさんたちは一両も欠けることなく、黒いティーガーたちを殲滅した。
「くっ、あなたたちの代表復帰を認めます……」
「うふふ、島田流って凄いでしょ」
マスクドコーチは本気で悔しそうなんだけど……。
「次は私たちか……」
私たちはニシズミスーツから解放され、代表チーム入りを賭けた決戦に挑む。
「すっごく、体は軽い……。身体能力は上がった気がする……。でも……」
「体中が筋肉痛だっ! こんなのじゃ勝てないよー、柚子ちゃーん」
「でも、勝つしかないよ。これ以上、アレはさすがに……」
そう、今日までの疲労が凄まじくて私たちは満足に動けないくらいまでになっていたのだ。
しかし、朗報が入った。よく考えたら、ブラックマスク軍団の戦車は残り五両しか動けないんだ。
だから、私たち、ニシズミスーツ組から出るのは五両のみということになるのだ。
まぁ、残った人たちも連帯責任になるが、出来るだけ疲労の少ない人たちを選べるのは大きい。
そして、その五両は西住さんが決めることになった。
「玲香さん、ノンナさん、ナオミさん、あとは、メグミさんにお願いします」
西住さんは、まず、頼みやすい私に声をかけた。
そして、行進間射撃の特訓を毎回早抜けして、疲労の少ないノンナさんとナオミさんを次に選ぶ。
さらに我々の中で唯一、筋肉痛になってないアリクイさんチームも所属するメグミさんのパーシングを最後の車両に選んだ。
アリクイさんチームだけ喜んでたもんなー、ニシズミスーツ……。
試合は何とか、こちらが優勢で進めていた。あんこうチームというのは、やっぱりどんなときも頼りになって、単機で三両撃破していた。
しかし、前回、そのあんこうチームを倒した黒い虎のマスクをした車長の乗るティーガーが我々の勝利を許さない。
立て続けに我々は撃破され、気付けば、あんこうチームと黒いタイガーマスクのティーガーが一騎討ちという形になっていた。
そして、そこからが長かった。二時間以上、ティーガーとⅣ号は戦い続けていたのだ……。
決着のときは突如として訪れた。互いにフェイントを入れて正面を向き合ったのだが、砲撃が無かったのである。
「まさか……、弾薬が切れたんじゃ……」
そう、私がつぶやいたとき、何を思ったか黒いタイガーマスクは自分のマスクに手を伸ばして、マスクを高らかに放り投げた。
その正体は黒髪のどう見ても高校生には見えない女性だった。
「私たちの負けです。強くなりましたね、みほお嬢様!」
黒髪の女性はそうひとこと言い残して、ティーガーとM3リーを引き連れて、グラウンドから退場して行った。
「マスク・ド・ニシズミコーチ! あの人、絶対に女子高生じゃない……」
「高校生ですっ! 確かに制服を着ることは最後まで拒みましたが、心は高校生です!」
んな、無茶苦茶な……。
あとで西住さんに話を聞いたらあの人は菊代さんといって西住さんの実家の家政婦さんみたいだ。
この前、お邪魔したときには居なかったから気付かなかった。
って、やっぱり高校生じゃないじゃん。
「皆さん、少しはマシになったようですね。分かりました、あなたたちに日本戦車道の未来を託しましょう」
マスクドコーチはあっさりと私たちを認めて帰り支度を始めた。
多分、ウサギさんチーム以外は高校生じゃないんだろうな。やっぱり茶番だったか……。
でも、この人の恐ろしいところは茶番でも本気で私たちを潰しに来たことだ。
こんな容赦のない母親に育てられたんだ、西住姉妹が強い訳だ……。
「久しぶりに愛里寿と遊べて楽しかったです。また、誘ってください」
「もう、二度とあなたに声はかけません」
嵐のように去っていったマスク・ド・ニシズミとナイト・ザ・シマダ。
今日帰ってもらわないと困ったもんなー。
だって、世界ユース大会の対戦相手を決める抽選会は……、たったの三日後なんだから……。
「結局、マスク・ド・ニシズミって誰だったのよ……」
「「えっ?」」
私と西住さんは今日、最後の衝撃を受けたが、ツッコミを入れる体力が残って居なかったので黙っていた……。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
『日本ユース代表……、Aブロック!』
予選リーグの抽選が行われて、私たち日本はAブロックとなった。
で、初戦の相手は……。
【戦車道世界ユース大会、予選Aブロック第一試合】
日本VSアメリカ合衆国
合宿編、本当にこんな感じになってしまってすみません!
世界ユース大会はちゃんとしますので、本当に申し訳ありません。
予選リーグの勝ち点とかのルールは次回説明します。