それではよろしくお願いします!
「ムキーっ! やっぱり気に入らないわ! 西住流!」
私の肩の上でカチューシャさんが不機嫌そうな声を出す。
ロシアユースとの第三セット。それは西住流が世界の戦車道の心胆を寒からしめると言っても良い試合だった。
西住みほと西住まほがコンビを組み、さらにバミューダ三姉妹を投入した最終戦……、結論から言って日本ユースは圧勝した。
『ロシアユースチーム、残存車両0、日本ユースチーム、残存車両5、よって日本ユースチームの勝利!』
アナウンスが私たちのトーナメント一回戦突破を告げる。
「まさか、ただの一両も撃破されずに終わるとは……」
「これじゃ、カチューシャがミホーシャの引き立て役じゃない!」
カチューシャさんは遠慮なく本音を叫ぶ。
まぁ、そう感じても仕方ないかな。ロシアユースだって、特に隊長のラドミラさんはすっごく強かったし。
実際にラドミラさんの無駄のない動きに加えて、確実に急所狙ってくるその手腕に私は戦慄した。
もっとも、西住姉妹による連携はそのさらに上をいっており、まほさんが引きつけている間に瞬時に西住さんはラドミラさんの車両を撃破した。
メグミさん、アズミさん、ルミさんの三人も西住姉妹に負けないくらいのレベルの高い連携技でロシアユースを翻弄した。
まるで、
「まぁまぁ、カチューシャさん。カチューシャさんが居なかったら日本ユースは敗退してたわけですから、誰も引き立て役だなんて思ってませんよ」
グラグラと揺れるカチューシャさんの体を必死で押さえながら私は彼女を宥めた。
「まるで鬼神ですわね。特にみほさんは……、随分と遠いところに行ってしまったように感じますわ」
ダージリンさんは西住さんの戦力についてそう評価した。確かに、この試合のあんこうチームの動きは洗練されていた。
以前から頭一つ抜けていたが、今の西住さんはまるで
西住さんは指揮官としても、もちろん有能だが、個人の能力はそんな言葉では収まらないほどの力がある。
そして、冷泉さんを筆頭に西住さんの指示に100パーセント応えるあんこうチーム。彼女たちは日本の高校戦車道において文句なしの最強の一両になっているかもしれない。
「フン、あんなの直ぐに追いついてやるわよ。カチューシャは負けるつもりはないわ」
「無論、わたくしも今よりも強くなるつもりですわ……」
そんな西住さんの姿に触発されて、カチューシャさんもダージリンさんも内なる闘志をメラメラと燃やしていた。
まったく、強豪校の隊長っていう人種はとてつもなく負けず嫌いだ。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「見事だったよ、みほ。まったく、見せつけてくれるじゃないか」
試合が終わって、私は西住さんと食事に出かけた。
彼女は激戦の後だというのにケロッとしていた。
「えへへ、そうかなぁ?」
ハニカミながら笑顔を向ける彼女はとても先ほどまで、鬼神の如き力を発揮していた人物ととても同じには見えない。
「そうだよ。正直言って惚れ直した。君が入れば本当に世界一になれるかもしれないって思ったよ」
「そんな……、世界一だなんて……。でも嬉しいな。玲香さんが喜んでくれて」
西住さんがニコリと笑って、私の言葉にそう返した。
「ねぇ玲香さん、次の試合相手だけど……」
「そうそう、次の相手はイタリアユースみたいだな。予選リーグはトップ通過だったし、1回戦はギリシャを相手に快勝してた。強敵だろう」
食事を終えてホテルに戻る道中、西住さんは次の対戦相手の話題を出した。
イタリアといえば、アンツィオのメンバーたちが詳しいかもしれない。
「そうだ! イタリアと言えば私たちだ!」
「わっ、アンチョビさん! いつの間に後ろに!」
急に後ろから大声を出されたので、驚いて後ろを振り返ると、アンツィオ高校の隊長、
「ペパロニさんと、カルパッチョさんまで……」
「オメーらホントに仲良いな。手を繋いで歩いてっから、姐さん、声をかけ辛そうにしてたぞ」
ペパロニさんが呆れたような顔をして、そんなことを言う。しまった。外に出てて油断してた。
「コホン、仲が良いのは結構だが、人目は気にしてくれ。特に西住、お前はだらしない顔をしていたぞ」
「ふぇっ、そっそんな……」
西住さんはアンチョビさんから注意を受けて、顔を真っ赤にしていた。
「とっとにかく。次のイタリアユース戦はやはりアンツィオの出番だと思いますが、アンチョビさんはどうお考えですか?」
私は話題をどうにか逸らそうと、アンチョビさんにイタリアユースの見解を聞いてみた。
「ん? なんだ、玲香、このドゥーチェの意見を聞きたいのか!? いいだろう! イタリアユースに勝つための策を教えてやる!」
アンチョビさんは胸を張って必勝の策を授けると言ってきた。
一体なんなんだろう?
「それはだなー! 相手よりもノリと勢いで上回ることだ! そうすればイタリアユースなど恐るるに足りん!」
ニヤリと笑顔を浮かべたアンチョビさんは渾身の策を授けてやったという満足そうな顔をしていた。
「ノリと」
「勢いですか?」
私と西住さんはポカンとしながら、それを復唱した。
「そうだ! 我々は強い! 強豪のロシアを下したんだ! 自信をもってこの勢いを持っていけば必ず勝てる! つまり必勝だ!」
よくわからない事を叫ぶアンチョビさん。いや、この人は意外と作戦を練ったりするタイプの人なんだけど……。変だな……。
「ドゥーチェ、いくら思いつかなかったからと言って、ノリと勢いで押し切ろうとしないでください」
カルパッチョさんが見かねて、アンチョビさんを止める。
あー、そういうことか……。
「バカっ! もう少しで乗り切れただろうが! 玲香、すまないが、対策云々はもうちょっと後にしてくれ」
アンチョビさんはバツの悪そうな顔をして、そう言った。
いや、無茶ぶりにも答えようとしてくれたし、ありがたかったです。
「でも、ノリと勢いもいいと思います。せっかく勝てたのですから、いい雰囲気を持って準決勝も頑張りましょう」
西住さんは案の定、いい笑顔でアンチョビさんを自然にフォローした。やっぱり、こういう気遣いが出来るところが、彼女の隊長としての魅力だろう。
「そうだよなー。私もそう言いたかったんだ!」
アンチョビさんも上機嫌になって頷き、この場はうまく収まった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「みほさんと玲香さん、ようやく帰ってきたか……」
ホテルのロビーで私と西住さんに声をかけたのは愛里寿さんだった。
どうやら私たちを待っていたようだ。
「愛里寿、どうしたんだ? 何か用事でもあったのか?」
私は愛里寿さんに何の用事か尋ねた。
「今日の第一セットの敗戦は私の責任だ……。だから、挽回する機会を欲しい。島田流の名に懸けて、次は圧勝する」
愛里寿さんは次のイタリアユース戦の一番槍に志願した。
この子も三セット目の西住姉妹の強さに当てられてしまったらしい。
「愛里寿さんなら、安心して初戦を任せられるよ。プレッシャーとか大変かと思うけど、お願いします」
そんな彼女の気持ちを汲んだのか、それとも天然なのか定かではないが、西住さんは先程、愛里寿さんが負けてしまったロシアユースとの試合など全く気にせずに、次のイタリアユースとの試合の第一セットを任せると、言った。
「感謝する……。あと、やっぱり私は――みほさんに負けたくないみたいだ……」
愛里寿さんはペコリと頭を下げた後、西住さんの顔を見た。
その瞳には彼女の力強さというか、覚悟のようなモノが映っていた。
あー、これは来年には愛里寿さんは他の高校に行きそうだなー。完全に西住さんを生涯のライバルみたいにして捉えてるよ。
そういうわけで、ロシアユース戦の第一セットでの敗戦という屈辱をバネにしている、愛里寿さんがイタリアユース戦の第一セットでも部隊長を務めることとなった。
これは、第一セット目は安泰かな……。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「いやー、凄いカードになりましたね」
「ゆかりん、カードって、戦車のカードでも集めてるの?」
秋山さんの言葉に相変わらずのボケを武部さんはかましていた。
いや、カードというのはどう考えても……。
「対戦カードに決まっているだろ。沙織……」
眠そうな目をしていた冷泉さんは夜になり目が冴えてきたのか早めのツッコミを武部さんに入れていた。
「対戦カードというと、準決勝のもう一つの試合のことでしょうか?」
「はいっ! 準決勝の第二試合、ドイツユースVSイギリスユース! これは事実上の決勝戦と言われているくらいでして、全世界の戦車道ファンが注目している一戦です!」
五十鈴さんの質問にハイテンションで答える秋山さん。事実上の決勝戦ってさり気なく自虐が入っているんだけど……。
しかし、戦車道のファンならこの一戦の注目度は確かにこの大会トップと言っても良いんだろうなー。
イギリスもドイツも戦車道人口が非常に多く、プロリーグも盛んだし……。世界大会の優勝はどちらかになるとも言われている。
次の試合は彼女らにとっては国の威信を賭けた世界大会の前哨戦。負けられない気迫に満ちているだろう。
正直言って、日本ユースVSイタリアユースの試合は次のこの試合の前座みたいな扱いになっている。
「やはり、イギリスユースはアリシアさんと、王家の血筋であり、イギリス戦車道界の女王と呼ばれているアレキサンドリス=ヴィクトリアさんが大注目を浴びてますねー」
「アリシアさんとは再戦の約束をしてるし、私はイギリスに勝ってほしいと思ってるよ」
私は秋山さんの言葉に対してそう言った。
「でもでも、ドイツユースも強いんでしょ?」
武部さんはドイツユースについて秋山さんに質問する。
「もちろんです! ドイツユースを率いている隊長と副隊長は双子の姉妹でして、ドイツのルーデル姉妹と言えば高校生ながらプロリーグでも活躍しているほどなんですよー」
秋山さんはドイツユースの隊長と副隊長について語った。
「なぁ、みほ。あのとき会った、ラウラさんとヒルデガルドさんって……」
「うん、双子だったね。ヒルデガルドさんはエミちゃんが隊長って呼んでたし」
予選抽選会の日のことを私と西住さんは思い出して頷いた。
なるほど、あの二人は既にプロの戦車道選手なのか……。
「私はエミちゃんと戦う約束をしたから……」
西住さんは懐かしそうな顔をして、何かを考え込むような顔をしていた。
「うん、エミちゃんに見てもらわなきゃ。私の戦車道を! 沙織さん、優花里さん、華さん、麻子さん、それに玲香さん。私、次の試合に勝ちたい。どうしても勝ちたいから……、力を貸してくれませんか?」
西住さんは、はっきりと勝ちたいと言った。彼女が自らの為に勝ちたいと言ったのは初めてかもしれない。
西住みほという人間がもしも、自分のための勝利に全力を尽くそうとしたならば――。
私は西住さんからただならぬ力強さを感じていた。
【戦車道世界ユース大会決勝トーナメント準決勝】 日本ユースチームVSイタリアユースチーム
次は準決勝です。
世界大会編も終わりに近づいて、玲香の物語も終わりが見えてきました。
何とか頑張って完結させますので、よろしくお願いします。