それではよろしくお願いします。
ドイツユースとイギリスユースの準決勝が始まった。
この試合は日本国内はもちろんのこと、世界中が注目している一戦だ。
私たち日本ユースチームのメンバーは全員が観客席に座って、観戦を始めた。
第一セット、西住さんの旧友である中須賀エミさんがティーガーⅠに乗って、戦っていた。
「中須賀さん、強いじゃないか。さすがは、みほのライバルだ」
私は彼女の苛烈にして、爆発力のある戦闘スタイルに目を引かれた。
調子に乗せると手に負えないタイプだな……。
「ふむ、あのときの子か……。玲香、君の戦い方と似てるな。あとは、エリカか……」
後ろに座ってるまほさんが中須賀さんの戦い方をそう評した。
「私とエリカに……、ですか?」
「隊長、そもそも私と玲香が似てるような言い方はやめてください」
私と逸見さんは同時に反応した。そうなのかなー。
「二人とも激情型ですよね。血が頭に上りやすいけど、野生の勘みたいな感じで戦ってるっていうか」
赤星さんはサラリと私とエリカを脳筋みたいな言い方をした。
うーん、最近は会長を見習って悪巧みとかしてるんだけどなー。
「小梅の言うとおりだ。その上、中須賀エミの練度は相当なものだ。レベルの高いドイツユースの車両の中でもその強さが際立っている」
まるで、まほさんの口ぶりは私や逸見さんよりも中須賀さんが上を行っているような感じだった。
「むっ、私たちだってあれくらいは戦えるよなぁ? エリカ」
「そっ、そうです! 隊長、私は負ける気はありません!」
私と逸見さんはまほさんに抗議した。いや、確かに中須賀さんは相当強いけど……。
「言うだけなら何とでも言える。行動で示すんだな」
「「わかりました! 示してみせます!」」
私と逸見さんが同時に声を出す。負けてたまるか!
「くすっ、玲香さんもエリカさんも、隊長に乗せられてますよ」
「「えっ?」」
「お姉ちゃん、玲香さんたち、乗りやすいんだから程々にしてあげて。力んじゃったら大変だよ」
赤星さんと西住さんは、まほさんが私たちをわざと焚きつけるような言い方をしたと、匂わせてきた。
あれ? 確かに見事に乗せられたような……。
「期待してるぞ、玲香、エリカ」
「はいっ! 隊長!」
「はぁ、まほさんも変わりましたね。乗せられておきますよ」
逸見さんは期待してると言われて目を輝かせていた。彼女よりは単純じゃないと思いたい。
第一セットは中須賀さんが3両を撃破する活躍を見せて、ドイツユースチームが勝利した。
「ドイツユースが王手をかけたか」
「でも、次はアリシア姉様が出る。このままイギリスユースが負けるとは思えない……」
私の隣に座っている愛里寿さんは、姉のように慕っている島田流家元の従姉妹であるアリシアさんに熱っぽい視線を送っていた。
「イギリス戦車道で至高とされている無駄のない砲撃――
「そう。戦車捌きの洗練さで、アリシア姉様よりも凄い人は見たことない……」
「大学選抜戦では、五両で戦ってギリギリ勝てたからなぁ」
そんなことを愛里寿さんと話してる間にアリシアさんは早速一両撃破した。
「アリシアさん……、大学選抜戦のときよりさらに強くなってるね」
「うん、ドイツユースも強かったけど、このセットはイギリスユースが勝ちかな」
私と西住さんの予想通り、アリシアさんの活躍でイギリスユースが第二セットを勝ち取った。
そして、運命の第三セットが始まった。
イギリスユースの隊長である、イギリス戦車道界の女王、ヴィクトリアさんはアリシアさんに一対一で勝ち越すほどの実力者。
それに対して、ドイツユースチームの隊長と副隊長のルーデル姉妹はドイツの名門プロ戦車道チームに高校生ながら所属しているという。
この第三セットは戦車乗りの世界最強高校生を決める戦いとも報道されていた。
「ヴィクトリアさん、まったくスキがない。センチュリオンだからかもしれないけど……、早くも二両撃破だ」
私はヴィクトリアさんの戦車の洗練された動きに見惚れそうになっていた。戦車ってあんなにも手足のように自在に動かせるんだ……。
中でどんな指示を出してるのだろうか?
「ラウラさんの車両がⅣ号戦車、あんこうチームと同じか。そして、姉のヒルデガルドさんの車両はティーガーⅠ、まほさんと同じ車両か……。姉妹同士で同じ車両に乗ってるって面白いな」
「戦い方を見ると面白いという感覚にはならないがな」
私の言葉にまほさんが反応する。
たっ確かに……、ラウラさんもヒルデガルドさんも、プロ戦車道選手だけあって、ヴィクトリアさんに勝るとも劣らない動きを見せていた。
実力は姉のヒルデガルドさんがラウラさんより上って感じかな? ラウラさんも上手いけど、覇気が足りない気がする。いや、超一流なんだけども……。
でも、これなら西住さんだって負けてないような気が――。
そう思ってると試合はルーデル姉妹の活躍でドイツユースに形勢が傾き、ヴィクトリアさんのセンチュリオンがラウラさんのⅣ号とヒルデガルドさんのティーガーⅠを迎え撃つ形になった。
この感じは……、先日に行った、大洗と大学選抜の試合のラストに似た構図だな。
あのときは西住姉妹の活躍で、何とか愛里寿さんのセンチュリオンを撃破したけど……。
私たちは固唾を飲んで試合を見守った。
「れっ、玲香さん、なんでⅣ号が……」
西住さんは予想外の試合展開に驚いた様子だった。
いや、西住さんだけではない。私はもちろん、この試合を見ている全員がⅣ号とティーガーⅠの動きが理解出来なかっただろう。
なんと、ヒルデガルドさんのティーガーⅠはⅣ号とセンチュリオンから距離を取り、高みの見物を決め込んだのだ。
まるで、ラウラさんのⅣ号だけで、ヴィクトリアさんのセンチュリオンが落とせるとでも言うように……。
「みほ、Ⅳ号だけであのセンチュリオンを落とせるか?」
私は西住さんに質問した。実際にセンチュリオンは戦車としてのスペックも群を抜いて高い。
事情があって、駆り出せなかったが、ホントは日本ユース選抜としても是非とも一両欲しかった。
「やってみないと何とも言えないけど、難しいかな……。ヴィクトリアさんは凄く強いし……」
西住さんは冷静な口調でそう言った。まぁ、彼女の場合は謙遜してるだけかもしれないが……。
「うーん、それにしてもラウラさんのⅣ号って不思議な感じがするなー。普通に動いてるようにしか見えないんだけど」
「普通? 玲香さん……、あの動きは全然普通じゃない。むしろ異常……」
愛里寿さんがⅣ号の動きの違和感についてそう言った。
「普通はフェイントをかけたり、的を絞らせないようにジグザグに動いたりする。あのⅣ号は一切それがない。ただ、砲撃がくる瞬間だけ、必ず安全地帯に動いてる――まるで、未来が読めるみたいに……」
「そっそうか、それだ! ラウラさんの車両が一見無防備に見えるのはそれだからか。だけど未来が見えるってそんなバカなこと……」
愛里寿さんの言葉を聞いて、動きの違和感の答えはわかったが、その先の結論は恐ろしいものだった。
しかし、そうじゃないと砲弾が発射される瞬間だけ回避行動を取り、なおかつ正確にそれを回避するという離れ技を連発するのは無理な気がする。
西住さんも勘がいいときは似たようなことをやってのける事はあるけど、わざわざ無防備にはならないし……。
そんなことを考えてると、Ⅳ号はあっさりとセンチュリオンにゼロ距離まで近づいて――これを撃破してしまった。
ヒルデガルドさんは確信してたのだろう。一対一でなら、ラウラさんは決して負けないということを。
そして、その強さを世界にアピールするためにあのパフォーマンスを――。
というわけで、我々の決勝戦の相手はドイツユースチームに決定した。
ルーデル姉妹はもちろんのこと、中須賀さんなどの他の選手たちのレベルも今大会ではダントツで高い。
しかし、私たちだって、ここまで勝ち抜いて来たんだ。どんなに強敵が相手でも簡単に負けない。
心にそう誓っていると、監督の蝶野さんから日本ユースチーム全員を招集するようにと連絡が入った。
決勝戦についての大事な伝達事項があるらしい。
私たちは日本ユースチームが借りている大会議室へ向かった。
◆◇◆◇◆◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「みんなー! 決勝戦進出、よく頑張ってくれたわー!」
細かい事は西住さんにすべてぶん投げていた、蝶野さんが大会が始まって初めて監督らしく全員を招集した。
「今日は大事なお知らせがありまーす! 先生方、入ってきてくださーい!」
蝶野さんの一言で会議室の扉は開かれて、入ってきたのは、例のマスク・ド・ニシズミコーチと、ナイト・ザ・シマダさんである。
今日はスーツに仮面と兜という控えめ?な感じの扮装だが。
西住さんはまたもや、会長に戦車道をするように勧められたときの表情になり、まほさんも頭を抱えていた。
しかし、この二人は何の用だ? 決勝までに特訓なんてする時間はないんだけど……。
「今まで、あなたたちには我々の正体は秘匿にしてきました。しかし、ここまで勝ち上がったあなたたちには、もはやこの様なふざけた扮装は不要ですね」
マスクドコーチはそう言って、マスクを掴んだ。
そして、マスクドコーチは虎のマスクを脱ぎ去り、シマダさんは兜を脱いだ。ていうか、ふざけてる自覚はあったんですね……。
「えっ、えっ、あの方って、えっ、西住師範? うそっ、じゃあ……、隊長のお母様がっ!」
「言うな! 頼むからそれ以上!」
逸見さんがびっくりするくらい今さらなことを大声で言うものだから、顔を真っ赤にしたまほさんが、もっと大きな声を出した。
逸見さんはまほさんに気を使って気付かないフリをしてるのかと思ってた。というか、まほさんであんなに恥ずかしがってるんだったら……、西住さんは……。
「玲香さん、大変です……、西住殿が息をしてません!」
秋山さんは困ったような顔をして、真っ白な灰のようになっている西住さんを見ていた。
「はぁ!? おいっ! みほっ! しっかりしろ! 君が居なくなったら、誰が日本ユースを纏めるんだ!」
私は必死で西住さんの耳元で大声を出して、背中を軽く叩いた。
「はうっ、ぷはぁっ……。れっ、玲香さん、私……、もう生きていく自信がないよぉ」
西住さんが泣きそうな顔になり私の胸に顔を押し付けてきた。気持ちは分かるけど……。
「みほっ! 甘えを捨てなさい! 決勝戦を前にして緊張しているのかもしれませんが、そんなことで臆していてどうするのですか!」
西住流の家元である、しほさんが気を失っていた西住さんを叱責した。
いや、原因はあなただから。世界ユース大会なんかよりプレッシャーがかかる廃校がかかった試合で二回も隊長やった西住さんの鋼のメンタルを簡単にぶっ壊すなんて……。
「そんなことより、お母様。今日はどのような用件でしょうか? まさか、激励に来ただけではありせんよね?」
まほさんが珍しく母親に対してトゲのあるような言い方をした。多分、こっちは恥ずかしさを通り越して怒りに変換されたんだな。
「もちろんです。我々は今大会の実行委員会からの提案を持ってきたのです」
しほさんから刺すような視線が発せられる。相変わらず鋭い目つきだ……。
「大会実行委員会の提案は決勝戦は一試合で決めようという話です。15対15の殲滅戦で……」
しほさんの隣にいる、島田流の家元、千代さんが実行委員会の提案を伝えた。
15対15の殲滅戦……。なんで、今さらルール変更を提案してきたんだろう?
「ルール変更の理由は日本ユースにもドイツユースにも、今大会の注目選手が多いからです。今大会は世界的にも予想以上に注目が集まりました」
「レベルが低いと思われていた日本戦車道への先入観は既に消えて、若い才能同士のぶつかり合いを惜しみなく見たいという意見が国際戦車道連盟に多数寄せられました」
「それを受けて、ユース大会の大会理念である若い力の育成――総力戦で日本ユースとドイツユースがぶつかる様子を若い世代に見せられることが出来れば、きっと良い刺激になる。そう判断した大会実行委員会はこの提案を持ち出したのです」
しほさんと千代さんは代わる代わる話して、今大会の決勝戦のルール変更を提案するに至った過程を教えてくれた。
「しかし、この提案はドイツユースチームに有利だという意見もありました。総合力で勝っているのはドイツユース。総力戦となるとドイツユースの有利は揺るがなくなると……。ですから、この話を断った方が優勝可能性は高いかもしれません」
千代さんが最後に付け加えたこのセリフ――日本ユースのメンバーには逆効果だったかもしれない。
「はぁ、何よエラソーに。カチューシャが負けるわけないじゃない。ドイツなんかに」
「総合力というものは良く分かりませんが、わたくし、挑まれた勝負からは逃げませんの」
「戦車の数が多いほうがきっとファンタスティックな試合が出来るわー」
「どんな戦いになろうとも、我々は負けない! いや、勝つ! そーだろ!? お前たち!」
各校の隊長たちがやる気を見せ、最後にアンチョビさんが声をかけると、みんなは一斉にそうだと首を前に振った。
なんか、日本ユースチームはここに来てノリと勢いが増しているのかな? まぁ、楽しいからいいか……。
そんなわけで、ドイツユースもこの提案を飲んでいるみたいだったので、決勝戦のみ、ルール変更が適用されて、15対15の殲滅戦で戦うことになった。
【戦車道世界ユース大会決勝戦】
日本ユースチームVSドイツユースチーム
ついに明かされたマスクドコーチたちの正体!
決勝戦だけは15対15の殲滅戦をやります。
次回から最終戦が始まります!