数少ない偉人たちは、何を見て、何を感じて物語ったのだろうか。
日々を懸命に生きる凡人の私は、見て、聞いて、感じて、それでもなおよく分からない心を持ったまま、毎日を物語る。
光るスクエアの電子板は、私に何をしてくれるのだろう。
音や風景や自然の恵みは、誰かの努力で成り立っていて
建築や生活の必需は、誰かの思いで成り立っていて
死にゆく人たちの心の中は見れないまま、私は他人だからと思いを馳せることもしない。恋人や友達だって所詮他人で、誰も彼もが自分の身がいちばん大切だ。
現在のウクライナやロシアだって、自分のことばかりを考えて戦っている。もし負ければ、私たちは死んでしまう、殺されてしまう。
社会主義や資本主義や共産主義なんてまさにどうでもいい。
私たちが日々気を配り、気にしているのは自分の生活たったひとつで、それが途方もなく私は虚しい。
いつか誰かのために、何かのために生きてみたいと思ってもう25年目に入った。
愛する人も隣にいて、時には喧嘩して、時には体を重ねて。
それでも今もなお、私の心は空っぽになる時がある。戦場のメリークリスマスを聞きながら、私はこの言葉たちを操って文字に起こして記録している。
誰も見ることもないこの文を、誰も興味もないであろう私の独白を。
何故こんなにも寂しいのか、耳に波打つピアノの音か。
坂本龍一さんは、何を伝えたかったのかを私は考え込む。
タップする画面の端に映る私の醜い顔を、愛する人はかっこいいと、イケメンだと言ってくれるがそんなことはない。
私は自己満だらけの醜い人間で、大好きと言いながらも何が好きかってあなたをすきだと言っている自分が好きなのかもしれない。
惨めで、汚らわしくて、穢れている。
お世話になった先生も死んだ。2人。
腹膜炎と心筋梗塞。
あんなに卒論頑張って見てもらって面白いと言ってくれた先生が今はもうこの世に居ない。何も返せていない。またあの笑顔を見せて欲しいです。
もう1人の先生は行方不明。1番お世話になったのに、私には全く連絡をよこさない。私は1年1年必ず消え去っていく1人の卒業生でしかなく、先生にとっては塵のひとつだったのでしょうか。
私は人が嫌いだ。いつもこの心臓の波打つ隙間に入り込んでくる。常に、常に私の心に誰かいる。もう勘弁してよ。
なんで俺の顔を見て笑うんだ。幸せそうな顔で、好きだよなんて、本当の愛がどんなものかも知らないくせに一丁前に好きなんて言いやがって。
人ってのはな、裏切る生き物で、醜くて、馬鹿で、愚かで、自分勝手で、相手の気持ちを理解することも出来ない自己満な馬鹿野郎で、常に人の心に入り込んで誰かの一日を作って、誰かを笑顔にして、誰かを悲しくさせて、誰かを、誰かを幸せにして。
俺も幸せになりたいと思わせる。
人ってのは。