時逃れ   作:最強好き

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anthem

 

私たちにとってのアンセムはなんだろう。

 

私にとってのアンセムは、日々の安らぎを紡ぐ環境音を指す。

地鳴りに似た産声、大気を揺るがす色のない風、怒号、悲鳴、歓声、怨嗟。

 

あなたは?どんな物がアンセムですか?

愛している女性の声?親友の声?嘆き?苦しみ?親の笑い声?カエルの鳴き声?蝉?豚?牛?

 

てんでわかりゃしないこの難題は、普通の生き方をしていれば気にも留めないだろう。そうでしょ?

私は気になってしまった。友人が言っているのだ。

 

私のアンセムは鼓動だと。

 

どんな人の鼓動でも良い。ただ、胎児の時に聞いた、あの内臓に響き渡る心臓の鼓動。まるでここに私はいる、ここに俺がいると、自らの存在を顕示するかのように、見渡す限り端から端まで広がる青い空のように。

 

どうしたって私には理解出来なかった。鼓動はアンセムなのだろうか。私にはレクイエムなのでは無いかと思っていたのだ。

 

 

 

私たちは誰かに迷惑をかけながら、日々を歩んでいるのは確かだ。

その日々の中では、あらゆる出来事が起きていて、誰かを幸せにし、誰かを傷つけ、誰かを殺して、誰かを愛しているのだ。それはまるでアンセムではなく、日々の自らの行いへの償いかのような、贖罪、苦渋、悲愴を紡ぎ出す。

 

それは鎮魂歌。レクイエムなのではないか、と思うのだ。

 

 

この問題に直面してから、私は青空を見る度に、アンセムとレクイエムが、コマ送りのように頭を過る。

セブンスターの煙とともに打つ鼓動と、自然が作り出す風の音が私の耳に届けば、レクイエムもアンセムも全て私だけの音となり、空を切る電子回線の波動が目に見えるのではないかと勘違いするほどに、鋭敏になるのだ。

 

ふと、小さいボールが道端で転がっていた。おおよそ、子供が飛ばしてしまったのだろう。

 

はて、ボールを取りに来たのは40代の女性だった。美人とはこの事かと思えるほどに、鼻は高く目は細め、チークのかかった頬に薄紅色のリップ。

しかし、その眦には一滴の雫があったのだ。

 

私は人と話をすることは苦手ではあるが、その雫は私に好奇心と哀しみを与えた。

訳を聞こうと話しかけてみたが、どうしてか。

 

私の目の前でボールを拾い、雫の流れる頬、肩、足の順に、目線が蠢き、その雫は乾いたアスファルトにポタリと落ちた。

 

その瞬間私の体を蝕むかのように衝撃が走ったのだ。自然の音でもない、鼓動の音でもない。アンセムとは私たちが日々心に浮かべる感情や、その時その時感じる音こそアンセムなのだ。目の前に落ちた雫の音や、その雫を生み出したであろう眼に潜む憧憬。

 

 

 

私のアンセムとは、anthemとは。

 

日々に潜む、安らぎでした

 

環境音でもない、鼓動でもない。

 

安らぎ

 

 

 

 

安らぎ。

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