「魔法使い」は譲れない   作:雨後の筍

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数話連続投稿します。
とりあえず次話からダンジョンにもぐります。プロローグは導入です。


「魔法使い」前夜

 ヒロト:今晩てっぺん過ぎたら30歳童貞達成するので、現実でも魔法使いになります。

 ラビ:通りでプレイヤースキルめちゃ高なわけだ!

 ラビ:俺らと違うプレイしてんだもん!

 麻威羅夢:童貞が許されるのは小学生まで だがそこに痺れる憧れる

 麻威羅夢:あと通りでは誤字だ 道理が正しい

 ヒロト:正直魔法使ってる時が一番楽しいから、女とかどうでもいいわ(笑)

 ラビ:出たよ童貞特有のイキリ!これだからモテない男はつらいなぁヒロトくーん!

 ヒロト:うっせぇ。あと俺は通りでのほうが好きだ

 

 

 暗い部屋の、唯一煌々と明かりを放つモニターの端で文字列が濁流に流されていく。

 

「強がりじゃなくて、本音なんだけどな」

 

 カタカタと表現するには生温い速度で打鍵音が部屋に響いているが、誰も文句を言ってこない。

 これが独り身じゃなかったら、うるさいから静かにして! とでも怒鳴り込まれるはずだ。

 その時はきちんと互いの趣味に理解があるだろうから、問題ないのかもしれないが。

 いや、それでも2人で暮らすにあたって趣味がネトゲというのは相手に失礼な気がする。

 ネトゲをやめる気はさらさらないので、やはり当分恋人はできそうにないだろう。

 

「あ、子供がいたら3人……もしかしたら4人なんてこともあるのか」

 

 気づくのにワンテンポかかった自身の想像力の欠如にはもう笑うしかない。どちらにせよ俺には縁がなさすぎて想像するのも難しい話だ。

 俺を煽り続けるギルドメンバーに適当に返事しながら、充電中のスマホのスリープを解除する。

 ロック画面のデジタル時計は、俺の貴重な20代があと5分ちょっとで終わると予告していた。

 東急ジルベスターコンサートなら、もうカウントダウン曲の演奏を始めている頃だ。

 

「サヨナラ俺の青春、いらっしゃいおじさん生活ってか」

 

 こないだ従弟の子供におじさん扱いされて心が軋んだ時のことを思い出した。まだまだ若いつもりだったが、子供からすればもう”お兄さん”ではないのだ。

 いつからだろうか。ネトゲをしている時しか心が安らがなくなったのは。

 会社で特に問題があるわけではない。実家の両親もまだまだ現役だ。高校時代の友人たちとも交流は続いている。

 

「周りが普通なら、俺も普通のはずなんだよな」

 

 多分、俺がおかしいわけではないのだろう。漠然と生き、漠然と死ぬ。それをわかっていて、抵抗しない。

 仕事が終わり次第直帰して、味気ないコンビニ飯を食いながらギルドメンバーとチャットでおしゃべりして、適当に狩りに出かけて、魔法を撃ってハイ満足。

 そんな生活をやめる気力がない。

 

「まぁ、本当に現実でも魔法使いになれたらと思ってるのは少しおかしいかも」

 

 とは言うものの、今の生活に満足しているのも本当だ。

 欲を言うならば、せっかくの30歳童貞(魔法使い)なのだ。魔法の1つや2つ使えるようになってもいいのではないだろうか。

 理想を言えばテレポートができるようになりたい。

 

「なぜなら、今まで以上の速さで直帰してネトゲできるから……なんて」

 

 なんだか独り言をつぶやいていたのが恥ずかしくなってきた。少し感傷的になっているのかもしれない。

 飲み物を取ってこようと離席する旨をチャットで伝えれば、12時ちょうどには戻ってくるよう催促が来る。

 なんだかんだ、いい奴らなのだ。どうせ今まで煽りまくっていたくせに、時間になれば誕生日を祝うメッセージの嵐を飛ばしてくるはずだ。

 女だ、金だとうるさい奴らだが、そういうところまで含めて俺にはこういうコミュニティがあっているのかもしれない。

 

「俺にはもったいない奴らさ、ってまた独り言出てるし。最近1人の時間が多すぎたのか? 業務と接待以外で他人(ひと)と会話しないもんな……」

 

 ネトゲも、ボイスチャットを導入しない古い考えのギルドに所属しているからか、あまりプライベートでしゃべる機会がない。

 それこそ実家に戻るか、親戚で集まった時くらいだ。

 冷蔵庫の扉を開けて、例の激甘コーヒーを取り出す。

 どうせ今日はヒロトの生誕祭だ! とか言って徹夜で騒ぎまわる羽目になるのは目に見えている。

 カフェインと糖分を過剰気味に摂取できるこれは、もう30代になろうかという俺が徹夜するためには必須アイテムだった。

 キャップを開ければ、匂いだけでもう胸焼けしそうな甘ったるい香りがする。だが、コーラよりもエナジードリンクよりも、この激甘コーヒーが一番効くのだ。

 とりあえず今日の疲れを飛ばすために一口、飲もうとした時に気がついた。カーテンがひらめている。窓が開きっぱなしである。

 今日は暑い日だったから、窓を全開にして扇風機をつけていたことを思い出した。エアコンは1人暮らしには贅沢なのでほこりをかぶせている。

 まぁ、窓が開いていること自体はどうでもいい。だが、さっきから独り言を連発していた身としては、大いに動揺している。

 聞かれていたら気まずいという次元ではない。

 さすがにこの時間に庭に出ている住人はこのマンションにはいないと思うが、一応確認しなければ。

 

 そう思ってカーテンを開けた時、庭が突然輝きだした。

 

 

 

                      §

 

 

 

 驚いた。もうめちゃくちゃに眩しくて、なにもわからなくなった。

 眩しすぎて、後ずさってしまって、机代わりのカラーボックスにつまづいて、激甘コーヒーは手の中から飛んでいった。

 もういっそギャグ漫画のように華麗な流れだと、床に頭を打った痛みに耐えながら現実逃避する。

 今思うこととして正しいのかわからないけれど、今度からネトゲをやる時は部屋の電気をつけようと思う。あと、明るいと虫が寄ってくるから、窓を閉めて冷房をつけよう。

 電気代をケチらなければこんな目に合わなかったのだろうか。このあとのコーヒーの処理を思うと憂鬱だ。しっかりと拭き取らなければ大変なことになる。

 

「勘弁してくれよな……1階だから蟻が湧きやすいんだぞ。どこのどいつの悪戯だよ」

 

 少しずつ視界が元に戻ってくるのと反比例して、窓の外の輝きは収まってきているようだった。

 今のは聞こえるように大きめの声でつぶやいたんだが、さて、下手人はまだ現場にいるのだろうか。もし俺がこういうことをやるとしたらもう逃げだしている頃だが……。

 立ち上がって窓の外を見る。どうやら人影は見えない。やはりもう立ち去ったのだろうか。

 そう思って、もう少し詳しく調べようととりあえず窓に近寄って、庭を見渡すとそこには……

 

「は?」

 

 穴が開いていた。

 

 なんだか非常識なものを見つけてしまった気がする。

 人影よりも何よりも、明らかにおかしなものがそこにはあった。

 さっきの光で俺の目がおかしくなっていないのならば、穴が開いている。

 しかも人が2~3人は平気で入りそうな、悪戯で掘るには苦労しそうな大穴だ。

 光源が外の道路の街灯しかないからか、底が見えない。いや、少しずつ目が慣れてきてわかったが、これは純粋にこの位置からじゃ底まで見えないだけだ。角度がついているようだ。

 

「おいおい、掲示板には何の張り紙もされてなかったぞ」

 

 管理人さんがごみ処理用にでも穴を掘ったのだろうか。それとも地下に埋めていた施設の点検のため? なんの断りもなく? それは想像しづらい。

 しかも、穴の周りに立ち入り禁止を示すものは何も置いてないし、何よりこれだけの穴を掘ったはずの重機もない。

 というよりこの庭は植え込みとマンションに囲まれて、重機レベルのものが入ってくる通路はない。

 それにこんなに大きな穴を開けておいて、その分の土砂はどこにやったんだ?

 暗いからだろうか、土砂の山どころか、穴の周りには土の塊の一つも落ちているように見えない。大穴が開いていること以外は普段の庭と何も変わりがないように見える。

 不自然だ。明らかに、唐突に穴だけが庭に現れたようにしか見えない。

 

「昨日はなかったよなあの穴」

 

 人は驚きすぎると、それをアウトプットせずにはいられない生き物だ。なぜなら、未知なものは危険なものかもしれないからだ。誰かに伝えなければと本能が叫ぶ。

 だが、庭に、昨日まではなかった、不自然な大穴が開いている。しかも見つけたきっかけは、庭がめちゃくちゃに輝いたからだ。

 

「なんて、こんなの掲示板のネタにしかならないぞ、おい」

 

 少し誇張して、さしづめ、目の前で庭にいきなり大穴ができたけど質問ある? といったところか。

 今この状況を誰かに伝えないと、と思う本能とは別に、俺の理性が嘲笑う。今の時代のどこにそんな与太話を信じるやつがいるというのか。

 掲示板の住人ならば、それこそ普通の人々より信じようとはしないだろう。

 

「でも実際起きたことだしなぁ。……リアリティ上げるために、写真撮っとくか」

 

 そのためには、庭に出たほうがより詳しいことがわかる気がする。

 決意して、外出の用意をする。

 丁度いいことにパソコンは今の騒動のうちにスリープに入ったようで、モニターの灯りも消えている。誕生日祝いのコメントを無視するのは悪いと思うが、今はそれどころじゃない。

 服を着て、財布とスマホをズボンのポッケに入れて、台所下の収納でほこりをかぶっていた懐中電灯を持てば準備完了だ。

 パンもナイフもないし、熱い想いがあるわけじゃないが、これもまた冒険だ。

 前、友人に山登りに誘われた時に買ったごついブーツを履く。正直こいつを履くことはもうないと思っていたから、ちょっと面白い。

 俺にとって楽しいことは毎晩魔法をぶっ放すことだけだと思っていたけれど、人並みに非日常に浮かれている。

 自分で自覚できるくらいに頬が緩んでいる。

 

「今なら魔法だって使えるんじゃないかな。ヒューン、ヒョイっってな」

 

 窓から庭に出て、落ちていた葉っぱに向けて懐中電灯を振るうが、当然浮かび上がらない。

 さすがに、非日常と言ってもそこまでおかしなことは起きないか。

 

「んー、俺以外誰も庭に出てない。みんなたまたま寝てた、なんてことはないはずだから、単純に俺が一番乗りってことかな」

 

 それか、日本人特有の事なかれ主義か。実際、夜中にどこかで銃声が聞こえてもスルーするしなぁ。ちょっと庭が光ったくらいなら無視してもおかしくないかもしれない。

 あの光が直撃したから俺だって調べてやろうという気になったわけだし、ただ庭が光っただけだったら、今頃誕生日パーティで乱痴気騒ぎをしていただろう。ネット上でだが。

 

「階段……?」

 

 大穴の底がどれだけ深いのか確かめようと思って懐中電灯の光を当ててみたが、縁から中を見れば、これだ。

 部屋の窓から見たときは気づかなかったが、こんな階段があるなんて、ますます奇妙だ。人が整然とあつらえたわけではない、不揃いで欠けの目立つ段々道だが、なぜかそれは階段にしか見えない。

 近づいて階段と穴の縁を見たからはっきりとしたが、この穴は明らかに人為的に作られたものではない。

 いかにも、長年の風化でできた山奥の洞穴といった風情だし、こんな中途半端な階段があるのもその考えを支持している。

 いや、縦穴だし階段があるとか意味わからなくて突っ込みどころは満載なんだけど、なにか直感のところでこれは自然にできたという確信があった。

 

「少し、降りてみるか」

 

 いかにも得体が知れない大穴だが、そこに道があるならば行ってみたくなるのが人の性だ。

 懐中電灯はずっと放置していたから、まだまだ電池はあるはずだ。

 行けるところまで行っても、問題はないだろう。

 多分、これは管理人さんがやったわけでも、誰かの悪戯でもないという奇妙な実感のせいだろうが、危機感が欠如している。

 そんな自分に苦笑を漏らす。でも、その穴からはどこか懐かしいにおいがした。

 小学生の頃、森のなかで仲間と作った秘密基地のような、冒険の気配がした。

 

 だから、俺は。

 

「『魔法使い』になってからはじめての冒険だな」

 

 その階段へと、一歩を踏み出した。

 

 




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