大人気VRMMORPGユグドラシル。
人間以外の種族も選択することができ、職業も豊富。
VRということもあり、まるで現実世界のように過ごすことが出来ることもありその人気は止まることを知らない。
それは、大気汚染の進んだ現実世界から現実逃避できる場所としての人気が高かったのもあるだろう。
そんなユグドラシルに一つの噂が広まっていた。
『紫の鎧を着たプレイヤーが二十を探している』
二十とは世界級アイテムであり、その中でも使いきりである代わりにゲームバランスを明らかに無視したぶっ壊れ効果を誇るスーパーアイテムだ。
比較対象になるかは難しいが、壊れアイテムと言われる世界級アイテムの一つに魅了耐性無視の完全魅了というものがある。
これが200種類ある運営の拘りぶっ壊れアイテムの一つだ。
しかし二十はその中でも格が違い、『プレイヤーのアバター完全消滅』やら『無限の攻撃力』など小学生が適当に考えてももう少しまともな効果になるようなアイテムが二十と呼ばれる世界級アイテムである。
そんなぶっ壊れアイテムなのだから誰でも欲しがるのは当然であり、わざわざ噂になるほどのことでもないと考えられるが、この噂の対象者のクレイジーさが噂の肝。
この紫の鎧を着たプレイヤーというのは、正体不明でありながらとんでもない強さを持ち、なおかつスキルによって名前すら不明、フレンド0人のソロプレイヤーかつ判明している情報は『異形種のワールドチャンピオン』ということである。
だが、噂の当人はPKするわけでもなく強くて、フレンドが0人で、特徴的な鎧を着てて、二十を欲しがっているだけというまさに噂に尾ひれどころか背鰭と胸鰭が付いただけなのだからネットの怖さは歴史が物語る通りのものだ。
その当人は今日も元気に金稼ぎに精を出していると、大きな大会が開かれることを知る。
この大会は『二十を手に入れたけど噂通りの奴だと困るし、まぁ大会して盛り上げた結果アイテム売り捌こう』という商業ギルドの気紛れ大会であり、その優勝商品が二十の一つ『
そんな今話題の二十関連のイベントに食いついたのは欲しがってた本人以外にも当然いて、ユグドラシルの悪の華『アインズ・ウール・ゴウン』などが最たる例だろう。
「というわけで、たっちさん。大会頑張って下さい」
「……はい?」
アインズ・ウール・ゴウンのメンバーであり、バードマンの『ペロロンチーノ』である。
そして疑問の声を上げたのはアインズ・ウール・ゴウンのメンバーにしてユグドラシルプレイヤー上位三本の指に入るほどの強さをもつ『たっち・みー』
「ばかペロロンチーノ。ちゃんと説明しないとたっちさんだってわからないだろうが」
「いやいや、これはある意味アインズ・ウール・ゴウンを更なる強靭な組織にするために必要なフラグなのですよ!ウルベルトさん」
山羊の頭をもつ悪魔、『ウルベルト・アレイン・オードル』は呆れながらもペロロンチーノに突っ込みをいれそのまま首をぐるりと回し困惑マークを出すたっち・みーの横にいる骸骨の魔法使い『モモンガ』に視線を移す。
「モモンガさんは大会の話は知ってましたか?」
「えぇ。あの噂の人を誘き寄せる罠なんじゃないかって言われている大会ですよね?」
「そうそう、それですよ」
「それで、その大会になぜ私が?」
それはですね、とごそごそアイテムボックスを探り中から一枚の紙を差し出す。
たっち・みー側の画面にはその広告が広がっていることだろう。いくらVRとはいえ精密さにも限度があり、差し出したもの、広告などは画面に広がり見えるように展開される。
「トーナメント……ですか」
「あー、なるほど」
「モモンガさん?」
「いや、ね。たしかにこの形式だとたっちさんしか無理だなーって」
その理由とは、大会に参加できるのは各ギルドから一人という条件のせいである。
戦闘特化のギルドは多いが、ギルド戦や個人戦では違ってくる。
その点ユグドラシルプレイヤー上位三本の指に入るたっち・みーならばそうそう負けることもないだろう。
二十が目的にしろ、そのプレイヤーが目的にしろ、そもそも勝ち上がらなければ仕方がない。
「それに、その紫の鎧のプレイヤー、異形種なんでしょ?どうしてかわからないですけど、可哀想じゃないですか!?」
「……ペロロンチーノ」
「だってですよ?国民ほぼ全員がやってると言われてもたしかに、ってなるようなこのゲームでフレンド0って!」
「仮に誘ったとして、入ってもらえると思うか?見たってやつすら会話も特になくバトルになったらしいし」
うーんと声を出すモモンガ。
「聞いた話ってのは大体誇張されたものですし、たっちさんが参加できるのであればしてもらってその後話をしてみるのがいいと思うんですがどうですか?」
「私はそれでいいですよ。異形種に厳しい世の中なのは相変わらずですし、それだけの力があるなら仲間になってほしいです」
それに……と言葉を濁すたっち・みーに視線が集中する。
実直、というか自分の考えをしっかり言葉にするたっち・みーには珍しいからだ。
「それだけ力のあるワールドチャンピオン。戦ってみたくないと言えば嘘になります」
付き従えた戦闘メイド『プレアデス』とそのリーダーである『セバス・チャン』そしてアインズ・ウール・ゴウンの拠点である『ナザリック地下大墳墓』の各階層を守護する『階層守護者』その統括である『アルベド』
そしてアインズ・ウール・ゴウンのギルド長であるモモンガがいる玉座の間は異様な静けさを保っていた。
「あぁ、楽しかった。本当に、楽しかったんだ」
モモンガの心の底からの声が、静寂を切り裂くかのように木霊する。
その場に人数こそいるが、モモンガ以外は
モモンガは最後だからと寂しさを紛らわせるために、役割として連れてきたが自分の大切な、本当に大切な仲間の子供のように感じる彼らの存在は寂しさを助長している。
「……あと10分か」
オンラインゲームの定めとでも言うべきだろうか。ユグドラシルにもサービス終了の時が来たのだ。
人気の低下も原因の一つだろうが、プレイヤーにはリアルでの生活だってある。
それに皆が皆裕福ではなく、むしろ人間が生活しているとは思えないほどリアルは廃れている。
専用のマスクを装着しなければ外を歩くことができない、学校は金持ちの行くところ、生魚や新鮮な肉などその辺のサラリーマンの年収数回分だ。
中には金持ちもいたし、裕福な生まれで、エリート街道を真っ直ぐ生き、幸せな生活を送っている人もいるだろう。
たっち・みーなどはそうだ。だが、彼にも家庭があり、仕事がある。
お金があるからといってゲームばかりしていられないのだ。
……そうして一人、また一人とユーザーが離れていった。それはアインズ・ウール・ゴウンも同じで、今ではアクティブユーザーはユグドラシル全体でも数百人。アインズ・ウール・ゴウンに至っては二人だ。
「モモンガさん」
「っ!」
モモンガははっとなって顔を上げる。
そこには、アインズ・ウール・ゴウンの二人しかいないアクティブユーザーの一人『ガエリオ・ボードウィン』が立っていた。
紫の髪に顔に大きな傷痕が残っているが、その傷があっても隠しきれない端正な顔立ちをしている。
彼は自分の作り上げたものを見に行くと言って離れていたのだが、いつの間にか戻ってきていたらしい。
「驚きましたよー」
「いや、チャットログを飛ばしたぞ?」
え?と疑問に思い左下を見ると確かに何回かチャットログが飛んできている。
『
彼は種族と職業の都合でその能力のほとんどが、装備に依存しているため、軍服の装備で伝言が使えるか定かではない。
「あれ、ガエリオさんその装備で<
「さすがに使えますよ。装備してるときはオートで色々な魔法だったりとかが発動してるから忘れがちですが、覚えられる魔法だったりの選択肢自体は多いですからね」
ならなおのこと<
「あれ、ヘロヘロさんは?」
という言葉で理解する。
『ヘロヘロ』はアインズ・ウール・ゴウンのメンバーでスライム系の最上位種『
リアルではブラック企業勤めであり、眠気が限界なのでログアウトしてしまったのだ。彼に最終日だから最後まで残っていきませんか?たったこれだけの一言が言えなかったモモンガの心には、小さく棘が残っていた。
その棘がチクリと胸を刺すが、それと同時にガエリオの配慮に胸が熱くなる。
久し振りのメンバー同士の会話に<
チャットログなら小さくピロン♪なんて音が鳴るだけで、そこから折を見て合流すれば皆で最後を迎えられるだろう。
「ヘロヘロさんは、明日も朝が早いそうですので……」
「そっか。じゃあ、モモンガさん。最後は魔王ロールお願いします!」
「えー!?なぜ!?」
「かっこつけて終わりましょう!さっ!早く!」
もー仕方ないですねー。何て言って咳払いをしてスタンバイするモモンガ。ヘロヘロや今日来てくれたメンバーに言えなかった言葉の棘の痛みはすっかり引き、照れが前に出てきている。
それにしてもこの骸骨、中身はいい年した大人だが女性メンバーから萌え骸骨やら骸骨の皮を被った萌えキャラやら言われていただけはある。それにしても骸骨なのに皮とはこれ如何に。
「それじゃあ行きますよ。……我が友ガエリオ、よく今までナザリックに仕えてくれた」
「何を言う、モモンガ。ナザリックは俺にとっても大切な場所。それはリアルに発ってしまった、他のメンバーにとっても同じこと」
「そう……だな。ユグドラシルでの活動はここまでになるが、ガエリオや他のギルメンが仲間であることに変わりはない。少なくとも私はそう思っている」
「……あぁ」
「時間もない、話したいことは山ほど有るが……ガエリオ、私は……」
「また、どこかで共に戦おう」
「……ガエリオ」
モモンガの魔王ロールに素の感情が混じり出す。
ガエリオは他のメンバーの話を交えたロールは失敗だったかと思いつつも、本音を話す。
ガエリオにとってもユグドラシルで仲間と過ごした日々は、間違いなく楽しいものだった。
「今は一時の別れとなるかもしれないが、世界は広い。どこかで再び
「もちろん、ですよ…ガエリオさん」
泣きマークのアイコンがモモンガの上に表示される。
恐らく本当に泣いているのだろう。
しんみりしたくなくて魔王ロールを勧めたガエリオだが、気持ちがわかるだけに止めない。
「また、遊びましょう!ユグドラシルⅡとか出るかもしれませんし、その時はペロロンチーノさんとか、ウルベルトさんとかも誘って!」
「あぁ、そうしよう」
そんな話をしていると、時間が迫ってきた。
残り30秒。
強制ログアウトまでは、プレイ出来るので最後の瞬間までロールを続ける。
「もう時間だな」
「……あぁ」
「また、メールします」
「あぁ」
「DMもします」
「あぁ」
「アプリでも連絡します」
「(笑)」
「なんで笑うんですか!?」
「いや、過剰だなと思って」
ついにその時は、訪れる。
「ガエリオさん、本当にありがとうございました。また、よろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしく」
古き世界は終わりを告げ、新しい世界の扉が開く。
その時ユグドラシル、リアルでの時は
00:00:00
を示していた。
「どうしてこうなったんだ」
モモンガは頭を抱えていた。
ゲームが現実になったのだ。アバターが実体の肉体となり、いい年のサラリーマンから骸骨の魔法使いになったわけだ。
肉体とは言っても骨なのだが。
しかもNPCが感情を持って動き出したのには本気で驚いて、変な声が出そうになったが種族特性の精神作用無効で気持ちが強制的に落ち着かされ事なきを得た。
ゲームが現実になったのは、いい。
リアルには家族も、恋人もいない。つまり、モモンガには戻ろうという気はないのだ。
だが、ガエリオはどうだろうか。
ガエリオのリアルでの生活は本人の口から遂には語られないが、大方の予想では富裕層ではないかと思われている。
モモンガもそうだろうなと思っているので、ガエリオがリアルに戻りたい等と言い出すのではないかとビクついているのだ。
ガエリオはというと今は、ゲームが現実になったことに一定の驚きを見せたあと再び自分の作り上げたものを見に行くと去っていった。
<
「くっ!俺のこの気分の落ち着きは種族特性の精神作用無効だけどガエリオさんの種族にそんなのあったかな……?」
とりあえず守護者を集めるようにアルベドに伝えたので、その時には居て貰わなければ困る。
ガエリオには伝えたが、反逆の可能性がある場合モモンガでは世界級と言われても遜色ないナザリックの至宝『スタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウン』の強化が入っても守護者総掛かりではまるで歯が立たないだろう。
だが、ガエリオは専用の装備さえしていればその強さはアインズ・ウール・ゴウン最強にしてユグドラシル全体でも三本の指に入るたっち・みーとすら互角に戦い何度か勝利をもぎ取っている実績もある、現ナザリック内最強の戦士だ。
ルベドという例外もいるが、彼女が出てきたら大人しく逃げるのが得策だろう。
ルベドを起動できるのはアインズ・ウール・ゴウンのメンバーだけなので、ゲームが現実になった際に感情を持って動き出したNPCにはどうすることもできないだろうが。
「……考えても仕方がない、先に向かうとしよう」
スタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウンを手に取り『リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウン』を使う。
リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンはナザリック内なら回数制限のない転移が可能なアイテムで、100個ほどしか存在しない貴重なアイテムだ。
移動先はナザリックの『第六階層 大森林』だ。
ガエリオはナザリックの『第九階層 ロイヤルスイート』にある自室に隣接された専用の書斎のような場所にいた。
書斎とは言うが、リアルのガエリオの自室に似て作られた場所というだけである。
本来ならガエリオの作ったNPCが居るのだが、モモンガがアルベドに集合の指示を出したため向かっている。
ガエリオの作ったNPCはモモンガの指示で集まるよう言われた階層守護者ではなく、その階層の特定のエリアを守る『領域守護者』に近い存在だ。
レベルは100であり、ガエリオの友として生み出されたNPCである。
本来ならばレベル100のNPCじゃなくても良いと伝えたが、アインズ・ウール・ゴウンはキャラクター性や、ロールプレイを重視した人が多いことからそれだけのキャラならNPCにも力を入れるべきだと言われ、最終的にはガエリオからお願いしてNPC制作を行ったのだ。
ガエリオはリアルではたっち・みーと並んで富裕層の生まれである。
ガエリオ・ボードウィンというキャラクターに費やした課金額は軽く見積もっても貧困層のサラリーマンの生涯賃金にすら匹敵するだろう。
ガエリオは机を一撫でして、感触を確める。
リアルでは所謂貴族の家系のガエリオは、その感触が一流品に勝るとも劣らないことを理解し椅子に腰掛ける。
背もたれに背を預け、天井に視線を移しこれからの事を考える。
富裕層であり、金持ちのガエリオはゲームが現実になったところで良いことなどほぼないのだ。
結婚もしていないが、お見合いの話など腐るほど来る。順当にいけばそのうちどこかの社長令嬢とでもくっつくことになるだろう。
そしたらその娘との間に子供を作り、引退まで働き、老後は何不自由なく生きて、家族に看取られながら死ぬ。
そう言った貧困層では物語でしか有り得ないことを、実現できる立場にガエリオはいたのだ。
「……で?」
狂っているのだろう。
ガエリオ・ボードウィンというキャラクターに成ったからではない。
客観的に見れば、幸せを掴んでいる人間がそれを捨てるわけだ。
モモンガはこの世界に残るというだろうし、それは当然のことだと誰もが思う。
貧困層であり、いつ過労で倒れても不思議ではなく、娯楽であり心の支えでもあったユグドラシルが終わる。
未来に希望などない彼には、ナザリックと共に生きることが幸せなのだ。
だが、ガエリオの意思は固い。
ガエリオ・ボードウィンというキャラクターをメイキングし、ガエリオ・ボードウィンというキャラクターを完成させたのは『このため』なのだから。
色々言われてますがガエリオとキマリスヴィダールが好きです。
今回は三人称ですが、次話から一人称で進みます。