遠くの空を見ようとした。出来るだけ遠くを、出来るだけ高く。
そうすれば少しでも気が紛れるんじゃないかと思って、無心にただ空を見つめた。
朝五時の大気に、まだ朝日の落とす影は見えない。
ベランダに降りて、冷たい風に当たろうと手を伸ばす。けれど夏の朝は厳かに、俺の身体に生暖かい風を纏わせた。涙が出るくらいに温もりを持った空気に、涙が出ないように唇を切るほどに噛んだ。
喉の奥にまで伝わる痛みに一種の心地良さを感じる。こうでもしないと忘れられないと、この快感が教えてくれているような気がした。
その時、ポケットの方から少しの振動を感じた。スマホのバイブレーションの音だろうか。
はたしてそれはまさに着信音で、画面には"氷川 日菜"の文字がはっきりと映し出されていた。
クラシックの着信音を鳴らしながら震える携帯を見つめ、今日あった出来事を振り返る。
「好きだ」と伝えたあの一言まで、どれだけ自分が相手のことを想っているのかを俺は知らなかった。中学の間、それこそ恋人かのように共に過ごしてきたから。何十回、何百回ものメールのやりとりもしてきたから。遊園地に行って、共にジェットコースターの風を笑いあったりもしたし、冬の公園で手を繋いで寒さを凌いだこともあったから。
だから──俺の心のどこか奥底には、この告白は絶対に成功するだろうだとか、相手も俺のことが絶対に好きなんだろうだとか、そんな気持ちの悪い妄想がはたらいていたのだろう。
全くもって、見当違いもいいところだ。
自嘲気味に笑いポケットに手を突っ込み、脇目も降らず通話ボタンを押す。
「もしもし? こんな時間に何の用だよ」
「あれ? 用があるのは杠くんじゃないの?」
生き生きとした声が心を完全に見透かしている事実に、今だけは心から信頼感を覚えた。
「……悪いな、いつもの場所で」
「うん、了解!」
その言葉を最後に、通話を切る。
もう夜は完全に終わりを迎えたようで、朝日が眩しい光と共に俺の前に堂々と姿を現していた。
──目が開けられないことに嫌気がさして、部屋に戻りカーテンを閉め、毛布をかけて二度寝に入った。
中学一年生の時、俺はある特徴的な女の子が気になった。
心からの音楽好きなようで、いつもヘッドホンかイヤホンを片手に、周囲からは孤立ぎみ。けれど、それを苦にしているような印象は無く。
名前は、湊友希那といった。
彼女と仲良くなるのに、そう時間は必要としなかった。
俺たちがたまたま同じクラスで飼育委員という立場を任され、猫の世話をすることで彼女の意外な一面を見ることが出来て──なんて経緯はあるわけだが。
とにかく、俺たちは中一の夏頃には既に、共に時間を過ごす回数が多くなっていた。
彼女は猫カフェに行くことが好きだった。猫の何を考えているのかわからない姿や、人懐っこく肌を擦り寄せてくる姿に言葉にはし難い愛着を感じるのだと言う。
俺にはその猫と戯れている姿が、いつも音楽に対してストイックに修練を重ねている彼女の、唯一の至福のひとときのように見えて仕方が無かった。
けれどそんな鎖に縛られたような友希那でさえも、俺はそれこそ言葉にし難い可憐さを感じてしまっていた。
いつか必ず告白しようと決心したのは、おそらくもうこの時だったのだと思う。
全ては遠い夢の中にあったというのに。
覚めない夢など、どこにも無い。
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