皆は、一人のために。   作:白藜

1 / 1
約束

「なんで、なんで教えてくれなかったんだよ!なぁ!」

 

夕暮れの帰り道。午前で授業が終わったあと、修了式を終えた俺は、一人の少年に詰め寄られていた。

彼の息は荒い。胸ぐらを掴む手は、怒りからか微かに震えている。

 

「別に、意地悪で言ってなかった訳じゃないよ。何て言うかさ…」

 

「他のやつらには教えてただろうが!ふざけんなよ!」

 

こちらの弁明を聞く気はないのか、彼はカッターシャツの胸元を持つ手に力を込めた。首が締まって苦しいけれど、これが俺に対する罰なのかもしれない。なんて、そう思った。

 

「…ごめん」

 

「ごめんじゃねぇだろ!ふざけんな!ふざけんなよ!俺たち、ずっと一緒だったろうが!」

 

彼は、必死だった。両の手はわなわなと震え、歯を食い縛っていた。涙が溢れそうだった。

 

「…嫌われるのが、怖かったんだ。父さんの転勤は、半年前から決まってた。先生たちにもその話をして、皆にもその話をした。お前には自分から伝えたいからって、他のやつからお前に伝わらないように口止めもしたよ。お前は親友だからさ、自分の口から、伝えるつもりだった。」

 

「でも、いざそのときになったら、なんにも言えなかった。指が震えて、声がでなくて。だっせぇよな、笑ってくれ。」

 

「…お前、バカなんじゃないの。」

 

途切れ途切れな俺の話を聞いていた彼は、震える声を隠しもしないでそう言った。

 

「そんなことで、嫌いになんてなるかよ!ずっと一緒にいたんだ!嫌いになんてならねぇよ!ふざけんな!ふざけんなよ!お前、俺を見くびってるんじゃねぇよ!」

 

「家族のことで荒れてた俺から、嫌なことを忘れさせてくれたのはお前だ。親父と言い合いをして、家出したときに匿って、なんも聞かずに笑って牛丼奢ってくれたのもお前だ!俺が親父に殴られそうなときに、震えてんのに助けようとしてくれたのも、お前だ!そんなお前を、今さら嫌いになんてなれるわけねぇだろうが!」

 

大粒の涙がこぼれ、茹だるような暑さのコンクリートに染みを作る。彼はクソッ!と悪態を吐き、手を乱雑に話した。そのまま尻餅をつき、俺は顔を俯かせる。

 

「分かってたさ。お前は嫌いになんてならないって。けど、それでも言い出せなかった。お前は無愛想だけど、優しくない訳じゃないから。変にこれまでと変わるかもしれないって、そう思ったら、怖かったんだ。」

 

だって、お前とは対等な関係でいたいから。そう溢すと、彼は震えながら小さく溜め息を吐く。

 

「お前、やっぱりバカだよ…」

 

ぐしぐしと目尻を擦り、溜まった涙を拭う。彼は少し晴れやかな顔で、俺の背にもたれるように座った。

 

「なぁ、約束しよう。三年後、俺は、必ず雄英に入学する。」

 

「…俺も。絶対に、雄英に入れるように頑張る。」

 

どちらからともなく、そんな絵空事のような約束を取り付ける。互いの顔は見えないけれど、きっと笑っているのだろう。

 

二人同時に、立ち上がる。さよならは言わなかった。だって、俺たちはまた会えるのだから。

 

「またな、焦凍」

 

「ああ、またな、皆統。」

 

 

 

夏空の下の約束を、俺たちは生涯忘れることはないだろう。長い、永い戦いの日が始まるまで、あと、三年。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。