内葉家の風呂場は、平均的なイギリスのそれよりも広い。
湯船に浸からない入浴などありえないと日本人であるイタチの祖父が主張した結果、巨大な浴槽が風呂場に取り付けられることとなり、結果一般的なイギリスの風呂場とは比べ物にならない大きさになった。
イタチの父も日本人であり、渡英した際は大きな浴槽を非常にありがたがった。彼の入浴に対するこだわりは義父のそれと同じでありシャワーで済ませるなんてありえなかったからだ。
そんなイタチの父は今、息子を腕の中に抱え一目散にその風呂場を目指していた。
マグルである自分に詳しいことはわからないが、アンナはマグルで言うところの警察官や軍隊のような組織に属していると言っていた。
魔法界では人殺しを何とも思わない連中の勢力がとても強くて、自分と関わるのは危険だからと結婚はおろか付き合うことすら長年断られていた事を思い出す。
恐らく今我々を襲っているのはその危険な連中だ。警察官のような組織の家を襲撃するなんてはっきり言って半端な奴らではないだろう。
玄関と裏口は塞がれているか奴らの仲間に待ち伏せされているとみて間違いない。
我が家の風呂場には大きな窓があり、窓の外の格子は先日アンナが掃除中壊してしまったため今なら簡単に外すことができる。
(それに、いざとなれば…)
リビングの方から「家族も皆殺しだ!追いかけろ!」という怒鳴り声が聞こえる。
(くそっ、風呂場は目の前だ!間に合ってくれ!!)
風呂場のドアを開け走りこみ、窓を開け格子を思いっきり押して壊した瞬間、後ろから声が聞こえた。
「ロコモーター モルティス!」
呪文の詠唱と同時にイタチの父の両足がくっついてしまい、その場に倒れこんでしまう。両足がくっつくという普通では考えられない状態に追い込まれたイタチの父は起き上がることすらできない。
満足に動くことのできないイタチの父に男は声をかける。
「フフ、玄関は監視されているだろうから風呂場の窓から逃げようとしたってか。確かに風呂場の窓は逃走経路として想定していなかった。マグルのくせに良い読みじゃないか。…だが」
男はイタチの父の足に目を向け、
「足縛りの呪いだ、もう足は満足に動くまい。死の呪いですぐに殺しても良かったんだがな。俺は人間が苦しんで死ぬのを見るのが好きなんだ」
ニヤリと笑って、地面に落とさないように腕に抱えたイタチを取り上げた。
「貴様!何をするつもりだ!」
「フフ、何をするかだって?そんなことは決まっているじゃないかミスターウチハ。愚かなるマグルの男よ」
男は狂った笑顔のままイタチの父の顔を蹴り飛ばす。
「動けないお前の目の前で大事な子供を殺してやろう!」
「なんだと!おい、やめろ!」
必死に起き上がろうとジタバタしているイタチの父を一瞥し、男はイタチに杖の先を向け呪文を唱える。
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マリオは背後からの大きな音に驚いて咥えていた煙草を落としてしまった。
「あーあ勿体ねぇ。何だってんだ」
落ちた煙草を踏みつけ音のあった方に振り向くと、
「何だありゃ。窓の格子か?」
イタチの父が外した窓の格子が見えた。さらに内側からは男同士の言い争う声が聞こえてくる。よく聞き取れなかったが「子供を殺す」という言葉だけはマリオの耳にもはっきりと届いた。
「オイオイ、俺の目の前で子供を殺すだぁ?そいつは聞き捨てならねーなぁ」
かつて数多の子供を死に追いやった元カモッラは今度は子供を救うため、内葉家の風呂場に足を向ける。
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死喰い人を内葉家まで案内した闇祓いは今まで自分は大きな勘違いをしていたということに今更気付いていた。
ホグワーツ在学中から闇祓いとして働いている現在まで、周りは自分のことを冷酷で残酷な男だと評した。自分でもそう思っていたし死喰い人との戦いの中でも自分が冷酷な人間であるこという事に疑問を抱くことはなかった。
しかしそれは愚かな勘違いだったのだ。あるいは自惚れだったとも言えるかもしれない。
彼の目の前の光景は、正に冷酷であり残酷であり、…地獄であった。
確かに自分は根っからの純血主義で、マグルの血筋や混血を穢れたものとして見ていたが、それでもアンナ・内葉の実力と精神力自体は認めていた。
アンナは純血以外の闇祓いをありえないとする闇祓い局の雰囲気を実力で変え、その愛嬌で仲間たちにもすぐに溶け込んだ。
その上彼女は非常に上品で理知的なのだ。ものの数ヶ月で闇祓いたちは彼女に夢中になった。あろうことかアンナを姫と称え彼女を守るためなら死んでも良いと言い出す阿呆もいた。結婚したと聞いた日は、闇祓いたちの嫉妬で局内の雰囲気が過去最悪になったりもしたらしい。
彼はそんな彼女をうっとうしく思ってはいたが、確かに他の闇祓いが言うように彼女が死喰い人負ける姿も悪に屈する姿も想像できなかった。
それなのに
(なんということだ…)
彼の眼前にはそのありえない光景が広がっていた。
「ぎゃははは!こりゃあ良い!闇祓いのお姫様がこのありさまだぜ」
アンナは、
リビングの椅子に座り、下品な声で笑う醜い死喰い人の男の前に跪き、
実の両親の死体の横で、
その男の泥に汚れた靴を必死に舐めまわしていた。
「おい、何とか言ってみろよこの糞アマァ」
暴言を吐きながら、男はアンナの顔を蹴り飛ばす。
絶対に悪に屈さないはずの闇祓いの姫から発せられた言葉は、アンナを知る者からしたら想像もできない言葉だった。
「も、申し訳ありませんでした。私は自分の愚かさも知らず、闇の帝王様に逆らっておりました。本当にごめんなさい…ごめんなさい…」
男は、頭を地面に擦り付け必死にあやまるアンナをニヤニヤした顔で眺め、足をアンナの顔の前に差し出す。
「お姫様よお、ロングボトムの夫婦はさっさと精神崩壊しやがったが最後まで俺たちには屈しなかったんだぜ。やっぱり混血は何もかもが中途半端だってか?」
ロングボトム家の名を出されアンナの眼に微かだが意志の光が戻る。靴を舐めようとしていた舌をひっこめ男を睨む。
「おっと、また反抗的な目つきになったな。クルーシオ」
「いやあああああああああ!」
もう何度目になるかもわからない磔の呪文にアンナは床をのたうち回る。
「お姫様、反抗的な目をしたら磔の呪文だって何回もいったでしょうが。馬鹿だねぇ。さて磔の呪文の次はまた服従の呪文だよ。もう何回繰り返したかなぁ」
服従の呪文をかけようと杖を向けると、屋敷を探索していた男が慌ててリビングに駆け込んできた。
「おい、風呂場に来てくれ!ゲイリーが死んでる」
息も絶え絶えに伝える男に、アンナに服従の呪文をかけようとしていた男は、アンナの顔を踏みつけ、
「おいおい、こいつの旦那はマグルだろ?ゲイリーがマグルに殺されたって言うのか?」
「いや、そいつも死んでいた。とにかく来てくれ」
「…分かった。おいテメーら、風呂場に行くぞ。」
男はアンナの顔を踏みつけたまま立ち上がり、
「ああ、忘れてたよ。」
まるで部屋の電気を消し忘れたぐらいの気軽さで、
「アバダ・ケダブラ」
「アバダ・ケダブラ」
アンナと、内葉家まで案内してきた闇祓いの男をあっけなく殺した。
とてつもない内葉家の惨劇だが、このような悲劇は10月31日までの魔法界での日常であった…。
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イタチに杖を向け死の呪いをかけようとしたゲイリーだが、呪文を唱えることはできなかった。
「ぐっ、き…貴様…!ガハァ」
ゲイリーの背にはイタチの父が覆いかぶさり、背中にナイフを突き立てていた。
「お前らの世界の事はよく知らないがよ。これはアンナが護身用にくれた魔法のナイフだ。保護呪文とやらも関係なく突き刺せるらしいぜ。足をくっつけたぐらいで俺から目を離すんじゃなかったな!子供を守る親なめんじゃねー!イタチは絶対に殺させ…ぐはっ」
ゲイリーは最後まで聞かずにイタチの父を蹴り飛ばした。
足縛りの呪いで踏ん張りがきかなかったためナイフを強く突き刺すことができず、ゲイリーに致命傷を与えるには至らなかったようだ。イタチの父を蹴り飛ばしたゲイリーは、背中のナイフを抜き、イタチと一緒に窓から外に放り投げた。
「くそったれ、もう遊びは無しだ。今すぐぶっ殺してやる!アバダ・ケダブラ!」
緑の閃光が真っ直ぐイタチの父を貫いた。
イタチの父の死を確認したゲイリーは窓の外に目を向ける。
「よし、間違いなく死んでいるな。 …ぐっ、痛ぇ。だが回復の前にあの赤ん坊も殺さねえと…」
窓から顔を出してイタチを探そうとしたゲイリーだが、ゲイリーが窓から顔を出した瞬間、彼の喉に魔法のナイフが突き刺さった。
「…は?」
「さすが魔法のナイフ様だ。カモッラのナイフより切れ味が良いじゃねーか」
イタチを受け止め、ナイフを拾ったマリオがゲイリーの喉に拾ったナイフを突き刺したのだ。突き刺されたゲイリーは勿論即死である。
ナイフをゲイリーの首から抜いたマリオは、ゲイリーの洋服でナイフの刃の血を拭拭い取る。
マリオが、さてこれからどうしようかと考えていると家の奥から足音が聞こえてきた。マリオは思考を中断し、近くの木の陰に隠れる。
足音の主は風呂場に入ってくると驚いた声を出し、「くそっ、お前が殺されてどうする!」と言いながらまた家の奥に走って行った。
今の男は恐らくこの子の敵で、確実に仲間を連れてくる。そう判断したマリオは赤ん坊を連れて逃げることを選択した。
真っ暗の通りを全力で駆け抜けながらマリオは考える。
(それにしても、一家は(多分)惨殺され逃げ延びたのは恐らくこの赤ん坊だけ。
しかしこのガキを殺した男、杖みたいな物を使って奇妙な光を出していたな。あの緑の光に当たると死ぬというのは俄かには信じられないが「子供は殺させない」と騒いでいた男が光を当てられただけで何も言わなくなって、光を当てた男は死亡を確認していた。こいつはこのガキを警察に連れて行ってももしかしたら安全とは言えないんじゃないのか…?)
「くそっ面倒な事になりやがった。」
(何にも知らずに眠りこけやがってこのガキ…)
マリオは初めて助けた赤ん坊に目を向けた。近づいてきた街灯が丁度イタチの顔を照らす。
「…オイオイ、お前まさか…」
しっかりとした意志を持っているとしか思えないイタチの眼がマリオを見つめ返す。
「…あの騒ぎの中ずっと起きてたってのか…」
マリオの全身に鳥肌が立つ。
(ありえねぇだろオイ…。1歳かそこらのガキだぞ。あの状況で泣きもせず黙ってるハズがねぇ…。何なんだこいつは…)
1981年6月9日
イタチは家族を失った。
設定資料
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1981年(1歳)
6.9
イタチの母の同僚がヴォルデモート側に寝返り、闇祓いが内葉家を強襲。イタチ以外が殺される。
イタチはマグルの人攫いに助けられ、後に--
10.31
ポッター家が襲撃されジェームズとリリーが殺されるが、ハリーを殺せずヴォルデモートの力が打ち砕かれる。
同日
カール・マダックス少尉が--