斯くして、一色いろはの小悪魔生活は終わりを迎える。   作:蒼井夕日

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本編はいろは初登場のシーンから分岐となります。
不定期投稿になると思いますが、感想などいただけると嬉しいです!


1話 生徒会選挙とかいうモノ

 

 「邪魔するぞー、少し頼みたいことがあるんだが…………」

 

 そう言いながら勢いよくスライド式の扉を開けて中に入っていった平塚先生を廊下で眺めながら、わたしは深呼吸をした。

 

 「すぅ、はぁ」

 

 小さくしたつもりだったのに、隣にいた城廻先輩はこっちを見て、「大丈夫だよ、いろはちゃん」と声をかけてくれる。

 

 わたし、緊張することなんて滅多にないんだけどなぁ。人生で一番緊張したのが総武高校の受験当日くらいで、それが最初で最後だったと思う。

 昔から大体のことは卒なくこなせたし、愛嬌を振りまいておけば大体の男子は騙せた。失敗しない自信があれば、緊張なんてしないのだ。なのに、なんだろう。この気持ちは。

 

 「あはは。私もなんとなくわかるよ。ここの教室って、なんか異様なオーラ放ってるっていうか」

 

 ふわふわとろとろ、まるでプロのシェフが作ったオムレツみたいな話し方の城廻先輩。

 ただ、わたしが緊張している理由はちょっと違う。

 

 わたしは今日、というか今、ある面倒事を解決するために特別棟の教室前にいる。

 ここは、『奉仕部』とかいう、名前だけ聞いたらちょっとだけ誤解しちゃいそうな部活が使っている部室らしい。

 なんとも変な名前だなと思っていたけど、平塚先生から聞くところ、この部活には二年の雪ノ下先輩と結衣先輩が所属しているらしい。葉山先輩以外の人間に興味のないわたしだけど、さすがにこの二人のことは知ってる。だって、ね。総武高有名人ランキングでもつくったら、たぶん十本の指に入るくらい有名だし。

 

 雪ノ下先輩は、成績優秀で、社長の娘。おまけに容姿端麗な見た目で男女問わず注目を集めている。

 結衣先輩は、雪ノ下先輩とはちがう可愛らしさをもち、男女分け隔てなく友達が多いことから周りからの人気が高い。わたしも結衣先輩にはちょっとだけお世話になったり。

 

 簡単に言っちゃえば、わたしの上位互換。だって、わたしって女子からの人気ないし、成績もたいして良くない。…………そう、可愛い以外の取り柄がないのだ!

 さっきは『なんでも卒なくこなす』とかかっこつけたけど、それって全部が普通ってこと。唯一二人に勝っているところといえば、男を手玉に取るスキルくらいだ。

 そんな二人の前で、これからいつもの『アレ』をしなきゃいけない。それが緊張の理由。

 

 さてさて。そんなことを考えているうちに出番が来たみたい。

 ちょっとだけ女の子としての自信を失いかけていたけど、それも両頬をぺしっと叩いて一掃。『きゃるんっ!』という効果音が出そうなくらいの笑顔を作って、城廻先輩の後ろをついていく。

 

 「ちょっと相談したいことがあって……」

 「あれ、いろはちゃん?やっはろー」

 「結衣先輩、こんにちは~」

 

 うん。いつものはちゃんと出来てる。お母さん口伝の「どんな男も悩殺!詐欺笑顔!」

 わたしのあざとさは完全に母親譲りなんだよね。

 

 「一色さん、ね。こんにちは」

 

 結衣先輩との挨拶を終えると、こんどは隣に座っていた雪ノ下先輩が言う。この人もうちょっと高校生の雰囲気出せないのかな。背筋がひんやりする。

 

 ちょっと怖いけど、いつもの詐欺笑顔は崩さずになんとか返事ができた。

 ついでに端っこにいる男子にも悩殺笑顔を忘れない。すっごい影薄くてびっくりした。なにこの人?なんでこんなぬってしてるの?まあいいや。

 

 促されるまま席に座り、わたしが生徒会選挙の生徒会長に立候補したという旨のことを話した。

 

 「生徒会選挙に立候補?」

 

 最初に反応したのは結衣先輩だ。

 

 「はい。あっ、今向いてなさそうとか思いませんでした~?」

 「いや、別に……」

 

 愛想の悪い男子、確か……比企谷先輩?だったかな。その比企谷先輩の方を向きながら言う。

 

 大体の男子ならこれでデレデレするんだけど、この人の無反応ぶりハンパない。むしろ引かれてる気がする。

 

 「よく言われるから分かるんですよ~。とろそうとか、にぶそうとか~」

 「それで、何か問題が?」

 「一色さんは生徒会長に立候補してるんだけど、なんていうか、当選しないようにしたいの」

 

 わたしの言葉を代弁して、城廻先輩が説明してくれる。

 

 「えっと、つまり生徒会長やりたくないってこと?」

 「はい、そうです」

 「なら、なぜ立候補を?」

 

 うん、そりゃあ聞くよね。わたしだって知りたいくらい。

 

 「えっと、わたしが自分から立候補したんじゃなくて、勝手にされててぇ~」

 

 ほんと、どこのアイドルだって話なんだけど、実際そんなのじゃない。

 そう、わたしが率先して生徒会長なんてやるわけないのだ。

 クラスでいつも男子からちやほやされてるわたしを見て、妬んでいる女子がいることは知ってる。きっと今回の仕業は彼女たちによるものだ。ほんと、面倒くさい。

 

 「わたし結構悪目立ちっていうんですか~?サッカー部のマネージャーとかやってたりして、葉山先輩とも仲良くしてるせいだと思うんですけど~」

 「悪戯にしても手が込んでますね。立候補には30人以上の推薦人が必要だったはずですが」

 「無論しでかした生徒はこちらで指導する」

 

 確かに生徒会長というステイタスは、内申とか経験とか得なことは多いのかもしれないけど。

 それでも、やっぱり悔しいじゃん。女子から妬まれるのは慣れてるけど、彼女たちの思い通りに動くのは嫌だから。

 

 

 「やりたくないなら選挙で落ちればいい。ていうか、それしかないだろ」

 「でも立候補が一色さんだけなんだよね」

 「となると、信任投票ですね」

 「信任投票で落選とか、超かっこ悪いじゃないですかぁ」

 

 

 そう、ブランドを気にするわたしにとって、対決馬もいない選挙で落選なんて沽券に関わる。

 我ながらわがままだと思う。けど、クラスの彼女たちの狙いはきっとそれなのだ。信任投票で落選させて、見返してやろうっていう魂胆。もー!面倒くさい!!

 

 そんなわたしの心配をよそに、向かって左側にいる比企谷先輩は何か思いついたというように目を見開いた。生き返った魚みたいでちょっと面白かった。

 

 「応援演説をやるやつは決まっているのか?」

 「いえ、まだ……」

 

 「なら簡単で手っ取り早い方法があるぞ。信任投票で落選して、一色はノーダメージで切り抜けられればいいんじゃねえの。要は一色が原因で落選したわけじゃないってことをみんながわかってればいい。応援演説で落選なら、誰も一色のことは気にしないだろ」

 

 一気に説明する比企谷先輩の案に内心びっくりする。

 

 なるほど、選挙には出馬するけど、わたしは応援演説者を見守っていればいいだけ。それならわたしじゃなくてその応援演説者のせいで落選したことになる、ってことかな。

 

 え、なにこの先輩賢そう。何かと使えそ……頼りになりそうだ。

 でも、それなら誰がその応援演説を……?と、わたしの考えを結衣先輩が代弁する。

 

 「ねぇ、その演説ってさ、だれがやるのかな」

 

 わたしの単純な疑問とは違う、何か意味を含んでいるような言い方に、空気が一瞬ひやりとする。

 

 「そういうの、やだな……」

 「……それは、できるやつがやればいいんじゃねえの」

 「そのやり方を認めるわけにはいかないわ」 

 「……理由は?」

 「それは……確実性がないからよ。それに、不信任になるようなひどい演説は、一色さんにも迷惑がかかるわ。仮に不信任になったとしても、再選挙なんてするとおもう?それから……生徒会への関心が低いのだから、票数を公開せず結果だけ出したって誰も気にしないわ。だからその気になればいくらでもっ……!」

 「雪ノ下」

 

 焦るように話し続ける雪ノ下先輩を、平塚先生は落ち着いた声音で宥める。

 

 あ、あれ?なんか秒で空気悪くなってない?これわたしが原因だよね……?

 さっきまでのぶりっ子態度がバカに思えるような雰囲気になり、ちょっとだけ恥ずかしくなってしまった。

 

 「……失言でした。撤回します。ほかの候補を擁立して選挙で勝つしか方法はないでしょうね」

 「そんなやる気のある人間なら、もう立候補してないとおかしいだろ」

 「でも、その……やってくれそうなひとに聞いてみれば……」

 

 結衣先輩の怯えたうさぎのような声に、申し訳ない気持ちでいっぱいになる。

 トップカーストの結衣先輩のことだから、この部活内でもそうなのだろうと勝手に思っていたけど……。

 

 「すぐに結論は出なそうだな。また後日にしよう」

 

 悪くなっていた空気をおさめるように、平塚先生が取り仕切ってくれた。このまま誰も止めなかったら、抜けだすことができなかったかもしれない。

 今日のところは平塚先生にお預けし、お開きとなった。

 

 城廻先輩と教室を出て、少し歩いたところで大きくため息をつく。

 

 「はぁ~。わたし、なんかまずいことしましたかねー?」

 「ううん、ちがうんじゃないかな。一色ちゃんは関係ないと思うよ」

 「だといいんですけどね」

 

 落ち込むわたしを励ましてくれる城廻先輩だったけど、なんとなく罪悪感は拭えない。出鼻を挫いたっていう言い方が正しいのかはわからないけど、少なくとも良好な滑り出しとは言えなそうだ。

 

 これはもう選挙諦めるしかないのかなぁ。

 

 沈んでいく夕日を眺めながら、もう一度ため息をついた。

 

* * * 

 

 奉仕部の部室から出てそのまま直帰しようと思ったけど、なんとなく心が晴れなくて近くのスターバックスによることにした。普段はあまり一人で来ることはないんだけど、気晴らしにと思って入ってみると、窓際のカウンター席に見覚えのあるアホ毛を見つけた。

 

 「あれ、比企谷先輩?」

 「……おぉ」

 「いや、反応薄すぎないですか?」

 

 え、声かける人間違ってないよね?この人今日会った人だよね?

 まさかとは思うけど、名前忘れられてるんじゃ…………って、さすがにそんなわけないよね。

 

 「ええと……名前なんだっけ」

 「なっ……!!一色ですよ!一色いろは!」

 「ああ、すまん、一色か。どうした?」

 

 そんなわけあった。今日会ったばっかりの人の名前忘れる!? 

 いやまあ確かにわたしも告白された男子の名前なんてだれ一人覚えてないけど、この人にとってはわたしも同類ってこと?びっくりすぎて久しぶりに大声出しちゃった。

 

 「……まあいいです。隣いいですか?」

 「いや無理だけど」

 「なんでですかぁ!」

 「いやほら、知り合いに見られたら恥ずかしいし」

 「…………は?」

 

 何勘違いしてるのこの先輩。思わず素の反応が出てしまった。落ち着け。くーるだうん。まあ比企谷先輩がそういう感じの人じゃないってことは最初に見た時からなんとなく気づいていたけど。

 ていうか、比企谷先輩って長いな。んー、先輩でいいや。

 

 反射的に一歩後ろに下がってしまったけれど、わざとらしい咳払いをしながら先輩の隣に座る。

 

 「こほん。実は、今日のことで先輩に謝りたいことがありまして」

 「今日?なんかしたのか?」

 「わたしが原因ですよね。部室の空気、悪くなっちゃったのって」

 

 いつものぶりっ子を引っ込めて、それでも先輩の方は見ずに注文したコーヒーをストローでかきまぜる。

 心なしか、語尾が弱くなっていた気がする。

 

 「いや、一色はなにもしてないだろ。気に病む必要なんてないと思うぞ」

 「ほんとですか?」

 「ん、本当だ。あとそれあざといから」

 

 言われて気づく。左にいる先輩を斜め下から見上げるような体制。あれ、わたしって素でもこんなあざとかったっけ。

 

 「え~、なんのことですか?」

 

 ちょっとばかしの対抗心を込めて、さらにぐいっと顔を寄せる。大体の男子はこれでイチコロなんだけど、先輩はといえば……

 

 「……」

 

 すっごい嫌そうな目で見られた。

 なんか、この先輩の前で自分装うのがばかばかしくなってきた……。

 

 「まぁ、依頼のことは心配すんな。できる範囲で善処するつもりだ」

 

 声をかけた時からテーブルに置いてあった文庫本を鞄にしまいながら言う先輩。

 部室で言っていた案は雪ノ下先輩に否定されていたけど……

 

 「なにか考えでもあるんですか?」

 「ない」

 「上げて落とす天才ですか……」

 

 わかりやすく肩を落とすわたしに、先輩は「そうだなぁ」と付け加える。

 

 「一色以外に立候補がいれば話は早いんだがなぁ」

 

 全然悩んでいなそうな顔で、気だるげに言う先輩。

 にしても、今日あったばかりの人の相談についてこれだけ考えてくれるなんて、案外いい人なのかな。

 

 「もう一色が生徒会長やっちゃえば?」

 

 前言撤回。全然考えてなかった。

 

 「だったら最初から相談なんてしてませんよぉ~。それに、なんか悔しいっていうか」

 

 拗ねるように言ったわたしをちらっと見て、先輩は。

 

 「まぁ、わかるけどな」

 

 何も言っていないのに、ほんとにわかっていそうな気がしてしまうから不思議だ。

 さてどうしようかと考えを巡らせていると、一つの案を思いついた。

 

 「あ、そうだぁ!先輩が生徒会長になるっていうのはどうですか?」

 「…………馬鹿なの?」

 

 そんなわたしのひらめきを、先輩は会ってから何回か見せる嫌そうな顔で一蹴した。




一色視点から始まりましたが、八幡視点もあります。多分半々くらい。

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