斯くして、一色いろはの小悪魔生活は終わりを迎える。   作:蒼井夕日

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12月!師走!わーい!


10話 つーわけで俺、リア充になりました。

 気づけばすでに12月に入り、本格的に布団から出たくない欲求が暴れだす季節となっていた。ほんと出たくない。いやったらいやっ!一生一緒だからなっ、布団ちゃん!──と睡眠ツーラウンドに突入しかけたところで小町に起こされたので仕方なく起床。いつも通り顔を洗い、着替え朝飯歯磨きをして小町より遅く家を出た。

 

 昨夜からの雨により、今日は電車での登校となった。天気予報によれば、雨は今日の夜まで続くらしい。別に夏の雨は嫌いじゃないが、この時期だと寒いくらいに冷たくて鬱陶しかった。

 

 生徒玄関で濡れた傘をばさばさした後傘立てにつっこんで、靴を履き替える。

 いつもなら二年F組へつながる左手の階段を上っていくのだが、今日は他用で右手に曲がる。進むほどに人が増えていき、角を曲がった先では数十人の生徒が烏合のように掲示板に集っている。俺もその集団の後ろから掲示板を眺めた。

 掲示板には縦横1メートルほどのポスターが張られている。選挙の当落発表が掲示されているのだ。自分の名前を探そうと、俺も周囲に倣って人差し指を辿る。

 

 『生徒会長:比企谷八幡』

 

 「おぉ、あった」

 

 薔薇を模した花飾りの下に書かれた俺の名前にほっと胸を撫でおろす。

 先週の月曜日、奉仕部へ赴き生徒会長になることを雪ノ下と由比ヶ浜に伝えた丁度一週間後──すなわち昨日が選挙日だった。

 人前に出ることなど滅多にない俺が、全校生徒の前であんな輝かしい演説を見せたのは涙の一幕であった。……まあ、輝かしかったのは応援演説の葉山だったんだが。得票率は81%で、信任投票の場合6割を取れば当選の会長ではかなりのオーバーキルだったのはさすが葉山。なんなら立候補してたの俺じゃなくて葉山だと思われてたまである。

 しかし問題点はそこではない。そもそも信任投票であること自体がおかしいのだ。

 

 俺は眉をひそめ、睨みつけるようにポスターをもう一度見やる。

 

 『副会長:一色いろは』

 

 …………おい。なんのバグだよこれ。なんで副会長のところにこいついんの?デバッグしてないの?いや、全校生徒からしたら何も不思議な点はないのだ。なぜなら昨日の選挙で一色は副会長候補として演説したのだから。

 

 「あ、せんぱーい!名前ありましたねー」

 

 噂をすればやってきた、副会長のおでましである。

 

 「ねえ、ほんとどういうこと?」

 「ふえ?」

 「ふえじゃねえよ。なんでちゃっかり副会長になってるわけ?」

 「えっと、わたしが副会長に立候補して、ふつーに当選したからじゃないですか?」

 

 こてっと首をかしげてわざとらしく言う一色に、俺はじと目を向ける。

 

 「そうじゃなくて……お前会長候補だっただろうが」

 「それはまあ、選管の子とかにおねだりしてー…………まあ色々ですかね。かなりチョロかったです♪」

 「だめだ。こいつと話してたら人間不信になるわ……」

 「もうなってるからいいじゃないですか」

 

 こいつが裏ルートで副会長に立候補したことは100歩譲ってわかった。ならそもそもなんでこいつは副会長に立候補したのだ。普通に戦って負けたとしても、一色にはほとんどダメージがないはずなのに。一色が副会長になったところで得られるメリットなんてあるのだろうか。

 そうこう考えてるうちに登校時刻終了のチャイムが鳴り、周りの生徒はぞろぞろと教室へ戻っていく。

 

 「それじゃ、わたしも教室に戻りますね」

 

 何食わぬ顔で立ち去っていく一色の背中を眺め、大きくため息をつく。

 

 ──もうやだ。一生帰りたい。

 

* * *

 

 選挙に当選したからと言って誰かに祝われたりクラッカーがはじけ飛んだり胴上げされたりなどはない。別にいいもんね。戸塚から祝ってもらったもんね!もう生徒会室に呼んで二人っきりで愛を育む予定だもんね!

 そんな未来日記をつくっていると、気づけば帰りのホームルームを終えた。俺はすぐさまスクールバッグとマフラーを片手に持って教室を出る。しかし向かうのは特別棟へつながる階段ではなく、一階につながる階段だ。今日からさっそく生徒会の仕事が始まるのだ。

 

 今日やることといえば生徒会室の掃除と、書類等の整理。前生徒会やってくれてねえのかよ……と内心ぼやきつつ、気づけば到着。奉仕部部室とは違って本棟にある生徒会室はさほど遠くないからありがたい。

 

 スライド式の扉を開けると、むわっとした暖気とともに、話声が流れ込んできた。

 

 「あ、先輩どうもですー」

 「……うす」

 

 中に入ると、一色はてててっとこちらへ駆け寄る。さらに奥を見ると、メガネをかけた少女が控えめにお辞儀をしていた。

 

 「それとも、会長と呼んだ方がいいですか?」

 「鬱陶しい。呼ばなくていいから」

 「むー」

 

 あざとい上目遣いを手で払いのけると、一色はぷーっと頬を膨らませる。なんだお前それ可愛いな。

 

 「か、会長、よろしくお願いします。書記の藤沢といいます」

 

 奥のメガネ少女は折り目正しく、三つ編みを揺らして頭を下げる。

 うーん、いい感じの地味加減だ。漂う書記感といい、こいつはなかなか仕事をしてくれそうだ。よろしく藤原!

 

 「んで、今なにしてんの」

 「不必要な書類を段ボールにまとめて、これから運ぶところです」

 

 確かに入り口付近に5、6個段ボールが積まれている。持たなくてもわかる。これ絶対重い。

 

 「そうか。んじゃ俺はここで書類の整理を…………」

 「…………」

 

 いそいそと紙の束に手をかけようとしたところで、じとっと一色に睨まれる。ですよねー。

 

 「先輩はもちろんこっちです。わたしも手伝ってあげるので、早くいきますよ、っと!」

 

 段ボールを持ち上げながら言う一色に続いて、俺も積まれたうちの一つを持った。

 

 「それじゃ、書記ちゃんここおねがいしまーす!」

 「は、はい」

 

 生徒会室を出て一色の半歩後ろを歩きながら朝聞きそびれたことを聞こうとしたが、先に口を開いた一色に阻まれた。

 

 「さては、なんで副会長やってんの?とか思ってますね?」

 

 探偵気取りなのか、一色はきらっとした目つきで振り返る。

 

 「思うだろ……。最初から副会長やるんなら、俺完全に無駄骨だったでしょ」

 「んー、まあ……気が変わったのが一週間くらい前っていうのもありますし。それに、サッカー部に戻ったところで居場所ないですもん」

 

 居場所、か。そういえば、一色を推薦した奴、葉山を狙ってサッカー部入ったんだっけか。強敵となる一色を葉山から遠ざけるためにそんなことをしたのだろうと推測できるが、一色にしてはらしくないと思った。

 

 「そんくらい今に限ったことじゃないだろ。葉山どころか、手あたり次第彼女持ちの男にも手だしてそうだし」

 「失敬ですね。せいぜい告られるくらいで、ちゃんと全員振ってます」

 「余計性質(たち)悪いじゃねえか……」

 「前にモールで絡んできた女子覚えてますか?わたしを推薦した張本人がその中の一人なんですよ」

 「…………あー、ボブ」

 

 もう一週間以上も前で記憶があやふやだったがなんとか思い出した。ていうか、人がいじめにあってるシーンなんてそうそう忘れられない。ちなみになぜボブという名前になったのかは一切覚えていない。

 

 「……ボブが誰のことかはわかんないですけど、たぶんそれです。その人がいる限り、しばらくは部活にも出れなさそうです」

 

 苦笑気味に眉を曲げる一色。確かに、あんなに人がいる中で胸倉を掴んでくるような奴だ。部活内であればその過激さは増すだろう。

 

 「ていうか、前の公園の男といい、お前ほんと敵多すぎだろ……。なに、敵作るのが趣味なの?」

 「それはまあ、可愛い女の子としての宿命なので……あ、今ならわたしを敵から守ってくれるナイトさん募集中ですよー先輩」

 「どう考えてもナイトじゃなくて歩兵なんだよなぁ……」

 

 一色の敵対勢力とか考えたくねえ……。徹底的にボコられる未来しか見えないんだよなぁ。

 

 「それが理由の一つですかねー」

 「一つ?」

 「はい。ほんとはもう一個の理由があるんですけどー……」

 

 一色はもったいぶるようにタメをつくって、ちらっと俺の顔を覗くと、

 

 「それはヒ・ミ・ツです♪」

 「……さいですか」

 

 ぺろっと舌を出してウインクする一色に、俺は嘆息する。

 まあ、女子が秘密だというのならそれ以上踏み込んではいけないことを俺は知っている。ソースは俺。家には、俺の秘密にはズカズカ土足で入り込んでくるくせに自分のことを聞かれると逆切れする妹がいる。長年一緒に住んでるおかげで女の子の日とかであれば察せるが、もしかしたらその秘密の内容が色恋沙汰なんじゃないかと思い始めたら三日三晩眠れないのが兄の性質である。よく勘違いされるから訂正しておくが、シスコンではなく妹想いなだけだ。

 

 これ以上何か聞いたところで、一色の当選が覆されるわけでもないし別に俺がとやかく言う権利もない。追及はこのくらいにしておこう。

 

 「あ、ここですね」

 

 目的の倉庫前に来ると、俺は一色より先に段ボールを置き、引き戸のドアを開ける。ありがとうございますと小声で言う一色を横目に中を覗くと、広さは体育館倉庫くらいで、暫く掃除されてないのか埃っぽい。よっこらせっと段ボールを置いて、この埃っぽい部屋からすぐ脱出。

 

 「これを後2、3回か……」

 

 なにこれめっちゃきついじゃん。自転車通学の俺をしてもすでに腕きついんだが?

 

 「一色、よくこれ持てたな」

 「あ、はい。わたしのはバインダーしかはいってないやつなので」

 「あ、そう……」

 

 ま、まあ?女子に重いもん持たせるわけにもいかないしい?男が重いもの持つの当たり前だけど?にしてもなんだろう。この裏切られた感は。

 

 「安心してください。すぐに助っ人が来ると思うので」

 

 言って、一色は来た道を見る。すると、そちらの方向からなにやら「っべー」だの「これ重すぎね?マジいい筋トレになるわー」だのよく通る声が響いてきた。言うまでもなく戸部だ。段ボールを2段重ねで担いできた戸部の横には葉山も並んでいた。

 

 「ここでいいのかな?」

 「はい。葉山先輩、手伝ってくれてありがとうございますー」

 「全然いいよ、これくらい」

 「あんれー、ヒキタニ君じゃん!にしても、まさかヒキタニ君が生徒会長になるとはなー、この学校崩壊待ったなしでしょー。でもすげえわ、当選おめ」

 

 ニッと口端をつりあげ、ぐっとこちらへサムズアップする戸部に「お、おう」と俺もサムズアップ。いかんいかん……、急に褒めてくるもんだからついつられてしまったわ。こいつウザいけどいい奴だなー、ウザいけど。

 戸部と葉山は段ボールを倉庫に押し込んだ。

 

 「っふー、これでもう終わりっしょ?」 

 「はい。あでも、戸部先輩はまだです。これから生徒会室の模様替えするので」

 「べー……。いろはす鬼畜すぎん?まあ部活までまだあるし、やるけどよー」

 

 そんなやりとりをしながら先をいく二人を追おうとしたが、扉を閉めて「よし」と息を吐く葉山の方へ向き直った。別にこいつと世間話をするような仲でもないが、今回の一件に関しては巻き込んだことも含めて改めて感謝しておきたい。

 

 「あー……その、ありがとな」

 「なんだよ、気持ち悪いな」

 

 頬をぽりぽり掻いて言うと、葉山は苦笑した。

 ていうか、俺が感謝するとそんな気持ち悪いの?僕だって感謝するときくらいあるんですよ?ほら、刊行開始から応援していた作品がアニメ化した時とか……。そのまま大人気になって実写化とかしても、原作者の利益になるならばと奥歯を噛みしめて感謝しますよ?

 そんな感じで常に感謝の気持ちを忘れない俺だが、陽キャとかイケメンに感謝の言葉を口にするのはどうも居心地が悪い。しかし葉山は何でもないことのように続けた。

 

 「別に比企谷のために協力したわけじゃないさ」

 「わかってるよ。それでも言っとかないと後味悪いだろうが」

 「まあ、君が生徒会長になるなんて聞いたときは正気の沙汰じゃないと思ったけど」

 「うっせ。色々あんだよこっちにも」

 「ほんと、素直じゃないな、君は」

 

 ははっと笑って歩き出す葉山の数歩後ろをついていく。

 

 「ここまで協力するなら最後まで責任持ってやれよ。あいつも喜ぶぞ」

 「その言葉、そっくりそのまま返すよ。俺じゃあいろはを幸せにできないし、責任も持てない。それに、いろはは最近君になついているだろ?」

 「手懐けられてるだけだろあれは……」

 

 言いながら、数メートル先を歩く一色と戸部を眺める。俺は一種の共感と同情を込めて戸部を見やった。

 なんなら「お手」とか言われたら従っちゃうレベル。ペットプレイ、大歓迎!

 

 「その様子だと、なんでいろはが副会長になったのかもわかってなさそうだね」

 「聞いても教えてくれなかったんだよ」

 「だろうな」

 

 肩を竦めて困り笑顔を浮かべる葉山を、俺は訝しむように睨みつける。お前は知ってるのかよ。いや別に俺はもう知らないままでいいけどね。むしろあいつの考えてることとか恐ろしすぎて知りたくないまである。

 

 「俺は部活に行くよ、じゃ」

 

 手を軽く上げて階段へ向かう葉山に、俺は何も言わず首肯だけした。戸部は部活まで時間あると言っていたが、部長となると早めに顔を出さなければならなかったりするのだろう。

 葉山が階段を下りる様子を最後までみず、俺は一色が歩いているだろう前方に顔を向ける。

 しかし一色の姿はすでにない。きっと、既に生徒会室へ戻ったのだろう。 

 

 生徒会室に近づくにつれて、人の気配と話声はどんどんと増えていく。

 見覚えのある人もいるが、おそらく前生徒会役員だろう。彼らに残された仕事はもうないはずだが、きっと次世代の生徒会を軽く見に来たとか、最後のお別れを言いに来たとかそんなとこだろう。生徒会に「秘密の力を継ぎし者たち」感を出されても正直困るんだが。どこのヒーローアカデミア?ワンフォーオールかよ。

 

* * *

 

 掃除と書類の整理、ついでに一色の指揮の元で模様替えを終えたころには下校時刻30分前となっていて、生徒会室に差し込んでいた夕日はすっかり沈んでいた。

 途中城廻先輩が来たりして、若干涙目になりながら「生徒会をよろしくお願いします」と言われたときは猫背の俺も背筋が伸びた。そこまで思い入れが深かったのかと思いつつ、俺も城廻先輩には色々と世話になっていたので深々と頭を下げて返した。

 書記の藤……ふじ、フジファブリック?書記のフジファブリックちゃんや会計君もすでに帰宅し、生徒会室には俺と一色だけとなっていた。

 

 「先輩、どうします?もう帰りますか?」

 

 ハロゲンヒーターで暖を取りながら、一色は少し疲れた様子で聞いてきた。

 

 「いや、一応奉仕部の方にもちょっと顔出してくわ」

 「わかりました。それじゃ、生徒玄関で待ってますねー」

 「別に先帰ってていいぞ」

 「それじゃ、生徒玄関で待ってますねー」

 「いや、だから……」

 「それじゃ、生徒玄関で待ってますねー」

 

 怖い怖い、怖いから。え、なに?もしかしてループしてる?「はい」を選択するまで進行しないギャルゲーみたいになってるんですけど?

 

 「……すぐ行く」

 「はいっ!」

 

 諦めて肩を落とすと、ぴしっと敬礼ポーズをとる一色。だからそれあざといんだって。

 一色と別れ部室までくると、上窓から蛍光灯が漏れていた。どうやらまだ残っているらしい。先週は一応毎日部活には参加していたが、生徒会長となって改めて顔をだすとなると少し緊張する。

 

 一度深呼吸をしてドアを開ける。すると、どんっどんっどんっとゴジラが進行するような地響きと共に、むさくるしい男が俺の目の前でわめきだした。

 

 「うおぉぉぉい八幡!!!!お、おまっお主っ!!バグったのか!?ついに人生バグったのだなっ!?早まるなよ!?まずは深呼吸して手のひらに人の字を書くのだ!」

 「痛い痛い、肩を揺らすな。お前が落ち着けよ……」

 

 ぶんぶんと肩を揺らしてくる材木座をチョップで制し、奥を見る。

 

 「ヒッキーやっはろー!」

 「こんにちは。今日はこないと思っていたけれど」

 

 いつもの席に座っている二人に会釈し、俺は説明を求めた。

 

 「まあ顔くらい出してこうと思ってな。……それでこいつは?なんでいるの?」

 「あなたが会長になって思うところがあるのでしょう。友達なら、ちゃんと説明することね」

 「そうだよヒッキー。中二1時間前からずっといてさ、鼻息とか超うるさいし……」

 「お、おう、わかった」

 

 由比ヶ浜の材木座に対する扱いはともかくとして、確かにこいつには説明くらいしてやってもいいだろう。友達ではないが。

 俺は材木座の肩にぽんと手をおいて、戸部よろしくサムズアップを決め込んだ。

 

 「つーわけで材木座、俺はリア充になった。今後ともよろしくな」

 「ふぁっ…………ふぁぁぁ………………」

 

 にっと口角を吊り上げて言うと、魂が抜けたようにしなしなと崩れ落ちていく材木座。よし、こいつは暫くの間動けないだろう。

 廊下と部室の間でピクピク倒れてる材木座を放置し、中に入る。帰る前に声だけかけていこうと思っただけなので、椅子に座るわけでもなく立っていると、由比ヶ浜が「そういえば」と手を打った。

 

 「いろはちゃんが副会長候補になってたの驚いたよね。しかも当選したし!」

 「俺も全然知らんくてビビったわ。理由聞いても答えてくれなかったし」

 

 由比ヶ浜の言葉にうんうんと激しく同意していると、雪ノ下だけはすまし顔のまま文庫本をぱたりと閉じた。

 

 「まあ、私は知っていたけど」

 「ゆきのんしってたの!?あたし何も聞いてないのに―!」

 「なんで知ってんだよ……」

 

 一色ってたしか雪ノ下のこと苦手じゃなかったっけ?いつのまに二人だけの秘密交えるほど仲良くなってんの?

 

 「先週一色さんから、役職を変更するという前例はあったのか、と相談があって。上の者に問い合わせてみたら一週間前までなら可能だそうよ」

 「できるんだ!?」

 「なんだよ上の者って……。大丈夫だよな?権力で威圧とかしてないだろうな?」

 「ええ、してないわ。少ししか」

 「したんじゃねえか……」

 

 なにこいつさらりと「当たり前でしょう?私なのだから」みたいに言ってんの?ていうかそれができるんだったらマジで無駄骨だったじゃねえか……。俺の努力返して。マジで。

 

 「そもそもの選挙システム自体に欠陥しかないのだから、立候補の不手際が生じる可能性も考慮すべきだと指摘したら承諾してくれたわ。もちろん一色さんの名前は伏せて」

 「ほんと抜かりねえな……」

 

 敵にしたくない人間ランキングナンバーツー、雪ノ下雪乃。ちなみにナンバーワンは姉ノ下さん。まじでこの姉妹どうなってんだ。

 

 「でも、ヒッキーが会長ってなんか新鮮だよね。超似合わないし」

 「っふ、言ってろ。今後俺をイジメてくる奴がいたら問答無用で退学だ」

 「会長にそこまでの権利があるわけないでしょう。アニメの見過ぎ」

 「ぐっ……」

 

 くそ、事実だから何も言い返せねぇ……。なんでアニメの中の生徒会ってあんなやりたい放題できるんだろうな。食〇のソーマの十傑とか、あとは…………あ、あれ、思ったよりない?そもそも十傑って生徒会だっけ……。もしかして、生徒会ってそんなに好き勝手出来ないのか?くっそぅ、俺の生徒会ハーレムラブコメ計画がっ……!

 と、俺が絶望に暮れていると、由比ヶ浜が俺が普段座っている椅子の方を見ながら言った。

 

 「それより、ヒッキー座んないの?」

 「ああ、いや、一色を玄関に待たせてるんだ。先帰れっていったんだけど」

 

 言うと、由比ヶ浜は椅子を座り直して視線を泳がせた。

 

 「あ、あーいろはちゃんね。…………一緒に帰るんだ?」

 「……まあ」

 「ふ、ふーん?」

 「……」

 

 沈黙する雪ノ下と捨てられた子犬のような由比ヶ浜の目に、俺はどこか居心地の悪さを覚える。何故俺はいま罪悪感を覚えたんだ……。あ、あれだ。部活出ずに先に帰る罪悪感だ。残り二十分ほどしかないとはいえ、先に切り上げるのは悪いと思いながらも、一色が待っているのだから仕方ない。が、雪ノ下はすたっと立ち上がってスクールバッグに文庫本をしまった。

 

 「もう依頼人も来ないでしょうし、部活はこれで終わりましょう。比企谷君、せっかくだし一緒に帰りましょうか」

 

 冷ややかな微笑みで早口に言われ、俺は「お、おう……」と狼狽えるしかなかった。このターゲットを射るような眼光は確実に「お前を逃がしはしない」と言っている。まあ別にいいんだけどよ。最近は一色も雪ノ下とも仲が悪いわけでもないみたいだし、気まずい空気にはならないだろう。

 

 二人の帰り支度を待って、部室を出た。ていうか、いつの間にか材木座いないんだけど。今度ラーメンでも連れてってやろう。

 

* * * 

 

 学校を出た俺たちは、由比ヶ浜企画の元「選挙お疲れ会」なるものを駅前のサイゼで開くことになった。ぶっちゃけ早く帰りたいことこの上なかったのだが、意外にも雪ノ下が「別に構わない」と賛同的だったので多数決で決まってしまったのだ。

 

 窓際4人席の向かい側には雪ノ下と由比ヶ浜が、俺の隣には一色が座っている。座っているんだが……。

 

 「それで先輩、この状況は一体どういうことなんですかねー?」

 「痛い痛い。足踏んでるから」

 「わざとですけど」 

 「……俺何かしました?」

 「べっつにぃー?」

 

 俺は絶賛お説教中だった。理由はマジでわからない。

 ていうか、さっきから耳元で話さないでもらえる?くすぐったいし恥ずかしいんですけど?

 しかし一色はつーんと唇を尖らせて、ミルクティーをストローでぶくぶくさせていた。こら、マナー悪いわよ一色ちゃん。でもわかるわー。何歳になってもストローとか噛んじゃうよね。誰も見てなければ俺もぶくぶくするし。

 まあいい。こいつの機嫌が悪くなるポイントなんて聞いたところでわからないだろうし、放っておけば勝手に治るだろう。

 

 「な、なんか最近二人仲いいよね」

 「いや、そんなことないでしょ」

 「でもなんか近いし……」

 

 と、いまだぐりぐりと一色に足を踏みつけられる中、由比ヶ浜が伺うようにこちらを見て口を開いた。だからその目やめていただきたい……。

 

 「そんなことないですよ結衣先輩。わたし先輩のこと嫌いですもん」

 「ズバリ言うなよ……。寄ってきてるのはお前だろうが」

 

 いや別に慣れてるから嫌われるのはいいんだけど、いざ人に言われると案外ダメージデカいんですよ?特に後輩の女子に言われる破壊力はパない。

 一方の雪ノ下は、コーヒーカップをソーサーに置くとシニカルな眼差しを向けてきた。

 

 「その割には満更でもなさそうだけれど」

 「ねえ、この中に俺の味方いないの?冤罪だ冤罪」

 

 訝しむ雪ノ下に俺は無罪を主張する。もしかして一色の行動はすべて俺を貶めるためか……?だとしたらこいつ、小悪魔どころの話じゃない。それに俺を窓側に座らせることで逃げ道を塞いでいる。俺としたことが、完全に失態だ。

 俺が自分の甘さに後悔していると、一色は「でもー」と頬に人差し指を当てて、

 

 「先輩のことは大嫌いですけど、座る距離が近いと二人は困ることでもあるんですか?」

 

 とぼけるように嘯いて、一色は由比ヶ浜の方をちらっと見る。それを受けた由比ヶ浜は手をぱたぱたと忙しなく動かした。

 

 「べべべべ、べつに!?別に何も困らないけど!?でもほら、なんというか……」

 

 尻すぼみで後半何を言ってるのか全く分からなかったが、雪ノ下がその続きを受け取った。

 

 「そ、そうね。困ることなんて何もないわ。でもその男は奉仕部の部員よ。なら、所有権は部長の私にあるはず」

 「いえ、それを言うなら先輩は生徒会の会長です。同じ生徒会のわたしの方が先輩を好き勝手出来ると思います。コレはわたしの道具です」

 「それは横暴にもほどがあるでしょう」

 「あ、あたしだってほら、同じクラスだしっ!」

 「せめて人扱いしろよお前ら……」

 

 なんだよこの全然嬉しくないラブコメ展開は……。そういうのはもっと顔を赤くして照れながら「こいつは渡さないんだからっ!」っていうもんだろ。

 でもこの状況、なんかモテモテっぽいからいいや。

 ──と油断したところで、ついにこちらへ火の粉が飛んできた。

 

 「こうなったら先輩に決めてもらいましょう」

 「いいわ。比企谷君、あなたは誰のモノになりたいの?」

 「ひ、ヒッキー、あたし!あたし!!」

 

 だからさっきからなんなんですか?ラブコメの神様、やるなら最後までラブコメしてくれよ。この選択全然嬉しくねえよ。

 

 「割と誰でもいいなぁ……」

 

 三方向からの視線にそんな適当なことを言うと、両足に軽い痛みが走る。

 足元を見れば、左から一色が足を踏みつけ、前から由比ヶ浜が脛をこつんと蹴っていた。い、いやほら、アレでしょ?こういう時の主人公って優柔不断で結局誰も選べず「みんな好きだ!」とか言ってヒロイン怒らせるのがテンプレでしょ?…………いやはいほんとヘタレですいませんでした。

 

 「これ打ち上げだよね?君たちもっと仲良くしたら?」

 

 特に一色、最初会ったときはあんなビビってたくせになんでそんな雪ノ下に張り合えるんだよ。俺ですら未だビビるときあるんだぞ。

 三人とも俺の答えを聞くのを諦めたのか、それぞれ呆れたように嘆息した。すると、一色は俺の耳元に口を寄せると、

 

 「せっかくのチャンス逃しましたね」

 

 そんな意味深なこと言われてもマジでわからないんですけど。

 もしかして伝える能力低いんですかね。今度国語学年三位の俺が言葉の伝え方教えてやるか。ボッチだけど。

 

* * * 

 

 打ち上げは円満に進行し(といっても普通に食って飲んで話してただけだが)、時刻は7時半を回ろうとしていた。そろそろ帰る雰囲気が出てきていたので、俺もぬるくなったホットコーヒーを一気に呷った。

 しかし目の前の由比ヶ浜はアイスクリームやらフルーツやらがトッピングされたパフェと格闘中だった。

 

 「お前、パフェ頼むタイミングもっとあっただろ……」

 「だ、だって急に食べたくなったんだから仕方ないじゃん……一口食べる?」

 「食べねえよ……。待ってるからゆっくり食っていいぞ」

 

 言うと、由比ヶ浜はしゃりしゃりもぐもぐとパフェに手を付け始めた。口に頬張るたび「あまぁ~」と幸せそうな顔をする由比ヶ浜を頬杖ついて眺める。なんだろう、人がパフェを食べてるところって意外と見てられるよな。「こいつ混ぜる派か」とか、パフェの食べ方で性格が表れたりして結構面白い。

 すると、左から生温かな視線を感じてそちらを見ると、一色がニマニマして俺を見ていた。

 

 「なんだよ……」

 「いえいえ、わたしのことは気にしないでどうぞー」

 「なにをどうぞされたのか全然わかんないんだけど」

 

 雪ノ下の手伝いもあって、パフェは意外とすぐに完食したようだ。

 

 「ごちそうさまでした!」

 

 ぱん、と手を合わせて、由比ヶ浜が言う。それじゃ帰るかとお互い視線を合わせたところで、通路側に女子数人がこちらへ歩いてくるのが見えた。彼女たちは総武高のブレザーを着ていて、手には飲み物の入ったグラスを持っていた。さらに視線を上へやる。瞬間、背筋に冷や汗が流れる感覚を感じた。こいつは、ボブだ。

 

 ────嫌な予感がする。

 そう思ったのはもう遅く、ボブは一色の姿をとらえるとテーブルの横で立ち止まった。

 

 「…………へぇー、こんなところで何してるの?」

 

 その顔には明らかに苛立ちの感情を浮かべていた。

 数週間前に一色を見たときは嗜虐的に嗤っていたのに、随分と態度が変わっている。

 一色を生徒会長に推薦した張本人。一色と葉山を隔離するためだったらしいが、一色が副会長となった今では、こいつにとっては不本意で、邪魔な存在なのだろう。

 しかし一色はあからさまに敵意を向けられても、笑顔を崩そうとはしなかった。

 

 「先輩たちとお食事してるだけだよ」

 

 一色は淡々と言ったが、それが逆に彼女の苛立ちを刺激したのだろう。

 ボブは眉を歪めて、唇をわなわなと震わせた。

 

 「あんたが、あんたさえいなければ…………」

 「ちょ、ちょっとほのか?」

 

 ────嫌な予感がする。

 

 この展開はラノベやアニメで飽きるほど見た展開だ。この後どうなるかその予想はついているのに、俺は口をはさめずにいた。前の席に座る由比ヶ浜は戸惑ったように、雪ノ下は事を察したようにボブを見ていた。しかしさしもの雪ノ下といえど、その先の展開はさすがに予想できないだろう。

 ボブは炭酸の入ったグラスを強く握りしめていた。

 そして、濁った眼をキッと吊り上げて、グラスを軽く振りかぶる。

 ──ああ、やはりだ。

 

 展開はわかっていたのに、その事態を回避することができなかった。そんな意味のない後悔をする間もない。

 だから俺は、ボブがグラスの中身をぶちまける前に、反射的に、無意識的に一色の体を引き寄せ、覆いかぶさるように抱きしめた。

 

 次の瞬間、後頭部と背中に冷たい感覚が走った。






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