斯くして、一色いろはの小悪魔生活は終わりを迎える。   作:蒼井夕日

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くーりすーまーすーが今年もやあってくる~(震)
というわけで、クリスマスというめでたい日に一人でssを読んでるssガチ勢の皆さん、こんにちは。
リア充撲滅委員会 副委員長の蒼井夕日です。ちなみに委員長はいません。

※タイトル変更しました。変更した理由に関しては活動報告でお知らせしてあるのですが、ただの言い訳なので見なくてもいいです。タイトルは変わっても内容は変わりませんので、今後ともよろしくお願いします。


13話 先輩の好きな人

 「先輩、ライン教えてください」

 「無理」

 

 マリンピア内にあるケンタでパーティバーレルの予約を済ませると、一色が聞いてきた。今どきの高校生はすぐライン交換したがるんだよな。それで卒業してしばらくすると、交換して以来連絡とってなかった男から「元気?」とかくる。あれ送ってくるやつの9割は「二人で会える?」の意味だから注意な。

 

 「いいじゃないですかべつにぃー。どうせ先輩、普段連絡する相手なんていないんですし、わたしが練習相手になってあげますよ。そもそも先輩のスマホ、ライン入ってるんですか?」

 「バカにするな、ちゃんと入ってる。俺には小町という話し相手がいるからな。もう毎日ライン使いまくりだし、今日の朝だって使ったし」

 「どうせ無視されてるんですよね?」

 「なんで知ってんだよ……」

 

 そうだよ小町からは買い出しのラインとかは来るけど、俺から送った何気ないラインには一切返事来ないんだよ。そもそもライン始めろっていったの小町なのに、これじゃあライン恐怖症になるよぉ……。

 

 「妹のコマチちゃんにもいつか彼氏ができて、プロフィール画像にラブラブのツーショットとか載せたりするんでしょうねー」

 「なん……だと……?」

 「先輩の知らないところでその彼氏にハートを送り送られ、デートの約束をして、『今日は楽しかったよ♡』とか惚気たりするんでしょうねぇ」

 

 「……………………………………………………………………………………」

 「え、ちょっ!?先輩!?無言で泣かないでくださいよ!」

 

 

 はれ…………?目の前にお花畑が広がってる……。こ、小町ぃ……。

 

 

 「全部嘘ですから。これで涙拭いてください」

 「ナミ……ダ……?」

 「先輩も泣いたりするんですね」

 「コレガ………ナミダ……」

 「初めて感情を知ったロボットみたいになってますよ。……もう、仕方ないですね」

 

 

 ぼやけた視界の中、一色がハンカチで俺の顔を拭いてきた。

 別に一色の話が事実だとは思ってないし思いたくないが、いつか小町もそういうやりとりをするようになるのかとか考えたら勝手に涙が流れていたとかなんだよそれ超痛いな俺。死にたい。

 てかそれ恥ずかしいし可愛いからやめてほしい。自然と距離近くなってるし上目遣いとか可愛くてなんか可愛い。つまりあざとくて可愛い。

 

 「適当につくった話だけでこれなら、妹さんが結婚したら先輩死ぬんじゃないですか?」

 「大丈夫だ。そん時は結婚する前にその彼氏を殺して俺も死ぬつもりだからな。小町は俺が守る」

 「完全にヤバい人じゃないですか……。シスコンすぎて引きます。…………冗談はともかく、単純に生徒会の事務連絡とかラインの方が便利なんですよ。ほら、今日みたいに行き違いになったら面倒じゃないですか」

 「まあそうだけど……」

 

 女子とライン交換とかしちゃっていいのん?未だ小町と材木座としか交換していない俺のラインだぞ。利便性に関しては一色の意見に賛成だが…………しかし女子と初めてのライン交換は戸塚と決めているのだ。すまんな、一色。

 

 「そうはいっても、今日スマホ持ってきてないし……」

 

 視線を逸らしながら嘯いたところで、ブレザーのポケットから着信音とバイブレーションが鳴り響いた。言うまでもない、俺のだ。

 

 「スマホがなんですかー先輩?」

 「…………」

 

 っちぃ!誰だよこんな大事な時に滅多に来ない電話寄こしてくれたやつぁ!と苛立ちを込めてスマホを取り出すと、そこには『平塚』という名前が浮かんでいた。俺はすぐさま電話に出た。

 

 「……はい」 

 「比企谷、私だ。たった今コミュニティセンターについたところなんだが終わってたみたいだな。会議はどうだった?」

 「まあ、上々ですかね。予想通り相手の生徒会は碌な奴じゃなかったですけど、なんとか低予算で出来そうです」

 「そうか、君もやればできるじゃないか。正直、比企谷が生徒会長になると聞いたときは遂に頭がおかしくなったのかと心配だったんだがな……」

 「超失礼だなあんた……。……それで、用は他にもあるんですよね?」

 「ああ、今日の会議内容の報告書と予算案を作って提出してくれ。予算案が出来次第活動費を渡すことになる。私は明日学校にいるが、どうする?」

 

 明日……つまり土曜日。ワードやエクセルを使い慣れていない俺だとかなりの作業時間になる……そうなると休日が丸一日潰れる…………。おいおい、嘘だろ?生徒会って休日潰してまで出勤しないといけないのかよ。そのくせ給与も福利厚生もなし……。ブラック企業もお手上げレベルじゃんこれ。

 うーんうーんと悩んで視線を泳がせていると、ふわっと甘い香りが鼻をつついた。匂いの供給源を見ると、一色がスマホに顔を近づけて盗み聞いているようだ。

 近いし良い匂いだし近い。あと近い。

 後ずさるように一色から離れると、一色はむっとしてまた一歩俺に近づいた。なんならさっきよりも近い。

 こうなったら早く電話を終わらせよう。休日出勤となってしまうが、背に腹は代えられない。

 

 「……わかりました。明日行きます。何時頃行けばいいですか?」 

 「土曜の学校は9時開門だからそれより後なら何時でもいいが、私は15時から他用なんだ。それまでに済ませてくれたら助かる」

 「わかりました。じゃあ10時頃行きます」

 「うむ。着いたら鍵を取りに来なさい。昼食はそのまま生徒会室で済ませても構わん。それじゃあな」

   

 電話を切って、ふっとため息。

 全然気にしない風を気取っていたが、じとっと一色を睨んで視線で訴えた。

 

 「明日、学校行くんですねー」

 「これも仕事だからなぁ。まあどうせ明日やることなかったしいいんだけどよ」

 「それで先輩、スマホがなんでしたっけ?」

 

 ぐるんっと話題を180度回転させて、さっきの話を持ち込む一色。

 なんでそんな冷たい笑顔つくれるんだよ。超こわいんですけどいろはす……。

 俺は諦めたように肩を竦め、スマホを一色に差し出した。

 

 「ここにあります……」

 「よくできました♪」

 

 なくなくライン交換を済ませて、マリンピアを出た。

 ひゅっと冷たい風がマフラーの隙間に入り込み、思わずぶるっと身震いする。心なしか入る前よりも寒く感じるのは人気が少なくなったからだろうか。

 ぽちぽちスマホをいじっている一色と並び駅に歩いていると、ぴろんと再びスマホが震えた。緑のアイコンをタップし開いてみると、ハートのチョコレートを両手に持ってこちらに差し出すウサギのスタンプが送られており、その上には『いろは』と表記されている。

 

 「てへっ☆」

 「はいはい、あざとい」

 

 こういうスタンプをやすやすと男に送ってはいけない。中学の俺だったら完全に勘違いしてるレベルの事案だ。

 

 「あざとくないですしー!ていうか先輩、既読無視しないでくださいよ」

 「えぇ……」

 

 こんなやりとりがこれから続くのかよ。まあでもどこぞのバカップルよりかはましか。今どきのカップルは「3分以内に返信しなきゃやだ」とか「おやすみはせーので言おうね♡」とか1年後みたら黒歴史として後悔するようなラインばっか送りあってるらしいからな。ソースはない。

 

 とはいえ、既読無視の辛さは小町に散々されている俺もわかるところだ。仕方なく、茶色い熊がガルルッと威嚇しているスタンプを送ってやった。 

 

 「……うーん、これはポイント低いですよ先輩」

 「ポイント稼いでなんかいいことあんのかよ」

 「もちろんです。貯まったポイントでわたしの心を買えちゃいます♪」

 「一生かけても貯まる気がしないんだよなぁ……」

 

 そのポイントで戸塚の心買えたら喜んで貯めるんだけどなぁ。八万ポイントでなんとTSもできちゃう!なんだよその夢と胸が膨らむ需要しかないポイントは。命賭して貯めちゃうんですけど。

 

 気づけば、お気に入りスタンプ大会みたいなのが始まっており、思いの外盛り上がっていると駅に着いた。電車でもその大会は終わらず、一色が送ってくる色んな種類のスタンプに「ほーん」とか「へー」とか相槌を打ちながら眺めていると、降車駅に到着した。 

 

 先に改札を抜けた一色に続いて俺も改札を通ると、一色はくるっと振り返った。

 

 「先輩、ライン見てみてください」

 「ん?」

 

 開いてみると、何やら一色からプレゼントが届いている。クリスマス仕様に包装された箱をぽんとタップしてみると、

 

 

 「わたしのお気に入りのスタンプです。それ使って、頑張ってわたしのポイント稼いでくださいね」

 「……なんだよそれ」

 

 

 思わず、ふっと笑みがこぼれてしまった。 

 セリフがあざといくせに、言った一色の仕草が自然に見えたからだろうか。

 いつもあざとい仕草ばかりするから、素の態度が一瞬垣間見えるとこちらも拍子抜けするのだ。

 俺は誤魔化すようにはっと白い息を吐いて、もらったスタンプを早速一色に返した。すると、一色のスマホがぴろんと響いて、一色も自分のスマホに視線を落とす。

 

 

 「1ポイント獲得ですね、おめでとうございます」

 「道のり果てしなくないですかねこれ」

 

 

 言うと、一色は片手を口元において、くすっと微笑んだ。何がそんなに面白いのだろうかと思いつつも、スマホの電源を切りポケットにしまう。

 

 「んじゃ、帰るか。…………あー、送ってくか?」

 「いえ、わたしの家は近いので大丈夫ですよ」

 「そうか。じゃあ気を付けて帰れよ」

 「はいっ!」

 

 去っていく一色の後ろ姿を見送って、俺も帰路につく。

 明日8時起きだなぁ……行きたくねえなぁ……と前を歩くサラリーマンよろしく肩を落としていると、ぴろんとスマホが鳴る。

 

 『いろは:明日、先輩の分のお弁当も作っていくので楽しみにしててくださいね♡この前お弁当を分けて頂いたお礼です!あっ、「いらん」とか送ってきたら奉仕部のお二人に、先輩に傷つけられたって泣きつくので♪今日はありがとうございました!』

 

 「…………」

 

 

 マジで行きたくねえなぁ……。

 

 

* * *

 

 

 行きたくなくてもちゃんと来るあたり、俺もすっかり社畜になったもんだ。

 朝から晴れだったから何とか体を起こせたが、たぶん雨だったら来てなかった。もうめっちゃ晴れ。どこぞの名探偵が「ばーろぉ」とか言い出しそうなくらいには太陽らんらんしてる。しんいちぃ!

 

 小町は今頃図書館に行ってるだろうが、俺が家をでる時に、「頑張ってね、お兄ちゃん♪」とニヤニヤしていたのは昨晩の出来事が原因だ。俺が風呂に入ってる間、俺のスマホに通知がきたことを怪しんで問い詰められたのだ。勝手に中をみないところが小町の優しさだが、一色のラインは秒で非通知設定にしてやった。もちろん俺は小町に言われた通り仕事を頑張るだけだ。今日も一日頑張るぞい!

 

 野球部やテニス部らの気炎をBGMに、黙々とノーパソに打ち込みを始めてから1時間半ほどたち、時刻は11時半を回ろうとしていた。

 普段パソコンとかそんなに使わないせいか、結構目が疲れる。これを機にブルーライトカットのメガネ買おうかしら……。

 と、眉間を寄せて目をしばしばさせていると、ノック音とともに生徒会室の扉が開かれた。

 

 「せんぱーい、おはようございますー」

 「…………」

 

 世紀の小悪魔、一色がジャージにリュックを背負ってやってきた。

 俺は無言で睨みつけるが、一色は何も気にしてない風にずかずか入ってくる。

 

 「ミーティングが思ったよりも長引いて遅れちゃいました。進捗どうですか?」

 「まあ、ぼちぼち」

 「…………ぼっち?」

 「いや違うから。違くないけど違うから。…………ていうか昨日のライン、どういうつもりなの?」

 

 会長机に置いたスマホをトントンしながら聞くと、一色は「よくぞ聞いてくれました」とリュックをガサゴソ漁り、可愛らしいキャラクターがデザインされた弁当箱を取り出した。

 

 「じゃーん!」

 「……前も言ったが、弁当を分けたのはポスター貼りを手伝ってくれた礼だ。だからそれ貰って余計な借り作りたくないんだよ」

 「…………」

 

 嘘偽りなく、一色を奉仕部の問題に巻き込んでしまったことにはそれなりの罪悪感はあった。俺が生徒会長になるという身勝手な判断をしたにも関わらず、奉仕部が差し支えなく活動できているのは一色が潤滑油としていてくれたおかげなのだ。これ以上世話になるわけにもいかないし、なによりもこいつに貸しをつくるのが超嫌なので、しまってくれと押し返す。

 どうせ言い返されるのだろうと心構えていたが、しかし一色は素直に弁当箱を背中の後ろに回し、一歩下がった。その顔は悄然としていて、心なしか肩を落とし、ぽつり、と口を開いた。

 

 「……そう、ですよね。わたしが作ったお弁当なんて、いらないですよね。……押し付けがましくてすみませんでした。このお弁当はもう…………捨てます、ので……」

 

 喉を詰まらせながら言葉を紡ぐ一色の後ろ姿は小刻みに震え、振り返る瞬間の横顔には涙が流れていた。

 

 え、ちょ、嘘でしょ?俺泣かせちゃったの?女の子を泣かせちゃったの??そういえば、こいつは朝からサッカー部のミーティングがあったと言っていた。だとしたら、この弁当は早起きしてまで作られたものだ。それを俺のような人生5流の人間が軽々しく断ってしまったのは極刑に価するし、断るにしてももっと伝え方があったはずだ。いくら一色が小悪魔とはいえ、傷つかないわけじゃないのだ。

 

 俺は慌てて席から立ち上がり、届かない一色の肩をつかむように手を伸ばした。

 

 「い、いや、そういうわけじゃなくてだな……。無償の施しを受けるのは俺の性格上アレというか……」

 「……いえ、先輩は気を使わないで大丈夫ですから。急に変なこと言って、すみません、でした…………」

 「…………すまなかった。その、遅いかもしれないが、もらってもいいか?」

 「本当ですか!?ありがとうございますぅ!先輩超やっさしぃー♪」

 

 ……………………ん?

 俺の見間違えじゃなければ、一色は今ものすごい勢いで振り返って女神も慄くほどの小悪魔的笑顔を刹那の内に咲かせたように見えたのだが。しかも、片手に持ってる目薬は一体なんですか?あ、あれかな?泣くと目が乾燥するタイプかな?なにそれ奇行種~♪

 一色は、先ほどのテンションが嘘のようにルンルン鼻歌唄いながら弁当箱の蓋を開けた。

 

 もう絶対信じない。いやぶっちゃけこうなるんじゃないかとは薄々感じてはいたが、この裏切り方はさすがに俺の良心も傷つくぞ。こいつ女優としてそこそこイケるんじゃねえの、マジで。

 

 「じゃあ、食うぞ?」

 「ど、どうぞ」

 

 箸入れから可愛らしいピンクの箸を取り出し、目の前に広がる弁当と対峙する。もう女子の箸を使うってだけですでに緊張してるんですけどね。一色もなんかすっげえ見てくるし。ぼっちあるあるだが、他人に見られながらだと飯食いづらいんだよ。

 

* * *

 

 一色お手製の弁当を食べ終え、疲れ切った脳にも糖分が回る。  

 正直、かなり俺好みの味だった。味付けは濃すぎず、栄養バランスの偏らないメニューから、普段から自分で料理をしていることが伺える。ていうか、前にそんなことを言っていた気がする。忘れたけど。まあ、愛情の込め具合の差で小町の弁当が圧勝なんだがな。愛してる人の弁当ならなんでも美味いのだ。

 

 「ごっそさん。うまかった」

 「お粗末様です。どうです?掴まれましたか?」

 「胃袋なら掴まれてないから安心しろ。まあでも、見た目の鮮やかさとか栄養面に関しては小町より手こんでると思うぞ」

 「えっへん。やっぱお弁当って味も大切ですけど、彩りとか食材のカットの仕方に女子力が表れますからね。花嫁修業もばっちしです」

 

 料理が上手いと普通は家庭的だとか親思いだとか言われるが、こいつは完全に下心丸出しなんだよなぁ。「男子の胃袋をキャッチ♡」とか言って心臓まで握りつぶされそうだから怖い。特に平塚先生あたりとか『死に戻り』というワード聞いただけで心臓潰してきそう感ある。

 

 「こういう家庭的なところ見せてけば葉山も少しは心揺れるんじゃねえの、知らんけど。ていうか、三浦がいない今日とか絶好のアピールチャンスでしょ」

 

 言うと、一色はぽかんと口を開けて茫然としていた。しかしそれは一瞬のことで、すっといつもの表情に戻る。

 

 「無理です無理です。今は三浦先輩よりもおっかない相手がいるので。さっきだって、ミーティング中目を合わせないように必死だったんですよ?」 

 「あー……そうだな、余計なおせっかいだった。すまん」

 「む、先輩らしくないですね。なんか最近素直じゃないですか?」

 「俺はずっと素直なんだよ。素直に生きてきたからこうしてボッチ生活送ってんだろうが。誰も俺の素直レベルについてこれないんだよな」

 「マジで何言ってるのかわかんないです」

 

 なんだか核心を突かれたような気がして、誤魔化すように口からでまかせを言ってしまう。自分でも何言ってんのかわからんかったし。

 

 「その辺、葉山に相談とかしてんの?いくら生徒会があるとはいえ、さすがにずっと休んでたら怪しまれるんじゃねえの」

 「そうなんですよねぇ……。今はとりあえず合同イベントを口実に休めますけど、それが終わればもう言い訳するネタがないです。何より、ビビッてサボってると思われるのが一番やっかいっていうか、何を言われても傷つかないわたしのイメージが崩れるんですよね。…………せんぱぁい、わたしどうしたらいいんですかねー?」

 

 ぐでっと机に突っ伏しながらぼやく一色に、俺は瞠目して口を開いた。

 

 「正直、初めて会ったときは自己愛の塊が服着て歩いてるような奴だと思ってたわ」

 「先輩、わたしになら何言ってもいいとか思ってますよねー?傷心してる女の子には寄り添って口説くものだと相場が決まってるんですよ?」

 「どの口がいってんだ……」

 

 そうやって天邪鬼な態度で誤魔化しはするが、出会った当初ほど、俺は一色に対する評価は低くない。むしろ逆ですらあった。自分を研磨することに関して一色は決して努力を惜しまないし、嫌われることも承知でそれでも前に進む。しかしこいつは、肝心なところで不器用だ。明らかな敵意に対して言い負かすことだってできるはずなのに、一色はそれをしない。変に真面目っていうか、根が優しいのかどうか。まあ一番こわいのがそもそも敵とすら思ってない場合だが、今一色が抱える問題がボブの敵意であるならば、その可能性はないだろう。

 

 「まあそういういざこざに関しては俺とか雪ノ下よりも由比ヶ浜の方がいいアドバイスくれると思うぞ」

 「たしかに、雪乃先輩って女子からの嫉妬の目線とか気にしないタイプですもんね」

 

 気にしないというよりも、諦めたという方が正しいように思える。端から人に期待していないから、自分が傷つくこともない。その点では俺と雪ノ下は似通ったところがあるが、あいつに言ったら「一緒にしないで」とか怒られるんだろうなぁ……。俺も同じ人間なんですよ……?

 

 「先輩って好きな人います?」

 「は、はあ?」

 

 机に突っ伏したままの一色が、出し抜けに聞いてくる。あまりに突拍子もない質問に、俺は若干動揺して眉を顰めた。

 こういう具体性に欠ける質問はやめていただきたい。まあ大義の意味で言うなら小町と戸塚は好きだ。どうせこいつは異性としての好きな人を聞いているのだろうが、いつもやられっぱなしなのも癪だ。たまには俺が一泡吹かせてやろう。

 

 「まあ、いるな」

 

 ポーカーフェイスで答えると、一色はがばっと身を起こした。その顔には驚きというより、動揺した表情が浮かんでいる。うむ、人をからかうのも案外悪くない。からかい上手の比企谷さんなんてタイトルで漫画でも描いたらそこそこ売れそうな気がするが著作権侵害で訴えられそうだからやめておこう。

 

 「…………あ、騙されませんよ?どうせ先輩のことだから妹が大好きみたいなことですよね。っふ、まだまだ甘いです」

 

 見破ってやったというように満足気に頷いてる一色に、しかし俺は知らん顔で嘯く。

 

 「いや、お前の言う好きな人って家族に対してとかそういうことじゃないだろ?」 

 「……え?」

 「その人を見れば胸が高鳴るとか、もっと一緒にいたいとか、他の男と一緒にいたら嫉妬するとか、そういう相手なら、まあ……いる」

 

 目線を逸らし頬を掻きながらつぶやくことでリアリティを高めるという演技力に自分で恐れ慄きつつ、どれだけ引かれているだろうかと一色の方をちらと見ると。

 先ほどの動揺した様子もなく、かといって俺の嘘を看破しているようにも見えない。ただ呆然としたように、ぽかんと口を開けてこちらを見ていた。もう少し反応してくれればこちらもネタバレのし甲斐があるというものなのだが、一向にリアクションをとる素振りもない。なんなら超気まずい。なんだよこの空気。引きすぎて石にされたのかな?俺が好きな人がいる発言ってメデューサ並の衝撃でもあるのかよ。

 

 「まあ、その好きな人ってのは──」

 「わ、あー!あー!先輩大変です!!」

 

 気まずさに耐えきれずネタ晴らしをしようと口を開いたところで、ダンっと立ち上がった一色に続きを阻まれた。

 

 「な、なんだ?」

 「ミーティング第二部がもう始まりそうな時間なので今日はここで失礼します!お仕事頑張ってください!」

 「ちょ、おい……」

 

 一色は早口で頭を下げ、生徒会室を飛び出していった。ばたん、と勢いよく扉が閉められ、生徒会室に静寂が訪れる。

 

 …………おいおい、どうすんだよ。誤解されたままじゃねえか。あれで葉山とかサッカー部に広められたら俺不登校必至なんだが?特に戸部に知られてしまえば一巻の終わりだ。マジで慣れないことなんてするんじゃなかった。完全に詰んだわ。

 

* * * * *

 

 先輩の言葉を待たず、わたしは生徒会室を勢いよく出て全力で走っていた。

 

 ────なんだ。なんだこれは。

 

 こんな感情になったのは二回目だ。

 先輩に好きな人がいると聞いた瞬間、ショッピングモールの時に似たあの感情が、濁流のように流れ込んできた。先輩の好きな人を聞くのが怖くて逃げ出してしまった。これじゃあ本当に、わたしが先輩を好きみたいじゃないか。ちょっと前までは、ただの「なくはない」だけの人だったはずなのに。わたしは葉山先輩が好きなのに。

 

 自分でも理解できない感情を振り払うように、わたしは胸を押さえて走った。

 吐き出す息が鋭くて、蹴り飛ばす地面は硬くて、肌を滑る風は切りつけるように冷たい。

 それでも、わたしは走るのをやめなかった。

 このまま止まってしまえば、きっと自覚してしまう。わたしが欲しかったものが手に入るかもしれないと勘違いしてしまう。

 

 あの捻くれた先輩が、自分から好きな人を告白するなんて考えられない。

 どうせ騙そうとしただけだ。

 

 そうわかってはいても、この胸の鼓動は一向にやみそうになかった。

 

 どれだけ走ったのかはわからないけど、さすがに心臓と肺が痛くなってきた。サッカー部のマネージャーと言えどここしばらくサボっていたし、最近ちょっと甘いものばかり食べすぎていたから太ったのかも。

 痩せなきゃなーなんて思って壁にもたれかかると、ちょうどサッカー部のミーティングルーム前だったようだ。扉を開けて、中に入る。もちろんミーティング第二部なんてのは嘘っぱちなので誰もいない。

  

 扉にもたれかかって息を整え、ぼさぼさになった髪の毛を手櫛で適当に直した。あー、これは先輩に見せられる髪じゃないなぁ。久々に全力疾走したせいでじんわり汗もかいちゃったし、一刻も早く家に帰りたい。

 急に飛び出しちゃったことは帰ってからラインで謝ればいいよね。

 

 そう思って振り返り、スライド式のドアノブに手をかけようとしたところで扉が開かれた。

 

 「…………え」

 

 扉の先にいたのは、倉敷ほのかだった。




たぶん年内最後の投稿となります。
2020年にまたお会いしましょう。
先輩、来年もよろしくお願いしますね♪
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