斯くして、一色いろはの小悪魔生活は終わりを迎える。 作:蒼井夕日
それと、「なんか評価数全然増えないな……」とかずっと思ってたんですが、一言文字数を50に設定してたのが関係してたのかな……。
投稿者のくせに全然わかってないんですけど、とりあえず一言無しに設定してみたので、もしよろしければ評価の方もお願いします!
「最後まで、聞いてくださいよ」
子供がいじけたように唇を尖らせる一色に、俺は思わず言葉を詰まらせた。
右手はスマホごと握られ、一色の手の感触に全身が硬直する。意図せず女子の肌に触れるというビッグイベントに、背中に電撃が走る。
「ど、どうしたんだよ」
上ずりそうな声を必死に抑え、何とかポーカーフェイスで口を開けた。
しかし、息がかかるほどに近い一色は上目遣いで睨んだまま何も返そうとしてこない。
──もはや半殺しである。もう死ぬ。いや、タヒぬ。これもうタヒ必至。なんなのこの娘?なんでこんな可愛いの?じゃなくてなんでこんなあざといの?そろそろ手離してくれないと、手汗とかかいてきて恥ずかしいよぉ……。あと息がくすぐったいよぉ……。
それにさっきからスマホから『お兄ちゃん?誰かいるの?』と小町が呼び掛けてくるのだが、スマホは一色に拘束されている。
さて、どうするか。
もう少しこのままでも…………。
いやダメだ比企谷八幡!理性を取り戻せ!
「ちょ、近いんですけど……」
言外に離れてくれと伝えると、一色はスマホを取り上げ、ひらひらと俺に見せびらかした。
「一歩でも動いたら、妹さんにあることないこと言っちゃいますよー?」
この後輩、マジでなにがしたいんだよ……。なんか今日ずっと情緒が不安定な気がするんだけど、あれか。女の子の日とかそういうことか。だとしたら機嫌が悪いのも頷ける。妹がいる者としてはその辺の事情については理解のある方だ。実際どうなのかはわからないが、ここはストレスを与えずに宥めるのが得策だ。
「わかった。言うことはなんでも聞く。だから一度小町と電話させてくれ」
「…………やけに素直ですね。まあいいでしょう」
言って、一色はやっと俺の人質もといスマホを返した。
帰りが少し遅れるということだけ伝え、電話を切った。なんでいろはすさん満足気な笑顔してるんですかね。
「なんでも言うことを聞いてくれるんですよねー先輩?」
「聞くとは言ったがするとは言ってない。まだまだ甘いな」
「うわ、この人ずるっ!」
「国語学年3位の言葉遊びなめんな」
ふんっと得意げに鼻を鳴らし、しばし止まっていた足を前に出した。
いい加減、こいつも体が冷えてくる頃だろう。風邪でも引いて移されたら小町に迷惑かかるし、それは避けねばならない。
「ていうか、家どこなの」
「ここですけど」
振り返って聞くと、一色はすぐ目の前の一軒家を指さした。確かに、家の表札には『一色 ISSHIKI』と書かれている。なんだよ、さっきから一色の家の前で話してたのか。
あっぶねー……。あの状況で一色父が出てくるとか考えただけで恐ろしい。
「んじゃ帰るわ」
「……わかりました。今日のところはこれくらいにしてあげます。でも、さっきの答え、正解するまでは許してあげませんので。締め切りは12月23日までです」
「宿題かよ」
「もし正解しなかったら、先輩とディスティニー行ってあげないですから」
「……善処する」
特に言い返すことはせず、俺はやっと帰路へとついた。
ディスティニー、人多いし普通に行きたくないんだよなぁ……。
* * * * *
お風呂から上がって、自分の部屋でテレビを見ながら髪を乾かしていた。
最近は恋愛ドラマなんかはすっかり見なくなって、バラエティ番組のチャンネルばかり入れるようになった。
今までは、恋愛ドラマであざとい仕草とか男子の興味を引く表情の作り方を勉強していたけど、今のわたしにはあまり必要性を感じないのだ。もう男子を落とす技を大体覚えたっていうのもあるんだけど、どっちかというと、男子からちやほやされたいと思う事がなくなったのだ。
……たぶんわたしがそうなったのも、あの先輩たちが原因だ。
先輩と一緒にいる時間が長くなってから、わたしは少しずつ変わったと思う。先輩と奉仕部二人の関係を見て、憧れのようなものを抱いてしまった。今まで偽り続けて固まったメッキが剥がされていくように。本当に、不思議な人たち。
そして、今その先輩と絶賛喧嘩中(仮)な訳だけど……。それもこれも全て先輩が悪いのだ。だって、わたしとの約束を後回しにして、裕君のパーティに行けっていうんだもん。あそこは普通かっこつけて止めてくれるところだ。
「まあ、あの人に普通を求めるのも無理な話だけど……」
そんな不満を口の中でごにょりながら、ドライヤーを止めて、化粧水を顔にぱんぱんとつける。
少し時間をおいて、化粧液、乳液の順に塗ってスキンケアは完璧だ。
そろそろ宿題やらなきゃなーでもやりたくないなー。まあ後でもいっか。
時間つぶしにベッドに腰かけ、スマホを開いた。
クラスの男子からのラインを適当に返信して、『お気に入り』にいるこの人をタップした。
『ひとこと』の欄はなにも書いていなくて、設定されたプロフィール画像は初期設定のまま。アカウントでも変えたんじゃないかと思うような無機質な設定に今日も苦笑しつつ、『トーク』をタップした。
すると、そこにはスタンプのやりとりだけがあって、会話は一切していない。
交換した日にスタンプを送り合ったんだけど、それ以来なにも連絡はしていないのだ。
「たまには送ってきてくれてもいいんじゃないですかねー」
と小声で文句を言いつつ、『先輩』と登録された名前を睨んだ。
昨日の海浜総合との活動から今日まで機嫌の悪い態度を見せてたから、もう呆れられたかもしれないと思っていたけれど。
でも先輩は今日、家まで送ってくれた。びっくりしたけど、ちょっとだけ嬉しかった。…………ううん。正直、かなり。
あれこれ理由をつけて雪乃先輩と結衣先輩を先に帰らせた甲斐があったなー。結衣先輩はちょっと怪しんでいたけど…………もう戦いは始まってるんですよー結衣先輩。
ベッドにうつ伏せになって足をパタパタさせていると、突然、「しゅこっ」という音がスマホから聞こえた。
この音は、相手からラインが送信された時の音、なんだけど────。
「え、嘘っ!?」
まさかと思ってガバッと体を起こし画面を見てみると、そのまさかだった。
『言い忘れてたけど、明日16時から生徒会室で会議。外にいる時間長かったと思うから、体温めてから寝ろよ』
まさかの。まさかの事態だ。
あの先輩からの、初ライン。
普通だったらもっと喜ぶところなんだけど、今はもうそれどころじゃない。
先輩からラインが来た時、わたしは先輩のトーク画面を開いていたのだ。
そう、これはつまり。
『即既読』だ。
──あー、死んだ……。
絶望に暮れるように、わたしは倒れるこむように枕に顔を埋めた。
これじゃあまるで、わたしが先輩のラインをずっと待ってたと思われてしまう。……いやその通りなんだけど……。
よし、一度落ち着け一色いろは。既読してしまったものは仕方ない。とりあえず、もう一度メッセージ内容を確認しよう。
『外にいる時間長かったと思うから、体温めてから寝ろよ』
「~~っ!」
ダメだ。顔のにやけが止まらない。鏡で見なくても、自分が今人に見せられない顔をしてることがわかる。見返すたびに、胸の鼓動が高鳴る。
悶えるように体をくねらせ、お気に入りのジェラートピケで顔を隠した。
『体温めてから寝ろよ』
誰、このイケメン……。
先輩か、うん、『先輩』と名前登録してるのは先輩しかいないし、たぶんあの先輩だとは思う。先輩もラインになると態度変わるタイプの人なのかな?あからさまに口説こうとしてくるクラスの男子とか、ラインだと急に優しくしてきたりするんだけど、先輩もその手を使ってきたか……。
だって、普段の先輩ならこんな言葉かけたりなんか…………あれ、意外としてる……?
…………してたかもしれないけど、いったんそのことは忘れよう。
先輩からラインがきてから、どれくらい経っただろうか。頭を整理していたせいで時間感覚がわからなくなったけど、そろそろ返信しないとまずいよね。
「『了解です!今日は送ってくれてありがとうございました!』っと。これくらいでいいかな?」
先輩、絵文字とか使う人好まなそうだし、気持ち淡泊くらいが丁度いいよね。運よく即既読にも気づいてなさそうだし、これで送信、と。
「つ、疲れた……」
動き回ったせいで、ベッドのシーツと掛布団がぐちゃぐちゃだ。こんな不意打ちないよ……。
はぁっとため息つきながらベッドをリメイクし、もう一度ばたんと倒れこんだ。
さすがに、これはもう認めるしかないよね。
わたしは、先輩が好きだ。
と、思う。正直、認めたくはないけど……。
こんな反応しておいて、好きじゃないですと言えば確実に嘘になる。
もし100人がさっきのわたしをモニタリングしていたら、満場一致で「好き」判定でもしてくるだろう。自分でもそう思えるくらい、わたしは先輩が好きだ。
今までは気づかないようにしていた。認めてしまうのが怖かった。
でも今ではもう、隠しようもないほどに、先輩という存在はわたしにとって大きいものとなっている。
ちょっと前まで、葉山先輩を追っかけていたわたしだけど。その恋は本物じゃなかったのだと、今になって思う。
……………なんか今のセリフ、完全に沼にハマる女みたいだけど……。それを踏まえても、先輩に対する想いは本物だと確信をもって言えるのだ。
実をいうと、先輩を好きだと認めたのはこれが初めてなのだ。まだ心の中でだけど、ちゃんと認めることができた。そう思うと、今まで心の内にかかっていた靄のようなものが、すっと晴れていった気がした。
「……よしっ」
とベッドから起き上がって、壁に掛けられた鏡の前に立った。
「…………」
両頬をぱしっと叩いて、大きく深呼吸。
「すぅ、はぁー……」
目の前に映る自分とにらめっこをして、ゆっくりと口を開いた。
「わたしは、先輩のことが……」
顔を真っ赤にした自分が、その続きを言おうと口をぱくぱくとさせている。
「先輩、が………………」
………………………………………………うん。ま、まだ口に出して言う勇気はないけれど……。この言葉は本番に取っておこう。よしそうしよう!
そうやって自分に言い訳をしつつ。
すっかり熱くなった顔を手で仰ぎながら、またベッドにうつ伏せになった。
わたしはいつから、こんなにも先輩のことが好きになったんだろう。
自分が認めなかっただけで、結構前から気になってはいたのだ。
「結衣先輩と雪乃先輩は、どう思うかな……」
雪乃先輩に関してはまだ自覚がないみたいだけど、二人とも先輩にべた惚れなのだ。
そんな中で、わたしも先輩のことが好きだと知ったら。
「あの二人には、嫌われたくないなぁ」
数少ない、わたしを可愛がってくれる先輩たち。
いくら恋敵とはいっても、これからもぜひ仲良くしていきたい。
でも、ライバル視はさせてもらいます。二人に比べたら時間的不利があるし、密度でカバーだ。あの人、押しに弱そうだしね。
さっきよりは心が落ち着いて、高鳴っていた鼓動も今は穏やかに脈打ち始めた。
動き回って疲れたせいか、眠気が一気に襲ってきた。
「ふふっ。明日はどうやって先輩をからかおうかなー」
いつもはポーカーフェイスなのに、ちょっと近づいただけで顔を赤くしたり。照れてそっぽをむいたり。やりすぎて、今度は不満げに悪態をついてきたり。そんないじらしい先輩のことを思い浮かべながら、わたしは静かに眠りについた。
* * * * *
本日12月23日土曜日。クリスマスイブ前日の朝。そして、冬休みである。
例年総武高校の終業式は24日なのだが、今年の24日は日曜日なのだ。つまり学校は昨日で終わっており、2週間のパラダイスが今日からスタートしたのだ。
しかし、俺ほどの聖者ともなるとその程度で浮かれたりなどしない。
今日もたまたま早く起きてしまっただけで、別にワクワクとかウキウキとかしているわけではないのだ。
起きてから数分、修行僧のように心を落ち着かせていると、部屋の扉が突如開かれた。
「…………何してんの」
「あ、いや別に……」
前言撤回しよう。この男、超浮かれていた。寝起きそうそう電気の紐でボクシングをし始めるくらいには浮かれていた。
「今日コミュニティセンター行くんでしょ?時間大丈夫なの?」
「別に何時に行くって決めてないからな。ちょっと様子見に行くだけだし」
「そか。小町も図書館いくついでに見にいこっと~♪」
だだだっと階段を下りていく小町を、朝から元気だなーとか思いながら俺も着替えてリビングへ向かった。
海浜総合高校との合同活動は滞りなく進行し、小学生たち全員の展示作品が完成したのだ。会場設営も昨日で終わらせ、今日から三日間コミュニティーセンターは自由開放されている。別に行かなくてもいいんだけど、活動結果をレポートにまとめないとならんので様子だけでも伺っておきたいのだ。
「あ、もしかして今日イッシキさん来たりする?」
「いや知らんけど、なんで?」
「だってぇ、最近お兄ちゃんと仲いい後輩さんでしょぉ?来年は小町の先輩になるかもだしぃ?将来的にはおねえちゃんにだってなるかもだしぃ?」
「いや、なんないから」
最近、小町は一色のことで俺をいじってくる。俺とラインを交換している数少ない人間として、小町は一色に一目を置いているみたいだ。クリスマスは家にいないかもしれないと言ったときも、何かを察してニヤニヤしていたりしたし。
ただ、なぜだろう。俺の危険信号が告げている。小町と一色を混ぜ合わせてはいけないと。
二人とも微妙にキャラが被ってるし、人間の機微に聡い小町なら、一色の表向きの振る舞いに違和感を感じるのではないだろうか。知らんけど。
「小町的に雪乃さんと結衣さんのどっちかを選んでほしいんだけど、お兄ちゃんを幸せにできる人なら誰でもいいのです。あっ、今の小町的に超超ポイントたっかい~♪」
「それな。お兄ちゃん今うるってきたわ。最後の一言で涙引いたけど」
朝飯を食べ終えて小町と他愛もない話をしていると刻々と時間は過ぎていき、そろそろ向かっていい時間になった。
まだ昼前だが、あまり遅くなるとご老人たちも帰ってしまうだろうしな。
「小町ー、そろそろ行くぞー」
「あいあいさー」
どうか知り合いに会いませんようにと神に祈り、俺は憂鬱にマフラーを巻いた。
* * *
「へー、結構人いんね」
コミュニティセンターは思いのほか賑わっており、ご老人や主婦層が踵を接して出入りしていた。
中に入ると、エントランスに設置されたクリスマスツリーが際立っていて、続く廊下の両壁にクリスマスを題材とした絵が一つ一つ額縁に入れられて掛けられている。
廊下の天井からはモビールのようにメッセージカードが吊るされ、そこには参加してくれた小学生たちの『サンタさんへの願い事』が書かれている。
まあ正直、小学生にしては少し子供感ありすぎるのではという議論もあったのだが、結構クリスマス感が出ていて悪くない。ちなみにこれは一色の案だったのだが、初めて一色を褒めたいと思ったくらいだ。
「このイベントさ、お兄ちゃんの発案なんでしょ?」
「っふ、まあな」
「あのひん曲がったお兄ちゃんがこんなファンシーでメルヘンなイベント考えるなんて、小町感無量だよ~!」
ルンルンと廊下の奥に歩いて行く小町の言葉に、俺は何故か、苦笑してしまった。
本当に、少し前までの俺なら、こんな優しい企画など考えもつかなかっただろう。それこそ、昔の俺がこれを見たら「なにこの偏差値2くらいの頭悪そうな企画」とか鼻で笑ってたと思う。割とマジで。いや、なんなら今もちょっと思ってるまであるから全然成長してないぞこの男。
歩き進めるとやがて廊下の突き当りまでついた。
そしてその突き当りの壁には、一枚の絵が、ぽつん、と寂しげに飾られている。
その絵に映るのは。
青の照明で満たされた部屋。その部屋にあるのは、ただ一つの薄汚れたベッド。ベッドの上には膝を抱いて座る一人の少女が、明日来るクリスマスを楽しみにするように静かに笑っている。
しかし絵の描写説明が精一杯で、その感想は一向に出てきそうになかった。
佇む一枚の絵は、押しつけがましさなど一片もなく、ただ静謐で歪に、壁に溶け込んでいた。
「この絵、すごい」
まるで口から勝手に出たかのように呟いた小町の一言で、俺ははっと意識を取り戻す。
この感覚は、ショッピングモールの時と同じだ。
ていうか、こんなハンパじゃない絵を描ける知り合いなんて一人しか知らない。
絵の下には名前と作品名が書かれている。
作品名は『さんにんのクリスマス』。
ぶっちゃけ、芸術センスの欠片もない俺には意味不明である。
この絵には一人の少女しか描かれていないのだが、両親もいる、ということだろうか。それともあれか?ウォー〇―を探せ的な奴か?俺は圧倒的ミ〇ケ!派だったんだよなぁ……。
そして、名前の欄には。
「みずき、だよなぁ」
俺は必死に、苗字の「玉縄」を見ないように心掛けた。いや、あの玉縄だけだったらまだ耐えられたんだが、その姉のせいで玉縄家には良いイメージないんだよな。
まだ魅入っている小町を置いて、俺は突き当りを右に曲がって会議室へ入った。
教室よりも一回り広いこの会議室には絵画ではなく粘土などの工作物がロ型に展示されており、7、8人ほど客がいた。
するとその主婦やご老人の中に、桃色がかった茶色のお団子髪を見つけた。
「あれ、ヒッキー?」
「おぉ」
驚いたように目を見開く由比ヶ浜。どうやら粘土細工を見ていたらしい。
「来てたのか」
「あ、あはは……。どんな感じなのかなーって思ってさ。結構楽しいね、ここ」
「遊園地かよ」
いつもなら雪ノ下とかあーしさんとかと一緒にいる由比ヶ浜だが、あたりを見渡してもいない。いやほんと、いなくてよかったわ。あーしさんとかこういうとこ来なさそうだもんね。
「ヒッキーが小学生と協力するって言ったときはびっくりしたけどさ、なんかいいね、こういうイベント」
展示物が並べられたテーブルに沿って、後ろ手にゆっくり歩く由比ヶ浜。
「これが合同イベントである必要性はなかったと思うけどな」
「ヒッキーにはあるよ」
「暗に協調性がないって言うのやめてもらえる?」
「でも、そんなヒッキーも小学生には優しく接するんだね。千葉村のときも思ったけどさ」
こいつは俺を何だと思ってんだ……と後ろから睨みつつ、流すように紙細工や粘土細工を見ていると、気づけば一周していたらしい。
そして、由比ヶ浜と会議室を出て、あることに気づいた。小町がいねえ。
もしやと思ってスマホを見てみると。
『それじゃ、小町図書館行って来るから!いってらっしゃーい♪』
やけに会議室に入ってこないと思ったらこれかよ。てか、行ってらっしゃいってなんだ?
「…………」
エントランスまで歩いて後ろを振り返ると、由比ヶ浜が自分のスマホを凝視していた。その表情は何故か動揺しているように見える。
「……ね、ねえヒッキー。小町ちゃんのクリスマスプレゼントってさ、もう選んだ?」
「いや、まだだけど」
伺うようにちらちらとこちらを見る由比ヶ浜に、俺は続きを待った。
「じゃ、じゃあさ、もしよかったらなんだけど……一緒に買いに行かない?あたしも小町ちゃんに何か買おうと思ってたし……」
なんだよ。変に溜めるからこっちもちょっと緊張しちゃっただろ。
しかしなるほど。確かに小町へのクリスマスプレゼントは今日か明日に買っておきたかったところだ。
せっかく外出てるし、ついでに買いに行けば手間も省ける。
「んじゃ行くわ。俺のセンスだけじゃ不安だったし、選ぶの手伝ってくれたら助かる」
言うと、由比ヶ浜はぱぁっと花を咲かせたように目を輝かせた。後ろ髪が犬のようにブンブン揺れている。
「それじゃ、さっそく出発しよーう!小町ちゃん何喜ぶかなー」
イベントの様子を生徒会備品のカメラで何枚か撮ってから、俺たちはコミュニティセンターを後にした。
* * *
「ヒッキー、こういうのいいんじゃない?」
「高級入浴剤か。そうだな……。でもこういう系のものはキモがられるでしょ。セクハラ扱いされない?」
「いや考えすぎだし……。兄弟でセクハラとか言ってる時点でキモイし」
「えぇ……」
コミュニティセンターから徒歩10分圏内にある千葉駅構内でプレゼントを選ぶことにしたのだが。
早速俺の慎重っぷりを発揮させていた。もう慎重すぎて慎重勇者になりそうなレベル。
「じゃあ逆に聞くけど、俺がお前にシャンプーとかボディソープとかプレゼントしたらどう思う?」
「た、たしかに言われてみれば……想像されてるのかなとか思っちゃうかも」
「そうそう。つまり女子に何かプレゼントするときは、肌身につけるものとかR18連想しやすい物はNGなんだよ。兄妹でも例外じゃない。一生懸命考えたプレゼントをキモイと言われた日には一生傷つくし、ビビッて二度と渡せなくなるんだよ」
「言ってることはわかるけどなんかカッコ悪い……」
ダメな人を見るような目で呆れる由比ヶ浜は、手にした入浴剤をもとに戻した。
こんな感じで、由比ヶ浜が何か選んでは俺が棄却し、逆に俺が選んでも何か違うと由比ヶ浜が棄却するというやり取りが1時間ほど続いていた。
由比ヶ浜はもうすでに選んだらしいのだが、なかなかどうして俺のプレゼントが決まらない。
それもこれも俺の不甲斐なさが原因だ。由比ヶ浜も態度には出さないが歩き疲れてきてる頃だろう。
「……付き合わせて悪いな。少し休むか?」
「ううん、全然!こういうの最近なかったから結構楽しいし」
「ならせめてなんか奢らせてくれ。でなきゃ俺の気が済まない」
「んー………じゃあ、お言葉に甘えよっかな」
構内を少し歩いて由比ヶ浜が選んだ店は、「ラデュレ」とかいうかなりオサレなカフェだった。ピンクを基調とした店前の看板にはケーキやマカロンなどの商品と値段が載っていて、どう頑張っても俺みたいなのが入れるようなところじゃない。ここの店員、「メルヘンプリティまじかるぶりゅれ☆」とか言い出しそう。ヴィジュアルが完全にマジカルパティシエ〇咲ちゃん。
「入ろっか」
おどおどと足を震せる俺とは反対に、しかし由比ヶ浜は臆することなく入店していった。
俺もきょろきょろと店内を見渡しながらついていくと、窓際奥の2人席に案内された。
「なんかこのテーブル、ハート型なんだけど……」
「あ、あはは……。店員さんに勘違いされちゃったのかな」
苦笑する由比ヶ浜だが、俺は内心、かなり落ち着かなかった。
ほかのテーブルを見てみると、女性客だけで来てる席は丸型テーブルだ。どうやら、カップル席に案内されたらしい。
正直今すぐ逃げ出したかったが、店を選んでくれたのは由比ヶ浜だ。
しかもプレゼント選びを手伝ってもらってる側としては、ここは耐えしのぐしかない。
「ヒッキーはお腹空いてないの?」
「俺はコーヒーでいいわ。ゆっくり選んでくれ」
「そっか。じゃあ頼んだの分けたげる!」
うん、優しい心遣い感謝しよう。そもそも俺の奢りだけどね。
そして数分、注文した品が運ばれてきた。
相変わらず美味そうに食う奴だなーなどと思いつつ。
カップルや女性客が5,6組いる中で、所在なくホットコーヒー(砂糖超マシマシ)を飲んでいた。
由比ヶ浜はクリームやサクランボがトッピングされた5段パンケーキに取り掛かっており、すっかり食いしん坊キャラが板についている。栄養が胸ばかりにいってこちらも色々捗りますと最低なことを考えかけたが一瞬で払拭し。
特に見るところもなくてパンケーキをぱくつく由比ヶ浜を眺めていた。すると、
「ふぇ?なんかついてる?」
見られてることに気づいたのか、由比ヶ浜が素っ頓狂な声を上げた。
「めっちゃついてる」
言うと、由比ヶ浜は「うそ!?」と慌てて口元のクリームを拭き始めた。
まるで餌付けしてるみたいで悪くない。この犬感、やみつきになりそうっ!
由比ヶ浜がまた食べ始めた頃。入店を知らせる鈴音が響いた。
どうやらカップルが来たらしい。これで俺もまた肩身が狭くなると憂鬱になったのだが、しかし次の瞬間、背中に冷や汗が流れた。
その二人は店員に案内される通り、こちらへ近づいてくる。そしてやがて、俺と由比ヶ浜の存在に気づいた。
「………………………………」
俺の記憶が正しければ、そこにいる男は海浜総合高校の九条祐介。
そして、俺の記憶が正しければ、その隣にいるのは、総武高校一年の一色いろは。
「…………」
別に悪いことは何もしていないのに、妙に感じるこの罪悪感はなんだろう。あ、アレか。『一色が怒ってる理由を当てる宿題』の締め切りが今日だった。完全に忘れてたわ。
ていうか、この二人付き合ってたの?合同イベントで毎回会ってたのに全然気づかなかったわ……。
一色も、俺と由比ヶ浜にエンカウントするとは思ってなかっただろうし、もし付き合ってたとしたらあまり知られたいことじゃないかもしれない。
だとしたら、ここで俺が取るべき選択肢は、そう。見てみぬフリしかないでしょ。由比ヶ浜はまだ気づいていないようだし、ここはそっとホットコーヒーを──
「こんにちはー先輩♪」
──飲もうとしたところで、一色(超笑顔)が俺たちのテーブルに近づいてきた。
やっぱり、この店にしたのは失敗だったかもしれない。
気付けば書籍一巻出せるくらいの文量を書いていたらしく、自分でもかなり驚いています。
そして本編。今回はかなりビクビクしながら書きました。だって、ねぇ。これいろはストーリーなのに、ねえ?………………ねえ!??