斯くして、一色いろはの小悪魔生活は終わりを迎える。   作:蒼井夕日

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19話 ラブコメの神様っているのかな

 降車駅について電車を降りると、一色はつーんとそっけない態度で口を開いた。

 

 「そういうことなので先輩、今ならまだ間に合うかもしれないわけですが」

 「…………」

 「とはいえ裕君にはもう明日のパーティに行くと言ってしまいましたし」

 「…………」

 「今日だってそのパーティに向けての買い物をしにきたくらいですし」

 「…………」

 「だからもし断るとしたらわたしの交友関係にも支障を来すわけでして」

 「…………」

 「そういう状況の中でどうしても先輩がわたしとディスティニーに行きたいっていうなら、それなりの覚悟と責任をもってわたしをどうにかしなければいけないと思うんですけど」

 「…………」

 「…………」

 

 淡々と、ロボットのようにフラットな態度で、一色は何かを訴えかけてくる。階段を登り切って、改札を抜ける前に立ち止まった。

 

 長々と喋ってはいたが、つまり一色はこう言いたいのだろう。

 「わたしを誘え」と……。

 

 一色曰く、総武高校一年随一の美少女のプライドが俺によってずたぼろにされたらしい。九条のパーティに行こうとする一色を俺が止めなかったことが原因なのだが、何をどう考えても理不尽だと思う。

 

 「いやでも、そっち行った方がいいでしょ。中学からの付き合いなんだろ?あっちの家だって色々準備してるだろうし、俺に引き留められなかったからってお前が気にするようなことじゃないでしょ」

 「あーそういうこと言っちゃいますか!!もういいです先輩なんて!」

 

 ふんっとそっぽを向いて憤慨する一色に、俺は「えぇ……」と肩を落とす。

 正直言って意味不明である。特にここ数週間の一色の態度は俺の理解を逸してる部分が多い。

 

 それに、さっきの今で九条の機嫌を損ねるようなことは安易にしたくない。

 それこそ、九条家のパーティに一色が行くのを妨げでもしたら、割と刺される可能性があるのではと思ってるまである。あいつ、一色のこと好きすぎだし、俺が一番警戒されている節がある。だから一色は九条ん家に行ってほしいというのが俺の切な願いなのだが。

 

 どうやら一色さんご立腹。そっちがその気なら俺も怒ったかんな!許さないかんな!

 

 徐々に一色に対して鬱陶しい感情が渦巻き始めるも、なんとか言葉には出さず改札を抜けた。そこから少し歩くと、外が見えてきた。のだが、

 

 「雨か……」

 

 話していたせいで音にも気付かなかった。

 まあ、毎朝ZIPを欠かさず見てるZIPガチ勢の俺ともなると、今日この時間に雨が降ることは昨日の時点で確認済みだ。もちろん折りたたみ傘は持ってきてる。はちじにじゅっぷん!はちじにじゅっぷん!ちなみにこれはめざましテレビのめざましくんな。

 一色は持ってきているのだろうかとちらと横を見ると、はあっとため息ついて棒立ちしていた。

 

 「持ってきてないのか」

 「はい……朝天気予報確認してなかったので……」 

 「……」

 

 俺は鞄から折り畳み傘を取り出し、意を決して聞いた。

 

 「…………入ってくか?」

 「……お願いします」

 

 …………ふ、ふう、よかったよかった……。「は?てめえの傘なんて汚いし一緒とかマジ無理だからキモ〇ね」とか言われたらどうしようかと思ったわ……。今のご立腹いろはすだったら言いかねない。この時期の雨はかなり冷たいし、何を言われたところで貸すつもりではあったけど。

 

 バサッと傘を展開すると、一色はおそるおそる入ってくる。

 折り畳み傘で仕方ないのだが、かなり近づかないと範囲内に収まらないから超近いし、なんならちょっとだけ肩触れてて僕の心臓が悲鳴を上げていた。

 もうドキドキしすぎて左手に持った手が若干震えてるまである。女子と相合傘とかしたことないんだよ……。男ともねえけど。

 

 「んじゃ行くか。………………えーと、左足から?」

 「…………っぷ、なんですか、それ」

 

 緊張のあまり変なことを口走ってしまった……。しかしそれを聞いた一色は、さっきの不機嫌なんてどこ吹く風、吹き出して笑った。それを見ると、心なしか俺の緊張も解ける。

 

 しっかし、後輩女子との帰りがけに雨降るとか、ラブコメの神様もちゃんと働いてるようで何よりだ。もっと休めよ。俺の心臓が持ちそうにないので永眠していただきたい。

 

* * * 

 

 ドキドキの相合傘を凌ぎきり、なんとか一色宅までたどり着いた。いやほんと、だんだん慣れるどころか、肩が触れ合う度に一色が変な声を出すもんだから心臓がはち切れそうだった。そのうえ傘は大分一色側に寄せていたから、俺の半身はかなり濡れている。帰ったらすぐ風呂に入ろう……。

 

 「んじゃ俺は帰るけど、さっきの話はラインでってことでいいか?」

 「ちょっと待ってください」

  

 帰りかけたところで、一色は家のドアを指さした。

 

 「先輩の家、ここから結構遠いですよね?雨やむまでうちに上がりませんか?」

 「無理だけど」

 

 一色の提案に、俺はほぼ反射的に答えた。こいつ、ここがどこかわかって言ってんのか?女子の家だぞ。もっかい言うけどここ女子の家だぞ。そんな未踏のサンクチュアリに俺が入れる訳ないだろが。

 

 「でも風邪引いちゃったら妹さんの迷惑になるんですよね?結構濡れてるみたいですし」

 「いやでもな……」

 

 むしろ女子の家に入る方が体調崩しそうまである。なんせ玄関前ですらちょっと落ち着かないほどだ。

 しかし俺の反応など知ったことかというように、一色は説教顔で睨んでくる。

 

 「いいから入ってください。傘忘れたわたしにも責任あるんですから」

 

 ぐいぐいと腕を引かれ、もはや抵抗しても無駄のようだ。これはもう腹を括るしかない。

 なんでもかかってきやがれ!という気概を持って、俺はついに一色家の敷居を跨いだ。中へ入ると一色は「タオル持ってくるので待っててください」と奥へ消えていき、ぽつんと玄関に取り残されてしまった。

 

 一人になると、所在無く視線をうろつかせてしまう。家内は白を基調としており、玄関のシューズボックスの上にあるキキョウの生け花が清潔感を作り出している。

 そして何よりも、人の家の独特な匂いが鼻をくすぐって居心地が悪い。いや、まったく不快じゃないしむしろ好きな香りなのだが、人の家に来ることなんてほとんどない俺にとっては背筋を伸ばさずにはいられない。

 

 そしてふと、何やら視線を感じた。

 先ほど一色が消えていった部屋より手前のドアから、亜麻色の髪がちらちらとこちらを覗いている。一色かとも思ったのだが、にしては長すぎる。

 あ、まさか。と思ったのも束の間、ドアが開かれた。

 

 「あ、見つかっちゃったぁ」

 

 ふわふわとした声と共に、その人は近づいてくる。そう、おそらく一色の母親であろう人が。

 

 「あ、どうも。お邪魔してすいません。総武校の比企谷と言います」

 「初めまして~。いろはの母です」

 

 おいおい嘘だろ俺。めっちゃ普通に挨拶出来たじゃん……。

 女子の家に入るよりもどちらかというとその母親の方が強敵だと思ってたのだが、きっとこの人の第一声で緊張がほぐれたのだと思う。「あ、見つかっちゃったぁ」とか何それ初対面で年上なのに超かわいいんですけど。話し方の雰囲気がどことなく城廻先輩に似ている。

 

 「いろはのお友達?そ、れ、と、も~?」

 

 ふふふっと悪戯に微笑む母はすさん。しかしそれは娘の一色のような小悪魔的な笑みではなく、いたずらっ子な子供のような印象を受ける。仕草がいちいちあざとくなくて可愛い。年上だけど。

 しかしなんて説明すればいいのだろうか。友達ではないし、母はすの言う「それとも」でももちろんない。先輩です、はおかしいし、生徒会長です、というのも何か変な気がする。

 

 身を寄せてくる母はすに、さてどうしようかとのけ反って悩んでいると、

 

 「ちょっとお母さん!?」

 

 バスタオルを持った一色が慌てたように駆け寄ってきた。

 

 「リビングから出てこないでって言ったじゃん!」

 「だってぇ、いろはが男の子を家に連れてくるなんて初めてでしょ~?そんな一大事に黙ってるなんてできないじゃない♪」

 「も、もう余計なこと言わないでよ!いいからあっちいって!」

 

 一色は顔を真っ赤にしながら母はすの顔にバスタオルを押し付けて、ぐいぐいとドアの向こうに連れて行った。一色の慌てた感じとか普段見ないからなんか新鮮だ。さすがの一色といえど母には逆らえないらしい。

 

 「な、なんかすいません。お母さんいつもにも増してテンションあがってるみたいで……」

 

 一色は疲れたようにため息を吐きながら戻ってくると、タオルを貸してくれた。

 

 「さんきゅ。まあなに、仲良さそうで良いんじゃないの」

 「先輩はさっきの会話すべて忘れてください」

 

 何故かちょっと不服そうな顔をしている。まあ正直、一回も男入れたことないとか意外だなと思ったし、すでに何十人も連れ込んでるビッチとか思ってましたすいません。

 

 「体冷えるといけないですから、とりあえずこちらへどうぞ」

 

 そう促されるままに、俺は脱衣所へと案内された。

 

 「着てる服は洗濯しますので、乾くまでお父さんので我慢してください」

 

 見ると、洗濯かごにジャージの上下が置かれている。

 ちょっと待て。これはさすがに難易度高すぎない?娘が連れてきた男が自分の服を着てるとか知ったら殴りかかってくるのではないだろうか。もし俺が逆の立場だったら迷いなくそうするし。

 貸してもらって文句は言えない、が……。

 

 「一応聞きたいんだけど、父ちゃんいつ帰ってくんの?」

 「そうですねー、土曜日は大体飲んで帰ってくるので深夜帯になると思いますけど……あ、先輩もしかしてビビってるんですかー?」

 「ばっかお前ビビるだろこんなの。世界三大怖いものといえば、小中学校の同級生、他人の父親、平塚先生、そしてセーブデータの消滅と相場が決まってんだよ」

 「四つ言ってるじゃないですか……」

  

 特にスーファミのドラクエなんかだと、「ぼうけんのしょ1ばんはきえてしまいました」という身の毛もよだつ一文が恐怖の音楽と共に画面に表示されるのだ。ちょっと本体にぶつかったりして画面がフリーズした時は諦めたほうがまだ精神的に余裕を持てる。

 今は呪文とか覚えなくていいし、いい時代になったなぁ……。

 

 としみじみしていると、一色は「どうでもいいですけど、ちゃんとあったまってくださいね」と言って出て行ってしまった。

 俺、生きて帰れるのかしら……。

 

* * *

 

 風呂から上がって、父はすジャージを身に纏い、脱衣所を出た。

 ええと、どこ行けばいいんだろ……と思いながらも、さっき母はすが出て来たドアを開けた。おそらくここがリビングだろう。

 開けると、一色がソファに座って雑誌を読んでおり、母はすはキッチンで料理をしていた。

 

 「あの、服まで借りちゃってすいません」

 「いいのよ~。あら、似合ってるじゃない」

 

 間延びした声で、全然嬉しくない褒め言葉をもらってしまった。一色が貸してくれたジャージは大学生がよく来てるようなお洒落ジャージで、着心地も悪くない。でも、なんか俺が着ると陰キャが背伸びしてる感あるんだよなぁ……。

 さわさわとジャージを触りながらリビングに入ろうか入らないか迷っていると、一色がたたっと駆け寄ってきて、こそっと耳打ちした。

 

 「お母さん邪魔ですし、上行きましょ上」

 「え、ちょ……」

 

 腕を引っ張られたままリビングを出た。後ろから「青春ね〜」とか聞こえたが無視し。階段を上り、一つの部屋の前に着く。その部屋のドアプレートには「いろは」と書かれていた。

 え、ちょっと嘘でしょ?マジなの?これマジなの?女子の家どころか部屋にまで入っちゃっていいの?なんかここから魔力的なものを感じるんだけど入ったら死んだりしない?

 

 「ちょ、ちょっとだけ待っててください」

 

 言って、一色だけ中に入ってしまった。

 1分くらい待つと、再びドアが開かれた。

 

 「ど、どうぞ」

 

 そう顔を赤くされると勘違いしちゃいそうだからやめてほしい。家に男子を入れたことないってことはもちろん部屋に入れたこともないはずだ。ここまできたら、俺がこの未踏の地のパイオニアになってやろうふっはっは!と自分を誤魔化して足を踏み入れた。

 

 部屋に入った途端、爽やかな柑橘系の香りが鼻を撫でる。たぶんタンスの上に置かれたプリッツみたいなやつが香りの供給源だろう。

 そして、ピンクを基調とした部屋に、勉強机やテレビ、ベッド、こたつなどの家具が設置されているが、どのデザインにも女子っぽさを感じる。特にベッドの上のテディベアや、ピンクの絨毯に置かれたハート型のクッションに一色っぽさが顕れている。まさに今日由比ヶ浜と行ったラデュレみたいにピンクだらけで超メルヘン。場違いすぎて思わず息を止めてしまった。

 

 「あんまじろじろ見ないでくださいよ」

 「いや、罠とか仕掛けられてたらどうしようと思って」

 「わたしを何だと思ってるんですか……」

 

 もはやこの部屋自体がハニトラなんじゃないかとか思い始めてきたわ……。

 しかし、これが女子の部屋か。マジでドラマとかアニメで見るような感じなのな。ていうか、雪ノ下の部屋は行ったことあったな。アレは女子の部屋っていうより高級ホテルって感じだったけど。

 

 「別にリビングでも良かったんじゃないの?」

 「いや、それはそうですけど……まあいいじゃないですか。ここの方が二人でお話しできますし」

 「そ、そうか……」

 

 別に他意はないんだろうけど、そんなあっさりと「二人で」とか言わないでほしい。いちいち緊張してしまう。

 一色がベッドにすとんと座ったので、俺もどこに座ろうかと悩んだ結果、こたつの横の絨毯に座ることにした。ただの絨毯なのになんでこんなにもっふもふしてるんだろう、不思議。

 

 「…………」

 「……」

 

 そして、沈黙が訪れる。

 

 俺は当然のことながら、一色もなんかそわそわしていて余計に落ち着かない。

 こういう時どんな会話したらいいの?しりとり?でもしりとりって本来一人でする遊びだし、二人以上でのやり方を知らないのでやっぱやめておこう。

 

 ……そういえば、一色も部屋着に着替えてたのか。なるべく直視を避けていたので気づかなかった。ピンクがかったベージュのネルシャツはドット柄で、上下セットのルームウェアだろう。女子の部屋着といえばモコモコしたヤツを想像するのだが、こういうのも悪くないな。小町とか俺のおさがりジャージをこれでもかと言うほどはだけさせて着てるから、こういう女子っぽい部屋着を見るとなんだか新鮮な感じだ。まあ、なるべく見ないようにしておこう。怒られたくないし。

 

 「…………」

 「……」

 「…………」

 「………………」

 「…………」

 「……………………ん゛ん゛っ」

 

 ついに沈黙に耐えかねたのか、一色が鈍い咳払いをした。思わず俺もびくっとなってちらと一色を見ると、一瞬だけ目が合ってすぐに逸らされる。そして再びの沈黙。

 もうどこを見たらいいのかわからなくなり、俺は自分の指紋の数を数えることにした。

 

 ひぃ、ふぅ、みぃ…………あれ、どこまで数えたっけ……。よしもっかい。ひぃ、ふぅ、みぃ、よぉ……………………。

 

 しかしものの8秒で飽きてしまい、また手持ち無沙汰になる。一色はどうしてんだろうかと再び見た。すると、

 

 「あっ……ん゛ん゛っ」

 

 また視線がバッティング。咳払いと共に逸らされる。

 

 もう将来働くので誰かこの状況から救ってください……。

 と涙目になりかけていると、一色がベッドから下りて、俺とは対面側のこたつの中にぬくぬくと足を入れた。

 

 「……よければ先輩もどうぞ。まだ部屋寒いので」

 

 言われるままに、俺もこたつに足を入れてみる。うーん、ぬくい。やっぱここだけは実家と変わらぬ安心感があって落ち着くな。

 ぬくぬくと温まっていると、こたつのテーブルにぐでっとなった一色が「そういえば」と口を開いた。

 

 「先輩今日コミュセン行ったんですよね。どんな感じでした?」

 「ああ、思ったより人多くて賑わってたわ。管理さんが照明とかやってくれたみたいでな、子供向け美術館って感じだった。美術館行ったことないけど」

 「へー」

 「あと、モビールがいい感じの雰囲気出してたわ」

 「えっへん。さすがわたし」

 

 聞いといて適当に返事する一色が、急に怒ったように眉間に皺を寄せた。

 

 「ていうか、そもそも誰も何も案出さないから、仕方なくわたしが出したんですからね。両校の生徒会長がどっちも役立たずで困りました。副会長って一番楽な役職だと思ってたんですけど」

 「いや、案外俺も仕事してたでしょ?企画案出したのだって俺だし……」

 「企画しといて中身全然考えないとか、むしろその方が困るんですけど」

 「ぐうの音も出ねえ……」

 

 むくっと頬を膨らませて、一色はこたつの中で足を蹴ってくる。なんならご褒美。

 まあ、今回のイベントの一番の貢献者は一色だったことは確かだ。うちの書記と会計はともかく、あっちの生徒会はやたら会議したがるし、やたら仕事を押し付けてくるしで正直いない方が楽だったのではとか思ってた。とはいえ、海浜総合のコネクションがなければそもそも小学校を抱き込むことさえできなかったのだから文句は言えないが。

 

 「次からはちゃんとしてくださいね、会長」

 「ん、おう。次からは仕事が来ないように善処するわ」

 「そういうことじゃないんですけど……」

 

 ダメだこの会長……と一色は半眼で肩を落とした。

 そんなやりとりのおかげか、さっきまでの緊張感はなくなり、いつもの調子が戻ってきた。

 

 「冬休み開けたら、またいつも通りに戻るんですね」

 「……そうだな」

 

 いつも通り、か。

 ここ2週間、合同イベントを理由に奉仕部にはほとんど行っておらず、2,3回ほどしか顔を出していない。まあ行こうと思えば行けた日もあったが、そうしなかった理由は正直自分でもわからない。

 雪ノ下と顔を合わせることの気まずさからなのか、それとも由比ヶ浜の気使いに対する罪悪感からなのか。その理由が判然としないまま、不問にしたまま、合同イベントが終わってしまった。どちらにせよ、冬休みが明けて生徒会の仕事が落ち着けば、部室に行くことになる。

 

 直球で言うと行きたくない。婉曲的に言うと行きたくない。なんなら学校にも行きたくない。一生家にいたい。戸塚と結婚したい……。

 

 そう5段落ちして現実逃避する俺を、一色が横目で見ていた。なんとなくだが、俺が奉仕部に行きたがらないのを一色は察している気がする。

 

 「まあいつも通りつっても、この時期俺ら二年は0学期とか言われてなんか勉強しないといけない空気になるんだよな。あの因習マジで滅ぶべきだと思う」

 「先輩も受験生ですもんねー。…………あ、そうだぁ!」

 

 一色は何か思いついたというように、がばっと体を起こした。

 

 「先輩って頭だけはいいじゃないですかー?」

 「だけとか言うな」

 「それに、2月に学年末テストもあるじゃないですかー?それで、わたしが先輩に勉強を教えてもらったら、わたしの成績が伸びるだけじゃなく、先輩も1年生の復習ができてお得!みたいな」

 「えぇ……」 

 「先輩どうせ一緒に勉強する人いないですし、わたしならほら、生徒会室でお勉強出来ますし」

 「えぇ…………」

 

 とか嫌風な返事をしておきながら、案外いい考えとか思ってしまった自分がいる。確かにインプットばかりするより、教えたほうが覚えられるっていうのは一理ある。が、

  

 「ちなみに、今成績どんくらい?」

 「…………」

 「この前の期末の順位は?」

 「………………にひゃく、じゅう……でした…………」

 

 ぼそぼそと口の中でぼやく一色だが、しっかり聞きました。

 一学年400人弱だとすると、まあ大体真ん中くらいか。それだったら俺でも教えられそうだが。

 

 「わ、わたしだって本気出せば10位以内とか余裕ですしっ!」

 「本気出してから言うもんだぞそういうの。ていうか、教えるんなら男子の俺より女子の方がいいんじゃないの?学年一位の雪ノ下がいるんだし」

 「そ、それはほら……、雪乃先輩は人に教えるのとか苦手そうじゃないですかー?」

 

 確かに、俺が奉仕部に入った当初。雪ノ下が由比ヶ浜にクッキーの作り方を教えたのだが、お世辞にも教え上手とは言えなかった。天才からすれば「なんでこれくらいできないの?」という感覚なのだろう。

 

 「それもそうか」

 「ですよね!?だから、先輩が教えてくれたらお勉強も捗るなーなんて!」

 「なんでそんな必死なんだよ……」

 「べ、別に必死とかじゃ……~~っ!もう先輩のばかっ!!超ウザい!」

 

 前のめりになる一色に何気なくツッコみを入れると、一色は顔を真っ赤にしてハート型のクッションを投げつけてきた。

 え、なんで俺今罵られたの?

 

 その理由もわからないままに、一色はぷんすことこたつの向こう側に隠れてしまった。

 最近の一色、なんかほんと情緒不安定だな。ちょうど合同イベント始まって俺といる時間が長くなったくらいからか。…………あれ、もしかして俺が原因じゃね?完全に俺がストレッサーだったわメンゴ……。

 

 「まあ俺にもメリットあるし、時間あるときだけな」

 「ほんとですか!?やったぁ!」

 

 言うと、一色はぱぁっと瞳を輝かせた。

 

 ……いかんいかん。騙されるな俺。あくまで一色が求めてるのは俺の学力だ。ここで勘違いすれば中学の二の舞だ。しかも、思わせぶりな態度をとるのがうまいからな、こいつ。己を戒めろ……。

 まあしかし、そうも嬉しそうに「んふふー」と微笑まれるとこっちまで嬉しくなったりはする。今くらいは勘違いしてもいいか。

 

 「じゃあ今やりましょう!」

 「は?」

 

 一色は俺の疑問を無視して机から問題集を持ってくると、再びこたつに入った。

 

 「冬休みの宿題終わらせたいですし」

 「まあ別にいいけど……数学は聞くなよ」

 「了解です!」

 

 こうして、俺たちのこたつイン勉強会が始まった。どこにインしてんだよ。

 

* * *

 

 始めてから10分ほど、一色は俺に質問することなくすらすらと問題を解き進めていった。

 もうこれ俺いらねんじゃね……と自分の存在意義に不安を覚え始めていると、一色が「ん~わかんない~」と頭を抱えた。

 

 「どれ」

 「この4番の問題なんですけどー……」

 

 4番4番…………ってこれ数学じゃねえか。お前話聞いてたの?と睨んでやると、一色は「解けるものなら解いてみろ」とばかりに笑顔を浮かべていた。しかし、そう思い通りにはさせないぞ。

 

 「なんだ、簡単だろこれ」

 「えっ嘘!?」

 「っふ、甘く見るな一色。今でこそ最下位の俺だが、一年の時は友達欲しくて数学の勉強もそこそこ頑張ってたんだよ」

 「そ、そうだったんですか。その成果が全然出てないことにはあえて触れませんけど、正直なめてました」

 

 目を瞠る一色に、俺はふんっと胸を張る。

 

 「それで、どう解けばいいんですか?平方完成まではしたんですけど……」

 

 その先がわからない、という一色が聞いてきたのは、二次関数の問題だ。俺も一応検算してみたが、ここまでは合ってるっぽいな。

 

 「この二次関数は軸はわかってるが定義域が未知数なんだ。こういう時は場合分けをする」

 

 図を描きながら説明していくと、一色は「ほうほう」と頷く。

 ノートを反対側に向けてるから実に描きづらい。

 

 「あ、教えづらいですよね。場所移りましょうか?」

 「勉強机にか?出来ればこたつから出たくないんだけど」

 「なので、わたしが先輩の横に行きます」

 

 言って、反対側に座っていた一色はこたつから出ると、俺の隣に移動し、再びこたつに入った。え、まって。近い。このこたつそんな大きくないから腕とか足とか当たってる!

 

 「ちょ、近いんだけど……」

 「隣の方が教えやすいじゃないですか。それにあったかいですし」 

 

 …………うん、確かに温かいけども。密着する肩もこたつの中で触れる足もとても温かいけども。むしろ暑すぎて背中に汗かいてきたし、触れた肩から心臓の鼓動が伝わってないか不安になってきた。もう超爆音。 

 

 「じゃあ続きお願いします」

 「お、おぅ」

 

 しかし、一色は平然としているのに俺だけ意識してるとか格好悪い。ここは強い意志を持つんだ。

 やっぱ俺、生きて帰れそうにないわ。

 

* * *

 

 「………………い」

 「…………てください」

 「……起きてくださいってば、せんぱーい」

 

 聞きなれた声に少しずつ意識が覚醒していくと、ゆさゆさと体が揺らされてることに気づいた。

 目を開けると、テーブルにはノートと問題集が広がっている。

 

 「ん……」

 「あ、やっと起きましたか。おはようございます」

 「えっ、と……?」

 

 そして、やっと自分が寝ていたことに気づいて、思わず時計を見た。現在の時刻は19時半。40分くらい寝てたのか……?窓から差し込んでいた夕日もすっかり沈んで真っ暗だ。雨は……降ってるか。

 

 「まだ寝ぼけてるんですか?まったく、勉強を教えるとか言って寝るとか、とんだ先輩ですね、先輩」

 

 先輩を悪口用語にするな、と心の中だけでツッコみを入れられるくらいには目が冴えてきた。よし、一度状況を整理しよう。

 俺、こたつで寝落ちしていた。以上。

 まあ風呂上りにこたつで温まってたら、睡魔が襲ってきても仕方ない。にしても、俺はこの状態でどうやって寝てたんだろうか。机に突っ伏してたわけでもなさそうだし。

 

 「すまん、完全に寝落ちしたわ、宿題は順調か?」

 「まあわからない問題もいくつかありましたけど、とりあえず半分くらいは」

 

 隣に座る一色はカチカチとシャーペンをノックして、問題集と睨めっこしていた。その横顔に、少しだけ違和感を覚える。

 

 「……なんか顔赤くないか?」

 「き、気のせいです!…………ああもう、一生眠らせてあげましょうか!?」

 「な、なんでキレてるんだよ……」

 「誰のせいだと思って……」

 

 さっきよりも顔を真っ赤にして、一色は不満げに唇を尖らせる。いや、寝てたことは俺が悪いけど、そんな怒ります……?眠気は生理現象なんですよ……?

 と申し訳なくなっていると、コンコンと部屋のドアがノックされた。

 

 「ふたりとも~、ご飯できたわよ~」

  

 こののほほんとした声は母はすだ。

 

 「あら、随分仲良さそうね。お邪魔だったかしら?」

 「そ、そういうんじゃないから!……先輩も食べていきますよね?」

 

 一色はすさっとこたつから出ると、誤魔化すように咳払いをした。

 え、俺も食べてくの?さすがにそれは世話になりすぎだろう。風呂と服を貸してもらっただけでもかなりありがたかったのに。

 

 「いや、さすがに悪いんでもう帰ろうかと……」

 

 言うと、母はすは人差し指を頬に当て、わざとらしく、

 

 「困ったわね~……。じゃあ用意した比企谷君の分は捨てないと……」

 

 ふふっと悪戯に笑って、俺を見る。こういうところが本当に娘さんに似て策士だ。それを言われたら食べてかなきゃ失礼だしな。

 

 「それじゃあ、頂いていきます」

 「あ、それと~」

 

 母はすはまだわざとらしい演技を続けて、窓の外を見た。

 

 「今夜、爆弾低気圧が来るらしいわよ~?」

 

 

 物理的に、生きて帰れる気がしなかった。




今回は頭から尻尾まで盛りだくさん。一万字の一色いろはでお届けしました。
生来、尻尾にあんこが入っていないタイプのたい焼きを好む僕にとって、ちょっと甘すぎたかなと思ったりもしましたが、たまにはこういう回もあっていいよね、知らんけど。
なんにせよ、ラブコメの神様はいるみたいですね、知らんけど。

いつもお気に入り、評価、誤字報告ありがとうございます!知らんけど!
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