斯くして、一色いろはの小悪魔生活は終わりを迎える。   作:蒼井夕日

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前回から1か月半が経ってしまいました。
お待たせしました。お待たせしすぎたかもしれません!

(お気に入り外さないでいてくれて、ありがとう……!)


21話 こんな時間も悪くない

 一色の家に泊まって一晩が過ぎた。男女のお泊りといっても、諸君が期待しているようなことはもちろんないし、一色が寝落ちした後、俺は自分の布団で寝たので至って健全。自分の超理性に驚嘆さえしたね。

 …………いやまあ正直、女子の部屋で、女子のベッドで、女子と密着しておいて何も思わなかったかと言えばそんな訳はない。むしろ超ムラついてたし、自分の布団に潜っても一睡もできなかったんだけど。あまりにムラムラしすぎてそこそこの村作れるレベル。

 

 そして現在の時刻は15時20分。

 低気圧は夜のうちに通過し、空は雲一つない晴天だ。

 

 そんな晴れ空のもと、俺は厚手のスタジャンに黒のジーンズを身に纏い、駅のモニュメント前にあるベンチに腰かけていた。

 イブだけあって、あたりを見渡せばどこもカップルばかりでうんざりする。一人で立ってスマホをいじる男も女も、皆デートの待ち合わせ中だろうか。なんだお前ら。他にやることないのかよ。勉強しろ勉強。

 

 そんな悪態も吐きたくなる。

 俺も待ち合わせをしてる一人ではあるが、その旨はデートではなくショッピングだ。お前らみたいな『デート』と書いて『下心』とルビを振るような休日は過ごさない。絶対になぁ!

 

 そんなわけでこれからディスティニーへと小町のプレゼントを買いに行くわけだが、ここ千葉駅からディスティニー最寄りの舞浜駅は、京葉線乗り換えで30分ほどの距離にある。多少時間はかかるが、本でも読んでいればすぐにつくだろう。なんなら千葉駅と千葉みなと駅間をモノレール往復して一生本読むという選択肢すらある(ない)。

 

 そして、今日のショッピングバディである一色は、結局、九条家に顔を出してからここに来るらしい。ドタキャンせずに少しでも行くあたり、さすが外面だけは完璧な一色。俺なら問答無用でバックレるし、逆に誘われてないお誕生日会には何故か参加して白い目で見られるなんてよくあったものだ。

 

 ていうかその一色が来ない。もう20分の遅刻なんだけど?

 これあれか?九条ん家行ったきりそっちの方が楽しくなって面倒になっちゃったみたいなケースか?あるいは端から来る気なくて俺を嵌めようとしたという線もある。まあどっちにせよ、小町のプレゼントを買うというミッションをこなすだけなので俺には関係ない。待ち合わせ場所に来ないとかもう飽きるほど経験してるんだぜ、俺。だから傷ついたりなんてしない。ほ、ほんとだし。強がってなんかないし!

  

 まあ九条んとこにも顔出してるわけだし、多少遅れることもあるだろう。ラインだけ送ってもう10分待ってみよう。そんで返事なかったらもう一人で買い物して帰る。寒いし。

 

* * * * *

 

 「お食事美味しかったです。お邪魔しました」

 「またいつでもおいで、いろはちゃん」

 「じゃあね、いろは」

 

 裕君の家を出た頃には、既に待ち合わせ時間が過ぎてしまっていた。

  

 「うー、30分の遅刻はやばいなー」

 

 速足に歩いて、鞄からスマホを取り出す。

 わ、先輩からラインきてる。やっぱ怒ってるかなぁ。…………でもなんでだろう。この通知画面一生見てられる。きゃー、スクショしとこ。

 

 ……そんなこと言ってる場合じゃない。とにかく返信しなきゃ。

 5分程度の遅刻ならまだ可愛げがあるし言い訳のしようもあるけれど、さすがに30分はないよね。しかも、遅刻の理由が他の男子とダブルブッキングだからとか、正直自分でもどうかと思う。わたしのバカ野郎。こういうことするから先輩にビッチとか尻軽とか思われるんだ。

 

 もう絶対同じ過ちは犯さないと心に誓って、わたしは必死の言い訳をラインで打ち込んでいた。歩きスマホ、ダメ、絶対。

 

 フリック入力しながら歩いていると、ふと、昨夜のことが頭をよぎった。思い出すだけでも顔から火が出そう。先輩の前であんなことを言い出すなんて、昨日のわたし本当にどうかしてた……。戻れるなら過去に戻って昨日のわたしを殴りたい。しかもそのまま寝落ちとか、わたし的にポイント超低い。

 まあでも、先輩にお姫様抱っこされた時は幸せが絶頂だったしいっか。

 そう思うと、駅へ向かう足どりが少しだけ弾む。

 

 「うん、これでよし!」

 

 メッセージを打ち終えて、送信ボタンを押そうとしたその時。

 道路を挟んで反対側の歩道から、4、5人の男女の声が聞こえた。聞き覚えのある声だと思ったら、総武校の同級生たちだ。

 わー、これ、気づかれたくねー……。 

 へっといやぁな顔を浮かべて、視線を前に向けた。

 すると、今度は、横断歩道を渡る女子が目に入る。あれは…………見間違うはずもない。倉敷ほのかだ。

 だぁぁー、絶対見つかりたくない…………。なんでここにいるの?何?嫌がらせ?いるだけで人を不快にさせるとか、それどこの先輩?

   

 と、とある先輩の顔を思い浮かべながら見ていると、反対側にいるさっきの人たちが彼女に手を振っていた。クリスマスだし、きっと待ち合わせでもしていたのだろう。

 彼女もまた手を振って、ぱたぱたと駆け足で横断歩道を渡る。その拍子に、彼女のコートのポケットから、するっと、スマホが落ちた。

 

 ──おーい、スマホ落としてますよー。

 わたしの中の僅かな良心が言ってます。心の中でだけど。

 

 しかし、わたしの心の囁きは届くはずもなく、彼女は落としたことに気づかず横断歩道を渡ってしまった。

 どうかスマホが無事でありますようにと、わたしの中の僅かな、とても僅かな良心でもって祈っていると、彼女はやっとスマホを落としたことに気づいたみたい。慌てて振り返ったけど、信号は既に赤だ。

 大丈夫、わたしも一緒に祈るから!

 

 そんな意地の悪いことを思っていると、だっと、彼女は横断歩道へ飛び出した。

 合流した同級生たちが、「危ない!!」と鋭く刺すような金切り声を上げた。

 

 何をしてるんだ。バカなんじゃないのか。

 間に合うわけがない。のに、彼女は、既に発進して加速する車に気づいていない。

 

 本当にバカだ。何をしてるんだ、わたしは。

 今まで散々嫌がらせを受けたのに。今から駆け出しても、間に合わないのに。

 

 

 先輩が、待っているのに。

 

 

* * * * *

 

 

 千葉市一帯は昨晩のうちに雪に覆われ、地面は一面真っ白だった。かくいう今も、しんしんと雪が静かに降っている。ぐきゅっぐきゅっと雪を踏みしめる音は俺だけのものではなく、歩行者の分だけ鳴り響いていた。もはやぐきゅぐきゅ言いすぎて「くぎゅううううう!!」と叫びたくなるレベル。

 

 校舎について教室に入ると、冬休みで会えなかったせいか、話し声がいつもより一層賑やかに思える。

 今日は冬休み明けの1月7日、始業式である。なので、ホームルームやら校長の訓辞を適当に聞いていればいいだけの日。あれ、ていうかもう帰りのホームルーム終わってるんですけど……。冬休みぼけが抜けてないのかしらと、そんなすっとぼけをかまして帰り支度を済ませた。

 今日は全部活動が始業式のためないのだが、しかし、まだ帰れないのが会長の命運。後期の予定決めや、クリスマスイベントの結果を報告書にまとめたりなど色々しなければならないので、生徒会メンバーは全員集まらなくてはならない。

 

 なくなく重たい足を生徒会室へ運んだ。まあ、気が乗らない理由は他にあるんだけど。

 

 きっと、一色もいるのだろう。あー、やだ。やだやだ。いきたくないぉ……。しにたいぉ……。おうちかえっていっしょうげーむしゅるぉ……。

 

 などと、偏差値を2兆ほど下げて精神を安定させる日々がここ数日続いていた。

 結局、あのクリスマスイブの日、一色が待ち合わせ場所に来ることはなかった。

 送ったラインは既読無視をされ、それから返事が来ることもなかった。

 仕方なく一人で買い物をして帰ったのだ。

 

 それからの冬休みもあちらから連絡が来る様子もなく、もちろん俺から送る勇気などあるわけもなく。

 

 そもディスティニーだってあちらから誘ってきたわけだし、それ自体嫌がってるわけではないはずなのだ。九条家のパーティを抜け出せなくなったとしても、連絡一つしないというのは些か不自然ではある。

 

 だとしたら、やはり辿り着く結論は一つ。

 クリスマスイブ前日、一色家での夜の出来事。

 

 セリフの一言一句までは思い出せないが、めっちゃ気持ち悪いことを言った覚えだけはある。今思い出しても死にたくなる。しかし、何か理由があるとすればそれだろう。

 

 はぁぁぁ……と大きく深くため息をつくと、生徒会室に到着してしまった。のろのろと歩いたせいで、集合時間から少し遅れている。もう全員集まっているはずだ。

 深く深呼吸して、扉を開けると、会計と書記、そして生徒会の管轄を任されている平塚先生だけがいた。

 

 「会長になって重役出勤とは、随分と偉くなったものだな、比企谷?」

 「いや、5分で重役とか、その会社ホワイトすぎるのでは……」

 

 とはいっても遅刻は遅刻。二人に軽く頭を下げて、会長席へとついた。

 それを確認した平塚先生が、よし、と腕時計を確認する。

 

 「それじゃ、会議を始めるぞー」

 「あの、一色さんは……?」

 

 書記のフジファブリックが、そろそろと手を上げて言った。俺が聞きづらいことを聞いてくれるとか、こいつもしかして優秀なのでは?などと思っていると、平塚先生は「聞いてないのか?」と俺を見た。ふるふると顔を振って応えると、平塚先生は、一色が冬休み中に事故に遭ったことを話した。

 

* * *

 

 平塚先生から一色が千葉市海浜病院に入院していると聞いて来てみたものの、いざ病院に入るとなるとそこそこの勇気がいるものだ。しかし、「行け」と言われたからには来るしかあるまい。

 フロントで面会許可証を受け取って、リノリウムの床をこつこつと歩いた。病院特有の臭いに鼻をさすると、『一色いろは様』と書かれた名札を見つけた。

 

 泊った日以来一色に会ってないとはいえ、何故俺はこんなに緊張してるのだろうかと思いつつ、悩んでも仕方がないので、スライド式のドアをゆっくりと開けた。

 病室は一人部屋のようで、すぐにベッドに座った一色が見えた。

 

 一色は窓から夕日を眺めているのか、こちらに気づく様子はない。声をかけようとしたのだが、差し込む夕日が一色の白い肌に反射し、きれいだな、などと場違いな事を思った。

 すると、一色はやっと気づいたのか、こちらに振り返った。

 

 「あっ、先輩来てくれたんですか?お久しぶりですー!」

 「……随分とのんきですね、君。入院とか何も聞いてなかったんだけど?」

 「む、まずは体の心配をして欲しかったです」

 

 むすっと不機嫌な顔を作って見せて、一色はふいっとそっぽを向いた。

 意外にもピンピンしてたことに拍子抜けしつつ、ベッド横のスツールに腰かけた。

 

 「足以外は大丈夫なのか?」

 

 白い布でぐるぐる巻きにされて吊るされている右足を見ながら聞いた。俺が事故に遭って入院した時と同じ装備を施してるんだなぁなどと思っていると、一色はがくっと肩を落とした。

 

 「全然大丈夫じゃないですよぉ。足はすりむいてヒリヒリするし、スマホもぶっ壊れましたし」

 「ぶっ壊れたて……。それで連絡できなかったのか」

 「そうなんですよー。そのせいで、この10日間超暇でした。それと…………」

 「……?」

 

 上目づかいで申し訳なさそうに、一色は俺を見やる。

 そして、ぺこり、と頭を下げた。

 

 「イブの日、行けなくてすいませんでした」

 「いや、仕方ないんじゃないの。世の中、犬を助けるために道路に飛び出すやつもいるしな。平塚先生に聞いたけど、お前も似たような感じだったんだろ」

 「はい……」

 「ていうか、謝るところが違うんだよ」

 「…………はい?」

 

 何言ってんのお前?みたいな顔で聞き返されたが、こっ恥ずかしくてこんなことは言えそうにない。だから、別のことを口にした。

 

 「色んな人心配させただろ。たぶん。家族とか。謝るならそっちだろ」

 

 俺の言葉に、一色はぽかーんと口を開けて呆けていた。

 そして、うっすら頬を赤らめて俯いた。

 

 「…………先輩も、心配してくれたんですか」

 「いやまあ、するでしょ。人並くらいには」

 

 そんな捻くれた回答に、一色はまたもむすーっと頬をぱんぱんにさせる。何だそれ可愛いなおい。 

 

 「まあいいですけど」

 「退院はいつになるんだ?」

 「骨折なので、1月10日くらいですかね。リハビリの具合にもよるんですけど」 

 「そうか。んじゃ帰るわ」

 「いやいやいやいや」

 

 すっとスツールから立ち上がると、一色は、お前何言ってんの童貞?というような声で手をムリムリと振った。どうやら帰るなと言う事らしい。仕方なくスツールに腰かけた。

 

 「いや、お見舞いの友達とか来たら困るし」

 「友達なんていないですし」

 「いや、いるだろ。雪ノ下とか由比ヶ浜とか」

 「……そうでした。でも、二人とも知らないと思いますよ、入院してること」

 「そうなのか。二人には俺が伝えとくわ。んじゃ、またな」

 「いやいやいやいや」

 

 再びスツールから腰を浮かしたところで、童貞ワロタみたいな言い方で、一色はまた手を振った。

 

 「家族も帰ったばっかなので大丈夫ですよ。誰も来ません。面会終了時間まで付き合ってくださいよー」

 「まあ、それくらいならいいけど……」

 

 入院中の退屈さは、俺も経験があるから理解できる。俺は本を読んで過ごせるしよかったが、一色はスマホが壊れてるらしいし、少しくらい付き合ってやってもいいだろう。

 

 「ていうか、お見舞い品の一つもないんですかこの先輩は」

 

 そんな不平を言いつつも、なぜだか嬉しそうに弾んだ声だった。

 しかし、っべー。お見舞いの品とか完全に忘れてたわー。っべー……。

 リンゴとかパイナップルとか、そういうものを買ってくるべきだったのだろうか。お見舞いされたことがないから知らんけど。

 

 仕方なく、俺はスクールバッグからMAXコーヒーを取り出した。

 

 「これがラスト一本だ。大切に飲めよ」

 「お見舞いにマッ缶とか、全世界探しても先輩だけでしょうね……」

 

 うげぇっと嫌そうな顔で受け取ると、一色はふふっと笑い出した。

 思わず、俺もつられて笑ってしまう。

 

 ああ、こんな時間も悪くないと、そんなことを思った。

 

 

 




果たしてまえがきのネタ、何人に伝わるのかと不安になりつつ……。
リハビリもかねて、ちょいと短めでしたが、こんな感じで二章が始まります。三章まで行く予定はないので、これが最終章になる感じです。

そして、投稿遅れてすいません!
この時下でお休みすると、色々心配させてしまうな、などと自意識過剰なことを思ったりもして、実際に心配してくださった方が何人かいてくださって、書かねば……書かねば……!となった所存です。

とりあえず、僕は無事です!みんなも気を付けてね!
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