斯くして、一色いろはの小悪魔生活は終わりを迎える。   作:蒼井夕日

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22話 浜辺での一幕

 夕日が差し込む病室。俺がここへ来てから20分ほど経った頃だった。

 コンコン、と病室の扉が弱々しくノックされた。それに俺と一色は互いに顔を合わせると、一色は「はーい、どうぞー」と間延びした声で応じる。

 恐る恐る開けられたスライド式のドアから、肩ほどまで伸びた派手めな茶髪がのぞく。きょろきょろと視線を泳がせて入ってきたのは、

 

 「…………失礼、します」

 

 緊張からか、上ずって震える声にはあまり覚えがなかったが、その顔は忘れるはずもない。倉敷ほのかだ。

 えーと、なぜコイツがここに……と、狐につままれたように、俺はものすごい勢いで一色に振り返って視線で問うた。が、当の一色さんはまるで動揺してる様子はなく、さも来ることがわかっていたように悠々としていた。

 

 「…………」

 「…………」

 

 一色と倉敷の間で交わされる視線。しかし倉敷は、一色の視線からすぐに目を背け、顔を俯かせた。わずかに唇を噛みしめているのが、前髪の奥で見えた。

 

 ……しかし、おかしい。俺の記憶にある倉敷ほのかは、もっと高飛車な態度をとっているクズのイメージしかないのだが、今の倉敷は、虎に怯えるスズメにしかみえない。そして、まさに虎のような風格を発するのが一色さん。いつも嫌がらせを受けていたはずの一色が、どこか高圧的に倉敷を捕らえていた。

 

 「…………あー、取り込んでるなら俺出るけど……」

 「いえ、先輩もいてください」

 「あ、はい……」

 

 スツールから立ち上がったが、すぐに引き留められてしまったので秒で着席。

 まあ確かに、冬休み前、一色が危険にさらされないようにと平塚先生から頼まれたのだ。今の倉敷が一色にとっての危険因子になるのかはわからないが、万全は期した方がいいだろう。

 

 「…………あの時、助けてくれて、…………その、ありがとう」

 

 ぽつりと、倉敷が口を開いた。なんのことやらと一瞬考えたが、はたと思い至る。一色は道路に轢かれそうになった人を助けて怪我をしたと言っていたが、その助けた相手が倉敷だったのだろう。だとしたら、この逆転した立場にも納得がいく。

 

 「それと、ごめん。私がちゃんと注意していれば……本当にごめん」

 

 そして、倉敷は深々と頭を下げた。

 その倉敷の謝罪を受けた一色は。

 

 「別に謝らなくていいよ。謝礼金は十分すぎるくらい受け取ってるし、たぶん、他の人でも同じことしてた。だから、ぜんぶわたしのせい」

 

 その声音には、慰めの色は一切なかった。別にお前のためにやったわけではないと、淡々と告げる様は冷酷にも見えるが、その冷酷さが一色なりの優しさなのかもしれない。罪悪感を抱くものに、半端な慰めは逆効果になるからだ。

 しかし、今まで散々されておいて随分と寛大なものだとちょっとだけ感心していたが、次のセリフで霧散した。

 

 「まあ、倉敷ちゃんのことはふつーに嫌いだし、今までわたしにしてきたことは絶対許さないけどねー☆」

 

 …………いや、コイツ超怖いんですけど……。「絶対」をつけてる辺りがリアリティあって余計怖い。あとさりげなく「ちゃん」呼びなのも怖い。一色さん、マジ怖い……。

 

 と、あまりの怖さに語彙力が低下していると、態度一変、倉敷がふん、と背を向けた。

 

 「は?それ言ったら私もあんたのこと嫌いだから」

 「それはどうも。ていうか、嫌ってる理由、わたしが倉敷ちゃんより可愛いからだよねー?わたしに葉山先輩がとられるって嫉妬しちゃったんだよねー?」

  

 ぷーくすくす、という一色の明らかな煽りに、倉敷は顔を真っ赤にして青筋を立てた。

 やめて!仲良くしてっ!

 

 「さっきから調子ノリすぎだし、そういうのほんっとうざいから」 

 「あー、ごめんごめん…………。いっ、足が……急に痛んで……」

 「え、ちょ、どうしたの……?だ、大丈夫?」

 「なんちゃってーぷぷぷーw」

 「~~!!」

 

 またしてもぷーくすくすと口角を歪めて嘲る一色に、倉敷はおもいっきし地団駄を踏んだ。さすがにこの状況で殴りかかったりはしないらしい。……ていうか、もうなんか仲良さそうですね、君たち……。おじさん、こういうの嫌いじゃないよ……。

 

 「言っておくけど、わたしもう葉山先輩のこと好きじゃないから」 

 

 一色の唐突な告白に内心驚いていると、何故か一色はにんまりと笑顔を向けてきた。

 

 「あ、そ。そんなの見てたらわかるし」

 「ふーん、もっと喜ぶと思ってたけど」

 「………………まあ、なに、私ももう諦めたっていうか、吹っ切れたっていうか、そんな感じだから」

 「え、なになに、振られたの?」

 「あーもう!うっさい!とにかく、私はもうあんたに関わらないから、それでいいでしょ」 

 

 倉敷は最後に、「せいぜいお大事に!」と意味の分からないキレ方をして病室を出ていった。

 そして、さっきまで二人が騒いでいた反動のせいもあるのか、二人だけになった病室がしんと静まり返る。倉敷が来てから10分も経っていないが、窓の向こうの夕日は既に沈み、気づかなかったが、病室の電灯がつけられていた。

 

 「…………いいのか、あれで」

 「いいんですよ、あれで」

 

 恐る恐る聞くと、一色はいっそ清々しい表情で返した。

 「絶対許さない」など言いながら、あれじゃあまるで許したも同然だ。今まで受けてきた被害もすべてチャラにしてあげたようにしか見えない。

 

 「先輩、前から倉敷ちゃんのことで気にかけてくれたりしてた感じでしたけど」

  

 ぐいっと前のめりになって、一色はいつもより少しだけ大人びた表情で、俺の顔を覗き込んだ。

 

 「わたしだって、ただ守られるだけの弱い女の子じゃないんですから」

 

 その言葉を聞いて、思わず、俺は苦笑した。

 ああ、本当にそう思う。庇ったことにかこつけて、罪悪感を押し付けることだって出来ただろう。嫌いな相手ならばなおのことだ。

 いや、もしかしたら、少し前の一色だったらそうしていたのかもしれない。

 自己愛に満ちて、自己利益のことしか頭になかったあの一色が、なぜ倉敷ほのかを貶めなかったのか。

 

 それはきっと、やり返されることが怖いわけでも、倉敷ほのかを許したわけでもないのだろう。

 ただ、捻くれているのだと思う。 

 他の人からすれば意味不明だし、共感も納得も得られないだろう。それが理由で、離れていく人もいるのだと思う。

 同じ捻くれ者だから、たぶん、わかる。

 

* * *

 

 冬休みが明けて一週間が経った。

 クリスマスイベントの片づけや報告書のなんやかんやを終え、やっと生徒会にも平穏が訪れると油断したのも束の間、次はゴミ拾いというミッションを課せられた。生徒会は学校行事くらいでしか活躍しないイメージがあったが、裏方では、募金などのボランティア活動も積極的に行うらしい。いや、これくらいならボランティア部がやればいいのでは……?最近の俺、良いことし過ぎて真人間になっちゃうぞ?

 

 そんなわけで、授業を終えた放課後、稲毛海浜公園にある千葉県唯一の海水浴場へ来ていた。

 

 「ゆきのん、海だよ海!夕日きれーだね!」

 「そうね。この時期だとさすがに寒いけれど」

 

 そして、何故か来ちゃったこの二人。最近は依頼もなく部活が暇なせいか、退屈した由比ヶ浜が平塚先生に交渉したらしい。『奉仕活動の一環』とかもっともらしい大義をあの由比ヶ浜に掲げられ、顧問の平塚先生も無下には出来なかったんだとか。まあこちらとしては参加者が増えてくれるのは嬉しいし楽だからいいんだけどね。ガ浜さんが少しずつ成長してくれてパパ嬉しいよ……。たんと育っていくんだよ……。

 と、感謝の気持ちと期待を込めて、一ついいことを教えてやることにした。

 

 「しかもここ、人工浜なんだよな。日本で作られた初めての人工浜だし、マジ千葉最先端。超パイオニア」

 「出た、ヒッキーの千葉知識……」

 「それだけじゃない。ここ稲毛海浜公園の近くには野球場にテニスコート、プール、流水プール、造波プールなどが隣接していてだな……」

 「なんかめっちゃ詳しい!?」

 「しかもプールばかりなのね……」

 

 俺の驚異的な千葉の知識量に、由比ヶ浜と雪ノ下は「こいつマジか」みたいな目で引いていた。まあ俺も実際に行ったことはないんだけど。

 

 ふふんと鼻をならしていると、つんつんと腕をつつかれた。

 振り返ると、両手に松葉杖を装備した一色が、何故か不機嫌そうに頬を膨らませている。

 

 「別に来なくても良かったんだぞ。ていうかなんで来ちゃったの?松葉杖じゃ砂場入れないでしょ?」

  

 一色は先日、無事リハビリも終えて退院した。まだしばらくはギプスと松葉杖に世話になるだろうが、車に轢かれて片足の骨折だけなのは運が良かった。ほんと、その胆力たるや……。

 

 「え?先輩がおぶってくれるんじゃないんですか?」

 「おぶらないし、それじゃゴミ拾いできないし、そもそもおぶる理由ないし」

 「いやいや、忘れたんですかー?わたし、今先輩の彼女なんですよ?」

 

 何言ってんだこいつ……。

 と冷たぁい視線をじりじりと一色に送っていると、反対側にいた由比ヶ浜と雪ノ下から冷ややかな目で見られていた。

 

 「……ヒッキー?」

 「どういうことかしら、比企谷君?」

 「いや、なわけないでしょ。ほらあれだろ、玉縄姉の時の設定でも思い出したんじゃねえの」

 

 懐かしいなぁ玉縄姉。元気かなぁ、一切興味ないけど……とか考えていると、一色がわざとらしく目元に手をやり、泣きの演技を始めた。

 

 「ひどいっ……!クリスマスだって一緒にディスティニーに行ったのに!」

 「いやそれは…………え、行ってないでしょ?」

 

 否定したものの、実際行く予定ではあったので口ごもってしまった。その一瞬の仕草を、雪ノ下が逃すはずもなく。

 

 「比企谷君がいつ誰と何処へ行こうと勝手だけれど、くれぐれも犯罪事には手を染めないことね。同じ学校から性犯罪者が出るなんて、私の将来にも影響するし。まあ比企谷君がどうしても私の将来に関わりたいと言うなら話は別だけれど……」

 「いや、なんもしねえから……」

 

 なんで後半顔赤くしてるんですかね、ゆきのんさん……。

 

 「ヒッキーにそんな度胸ないし大丈夫じゃない?」

 「あら、そうだったかしら」

 

 そういってクスクスと笑い合う二人に、俺はジト目を向けた。いや、それはそれで男としてのプライドが……などと思っていると、ぐぎゅう、と右腕をつねられた。見ると、一色がまた不貞腐れたように頬を膨らませている。どうやら、今日は一色将軍閣下のご機嫌が優れないらしい……。これはもうそっとしておこう……。てか腕いてぇ……。

 

 さすさすと腕をさすりつつ、ずっと目を背けていた、一色の奥にいるそいつをチラと見た。

 

 「なんで私まで……」

 

 そうため息をこぼすその人──倉敷ほのかは一色をじとっと睨んだ。

 その視線を、一色はヘラヘラと半笑いで受け止める。

 

 「だってねー?ゴミ拾いは生徒会の仕事なのに、わたし、怪我しちゃってて参加できないじゃん?あーあ、わたしも参加したかったのになぁ、この足じゃねー?」

 「うぐっ……。ああもう、やるわよ。やればいいんでしょ!」

 

 一色の言葉攻めに、倉敷は歯ぎしりでなんとか持ちこたえた。

 これじゃあどっちがクズなのかわからんな……。少なくとも今は完全に一色が悪魔だが。

 何はともあれ、君たち仲良くなったんだね。その調子で一色のお友達になってくれると助かります。その小悪魔、友達いなさすぎて拗らせてるし。

 

 「んじゃ、やるか」

 

 10人ほどメンバーがそろうと、平塚先生の指揮のもと、海浜清掃はスタートした。  

 

* * *

 

 「ほいヒッキー」

 「ん」

 「比企谷君、これも」

 「あいよ」

 

 由比ヶ浜と雪ノ下が、俺の持つゴミ袋へすたすたとゴミを投下していく。

 海浜清掃も終盤まで来ており、粗方のごみは片づけられていた。

 

 夕日も沈みそうだなーと思いながら水平線を見ていると、倉敷が近づいてきた。

 

 「ちょっと。こういうのも捨てたほうがいいの?」

 「ん?あ、おう……そうしてくれると助かります……」 

 

 急に話しかけるなよ……。一色との仲は少し良くなったみたいだけど、俺君のこと普通に苦手なんですよ……。ファミレスで炭酸ぶっかけられたこと忘れないからね?あと、俺の名前「ちょっと」じゃないからね?

 

 立ち去ってゴミ拾いを再開しようとする倉敷を横目で見ていると、倉敷の足がピタと止まる。

 

 「あと、なに。……色々、ごめん」

 

 ぼそり、と、倉敷が呟いた。

 それに「お、おぅ……」と自分でも聞こえない声でごもごもと返事を返す。

 な、なんだよ……。急にそういうのやめてくれる?良い人なんじゃないかとか思っちゃうだろ。いや、君も大分前に比べたら変わったのかもしれないけどさ。

 

 なんにせよ、人は案外変わるものなのかもしれない。

 本質的な部分は変わらないにせよ、表現の仕方、自分の見せ方、そして、他人の見え方はきっかけ一つであっさり変わってしまうのだ。

 いつしか小町が「将来はお兄ちゃんと結婚する!」と言わなくなったように。人は無情にも変化していくのだろう。でも大丈夫、お兄ちゃんはいつだって小町と結婚したいよ!うーん、普通に気持ち悪いんだよなぁ……。

 

 そんなくだらないことを考えていて気にならなかったが、ずしりと、急に腰が重くなった。意外と、この砂浜でのゴミ拾いは体力的にしんどいのだ。

 

 特に大変なのが、今倉敷がポイとゴミ袋へ投げ捨てた、貝の欠片だ。巷に聞くところ、貝の欠片で足を切って出血してしまうことはよくあるらしい。子どもの足が切れて親からクレームが来ることもままあるそうだ。ったく、サンダル履けば済む話でしょうがっ!などと内心愚痴るが、これも仕事だし仕方ない。

 

 例えそれが破滅の一歩を辿るとわかっていたとしても、上司の命令一つで実行せねばならんのが下っ端の定である。ここでいう上司とはもちろん平塚先生のことな。

 

 そんな瞑想を繰り広げていると、バシャッと顔面に水がかけられた。

 

 「うっひゃー、つめたっ!」

 「……ねえ、バカなの?今何月だと思ってるの?」

 

 見ると、由比ヶ浜が浅瀬の海水をかけて来たらしい。マジで冷たい。

 恨みがましい目線を送ると、由比ヶ浜は「うっししー」と悪戯に成功した子供のように笑っていた。…………そういう無邪気で天真爛漫な態度がですねぇ、世の男たちに黒歴史をつくらせるんですよ?特に俺のような非モテは、こういう水をかけっこする男女に憧れを持っていたりするのだ。勘違いしてうっかり告白してフラれちゃうでしょ?

 

 「もう夕日も沈むし、これくらいにしとくか。ゴミも大体片付いたでしょ、たぶん」

 

 由比ヶ浜に渡されたハンカチでぬぐぬぐと顔を拭って、砂浜から上がると、他の面々もぞろぞろと作業を終えてきた。

 

 「あら、でもまだここに大きなゴミが残っているけれど……」

 

 言いながら、雪ノ下がじーっと俺を見てくる。誰がゴミだ誰が。

 俺をゴミ扱いしてくる雪ノ下は無視して、一色のいる方へと戻る。30分以上ずっとお留守番だった一色はどこか遠い目をしていた。

 

 「だから来なくていいっつったろ……」

 「随分楽しそうでしたねー先輩」

 「何が」

 「べっつにぃー」

 

 だから、なんで君は今日そんなおこなの?

 まあ気にしていても仕方がない。とにかく寒い。海辺ということもあって、潮に流される冷たい風が肌を突きさすようだ。

 

 「うーさっぶー……。ゆきのん、車もどろ~」

 「ええ、そうね。平塚先生、私たちは先に車へ戻ります。鍵を開けてもらえますか?」

 「ああ、わかった。今日は手伝ってくれて助かったよ。男子たちはゴミ袋を駐車場まで持ってきてくれ」

 「うっす」

 「了解っす」

 

 平塚先生の指示に、生徒会男子ーズは適当に返事をしてゴミ袋を抱え、駐車場へと向かった。

 

 「私ももう帰るから。一色、こういうのは今回だけだから」

 「はいはーい、お手伝いありがとねー」

 「……」

 

 一色の言葉に、倉敷は何も返さずすたすたと帰っていった。ほんと、素直じゃないなぁ……。

 さてと、俺も俺も……とゴミ袋を持とうとしたところで、一色に呼び止められた。

 

 「先輩先輩」

 「ん?」

 「ちょっとこっち来てもらえます?」

 

 ちょいちょいと一色に手招かれるままに近づいてみると、一色は松葉づえを器用に使いこなし、ぐいっと俺に顔を寄せた。

 

 「はい、ちーず!」

 

 掛け声とともに、カシャッというシャッター音が浜辺に響いた。

 どうやら、スマホで写真を撮ったらしい。

 

 「ねえ、ちょっと?肖像権って知ってる?」

 「知ってますけど、でもほら、いい写真じゃないですか?」

 

 そういって、一色はスマホ画面を見せてきた。

 画面に映るのは、もちろん、俺と一色。一色はばっちりと決め顔をしているが、その隣の男はなんとも間抜けな顔をしている。

 その二人の奥で、沈んでいく夕日が赤く輝いて海辺に反射する絵は、とても幻想的に見える。

 

 「先輩にも送っときますねー」

 「ん、おう」

 

 不意打ちのせいか、どこか照れ臭く、視線を逸らして頬を掻いてしまう。なんだこいつ、超あざといんですけど……。ほんと、恐ろしい子ッ!

 

 「みんな待ってる。早くいくぞ」

 

 気づけば男子ーズの姿もなく、人影は俺たち以外すっかりなくなっていた。

 今まともに一色の顔を直視できる気がしない。

 先に駐車場へ行こうと歩き出すと、がしゃん、という音がした。

 その音に振り返ったと同時。

 

 ぎゅっと、一色が抱きついてきた。

 

 「ちょ、なにして………………んぐっ!?」

  

 そして、視界が塞がった。

 いや、目の前に一色がいる。

 一色は目をぎゅっと閉じて、唇を押し付けていた。────そう、俺の唇に。

 

 「んん!んんんっ!」

 

 訳がわからず必死に抗議するも、口は塞がれているので喘ぐだけだった。

  

 ──え、なにこれ?一色さん?え?キス?それともちゅー?なんで?え?

 ていうか、唇、やっわ……。めっちゃ良い匂いする…………じゃねえよ死ね俺ぇッ!

 

 このまま快楽に身を委ねてしまいたい気持ちもあったが、いい加減混乱で頭がおかしくなりそうだったので、バンバンと一色の肩を叩いた。すると一色は、ゆっくりと唇を離した。

 

 「…………」

 

 一色の顔は前髪で隠されていて良く見えないが、頬が真っ赤になっているのがわかった。

 

 「あ、あの……、一色、さん……?」

 

 震える声でなんとか聞くと、一色は静かに口を開く。

 

 「すいません、転んじゃい、ました……」

 「え?あ、そういう……」

  

 まだ脳が混乱してるが、ゆっくりと整理しよう。

 まず、最初に鳴ったガシャン、という音。あれは松葉づえだ。一色の後ろにそれが転がっている。

 そして、一色は支えがなくなってバランスを崩し、俺に倒れ掛かってしまったと。

 そしてその拍子に、唇が接触。

 …………。

 あー、はいはい。これはあれだ。ラノベとかアニメでよくあるラッキースケベ的なアレだ。なんだよ、危うく勘違いする所だったぞ……。

 しかし、だとしたら申し訳ないことをした。偶然とはいえ、俺とキスなどしたくなかっただろうに。でも俺は悪くないし、謝るのも変だよな……。

 

 やっと落ち着いてきた脳で考え考えするが、ふと、一色の唇に視線がいってしまう。

 小さくて形が良い、きれいな桜色の唇。さきほどキスをしてしまったせいか、少しだけ湿っぽく濡れているのが余計に艶っぽい。さっき、それが俺の口に……。

 そんな邪念を必死に取り払い、一色から半歩距離をとる。

 が、一色はまた一歩、俺に近づいて、

 

 「んぐ!?」

 

 俺の両肩をぎゅっと掴み、再び自分の唇を俺のそれに重ねた。

 さっきよりも必死で、さっきよりも、唇が濡れていた。

 

 「んはぁっ……んんっ!」

 

 もう、頭が沸騰しそうだ。訳が分からない。

 どうしたらいいかわからず、思わず息を止めてしまった。

 

 どれだけの時間が経ったかはわからないが、一色はゆっくりと唇を離す。

 今にも泣き出してしまいそうな瞳で俺の目をじっと見つめ、静かに、濡れた唇を開け、

 

 

 「先輩、好きです」

 

   

 その弱々しい声は、誰もいない浜辺に溶けていった。




最近自炊をちゃんとして気づいたのですが、自分で作る炒飯とカレーって世界一うまいよね。

え?そんなことはどうでもいいって?
ハハハ、何のことやら……(;^ω^)汗

正直、今話はいろいろアレでかなりビビってます。でも、仕方ないの。許してください。
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