斯くして、一色いろはの小悪魔生活は終わりを迎える。   作:蒼井夕日

23 / 31
感想、お気に入り、評価ありがとうございます!
それと、いつも誤字報告ありがとうございます。
ほんと助かってますm(_ _)m


23話 真面目な話

 一色はその言葉を口にすると、唇をきゅっと噛みしめ、見つめる瞳はかすかに潤んでいた。

 肩に置かれていた両手は、今は俺のブレザーの襟を弱々しくつまんでいる。

 その指先から、一色の緊張感が伝わってくる。

 

 さきほどのキスの余韻がまだ残っているからか、一色の告白を聞いた俺は数秒間身動きすらとれなかった。脳を溶かすような感覚が意識を朦朧とさせ、焦点が合わない。ドクンドクンと心臓は強く脈打ち、全身が熱かった。

 

 そう当惑している俺を見つめ、一色は再び口を開いた。

 

 「付き合って、くれませんか……?」

 

 伺うように、躊躇うように、そして不安が入り混じったように。その黒瞳は俺の答えを待っている。 襟をつかんでいた手も、心なしか弱くなっていた。

 

 さすがの俺でも、これがドッキリの類ではないということはわかった。

 小学校から中学校まで散々嘘の告白を受けてきた俺だからこそ、一色の告白が本気だということは、痛いくらいに伝わる。 

 だからこそ、一色の視線から目を背け、奥歯を強く噛んでしまう。

 

 嬉しくないと言えば嘘になる。一色は間違いなく可愛い。それは客観的事実としてももちろんだが、主観的に見ても可愛いと言えるほどに。

 正直、最初にあったときには苦手意識しかなかった。しかし、生徒会で一緒になって、会うたびに、話すたびに、日を追うごとに、一色に対する印象は変わり、一緒にいる時間が、居心地がいいとさえ思った。嬉しくないはずがない。

 

 ──だが。

 今の俺に、その告白を受ける資格などない。

 

 「…………すまん」

 

 口からでた言葉は、思いの外落ち着いていた。 

 

 

* * *

 

 

 家に着いたころには20時を過ぎていた。

 コートを脱いで、ブレザーのネクタイをしゅるるると解きながらリビングへ入ると、小町が炬燵のテーブルに突っ伏していた。

 

 「……ただいま」

 「あ、おにちゃんお帰りー」

 

 ろくにこっちも見ずに突っ伏したまま手をひらひらさせてくる我が妹君。大方、勉強してたら受験が不安になって炬燵に入り、結果お尻に根が生えちゃって2時間経過した、ってとこか。この時期になってくると、勉強そのものよりもメンタルコントロールの方が大変だったりする。伊達にお兄ちゃんやってないからな。しっかりとサポートしてやらんと。

 

 「頑張ってんだな。そんな寝方したら腰悪くするし、お兄ちゃんの膝貸してやるぞ。頑張る妹へのご褒美だ」

 「わわっ!なんだか急にやる気が出て来たよっ!お兄ちゃんすごいよ!」  

 「そりゃどうも…………」

 

 小町は勢いよく体を起こすと、「元気元気!」とマッスルポーズを決めてきた。そんなにお兄ちゃんの膝枕嫌なの?ちょっぴり傷ついちゃうぞ?

 

 「…………」

 

 傷心していると、小町はじーっと俺の顔を覗きこんでくる。

 

 「なんだよ」

 「……なんか、あった?」

 

 少しだけ躊躇って、小町は伺うように聞いてきた。

 2ヵ月ほど前、同じように聞いて喧嘩になったことを気にしているのだろう。そんなに顔に出していたつもりはないのに、やはりこの出来た妹は気づいてしまうのだ。

 そして、また喧嘩になるかもしれないと思いながらも聞いてくれたのだ。その小町の優しさは、今度こそ無下にできない。

 

 「まあ、ちょっとだけ、あった。と思う。わからん」

 

 そんな曖昧な答えに、小町は「なにそれ」と笑う。正直、受験期の妹に相談することなのだろうかとも思うが、「なにもない」と言ったところでどうせ嘘だとバレるのだ。小町にとっても、ここまで踏み込んだら最後まで聞いた方がストレスもないだろう。

 

 「あのさ、それ、聞いてもい?」

 

 またも、小町は不安そうに俺を見上げる。

 俺はゆっくりと首肯し、壁掛けの時計に目をやりながら、どう話すべきかと算段をつける。その間、小町は何も言わずに待っていてくれた。

 カッカッと秒針の音だけが響くリビングで、俺はようやっと、重たい口を開けた。

 

 「……実は今日、後輩の女子に告られてな」

 「いや、ないない」

 

 そんな一世一代の俺の相談を、小町は鼻で笑い流した。

 

* * *

  

 「ふーん、それで?」

 「いや、それでって……」

 

 とつとつと言葉足らずながら説明を終えると、小町は興味なさげに半眼で睨んできた。ていうか話の途中からもうこんな感じだったけど。

 もちろん相談事というのは、今日の海浜清掃を終えた後の一色の告白についてだ。

 一色は俺の答えを聞いた後、「車、戻りましょっか」と、何事もなかったかのように表情を一変させた。取り残された俺はしばらく呆気に取られていたが、あの一色の素振りをみた限りでは、本当の告白じゃなかったのではとも思えてくる。

 だとしたら、あのキスはなんだったのか。嘘の告白だったとしたら、キスなんかしないだろ、普通。…………え、しないよね?一色のことだから普通にあり得そうなんだよなぁ……。

 

 そんな感じで、家に帰ってくるまで悶々と考え続けてはいたのだが、やはり整理がつかない。なにせ、なんで一色が俺なんか好きになったのかが全く分からない。フラグを立てた覚えはないし、むしろポキポキと折り続けてきたくらいだ。フラグクラッシャーの名は伊達じゃない。

 

 しかし、何故俺が一色の告白を断ったのか。その理由だけは判然としていた。

   

 「つまりなに、ゴミいちゃんは一色さんに好意的な感情は持ってるし、なんなら好きな可能性もあると?」

 「…………まあ、否定はできない」

 「でもそれはただの独占欲であって、恋愛感情ではないと?」

 「……まあ」

 「そんで?独占欲を抱いちゃって罪悪感を覚えてると?」

 「罪悪感とはちょっと違うな。そうだな、んー…………なんてーの?」

 「いや小町に聞かれても」

 

 小町は文字通りゴミを見るような眼で俺を睨む。もうこいつの話なんて聞いてらんないというような顔だ。

 

 しかし、小町に話しているうちに、少しずつ整理が出来てきた。

 俺が一色の告白を断った理由。それはきっと、ことこの状況に至って、自分の愚かしさに気づいてしまったからだ。

 

 日を重ねるごとに、少しずつ一色が俺に心を許してくていたのは薄々気づいていた。

 だからこそ。

 俺はそれに甘えてしまっていたのだ。あまりにも居心地がいいから。自分に弱みを見せてくれたから。そんなどうしようもない自己承認欲求から目を背け、気づかないふりをしてきた。

 だから、俺には、一色の告白を受ける資格がなかった。

 

 以前カラオケに行った時、九条は自分の方が一色のことを知っていると言っていた。俺がその言葉に嫌悪感を覚えたのは、一色に抱く独占欲に起因しているのだ。

 

 それがようやっと自覚できると、俺は、へっと自虐的な笑みがこぼれてしまう。

 同時に、一色に対しての申し訳なさが、一気にこみあげてきた。

 

 「やっぱこれ罪悪感だよなぁ……俺、クズだなぁ…………死ねばいいのになぁ…………今死のうかなぁ…………」

 「お、お兄ちゃん?」

 

  自分に悪口を言いながら、重力に身を任せて頭を炬燵にぶつけると、ゴンッという鈍い音が響いた。すると、小町が心配そうに声をかけてくれる。

 

 「はぁー、あのねお兄ちゃん」

 「なんだい小町ちゃん」

 「お兄ちゃんがクズだなんて、自然の摂理でしょ?」

 「スケールがでけぇよ……。傷心してる兄にかける言葉かよ。………………いや、そうか。そうだな。お兄ちゃんはクズでゴミだな。ほんと。可燃廃棄物として捨てられてカラスに食われればいいのにな。なあ小町、もっと罵ってくれ。いや、罵ってください」

 「お、お兄ちゃんが壊れた…………」

 

 ぐりぐりとテーブルに額をこすり付け、変な性癖に目覚めかける俺を小町は憐憫の眼差しで見下げた。

 

 「そもそもな、俺と一色じゃ釣り合いが取れてないんだよ。あっちは学年一の美少女でサッカー部の人気マネージャー。会長と副会長っていう明確な上下関係がありながら均衡を保ててる今が不思議なくらいだぞ。そのうち付き合ってるみたいな噂流れて総スカンくらうのはあっちなんだよ」

 「はぁ、ダメだこりゃ。何もわかってないよこの人」

 

 俺の全力の言い訳を聞くと、小町はやれやれと欧米人がやりそうなポーズをとる。 

 そんな小町に目もくれず、未だぐりぐりと炬燵に額をこすり付けていると、両頬をむにゅっと掴まれ、頭をグイっと持ち上げられた。

 

 「小町が言いたいのはね、そんなクズなお兄ちゃんでも、好きになってくれる人がちゃんといるってことだよ。お兄ちゃんに告白してる時点で、周囲の目線がどうとかはもう承知の上なの。わかる?」

 

 子供に説教をするように、小町は語気を強めて俺を見つめる。

 

 「だから、その好きになってくれた人を、お兄ちゃんは一生懸命大切にするの。それができないとしても、目背けちゃだめだよ。小町にしてくれたみたいにさ」

 

 コンッと自分の額を俺の額にくっつけて、小町は目をつぶった。

 昔の母を彷彿とさせるような柔らかい声音が、俺の心をゆっくりと溶かしていく。

 なにこのママみ……。すっごい包容力……。

 

 「わかったら、はやく一色さんに電話すること!」

 「ったぁ……」

 

 小町の包容力にバブみを感じていると、ゴツンッと額をぶつけられた。

 

 「…………え、電話?なんで?」

 「決まってんじゃん。そんな意味不明な理由で断られて、一色さんが納得するとでも思ってるの?」

 「いや、そもそも断った理由とか伝えてないし、納得も何もないじゃない?ていうか振った相手に電話するとか余計ダメでしょ?クズ男のやることでしょ?空気読め?」

 「空気云々の話お兄ちゃんにされるとか心外すぎるし!……だってお兄ちゃん、明日からもまた生徒会で会うんでしょ。だったら余計ちゃんと話さなきゃ気まずいでしょ」

 「いやまあそれはそうなんだけど、ソレとコレの話は別のアレで……」

 「あーもう超めんどいんですけどこの人!」

 

 一向に終わらない押し問答に、ふがふがと憤慨する小町さん。だが、ここは俺も譲るわけには行かない。考えても見ろ。振った相手に電話して、なぜ振ったのかを訥々と聞かされるとか地獄以外の何物でもないだろ。

 「人としては好きだけど、恋愛対象とは違くて……」「個性的なところもいいなーとは思うよ?」「でも正直ノリが違うなーって」「だって比企谷、あまり人と関わらないし」

 

 とか。ほらな、考えただけでも悲しくなるだろ。途中から完全に俺の話なんだよなぁ……。

 

 「そりゃ普通の人がやったらただのクズだけどさ、お兄ちゃんは普通じゃないんだから」

 「ねえ悪口?それ悪口ですか?」

 「そりゃそうでしょ。お兄ちゃんは悪が服着て死んでるような人なんだから」

 「せめて生かしてくれ……」

 

 いや確かに死んでるけど。目とか性格とか。

 

 「でもさ」

 

 と、小町の声が、再び柔らかくなる。

 しかしそれは先ほどの包容力のある声ではなくて、どこか慈愛に満ちた、憂いの帯びた声音だった。思わず小町の方を見上げると、その瞳が、何か昔を懐かしむように潤んでいた。

 

 「そうでもしなきゃ、お兄ちゃんはその人と距離とっちゃうよ。こんなどうしようもないお兄ちゃんのことを知っててさ、理解しようとしてくれる人がいるんだよ?そんなの絶対いい人じゃん。一色さんだけじゃなくてさ、結衣さんも、雪乃さんもそう。お兄ちゃんの周りにはこんなに素敵な人たちがいっぱいいるんだから」

 

 小町はテーブルに置かれたコーヒーカップを見つめながら、親指、人差し指、中指と順番に折る。 

 口から紡がれた言葉は独り言のようで、少しでも気を緩めてしまえば、聞き逃してしまいそうだった。

 

 「あと、小町とか」

 

 ぽつりとそういって、少し頬を赤らめると、薬指をゆっくりと折り曲げた。

 

 「あ、偶然にも薬指が小町なの、小町的にポイント高い」

 「妹的にはポイント低いでしょ、それ」

 

 まあヒロイン的なポイントが爆上がりしてるんですけどねっ!今結構ドキッてしたんだけどね、僕。そういう余計なこと言わなければ八幡的にもポイント高いんだけどね!

 

 とはいえ、これが小町なりの照れ隠しだということはわかっている。本当に、どこかの誰かに似て捻くれているのだ、この妹は。

 

 「お兄ちゃんはまだみんなのことを知らなすぎなんだよ。だからまず、一色さんがなんでお兄ちゃんに告白したのかを聞くの!そんでもって、お兄ちゃんが思ってること言う!おけ?」

 「お、おっけー」

 

 全然オッケーじゃないけど、ここまで背中を押されてしまえばそう答えるほかない。

 しかし、まあ、自分を好きでいてくれる人のことくらいは少しでも理解しようってのは、何となくわかる気がする。ただでさえ友達が少ないのだ。戸塚と小町に加え、もう2、3人くらい真剣に考えるてみるのは訳ないだろう。たぶん。

 

 「……ありがとな」

 

 こたつから立ち上がっていうと、小町は「ん。いてらー」と適当に手をひらひらさせて俺を送り出した。ほんと、そうやって恥ずかしさを誤魔化そうとするところが、超あざとい。

 

* * *

 

 リビングを出て自室へ来てから30分が経過した。

 その間ずっとライン画面を開いてはいたのだが、緊張しすぎて『通話』ボタンを押すことができないでいた。いや、だってね?あれだけ小町に後押しされたとはいえ、どうやって会話を切り出せばいいのかわからないんですよ。「今日は告白を断ってすまなかった」とか?それどこの間男?

 

 しかも、もう21時を過ぎてるし、こんな遅くに電話すんのも失礼では?などと考えてしまうと、どうもあと一歩を踏み出せない。このままでは小町に面目が立たない。

 

 考えるからダメなのだ。そうだ。何も考えるな。頭を空っぽにしろ。俺は戸部…………俺は戸部…………あれ、こっちには玉縄が…………っべー。玉縄の顔を思い浮かべただけでなんか謎の余裕が出て来たぞ。玉縄の即効性パない。

 

 俺の中へと玉縄神を呼び寄せて、勢いに任せて『通話』ボタンをぽちっとな。

 ラインのコール音が1回響く。そして2回、3回、4、5……6…………7………………──。

 

 「出ねえ……」

 

 おいおい、わざわざ玉縄とフュージョンまでしたってのにこれかよ。玉縄損じゃねえか。

 しかし、出ない、か。まあ、うん、予想していたとはいえ、思ったよりも精神的ダメージがデカいな。完全に無視されてるよなぁ、これ……。

 

 はぁっと深いため息をついて、俺はこの複雑な感情を処理するために、一度ラインを閉じ、電話帳を開いた。

 まあ、こいつだったら出てくれるだろう。

 最後に電話をかけたのは文化祭だったけなどと思いながら電話ボタンをタップすると、コール音が鳴るよりも早くつながった。

 

 「わどぽぉんっ!どうしたのだ八幡。我は今新しいラノベのプロットを考えるのに忙しいのだが」

 「その割にほぼノータイムで出たけど、ほんとに考えてたのかよ」

 

 こいつ、プロットとかかっこつけてただ妄想してただけだろ。それも主人公は自分で異世界無双の俺TUEEE。電話越しにハヒィハヒィと気色の悪い吐息が聞こえてくることから予想するとそんな感じだろう。

 

 「して、何か用でもあるのか?」

 「いや、まあなに、そうだな……」

 

 そう言われると困る。あれ、なんで俺、材木座に電話なんかしてんだろう。

 

 「ほむぅ?いつもよりワントーン低い気がするな。お主、さてはおなごにフラれたな?ぷぷーww」

 

 一瞬沸いた殺意を押しとどめ、深呼吸。いかんいかん。今日に限っては少しナイーブになってるせいか、いつもは何とも思わない材木座の煽りにも敏感になってしまった。ていうか、なんで俺の声のトーンとか覚えてんだよ。こええよ。

 

 「そうだな。まあそんなところだ」

 

 深呼吸に必死で適当な返事をすると、材木座は「ふっははははぁーーー!」と高笑いをしだした。絶対近所迷惑だからやめとけそれ。

 

 「お主www最近天狗だったのでござるよ~ww同級生の美少女二人や一年生の副会長に鼻の下のばしてwwwちょっと調子に乗りすぎだったからのぉwww身の程を弁えよぉうっ!?お主はもともとこちら側の人間であるからしてっ!?どうあがいても陽のモノにはなれないのだぁッッ!!」

 

 だぁッ!……だぁッ……だぁ…………ぁ…………──。

 

 叫喚音が、俺の部屋に反響した。

 いや、ここまでクズだといっそ清々しい。

 最近は特に、生徒会長になった俺に色々思うところもあったのだろう。「もともと」とか言ってるし、俺に置いてかれた気分だったのかしらね。可哀そうに。

 

 「…………材木座、一つ聞いていいか」

 「よかろう」

 

 電話越しにいる材木座を憐れみつつ、俺は気をとりなして咳払いした。いちいち返事がウザい奴だ。

 

 「もし学年一の美少女に告られたら、お前ならどうする?」

 「そんなの決まっておろう?回れ右して一目散にダッシュだ」

 「だよなぁ……」

 

 俺たち非リアにとって、『美少女からの告白』=『クラスの悪戯』は一般常識で共通認識だ。浮かれて「はい」なんて返事した時には次の日連中からバカにされるし、「いいえ」と言ったところで「調子乗ってる」と批難される。故にこのクソイベを乗り切るためには、そもそも「はい」も「いいえ」も選ばないことだ。だが、今回ばかりは俺の諸事情によりケースが異なる。

 

 「それじゃあ、もし不意打ちのキスをされた後の告白だったらどうだ?」

 「ふぬりゅぅ……?その種の悪戯にあったことないからわかんないけど……」

 

 まさかこれが俺の経験談だとは思わないのか、材木座は中途半端に素に戻り、真面目にうーんと悩んでいる。

 

 「それは、我がそのおなごに好意を抱いているという前提か?」

 「…………まあ、多少の」

 「そうだな。もしそんな夢シチュがあれば、断るやもしれぬ」

 「……なんでだ?」

 

 予想外の答えに思わず虚を突かれて聞くと、材木座は無駄にイケボで答えた。

 

 「もしその子が我なんかといると知られたら色々面倒だしな。女子社会の人間関係は恐ろしいと2チャンで聞くし」

 「……まあ、そうだな。俺もたぶん同じ理由で断る。ていうかソース2チャンかよ」

 「ただ、方法は他にもある」

 

 と、材木座はまたも無駄なイケボで食い気味に言った。見えないが、電話の向こうで心底鬱陶しい決めポーズでもしてるのだろう。

 

 「その女子(おなご)がバカになどされないような、超絶カッコイイ(おのこ)になればよいだけの話だ。我の場合だとそうだな……。まずコミュ力を上げ、文科系の部活に入り、勉強を少し頑張れば間違いなくモテる」

 「だったらその項目にダイエットも追加しとけ」

 

 そう軽口をたたきつつも、思わず俺は感心してしまった。

 「好きだけど、自分とその子は釣り合わないから距離を置く」というのは、自己防衛であり逃避にすぎないのだと、材木座は言っているのだろう。特にそういう気質が根付いているのが非リアの性質なのだ。

 しかし、話はもっと単純だ。釣り合うように自分を磨けばいいだけのこと。俺たち非リアは、その単純明快な解決方法から逃げているだけなのだ。本当に想っている相手ならば、それくらいの試練は乗り越えてしまえるのかもしれない。

 

 「……でも参考になったわ。まあ、どれだけ磨いても性格がアレなんだけどな」

 「だぁまらっしゃいッ!!それはお互い様であろう」

 「……そうだな。お互い様だ」

 

 壁掛け時計を眺めながら、適当に返事をした。

 自分を磨く、なんて単純明快でゴールもないクソゲー、それをできる人間はほんのごく一部だろう。それこそ、葉山隼人や雪ノ下雪乃のように。いや、葉山隼人や雪ノ下雪乃でさえ、誰かに焦がれて、その誰かに認めてもらいたいという端緒と信念がなければ成し得ないのではないだろうか。そういう信念が、彼らを突き動かすのかもしれない。

 

 ──では、比企谷八幡は。

 比企谷八幡にとって、自分を磨くための信念があるのか。

 

 そう自分に問いかけたところで、ぶっちゃけそんな面倒なこと絶対したくない。自分を磨くとか、変えるとか、人の性格はそんなことで簡単に変えられるものじゃない。そう簡単に直せるような拗れ方はしていない。

 だがもし仮に、一色に釣り合うような男になったとしよう。

 じゃあその俺は、当初一色が好いてくれた俺なのだろうか。元の俺を好いてくれたのなら、変わること自体を拒むのではないのか。

 一色は俺に何を望み、何を見て、好きになったのだろうか。

 

 問いかければ問いかけるほどに、疑問や疑念が浮かび上がってくる。

 

 「まぁ、それも全部話さなきゃわかんねえか」

 「ん?全部話すとは何のことだ?」

 

 小町の言葉を思い出して、そんなことをごちる。

 話すっつっても、さっき電話繋がんなかったけど。どうしようかなぁ……。

 

 「おーい、はちまーん?……あれ、聞こえてないのかな……。おーい?」

 「なんだようっせぇな殺すぞ」

 「ほへっ!?き、聞こえてたなら早く返事をせよ!ふ、不安になるだろぅ……?」

 「小声でキモイ事言うんじゃねえよ。んじゃな」

 

 そう言い残して電話を切り、スマホをベッドに投げた。

 まあ、材木座は気晴らしにはちょうどいいな。 

 おかげで沈みかけた心も軽くなる。さて、気分転換に風呂でも入るか。

 

 と、立ち上がったところで、スマホから電話のコール音が鳴った。

 くそ材木座かめんどくせえなと思いながらスマホ画面を見てみると、そこには『一色』の文字が。

  

 まさかあっちからかかってくるとは思ってなかったから全然心の準備ができてないんですけど?

 しかし、この機を逃せばチャンスはもうないだろう。意を決して、応答ボタンをタップした。

 

 『あ、こんばんはです~。すいません、さっきシャワー浴びてたので出られなくて』

 「お、おう……」

 

 ……この子、随分とピンピンしてますね。いや、告白を断った時からそうなんだけど、なんでそんな平気で会話できるわけ?普通そこは、お風呂で浴槽につかりながら湯舟を口でブクブクさせてるまでがテンプレでしょ?

 まあ、逆にこういういつも通りの対応をしてくれるのは助かるけど。

 

 『こんな夜遅くにどうしたんですか?わたしをこっぴどく振った先輩さん?』

 「え、いや、そんな酷い言い方したつもりなかったんだが……まあなに、あれだ」

 

 しどろもどろと何か言い訳を探していると、一色は「はーなるほど」と何か納得がいったように。

 

 『妹さんですね』

 「……よくわかりましたね」

 『いやぁ、こんな気使いができるとか絶対先輩じゃないですもん』

 「ばっかお前、気とかめっちゃ使えるから」

 『へー。先輩の妹さんとか、一回くらいあってみたいです』  

 「いや、絶対会わせないけど」

 『えー』

 

 一色の不満そうな声が聞こえると、ばしゃん、と水の跳ねるような音がした。なんだ今の音?……そういえば、さっきから気になっていたのだが。

 

 「なんか声くぐもってない?」 

 『あー、今お風呂入ってるので声反響してるかもです』

 

 なん、だと……?

 つまり一色は今浴槽に浸かってる状態で、一糸まとわぬ姿で通話しているということか……?

 いかんいかん。つい想像しかけたが、もう今日のキスだけで俺の性的なイマジネーションがイノベーションを起こしているのだ。これ以上考えたらパンクしそうだ。

 

 「そ、そうか。アレだったらまたかけ直すけど……」

 『いえ、別に気にしないでください』

 「お、おう……」

 

 色々と妄想したい気持ちを抑えて、そろそろ本題に入ることにした。

 

 「ちょっと聞きたいことがあってな」

 『…………なんですか?』

 「いやまあなに、アレだ。今日の告白についてなんだが、あれって、ちゃんとした奴?」

 

 まず、これだけは聞いておきたい。そもそも一色の告白が嘘であったなら、俺の悩みは一切無駄なものになる。が、一色は俺の問いにくすっと笑って答えた。

 

 『なんですか、それ。当たり前じゃないですか。超本気でしたよ』

 「そ、そうか、すまん」

 『いやいや、全然謝意が足りないですから。土下座して言ってください』

 「おう、そうだな…………ん?なんか違くない?」

 『冗談です』

 「ねえ、さっきから話逸らそうとしてない?全然本題入れないんだけど?」

 『そうですか?気のせいですよ気のせい。先輩なんてこの世にいないですから』

 「俺の存在も気のせいにするのやめてもらえる?」

 

 一色がいつにもまして皮肉を言うもんだから、全然本題に入れない。いや、あえて話を逸らそうとしているのかもしれない。その証拠か、一色は「気のせい~♪先輩は気のせい~♪」などと謎の歌を口ずさんでいる。

 

 「少しだけ真面目な話だ」

 『…………』

 

 気持ち語気を強めて言うと、一色は黙った。こうでもしなきゃ、聞いてくれそうにない。

 

 『…………なんですか。ちょっと怖いんですけど』

  

 一色は少し冗談めかすように言った。

 まあ、聞きたいことは色々ある。何故俺なんかが好きなのか。それはいつからなのか。葉山や九条のことは好きじゃなかったのか。

 しかし、今それを聞くのは野暮だろう。

 

 「一色が俺をす…………俺に好意を抱いているとして、でも、なんで今日だったんだ?」

 

 純粋な疑問だった。今まで(本当の)告白などされた経験がない俺にとって、そういうシチュエーションはドラマやアニメ、漫画でしか見たことがないのだ。放課後の校舎裏や帰り道、熱が冷めやらない行事後。所謂エモいシチュが整ってから、告白と言うのはされるものだ。

 しかし、今回俺が告白されたのは海水浴場。それも、ゴミ拾い後だ。こんな夢もなにもないシチュエーションがあるのだろうかとも思う。まあ、水平線とか夕日とかは綺麗だったけど。

 

 『そうですねー。うーん、言わなきゃだめですか?』

 「え、なに、怖いんですけど。何言うつもりなの?」

 『いや、まあいいです』

 

 決心したように深呼吸をすると、一色はとつとつと話し始めた。

 

 『先輩たち三人を見ていて、羨ましいって思ってたんです。こういう本音でぶつかりあえる関係ってなんかいいなって。どうすればわたしもその輪の中に入れるのかなって思って、だから最初は興味本位で先輩に近づいたんです。生徒会に入ったのも、実はそれが理由です』

 

 要領を得ない一色の話をなんとか理解しようと、耳を傾ける。

 

 『倉敷ちゃんを助けたのも、優しさとか全然違くて、そうすれば少しでも先輩に近づけるんじゃないかって思ったからなんです。先輩なら、先輩たちならそうするだろうって。…………でも、やっぱ無理でした。今日三人を見て、あ、わたしはここにいれないんだって、分かっちゃったんです。だから、手に入らないってわかった途端に切なくなって、欲しくなって……それで、想いが溢れちゃったんです』

 

 これで話は終わりなのか、ぽちゃん、と優しく水面を叩く音がした。

 正直、曖昧で抽象的なことばかりで理解するのに時間がかかりそうだ。だから、まず率直に。思ったことを口にした。

 

 「重っ」

 

 えーなにこれ、予想してたより数段重たい話だったんですけど……。

 一色さん、俺たちに憧れてたのかよ。え、なんで?どこに?輪とかなんとか言ってたけど、俺たちそんな仲良さそうに見えるの?いやぁ、ないでしょ。特にあの雪ノ下さんが輪を乱してるからな。特に修学旅行の一件から、微妙にすれ違いがあるような気もするし。

 

 しかし、岡目八目という言葉もある。

 傍から見ればまた、違った見え方がするのだろう。特に性格を拗らせた一色だからこそ、ってのもあるのかもしれない。

 

 そんな俺の言葉に、一色はあからさま不機嫌そうな声で抗議してくる。

 

 『な、なんですかそれ!あーもう知りません。先輩のばーかばーか、どーてーボッチ野郎』

 「おい、最後。最後で可愛げなくなったぞ」

 

 あざとさ守るなら最後まで守ろうね。

 

 「まあなに、正直超重いし、ぶっちゃけちょっと引いたけど」

 『うっさいです』

 「でもあれだ。聞けて良かった。さんきゅな」

 『…………』

 

 実際、俺は知らなかったのだ。小町が言ったように、身近にいる人でさえ、俺は目を背け続けてきた。だから、知れてよかったのだと思う。

 

 『はっ、告白断っといて、なんで今告ったんだとかなんですか。しかも聞けて良かったとか、先輩はどこのド畜生ですか?喧嘩売ってんですか?』

 「いや、それはごめんね?自分でもわかってるから許して?」

 『…………ほんと、意味わかんないです』

 

 一色がそう言葉をこぼすと、また、ばしゃんと水面を叩く音がした。

 本当に、意味が分からない奴だと思う。自分でもそう思うのだから、他人からしたらなおさらだろう。

  

 『あ、ちなみにアレ、わたしのファーストキスですから』

 「……マジ?」

 『マジです』

 「……」

 

 出し抜けに言われて、思わずそのシーンを思い出してしまう。

 もちろん俺も初めてだったが、感触はもう覚えてない。レモンの味はしなかったと思う。

 しかし、一色が初めてだとは意外すぎる。まあこいつ、男子とは普通に遊びに出かけたり九条の家にも行ってるけど、肝心なところでガードが堅いところあるしな。家にも入れたことないって言ってたし、嘘ではないのだろう。

 

 『なに黙っちゃってるんですか。あ、もしかして~?今わたしの裸想像してるんですか~?』

 

 いつもの小悪魔のように、一色は猫撫で声で挑発してくる。

 

 「いや、してないから……」

 『ふーん?まあ別にしてもいいですけど、その代わり、わたし以外でしちゃダメですよ?』

 「なんか君、ちょっとテンションおかしくない?だいじょぶ?」

 『気のせい~♪』 

 

 うーん、これ完全にテンションおかしいですねぇ。のぼせてるんじゃないですか一色さん?

 それか、男にフラれたショックでハイになっちゃったかのどっちか。それはないか。

 

 とりあえず、話を聞いて、一色という人間性が少しはわかった気がする。

 いや、まあ、ほんとうに少しではあるんだが。

 

 「んじゃあ、そろそろ切るわ」

 『あ、最後にわたしも言いたいことあるんですけど、いいですか?』

 「ん?ああ」

 

 『本当に大好きですよ、先輩』

 「っ……。そ、それは、ちょっと、えぇ……」

 

 ………………なにこの子。めっちゃ可愛いんだが?いや、不意打ちすぎでしょ。普通に告白の時よりもドキドキしちゃったんだけど。さっきからこの小悪魔さん、開き直りすぎではないですか。気のせいですか。そんなにグイグイ来られたら余裕で好きになっちゃうんですけど。

 

 『わたし、諦めませんから。明日からもよろしくですっ!』

 「お、ぅ……」 

 

 言葉にならない声を残して、俺はすぐさま通話を切った。

 最近、一色の弱みや本音ばかり目にしているから忘れかけていたが、結局どこまで行っても、小悪魔は小悪魔なのだ。

 この小悪魔には、一生敵う気がしない。

 

 本当に、危ない。




開き直った女の子は最強……これに尽きる……。
あと、小町が超かわいい。妹ってやっぱ最強。

もう特に書くことがないので告知です。来月の18日誕生日です。わーい。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。