斯くして、一色いろはの小悪魔生活は終わりを迎える。 作:蒼井夕日
海浜清掃を終えた翌日。生徒会活動も特にないために時間稼ぎに興じる放課後である。
時間稼ぎをすることには定評のある俺だが、されることは嫌いだ。
例えばウイイレ。友達なんかとやっていると、一点決めた途端に残り時間無限にパス回しをされてひたすらボールを追っかける羽目になることもしばしば。アレ本当ムカつくからやめてほしい。オンライン対戦ではマナーはしっかり守ろうね。友達いないからわかんねえけど。
閑話休題。
なぜ放課後に時間稼ぎなんかに興じているのかと言うと、これから部室に行かないとならないからだ。なんのことはない、ただの部活動。年末年始を挟んだせいもあって、生徒会活動がやけに忙しく部活をサボる日々が続いていた。
そんな罪悪感もあり、部室へ赴くのが少々躊躇われていた。
一向に進まない時計の長針をぼけーっと眺めていると、後ろから、たたたっと駆けてくる音が聞こえた。
「ヒッキー、今日部活来る?」
とんとん、と肩を叩いて聞いてきたのは、もちろん由比ヶ浜。今日に限ったことじゃなく、放課後になるといつもこうして声をかけてくれていた。いつもは生徒会を理由に断ってばかりだったが、今日に関しては特に用事もない。こうも直接聞かれてしまえば逃げようもないし。ていうか、いきなり肩をトントンしてくるのやめてもらえませんかね?そういう軽はずみなスキンシップ、本当に心臓に悪い。あと恥ずかしい。
「ん、行くわ」
「おっけー!」
それだけ言って、由比ヶ浜は元いた席に戻って支度を始める。
えーっと……これは一緒に行こうってことなんですかねぇ。たまに一緒に行ったりするけど、でも今回は「ちょっと待ってて」なんて言われてない訳だし……。だとしたら、これで待っていたら「何彼氏面してんの?超キモイんですけど」とか思われたりしない?
などと懊悩していると、「おまたせ!」と由比ヶ浜は再び駆けてきた。準備が整ったらしい。
うん、別に待ってないけどね?それともなに、「全然待ってないよ今来たとこだよ」とか言うべきなの?そういうこと言われちゃうとうっかり彼女なのかと思っちゃうだろ。
由比ヶ浜と並んでこつこつと廊下を歩いていると、由比ヶ浜が「そういえば」と手を打った。
「昨日のごみ拾い大変だったよねー。超寒かったし」
「まあそうだな。別にお前らは来なくて良かったんだけどな」
「もーまたそゆこと言う。最近三人でなんかすることってなかったし、たまにはああいうのもいいじゃん」
「……まあ、そうだな」
そう返事をすると、由比ヶ浜は不満げに口を尖らせて、ぽすんとスクールバッグをぶつけてきた。
「クリスマスイベントも最後まで手伝わせてくれなかったし」
「いやほら、ね?最初っから手借りちゃうと今後もそういう流れになるでしょ?一色とか味しめて雪ノ下に頼りっきりになるぞ」
「あはは……それは否定できないかも」
「そうそう、だから、あまり人任せにして書記と会計を甘えさせるわけにはいかないんだ。うちの生徒会はあいつらが主戦力だからな」
「人任せだ!?」
由比ヶ浜は驚愕とばかりに顔を引きつらせた。
無能な上司がこうも他力本願だと、部下たちがどんどん有能になってくんだよな。いや、違うよ?人任せにしてるのは書記と会計の成長ためだから……。これぞ八幡考案の現代型成長プログラム。自分が楽するためならとことん他人を利用しちゃう。
特別棟へと入ると、本棟より幾分か暗くなった。特別棟は基本的に使われない教室しかないので、電灯はほとんどつけられていないのだ。
まあそのおかげもあって、窓から差す夕焼けが映えるのだが。
「…………そいえばさ、あの後どうかしたの?ほら、いろはちゃんと残ってたみたいだから」
卒然と、由比ヶ浜が聞いてきた。ちらとそちらを見ると、由比ヶ浜は聞くのを躊躇っていたかのように俯いている。
由比ヶ浜が言う「あの後」というのは、海浜清掃後のことだろう。車へ戻るのが遅れたせいで疑心をかけられているのかもしれない。
しかし、言えるわけがない。一色にキスをされて、しかも告白までされたとか。
「まあ、ちょっと倉敷のことでな。ほら、昨日もいただろ」
咄嗟だったわりに上手い言い訳が出てきてくれた。
由比ヶ浜と雪ノ下は以前のファミレスで倉敷と面識があるはずだ。俺が炭酸をぶちまけられた光景は、由比ヶ浜も覚えてるだろう。
「あー、うん。なんか、ちょっと変わったっていうか。あの後、あたしとゆきのんのとこに謝りに来たんだよね」
「そうなのか。まあ、失敗を反省する年頃とかなんじゃねーの、知らんけど」
「……いろはちゃんはもう気にしてないみたいだけどさ、…………でも、あたしはあまり、好きになれそうにない、かな。あはは……なんかあたし、性格悪いこと言ってるかも」
由比ヶ浜は頬を掻きながら自嘲するように笑う。
「いや、逆だろ」
「へ?」
言うと、由比ヶ浜はほけっと口を開けて呆けた。
「もし許せたとしたら、最初から怒ってないか、人に興味がない奴かのどっちかだろ。人のために人を嫌いになれるってのは、そう簡単にできることじゃないからな。俺も絶対許せない奴は山ほどいるし」
婉曲的な言い回しだったせいか、由比ヶ浜は暫く口を開けたままだったが、少しすると一気に顔を赤くして、ペシッと腕を叩いてきた。
「つ、伝わりにくいし!」
「ったぁ……」
たっと一歩俺よりも先んじると、由比ヶ浜はぽしょぽしょとお団子髪を撫でる。
それを横目で見ながら、叩かれたところをさすさすして歩いていると、やがて部室についたらしい。
先を歩いていた由比ヶ浜が、扉の前で立ち止まる。
「……ありがと」
ぽしょっと小声でそう言うと、勢いよく扉を開けた。
* * *
「昨日はどうもでしたー」
「ううん、全然!最近運動とかしてなかったし、ちょうどよかったくらい」
「生徒会の人員も足りていなかったみたいだし、仕方ないわ。もっとも、私は無理やり連れ出されたようなものだったけれど」
「うぐっ……ゆきのん、もしかして怒ってる?」
「べ、別に怒ってはないけれど……。ただ、次からはもっと早めに知らせてくれれば、その……」
「ゆきのーんっ!」
「ちょ、近い……」
由比ヶ浜がむぎゅうっと抱き着くと、雪ノ下は別段抵抗もせずに顔を赤くする。
「てかいろはちゃん、足だいじょぶ?いろいろ不便じゃない?」
「そうですねー。学校だと移動がいちいち面倒ですけど、今は側室を設けてるんでむしろ快適っていうかいい気味っていうか」
「そく……?」
「由比ヶ浜、それは知らなくていい単語だ。そもそも側室の使い方間違ってるし。……ていうか、なんでお前今日もいるの?」
「ふぇ?」
俺の問いに、こてりと小首を傾げるのは誰あろう、一色いろは。
今日も今日とて奉仕部に居候し、この場にいることがもはや自然過ぎてスルーする所だったが。
こいつ、部員じゃないんですよ。知らぬ間にマイカップとか持参してきて紅茶とか飲んでるし、ちょっと馴染みすぎでは?
「倉敷とももう和解したんだし、サッカー部の方行けよ。ここにいるメリットもうないでしょ」
「だぁってぇ、外寒いんですもん。こんな時期に外練とか、あの人たち頭おかしすぎなんですよ」
「マネージャーとは思えないセリフね……」
「特にマネージャーって基本じっとしてるだけなのでなおさらです」
はぁっと深くため息を吐いて、やれやれポーズをとる一色。
実際のところ、昨日のこともあって単純に俺が気まずいだけなのだが、どうしてこの子はこんな飄々としてるんですかね。俺だけ超気にしてるのバカみたいでしょ。
そう恨みがましく一色の方をちらと見ると、ふと、昨夜の電話でのやりとりを思い出す。
電話を切る直前、一色から不意に投げかけられた言葉。
思い出すだけで恥ずかしく、背中がむず痒くなる。
言われ慣れていない言葉だったこともあるのか、電話を切った直後もずっと悶々として結局3時間しか眠れなかった。なんなら今もちょっと悶々してるまである。一色が一糸まとわぬ姿だったことを想像してしまえば、シナジー効果で俺のナニかがどうにかなってしまいそうだった。
そんな経緯もあって、一色とどう接するべきなのか、いまいち距離感がつかめずにいる。
「寒いならホッカイロ買えホッカイロ。うちの部費貸してやるから」
「ちょっと比企谷君、何勝手なことを言ってるのかしら。そもそも、この部活に部費なんてないのだけれど」
「え、ないの?」
マジかよ、ないのかよ……。
いやまあ考えてみれば、運動部はもちろん、書道部や美術部などの文化部も、大会やコンクールに参加しなければ部費は出ないのだ。
ここの部活、ただ本読んでお茶請けつまんでるだけだしな……。
「まあいいじゃないですか。それとも、何かわたしがいたら困る理由でもあるんですかー?」
一色はとぼけるように人差し指を唇に当て、俺にだけ伝わるようにニヤリと微笑んだ。
動揺が顔に出るところだったが、辛うじて目線を逸らしてやり過ごす。
「…………別に」
「はぁ~いわたしの勝ち~♪」
うわぁ、クソうぜぇ……。
もう昨日のトキメキが嘘かと思えるくらい殺意沸いたんですけど……。
落ち着け俺。深呼吸して一句読むんだ。アメンボあかいなあいうえお。ふえぇ……活舌良くなっちゃうよぉ……。
……しかし、ただ殺意だけ沸いていた以前とは違って、一色のこの手のウザさも許容出来てしまっている自分がいるのは何故だろうか。
一瞬、本当に俺も一色に毒され、好きになってしまっているのではないかなどと陳腐な考えが過ったが、きっと違う。
俺が今の一色を許容出来てしまうのは、返報性の原理が働いてしまっているからだろう。
好きだと言われた分、自分もそれに報いようと本能的に、無意識的に行動し、思考してしまうのだ。恋愛経験の未熟な中高生が「もしかしたら好きかもしれない」などと思ってしまうのはまさにいい例だ。
その返報性の原理が、「俺も一色のことを好きになる」という形で達成されるなど、本当にありえない話で、くだらない。それこそ、俺が心底嫌っている欺瞞というものだ。
だから、改めて。
改めて一色いろはという人間を、フィルターを外して見る必要がある。
「……」
一色のことが好きかもしれないと、そんな紛い物の感情を捨ておいて。
「…………」
──捨て、おいて。
「………………」
「なんですかさっきからジロジロ見てきて」
「あ、いや、別に……」
……まあ、あれだ。
そりゃあ今まで妹くらいにしか見てなかった相手からキスをされたのだ。意識するなと言う方が無理な話だ。……ていうか、俺なに普通に見惚れちゃってんの?脳内お花畑なの?フィルターを外すとか言っておいて、この男、めっちゃ色眼鏡かけてるのでは。
ケホケホとわざとらしく咳払いをして、一色から目線を外す。いったん、これまでの思考をリセットしよう。
なんせ、女子は吹っ切れるのが早いと巷で聞く。男がやたらとドギマギしている一方で、女子の方はあっさりと他の男を好きになっているなんてよくある話だ。
うっかり告白とかして振られて気まずいことになりたくないし、なるべく考えないようにしよう。
そう決意を心に決めると、ガララッと扉の開く音がした。ノックもなしに入ってくるのは一人しかいない。
「比企谷、ちょっといいかね」
「先生、ノックを……」
例のごとく俺を呼び出しにきた平塚先生に、雪ノ下がはぁっと嘆息する。
「一色もいたか」
「はい?」
平塚先生は一色もいたことに目を丸くすると、「んー、そうだな……」と考えるように顎に手を当てた。
「せっかくだ。雪ノ下と由比ヶ浜、君たちもついてきなさい。ちょっと面倒な問題が発生している」
「……?」
「少し外に出るが……一色はどうする?」
言いながら、平塚先生は一色の足へと視線を移した。松葉づえだと靴を履き替えるのにも手間だろう。が、一色は平気だとばかりに自分の太ももをペシペシと叩いた。
「全然行けます!」
「あの、先に要件を言ってほしいんですけど……。これ、何も知らないまま巻き込まれたら関係者扱いされちゃう奴じゃないすか」
「何か言ったか?」
「いえ何も言ってません」
ふえぇ……。パワハラだよぉ……。
目が既に凶器だよぉ……。
出鼻から拒否権を奪われたので仕方なく、しぶしぶ立ち上がり、くるりとマフラーを巻いた。
一色さん、寒いから外嫌だとか言っておいて、結局行くんですね。
* * *
平塚先生に連れて来られたのは校舎裏。
この校舎裏には、生徒会が管理している体育倉庫や運動部の部室が軒並んでおり、一般生徒は普通足を踏み入れない。おまけに、サッカー部やラグビー部など運動部は総じて校舎横で部活をしているので人気が少なく、日が当たる角度と丁度反対側ということもあって薄暗い。ぶっちゃけちょっと怖い。こんなところで告白する人とかいるのかしら。
平塚先生を追うように部室の横をするするとすり抜けていくと、やがて曲がり角へとつく。と、そこで平塚先生が立ち止まった。
「見たまえ」
平塚先生が顎で指示したのは校舎の壁だ。見ると、
「わ、なにこれ」
「これは……落書きですか」
そこには、スプレーやフェルトペンで乱雑に落書きをされたと思われる跡があった。絵だけでなく、英字や記号も描かれていて、数人でやった仕業だと推測できる。
「ああ、一週間前に、朝練をしていた運動部の生徒がこれを見たと報告に来てな。それからホームルームでも忠告はしているんだが、まあこの通り、一向に収まらん」
「そういえば、担任のせんせーも言ってた気がする」
「こういうの、グラフィティアートっていうんでしたっけ?」
「そうだけど、これアートって言えんのか」
見た限り、絵と言えるような秩序性は皆無だ。芸術センスがないからわからんが、どちらにせよ落書きは落書きだ。校舎に直接ペイントされているのも悪質極まる。
「なんか懐かしいなー。子どものころ道端によくチョークで絵描いてたの思い出すよー」
「由比ヶ浜さん、今は感慨に耽っている場合ではないのだけれど」
「わ、わかってるし!」
そこの親子はさっきから何してるんですかね。まあいいですけども。
「収まらないなら、犯人を特定すればいいだけなんじゃないすか?放課後と休み時間に限定して監視していればそのうち来るでしょう」
聞くと、平塚先生ははぁっと眉間を寄せてため息を吐いた。
「それもこの一週間続けてはいるんだが犯人は現れないんだ。おそらく、生徒も教員も全員帰った深夜帯だろうな。カメラを設置すると言っても、わざわざこのためだけに暗視カメラを買うわけにもいかんだろう。警察に通報しようにも、犯人を特定できる証拠もアリバイもなければ動いてくれないからな」
「………………え、いや、まさか深夜ここきて見張ってろとか言わないですよね?」
恐る恐る聞くと、平塚先生は苦笑いをして首を横に振る。
「それができるならそうしたいんだが、そもそも深夜は門限外だからなぁ」
それもそうだ。教師がそれを強制して学校にバレたりすれば首が飛ぶだろう。
「じゃあなんでこれをわたしたちに?」
「うむ。君たちには解決法を考えてもらう」
一色の質問に、平塚先生はニヤリと口角を歪めて答えた。ねえ、犯人この人じゃないよね?なんかちょっと楽しそうなんだけど?
「また随分と出し抜けに……」
「ぶっちゃけ我々教員もお手上げだ。なんせ、深夜に残ってまで監視したくないし」
「直球だ……」
平塚先生の体たらく発言に、由比ヶ浜が若干引いていた。なんなら言葉にしなかっただけで雪ノ下と一色も引いていた。
でも、わかるなぁ。俺も絶対やりたくないし。
「最初は生徒会だけに話そうとも思ってたんだがな。……ただまあ、これは依頼ではないから、雪ノ下と由比ヶ浜は今回の事件に関与しなくても構わん」
「知らぬ間に俺は関与してるんですね……」
「これを見てしまった以上、無関係とはいきません。学校からの依頼として、引き受けます」
「あ、あたしもあたしもー!なんか楽しそうだし!」
「だから遊びではないのだけれど……」
雪ノ下と由比ヶ浜が言うと、平塚先生は少し困ったように眉尻を下げた。
その間がどこか不自然で、思わず俺は平塚先生を見てしまう。
すると、平塚先生は俺と一色の方を順に見やって、うんと頷いた。
「……では、頼もう。解決策は学校側も考えているところだ。あまり気負い過ぎないようにな。何か手伝えることがあったら言ってくれ」
平塚先生はそうとだけ言うと、白衣を翻して戻っていった。
取り残された四人。さてどうしましょと目線で問うと、雪ノ下がふむと顎に手を当てて考えるポーズをとった。
「罠を仕掛けるのが一番手っ取り早いのだけれど……」
なに、縄とか用意して木に吊るしたりとかすんの?そんなワイルドなやり方あんのかよ。アマゾネスかよ。
「いくら正当とはいえ、怪我を負わせてしまえば私たちも停学になりかねないわね」
「怪我しない方法ならいいんじゃない?ゴキブリホイホイみたいな!」
「そうだな。犯人がゴキブリだったら効果的だろうな」
由比ヶ浜が「閃いた!」みたいな感じで言うので、優しく却下してやった。おそらくトリモチのことを言いたいのだろうが、それを一面に仕掛けるとすればかなり地面が汚れてしまうだろう。そもそも靴を脱がれたら意味がない。
「まあ急に解決法出せって言われても難しいだろ。一旦帰って明日ブレストでいいんじゃねえの」
「そうね。そろそろ寒くなってきたし」
さて帰りましょという空気が流れて皆一様に踵を返すと、「あのー」とずっと閉口していた一色が口を開いた。
「結局のとこ、犯人がわかっちゃえばいいんですよねー?」
「そうだが……」
「だったら、わたしに策があります」
もったいぶった言い方に、三人の視線が一色に集中する。
その視線を受け、一色はにやりとニヒルな笑みを浮かべると。
「今夜、四人で監視に来ればいいんですよ!」
どやさっとばかりに胸を張る一色に、俺と雪ノ下は可哀そうな人を見るような眼で嘆息した。
まじかよ。後輩がここまでアホの子だとは思ってなかったぞ。話聞いてなかったの?それをしないために解決策考えるって話だったでしょ?
しかし、一色の案に、もう一人のアホの子がここぞとばかりに台頭した。
「それ超楽しそう!いいじゃんいいじゃん!やろーよ!」
「ねっ!?ねっ!?」と俺と雪ノ下を交互に見るガ浜さん。そのたびにゆさゆさと揺れるメロン的なそれが「やろーよー!」と主張してくる。いやいや、変な意味じゃないですよ?
「話聞いてなかったのかよ。門限過ぎてるんだっての」
「そんなの無視すればいいんですよ。別に停学になるわけでもないですし」
「そうだとしても、保護者の了解が得られないでしょう。私は一人暮らしだからその点の心配はないけれど」
「こっそり抜け出せば行けるくない?あたしもたまに優美子と夜遊んだりするけど、帰りはサブレの散歩行ってたって言えばバレないよ?」
「それはそれで聞き捨てならないわね……」
とんだ非行少女じゃねえか。まあでも、高校生ならそれくらいやってる人も少なくないのだろう。斯くいう俺も、深夜に抜け出してもバレないどころか、バレても何も言われないまである。もっと俺を心配してくれよ、母ちゃん……。
「先輩も大丈夫ですよねー?」
「いや、普通に夜来るとか嫌なんですけど。寒いし怖いし明日も学校だし。あと肌も荒れるし」
「うっわー……」
断る理由が私的すぎたせいか、一色が引き気味の声を漏らす。
むしろ最後は君たちに気を使ったんですよ?俺の優しさですよ?
「いいんですかー?夜の街を女の子三人で出歩かせて、油ぎっとぎとの中年おじさんにつかまって変なことされても」
「生々しい例え方すんじゃねえよ……」
ちょっと心がもやっとしちゃったじゃねえか。
知り合いの同級生が強姦にあったとか、そんなの確実にトラウマになるわ。だからと言って、俺がいたところで戦力にはならんだろうけど。
「ていうか、その足じゃお前が無理でしょ。外出歩けないでしょ」
言うと、一色の顔がピッキーンとひびが割れたように固まった。まさかそれを考慮していなかったらしい。
「そ、それは、そのー、なんというか……………………ねぇ、せんぱぁい」
「やだ」
「まだなんも言ってないじゃないですかぁ!」
俺の即答に、一色は頬をむくーっと膨らませて、駄々をこねるように睨んでくる。
大体一色の言おうとしてることがわかっちゃう自分が怖い。どうせ自転車に乗せてくれとかそんなところだろう。ただでさえ門限外外出だというのに、自転車に二人乗りまでしたら警察にご厄介になってしまう。
「そもそも、もしそれで犯人がわかって翌日学校に報告したとしても、私たちが深夜に監視していたことは前提になってしまうわ。どのみち最善策とは言えないでしょう」
「あー、たしかに。深夜に落書きしてるってことは学校側もわかってるもんね。なんで犯人特定できたんだーって、逆にあたしたちが責められそう」
一色の策の抜本的な欠点を指摘する雪ノ下と由比ヶ浜に、一色は「うぐぐぅ……」と唸る。二人の言うことは至極もっともで、俺たちが深夜外出しているとバレてしまえば元も子もないのだ。だが、その事態は回避出来うる。
「匿名でやればいいんじゃねえの。学校側としては犯人を特定できるわけだし、わざわざ誰が報告したのかなんて問題にしないでしょ」
「それもそうだけど……。平塚先生には勘づかれるのでは?私たちにこの件を解決するよう話したのは平塚先生なのだし」
「だったらそれを逆手に取ればいい。たまたま見かけた一般住民からの情報っていう体で、平塚先生経由で学校にリークするんだ。平塚先生が俺たちに解決するよう依頼したのなら、俺たちが深夜外出した責任も顧問の平塚先生になりかねない。だから先生も俺らの名前は出せないはずだ」
説明しているうちに、思わず口角がにやりと性格悪く歪んでしまう。完全に平塚先生を抱き込むことになるが、それも致し方ない。ごめんね、先生!
「うわぁ……、ヒッキーのやり方、超せこい……。先生可哀そう」
「完全に責任逃れようとしてますよ、この人……」
「さすが、私たちには思いつかないようなことを考えるわね。犯人側の意見があるととても参考になるわ、前科谷くん?」
「ちょっと?俺やってないからね?疑いの目線向けるのやめてね?」
ひどい言われようだ。現状の問題を踏まえた上での解決策だというのに、ここまで否定されるとちょっと悲しくなってくる。ていうか、いつのまにか一色の策を擁護しちゃってたし。
「とはいえ、それが一番合理的ではあるのよね……。私たちも他に考えがあるわけでもないし」
「だねー。帰って準備しなきゃ。何もってくればいいかなー。寝袋と、お菓子と……あとあんぱんとか?」
「別に潜入捜査するわけじゃないからね」
「由比ヶ浜さんにとってあんぱんとお菓子は別分類なのね……」
しかも寝袋て。この人完全に寝る気じゃねえか。いや別にいいけど、寝ても。
とまあ、気づけば一色の策が実行されようとしているが、何日も長引いてしまうよりはいいだろう。今日で解決できるのならしてしまいたい。
と、自然と帰宅する流れになったのだが、一色が「ちょ、ちょっと待ってくださいよ」と俺たちを引き留めた。
「え、行っちゃうんですか?わたしが考えた案なのに、わたしを置いて行っちゃうんですか!?」
「いや、普通に行くけど」
うるうると瞳を潤ませて懇願してくる一色に即答すると、どこからか「ガーン」というSEが鳴り響いた。おそらく目の前の一色さんからだろう。
「だ、だったらわたしも行きます!」
「ダメです。怪我人はおうちでじっとしてなさい」
「やーだー!わたしもいきますー!つれてってくださいよぉ~!おねがいですからぁ~!」
「ちょ、痛い、痛いから。揺らすな」
おもちゃを買ってもらえない子供のように駄々をこねる一色に抵抗するも、存外強くブレザーを握りしめられているせいで引きはがせない。おまけに横からの二人の視線が痛い。睨まれてる。超睨まれてる。
「駄々をこねるんじゃありません」
「じゃあ連れてってください」
「連れてくっつっても、そもそも方法がないでしょうが」
「先輩が自転車に乗せてくれればいいじゃないですかぁ」
「事故ったら責任とれないのでダメです」
「ふがーっ!」
さらに強く揺さぶってくる一色さん。さすがにちょっと酔ってきて意識が飛びそうになる。ていうか、雪ノ下さんと由比ヶ浜さんはなんで止めてくれないんですかねー?と、遠ざかる意識の中ちらと二人の方を見ると、由比ヶ浜が「なんか!なんかー!!」と何やらうなされていた。隣の雪ノ下さんに至っては無言でシニカルな眼差しを向けてくる。どうしろってんだ。
やがて一色も疲れたのか、俺を揺らし続けていた手がピタと止まった。
そして、俯いた口からぽつりと言葉が漏れる。
「仲間外れに、しないでくださいよぉ……」
「や、そういうことじゃなくてね……?」
弱々しく紡がれた言葉は、おそらく俺にしか聞こえなかっただろう。昨夜一色と電話して、一色が俺たち三人に抱く印象は聞いていた。だから、その一色の言葉に、それ以上何か返せる言葉が思いつかなかった。
「もう暗くなってきたし、そろそろ帰りましょうか。とりあえず、23時頃に校門集合ということでいいかしら」
「あ、うん、おっけー。いろはちゃんも一緒に行きたかったけど、今回は仕方ないよ」
「……わかりました」
やっと俺から離れて、一色は壁にかけていた松葉杖に手を伸ばす。
まあ、今回ばかりは仕方がない。せめて何か慰めの言葉でもかけてやろう。
「まああれだ。これで犯人が現れる確証もない。そん時はまた別の方法でやることになるだろうし」
「そーゆー慰めいらないです」
「あ、はい……」
ひどい……。せっかくの善意を何だと思ってるんだ。いやまあ、むしろけろっとした様子だからいいけども。
ともあれ、落書きの犯人探しは、今夜さっそく実行に移されることになった。
また更新が遅れてしまった……。申し訳ないっ!
ウイイレアプリのレートが1300を超えて嬉しくなったのでウイイレネタを入れてしまいました。