斯くして、一色いろはの小悪魔生活は終わりを迎える。   作:蒼井夕日

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3期、、、3期、、、!!


27話 わからないこと

 「……………………………………死にたい」

 

 寝起きそうそう枕に顔を埋めても、黒歴史が消えるなんてことはなく。

 嫌でも昨夜のことがフラッシュバックしてしまう。

 

 ――三人の前で、あんな…………。

 

 「うにゃああああああああああああああああ!!!!」

 

 バカなんじゃないのバカなんじゃないの!?昨日のわたしほんっとバカなんじゃないの!?

 涙と鼻水で顔ぐしゃぐしゃにして、何をあんな恥ずかしいこと言っちゃってんの!?ばーかばーか!!

 

 「ったぁ………………うぅ……」

 

 ぐねぐねとベッドの上をのたうち回っていると、壁に頭がぶつかってゴンッと鈍い音が鳴る。

 足りない…………痛みが全然足りないよ………………。どなたかわたしに昨日の醜態をかき消すほどの痛みをください…………。

 

 「…………あーあ、やっちゃった」

 

 呟いても、取り返しがつくわけでもないけれど。

 本当にやってしまった。

 

 あれだけは絶対に言わないと、我慢していたのに。

 どうしてか、堰を切ったように言葉が口からどんどん溢れて、止まらなかった。

 

 あの時、ほんの一瞬だけ思ってしまったのだ。いや、もしかしたらそれよりも前から。

 ただ傍観者として何も言わないで、あのまま三人の関係が壊れちゃえばいいのにって、そうしたらわたしの欲しいものが手に入るんじゃないかって、そんなことを思ってしまった自分が醜くて、情けなかった。

  

 でも違う。

 わたしは先輩が好きで、雪乃先輩と結衣先輩も大好き。

 だから、三人を悲しませて、わたしだけ幸せになろうなんてやっぱり思えない。

 

 きっとこれで、先輩たちは前へ進むのだろう。

 自分の気持ちに目を背けてきた先輩は二人と向き合って、二人はそれを受け入れる。

 雪乃先輩と結衣先輩は、わたしなんかよりよっぽど素敵な人たちだもん。先輩がどっちを選んだとしても、負け惜しみなんて出来るはずもない。

 

 「……ばぁーか」

 

 そうぽつりとぼやいて、やっとベッドから体を起こした。

 

* * * * *

 

 「よし。授業はこれで終わりにする。比企谷はこの後職員室まできなさい」

 

 四限の現国が終わると、平塚先生は俺を呼び出した。

 教室を出て十メートルほど先を歩く平塚先生のあとをてくてくと歩いていると、平塚先生はふと立ち止まった。俺が来るのを待っているようだ。

 気持ち早歩きで追いつくと、平塚先生はこちらを確認するでもなくまた歩き出して口を開く。

 

 「昨日の件はどうかね。何か進捗はあったかい?」

 

 問われるが、深夜に監視しに来ていたなどと言えるわけもない。

 

 「進捗っていっても、手掛かりが何もないんじゃどうしようもないですからね。むしろ、なんで先生が俺たちに落書きの件を話したのか不思議なくらいですが」

 

 まるで試すかのような言い方――いや、事実その通りだったのだが、わざわざ口にして謀ろうとした自分が気持ち悪くて仕方がなかった。

 平塚先生もさすがに気づいたのか、困ったような笑みを浮かべた。

 

 「場所を変えよう」

 

 言うと、平塚先生は階段を降り始めた。

 その後ろを無言でついていくと、昇降口を抜け、グラウンドの方へと歩いて行く。

 本校舎下にあるピロティは本棟と特別棟に挟まれており、中庭から風が吹いて結構寒い。

 ピロティの中ほどまで来ると、平塚先生はベンチに座るよう促し、自販機で買ったホットコーヒーを俺に手渡すと隣に座った。

 

 「きっかけになればいいと思ったんだ。別に今回の件が特別って訳じゃないさ」

 

 平塚先生は煙草の葉を詰めながら口を開いた。

 

 「……きっかけ、ですか」

 「ああ。前から薄々感じてはいたが、昨日の君たちを見て確信した」

 

 何が、とは一切言わないが、俺も平塚先生もきっと同じことを考えているのだろう。

 あえて言葉にしないことでどうとだって逃げようもあるが、それが通用しないことはわかっている。やはり、この人はよく見ているのだ。

 

 「今の君たちを見てるとなぁ、つい昔の私と重ねてしまうんだよ。だからヒヤヒヤもするし、手を差し伸べて導いてあげたくもなる」

 「一応言っときますけど、そういうのお節介っていうんすよ」

 「そうだ、お節介だ。特に君は本当に世話が焼ける」

 

 開き直られてしまえば返す言葉もない。

 

 「だから、ただの大人のお節介だと思って聞いてくれたらいい。聞きたくなければ耳でも塞いでくれ」

 「…………」

 

 そのまま続きを促そうとじっと待つ俺を見ると、平塚先生は一度煙を燻らした。

 

 「自分がどうすべきなのか、一番葛藤しているのは雪ノ下だろう。彼女は彼女なりに前へと足を進めている。それが前なのかどうかもわからないままな。だから君に託した。それはきっと願望じゃなくて、そうせざるを得なかったからだろう」

 

 雪ノ下から聞いたわけでもないのだろう。おそらく、平塚先生の推測、推察で、彼女の本心は直接聞かなければわからない。

 事実、あの日の昼休みに雪ノ下が俺に言ったことは、彼女自身がそう願ったものであるとしか思えない。平塚先生の言う通り、もしあれが願望ではなくて、そうする他なかった選択なのだとしたら。

 

 「君は、彼女に罪悪感を抱いているかい?」

 

 責め立てるでも、強要するでもない純な疑問。 

 きっと、何度か考えたことではあった。

 

 俺が生徒会長になった理由は、雪ノ下に立候補をさせないためだった。

 しかしもし、雪ノ下が生徒会長を本当にやるつもりであったのなら、俺がしたことは間違いだったのではないかと。そう思ってしまうたびに、彼女に対しての罪悪感が募り、自ら距離を置いてしまっていたのだ。 

 そして何より、何かを諦めてしまったような彼女の微笑みが、俺は受け入れることができないのだ。

 

 それをどうにか言語化しようと頭で整理すると、未だ熱を持った缶コーヒーのプルタブを見つめながら、口を開いた。

 

 「……これを罪悪感と呼んでいいのかはわからないですけど、たぶん、納得が出来てないんですよ。あいつが誰かを頼るのは悪いことじゃないですし、むしろ抱え込まなくなれば由比ヶ浜も心配しなくて済む。ただ…………。…………誰かの選択を自分の選択のように振る舞って、取り繕おうとするあいつの姿が、気にくわない」

  

 思えば、合同クリスマスイベントや海浜清掃、今回の落書きの件だってそうだ。

 本来は生徒会がやるべきはずのことに、雪ノ下は難色を示すことなく協力しようとしてきた。

 確かに、俺が生徒会長になるという話をしたときに「手伝ってほしい」とは言ったが、だとしても、なんの前検討もリスクヘッジもせずにというのは彼女らしくない。昨日の一色の提案に乗ったことは、それが顕著に出ている。

 そもそもの話、「手伝ってほしい」という俺の依頼を、彼女がすんなりと受け入れたことに違和感を持つべきだったのだ。気づかないふりをしていた、と言う方が正しいが。

 

 「それで、君はどうしたい」

 「……このままでいいとは思ってないです」

 

 言うと、平塚先生は顔をこちらに向け、俺を真正面からとらえた。

 

 「だったら、考えるよりまず周りを見ろ。君の悪い癖だ」

 

 そう言われるが、俺は人間観察においては自負のある方だ。

 人より何倍も周りを見ている方だし、現状を把握する能力は我ながら長けているとすら思う。

 しかし、平塚先生はそんな俺の思考を読んでか、ふるふると顔を横に振った。

 

 「俯瞰じゃなくて、ここで見るんだよ」

 

 先生は握りこぶしをつくると、とん、と俺の胸を叩いた。

 そんな芝居じみた仕草さえ様になるのだから、茶化すこともできなかった。

 

 「人の行動を理解できなかったり納得できないのは、第三者視点でものごとを捉えてしまっているからだ。自分が感じたこと、伝えたいこと、苦しんだこと。それらはいつだって当人にしかわからなくて、当人でさえわからない」

 「いや、わからなかったら意味ないでしょ」

 「いいや、ある。分からないのに、分かろうとしてくれる人がいる。そして、得てしてそういう人が、分かっている人よりも救いになったりするんだ」

 「…………」

 

 正直、納得が出来なかった。

 分かってほしいと誰かに縋るのは、自分で自分を肯定出来ていないだけではないのか。他者に共感を求めなければ自己を確立できないのなら、それは単なる甘えで、それこそ――――。

 

 「でも、そんなの」

 「ただの欺瞞だと、本当にそう思うかい?」

 

 言おうとしたことを先に言われ、俺は口を噤んだ。

 

 「そうしてくれていた人が、もっと身近にいたはずだ。一色いろはという女の子は、君たちにとって、君にとって、どういう存在だった」

  

 唐突に、平塚先生の口から一色の名前が出たことが意外で、同時に、どくんと、自分の胸が高鳴る。

 一色が、俺にとってどういう存在か。

 問われても、それに相応しい答えは正直今は浮かばない。

 だが、昨夜一色が吐き出した想いを、欺瞞だなどと言えるはずがない。

 

 俺たちがお互いどう思っていようと、その関係に違和感を持っていようと、目を背けて逃げ続けようと、それでも、そんな俺たちの考えなんて知ったことかと切り捨てて、大好きだと言ったのだ。

 一色がなぜそこまで俺たちに固執し、気にかけ、好いてくれるのか、その理由はまだ判然とはしない。ただ、俺たちがどうあろうと、どう変わろうと、それでも彼女だけは最後まで見ていてくれるのではないか。そう確信させられる。多少の願望もあるかもしれない。

 

 どれだけ不格好で不甲斐なくても、彼女が見ていてくれるのなら。

 

 「……まあ、やれるだけやってみますよ」

 

 そう言って缶コーヒーを一気に呷ると、口の中に慣れない苦みが広がった。

 何も言わない平塚先生を不思議に思って見ると、目を丸くしてこちらを見ていた。

 

 「…………ほう」

 

 すると、意味深に呟いて、にたぁっと嫌な笑みを浮かべる。

 

 「なんすか」

 「いいや、なんでもないよ」

 「……まさかとは思いますけど、俺に一色を見守るように言ったのもわざとだったんですか」

  

 先ほどの平塚先生の言い回しで、はたと思い至る。

 平塚先生のことだ。一色が俺たちに何かしらの影響を与えると期待して、俺にあんなことを頼んだのではとも思えてくる。

 俺の予想通りだったのか、平塚先生はニカッと悪戯な笑みを浮かべた。

 

 「さあな。ただ、彼女を見て、何か感じて欲しいと思ったのは確かだ。……彼女は、強い子だよ」

 「……お陰様で間近で見せられてきたんで。まあ、強いってより強かって感じですけど」

 「ははっ、違いない。……そろそろ戻ろうか」 

 

 平塚先生はくすっと破顔して立ち上がると、昇降口の方へ歩いて行った。話はこれで終わりらしい。

 俺も続いて立ち上がって、自販機横のごみ箱に飲み干した缶を投げ入れた。

 カランッとゴミ箱の中で響く音が、寒い中庭にまで反響する。

 

 それを最後まで見届けて、俺も昇降口へと歩いて行く。

 口の中に残ったコーヒーが、やっぱりまだ苦かった。 

 

 

 


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