斯くして、一色いろはの小悪魔生活は終わりを迎える。   作:蒼井夕日

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あぁぁぁ!!!遅れましたぁぁぁ!!!


29話 放課後の保健室

 「それで、考えって?」

 

 一色も席につくと、由比ヶ浜が雪ノ下に問いかけた。

 雪ノ下はそれに頷くと、一色の方へ振り返る。

 

 「まず初めに、一色さん。昨日あなたが考えた策案だけれど、却下するわ。深夜に監視なんて効率が悪すぎるし、確実性がない。犯人が総武校の生徒じゃなければ手の出しようもないし、現状起きている問題が把握できていない限り、行動に移すのはリスクがあるわ」

 「は、はい。……………………雪乃先輩だって昨日はあんなノリノリだったくせに……」

 「何か言ったかしら?」

 「いえ何でもないです!」

 

 ボソッと文句を垂れる一色に、地獄耳さんが刺すように睨む。

 さっきまでその一色に頭突きをされたというのに、一気にいつも通りの関係に戻っている。

 いやー、僕も頭突きされたいなー。衝撃で中身だけ入れ替わって色んなことしたいなーむふふなどと思っていると、由比ヶ浜がこてっと首を傾げた。

 

 「でも現状って言ってもさ、落書き以外のヒントとかなくない?」

 「ええ、そうね。犯人の特定に直接つながるような証拠品はない。でも逆に言えば、落書き自体にヒントが隠されている、とも考えられるわ」

 「落書き自体に?」

 「ああ、それな。グラフィティアートにもルールとかあって、上手い奴の絵よりも上に描いちゃいけないとか、全部の落書きをつなげると暗号になるとかあったりするらしいぞ」

 

 得意げにグラフィティアート知識を披露していると、由比ヶ浜が「……?ぐ、ぐらふぃてぃ?……アポロ?」と頭にはてなマークを浮かべていた。そりゃポルノグラフィティだ。広島出身のロックバンドじゃねえか。

 

 「グラフィティアートですよ結衣先輩。簡単に言うと壁とかにされた落書きのことです」

 「へ、へぇー」

 

 一色の得意げな補足説明に、由比ヶ浜がなるほどと嘆息する。しかし、雪ノ下が目をキラリとさせて早口に捲し立てた。

 

 「正確には、単に落書きを言うのならグラフィティが正しいわ。海外では街の美化を目的に芸術的なグラフィティを公的に認めることがあって、それをグラフィティアートと言うの」

 「「「………………へ、へぇー…………」」」

 

 俺たち三人の引いた声が重なった。

 えー、なにこの人……。負けず嫌いにもほどがありませんか。さっきまで得意げだった俺と一色も笑みが引きつるしかないですよこれは。グラフィティアートの知識量はさすがのユキペディアさんだが、絶対にこいつとは友達になりたくないとだけは言っておく。いやほんとに。

 

 「そ、それで、落書き自体にヒントがあるってどーゆーことですか?」

 「例えばだけど、あれが風刺画だとしたら必ず作者の意図が隠されている。なら、その意図から作者の心理状況を逆算して、犯人を特定することもできる」

 「おぉ……、なんかちょっとカッコイイかも。そゆのヒッキー得意そうじゃない?国語学年三位?なんでしょ?」

 「そんな特殊スキルねえよ……。あの絵が風刺画だったとしても、そこに隠されたメッセージとか読み取るのはさすがに無理だろ」

 「ええ、そうね。学年一位の私がわからなかったもの、比企谷君がわかるはずないわ」

 

 いちいち張り合ってくんじゃねえよ……。

 と、目線だけで抗議していると、雪ノ下は「だから」と続けた。

 

 「たとえあの絵が風刺画だとしても、私たちがその意図を汲むことは不可能でしょう」

 「じゃあどうするの?」

 「私たちがわからないなら、わかる人に聞けばいいのよ」

 「わかる人……?」

 

 雪ノ下の言葉を一色はおうむ返しするようにつぶやいた。

 わかる人って誰ー?コ〇ン君?もったいぶらずに教えて、雪ノ下先生ー!と聞こうとしたところで、一色が「あっ」と手を打った。

 

 「美術部とかならわかるかもですねー」

 

 言うと、雪ノ下がこくと頷き、由比ヶ浜がパチーンと手を叩いた。

 

 「そっか、美術部の人なら絵のこととか詳しそうだもんね!」

 「適材適所、苦手なことはその専門の人に聞いた方が早いわ」

 

 二人が一色の意見にうんうん頷くと、一色は得意げに鼻を鳴らす。

 なるほど。餅は餅屋と言う言葉もあるが、自分の出来ないことは誰かに頼るということか。

 わからないことがあっても助けを乞う友達がいない俺には思いつかない考えだ。ここはさすがの陽キャさん方。

 

 「それじゃ、さっそく美術部にいこー!!」

 

 すると、由比ヶ浜がどがっと勢いよく立ち上がり、雪ノ下の腕をぐいぐいと引っ張った。

 

 「ゆ、由比ヶ浜さん、痛いわ。自分で歩けるから」

 「いいじゃんいいじゃん。ヒッキー、いろはちゃんよろしくねっ」

 「え?ちょ、おい……」

 

 由比ヶ浜はくるっと振り返って俺にそう言うと、雪ノ下を連れて部室を後にしてしまった。

 よろしくってのは、きっと一色の足を気遣ってのことだろう。だからってなんで俺が……。

 と、そんな由比ヶ浜を不思議に思ってか、一色がこてっと首を傾げた。

 

 「どうかしたんですか?行かないんですか?」

 「足」

 

 一色の足を見ながら言うと、驚いたように目を丸くした。そしてすぐに、誤魔化すように自分を抱きしめるようにして身を捩った。

 

 「え、なんですか触りたいんですか?そのために二人を先に行かせたんですか変態ですか?」

 「いやちげえよ。さっき松葉杖もつかないで歩いてただろ。絶対痛いでしょ」

 「あー、それで……。いや、でも大丈夫ですよたぶん」

  

 平気平気と太もものあたりを叩く一色に、だが俺は食い下がる。

 こうなったのも俺たちが原因だ。せめてその責はとらなければなるまい。

 

 「別に無理することでもないでしょ。ほら、保健室行くぞ」

 

 俺の意志が曲がらないことに気づいたのか、一色は諦めるようにため息をつくと、今度はにやりと小悪魔な笑みを浮かべた。

 

 「じゃあこのままじゃ歩けないですし、保健室までおんぶしてくださいよー」

 「えぇ……。後輩女子をおんぶして校内歩くとかそれどこの拷問?松葉杖あるんでしょ?それで行きなさいよ」

 「いやいや、拷問どころか超役得じゃないですか。それに、わたしをおんぶしたら男子の嫉妬の視線に晒されるというお得なオプション付きです」

 「そのオプション絶対いらないんだよなぁ……」

 

 あたかもプレミア感満載みたいな感じでいってるけど、悪徳セールスマンとやってること同じなんだよなぁ。

 

 「はぁ……わかったよ」

 「ふふん♪」

 

 仕方なく了承して、ささっと一色をおぶって部室を出た。

 できることならマッハで保健室まで運んでしまいたいのだが、一色の足を気遣うとそうもできない。本棟一階にある保健室までどうか誰にも会いませんように……と神に祈りつつ歩いていると、耳元で一色がはぁっとため息をついた。

 

 「……まったく、せっかく諦めがつくと思ったのに。そうやっていつもわたしを困らせてきますね、先輩は」

 「え、なに、何のこと?俺なんかしたの?何もしないことに定評のある俺が?」

 「いやそこでドヤられても……。まあわかんないならいいです」

 

 こんなにも人畜無害に生きている俺が……とも思ったが、俺のことではなく俺たち奉仕部のことだろうか。さっきだってそうだが、路頭に迷った俺たちを導いてくれていたのは一色だ。一色がいなければ、俺も今日行動に移すことはできなかっただろう。

 

 「まあなに、お前には色々迷惑かけた。すまなかった。おかげでなんとかなりそうだ」

 「あー、そのことですか。全部わたしがやりたくて勝手にやってることなんでいいですよ。奉仕部がなくなっちゃうのはわたしも悲しいので」

 「それでも、かなり助けられた。さんきゅな」

 「…………別に、何も、してないですって」

 

 肩に置かれた一色の手が、ぎゅっと握りこまれた。心なしか、若干声もくぐもっている気がしたが、その表情を伺うことも出来ずに廊下を歩み進めていく。

 本棟に入っても結局誰ともすれ違うことなく、無事に保健室へとたどり着いた。保健室には保険医も誰もいない。一色をベッドにおろすと、一色は「ありがとうございました」と頭を下げた。

 

 「先輩。とても言いづらいんですけど、実は嘘ついてました」

 「え?」

 「これ、骨折じゃなくて捻挫です。なんなら三日くらい前にもう結構治ってます」

 

 全く悪びれもせずに言う目の前の小悪魔。

 その証拠にと、ぶらぶらと骨折していたはずの右足をぶらつかせた。

 

 「ね?」

 「いや、ね?って……。何のための嘘だったのそれ?」

 「このおかげで体育サボれますし、倉敷ちゃんに見せつけてこき使えますし」

 「普通に最低なんだよなぁ……。いや、もう無事ならいいんだけどさ……」

 

 呆れかえって肩を落とすと、一色はきゃるんとウィンクをした。

 

 「それに、こうして先輩におんぶしてもらえましたし」

 「お気に召したなら幸甚の至りだよ。もう二度としねえけどな」

 「えぇー、けちー。まあでも、完全に治ったわけじゃないですし、さっき無理したせいで痛むのは本当なので、わたしはもうちょっとここにいます」

 「だったら保険医呼んでくるぞ」

 「そこまでじゃないので大丈夫ですよ。ほらほら、先輩は早く美術部行ってください」

 「お、おう?」 

 

 その言葉に、どこか突き放すような感じがして、俺もそれ以上は食い下がれなかった。

 怪我人を放置していくことには若干の抵抗を覚えるが、一色が行けというのなら無用に構う必要もないのだろう。

 

 「雪乃先輩と結衣先輩が待ってますよ」

 「…………そうか。じゃあ、行ってくるわ」

 

 そういって、保健室を後にした。

 

 

 

 

  ▼ ▼ ▼

 

 

 

 

 

 保健室を出ていく先輩を見送って、わたしは痛む右足をそっと撫でた。

 

 三人の間にあった確執も今日で最後。

 

 別に、わたしが助けた、なんて思えるほど自惚れてはいないし、実際、あんなことをしなくたって彼女たちは独力で解決できただろう。

 

 だから、ただの自己満足だと、そう言えたならよかった。

 

 でも本当は、もっともっと薄汚れた下心があったのだ。

  

 甲斐甲斐しく最後までお節介を焼いてしまう献身的な後輩。

 

 最後になってまでそんな空虚な自分を演じて、先輩に気に入られようとした。

 

 もう諦めたはずだったのに、二人の先輩を踏み台にして、そんな醜い悪足掻きをした自分が嫌になる。

 

 だから今になって、ああ、本当に行ってしまったという実感が胸を締め付けた。

 

 行ってほしくなんてなかった。

 

 何よりもわたしを優先してほしかった。

  

 涙が零れてくれればよかった。

 

 そんなことを思っても、先輩はもう戻ってこない。

 

 縋る気持ちで、スカートのポケットから携帯を取り出して、写真フォルダを開いた。

 

 何百枚とある中から、その写真はすぐに見つけることが出来た。

 

 いつだったか、うちに先輩が来て、泊まった日のこと。

 

 先輩と距離を縮めたくて、勉強会と嘯いて、こたつで先輩と並んで座るわたし。

 

 その写真には、わたしの肩に頭を預けて眠る先輩が映っている。

 

 まんざらでもなさそうな顔をしたわたしが幸せそうにはにかんでいて、その横では先輩がすやすやと気持ち良さそうに眠っている。

 

 なんだか懐かしくて、切なくて、写真にうつる先輩をそっと撫でた。

 

 テーブルに散らばった教科書が、お風呂上がりの先輩の匂いが、触れる体温が、まるでその時にいるみたいに思い出す。

 

 見ているだけで、心がこんなにも満たされる。

 

 それなのに、涙が止まらなかった。

 

 拭っても、拭っても、止まらない。

 

 涙で目が滲んで、写真がぼやけて見えた。

 

 画面に涙が落ちるたび、ぽたり、ぽたりと音が鳴る。

 

 このままずっと、止まらなければいいのに。

 

 

 

 

  △ △ △

 

 

 

 

 本棟二階に位置する美術室。何気に初めてくるからちょっぴり緊張しているどうも俺です。

 すでに雪ノ下と由比ヶ浜も来ているだろう。待たせるのも悪いし、さっさと開けてしまおう。

 

 ガラガラとスライド式の扉を開けると、イーゼルやデッサン用の石像があちこちに散らばっていて、その中央に雪ノ下と由比ヶ浜がいた。目立つ二人だけあって、数人の部員たちもそわそわとしている。

 

 「あ、比企谷君!!」

 

 まっさきに俺に気づいたのは、雪ノ下と由比ヶ浜の対応にあたっていた女生徒だった。え、なんで名前知ってんの?誰?と思ったが、肩ほどまで伸びる内巻きの茶髪で俺の記憶がカムバック。

 忘れたくても忘れようもない。いつだか奉仕部に突然やってきて、俺に公開告白を執り行った三年のイカれた先輩、玉縄姉である。

 

 あの時、玉縄先輩の告白を俺は受け入れなかったのだ。正確に言うと俺が振ったわけではないのだが、それでも気まずいものは気まずい。その時この人結構落ち込んでたし。

 しかし、そんなことなどまるでなかったかのように、玉縄先輩は俺のところに猪突猛進してくると、その勢いのままガバッと俺に抱き着いてきた。

 

 「え、いや、ちょっ!?」

 「比企谷君~~!会いたかったよぉ~寂しかったよぉ~~~」

 「なっ!?ちょ、何してるんですか!!」

 

 気遅れした由比ヶ浜が慌てて俺と玉縄先輩を引きはがしにかかる。玉縄先輩は特に抵抗することもなく離れてくれた。…………いやなにこの人急に抱き着くとかやっぱ頭おかしいんじゃねえか?などと思ってると、由比ヶ浜と雪ノ下がギロリと睨んできた。

 

 「………………ヒッキー、なんで顔赤くしてるの?」

 「何を鼻の下伸ばしてるのかしら。気持ち悪い」

 「責められる謂れがねえよ……」

 

 完全に被害者なんですけど?ていうか鼻の下とか全然伸ばしてねえし。ちょっとドキッとしただけだし。いやほら普通に女子に抱き着かれるとかそうそうないし、この人普通に美人といって差し支えないし男としては仕方のないことなんですよと心の中で必死に言い訳をしていると、玉縄先輩が「あはは」と困ったような笑みを浮かべた。

 

 「ごめんね。久しぶりに会ってちょっと嬉しくなっちゃって」

 「いや、まあ今後気を付けてくれれば…………。で、なんでここにいるんすか?」

 「なんでって、私、美術部員だからね。推薦で進学は決まってるから、部活には参加してるんだ~」

 「あ、それで……」

 

 妹のみずきの画力はもしかするとこの人譲りなのだろうか。だとしたらちょっとだけ感心してしまう。

 

 「それで、玉縄先輩。さっきのお話についてなんですけど……」

 

 逸れかけた話を雪ノ下が本筋に戻すと、玉縄先輩はニコッと微笑んで、両手を胸の前でぎゅっと握りしめた。

 

 「うんっ!比企谷君のお役に立てるなら喜んで!」

 「では、一度校舎裏までお願いします」

 

* * *

 

 「この絵に見覚えとか、なにか思いあたるものはありませんか?」

 「え~?う~ん…………」

 

 四人揃って来たのはもちろん落書きのある校舎裏。

 雪ノ下が問いかけると、玉縄先輩はう~んう~んと記憶を手繰り寄せるようにして悩んでいた。まあそう上手くいったら苦労はしないだろう。

 

 などと思っていたのだが、玉縄先輩はじーっと落書きと睨めっこをすると、「あっ!」と思い出したように手を叩いた。

 

 「わかったかも!」

 「まじすか」

 「うん。タッチがね、こないだコンクールで銀賞だった子のそれとそっくりなの。ほら、ここの色の抜き方とか凄い上手じゃない?」

 

 「わかるでしょ?」みたいに聞いてくる玉縄姉だが、芸術センスのない俺には共感しかねる。そもそもこんな乱雑な絵ともいえるかわからない落書きなのに、色の抜き方など意識されているか怪しいところだ。それだけでその銀賞の人とやらが犯人だと決めつけるのは少し早計に思える。

 そう思ったのは俺だけではないのか、由比ヶ浜も疑わし気に問いかけた。

 

 「でも、たまたま同じ感じになったってのもあるんじゃないですか?」

 

 しかし玉縄先輩は、ふるふると首を横にふった。

 

 「ううん、絵に偶然なんてないからね。どんな絵を描いても、性格とか個性、その時の感情が表れるんだよ。これは間違いなくその子の絵だと思うよ」

 「ほぇー……」

 

 由比ヶ浜が感心するのも頷ける。もしかしてこの人、ただ者じゃないのでは……?

 それともそれっぽいこと言って適当ぶっこいてる可能性もあるが、雪ノ下はそう思ってはいないらしく、ふむと頷いた。

 

 「ちなみに、この絵から作者の感情、というのは読み取れますか?」

 「うーん、結構くらーい感じがする。憎しみ、嫉妬、それか憧憬……?」

 「それって……」

 

 くりくりと可愛らしく首を傾げながら言う玉縄先輩に、俺と雪ノ下がもしやと顔を合わせる。

 

 「あの、ちなみにそのコンクール、玉縄先輩も参加したんですか?」

 

 俺が聞くと、玉縄先輩はニコパッと微笑んで、子犬が尻尾を振るような様子で近寄ってきた。

 

 「うん、したよ!しかも金賞だったの!すごいでしょ!褒めて褒めて、比企谷君~!」

 「…………」

 「…………」

 「…………」

 

 暫くの沈黙。カァカァと夕焼けを背景に鳴くカラス。

 何やら嬉しそうな玉縄姉をよそに、俺たち三人の間でしらーっとした空気が漂う。

 由比ヶ浜が「お前がなんか言えよ」みたいな目で俺を見てくる。やめろそんな目で見るな。

 雪ノ下が可哀そうな目で玉縄先輩を見る。やめたげて。そんな目で見ないであげて。

 

 「どうかしたの?」

 「あ、いや、なんでもないっす。凄いっすね」

 「えへへ~」

 

 棒読みで心にもない褒め言葉を言うと、玉縄先輩は素直に喜んだ。やだこの人普通に可愛いんですけど……。

 

 「あの、それでその人って……」

 「うん、確か海浜総合高校の人。学年まで覚えてないんだけど」

 「ああ、いや、もう充分情報はあるんで、大丈夫です。ありがとうございました。雪ノ下、後は任せた」

 「はぁ……。総武校ならまだしも、他校の生徒を尋問するのは少し気が引けるわね」

 「とかいって爪とか剥がすなよ」

 「あなたは私を何だと思っているの?」

 

 ギロっとした目を向けられる。なんかゾクゾクしちゃうっ!

 まあ、とにかく、だ。

 犯人がこの玉縄姉にコンクールで恨みをもった海浜総合高校の生徒、しかも銀賞の受賞者だということまでは絞れた。あとは尋問を雪ノ下に任せれば解決するだろう。うん、完璧。

 

 「じゃあ明日だね。今日はもう遅いし」

 「ええ。玉縄先輩、ご協力感謝いたします」

 「ううん、全然!頑張ってね!」

 

 …………元凶、あなたなんですけどね。

 

 

* * *

 

 

 部室に戻ったころには部活も終了時刻になっており、そのまま解散ということになった。この時間の生徒玄関はちょうど人がいなくて静かだ。

 部室から荷物を持ってきて下駄箱で靴を履き替えていると、帰り支度を済ませた由比ヶ浜もやってきた。

 

 「いろはちゃん、大丈夫そうだった?」

 「どうだろうな。本人は大丈夫って言ってたけど」

 「それ絶対無理してる時に言うセリフじゃん」

 「んなこと言われてもなぁ、むしろ、早くこっちの方手伝いに行けって追い出されたくらいだぞ」

 「…………」

 

 外靴をつっかけながら言うと、由比ヶ浜は神妙な面持ちで俺を見つめてくる。不思議に思って視線で返すと、由比ヶ浜は背負っていたリュックを両手で握りしめて俯いた。

 今日、骨折してるのに無理していた一色を心配しているのだろう。

 だとしたらそれは杞憂だ。なぜならあいつ、骨折してないし。

 

 「ていうか、骨折じゃなくて捻挫だったらしいぞ。しかももうほぼ治ってるみたいだし」

 「うん、それは知ってた。昨日いろはちゃんから聞いたし」

 「は?なんで?」

  

 なんで由比ヶ浜には言ったのかという疑問でもあったし、なんで俺にだけ教えなかったのだろうかという疑問でもあった。しかし由比ヶ浜は見透かしたように言う。

 

 「その理由、ヒッキーは知ってるでしょ?」

 「…………」

 

 その聞き方はまるで俺を責め立てるようだった。

 理由、というのは、一色が俺にだけ嘘をついていた理由のことだろう。

 わざわざ聞いてくるということは、由比ヶ浜は一色の俺に対する気持ちを知っているのだろうか。

 そう考えると、俺に一色を保健室へ連れていくよう言ったわけにも合点がいった。

 

 そこまで考えが至ると、由比ヶ浜は答え合わせでもするかのように口を開いた。

 

 「あたしは…………知ってるよ。いろはちゃんがヒッキーを好きなこと」 

 「いや、それはないでしょ。性格とかまるで正反対だし、いつも尻に敷かれてるし」 

 

 取り繕うように、誤魔化すように連ねるが、これが最低な欺瞞だということにすぐに気づいて、後悔した。

 

 「ううん、知ってるの。いろはちゃんがヒッキーに告白したこと」

 「…………見てたのか」

 

 これ以上誤魔化せないとわかると、俺は諦めて聞いた。

 すると、由比ヶ浜は「たははー」と困ったような笑みを浮かべる。

 

 「いやー、海浜清掃の次の日から二人の感じ見てたらなんとなくわかるよ。特にヒッキーとか超よそよそしかったし、超キョドってたし」

 「……でも、だったら知ってるだろ。俺が一色を振ったことも。知っててなんで二人にしようとしたんだよ」

 「だって」

 

 微笑ましいものを見るように目を細めて、由比ヶ浜は背負っていたリュックの紐をぎゅっと握りこんだ。

 

 「ヒッキー、いろはちゃんのことが好きだから」

 「………………………………は?」

 

 俺が一色のことを好きかどうか云々よりも、由比ヶ浜が、まるで当たり前かのように言ったことが驚きで、そんな素っ頓狂な声が漏れた。

 

 「見てたらさすがにわかるよ。……ずっと、見てたんだもん」

 「いや、見てたって、はぁ?いや、ないでしょ。ないない。いやマジないから」

 「いや必死過ぎだし、顔真っ赤だし」

 

 そんな俺を指さしてクスクスと笑う由比ヶ浜。

 どんどん顔が熱くなっていくのが自分でもわかった。からかわれたせいなのか、それとも図星だったからか。

 

 しかし、一色を好きかどうかに関しては、何度も何度も自問自答を繰り返した。そのたびに頭に浮かぶのは、独占欲。これは以前、小町とも話したことではある。

 確かに一色の発言、行動にドキドキさせられることもあるし、一色が他の男子といちゃついているところを想像すれば腹はたつ。だが、嫉妬することと好きかどうかは別の話だ。

 後者に至っては小町に対してだって抱く感情だ。

 

 「ヒッキーのことだから、またあれこれ変てこな理由ばっか考えて逃げるだろうけど、だいじょぶだよ。あたしが保証人になったげる」

 「保証人て……何それプロポーズ?俺が将来借金したら肩代わりとかしてくれたりすんのかね」

 

 なんとか話を逸らそうと、俺はそんな冗談でお茶を濁した。

 しかし由比ヶ浜は、うん、と首を縦に振って。

 

 「うん、プロポーズかも。あたし、ヒッキーのことが好きだから。ずっとヒッキーを見て来たあたしが言うんだから、間違いないよ」

 「……………………………………」

 「……あはは、なんか勢いで言っちゃった」

 

 恥ずかしそうに頬を掻いて、顔を赤らめる由比ヶ浜。

 一方俺は、あまりの情報量の多さに思考が停止していた。

 好き?好きって言ったの?由比ヶ浜が?俺を?それはどういう好きなの?

 

 「からかって」

 「ないです」

 「で、ですよね……」

 

 きっぱりと食い気味に言われ、気まずさに目を逸らす。

 いかんいかん。動揺とか衝撃とかが置いてけぼりとなって、今はとにかく照れと恥ずかしさが襲って、顔が一気に熱くなった。

 嬉しくないと言えば、嘘になる。

 いや、正直、嬉しい。ていうか、相当嬉しい。由比ヶ浜の告白が嘘ではないと、今でははっきりとわかるから。

 一色の時と、どっちが嬉しかっただろうかと、一瞬だけ考えてしまって、すぐにやめた。

 なぜなら──。 

 

 「なんでヒッキーが泣くし」

 「は、はぁ?な、泣いてねえし。ほんと泣いてないから。あれ、なんだこれ。いや違くて……えぇ……なにこれ……。目からなんか体液が……」

 「意味わかんないしキモイし」

 

 自分でも理解できず、つっと頬を伝う涙を必死に拭う。

 ぼやけていく視界の中に、由比ヶ浜が映っていた。滲んでいたから、気のせいだったのかもしれない。でも、上ずった由比ヶ浜の声で、確信してしまう。きっと由比ヶ浜も、涙を流していたのだろう。

 ああ、そうか。

 タイミングさえ違えば、こんな未来もあったのかもしれないと。おそらく俺が泣いてしまったのは、そんな無意味な想像をしてしまったからだろう。

 にしても、告白してくれた女子の前で泣くとか、あまりにもダサすぎる。

 

 なにか言葉をかけるべきだろうか。由比ヶ浜の告白に、まだ応えていない。

 

 「その……だな。すまん、俺」

 「いいから。わかってるから言わなくていいよ。てかこれ以上なんか言われたらたぶんあたしもっと泣くから」

 「えぇ……なにそのメンヘラみたいな発言……普通に怖いんですけど」

 「うっさい。ばか。バカヒッキー」

 「それなぁ……」

 

 うんうんと共感すると、由比ヶ浜はぬぐぬぐと袖で涙を拭きとって、ぱぁっと笑った。

 

 「っし!帰ろっか!ていうか先帰ってて!あたし忘れ物とってくるから」

 「そ、そうか。…………んじゃ、また」

 「うん。また明日ね」

 

 大きく手を振って校舎内にまた戻っていく由比ヶ浜を見送ると、俺は生徒玄関を抜けた。

 

 今からでも間に合うだろうか。

 スマートフォンを取り出そうと、ブレザーのポケットに手を伸ばす。

 が、伸ばしかけた手がそこに届くことはない。

 

 保健室での去り際、最後に見た一色の顔を思い出しながら、コートのポケットに手を突っ込んだ。




次話が最終話!明日投稿するよてい。それと一緒にアフターストーリーも投稿しますんで、よければそちらもお願いします!
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