斯くして、一色いろはの小悪魔生活は終わりを迎える。   作:蒼井夕日

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3話 イジメじゃないから

 開門締め切りを告げるチャイムを聞きながら、いつもと変わらない喧噪な教室のドアを開く。ガラガラと響く扉の音は生徒たちの話声でかき消され、「おはよー」と声を掛けられるわけでもなく廊下側の席へ腰を下ろす。

 

 変わらない。イヤホンをつけて机に突っ伏するのも、いつもと同じ流れ作業だ。ただ、その何も変わることのない日常を俺は求めている。

 

 毎日同じであることがつまらないとリア充は言う。

 気になるあの子と新しい関係になりたいとリア充は言う。

 「っべー、現国の教科書忘れちった。俺どこのヒキタニ君だよー」と戸部は言う。うるせえ戸部。

 

 戸部はともかく、リア充は何かにつけて転校生やら行事やらに飢え、渇望する。

 目新しく異質なものをまわりと共有し共感し認められることは、人間元来の欲求であるからだ。故人、アメリカの心理学者、マズローが考案したように、欲求五段階説の中位に位置する所属欲求は誰しももっているはずなのだ。

 

 しかしそのようなイベントごとは、俺にとっては何の関係もない。

 何かを共有する友もいなければ、他者から異質だとみなされる者の末路を知っているからだ。

 ──さて、皆に問う。その末路とはいったい何であろうか。異質だと見做されてきたが故に自由を奪われた者の末路とは。

 

 

 ──答え。それは俺だ。かつては新しい何かを渇望し、クラスのあの子と新しい関係を築こうと勇気を振り絞ったあの日から、俺は間違った分岐点を歩む羽目になった。

  

 畢竟、リア充なんぞ皆爆発すればよいのだ。さて、この学校に爆弾を仕掛けるならどこがいいか…………

 

 と、俺の総武高テロ計画が顔を出したところで、机に突っ伏していた肩をトントンと叩かれる。場合によってはすぐにでもお前を爆破するぞという気概を持って、俺は重々しく顔を上げた。

 

 「おはよ、八幡」

 

 視線を上げた先には──。

 神々しく輝く眩しい笑顔。細い体。白皙の肌。さらさらな髪の毛。

 そんな女の子よりもかわいい男の子、戸塚彩加は、控えめな笑顔で俺の疲れを全身から取り去った。

 

 ──変わらない日々?リア充爆発?誰だそんなことを言ったのは。

 この子に見せてあげたい、新しい世界を。そして毎日新しい笑顔を俺に見せてくれ……。一緒にリア充になろう、戸塚……。

 

 「なんか疲れてるっぽいね。何かあった?」

 

 あぁ、どうしたらこの純真無垢な天使を外の害悪から守ることができるのだろうか。くそ、俺にもっと力があれば……、

 

 「八幡?」

 

 何を思いあがっているのだ比企谷八幡。

 俺ができることは、俺と関わらないようにしてあげることくらいではないか。戸塚に俺みたいなろくでもない友達がいるとわかったら、戸塚にまで被害が及ぶ可能性が…………

 

 「もう、八幡ってば!」

 「んお、おぉ、すまん。おはよう」

 「大丈夫?ぼーっとしてたみたいだけど……」

 

 戸塚は俺の顔を覗き込むようにすると愁眉を浮かべた。近い!戸塚が近いっ!!

 女の子を心配させてはいけないよといういつかの小町の言葉を思い出し、残り少ないエネルギーを振り絞った。

 

 「大丈夫だ。心配させて悪いな」

 「ううん、気にしないで。僕じゃ力になれるかわからないけど、なにかあったら話してね」

 

 「それじゃあまた」と言って自分の席に戻っていく戸塚の背中を眺めながら、昨日のことを振り返る。

 

 一色の依頼。奉仕部での確執。小町との喧嘩。そして────

 

 『比企谷、お前生徒会長になりたいのか?』

 

 この言葉を電話越しに伝えてきたのは、我らが奉仕部顧問、平塚静(独身)である。最初聞いたときは拗らせも末期まで来て俺をからかっただけなのではとも思ったのだが、どうやら本当らしい。昨日雪ノ下が話していたように、立候補には30人の推薦人が必要なのだが、その推薦人もしっかりぴったり30人集められているようだ。

 平塚先生(独)によると、推薦人名簿に書かれた名前には、俺の顔見知りはいそうにないのだと言う。

 まあ、俺は一色と違って嫉妬されるような人間でもないし、知らん生徒がただ退屈凌ぎでやったことなのだろう。そいつらにすれば、道の小石を蹴飛ばすようなものなのかもしれないが、やられる方は堪ったものではない。絶対許さない。

 

 とはいえ、俺は背負う誇りも何もない。犯人捜しなんて七面倒くさいこともしたくないし、適当に演説して落選すればそれで事は終わる。 

 ただ問題視すべきは一色の方だ。依頼にも来た通り、あいつの猫かぶりといいあざとさから考えれば、周りからのブランドイメージというものがあるのだろう。まして女子同士の確執ともなると、選挙で終わるとは思えない。

 

 このままでは一色を説得して会長にさせるというのも望み薄だろうしなぁ。ていうか、会長立候補してる二人がどっちもイジメられてるとかどんな学校だよ。

 

* * *

 

 ぽけーっとしているうちに昼休みを迎えた。

 昨日の電話で、昼休みには平塚先生のところにくるよう言われている。

 

 昼休み教室抜けだして先生に会いに行くだと……?そんなの完全にお弁当イベントじゃねえか!おいおいいつから平塚先生√入ってたのん?このままじゃ先生の男弁当に惚れて婿入り確定しちまうぞ………案外悪くないな……。

 

 なんて思ってた時期は一瞬しかなかった。一瞬でもあったのかよ。

 

 「さて、話を聞こうか」

 「そんなこと言われましても……俺が一番聞きたいくらいっすよ」

 

 職員室の最奥にある、パーテーションで仕切られた応接室。

 白衣姿の平塚毒女は煙草を吸いながら例の推薦人名簿を手渡し、続けざまにボディーブローをかましてきた。

 

 「ぐっはぁっ!な、なにするんすか……」

 「なぜかわからんが急に腹が立ったんでな」

 「あんたよくそれで教師続けてられるな……体罰で退職とかなればただでさえ薄い結婚の可能性が…………ってストップストップ!暴力はノーがっはぁッ!!」

 「こうなったのもその減らず口が原因だろう」

 

 平塚先生はとんとんと推薦人名簿を爪で叩いて、缶コーヒーを俺の前に置いた。

 今飲んだら絶対ゲロっちゃうからあとで飲むことにします。マジで痛ぇよ……。

 殴られた部分をさすりながら、推薦人名簿に書かれた名前を眺める。確かに、俺の知る名前は一つもない。

 

 「周りの人間もやっと俺の才能に気づいたんじゃないですかね。聡明だし、国語学年3位だし」

 「現実を見ろ比企谷」

 

 俺の名推理は、平塚先生の煙草の煙と共に一蹴された。

 

 「にしても、推薦人だけで立候補がまかり通っちゃうとか、この学校の選挙システムどうなってるんですかね」

 「それには私も同意するな。まあ、ここの生徒会は他校と交流して共同活動することが多いしな。よほど意識が高い者でもなければ候補者すら集まらん。それを考慮して、私が赴任する前から採用された制度らしい」

 

 なるほど確かに、行事ごとで他校からの支援が手厚いのは生徒会による賜物だったわけか。まあ関係ないしめっちゃどうでもいいんだけど。

 

 「それで、どうするのかね」

 

 煙草を灰皿にこすりつけながら、平塚先生はこの問題の回避方法を問う。

 

 「いや、どうするもなにも……。立候補が確定したからには普通に演説して負けますよ」

 「なら、一色はどうする」

 「…………」

 

 そういえば、応援演説が原因で落選っていう案だしたの俺だっけか……。その役は俺がやるつもりだったが、それは雪ノ下と由比ヶ浜には却下されているし、俺も立候補するとなるとそもそも実行できない。そして一色の説得は望み薄……。デッドロック状態だ。

 

 「八方ふさがりってこういうことを言うんですかね」

 「まあ何か困ったら、依頼でもしてみたらどうだ。奉仕部に」

 

 いや、俺も一応奉仕部部員なんですけど。あれ、俺が部員ってこと忘れられてないよね?え、大丈夫?

 

 「……考えておきます」

 

 存在感の薄さに不安を覚えていると、昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴った。

 

* * *

 

 「…………」

 

 はぁ、結局来てしまった……。

 

 目の前に佇む奉仕部部室のドア。

 特別棟に位置するこの教室は本棟とはちがって冷たいすきま風が吹き抜け、首元を滑っていく。

 帰りのホームルームを終え自販機で時間を稼いだ後、かれこれ10分くらいはここでうじうじしている。

 

 さすがに寒い。体冷えすぎてほんとにゾンビになっちゃう。

 

 何故来る目的が違うだけでこうも緊張してしまうのか。

 もはや初めて行く美容室くらい緊張してる。

 

 ほんと、なんで美容室ってあんなにオシャレ感漂わせてんのかね。もっとウェルカム感だしてこうよ!ほら、ジャパリパークみたいにさ。どったんばったん大騒ぎっ!

 某けものアニメよろしく心臓がどったんばったんと脈打っているが、そろそろ入る決意しないと…………

 

 「せんぱいなにしてるんですか?」

 「っひゃぁ!ってなんだよびっくりするだろうが……」

 

 ドアに手をかけようしたところで、横からひょいっと顔を出してきたのは、例のあざ後輩、一色いろはである。まじでびっくりしすぎて出したことない声出ちゃっただろうが…………。

 

 「びっくりしたのはこっちのセリフです。急に変な悲鳴出さないでくださいよ」

 「……何しに来たんだ」

 

 眉を傾けてあざとく頬を膨らませる一色になるべくめんどくさそうに返す。

 なんでこいついちいち仕草が可愛いんですかね。

 

 「今日も放課後来るよう言われてまして」

 「そうか、ならちょうどいい」

 「え?」

 

 一色の疑問を置き去りに、今度こそ部室のドアを開ける。

 ぶっちゃけ昨日のこともあるし入りにくいことこの上ないが、今の俺は藁にも縋る思いだった。

 

 「あら、来たのね。一色さんも、こんにちは」

 「やっはろーいろはちゃん。てかヒッキー、ずっと部室前にいたのバレバレだし」

 

 「え、まじ?」と喉まで出かかった言葉をすんでのところで飲み込んだ。内心は「え、まじ?」状態だしすっごい恥ずかしいんですけどてかそれならそっちから声かけてくれてもよかったじゃ……。

 

 「ヒッキー……?」

 

 俺はいつも座っている端っこの椅子を依頼者用の椅子の隣に並べ、雪ノ下と由比ヶ浜に対面するように座った。一色も俺の行動に戸惑いながら、「失礼します」と倣って腰かけた。

 

 二人が驚くのも無理はないだろう。

 今日の俺は「奉仕部部員」としてではなく、あくまで「依頼者」として訪れているからだ。

 目を見開いていた雪ノ下と由比ヶ浜、それと一色に、事の顛末を説明した。

 

 「なるほど、そんなことが……」 

 「でも、誰がそんなことするのかな。ヒッキーのこと知ってる人なんてほとんどいないのに」

 「おい、さらりと俺を傷つけるな」

 「先輩…………イジメられてることを女子に相談とか、超かっこ悪いですよ」

 

 横から可哀そうな人を見るような視線を感じるので、誤解を解いておく必要があるようだ。

 

 「いじめ?何言ってんだ一色。これはいじめじゃない。ほら、よく言うだろ。好きな男子にはちょっかいをかけたくなるとか、これはそういうのだ」

 

 今日一自信たっぷりの顔で答えてやると、三方向から憐憫ビームが飛んでくる。いや、ため息って三人同時にすることってあるの?ラノベじゃないんだから。

 

 「比企谷君…………現実から目を背けたくなる気持ちはわかるけれど、あまり自分の世界に閉じこもってしまうといつか腐ってしまうわよ?あなたみたいに」

 「その理論だと、俺もうすでに手遅れだろ……」

 「ヒッキーの世界、空気わるそ~」

 

 こいつら言いたい放題ですね……。

 正面で「ゾンビ多そうー」だの「じめじめしてそうー」だのいう二人をよそに、一色は横からひょいっと顔を寄せてきた。

 

 「じゃあわたし、お邪魔しちゃおっかな~、せんぱいのせ・か・い♪」

 「……っふぇ!?」

 

 満面の笑みで体を寄せてくる一色に、豆鉄砲をくらったような声を出す由比ヶ浜。そのあざとさにはいい加減慣れてきたから。…………ほんとだよ?顔赤くして目そらしたりなんかしてないよ?

 

 「くんな。あいにくだが入国許可証は戸塚にしか渡してない」

 「え~いじわるぅ~」

 「そ、そうだよいろはちゃん、やめといたほうがいいよ!絶対気分悪くなるよ!ねえゆきのん!?」

 

 急に由比ヶ浜に振られて困惑した雪ノ下は、「そ、そうね。汚染物質とか漂っていそうだし……」と顔をそらした。

 

 そんな必死に罵らなくてよくない?いい加減泣いちゃうよ?

 

 二人を驚いたような顔で眺めていた一色だったが、「ところで」と話をもとの路線へと戻した。

 

 「結局先輩は何に困ってるんですか?」

 「そうね。もともと分かれて一色さんの依頼に当たるということだったし。あなたは普通に落選すればいいだけでしょう。何か問題でも?」

 「…………これは勘だ。だから聞き流してくれても構わない。違ったら違うと言ってくれ」

 

 そう、昨日一色から依頼が来た時から思い当っていたことだ。

 雪ノ下は応援演説が原因で落選を狙うという俺の案を否定し、一色よりも知名度人気度ともに高い候補者を擁立するという案を俺が否定した。ともなると、取れる作戦はほとんど限られている。こと責任感の強い雪ノ下が実行しそうなこと、それは。

 

 「雪ノ下、自分が立候補しようとか思ってたりするか」

 「……っ!」

 「ゆ、ゆきのんが!?」

 

 図星をつかれたような表情の雪ノ下は、諦めたように顔をうつ向かせた。

 

 「……ええ、他に浮かぶ案がなければ、そうするつもりだったわ」

 

 そう言った雪ノ下の目は力強く、だがどこか、寂寥感を込めているように見えた。その両義を汲み取ったのか、となりにいる由比ヶ浜も視線を落とした。

 

 雪ノ下ならば、まず間違いなく生徒会長に当選するだろう。そして、その責任感の強さから、生徒会の仕事に徹底し抱え込み、奉仕部に顔を出すこともできなくなるだろう。

 

 そうなってしまえばこの奉仕部がどうなるか、予想するのは難くない。 

 だから俺は。

 

 「雪ノ下、先に言っておく。お前が立候補する必要はない」

 「……え?」

 「どゆこと、ヒッキー?」

 

 にやりと不適な笑みを浮かべて見せて。

 

 「一色も雪ノ下も会長にはさせず、かつ恥をかかせようとしてきた連中も見返す。そしてこの奉仕部を潰させない。────まあ、あとは俺に任せろ」

 

 完全に酔っているとしか思えないセリフを吐き捨てて、一色と部室を後にするのだった。





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