呼ばれて入ってきた男の子の目は、絶世の美少女みたいにデカかった。
背も、むしろ男子としては低い部類に入ると思うので、男の子としてはとても可愛い。
うん、可愛い。
ネムイズミ君と並べてみたら、それはそれは可愛いツーショットだと思う。
ただ、ちょっと気になるのが、背中に背負ってる大きな亀の甲羅なんだけどね。
俺が「何、あの甲羅…」とボソリと言うと、まだ肩に乗っていたアリスが眉をしかめた。
「ウサギ。差別的な事は言うもんじゃないぞ。ウミガメモドキに甲羅があるのは当然だろ?」
ウ……ウミガメモド……何ですって?
そんな一般的にも聞き覚えの無い生物に耳を疑っていると、女王がそいつに言った。
「ウミガメモドキ。そこにいる公爵夫人の隣に立って、証言なさい」
いや、だからウミガメモドキって何?
いや、海亀ってんなら知ってるよ? 学校の理科の授業で、胡散臭いCGで制作されたビデオ「海亀の産卵」なら見たことある。
でもそれに「モドキ」が付くとどうなるんだろう。
女王が証人尋問を始める。
「ウミガメモドキ、貴方は私の鍵が盗まれた現場を目撃したのでしょう?」
えぇっ、そうなの!? ウミガメモドキ(もうこの際名前についてはどうでもいいや)!
女王の尋問についての、気になる彼の答えは……
「いえ、見ていません」
……アレ。
女王は席から机に飛び乗り、それから颯爽と法廷に飛び降りた(意外とアクティブだ)。
そして足音一つ立てずに、証人の前に見事に着地すると、なんと光のごとき速さのチョップを見舞った!
チョップ!? いや、違う! 綺麗に横なぎされたあれは………手刀だ!
とか言って少年マンガ並の解説とかしてる場合かよ、俺!
何が起こっているのか、理解が追い付かないけれど、とりあえず止めなきゃ!
と思った次の瞬間、ウミガメモドキの首が、その肩の上から消えていた。
「あわわわわ……。首本当に斬ったよ、手刀で斬っちゃったよ、あの人! 何、このスプラッタ……おぇ……」
あまりに凄惨な光景に、俺が吐きそうになって顔をそらすと、アリスが俺の肩の上で足を組んで、冷静に解説した。
「あの女王は、気に入らなかった奴の首を手刀で斬るのを生き甲斐としてる様な奴だからな。しかしウサギ、みっともなく慌てるのはもうちょっと良く見てからにしろ」
女王、手刀で首斬れちゃうの!?
あの手は何製だよ! 刃物でできちゃってたりでもするのか!?
そしてお前は何を冷静に解説したりしちゃってるんだよ。
ていうか何をだよ、よく見ろって。
俺はアリスの指差した、女王と証人の二人を見た。
証人の首が斬れてるスプラッタ映像なんて、そう何度も見たくない。
何で見なきゃいけないんだよ。首が無くなった瞬間を見たんだから、見ても大した収穫は無いのに。
とはいえ、無視したらまたアリスからの仕打ちが怖い。俺はアリスの気休めになる位の申し訳程度に、二人をチラ見した。
ほらほら、別に改めて見る必要なんて無いじゃん。ウミガメモドキの首は肩の上に付いてるんだし……。
俺は戻した首をまたそらし、スプラッタな事になっているウミガメモドキの体から目をそらした。
顔をそらして目を閉じると、脳裏に一瞬だけ見た証人の光景が蘇る。
ああ、やめろやめろ。思い出すな、俺。わざわざ思い出さなくても目で見た事が事実だよ。認めろ、俺。
俺は俺に言い聞かせる。
ウミガメモドキの首は肩の上に付いてるんだから。ウミガメモドキの首は肩の上に付いてるんだから。ウミガメモドキの首……は…………
…………アレ?
俺、今「付いてる」って言った?
アレ?
俺が一人で首を傾げてると、証人席からさっき聞いた声が聞こえてきた。
「相変わらず女王様は乱暴な事ですね。それだから婿殿が逃げちゃうんですよ」
俺は思いきって机に身を乗りだし、証人を見た。首を肩の上に付けて、ちゃんと喋っている証人を。
な……何で生きてんの?
「だって、さっき首斬られたのに! なぁ、アリス!」
何が「だって」なのか意味が分からなかっただろうが、アリスはきちんと俺を見下しながら質問に答えた。
「だぁから、きちんと良く見ろって言っただろうがっ。ウミガメモドキの奴は、女王の手刀が来るタイミングに合わせて、自分の首を引っ込めたんだ」
ええぇー!? 何それぇ!
「奴は人をおちょくるのが大好きだからな。相変わらず、いい趣味してやがるぜ」
アリスはウミガメモドキを見下ろして、呆れたという様な顔で言った。
あんな高速な手刀を繰り出す女王も凄いが、それに合わせて動けるウミガメモドキの首の瞬発力も半端ない。
しかし、彼の体は背中の甲羅以外人間と全く同じ作りをしている様なのに、首なんて何処にどうやってひっこめられるんだろうか。
ちょっと気になったが、詳しく知ったら何だか眠れなさそうなので止めておく。
ウミガメモドキは「もう退場していいですか?」と訊くやいなや、女王に背中を向けて通ってきた扉に向かって歩き出した。
しかし、その背中の甲羅を女王は容赦無く蹴り飛ばす。ウミガメモドキは衝撃で膝を着いた。
女王はかなりご立腹だ。でも口調は穏やか、笑顔は崩さない。しかしどこぞの独裁者も顔負けであろう怒気が、体中から溢れている。
「貴方は侵入者を見ていないのですか? それでは職務怠慢ですね。首を斬るしかありません」
女王の素振りが、シュッシュッ、と音を立てて風を切る。
ウミガメモドキは臆する事無く、膝を着いたまま女王を振り返った。
可愛い顔を膨れさせて、「心外だ」と言わんばかりの態度。
でもその顔と裏腹に、彼の紡ぐ言葉って、なんと言うか……冷淡、とまでは行かないけど、何だか淡薄。
「女王様こそ、何を仰います。私は確かに侵入者は見ていませんが、 私の役目はお城の門を守る事です。門以外からの侵入者や、城内での鍵に近付く不審人物は、私の管轄外。そちらについては、鍵番であるビルに聞かれるのがよろしいかと」
可愛らしい顔でそう言ったウミガメモドキは、落ち着いた動作で立ち上がって一礼した。そして今度は振り返る事なく、法廷から出て行った。
女王の顔に張り付いた笑顔が、一瞬だけぽかんとした様に見えた。