第159代アリス   作:おべん・チャラー

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笑うアリスと、猫の爪

 二人のアリスの衝突が始まる。

 

 あっちのアリスがチェーンソーを振り回せば、こっちのアリスがバズーカを盾にして防ぐ。

 

 こっちのアリスのバズーカが火を吹けば、あっちのアリスも盾を引っ張り出す。

 

 

 イモ=ムシだ。

 

 

「ちょっ、えっ、アリスまじ……タンマ止めて放してお願い」

 

 

 どーーん。

 

 

 いきなり砲丸の前に突き出されたイモ=ムシの懇願は空しく、爆破音と共に消えた。

 

 俺としては初代アリス様様である。

 

 だって、ほんの数瞬前まで俺は彼の鋭い爪の猛襲を躱すのに必死だったからだ。

 

 固い決意を固めたからって、どんなヒーローもいきなり戦場に出れるもんじゃない。

 

 ありがとうアリス。

 

 そしてさようならイモ=ムシ。

 

 もしも生まれ変われた時は、もっといい飼い主を見つけるんだよ。

 

 しかし、俺の祈りは天国に届かなかった様だった。

 

「もー、びっくりするじゃないかアリス。突然俺を身代わりに立てるなんて」

 

 もうもうと立つ灰色の煙の中から、イモ=ムシが言った。

 

「ま、そんな君も好きだけどね」

 

 何か気持ち悪い事言ってる。

 

「もうちょっと煙幕が間に合わなかったら、確実に死んでたよ」

 

 煙から出て来たイモ=ムシの体は、紫の煙に包まれていた。

 

 彼がいつの間にか咥えていた、煙管から発せられる煙だ。

 

 それ、煙幕なんだ!?

 

 っていうか煙幕で砲弾防げるんだ!?

 

 すると突然、開いた口が塞がらないでいる俺の頭と、得意げにスカしているイモ=ムシの頭を、二人のアリスが同時に殴った。

 

「テメェ、バカウサギ、イモ=ムシの足止め位ちゃんとしてろ!」

 

 と、これはこっちのアリス。

 

「無駄口を叩くでない。お主は私の為に働けばそれで良い」

 

 と言うのは、あっちのアリスだ。

 

 アリス同士に共通点は無いと思ってたけど、どうやら思い違いの様だ。

 

 アリスの共通点は「目茶苦茶理不尽」って事らしい。

 

 そんな事言われても、イモ=ムシは嬉しそうにしてるけど。

 

「だってアリス、足止めなんてむちゃくちゃだ! 俺は喧嘩にも縁のない一介の男子高校生で、相手は生まれながらにして凶器持ってる様なヤツだぜ!?」

 

 俺の反論に、アリスはしれっと

 

「凶器って何」

 

 なんて言っちゃう。

 

 俺がイモ=ムシの指先を指差して、

 

「爪! あの鋭い爪!」

 

 って抗議すると、アリスは、

 

「はっ」

 

 と鼻で笑った。

 

「それだからバカウサギだっていうんだ。いいか、イモ=ムシとはいえ、所詮は猫だ」

 

 どういう理屈だ。

 

「お前は猫についてど素人か?」

 

 そう言いながらアリスがどこからともなく出したそれは、不気味に笑っているかのように刃を合わせた。

 

 研ぎ澄まされた音。

 

 ――シャコン、シャコン。

 

「何だよそれ。俺だって小さい頃は猫飼ってたし、ど素人ってわけじゃ……っ、猫用爪切りって……ま、まさか……」

 

 それはあまりにも酷だ。

 

 見てる側にも、酷すぎる。

 

 

「オラァッ、猫、大人しくしやがれ!!」

 

 そう言って、アリスが猫に飛び掛かる。

 

 猫が組み伏せられながら、

 

「きゃああ、ケダモノー!」

 

 と叫んだ。

 

 どっちがだ。

 

 猫の爪も、神経が通っている。

 

 これはどこの世界でも同じ事らしい。

 

 よって、明らかに動物虐待なこの光景を、俺は言葉で伝える事ができない。

 

 何故って、イモ=ムシの断末魔の叫びを聞かないようにするのに必死だからだ。

アリスが満足げに立ち上がった時には、チェシャ猫の10本の指先全てから血がダラダラと出ていた。

 

 一体どこまで切ったんだろう。

 

 いや、でも怖くて絶対近くで見れない。

 

 ていうか、そんな状態になるまでアリスを止めなかった、あちら側のアリス。

 

 やんわり笑ってるよ。 

 

 聖母の如き笑みで笑ってる。

 

 あれ。でもこっちのアリスも愉快そうに笑ってるぞ。

 

 なんかアリス達が、急に同一人物みたいに見えてきた。

 

 理不尽さが一緒だと思ってたら、笑うポイントまで一緒か。アリス。

 

「まっこと愉快な事よ。……猫、少し控えておれ」

 

 聖母の様な笑みで、あっちのアリスは猫に微笑みかけた。

 

「うぅ~、アリス……ごめん。俺の敵を……」

 

 どうやら、爪を切られただけでもう瀕死の様だ。

 

 泣きながら言ったイモ=ムシの表情は、次のアリスの一言で一気に凍り付いた。

 

「ああも易々と獲物を取られ、挙げ句の果てにはそれだけで戦意を喪失して泣き言を吐くような貧弱な輩は、我が理想とする世界にはいらぬ。とっとと控えるがいい、この猫にもムシにもなれない半端者が!」

 

 イモ=ムシのショックが、あまりにも分かりやすい擬音で聞こえてきた。

 

 可哀相に。

 

 しかも言う通り横に控えると、アリスったら、

 

「私の通り道におるでない! 木偶の坊が!」

 

 とか言って、イモ=ムシのみぞおちをピンポイントで蹴っちゃうから恐ろしい。

 

 いや、とんでもなく理不尽。

 

「さぁ、159番目の私の名を名乗る者よ。遊びはこれまでにしよう」

 

 うっすらと笑みを称える初代アリスは、禍々しい気迫を背負って言い放った。

 

 遊びは終わりって言ったって、俺は遊びなつもりは微塵も無かったけど。むしろ命懸けでいっぱいいっぱい。

 

 あっちのアリスは、イモ=ムシと良く似た残酷な笑顔を浮かべた。

 

「そう。ウサギよ、そろそろお主を楽にしてやる事としよう」

 

 その笑顔の美しさときたら、背筋にイモムシを何匹も這わせた様な気持ち悪さを感じさせる。

 

 それでいても、その美しさだけには心を奪われそうになる……こいつに心酔するイモ=ムシの気持ちが、少しだけ分かりそうになる。……恐い。

 

「そうじゃ、どうせ目覚めたのであればこの国ごと消してしまえばいい。そうすれば一撃百人というところじゃの」

 

 一撃百人って……もしかしてこの国で言うところの、一石二鳥か!?

 

 ジョーダンじゃねぇ!

 

 青ざめる俺の隣で、こちらのアリスが「一撃百人…何言ってんだ、あいつ」と怪訝な顔をしていた。

 

 どうやら一撃百人というのは、あちらさんの造語らしいな。

 

 そんな事はどうでもいい。まさにそれを止めるために俺達は来たんだ。

 

「あのクソ生意気な女が、未だあの上座に座しているのだろう? ……ああ、思い出すだけでも忌々しい!」

 

 急に空が暗くなりはじめた。見上げると、星々をちりばめた美しい黒ではない、赤と黒が混じりあう禍々しい闇。

 彼の激昂……呪いの言葉で招かれた闇は、初代アリスの力なのか……。

 

「あぁ……空を見よ。これが私の世界の正しい空。長らく見続けたあの悪夢の空の色じゃ!」

 

「今からあの空を……この国に落とそう。あの黒に包まれ、この国は悪夢に包まれる。ふふふ……アハハハハハ!!」

 

 アリスの碧眼が禍々しく、あの空と同じ色に光った……気がした。

 

「……させるかよっ!」

 

 声と同時にバズーカが唸る。標的はチェーンソーも使わず、片手で火球を払い除けた。その繊細な指の何処に、そんな力があるというのか。

 

 どうにも……出来ないのかよ……。

 

 愕然としている俺の頭が、不意に叩かれた。というか、沈んだ。

 

 ――ボグンっ!

 

 バズーカ砲で殴られた俺の後頭部は、今ので軽くヘコんだに違いない。いや、ヘコんだ。絶対。

 

「何すんだよ!」

 

 俺が前のめりにしゃがみ込んだため、159代アリスは俺を仁王立ちで見下ろす恰好になった。

 

「馬鹿ウサギが、シケたツラぁすんじゃねぇ!」

 

「だって……仕方ねぇじゃん! あんなのむちゃくちゃだ! ……あの空!」

 

 俺は相棒を向いて、あの斑色の天空を鋭く指差した。

 

「落とすとか言ってさ! そんなん……どーにもなんねぇよ!!」

 

 もう、どうにもならない。

 

 もう止められない。

 

「……辛いか?」

 

 

 え……

 

 

 今訊いたの……誰…………。

 

 泣いてる俺にかけられたアリスの――俺の相棒の声は、今までに聞いた事の無い優しさで……一瞬俺は、誰に声をかけられたのか分からなかった。

 

「夢なら……覚めてもいいんだぞ……」

 

 その言葉でアリスは自分と同じ名の男に向き直った。

 

 その表情は、横顔でしか見る事が出来なかったが……どこか切なげな顔だった。

 

「アリス、それ、どういう」

 

 俺が言葉の真意を訊こうとした時、遮る様に彼女は声を張る。

 

「初代アリス! お前は私が狩ってやる、ありがたく思え!」

 

「フン! 今更何を言うかうつけ者が! お前の力は私には及ばぬ! 未だ分からぬというのなら、死してそれを知るがいい」

 

 初代アリスの目の輝きが強くなる。空は禍々しさを増してゆく。

 

 どうにもならない……。

 

 そんな思いで、俺はがむしゃらに叫んだ。

 

「どうして! こんな事するんだよぉっ!」

 

 叫んだところで、流れる涙は止まらない。

 

 それでもそんな言葉が、初代アリスの動きを止めた。

 

 俺をその両の目でピタリと見据えながら、彼はポツリと呟いた。

 

「ほんに…今回のウサギはやかましいのぉ」

 

 それは、嫌悪も呆れも含んでいない、ただただ無表情の言葉。

 

「何でかの? この国への深い憎悪など、長い眠りでとうに忘れてしもうたわ」

 

 もう、本当に……。

 

 どうにも……ならない……?

 

 ふと蘇るここ数日間の記憶。あの凶暴な双子に喰われかけてから、数日も経ってないに違いない。

 

 最初から変な……おかしな世界だと、早く元の世界に戻れれば、と思ってた。

 

 でも、ネイルアートばかりしているオカマな帽子屋、

 

 ちょっとキレちゃってるけど陽気な三月ウサギ、

 

 実はアリスよりも強いネムイズミ君と出会った。

 

 手荒な双子に会ったのも外見がアレだけど親切な公爵夫人にも会ったのも理不尽な女王に会ったのも、

 

 全部全部、

 

 アリスがいたから。

 

 最初に、アリスと出会えたから。

 

 ふと、

 

 最初に見たアリスの野性的なあの笑顔が瞼の裏に過ぎった。

 

 ああ、いつの間にか……。

 

 この世界が楽しいなんて、面白いって、

 

 壊したくないって、

 

 思ってたんだ、俺。

 

 ならこの世界がなくなるなんてあんまりだろ……!

 

 「アリスゥゥーー!!」

 

 自分を奮い立たせる様に叫んで、俺は初代アリスの懐へ突込んで行った。

 

「やめっ、……このバカウサギ!」

 

「フンっ! 愚か者が!」

 

 二人のアリスの声が重なった。

 

 ケンカ慣れはしてないが、俺にだって他人より僅かに誇れるものはあるんだっ!

 

 初代アリスが俺に向かってチェーンソーを振うのよりも早く、俺は彼を飛び越した。そう、飛び越したのだ。

 

 俺が陸上で専攻するのは長距離だが、高跳びの方もなかなか高成績だったりするんだぜ?

 

 今日は俺的に、今世紀最高の背面飛びをキメてみせた。

 

「何っ!?」

 

 初代アリスがそうこぼした。

 

 ……正直ダメもとでやってみたので、ここまで見事にキメる事ができて自分が一番驚いている。

 

 ほんの数瞬、呆気にとられてくれた初代アリスの隙を逃さず、彼の背後に回り込んだ俺は彼の体を羽がい締めにした。

 

 相手の持ってる力から考えて、ほんの何秒かしか保たないと思うが、やらない位なら何か行動を起こそうと思った。

 

「アリス!」

 

 俺は相棒に呼び掛けた。

 

「無理してんじゃねぇ! バカウサギ!」

 

 そう呟くが早いか、バズーカを持ったアリスはその砲口を初代アリスに向けた。照準を合わせる。

 

「っ……! やめろ!」

 

 初代アリスの声色が初めて、少しだけ自分の危機に震えた。

 

 初代アリスは、まさか俺ごと撃つ様な事はしないと思っていたに違いない。

 

 でも、そんな綺麗ごとあいつにはきかないさ! それが最善の選択ならば、それを選ぶのがあいつだから!

 

 ――ボゥゥゥンッ……!!

 

 あまりの轟音に、いつ弾が発射されたのかも分からなかった。

 

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