1
娘が死んだ。
妻が病で早世してから、男で一つで育てた娘だった。幼かった娘は辛かっただろうに、酒に溺れた俺に文句を言いつつも献身的に支え続けてくれた。15を過ぎてからは国の騎士団に入り、ポスト七曜とまで噂されるほど腕っぷしが強く、容姿だって妻に似て美人だしスタイルも良く育ってくれた。どこに出しても恥ずかしくない自慢の娘だった。
そんな娘が非業の死を遂げた。
呆気なく、空から落ちてきた閃光に焼かれて娘が死んだ。流れ星のように綺麗な閃光が数本島に落ちて、運悪くそれに当たってしまった。
死体は全身が焼けただれて右半身は消し炭になっていた。多分、避けようとして間に合わなかったんだろう。本人確認できたのは、焦げて残った体の側に落ちていた、俺と妻の写真が入ったロケットペンダントがあったからだ。
ただ娘はマシな方だった。他にも死者が出ていたが、遺体が衣服諸共焼け焦げていたため本人確認できなかったからだ。遺族は、その日に行方不明扱いされた家族を本人かどうかも分からないまま葬るしかできなかった。……そう、他にも死者が出た。娘を含めて五人が亡くなった。不幸な事故だったと俺たち遺族は、やり場のない怒りと悲しみに暮れた。
ある遺族は立ち直り、ある遺族は後追い自殺。俺はというと、立ち直ることも死ぬこともできず酒に溺れた。とても中途半端な生き方。ただ娘と妻を喪った心の隙間を酒で埋めることでしか、生きることができなかったからだ。そして死ぬ勇気もなかった。本当に中途半端な時間を過ごした。
それでも限界が来るのは時間の問題だった。いよいよ生きていても仕方がないという鬱に入り、生きる気力が完全になくなってしまったからだ。ここまで来ると死ぬのに勇気などいらない。絶望をコップ一杯に並々注ぐだけで死ねる。
末期になると生きていることに何も感じない。アルコールも何の効果もなさない、ただの水と同じ。寝ても覚めても、酔っても酔わなくても、生前の妻と娘の笑顔が脳裏にちらつくようになったからだ。これを受け止め続けて生きていくには重すぎた。
────もしも、その日たまたまバーに来ていた男たちが話をしていなかったら、俺は間違いなくその日に死んでいただろう。
「おい聞いたか……? 先月に起こった例の『流星』。事故として処理されたけど誰かが戦ってた流れ弾がらしいぜ」
「あぁ……確証はないけどそれっぽい話は俺も聞いたよ。その日、島の近くで羽根の生えた人間が戦っててさ、その見た目が秘密書庫の文献にあった『天司』……?ってやつにそっくりらしい。そいつがあの『流星』を降らせたんだとよ」
「へー。俺が聞いたやつだと、その日たまたま風景写真を撮ったやつがいてよ、そこに人間が映ってたんだとよ。じゃあそれが天司ってやつか」
俺はまだ二人に会いに行けない。生きる望みを見つけてしまった。これまでにないほど体に気力が漲るのを感じる。脳が冴えてきた。覚醒の時だ。
俺は娘の貯めていた金で酒代を払い店を出た。この金は、娘が俺に新しい銃をプレゼントする予定で貯めていた金らしい。もうどうでもいいが、どうせなら生きるために有効活用するとしよう。少しでも俺が生きながらえるなら、きっと娘も喜んでくれるハズだ。
何をすればいいかは決まっている────『復讐』だ。
2
ゴリ、ゴリ、ゴリ。一定のリズムで音が鳴る。
「……」
グランサイファーの一室、男は無心でコーヒーミルを回しアウギュステ産の珈琲豆を挽く。豆を炒った後なのだろう。焦げ臭かった部屋の中に香り高い豆の匂いが充満する。
「……」
引き出しに落ちた挽き粉を抓んで、指で擦り、匂いを嗅いだ。苦味よりも酸味の強い豆の香りが鼻孔を擽る。
「……よし」
少し荒目の粒度で均一、狙い通りの出来にサンダルフォンは頷いた。
サンダルフォン────。
天司長ルシフェルの後釜として造られた器。だがルシフェルの創造主たるルシファーは、ルシフェルの絶対的不変を信じて疑わなかった。結果、スペアのサンダルフォンは廃棄されることなる。
この扱いにキレたサンダルフォンは原初獣を引き連れて反旗を翻すも、奮闘虚しく天司に返り討ちにされ、原初獣を封印する檻『パンデモニウム』に封印された。だがサンダルフォンの憎しみの炎は、封印されている間も下火になることはなかった。
この世に絶対などない。星の民の技術の粋を集めたパンデモニウムの封印が弱まる時が来てしまった。そう、サンダルフォンに復讐のチャンスが与えられたのだ────。
結論から言うとサンダルフォンの復讐はグラン騎空団一行+αによって阻まれて、その後なんやかんやあってルシフェルから天司長を継ぎ、グランと和解して彼らの仲間入りを果たした。華奢な指を押しのけたのも懐かしい話。ルシフェルに己の実力を見せつけるためならなんでもしていた狂犬ぶりも鳴りを潜め、ただの珈琲好きな兄ちゃんとして騎空団の地位を確立している。
「サンダルフォン、ちょっといいかな?」
「団長か、入っていいぞ」
「お邪魔するね」
青いパーカーにプレートの胸当て。数十名を従える大規模な騎空団の団長とは思えないほど、極めてフランクな恰好をしたグランがドアを開けた。
「サンダルフォンにお客さんだって」
「俺に客だと? 天司か?」
「ううん、眼帯を付けた男の人。詳しくは話してくれなかったけど珈琲豆を渡したいって。こないだサンダルフォンが海で屋台を出してた時に、珈琲飲んで、気に入った人なんじゃないかな?」
「ふっ……だとしたら嬉しい限りだな。」
少し前に起こった『サメ騒動』の時に運営していた屋台を懐かしみながら、サンダルフォンはグランサイファーを停泊させていたアウギュステに降り立つため、部屋を出て行った。
3
(アイツか)
デッキから島に降りたサンダルフォンは、一目で来訪者を見定めた。他に港を訪れている人間や船がいないのか、全体的にやせ細り、眼帯を付けた男が銃とズタ袋を手に立っているだけだったからだ。
「……会いたかったぜ。アンタがサンダルフォンだな」
男はズタ袋の中から珈琲豆を放り投げた。確かに珈琲豆を持参していたが、それは自身に会うための口実に使われたのだと理解した。
「情報通り……『天司』ってやつでも珈琲を飲むのか。贅沢なモンだ」
「ッ!?」
サンダルフォンは身構え、茶色い二対の羽根を広げた。自分が天司だとバレている以上、隠す必要もないからだ。
「ちょっと羽根が違うが、その反応を見るに当たりだったようだな。会いたかったぜ……あぁ……ずっと……ずっと探してたんだ……この────人殺しめ!」
衰弱しているとは思えないほど俊敏な動きで、男は愛銃を突きつける。
「ちょ、ちょっと待ってください!」
甲板から眺めていたグランだったが、雲行きの怪しくなった現場を見かねて降りてきた。
「ど、どういうことですかオイゲンさん! サンダルフォンに珈琲について話があるからって……!」
グランは団長としての責務を果たすべく、剣呑な空気の間に割って入る。
「すまんな坊主、ありゃ嘘だ。本当は娘の仇を討ちたかったんだ……この人殺しを殺すことでなァッ!」
「人殺しって……サンダルフォンは誰も殺していないはずです! かたき討ちも何かの間違いですよ!」
ポート・ブリーズ群島の一件で島は滅茶苦茶に荒らされたが、幸いにも死傷者は出なかったと聞かされている。その後も、サンダルフォンは繭に閉じ込められて改心している。
人殺し、そういわれる所以などないはずだ。
「いいや、コイツはアウギュステに住む俺の娘と他四人、合計五人を殺した……空から降ってきた光の柱によってな!!」
「そんな……!」
サンダルフォン、光の柱、連想されるのは『アイン・ソフ・オウル』。光の粒子を束にして解き放つサンダルフォンの奥義。
確かにサンダルフォンの奥義と特徴が一致する。グランもかつて戦った時に苦戦したが、サンダルフォンとグラン達が死闘を繰り広げたのは、ルーマシー群島の上空だ。それ以降もサンダルフォンはアイン・ソフ・オウルを発動させていたが、とてもじゃないがアウギュステまで届く可能性は皆無の場所で戦っていた。
「サ、サンダルフォンの他にも、アバターって可能性も……」
他にも、光の粒子を束ねて放つ技を持つ、羽の生えた人型候補としてアバターが挙げられる。
「そ、そうだよ、そもそもサンダルフォンって決まったわけじゃ────!」
何かの間違いだとグランは証拠の提示を要求する。
「ほらよ」
男は「待ってました」と言わんばかりに、ズタ袋から本を投げた。その本は秘密書庫に仕舞われていた、天司について記されている文書。
その間に挟まっていた写真は、蒼い蒼い、どこまでも蒼く続く空。その雲の切れ間からは────グランサイファーめがけて光の束を放つサンダルフォンが映っていた。
「そ、そんな……」
戦っている舞台の真下には、無人となったルーマシー群島の島の一つ。アイン・ソフ・オウルが外れても被害なんて及ばない。それなのに、真下には写真を撮っている人がいた。一体誰が、どこで、なんのために撮った写真だろう。そんな疑問が浮いては消える。
この写真が示すのは、サンダルフォンの放った奥義の先に、人がいた。サンダルフォンが人を殺したかもしれないという裏付けになる。その事実だけがグランの背中に重くのしかかった。
「それにあの日、テメェが化け物を率いてポートブリーズを滅茶苦茶にしたって証言もある」
「ッ……!」
グランは息をのむ。それは紛れもない事実だからだ。
サンダルフォンが自分の力を見せつけるために起こした事変。これには数多くの証言者がいる。サンダルフォンの実像を見た人間もまた数多くいる。
そして、それによって迷惑を被った人々も数多くいる。
最悪、サンダルフォンが眼帯の男の娘を殺したかそうでないかは論点になくてもいい。サンダルフォンという重罪人が法に裁かれることなくのうのうと生きていることが、男にとっては許せなかったのだ。
「違う、サンダルフォンは……────!」
グランは知っている。サンダルフォンは、その身を犠牲にしてまでも世界を守ろうとした。かつて対立していた天司達も認める立派な天司長を務めた。
もう十二分に罪を償ったハズだ。
「テメェはどっちの味方なんだァッ!!!!!」
眼帯の男は叫ぶ。
「テメェは騎空士だろ! 俺たちみてぇな善良な市民よりも、娘を殺された父親よりも、空に混乱を招いた犯罪者の味方をするってェのか!? テメェはそれでも騎空士かァ!」
グランは言葉に詰まった。違う、自分が言いたいのはそうじゃない。サンダルフォンはもう罪を償ったのだ。
だがその償いは記録されていない。故に眼帯の男が知る由もない。例え知っていたとしても、男は激情に身を委ねて殺そうとするだろう。
男の残った片目からは光が失われ、生きているのが不思議なくらい衰弱している。医者でなくとも男が正気を失っていることが分かる。気が触れたのは今に始まった話ではない。妻の死を皮切りに産まれ、娘という存在で『絶望』の蓋に封をしていたにすぎない。最も、その蓋を開けてしまったのはサンダルフォンに他ならないが。
「だからと言って……殺すのは……」
グランはどう答えればよいのか分からなかった。
どうすればサンダルフォンの償いを説明できるのだろう。どうすればサンダルフォンは改心したのだと説明できるのだろう。
仲間としてサンダルフォンを差し出すわけにはいかない。けれども騎空士としてはサンダルフォンを差し出すのが正しい。どうすれば────どうすれば男にとって、もっとも納得のいく落としどころが見つかるのだろう。
「良いんだ、団長」
今にも泣きだしそうなグランを押しのけ、サンダルフォンは真っ直ぐ向けられた銃の前に立った。
「覚悟はできていた」
サンダルフォンは広げていた翼を仕舞う。
「撃て」
かつて、自分が復讐者としての立場にあった以上、眼前の男の気持ちは痛いほど理解できていた。それにこのような自体を招いたのは紛れもなく自分自身。だからこそ、いつかこうなるだろうと覚悟はできていたのだ。
「あばよ」
「まっ────」
パァンッ!!!
制止も虚しく、呆気なく、乾いた銃声と共にサンダルフォン
「……ようやく、楽になれるぜ」
そしてオイゲンは銃口を自分の頭に向けて、躊躇なく引き金を────。
「────違うでしょおおおおおおおおおおおおぉぉぉーッ!!!!!!!!!」
4
ハッピーエンド信者のコルワがグランサイファーから颯爽と飛び降りてきた。淑女の欠片もない登場に、その場にいた全員が面食らう。
「ふッッッッッッッッッッッざけんじゃないわよッッッ!!!!!!!!!! クソよこんなのクソの掃き溜めよッッ!!!! 今すぐストーリーの改変を要求するわ!!!! 私が書き直すから今すぐやり直しなさい!!!!」
「だ、ダメですよコルワさん! もう撮影も終わり際なんですから!」
「おい誰だ! コルワを解き放ったのは!」
「済まない、ちょっと目を離した隙に羽ペンで縄を切られて……! コルワ殿、いい加減諦めないか!」
「ハッピーエンドを諦めるもんですかあああぁぁ!!!」
ルリア、ラカム、カタリナの三人が慌ててグランサイファーから飛び出し、コルワを説得しようと試みる。それでもコルワはフィルを身に纏い、力任せに暴れに暴れ、組み伏せようとするラカムとカタリナをあっちへこっちへと振り回した。
「ハッピーエンド!!!!! ハッピーエンドオオオオォォッ!!!!!! 物語にバッドエンドなんて許さないわよオオオォォッ!!!!」
「このっ……いい加減大人しくしろっての!」
「大人しくしたらバッドエンドになっちゃうでしょう!!」
コルワは精一杯の抵抗を見せたが、ラカムとカタリナによって組み伏せられてしまう。だがそのままでもハッピーエンドを訴え続けた。
「全く、作り物くらい好きにさせてはどうだ」
「人の手で作れる物だからこそ最高のハッピーエンドにしないとダメでしょ! ルリアちゃんだってそう思うわよねッ!?!?!!」
「私もハッピーエンドが良いですけど……みんなが一丸となって決めたことですから、それは否定したくないです!」
「その一丸の中に私がいないんですけど!!?!??!?」
「あうぅ……それは……そうですけど……」
「あまりルリアを困らせないでくれ、コルワ殿」
「ったく、デザイナーってのは口も達者じゃないとなれねぇのか?」
尚も暴れるコルワに、カタリナとラカムがうんざりしながら縄で後ろ手に縛った。
「……」
「……」
オイゲンも、グランも、カメラを構えていたスタッフたちも、茫然としてその光景を眺めていた。
────そう、全ては
5
ある日、騎空団にシロウから手紙が届いた。
『面白いものが発明できたから見に来ないか』
丁度『サメ騒動』が落ち着いたので久しぶりにシロウの元へ訪ねてみれば、それは録画機能の付いたビデオカメラと、映像を出力するスクリーンに音響設備だった。同じく機械いじりが得意なペングーがポラロイドカメラを持っていたし、Aquorsがテナシーで使っていた音響設備もあったが、映像と音声を同時に流すのは初めての試みだったため、騎空団全員が呆気に取られたのも記憶に新しい。
そこで試験的に映像作品をシロウが撮ろうとしたのだが、生憎作家能力はないため、騎空団のみんなの力を借りたいということだった。
それならばと全面的に協力を申し出たグラン達だったが、シロウにはマリエとの間にできた子供がいる。折角だし、その子供の情操教育にも使える物を撮影しようと話がまとまったのだが、その作られた脚本はサンダルフォンとオイゲンの『復讐劇』だった。というのが事の顛末だ。
「やっぱこうなっちゃうかぁ……」
グランはため息を吐く。それと同時に、どうせならそのまま中止にならないかなとも考える。物語が大味で大雑把なのは良いとして、ラストシーンが子供に見せるにはあまりにも過激すぎたからだ。
『お酒の飲み過ぎは体に毒だよ』
『お父さんお母さんは大事にしようね』
『人を殺しちゃだめだよ』
『どうしようもない壁が立ちはだかる時もあるよ』
『人生を諦めちゃだめだよ』
最初の方こそ道徳心が大事にされた無難なシナリオだったが、騎空団には文字通り百人百様の人生を歩んできた猛者が勢ぞろいしている。ある程度の情操教育は踏襲しつつも団員たちが自分の色を出したがるため、団長と高貴な姫騎士が結婚して国を復興する姫騎士物語や、同年代の男の子に想いを寄せるもあと一歩が踏み出せないクソ雑魚幼馴染恋愛ものなど。まとめ役のグランがぶん投げた匙が壁に突き刺さる勢いで、収拾がつかなくなっていった。
惨状を見かねたサンダルフォンは一つのテーマを提案する。
それは『教訓』だった。
主に黄色い声で賑わっていた会議室が水を打ったように静まり返ると、サンダルフォンは語り始める。
大きなつづらと小さなつづらは『謙虚』。開けてはならないという約束を交わしたのに開けてしまった玉手箱は『不義』。激怒したメロスは『誠実』。裸の王様やロバの耳の王様は『暴君』。
子供に見せる絵本には、必ずと言っていいほど『教訓』が根底にあることをサンダルフォンは知っていた。
確かにと納得した各々はサンダルフォンの言葉に耳を貸すようになり、次第にサンダルフォンの例えとして出した教訓に耳を貸すようになった。
「こんなのはどうだろうか────」
それは『因果応報』だった。
『悪いことをすると必ず自分に返ってくる』。
そういう教訓を、サンダルフォン自身が歩んできた人生に投影してストーリーを作ってみてはと提案したのだ。
結局は自分を主役にするんかいという反対意見もあったが、『教訓』を疎かにして自分の欲望を大っぴらに唱えていた面々は賛成する以外になかったため可決。それが現実味を重視した一部の団員によって拗れに拗れた改竄された結果、重苦しい内容へと変貌していく。
そうして作られたのが今回の『復讐劇』である。
「……台無しだな」
のた打ち回るコルワを後目に、サンダルフォンがグランサイファーから現れた。さっき頭部を撃ち抜かれた死体は、人形技師に作らせた精巧な「サンダルフォン人形」。最後の撃たれる部分だけを別撮りで撮っていたのだ。ちなみに弾け飛んだのはアウギュステ産のスイカ。急に変形したりしない普通のスイカである。
「うーん、でも子供に見せるには最後が衝撃的すぎない? あんなの見せられたらトラウマになっちゃいそう……」
「魔物が跋扈するこの世界で、理不尽に人が死ぬのは当たり前だ。人の死に子供の頃から慣れさせておくのは大切だろう。それに撃たれたのがスイカだと、子供でもわざと分かるようになっている。そんな刺激的ではないはずだ」
「首から上がないサンダルフォンが映った時点でじゅうぶん刺激的だよ」
「まぁ……今更だがよ、俺もアポロが殺されるっつーのは勘弁してほしいけどな」
クロエの力によってやせ細るよう見える特殊メイクを施されたオイゲンは苦笑いした。自身の過去とアポロの関係をシナリオに組み込まれたことに苦言を呈するのは、これが初めてではない。
「俺に言っても仕方がないだろう。結末や大まかなストーリーを考えたのは俺だが、悪ノリをしたのは他の団員だ」
「だってよぉ、言っても聞かねぇんだよアイツら……」
不条理、不義理、理不尽が当たり前の貴族世界で育ったお姫様や王子様など、主に気位の高い連中がビターなストーリーに仕立て上げていったのだ。そして訴えも虚しく、筆の乗った脚本家たちによってあれよあれよという間に撮影が始まってしまう。それでもオイゲンが撮影を降りなかったのは、空想の物語内だけでもアポロと良い家族関係が築けていたからだ。
ちなみに回想に登場するカットを撮ったアポロ自身もまんざらではなかったそうな。
「ん˝ー! ん˝ーッ!!!」
「よし、今度こそ大丈夫だな」
「んじゃあ俺らはコルワが逃げ出さないよう見張っておくから、お前さんらは撮影の続き頼んだぜ」
猿轡のされたコルワをカタリナが担ぎ上げ、ラカムは代わりのスイカを置きグランサイファーへと乗り込んだ。
「それじゃ皆さん、最後の撮影頑張ってくださいね!」
ルリアもグランサイファーへと帰っていく。残されたのは撮影班と俳優陣だけだ。
「……」
皆が持ち場へと戻る中、サンダルフォンだけは、かつて敵として戦った蒼い少女の背中を黙って見ていた。
6
(俺は中途半端に終わってしまった)
サンダルフォンは答えを探していた────。
(復讐を完遂しきって充実感を得るか、それとも虚しいだけだったと悟るのか。どちらが復讐者にとって、よりよい人生を飾るに相応しい選択になるのだろう)
真意を悟られないよう、あくまでも「悪いことをすると必ず悪いことが返ってくる」という、『因果応報』を基軸にストーリーを提案した。そうすることで、清算した自分の過去を客観的に見ようとしたのだ。
サンダルフォンは知りたかったのだ。
復讐者として生きた自分に価値があるのかを。
達成感が勝れば、復讐に価値があるのだろう。
虚無感が勝れば、復讐に価値などないのだろう。
復讐とは虚しい物なのか────。
それとも達成感が勝るのか────。
羽根を委ねてくれた天司達。
愚行を許してくれたグラン達。
そしてルシフェルに報いるため。
あり得たかもしれない、過去の自分の存在意義に一つの答えを導き出そうとする。存在意義を問う、ということはルシフェルが最期に言い残した「人間らしさ」────「エゴ」の追究。サンダルフォンは珈琲以外の、別の見地からルシフェルの遺言を完遂しようとしていた。
だがここまで撮影を続けて分かったことと言えば、復讐を成し遂げて勝るのは達成感か、虚無感か、そんなのは客観的に見ても分からないということが分かっただけだ。
『無知の知』
哲学者として大成するならば偉大なる一歩になるものの、サンダルフォンにとっては更なる迷いを産むだけだった。
達成感か、虚無感か。そんなものは成し遂げた者にしかわからない。復讐を成し遂げられなかったサンダルフォンにとって、その答えを知る機会は二度と訪れない。
現状を鑑みると、別に分からずじまいのままでもいいじゃないか。天司の柵に決着をつけて、大好きな珈琲のことに専念させてもらえる。不満なんてなに一つとしてない。
それでも────それでも復讐を達成したら、どういう気持ちになるのだろうか。
それを知りたかったから、騎空団の仲間に頼って秘密裏に答えを導き出そうとしていたのに、辿り着いたのは『無知の知』だった。復讐者を演じるオイゲンは、サンダルフォンを撃ち殺すことで達成感を、自害することで虚無感の両方を演じて見せたが、それでは何の解決にもならない。
『因果応報』という情操教育で見れば正しいのだが、復讐を成し遂げた場合の過去の自分に、存在意義を見出してみたいというサンダルフォンの目論見はすっかり破綻してしまった。
(結局は分からず仕舞いか……)
重くため息をついたサンダルフォンはグランサイファーへと戻ろうとした。
「ちょっとサンダルフォン、手伝いなさいよ!」
そんな彼をイオが呼び止めた。撮影班のスタッフとして奮闘する彼女は、サンダルフォン人形を立たせようと四苦八苦している。重心が安定せず、普通に立たせるだけでも中々に難しいのだ。
「ハァ……。俺に、俺を殺させる手伝いをしろっていうのか」
「良いから早く!」
「……俺が下半身を真っ直ぐにさせるから、その間に上半身を調整して重心をとらせてみろ」
サンダルフォンは愚痴りながらも、イオと協力してサンダルフォン人形を立たせることに成功し、そのまま頭部にスイカをセットした。
かつては敵同士だった者と気兼ねなく喋りあえる。仲間として認められている。それはとても価値のあることだと重々理解していた。
だが、これこそ復讐を
「────全て終わった暁には、君の役割は君自身が決めるといい」