ダンボール戦機外伝 もう一つのW《ダブル》 作: ASO(活動休止中)
劇場版機動戦士ガンダムⅠにおけるデギン・ソド・ザビ役、イナズマイレブンシリーズにおける円堂大介役、ダンボール戦機における海道義光役の藤本譲氏が2019年6月10日にお亡くなりになりました。
1ファンとして海道義光の声は凄く好きでした。もう分析再開、分析不能のやり取りを聴くことが出来ないのが残念で仕方がないです。ご冥福をお祈り致します。
摩天楼が、朝日を浴びて、キラキラと輝いている。澄んだ空気が街を包んでいる。木々は生き生きとしてその黄緑の葉を広げている。
「美しい朝だ」
古きと新しき、また文明と自然が交わった地、A国Nシティ。三十年くらい前は急ピッチな高層ビル建造による街全体の高層化や、街の発展によるドーナツ化現象と地域による経済格差、それによる不衛生化が問題になっていた時期もあったが、行政が大規模な構造改革を行ったことで街は変化した。緑化や高層ビルの一部取り壊し、企業の郊外移転を進め、人間臭い都市から一転して、清潔感溢れる、きらびやかな大都市へと様変わりした。勿論改革当初は反対する者が大勢出たが、今では改革は画期的で良かったものとして市民からは認識されていた。
そんな大都会の中心部にある、中央公園で、神谷コウスケは、のんびりと散歩をしていた。金髪ポニーテールに、眼帯、そしてベストの下は何も着ていない半裸という、奇抜な格好を今日もしている。神谷重工の御曹司として、鉄の城塞を見ながら暮らしていた彼にとって、この風景はとても新鮮だった。
元々A国へはLBXバトルの武者修行に来ていたコウスケだったが、今日はNシティの空気に慣れることにした。
LBXとは、Little Buttler eXperienceの略称。ホビー用小型ロボットである。それは山野淳一郎によって開発され、瞬く間に世界中に普及した。『コアスケルトン』と呼ばれる骨組みに『アーマーフレーム』と呼ばれる外装パーツを嵌め込むのと、武器を持たせることでLBXを武装し、CCMという携帯の形をしたコントローラーでLBXを操作、相手のLBXと戦わせる。そして相手のLBXのライフポイントをゼロにすれば勝ちという、至って単純なゲームシステムが万人に受けたのだろう。LBXの普及と同時に、タイニーオービット社やサイバーランス社を始めとするLBX製作会社が多数現れ、LBXブランドは更に加速した。
また、LBXの歴史を語るに於いて、強化ダンボールの存在は欠かせない。
霧島平治が発明した強化ダンボールは、従来のダンボールと使い方は変わらず、非梱包時は折り畳んで嵩張らないのも変わらないが、内外の衝撃を80%も吸収する『未来の箱』だった。強化ダンボールで梱包した精密機械を上空から落としても無傷という、驚異のクッション性を誇り、物流手段に革命を起こした。
LBXが普及するきっかけとなったのはこれのおかげである。
元々LBXはリリースしたはいいものの、威力が強過ぎて、危険だというレッテルを貼られて販売中止にまで追い込まれた時期があった。だが、強化ダンボールの中という安全な『バトルフィールド』が登場したことで、再販が決まり、ブームが始まったのだ。
そして、そのブームの裏では、様々な陰謀が渦巻いて、遊びを超越した戦いが、繰り広げられていた。
『イノベーター』は、その陰謀に関わる代表的な組織だった。LBXメーカーの一つである神谷重工と、現職の国会議員である
しかし、それを良しとしない者達も当然いる。彼らは、対抗組織として、『シーカー』を創設し、山野淳一郎の息子である山野バンを始めとする少年少女や、タイニーオービット社を支援につけながら、イノベーターと戦い始めたのである。
神谷コウスケも、神谷重工の御曹司としてこの戦いに巻き込まれていた。そのため、ほんの数カ月前までは、様々な事が起こり過ぎて、彼自身落ち着けていなかった。
父である藤五郎から帰国しろとの声がかかり、帰って来たと思ったら山野バンとかいうアルテミス優勝者と戦う羽目になった。山野バンや海道ジンは中々に強かったから彼自身そこまで機嫌を損ねる出来事では無かったものの、その後にはイノベーターからタイラントプレイスにサターンという、中性子爆弾を搭載したロケットに乗り込めと言われた。彼はシーカーの面々を叩き潰せるという大義名分が貰ったため渋々従ったが、内心はあまり快くは無かった。何故なら、タイラントプレイスを壊滅させたところで、エターナルサイクラーの技術を確立していなかった神谷重工に利が無かったからだ。確かに彼はイノベーターの一員だったが、それ以前に神谷重工の人間である。藤五郎の態度も変だ。彼の心中は、暴走するイノベーターと父への疑心が積もっていた。
そして、サターン内でのLBXバトル。やはり山野バンと海道ジンの駆るオーディーンとゼノンが現れ、今までの憂さ晴らしに叩きのめそうと思っていた。が、バトルが始まる前に海道ジンからよく分からない一言。
(全く…サターンがNシティに落ちる? イノベーターの目的は軍需とエネルギー産業の掌握ではなかったのか?)
結局、様々な疑問を孕みながらも神谷コウスケは敗北、愛機であるルシファーの爆発に吹き飛ばされ、気絶。
目が覚めた頃にはエクリプスの医務室だった。
後から川村アミによって事の顛末を聞かされた。全ては伝説のLBXプレーヤーであるレックスの仕業で、サターンはNシティに落ちるというジンの言葉は本当だった。レックスは世界のシステムに恨みを持ち、シーカーとイノベーターを敵対させて戦わせるなど、大規模テロを行うお膳立てをしていたのだ。そして、全ての準備が整った後に、世界国家首脳会議会場をサターンで襲撃し、指導者を殺害するという計画だった。
イノベーター、神谷重工、そして何より彼はレックスの上で踊らされていた一人に過ぎなかった。
(神に選ばれた僕が…いや違うな…)
その事実を突きつけられた彼は、逃げるようにA国へ渡航した。武者修行と銘打っているのだが、実際は現実から逃げているだけだった。
中央公園では、今日もLBXバトルをする少年達の活気で息づいている。
「へへっ、また勝利だ!」
「チクショー、もう一回!」
「いけっ! 必殺ファンクション!」
「あと少しだったのに〜!」
彼は、そんな熱いバトルを目にしながら、歩いていくが、どうも熱が入らない。冷めた目で、バトルを見ることしか出来なくなっていた。
(全然美しくないな。もっと身のある戦いをして欲しいよ)
更にもう一つのバトルを見ると、オリオンが、スワンの持つパルチザンに貫かれている。
つまらない。そう思った彼は、公園を立ち去ろうとした。
「ど、どうしてだ!」
一歩踏み出したところで、彼は、そんな声がして振り返る。
その声は、一人の少年から発せられていた。
黒髪に眼鏡をかけた、日系人らしき少年。いかにも冴えなさそうな少年は、LBXを操作するCCMを片手に、今にも泣きそうな顔で呆然自失としていた。
コウスケはその姿に少し気になって、バトルフィールドを見る。
場所は火山。ハンマーを持ったグラディエーターは既にブレイクオーバーしており、どうやら少年のLBXらしい。反対側にはランチャーを構えたブルド改。ほぼ無傷だ。
ほう。どうやらこの少年はバトルでボロボロに負けたらしい。相手の太った白人少年は涼しい顔で相手を眺めている。
ただそれだけだったか。何か引っ掛かりはしたが別に普通の出来事だったかと思い、踵を返して去ろうとする。
「ああー。つまんねぇな、弱すぎ。もっと強い奴いないのかぁ? あぁ、そこの眼帯。LBXバトルやろうぜぇ。ぶっ潰してやるからよぉ」
ナメたその言葉を聞いて、彼はもう一度振り返った。ニヤニヤと笑うデブ。
神谷コウスケの中で何かがキレた。
「人を眼帯呼ばわりなんて美しくないな、デブ」
今日はのんびりと暮らす予定だったが、もういい。この少年には、準備運動の相手になって貰おう。
その言葉に、対する白人少年も怒り心頭だった。
「デ、デブだってぇ!? 俺を馬鹿にするのも今のうちだぞぉ!」
少年がぎゃあぎゃあと騒ぎ、それに乗じて集まりだす観衆。頭に血を昇らせながら、少年はブルドをけしかける。
「そうか………。なら僕が、本当のLBXバトルを、教えてあげるよ」
対する神谷コウスケは相手の態度を嘲笑しながら、自身がチューニングを施したジャッジカスタムを駆り出す。愛機であるルシファーは破壊されてしまったため現在修理中だが、この程度ならば十分だろう。
ニタリとコウスケは笑みを浮かべる。彼にとってこのバトルは、サターン攻防戦以来のLBXバトルだった。