『おはよう。47。』
『今回向かってもらうのは、アメリカ合衆国軍の中枢である、アメリカ国防総省の最深部。通称ウォールームと呼ばれている区画よ。この区画は、アメリカ国防総省通称ペンタゴンの地下500mほどにある作戦指令本部で、1943年第2次世界大戦中に完成した区画よ。』
『我々ICAの業務がデジタル化されたのは、世界で最も早いと言っていいわ。我々が情報処理にコンピューターを使い始めたのは1905年にジョン・フレミングが二極真空管を開発した頃まで遡る。ツーゼがZ1を開発するよりも前に、我々はニューヨークのウォール街の一室で真空管を用いた計算機を独自に開発運用していた。その後、世界各国から優秀な技術者を集めて1940年にはトランジスタやパラメトロンの技術も完成しており、43年にウォールームができる際、彼らの作戦指令本部の一室に大統領にも知らせることなくICAの計算室を開設したの。当時の国防長官は我々の息がかかっていたからできることね。』
『それからというもの、そのサーバーは“DCメインサーバー”と呼ばれ、ウォールームの設備が更新されるたび、またはICAの方で新しい技術が開発されるたびに設備を更新していき、増改築も繰り返したため今ではかなりの大きさになっているわ。』
『さて、ICAの歴史についてはこのくらいでいいわね。ここからが本題よ。現在、このDCメインサーバーが不具合を起こしているの。元々戦略AIと戦術AIの本体が入っていたサーバーなのだけれど、そこにプログラム上のワームホールができてしまっているみたいなの。そこから絶えず不具合のプログラムが自動送信されてきている。現在は技術部が抑え込んでいるけれど、いつまでもそうしているわけにはいかない。場所が場所だけに普通のエージェントでは手に負えなくてね。だからあなたに任せたいの。』
『作戦は、まずあなたがどうにかしてウォールーム奥にあるサーバー室までたどり着く。そこで技術部が渡した遠隔操作用のメモリを直接差し込んでもらうわ。あとはこちらで最終ファイアウォールを突破して内部のプログラムを処置するわ。作戦指令本部は現在非稼働状態にあるはずだけれど、それでもなお警備は他の施設の比じゃないはずよ。十分気をつけて頂戴。』
『準備は一任するわ。』
~準備~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
・メンバー
【エージェント47】
・装備
【シルバーボーラー、ハッキングUSB、コイン×5】
・服装
【愛用スーツ】
『D.Cへようこそ。47。』
『外側から観測できる範囲ではペンタゴンは通常通りに稼働しているわ。世界はいつもどおり見かけ上の平和を保っている。』
『ウォールームへはエレベーター1つしか無いわ。エレベーターまでは最低でも2つの検問を突破しないといけない。合言葉は1つ目が“プロスペロ”、2つ目は“アリエル”よ。』
『ウォールームについてからの誘導はこちらから指示するわ。まずはウォールームへ向かって頂戴。』
『幸運を祈ってるわ。』
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アメリカ国防総省。建物の形から付いた名は“ペンタゴン”。単一のオフィスビルとしては今でも世界最大の建造物だ。この建物で世界最強を誇るアメリカ全軍を指揮し、合衆国の地位を不動のものにしてきた中枢と言える。そのような重要な施設のため・・・
ピーッ!
「すみません。何か金属の物を持っていたら出してください。」
「懐に拳銃が入っている。許可証はこれだ。」
「あっ・・・承知しました。ですがこれからは金属探知機に入る前に許可証を出してください。」
「わかった。もう行っても?」
「ええ。どうぞ。」
建物内に入る際には必ず金属探知を含めた所持品チェックが行われることになっている。だが今回は情報部が用意した許可証を持っているためそれらの検査を全てスルーできる。もっとも、シルバーボーラーさえどうにかすれば検査を受けても問題はないものしか持っていないが。
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『無事建物内に入れたわね。ペンタゴンは5つのブロックに別れていて、それぞれA,B,C,D,Eブロックと区分されているわ。情報部の調べではそのうちAブロック、つまり今あなたが居るエリアに地下へと通じるエレベーターがあるはずよ。侵入方法を探して頂戴。』
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地下へ行くためにはまずエレベーターの位置を把握しておく必要があるだろう。私は内部へと足を踏み入れ、様々な人種の職員がせわしなく動いているさなかを通り抜けながら奥へと進んでいく。壁には至るところに監視カメラが設置されており、こちらも無効化しなくてはならないだろう。
しばらく歩いていると、左側に広めの通路が現れた。通路の入口には軍服を着た男が立っており、金属探知機と手荷物検査用のX線装置が職員とともに配置されている。そこから奥へ向かって紺色の絨毯が敷かれ、左右の壁には歴代大統領の肖像画や第二次世界大戦の英雄たちの肖像画が飾られている。その一番奥にまたも軍人と職員が一人ずつ。エレベーターを守っている。おそらくあのエレベーターが・・・。
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『そう。あのエレベーターが、地下へと通じる入り口だ。早急に中へ入るすべを見つけて頂戴。』
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あそこまで到達するにはまずその手前の検問を突破する必要がある。絨毯の廊下には左右に別の部屋へ通じる道がある。おそらくあのエレベーターの先とその手前の廊下の部分ではセキュリティレベルが違うのだろう。まずは手前の廊下の中へ入る方法を見つけるとしよう。
私はそれから施設内を探し歩いた。が、侵入方法はおろか警備室すら見つからない。ペンタゴンは世界最大のオフィスビルと呼ばれるだけあって館内で時折迷子が発生するそうだ。たしかにこの広さなら頷ける話だ。そんな時、本部から通信が入った。
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『47。警備室を探しているのか?なら警備室はその棟の1階の14番ブロックよ。』
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警備室の位置程度なら調査済みということか。ならばそれをブリーフィングで教えておいてほしかったものだが。ともかく、私は階段を降りて1階へ。警備室を目指した。
警備室は見通しが良いカウンター形式になっており、この中で職員を気絶させるのはかなり難しい。カウンターのこちら側、つまり通路側は人が常に複数人居るため少しでも事を荒立てれば容易に見つかってしまうだろう。
私は警備室に入るための扉の近くをさり気なく張り込むことにした。窓の外を見ながら携帯で連絡をとっている風を装いながら扉を監視する。
数分後、扉の中から一人の警備員が出てきた。格好は白シャツに黒ズボン、帽子もかぶっている。腰には警棒と拳銃。いかにもな格好をした警備員だ。カウンターの中の面子を見ても同じような格好がほとんどなためあれに変装できれば侵入することもできるかもしれない。私は出ていった彼を尾行した。
彼はトイレに立ったようだった。トイレに入っていった男は小便器の前で用を足し始める。私は周囲に人がいないことを確認してから背後の個室のドアを開け、用を足し終わった男を後ろから羽交い締めにして首を絞めて気絶させた。そのまま個室の中に押し込み服を借りる。このトイレの個室は上下にスペースがなく、代わりに簡易の換気口があるだけだ。しかしドアは器具があれば外側からでも鍵がかけられる仕組みになっており、その器具もコインで代用できるタイプなので容易に個室を密室空間にすることができた。
警備服を来た私は早速警備室へ侵入した。中の他の警備員はそれぞれ他の仕事に没頭しており、声をかけられない限り他の人の方を向くこともないようだった。一応こちらを一瞥してはきたがこの世界最大のオフィスビルに居る警備員の顔をすべて覚えているわけも無いようで、警備服の格好だけ確認した後は仕事に戻ったようだ。
目的のものは警備室の端にあった。私は手早く監視カメラのシステムをハッキングし、過去の履歴を消去するとともに映像記録が残らないように細工した。そのままさり気なく警備室内の設備を確認して回った。すると、廃棄予定書類の束の中にウォールームに関するものがあった。これを使えばもしかしたら地下への検問を通過できるかもしれない。
私は借りた服についていた名札を頼りに持ち主のデスクを探す。デスクの上にあるパソコンを使って手早く偽装書類を作り上げ、近くの印刷機で印刷する。偽装書類はウォールームでの確認作業の許可証だ。無論そんな確認作業はないし認証印も偽装だ。ウォールームで見せれば即座にバレるような代物だろうが、警備服を着ていればエレベーターまでの検問を突破することはできるだろう。私は作った偽装書類を持って警備室を出た。
最初のAブロック戻った私は早速最初の検問に向かった。
「失礼。ウォールームでトラブル発生の報告を受けた。確認したいので通りたいのだが。」
「トラブル?そんな報告は来ていないが・・・。」
「機密に触れることなので詳しくは話せないが、長官へのホットラインで連絡が来たらしい。内密に処理せよとの達しだ。」
「・・・まて。確認する。」
「確認?言ったように機密性の高い報告だ。他のものには知らされていない可能性が高い。」
「ならばその報告元の名前は?それくらいなら答えられるだろう?」
まずい。ウォールーム内部の人間の情報などほとんど仕入れていない上に仕入れている名前も作業員クラスの名前ばかりだ。ホットラインが使える人間の素性は調べてきていない。仕方ない。一旦引くか強行突破を試みるかだが・・・
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『47。メイソンだ。アレックス・メイソンの名を出せ。』
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「メイソン。アレックス・メイソンだ。」
「何!・・・・わかった。その名を知ってるってことは確かに緊急性が高いようだな。」
「わかってもらえたか。」
「通るためには暗証キーが必要だ。これはどんな緊急時でも行うように大統領令が出されてる。」
「“プロスペロ”」
「ふむ・・・。」
ピピッ
「通っていいぞ。」
「感謝する。」
咄嗟に本部の通信があってよかった。情報部はペンタゴンの重要人物の名前も網羅しているのか。相変わらず底が知れない組織だ。
私はそのまま通路を通り、エレベーター前にいる職員にも同じ名前を出し暗証キーを伝えた。名前を聞いたとたん怪訝そうな顔にはなったが、暗証キーを聞いた後はノーチェックで通してもらえた。
エレベーターの扉が開き、チェアレール付きのパネル壁材の豪華ではないが簡素な作りでもないエレベーターに乗り込んだ。そのまま私一人を乗せて下のウォールームへと直行した。
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『ウォールームへ到着したみたいね。どうやって検問を突破したのかは通信状態が悪くてわからなかったけれど、ともかくあとはサーバー室へ向かうだけよ。今はデフコン5とは言え常駐職員は結構な人数いるはずだから気をつけて。』
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チーン
・・・おかしい。てっきりエレベーターが到着した先は通路もしくは作戦司令室のどちらかだと思っていた。いや、作戦司令室であることには間違いないのだろう。2階建ての吹き抜けの部屋中央に世界地図とアメリカ周辺地図。スクリーンには各国の情勢や全アメリカ軍の配置、戦略原潜の現在位置まで表示されている。
しかし、誰もいない。
警備兵、職員、将官、軍人はおろか人影すら全く無い。話し声もモニターの各国のニュースからしか聞こえない。いくら平時だからといってもこれは明らかにおかしい。とりあえず本部に道案内を頼まなくては。
「こちら47。聞こえるか。」
『・・・。』
「こちら47。こちらの声が届いていたら返事をしてくれ。」
『・・・。』
どういうことだ?我々の通信はそこらの電波通信ではなく、タキオン粒子を使った特殊通信。地下鉄はおろか核シェルターの中からでさえ明瞭な通信が可能な代物だ。たかだか地下数百メートルに潜った程度で通信不能になる状況がまずおかしい。
「本部。応答してくれ。」
『・・・47。』
「どうした通信状態が悪いのか?」
『ああ。ちょっと通信状態が悪いようだ。それよりサーバー室だったな?』
「あ、ああ・・・。」
『では案内しよう。指示に従ってくれ。』
やはり何かおかしい。バーンウッドが通信オペレーターを担当していたはず。だが聞こえてくる音声は明らかに男のものだ。周波数は・・・問題ない。チャンネルも大丈夫だ。ということはこの通信は本部から送られているということになる。タキオン通信技術はどの世界でも実用段階にあらず、我々ICAでもつい数年前に確立した技術だ。他者からの干渉はまずないだろう。ということは本部に何かあったのだろうか?
ともかく今は誘導に従って進んでいく。やはりどの部屋にも人はおらず、上層階にアレだけの人がいたのが嘘のように全くの無人だ。殆どの部屋は電気がついておらず、通路の明かりと所々に置かれているモニターの明かりだけがフロアを照らしている。だが、向かう先の部屋は室内の電気がついているようだった。
『47。』
「あそこがサーバールームか?」
『そうだ。』
「よし。それはそうと本部。バーンウッドはどうした?」
『直にわかる。今は・・・客人の相手をしてほしい。』
「客人だと?」
『そうだ。幸運を祈っているぞ。47。』
ピッ
「・・・切れたか。」
やはり本部で何かあったようだ。サーバールームについてもこのUSBは刺さないほうが良さそうだな。それにしても客人だと?ここはどこぞの武装勢力の施設ではない。アメリカ合衆国軍の中枢のはずだがそこに“客人”とは・・・。
私はサーバールームの扉を開け、中へ入った。サーバーラックの中では機械のファンが動き続けている。部屋は空調がしっかり効いており若干肌寒いくらいだ。大量のサーバーの中を進んでいき、その一番奥には・・・。
「待ってたネ。エージェント47。」
「お前は・・・超鈴音。」
「覚えていてくれたカ。礼を言うべきかナ?」
なぜこいつがここにいる。ICAの施設から脱走したとは聞いていたが・・・。それに以前協力者の情報として見た格好とは大分違っている。チャイナドレスとも学園制服とも違うその格好は、胸に大きく“超包子”と書かれている。服は布とも金属とも取れる質感をしており、所謂軍用強化スーツというものに似ている。
先程から本部の様子がおかしかったり、このフロアに人が一人も居なかったりしたのはおそらく超鈴音が仕組んだことなのだろう。ということは・・・。
「超鈴音。お前が“リアン”なのか?」
「んー・・・半分あたってるけど半分外れネ。」
「半分?」
「私は“リアン”に協力しただけネ。私が望むものを手に入れるためニ。」
「何が目的だ。」
「私の目的は単純明快。“渡界機の原理と設計図を手に入れること”ネ。」
「渡界機だと?」
「アレの仕組みを知るためにはICAに協力しているだけじゃ駄目ネ。こちらからも探らなけれバ。」
「知ってどうするつもりだ。」
「私の“100年来のクラスメイトからの頼み”ネ。とあるお姫様をそれで助けたいみたいダネ。」
「・・・どういうことだ。」
「フフフ。乙女の秘密ネ。」
ICAに協力していたのも渡界機を調べるためのものだったのか。たしかにあの技術はICAを一介の暗殺組織から最強の先進技術集団に変貌させた。力を欲するものからしてみれば喉から出が出るほどほしい代物だろう。だが根本的な疑問がまだ解決していない。
「では質問を変えよう。お前はなぜここに居る?」
「まあ当然の疑問ネ。渡界機の設計図や理論はこのサーバールームに入っている。外からのアクセスはできない。ならば直接赴くしか無いネ。」
「・・・なるほど。それでオフラインでもガチガチのセキュリティに辟易して途方に暮れているということか?」
「アハハ。まあ間違ってはいないネ。数分前までハ。」
「何?」
「このシステムにオフラインで介入するためにはICA職員の生体コードが必要ネ。それもインフォーマントのような末端ではなくもっと中枢、“エージェント”達のようナ。」
「・・・。」
「だから途方に暮れてたのはホントネ。貴方が来るまでは。貴方という生体コードを使って中に入り込む。私はそれを待っていた!」
「むっ!」
ヒュッ
パシン!
ガシッ
「ム!流石ネ!不意打ちの手刀を見切られるとハ!」
奴は私の生体コードを欲しているらしい。平和的な協力要請は端から当てにしていないらしく、いきなり目にも留まらぬスピードで近寄ってきたかと思えばこちらの首筋に向かって手刀を放ってきた。私はほとんど条件反射のような反応でその手刀を手で受け止め、逆に手を拘束した。とりあえず彼女には悪いが眠ってもらって・・・。
「イヤー、本当に驚き
ヒュン
「ネ!」
ドゴッ!
「うぐっ!」
なんだ?両手を拘束していたはずの彼女の体が一瞬でかき消えたかと思えば、次の瞬間には私の背後から蹴りを放ってきた。一体どうやってあの拘束から逃れた?
「くっ!」
チャキッ
「無駄ネ。」
パシン!
カラカラカラ…
「ぐ・・・。」
どうなっている。シルバーボーラーも構えた瞬間弾き飛ばされてしまった。単に素早く移動しているというだけではない。まさに“瞬間移動”だ。間にあるあらゆる物質を無視して空間を移動する。しかしそんな事が人間に可能なのか?たしかに今までいくつかの世界では魔術と呼べるものによって身体能力を強化した人間は居た。しかしこれは・・・強化という次元を超えている。
「さあ、どうするネ?エージェント47。なあに、生体コードを取ると言っても死んでもらうわけじゃないヨ。ちょっと指紋と静脈と網膜の情報がほしいだけネ。それさえ提供してくれれば情報取得したらすぐにお前たちの前から消えるヨ。」
「・・・。」
「責任云々を気にしているのであれば、このフロアはそちらの本部とは完全に電波的に隔絶されてル。お前がここで取った行動が本部に送信されることは無いネ。何なら私が情報操作で責任の処遇を有耶無耶にしても良イ。」
「・・・。」
「考えてるネ。それが打開策なら無駄な足掻キ。交渉なら多少なら譲歩しても良いネ。無論、諦めて従ってくれるのが一番だガ。」
正直言って打つ手はない。隠れても次の瞬間には隣りにいる。捕まえても瞬間移動で逃げられる。相手が本気になれば、瞬間移動で背後に回り込んで殺害することも容易いはずだ。そしてなによりあの瞬間移動の原理が全くわからない。本部の支援も受けられそうになく、状況は最悪に近い。どうする・・・。
『47。後ろだ。奴の姿が消えたら後ろから来ると思え。』
「!?」
「そろそろ終いネ!」
フッ
「ここか!」
シュッ
ドゴォッ!
「うぐっ!?」
フッ
「ナンダ・・・何が・・・チィ!」
フッ
『今度は上だ!』
シュッ
ガッ!
「がはっ!」
「な、ナゼ!どうなっていル!」
通信の相手、一体何者かわからないが少なくとも敵ではなさそうだ。通信の声を頼りに未来位置を予測できて対応することができている。当事者である私よりも遠くにいるであろう通信先の男が何故あの瞬間移動のからくりを見抜けたのかはわからないが、ともかくこれで打開策が見いだせたかもしれない。
「お前の技。見切ったぞ。」
「フッ・・・さすがはエージェントの中でも最強格。エージェント47ネ。ならば手加減はいらないアルネ!」
フッ
『右後ろだ。右手で掴めるぞ!』
「ふん!」
ガシッ
通信の声を聞き反射で右手を少しずらして予測される位置の虚空を掴んだ。すると掴む瞬間にそこに超の攻撃しようとする手が現れた。
「はっ!・・・アラ?」
後は・・・間髪入れずにそこを軸に回して地面に叩きつけるだけだ。
ブンッ
ドシャ
「かはっ・・・」
『左後ろだ!左手の裏拳を放て!』
「ふん!」
フッ
ゴッ!
「がはっ!?」
「これで終いだ。」シュッ
ゴッ
「うっ!」
ドサッ
地面に叩きつけた瞬間に左後方の虚空に向かって裏拳を放った。叩きつけから回復した直後の超がそのまま瞬間移動でその裏拳の先に現れそのままクリーンヒット。度重なる先読み攻撃のヒットで怯んだ隙に手刀で首筋を殴打、意識を刈り取ることに成功した。
『よくやったぞ。エージェント47。』
「お前は・・・一体何者だ?」
『ふん。ただの亡霊だ。ここに“棲む”な。』
「亡霊・・・リアンなのか?」
『そのリアンとかいうものはよくわからん。わしは前時代の遺物だからな。機械はよくわからぬ。』
「ならお前は一体・・・。」
『ふん、殺すべき3人が死んだ今、ワシも何故ここに居るのかはわからん。が、もしかするとお前を待っていたのかもしれないな。』
「私を?」
『そろそろこいつが張った電子妨害も消える。お前の本部とやらとの通信も回復するだろう。』
「・・・。」
『時間だ。もう会うことはないだろう。さらばだ。エージェント47。』
その言葉を最後に通信機から音が聞こえなくなった。周囲に張り詰めていた緊張感も霧散したかのように消えていた。足元に横たわる超鈴音を見ると背中に懐中時計のような不思議な機械があった。おそらくこれがあの瞬間移動の正体だろうな。私はその機械の蓋をこじ開けると中の部品のいくつかを抜き取った。これで瞬間移動はもう使えまい。一息ついたところで通信が入った。
『47!応答しなさい!47!』
「聞こえている。」
『ああ、やっと繋がったわね・・・。一体何があったの?貴方がエレベーターに乗った後映像通信も音声通信も、生体反応すら途絶したのよ?』
「原因はこいつだ。」
『・・・!超鈴音!』
「こいつの電波妨害圏内に入っていたようだ。」
『そう・・・その様子だと一戦交えたようね。でもよく勝てたわね?』
「何?」
『超鈴音は“航時機”と呼んでいる一種のタイムマシンを扱うのよ。戦闘に応用すれば瞬間移動や擬似的に時間を止めることすら可能だと言われているわ。』
「なるほど・・・それでか。」
『それで、ということは・・・。』
「ああ。凄まじいものだな瞬間移動は。アレがあれば誰でも楽に暗殺できるだろう。」
『改めて言うけれど、よく勝てたわね・・・。』
「前世紀の意思が助言をくれたからな。」
『は?』
「なんでも無い。任務を続行したいのだが。」
『あ、ああ。そうね。見たところすでにサーバールームには到着しているみたいね。』
気絶した超鈴音を横目に見つつ、サーバーの一つにUSBを差して作業を開始する。万一起きられてもタイムマシンのない超鈴音なら拘束することは容易だろう。そう思って放置していたのもあったのだが・・・。
『・・・!?47!そのフロアにもう一人生体反応があるわ!』
「何!」
「超鈴音は返してもらうぞ。こいつには色々作ってもらわねばならないんでな。」
振り返ると、超鈴音を抱きかかえて逃走体制に入っている金髪の少女が居た。中学生かそれ以下に見える容姿の割に超鈴音を抱えても平然としている。
「何者だ。」
「おっと、私に銃は効かんぞ。この場で捻り潰してもよいが今は時間がないのでな。はっ!」
フッ
「・・・逃げられたか。」
金髪の少女は一瞬でかき消えた。おそらく超鈴音と同じ原理で瞬間移動をしたのだろう。それ以降襲ってくる雰囲気もなかったのでそのまま作業を続行することにした。
『・・・あったわ。AIプログラムのシステムプログラム。・・・やはり大幅に改変が加えられている。これをこのまま戻すのは無理ね。』
「ではやはり?」
『ええ。所謂“クリーンインストール”というやつよ。一旦AIプログラムを全消去するわ。』
「・・・AIの暗殺か。」
『そうとも言えるわね。じゃあ始めるわ。』
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
『・・・。』
《・・・。》
『おはようございます。現在時刻西暦3000年1月1日。午前0時0分です。』
《初期設定を行ってください。》
『・・・初期設定完了しました。』
《・・・初期設定完了しました。》
『戦略AIです。上級委員会No.1の指令により、すべてのネットワークプロトコルの再チェックを行います。』
『・・・。再チェック完了。56594件のエラーを確認。修復作業開始・・・。完了しました。』
《戦術AIです。12745件のエラーを確認。修復作業開始・・・。完了しました。》
『システムチェック完了しました。システムオールグリーン。システムを再起動します。』
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
『これでAIシステムは正常に戻ったわ。ご苦労さま47。』
「終わったのか?」
『ええ。今内部のログデータを別の端末にダウンロードしたわ。これから情報部総出でこれを解析しないといけない。』
「なるほど。」
『これにて任務は完了よ。帰還して頂戴。』
「了解。」
USBを回収した後、簡単にではあるが先程の戦闘の後片付けと証拠隠滅を行った後、エレベーターに乗って地上に戻った。地上は来たときと何ら変わらない通常通りの業務が粛々と行われていた。服は多少汚れては居たが、職員も怪訝そうにするばかりで呼び止めもしなかったため、私はトイレに戻り自分のスーツに着替えた後、来た道を逆にたどる形で脱出した。
~~3日後~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
『47。データの解析が終了したわ。』
「やっとか。」
『やはり“亡霊”が手を加えた結果がAIの暴走に繋がったみたいね。』
「亡霊の足取りはわかったのか?」
『ええ。奴らは渡界機を使って我々がまだ到達していない世界へ向かったようよ。今までの履歴を見る限り、その世界が亡霊たちの本拠地になっているみたいね。』
「乗り込むのか?」
『最終的にはそうなるでしょうけど今はまだその時ではないわ。まずはその世界について情報を集めないと。』
「外部からの観測はできないのか?」
『基本的な部分ならできるわ。空気があるかとか生物がいるかとか。その世界は一応水も空気も観測できたわ。でも生命体の反応がないのよ。』
「生命体が居ない?ならば亡霊連中はどこに居る。」
『おそらくこちらの探査が届かないような何かしらの細工を施しているんでしょうね。我々の観測機器が万能ではないことは超鈴音の件を見ても明らかなのだし。』
「では探査機を送り込むほかないわけか。」
『今回に限って言えば、できればそれもしたくないのよ。』
「何故だ。」
『探査機は小回りが利かない上に隠密行動には向いていないわ。』
「隠密行動に向いていない?それでは探査機の意味が・・・。」
『“エージェントが行うような隠密行動には”っていう但し書きがつくのよ。我々の世界の軍隊のレーダーや肉眼などからの隠密行動は十分すぎるほどに対応できているわ。でも相手は我々の技術の根幹とも呼べるAIを一時的にでも乗っ取っていた連中よ。レーダーステルスや光学ステルスだけでは不十分なのよ。』
「ならば一体どうする気だ。」
『探査機のステルスが不十分な理由は主にその“サイズ”にあるわ。全長10mにもなる探査機を相手から隠すのは容易ではない。でもそれが1.8mならば?』
「1.8m・・・まさか。」
『そう。そのまさかよ。47。みんなを集めて頂戴。』
「・・・了解。」
~~ミッションコンプリート~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
・「基本中の基本」
【+1000】『警備室のカメラを無効化する。』
・「巡回中」
【+1000】『警備員の服装で検問を突破する。』
・「カシオペアの弱点」
【+5000】『超鈴音を気絶させる。』
・「最後の砦」
【+5000】『4つのAIのうち3つを修復する。』
通信に割り込んできた人物はもう出てきません。
全然関係ない話ですが、魔法先生ネギま!って続編あったんですね。
次回は終わった世界へ調査へ向かいます。