東方盗妖伝ーThe New Record 作:ラヴィルズ(元タガモス)
───『自分が此処に在る』という感覚は無い。しかしこの意識は目前にある『景色』を認識している。
───そびえ立つ鉄の塔、それによって隠れた空。行き交う人々、それを蹂躙しかねない鋼の馬。耳障りな喧騒、その中で黙々と弄られる小さな箱。
───『記憶』などない、懐かしさなどない。しかし何故か、意識はこの光景を認識している。
───カツッ、カツッ、と。飛び交う声を掻き消して、人の波を切り裂いて。唐突に現れた『それ』は静かに、そして残酷に宣言する。
「──お前は選ばれた。●●●へ生まれ墜ちる、その資格あるものとして」
───刹那、世界は暗転した。
───……い、おーい、おーい!
「───は」
「あん、気づいたかい兄ちゃん。さっきから突っ立ったまんまだが、どうかしたかい」
目が覚めると、そこは屋台の立ち並ぶ人混みの中。視界の中央には自分の右腕が見える。俺は、誰かに手を伸ばしていたのか?
「あん、たは……?」
「オレかい?オレはただの商人だが……兄ちゃんこそ、そんな変な格好で道のど真ん中ボケーっと突っ立って、何してんだい?」
「俺、は……」
──分からない。そう伝えると、怪訝な顔をして商人と言った男は去っていった。周りの人たちも、珍しいものでも観るような目で俺を見ている。
「何あのボサッとした服……」「外から来た人かしら……」「何にせよ変な奴だなぁ……」
口々に俺を嗤い、からかっている。反論しようにも、ほとんど何も分からない俺には返す言葉がない。大人しくその場から離れようと、踵を返し逃げるように立ち去った。
───俺は何者なのか、自分でも分からない。以前の記憶を探ろうにも、自分に関する一切の記憶は無く、あるのは自らのものだと思われる名前のみ。
(
人混みから離れ、人の気配のない裏路地へと足を踏み入れた。人々の笑い声も少ないここなら、安心して自分の身なりを確認できる。
「服は……黒いし、ズボンも真っ黒……さっきの人たちも言ってたけど、なんか服装がボサッとしてるな……ん、腰に提げてるのは……?」
確認できたのは、長い柄にかなり反った刃を持つ武器。確か……薙刀、だったか?それが何故俺の元に……?
「あなた、ここで何してるの?」
声がした。何か頭に残るような、記憶に引っ掛かるような声色をして、それは声を掛けてきた。パッと振り向くと、そこにいたのは顔の辺りに女のお面を浮かべ、桃色の髪をした長身の少女だった。
「ここで身だしなみ整えてたの?もうちょっと明るい場所のほうがいいんじゃないか?」
「……別に身だしなみを整えていたわけじゃねぇ、自分がどんな格好をしているのか確認していただけだ」
「……?なにそれ、自分の格好がわからないの?」
不思議なぐらい無表情で、しかし明らかに困惑した様子をして彼女は返す。よく見ると、狐のお面が猿に変化していたのだ。
「……自分が黒崎盗我って名前らしい、ってこと以外の記憶がねぇんだ。勿論服装に関しても」
「ふぅん……記憶喪失とかいうやつ?それともいま生まれたての何か?」
「さぁな……それすらも分からん。ところでお前は一体───」
彼女の名前を聞こうとして、急に目の前が歪む。ひどい目眩に加え、身体の力がどんどん抜けていく。狭まっていく視界、遠くなる少女の声、近づいていく地面。抵抗する暇もなく、俺の意識は霧散した。
再び目を覚まして、最初に目に入ったのは木の天井だった。少なくとも、意識を失った路地裏ではない。どれほどの時間が経ったのか、既に辺りは日が落ちかけている。
「あ、起きた。おーい、生きてる?」
ヌルッと視界に入ってきたのは、先程の少女。心配してくれているのか、それとも目覚めたことを喜んでいるのか、顔のお面は翁のものになっていた。
「……目が覚めた奴にいきなり「生きてる?」って訊くか普通。一応生きてるぞ」
「そっか良かった。急に倒れられたから、我々ここまで運ぶの大変だったんだぞ、喜ぶがいい」
「はいはい。アンタは途中で疲れて魔理沙の箒に背負わせてたでしょ、嘘はよしなさいな」
うっ、言うなぁ!と般若のお面をして、彼女は別の声の主に返答する。まもなく現れたのは、全面的に赤色な巫女服を着た少女だった。お碗の乗ったお盆を持って、こちらに近づいてきていた。
「っと、アンタ多分過度の空腹でしょ、素人目に見たけど。お粥置いとくから食べときなさい。もしどこか痛むところがあるなら言いなさい」
「あ、ありがとう……」
置かれたお粥を手に取り、口にかき込む。およそ記憶が綴られ始めて最初の食事、身体に滲みていく感覚も相まって、非常に美味しい。あっという間に平らげてしまった。
「ところで、ここは何処なんだ?」
「ここ?博麗神社よ。そして私はここを管理してる巫女様、博麗霊夢よ。覚えておきなさい」
「そして私は秦こころ、ここで客寄せパンダの如く能楽をしている可憐な女の子だ」
「秦こころに、博麗霊夢か……」
自分で自分のことを可憐、あと客寄せパンダと言うのはどうなのか、と[[rb:火男> ひょっとこ]]のお面を浮かべるこころに、心の中で突っ込みを入れる。当の本人は相変わらず無表情なのだが。
「ところでアンタ、こころから聞いたけど名前以外何も分からない記憶喪失なの?」
「……ああ。黒崎盗我っていうんだが、それ以外本当に何も分かんねぇんだ」
「ふぅん……家とか住処も分からないわけね、あるかどうかも」
「そうだな、全く分かんねぇ」
「困ったわねぇ、これじゃあ家に送り届けもできないわ。一応巫女だしそれぐらいの仕事はしようと思ってたのに、面倒ねぇ」
「じゃあしばらくここで過ごせばいいんじゃない?ここ部屋まだ空いてるでしょ?」
顔色を変えずにこころはそう言うが、家主である霊夢はすんなりとは受け入れられないらしい。
「アンタねぇ、居候のくせに勝手に言っちゃって……」
「でも他に行く宛てもないだろうし、今日もう遅いよ?」
「……まぁ他に手もなさそうだし、そうするしかなさそうね。てなわけで、しばらく泊まっていきなさい、盗我」
「……いいのか?」
「ここに連れ込まれたんだから、仕方ないわ。食費が増えるのは悩ましいけど、その分働き手が増えると考えれば……まあプラスでしょう!」
いつの間にか労働力として見られていたのだが……まぁ、タダで泊めてもらえるほうが珍しい話だろう。どのみち自分から手伝う気ではいたが、彼女少々横暴ではないか?
「そんじゃ、夕食の支度としますか。あ、アンタはくつろぐなり着替えるなりしてて。こころはこっち来て手伝いなさい」
「えー、めんどくさいー。私頑張って盗我のこと運んできたんだよ?」
「私が見たのは魔理沙の箒に乗せられた盗我を半歩離れて見ていたアンタの姿だけど?」
「くそう、少しくらい手伝えば良かった!」
ぶつくさ言いながら、こころはしぶしぶ台所へと向かった。
自分のことについては、依然として何も分からない。手早くそれを見つけられると考えていたわけでもないが、自身のアイデンティティを見いだせないというのは辛いものだ。
しかし、こうして安らげる場所に身を置かせてもらえたのは、とても幸運なことだ。あの時こころが声を掛けてくれなければ、今頃は自分のことが何も分からないまま野垂れ死んでいただろう。彼女に感謝しなければ───
「あ"ー"!?ちょ、お茶碗落としてるんじゃないわよこころ!?」
「仕方ないじゃん落ちたものは落ちたんだもん!」
「そういうことを言ってるんじゃないわよ!?嗚呼、折角奮発して買ったお茶碗が……」
「……賑やかなところだな」
何はともあれ、これからの記憶が濃いものになることだけは間違いないだろう。そんなまだ見ぬ未来に期待を馳せ、俺は少女たちの嘆きと怒号が鳴り響く居間へと足を運んだのであった。
「ねーねーおねーちゃん」
「なぁに、今お姉ちゃん忙しいからちょっと待ってて」
「……ねーねーおねーちゃん」
「はいはい、仕事が片付くまで待ってて」
「…………ねーねー」
「わかった、わかったから駄々こねないで。それで、何の用事なの」
「わたしの『宝物』がなくなったんだけど、探しに行ってきてもいい?」
「宝物?いいけど、夕飯までには帰ってくるのよこいし」
「うん!行ってきますおねーちゃん!」
「いってらっしゃい、こいし」
第1話 了