東方盗妖伝ーThe New Record 作:ラヴィルズ(元タガモス)
ガキン、と刃物がぶつかり合う音が響く。一方は自らの薙刀、もう一方は白髪の少女の一刀。虚ろな目の少女の猛攻に、ギリギリの状況であった。
時間は少しさかのぼる。霊夢に頼んで都合をつけてもらった俺とこころは、白玉楼へと向かっていた。そこで庭師をしている魂魄妖夢という少女と戦う為だ。
「魂魄妖夢、って実際どんな人なんだ?」
「うーん……あんまり会ったことはないんだけど、半人半霊なのに幽霊が苦手、今は落ち着いて真面目な性格だけど元狂犬、そんな白髪少女だったかな。あと二刀流の剣士でもある」
「……要素ありすぎじゃないか?」
ともかくそんな話をしながら、俺たちは道なりに進む。人里を抜け、林に出て、道がないような場所に出る。
「ってこれ、本当に道合ってるのか?」
「……あ、そういや私白玉楼どこにあるか知らないや」
「……今なんて」
隣に立つこころの発言に頭を抱える。そりゃこんな変な場所に出るわけだ。
「つか、何で今までどうして歩いてたんだよ」
「わかんない……ほんとになんとなくで歩いてた」
「お前……」
嘘を言ってるお面でもないし、本当になんとなくだったようだ。しかしこれだと白玉楼にたどり着くどころか、博麗神社に帰れるかすら心配になってくる。
「下手したら今日は野宿かもね」
「ロクでもないことを言うんじゃねぇよ……」
「そうなったらそうなったで貴重な体験だね」
「その体験で死ぬかもしれんだろうが」
「死にはしないでしょ、二人だし変なのが湧いて出てきてもどうにかなるなる」
「変なのってなんだよ変なのって」
そんな馬鹿やらかしたままぐちぐち言っていると、遠くから『パシャ』という音がした。
「いやー、ネタ探しに森林を散歩していたら面白いモノが撮れました!人気能楽演者が男と森林で密会デート、これは明日の一面が決まったようなものですね!」
「誰だお前!?」
「あら、さすがにシャッター音で気づかれていましたか。私は射命丸文、しがない天狗の新聞記者です」
黒羽を生やした少女は、宙に浮いたまま笑って答えた。新聞記者と自称しているが、何となく悪徳な商法をしているような気がするのは気のせいか?
「文、盗撮料としてあなたの羽を一本ずつ抜く刑を処そうかなって思っているんだけど依存はないよね?」
珍しく静かにキレてるこころが、薙刀を文に向けて威嚇する。それでも焦る様子を見せずに、射命丸は続ける。
「あらあら、そんな怒らなくたって。冗談ですよ冗談。道に迷って困っているのでしょう、案内しますよ」
「うっさい、とりあえず叩かせろ」
「落ち着けよこころ……あんたも変に煽るようなことしないでくれよ」
「はは、彼氏さんの方が大人ですね。名前なんて言うんです?」
「盗我、こいつに名乗らなくたっていいから」
「今お前が言ったじゃねぇか」
「……あ」
しまった、と言わんばかりにこころはお面を変える。動揺しすぎというか、頭に血が上りすぎじゃないか。木の根元にうずくまってどんよりし始めた。
「いいもん……どうせ文屋の一面にされて明日から職なし博麗神社のヒモにされるんでしょ……」
「お前の情緒どうなってんだよ」
「少々からかいすぎましたかねぇ……ところで盗我さん、貴方のことをお伺いしても宜しいので?」
「俺か?あいにく記憶喪失で、詳しいことを全く覚えてないんだ。今はその記憶を戻す為にいろいろ場所を回ってる、ってとこだ」
「あらあら、思ったより深刻な事情をお抱えで。それで何か思い出せたんです?」
「いや全く。魔理沙や早苗と戦ってみても何にも思い出せずじまいだ」
「……んん?どうして脈絡もなくその二人と戦ってるんです?おかしくないです?」
「魔理沙が『危険な目に遭ったら何か思い出すんじゃね?』とか言ったから、それを参考に私の能楽の手伝いをしながらいろんな人とやり合ってみよう、ってなったの」
起き上がってこころが答える。射命丸に対して向けてる目が笑ってない。
「あー……魔理沙さんが。いや誰か止めなかったんです?そんな馬鹿な真似する必要ないじゃん、って」
「確か誰も無理には止めなかった気がする」
「俺がいいって言ったから霊夢も承諾したし……」
「あらら……それは、何と言いますか……まあいいでしょう、なんとなく哀れみを感じたので記事にはしませんよ」
「哀れみって何だよ」
「記事にしないって本当に?」
「ええ本当です。なんならメモ取ったページ渡しますよ」
そう言って射命丸はメモ帳から数ページ切り取り、こころに渡した。内容を確認したこころは、その場でそれを粉々に切り裂いた。
「……カメラも」
「……はい?」
「カメラも貸して。壊す」
「いやいやいや待ってくださいよ!?写真撮ったのは謝りますが、これ壊されたら明日の『文々。新聞』の記事に使う写真までなくなってしまいますからね!?」
「うっさい、私と盗我の写真を拡散させはしないから」
掴みかかったこころに慌てて射命丸は飛び上がる。よっぽどカメラが大事らしい。
「カメラが大事?そりゃそうですよ文屋の命ですからね、っあぶない!?」
「寄越せそのカメラ!ぶっ壊してやる!」
「そんな汚い言葉どこで覚えたんだよ……つか、こんなところで暴れてたらいつまで経っても白玉楼に辿り着けないんだが」
そんなことよりカメラだ、とこころは射命丸に薙刀を振るう。一方の射命丸もそれを避けるのに必死で、俺の都合など考えてないような感じだ。
「……ああもう、そいつ寄越せ射命丸!」
「え、ちょっ!?」
こころが薙刀を振ったタイミングで二人の間に割り込み、射命丸のカメラを強奪する。それを見てこころは腕を止め、驚きをお面で表現する。
「射命丸が白玉楼まで案内して、着くまで俺がこいつを預かる。頼むからそれで満足してくれこころ」
「…………まあ、盗我が言うならそれでいいか。でも記事に使われてたら羽むしるからね文」
「つ、使いませんよ当然。そんなことされたら全治何ヵ月になるか……というか、盗我さん貴方……」
「ん、俺がどうかしたのか」
「……いえ今はいいです。さて、白玉楼に案内しますよ」
そう言うと、射命丸は俺たちが来た道を引き返し始めた。
~~~
歩き始めて数十分、桜と思わしき樹木が立ち並ぶ道に出た。奥には石造りの階段があり、さらにうっすらと建物らしきものも見える。
「ここを進むと白玉楼です。道覚えました?」
「白玉楼見て判断するからそのまま先陣を切って」
「……だそうだ。もう少し頼む」
「はぁ、道案内なんて文屋の仕事じゃないんですが……やはり藪蛇でしたかねぇ」
ぶつくさ言いながらも射命丸は先を進む。階段までたどり着いたところで、白髪の少女が姿を現した。どこか呆然としているように見えるが……
「あ、妖夢さん!到着ですよお二人とも───」
ビュウゥ、と射命丸の言葉を遮るように、呆然としていた少女はいきなり動きはじめ、俺に斬りかかる。
「なっ!?」
咄嗟に右手に持った薙刀で攻撃を防ぐ。ガキンと金属のぶつかる音が辺りに響く。
彼女の瞳は、虚ろに濁っていた。
そして現在に至る。
「ちょっ!?なにやってるんですか妖夢さん!」
「………………」
射命丸の言葉に応じず、魂魄妖夢は感情のない顔で二つの刀を振るう。彼女が正気でないことは、初対面の俺でもわかる。
「いきなり斬りかかるとか辻斬りのつもり?」
こころも薙刀を持ち、妖夢に襲い掛かる。すかさず妖夢は後ろに飛び、階段を蹴って背後に回ろうとしてくる。
「くっ……さすがに対処の必要がありますね」
そう言うと、射命丸は懐から木の葉のような形をした団扇を取り出し振り上げた。すると先ほどまでは気にもならなかった風が天に向かって吹き上がり、空中にいた妖夢を打ち上げる。突然の強風にバランスを崩し、妖夢は俺たちから少し離れた地面に墜落する。
「申し訳ありませんが、大人しくなってもらいますよ」
そのまま地を駆けるよりも早く滑空して妖夢のもとに向かい、射命丸は蹴りを喰らわせようとする。妖夢が体勢を戻しきるまでに、その蹴りは命中すると思われた。しかしそうはならなかった。突如人間一人ほどの炎の塊が妖夢を守るように現れ、射命丸を弾き飛ばしたのだ。
「な、何ですかその炎!?いつの間に火術なんて習得したんですか!?」
転がりながら驚く射命丸に対し、妖夢も炎も反応しない。そして射命丸のことなど眼中にないかのように、妖夢と炎は彼女の横を素通りし再び俺に向かってきた。
「また俺の方を……!?」
「手合わせをお願いしたのは盗我のほうだけど、そんな無茶苦茶なやり方を頼んだ覚えはないよ!」
俺が薙刀を両手に持ち直す間に、般若面をしたこころは妖夢と炎の前に立ち塞がる。先行してきた炎を薙刀で凪ぎ払い、妖夢の二太刀をギリギリで防ぐ。しかし彼女の攻撃は止まらず、腹めがけた蹴りが命中してしまいこころは押し切られてしまう。
「ぐぅっ!?」
「こころっ!」
心配する間もなく、次の二刀が身体に迫る。薙刀を振るいはね除けるも、今度は横から炎が突撃してくる。
「くっ……!」
思い切って妖夢に尖先を向けて突進し、強引な回避を図る。すると妖夢は一瞬驚いたような表情を見せたがすぐにその表情も薄れ、薙刀への対処を施す。右手に持った刀で下から掬うように打ち、左手の刀を持ち手に狙って振るおうとする。
しかしここで、妖夢にとって想定外の事態が起きた。打たれた刀は簡単に俺の手から抜け、宙を舞ったのだ。流石に驚いた表情を浮かべ、大きな隙ができる。
「……すまない!」
妖夢の脇をすり抜け、すれ違い際に左手の刀を奪い取る。同時に炎が妖夢の目の前にくるが、彼女に当たる寸前で静止し再び俺に向かってくる。
「くそっ!やっぱり俺狙いか!?」
本物の刀など扱ったことはなく、まして今さっき奪ったばかりの得物をまともに使えるはずもなく、炎の突進が直撃する。
「ぐぁっ!?あ゙あ゙っ!」
物理攻撃が効くとはいえやはり炎は炎らしく、ぶつかった箇所に引火してしまう。慌てて地面を転がって鎮火するも、大きな隙となって妖夢が迫ってくるまでの時間が生まれてしまった。
「………………」
「盗我っ!?」
「……っ!」
手元に残った刀を、うつ伏せになった標的に振り下ろすのは容易なことで、間違いなく命中するだろう。そう覚悟して目を瞑る。
「…………?」
いつまで待っても激痛が走ることはなく、恐る恐る目を開ける。すると辺り一面に桜の花びらが散っており、それが妖夢と炎にまとわりついて動きを止めていた。
「な、何が起こって……」
「外が喧しいしおやつがまだ来ないと思って来てみたら、妖夢が暴れてるなんてね。少し『お仕置き』してあげないとね」
階段を降りながら、優しくも威厳のある声が響く。立ち上がって声の主を見ると、それは水色と白を基調とした着物の女性で、ピンク色の髪をたなびかせながら扇子で口元を隠していた。
「貴女は、西行寺幽々子さん……!」
「西行、寺……?」
「ふふ、初めまして黒崎盗我くん。文屋の文ちゃんの言うとおり、私はここ白玉楼の主の西行寺幽々子。幽霊の統率とかそんな云々をしているわ」
そう笑顔で話ながら、彼女は下まで降りてくる。そして完全に花びらで覆われた妖夢と炎に目を向け、真剣な眼差しで告げた。
「──痛くはしないわ、『毒』だけ死なせてあげる」
扇子を彼女らに向けると、何もない空間から水色の羽をした蝶々が現れ、妖夢たちへと飛んでいった。蝶々が花びらの塊に留まると、青白い光が辺りを包み込んだ。しばらくして目を開けると、力を失くしたように地面に倒れこむ妖夢と、それに寄り添うように落ちている(?)いかにも人魂ですという見た目をした白い何かが転がっていた。
「ちょっ……あん、た大丈夫か!?」
「大丈夫よ、妖夢はちょっと気を失っているだけ。それより貴方たちは大丈夫?」
「そ、そうだ!盗我大丈夫!?」
妖夢に蹴られたお腹に手を当てながら、こころは近づいてくる。今回はさすがに怪我が多い。火傷に擦り傷、服も欠損が多い。
「い、たたた……今日はとことんついてない日ですね……」
「射命丸も大丈夫か?」
「ええ。妖夢さんが盗我さんばかりを狙っていたお陰で、対した怪我はありませんでしたよ。そんなことより盗我さん、貴方やっぱり変な能力持ってませんか?」
「変な能力?」
能力というのは、やはり『感情を操る程度の能力』のような類いのものだろうか。しかしそんなもの使った記憶なんてないのだが……
「ああそうでした貴方記憶喪失なんでしたね。つまり無意識のうちにそれを発揮しているわけですか」
「なんだよ、俺なんかおかしなこと起こしたか?」
「盗み癖ですよ盗み癖。私のカメラはともかく、しっかり握られていたであろう妖夢さんの刀まで何の能力も無しに強奪できるなんて可笑しいですからね」
ついでにカメラ返してください、とせがまれてカメラを返却しながら、確かにと自己の異常性を認識する。疑問に思うことなどなかったが、動いている人の物を奪うなんて到底できたことじゃない。おかしい。
「つまり……盗我の能力は『盗む程度の能力』ってこと?」
「すごいこそ泥感のある能力の名前だなぁ……」
「でも便利なんじゃないかしら。相手の得物を奪って自分のものにできるなんて。まあそれはそれとして、怪我したままでいるのもなんだし治療しに病院まで行きましょうか」
「病院……ああ、彼処ですか」
苦手なんですがねぇ、と射命丸が露骨に嫌そうな表情をする。そんな嫌なところなんだろうか。
「それに盗我は服も破けてるし、服売ってるとこにも行かないと」
「あらあら、回らなきゃならない場所が多いわね。嫌嫌言っている暇もないと思うわよ文ちゃん」
「はぁ……仕方ありません、案内しますよ永遠亭まで」
「永遠亭?」
「不死の名医が運営する、竹林に潜む病院です」
「これで……王手!」
「ああくっそ!またあたしの詰みだ!」
守矢神社、その境内には畳の上で将棋を嗜む二神がいた。どうやら諏訪子が勝ち星を取ったらしい。
「これで三戦三勝、今日のお風呂掃除は神奈子で決定だよ!」
「はいはい、今日はあたしが風呂洗いだね。早苗が帰ってくる前に済ませなきゃなぁ」
よっこいせ、と神奈子は立ち上がる。すると将棋の駒を片付けながら、諏訪子はおもむろに神奈子に問いかける。
「ねえ神奈子、彼のことどう思う?」
「黒崎盗我のことかい。彼は分かりやすい奴だったね、何せ何でも顔に出る」
「そーじゃなくて」
「はいはいわかってるよ、彼の『本質』的な話だろう」
「そ。あの時の煽り、やっぱり確信してるんじゃないの?」
「……確信まではしてないさ。本人の自覚が無いし、そもそも
「ねーねー神さま!私のお宝知らない?」
突然どこからか声が鳴る。部屋を見渡すと、天井に帽子を被った緑髪の少女が立っていた。
「えっと、君は誰だい?」
「私?私は古明地こいしだよ!お姉ちゃんの妹!」
「あー、地底のさとりの妹だよこの娘」
「ああ、そうだった。地底に出向くことなんて滅多にないからあまり覚えてないんだ、ごめんよ」
「いーのいーの!それより私のお宝知らない?」
机に飛び降り、こいしは続ける。
「お宝ってどんなのだい?どこで落としたかわからないのかい?」
「んー、忘れた!」
「忘れたって……それじゃあ探しようがないじゃないか」
「………………」
「えへへ!でも探してたら多分見つかるよ!」
「行き当たりばったりだなぁ……って諏訪子、何か心当たりでもあるのかい?」
「……いや、何でも。それよりこいしちゃん、これまで何処を探したのかな」
「えっとね、おうちと人里と博麗神社!そしてここ!」
「ふぅむ……それなら色々回って探した方が良いかもしれないね。例えば……白玉楼とか」
「白玉楼だね!わかった行ってくるね!」
そう笑顔で告げると、こいしは神社を飛び出していった。
「……諏訪子」
「まーまー、考えてることは解るよ神奈子。でも困ってる子を助けてやるのも神様のやることでしょ?」
「まあ確かにそうだが、お前の言う困ってる子ってのは……」
神奈子がそう言いかけた時、外から彼女らにとって最も大事な娘が戻ってくる。
「神奈子様ー、諏訪子様ー!ただいま戻りましたー!」
買い物袋を片手に、東風谷早苗が帰宅する。二神はそれまで話していたことを中断し、彼女を迎え入れる。
「おかえり早苗、晩御飯は何になる予定だい?」
「んふふー、今晩は鍋ですよー。デザートに蘇も用意しますよー」
「蘇か、最近ブームになってるね」
「早速準備してきますねー」
そう言うと、早苗は食材を持って台所に入っていく。
「……しまった、風呂洗い忘れてた」
「あっ……」
「えっ……」
「……晩御飯までには終わらせる!」
慌てて神奈子は風呂場に駆けていく。如何にエラい神様であろうと、この場での彼女は家の仕事を忘れた日曜の父親的な存在にしか見えなかったことだろう。
第四話 了