あのノイズ事件から数日。奏ちゃんが突然奇妙なことを聞いてきた。
「……空飛ぶザリガニ? なにそれ」
「この間のノイズ出現の時に目撃情報がいくつも上がってるんだってさ。律火は見なかったか?」
「うーん、ノイズと
「まあ、ヘリで爆音まき散らしながら近づいてたあたしたちに気づかなかったくらいだからな」
ちょっと苦笑しながら言う奏ちゃんに何とも言えない表情しか返せない。あの時は本当に余裕がなかった。
「うん、自分でも流石に焦りすぎてたと思う……ところで、私に訊いたってことはヘリからも見えなかったの?」
「ああ、全然。それに
「初対面同士で結託してまでイタズラ通報なんてしないか……という事は、何かしらそれっぽいのが居たんだろうけど、変な形のノイズを見間違えたとか?」
なんて言ってみるけれど、多分違う。変な形をしていようがノイズならあの独特の色彩や、位相差障壁による透過でわかるはずだし。
じゃあ何なんだろうという事になるけど……
「まっ、見てないものはどうしようもないか」
「それはそうなんだけど……なんか不安になるなぁ……」
そんな会話があったのが昨日の事。そして今日、あれからお互いに名前で呼び合う仲になった弓美ちゃんが、おすすめのアニメを教えてくれるというので、一緒にレンタル屋を目指して街を歩いていると……
「えっ、なにアレ!? 気持ち悪い!」
「わぁ、ホントに居た。想像よりかなり大きいなぁー」
目線の先には人間より一回り大きい、虫の羽のようなものが生えた謎の生物が浮かんでいる。見れば腕と思しきところにはハサミのようなものがついているし、全体的に赤っぽい甲殻のようなものに覆われている。なるほど、確かに遠目には空飛ぶザリガニに見えないこともない。頭だけはイソギンチャクか何かがくっついてるような形で、とてもザリガニには見えないけど。
なんというか、ただひたすらに気持ち悪い。あと大きさのせいでかなり怖い。思わずアホみたいな声で呆けたリアクションを取ってしまうのは仕方がないと思う。通報した人たちもこんな気持ちだったのだろうか。
ところで、このザリガニさん、蜂のようにホバリングしながらゆっくりと近づいて来る。
あれ? 私達襲われかけてる?
どうしよう。逃げる? いや、もし追いかけてきたらそこら辺の皆さんが巻き込まれるのは確実。 じゃあ迎撃? ノイズ以外にシンフォギアって使っていいのだろうか。いやそもそも、まずは二課に連絡を……なんてことを考えているうちにザリガニさんはどんどん距離を詰めてくる。
「えぇい、とりあえず!
気合を入れて駆け出した直後、ザリガニさんがいつの間にか手(?)に持っていた何かから白いガスを噴射する。ガスは見るからにものすごい低温で、現に数秒前まで私達が立っていた場所の地面や建物の壁が冷凍庫の中のように霜で白く覆われていく。
「ヒエッ」
これは浴びたらシャレにならない!
「もー! なんでレンタル屋に行くだけでこんなことになる訳!? 最近の私どうなってるのよ!」
数日前のノイズに続いてこの災難。弓美ちゃんだって文句の一つも言いたくなる。というかキレていいと思う。
私は弓美ちゃんの手を引きながら反対の手で通信機を取り出して二課につなぐ。
「もしもし藤尭さん! もしくはあおいさん! 律火です! この間の板場弓美ちゃんも一緒です! 通報のあった”空飛ぶザリガニ”に街で襲われました! 冷凍ガスを噴射してきます! そして追いかけてきます! 戦っていいですか!?」
通信機に向かって吼えるように現状を報告すると、ちょうど司令室に居たようで、すぐに弦十郎さんの声が帰ってくる。
『実在し、なおかつ害意のある存在だったという事か……民間人の安全確保が最優先だ! シンフォギアでの交戦を許可する! 至急、応援を出すからそれまで持ちこたえろッ!』
「了解!」
私は通信機をしまうと、代わりにブリーシンガメンのギアペンダントを取り出す。
「弓美ちゃん。私が食い止めるから逃げて!」
「えっ でも……」
「大丈夫。炎のギアならあのガスも多分耐えられる」
試してないので、ひょっとしたら凍らされるかもしれないけど。
「耐えられるとか、そういう事じゃなくてッ! ……ううん。気をつけてね? 絶対、明日もリディアンで会おうね!」
弓美ちゃんは凄く心配そうな顔で何度も振り返りながら走り去っていく。心配してくれてありがとう。でも最後の台詞はアニメだと二度と会えない”ふらぐ”って言ってなかったっけ?
「いや、”ふらぐ”は折ればいい……とも言ってたよね!」
ギアのペンダントを構えて胸の内に意識を向ける。するとすぐに歌が返ってくる。私はそれを謳い上げた。
「Sa vior brisingamen zizzl……」
瞬間、ペンダントから光が迸り私を中心にした光球を形成する。服が分解され収容されてからギアが展開されるまでの一瞬は全裸になってしまうけど、この光のおかげで外からは何も見えない。きっと見えない。
ともあれ、無事現れた星空の鎧と炎のマントを身にまとった私はザリガニさんに向き直る。
それと同時に再びあのガスが噴射された。
「危ないな、このッ!」
―DWARF=FURNACE―
飛び上がって低温空間から飛び出し、炎の球を発射する。着弾して形成された炉がザリガニさんを焼き尽くした。
……ん? 焼き尽くした?
「え? 想像より弱い……えぇ~?」
目を凝らしてみるがやはり結果は変わらず、黒こげになった元ザリガニさんが一体転がっているのみ。冷凍ガス噴射装置は一応燃え残っているようだけど、甲殻の中身は燃え尽きてスカスカになっている。
「……弓美ちゃん、ふらぐは折れたよ。多分」
思わずそんな台詞が口をついて出てきたが、それ自体が何かのふらぐだったのだろう。すぐに別の羽音が聞こえてきた。それも複数。
見れば結構な数のザリガニさんたちが四方八方から飛んできていた。
その瞬間、マズイことに気づいた時特有の、首筋から頭の中に寒気が這い上がってくるような感覚を覚える。
「……ミスった! 弓美ちゃんッ!」
さっき焼いた一匹だけならともかく、こんなに居るなら”逃げて”ではなく”離れないで”と言っておくべきだった。少し考えればわかることだっただろうに。
焦っていたせいか、それとも数日前の件で守る自信が無かったのか……
「どけぇ!」
進路をふさぐ敵を炎で攻撃して散らしながら、弓美ちゃんが逃げていった方向へ走り出す。まだそれほど時間は経っていないのですぐ近くにいるハズ。それはそのまま、その辺でこいつらに襲われている可能性が高いということになる。背後から吹き付けられる冷凍ガスを炎で相殺しながら(できて安心した)加速していく。
「居たッ! 弓美ちゃ――」
その光景を見た瞬間、心臓が止まったような錯覚が襲ってきた。目線の先には立ち尽くす弓美ちゃん。そしてその少し上に、冷凍ガスの装置を構えた空飛ぶザリガニ。
私が止める間もなく、冷凍ガスが弓美ちゃんに向けて噴射された。
「危ないッ!」
その瞬間、誰かが弓美ちゃんに体当たりするように飛びついて、一緒にガスの範囲外へ転がり出た。
ザリガニはすぐに装置の方向をそちらへ向けてガスを浴びせようとする。けど、それは私がやらせない。
「弓美ちゃん!」
最初の一体と同じように、あっさりと燃え尽きたザリガニを横目に二人に駆け寄ると、私たちと同じくらいの年の子が弓美ちゃんを助け起こすところだった。
「って、うえぇ!? 奏さん!?」
横に跳ねた茶色いショートヘアのその子は私の顔を見るなり素っ頓狂な声を上げる。こういう反応を見るとやっぱり奏ちゃんって有名人なんだな、と思う。
「えっと、妹の天羽律火です……まずは、友達を助けてくれてありがとう」
「へ? あ、いやぁ、こういうの、体が勝手に動いちゃうタチで……私、
響ちゃんというその子は、照れたように頭の後ろを掻く仕草をしながらはにかんだあと、キッと表情を引き締めて、集まってきたザリガニの方へ拳を構える。
「っと、そんな場合じゃなかった。こいつらどうにかしなきゃ」
「んん!? まさか戦う気!? 素手で!? 危ないって!」
「そうだよ! 律火はアニメみたいな力があるけど、普通はあんなのに敵うわけないって!」
やる気満々でこのままザリガニ達の方に突っ込んでいきそうな雰囲気を出し始めた響ちゃんを慌てて二人で止めに掛かる。冷凍ガスで離れたところから攻撃できる上に空を飛べるザリガニ達に素手で挑むのは流石に無謀すぎる……二課の人たちなら勝ちそうだけど。
「大丈夫。私には……あの時守ってもらった思いが! この胸の歌があるッ!」
「胸の歌……?」
今日は何回心臓が止まりかければいいのか……謎の生物との遭遇、友達の危機、そして……
「Balwisyall Nescell gungnir tron……」
聖詠。私たちがシンフォギアを纏うときに胸の内から沸いてくるその歌を。それも……
『ガングニールだと!?』
「うおおおおおおおおおおおおおおおりゃあッ!!!」
数秒遅れて通信機から聞こえてきた弦十郎さんの叫びと、細部は違うものの、確かに奏ちゃんの纏うものとそっくりなシンフォギアを纏った響ちゃんが飛び上がり、ザリガニを殴りつける音が重なった。
律火の聖詠のタイトル(響の”喪失までのカウントダウン”みたいなやつ)は”炎は照らす、見たくなくても”とかですかね
響はグレてる訳じゃないですがリディアンにも入っていません。